●リプレイ本文
● 一
「‥‥何という事だ‥‥夏の風物詩‥‥ギャルが居ないとは‥‥!」
激情を抑えることが出来ず、紅月・焔(
gb1386)はその場に膝から崩れ落ちた。
眼前に広がるは白い砂浜。しかし、そこは既に後の祭りであった。
「だが‥‥神は俺を見捨てはしなかった! ‥‥この女性陣の数‥‥勝ったな‥‥」
それでも彼は下を向かない。小さく握り拳を作ると、ガスマスクの下から数粒の汗が流れ落ちる。
「いやー‥‥バグアの人って何考えてるんでしょーねー?」
開口一番、フェイト・グラスベル(
gb5417)はそんな彼を見ながら呟く。‥‥あ、その人一応バグア側じゃないです。
「何というか‥‥夢に出そうですね、悪夢で!!」
明るく努める中にどこか呆れを映す表情を悟られたのか、傍にいたアセット・アナスタシア(
gb0694)が落ち着いた声色で彼女に語りかける。
「‥‥油断は禁物だよ」
その声に一瞬、フェイトがドキッとする。ははは、と笑う彼女を見越し、アセットは波打ち際をしたたかに睨む。
「敵がどんな姿だろうと妥協しないのが相手への礼儀‥‥全力でやらせてもらうよ」
普段は穏やかさを保つ彼女の瞳も仕事となれば話は別。フェイトはその眼に頷き、AU‐KVでの歩行訓練を兼ねる為、早々にエミタを活性化させる。姉と妹のような関係はその時点で逆さになったようだ。
「‥‥依頼内容からすると、相対したくないタイプのようだ‥‥」
浜風に当たりながらお茶でも、と考えていた劉黄 柚威(
ga0294)の思惑は脆くも崩された。それだけでも腹が立つが、剰え得体の知れない集団である。
「うむ、海を見ながら緑茶を飲みたい‥‥さっさと終わらせよう‥‥」
粉末の緑茶が入った荷を肩から下ろすと、彼はゆっくりと眼鏡を擡げた。
「青い海、白い砂浜‥‥は兎も角、沢山のマッチョメン。私は‥‥どうしてここに立っているのかしら。デジャヴ?」
(お姉ちゃん、最近ストレス溜まってるって言ってたしね)
一方、こちらは過去に色つきのマッチョを倒していたりする、マッチョに因縁のある? 白雪(
gb2228)さん。
「‥‥‥‥」
(お姉ちゃん!! 発散って言っても誰もいないところに鬼双葉で斬りかからないで!!)
瞬時に白雪が四肢の制御をものにする。姉の真白と妹の白雪。彼女たちは二人で一人なのだ。
「白雪‥‥貴女も‥‥?」
晩夏の砂浜に不相応な雪が降る。白雪が必死で姉への対抗策を考えるそのやや後方で、ぶるぶると寒がりながら砂をいじる彩倉 能主(
gb3618)。
「最近寝言の多い夢ばかり見る。けど、これなら昨日のほうがまだマシ‥‥」
そう言いながら昨日の夢をおぼろげに思い出す。いや、やっぱやめとこう。
「あらあら、カワイイ子達ね。おイタする子はお姉さんがお仕置きしちゃうわよ♪」
ビキニ姿でスタンバイ完了なズブ濡れ姉御、シャイア・バレット(
gb7664)。敵を目の前にゾクゾクするような緊張感に飲まれ、既に彼女はズブ濡れだ。‥‥いや、汗でだよ?
(‥‥まあ‥‥気にしたら負けでしょう)
色々と言いたいことはあったようだが、鳴神 伊織(
ga0421)は敢えてそれらを噛み殺した。夏の暑さはいろいろなものを奪ってゆく。これ以上無くさない為には、取り敢えず、終わらせればいいのだ。
「‥‥兎に角、向かいましょう」
思惑様々に、8名は波打ち際へと歩みを進めた。
● 二
奴等はそこで待っていた。
打ち寄せられた波裾をオーバーニーソックスで踏みしめ、胴を濃紺の薄衣で護り、そして、猫の耳を模した冠を戴く。その手には、数多の希望を打ち砕いてきた白い注射器――。
「実際に見ていると何とも言い難い雰囲気を醸し出していますね‥‥」
伊織が嘆息するのもお構い無しに、一団は傭兵たちを注視しながら陣を固めつつあった。嘆かわしくもどうやら敵と認識されたようである。
「‥‥想像以上だ‥‥近寄りたくないな‥‥自分がスナイパーで良かったと思う」
彼方に見える集団。少女はまだ許容範囲として、同じ格好のマッチョメン。柚威は接近戦でマッチョメンと対峙するメンバーに対し、哀れさを含む視線を向ける。
「‥‥AU‐KVがあるとはいえ、余り気分の良いものではありませんね」
フェイトも先程までとは打って変わって困惑の表情を見せる。
そうそう、時間はないらしい。
一段と大きな波音が、静寂の浜を突き破る。
「‥‥始めます」
淡く青白い光がその場に燈る。先手を取ったのは伊織。一つ飛び出し照星を定め、スノードロップの引金を弾く。初撃は狙いを外すも、次撃には少女の下腿に命中、即座に修正を加えた。その時点で大きくよろめく彼の者に対し彼女が掛ける憐憫はない。次射で確実にそれを地に沈めると、再び消炎器から硝煙が上がる。そして、また一人少女が屍と化す。
「さてと‥‥宣言どおりしばき倒すわよ」
白雪が一歩出る。倒れた少女のほうに気が向いている一人のマッチョへ向け弾頭矢を放つ。矢はその威力をほぼ保ったまま横向きの左肩に命中、炸裂。頭への狙いは外すも、元より当てることの難しい弾頭矢をその距離から当てることに意がある。そしてもう一つ弾頭矢を手に取り、射る。今度はマッチョの分厚い胸板に深々と突き刺さり、主を無くした猫耳が砂の上にはらりと落ちた。
「よし!」
(意外と見てくれだけなのかな‥‥?)
数では劣っていた傭兵達だが、3体目となる敵を落とし、彼らの中に段々と安堵が広がってゆく。
しかし、どんな時であれ、油断をしてはいけない。
「!?」
「何? この音?」
いきなりけたたましいサイレンが辺りに木霊した。フェイトとアセットが異音のするほうを振り向く。そこには無数の赤い回転灯、その中央に竜の翼を発動して直行してきた能主の姿が。
「そこのブタ共。ただちに武装解除して投降するです」
恐らく漂流ゴミであろう、三角コーンの残骸をメガホン代わりに能主が叫んだ。
静まり返る浜辺。しかし、その静寂も長くは持たなかった。
「ちょ、待つです、武装解除だから、水着を解除しようとするなこのフリークスです!」
敵一団は武器を捨て、投降の姿勢を見せ始めた。しかし、丸腰にならなければ投降とは言わない。
「てゆーかそれが武装ですか? じゃあしようがないです」
「そこ、納得するな!」
覚醒によって外見はもとより、落ち着いた性格となったフェイトが落ち着いた絶妙なツッコミを魅せる。その声に敵一団もはっとした。
結果、飛び出した能主に向かって来た数人のマッチョと少女によって敵の陣は崩れた。
「何が目的なのか‥‥聞きたくもないけど、倒す前に聞いておきたい気もする‥‥」
アセットはそんなことを頭の端で考えながらメタルガントレットを装着し、ソニックブームを発動する。放たれた衝撃波が敵少女を襲い、その生命力を削る。
「それでは援護お願いしますね‥‥行きます!!」
その光景を見たフェイトが前進、その距離を縮める。開始直後から嬉々とした表情で少女達を撫でるように見つめているシャイアも前へ出る。
そしてこの人も。
「くくく‥‥煩悩力者の真の力‥‥忌みされし悪魔の力‥‥見せてくれる!」
いい具合に散開した女性陣と先程の投降騒ぎで「三倍」になった焔は遠距離からの援護を試みる。
手に持つ武器はグラファイトソード。肝心なのはポジショニングだ。
「的は外さない‥‥」
柚威は淡々と自らの仕事にあたる。濃緑に染まった髪から覗く2本の角が更に鋭さを増す。接近して射程距離を補い強弾撃を発動。僅かに命中は逸れたものの、脹脛を狙った攻撃で確実にその行動の芽を削ってゆく。
この時点でまだ敵の攻撃はまだなかったものの、未だ手に収まる注射器はいつでも発射を狙える状態にあった。
「その変な液体をかけられるわけにはいかない‥‥」
アセットは自らの攻撃で注射器を割らぬよう気に掛けながらスマッシュを発動。敵が怯むのを見、即座に自らの身丈とほぼ同じ刀身を持つ大剣コンユンクシオを抜き、両断剣を発動し少女へと斬りかかる。
「一撃必殺で仕留める‥‥チェストぉぉ!」
少女の反応は諸手でのガードにとどまり、威の乗ったその剣を止めるには敵わず、その胴に大きな刃創をつけて力なく倒れた。
「ふふふ‥‥。楽しくなってきたわね」
(お姉ちゃん、やっぱりマッチョが好きなの‥‥?)
とりあえず自らの胸を軽く叩き、真白は近くに居た敵に最接近、月詠と血桜の二刀を抜く。即座にマッチョは注射器を構えるものの、流し斬りを含めた斬撃にそれは阻まれる。再び狙いをつけようとしたその時、ちらほらと舞う雪と自らを見下ろす二つの赤い瞳の存在に気づくも、
「意外と、あっけないものでしょう?」
既にもう遅かった。
「俺の前から、その姿を消してもらう」
柚威は強弾撃を発動、先程と同じマッチョを狙う。しかし、それが僅かにそれると思わず舌打ちをしていた。既に炎は滾っている。荒れ出そうになるそれを理性で閉じ込め、再び狙いを定めて鋭覚狙撃を発動、今度はそのニーソックスの脚を貫いた。
「貴方達相手にはこれで十分です――もう逝きなさい」
青の疾風が浜を翔けた。猛然と少女に向かってダッシュした後、瞬時にエミタが活性し、豪破斬撃の発動を促す。勢いのついたまま氷雨を上段に構え、大きく踏み込み先ず一撃、返す刀で続け様に紅蓮衝撃を発動。彼の者が再び立ち上がることは無かった。
その場にとどまることなく移動する伊織。背負った刀剣袋が無事なのを見てほっとする。
「アレを相手にこれを抜くのは、何だか嫌な感じが‥‥」
思わず本音が出る。‥‥まあ、そりゃそうだ。
しかし、ほっとしたのもつかの間、遂に一団が攻勢に出た。
● 三
「動くな! 動いたらこのマグナムが火を噴く‥‥」
眼前に迫るマッチョに対し、能主は銃を掲げた。しかし。
「ばんなそかなッ!!」
言葉にならない声を出し、能主がその場に固まった。刑事をやったまではいい。ただ、その手に持っているものは何と注射器を模した玩具だった。
その間にも彼女に向かって距離を詰める一人のマッチョ。
「危ない!」
「私が守ってあげる」
付近にいたアセットとシャイアが能主のカバーに向かう。しかしマッチョはもう既に発射体制。
「いやぁっ!」
「ぁんッ!」
先端から勢いよく飛び出た白い液体は3人を目掛けて一直線に飛んでいった。防御姿勢もとれず、為す術なく頭からそれを被る。
「ヌルヌルして‥‥体が‥‥おかしいわ‥‥」
何だか被る前よりも熱を帯びてきたシャイア。一方の能主は、
「甘露‥‥」
え、飲んだの? え!?
「よくも‥‥」
アセットは静かに顔についてしまったそれを手で払いのける。瞬間、彼女を目掛けてきた少女が液体を発射するも、二度も同じ手は食わない。咄嗟に回避行動をとり、反撃の態勢を整える。
「くくっ‥‥我が千里眼に敵うものは無しよォ!!」
あ、やっと焔さんが前に動いた。もしかしたら見えづらかったのかな。
「ふふっ、おイタはそこまでよ」
シャイアの狙いはあくまで少女。背後に回り、相手を忘れて抱きかかえた。キメラだったらFFで火傷するけど、夢だからね。
「あんっ、カワイイわね‥‥。もうこんな事しちゃダメよ♪」
腕の中で少女を抱え込むシャイア。しかし、相手は敵だ。
「ぁぐぅッ!」
ノーガードのボディーに痛烈な一撃。制止行動も取れぬまま、あろう事か自らの武器であるスタンバトンを奪われてしまう。
「いや‥‥やめて‥‥はぅああぁぁッ!」
‥‥えーと、
―想像してみて下さい。この砂浜には百合が咲いております―
―そして今、それが満開を迎えようとしております―
「ハァハァ‥‥もう‥‥かけないで‥‥ッ、んぶぅッ!」
あまり青少年には好くない光景ッ。
「だ、大丈夫なの‥‥?」
思わずシャイアに気をとられてしまった真白。その射線上に彼女と柚威の2人が並んでしまった。
「危ない!」
伊織が叫ぶもやや遅かった。マッチョが発射した液体は彼らを捕らえ、2人は茫然自失となった。その伊織も他方から来たマッチョに液体を浴びせられ苦渋の顔を作る。
それが、引金になろうとは。
(ぶち‥‥?)
白雪は何かが切れる音を耳にした。
(‥‥うん! 隠れよう!)
大体「それ」の察しがついた白雪は、とりあえず身を潜めることとした。
● 四
「‥‥気持ち悪い‥‥屈辱だな、ただでは済まさんからな」
手ぬぐいで拭った顔は、いよいよ鬼気迫るものであった。柚威は貫通弾を懐から出しルドルフに込め照準をあてる。
しかし。
仄かに白い青の光が彼の前を通り過ぎる。
「伊織!?」
まさに瞬間であった。伊織は少女とマッチョに駆け寄ると、それぞれにソニックブームと豪破斬撃を見舞う。止めを刺し、血を一払いした後振り向いた彼女の顔は、いつもどおりの冷静さに満ちていた。
「八葉流終の型‥‥八葉真白」
そして白雪が舞う。二段撃と流し斬りを併せ放たれる剣。
「何度も拝めるものじゃない‥‥一度見たらそれっきりよ」
それはマッチョが倒れてもまだ止むことはない。
(お姉ちゃん! もう大丈夫だから!)
今日の天気予報、吹雪だっけ?
あ、見えにくくなったから焔さんがもっと前に出てきた。
「あとはあなた一人‥‥やっ!」
フェイトは自らが持つスキルの全てを発動。ベオウルフを自身の胸の前に掲げ、勢いをつけて薙ぎ払う。その一撃は斬撃とともに衝撃を伝え、マッチョの体が焔目指して勢いよく飛んでゆく。
「‥‥!!」
焔は条件反射的にグラファイトソードを振り抜く。
そして。全てが終わりを告げた。
「‥‥これが、煩の力だ」
焔はガスマスク越しに一つ大きく呼気を吐いた――。
「はぁ‥‥なんというか変な相手だった、とにかく変な‥‥」
アセットはコンユンクシオを再び背負うと、大きな溜息をついた。
目的を聞くことは叶わなかったが、終わったのだから落着としよう。
「とにかくこれで軍の人たちの仇はとれた‥‥と思っておこう」
「はい、じっとしていて下さいね?」
その声にアセットが振り向く。まだ覚醒状態を保ったままのフェイトであった。
「あ、ご、ごめんね」
アセットが申し訳なさそうな顔を作る。フェイトはそれを気にすることも無く、彼女についた白い液体をペットボトルの水で洗い流す。
「まあ‥‥意外と面白かったわね」
(そ。それは何よりだったね)
「あと‥‥出来れば先に読んだあの腑抜けの兵士たちの性根も叩き直したいけど」
(もう止めなよ〜)
真白さんのストレスはまだ発散し切れていない、のか?
「やっと終わりましたか‥‥取り敢えず、どこかで体を流したいですね」
伊織が一つ息をつく。
「最後が良ければ、それでいい‥‥皆もどうだ?」
貫通弾を懐にしまい、代わりに茶を取り出した柚威。そう。ようやく終わったのだ。
おわったのだ。
わたのだ。
のだ。
‥‥
「‥‥に、日射病!!」
フェイトがおもむろにベッドから飛び起きた。
いや、布団のかけすぎでうなされて変な夢を見ただけさ。