タイトル:霊園に響く悲しき慟哭マスター:ドク

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/08/11 01:10

●オープニング本文


 ――チガウ。
 ――ココジャ、ナイ。
 ――カエラナケレバ。
 ――ヤクソク、シタカラ。

 「ソレ」に残っているのは、意思と記憶の残りカス。
 「ソレ」は既に人間では無く、破壊を求める歪んだ命。
 けれど「ソレ」は目指していた。
 猫がねぐらに帰るように、蜂が巣に戻るように。


 ‥‥あの場所へ。今は遠きあの場所へ。


 ‥‥ひっそりとした村があった。
 そこに住む人々は百人に満たぬほど少ない。しかし、集落から少し離れた霊園にはその数倍……いや、数十倍にも及ぶ数の墓が存在した。

 ――何故、これほどまでに膨大な数の墓があるのか?
 それはこの村から山を二つも超えない程の場所で、前線を押し上げようとするバグアと、それを押し留めようとするUPC軍との間で激戦が繰り広げられていたからだった。
 戦いは混迷を極め、その周辺を守るUPC軍には、毎日倒れて行く兵士達の亡骸を移送し、身元を特定する時間の余裕さえも無くなった時さえあったのである。

 ‥‥しかし、勇敢に戦った彼らを朽ちたまま捨て置く事を、時の司令官は許さなかった。

 UPC軍は前線から程近い地方の村々の霊園を接収し、戦死者達のせめてもの餞にと、それらを彼らの共同墓地としたのである。
 この村の霊園もその一つであった。
 しかしそれも今は昔――ほんの数ヶ月前のヨーロッパ攻防戦での勝利、そしてイタリアに巣食っていたバグアの撤退以来、今までの騒ぎが嘘のように霊園にはかつて溢れていた静寂が満ちていた。


 時間は深夜。
 まるで石のような静けさを取り戻した霊園に響く物音に、墓守の男が気付くのはごく当然の事だった。
 ザクッ‥‥ザクッ‥‥と大きいシャベルで土を掘り返すかのような音が響いてくる。
 ――墓荒らしだろうか?
 墓守は手元に置いてあった猟銃を手に取り、そして念の為UPCの支部へと直結している警備システムを作動させた。
 音の主がただの曲者ならばこの銃だけで十分だが、万が一キメラの可能性もある。何せテレビや新聞の騒ぎが収まって来たとはいえ、数ヶ月前まで、ここは最前線と同義の場所だったのだ。
 墓守がゆっくりと小屋の扉を開け、懐中電灯を手に音を頼りに歩いていくと、霊園のちょうど中心あたりに、動く影があった。ソレは手に持った鉄の棒のようなもので、一心不乱に墓を掘り返している。
「動くな!!」
「‥‥」
 猟銃を構え、影に向かって警告を放った。墓守の声に、蹲っていた影が振り向き、立ち上がる。
「ひぃっ!!」
 瞬間、墓守が恐怖の叫びを上げる。

 ――「ソレ」はまるで、幼い子供が粘土を捏ね上げて形作ったようにアンバランスで、巨大な人の形をしていた。
 だがそれ以上に墓守を恐怖させたのは、「ソレ」が持つ顔だった。
 優に二メートル以上はあるだろう「ソレ」の顔は、ごく普通の人間の物だったのだ。
 瞳には理性の光は無く、口元からはだらりと舌が垂れ下がり、涎を滴らせていた。
 その姿はまるで、墓に埋葬されている死体を喰らう屍鬼――グールのようだった。

「‥‥ォ、ォオ」
 「ソレ」は口から唸りのような音を微かに漏らしながら、手に持った鉄の棒、いや二振りの剣をゆっくりと頭上に持ち上げた。
「‥‥う、うわああああああああああああああああっ!!」
 墓守は絶叫しながら、猟銃の引き金を引いた。静寂を切り裂いて、爆音が辺りに響く。
 しかし、その銃弾は「ソレ」の前に出現した赤い壁によって弾き返された。
「――キメッ‥‥」
 ――ラと墓守が続ける前に、二振りの剣は無慈悲にも振り下ろされた。


「――傭兵の諸君、ようこそ。私はUPC軍所属、エリシア・ライナルト中尉‥‥以後、宜しく頼む。」
 声こそ冷たいが柔らかな物腰で、眼帯を付けた二十代後半程の女性将校が君たちに向かって敬礼する。
「さて、早速だが今回の依頼について説明させて頂こう」
 エリシアは君たちの目の前にある大きなモニターに注目するように促す。
 そこには、先の大規模作戦における主戦場の一つ、イタリア周辺の地図が表示されている。
「一週間前、イタリアの国境に程近い山奥の霊園に、巨大な人型のキメラが出没した‥‥今回、君たちにはこのキメラの殲滅をしてもらいたい」

 確認されたキメラの個体数は一体。
 並外れた怪力と巨体を持ち、攻撃方法は巨体を活かした体当たりと、両手に持った二振りの剣での二つの対象への同時攻撃。
 更には強力なフォースフィールドを持ち、通常兵器ではほとんど歯が立たない。
 強力な相手だが、敵は単騎。能力者の集団ならば問題なく対処できるだろう。

「現在、目標は霊園から霊園へと移動し、墓を掘り返しては荒らしている。人的被害は今の所一人だけだが、これ以上放置する事は出来ない。諸君らの健闘に期待する」

 今までの移動経路から予想される出現場所は、ほぼ確定出来ている。そこに行き、待ち受けていればキメラは必ず現れるだろう。

 君たちが依頼を承諾するとエリシアは再び敬礼し、踵を返してその場を後にする。
 と――、不意に彼女は立ち止まり、君たちの方を向く事無く呟く。

「‥‥これは独り言なのだが、出来ればそのキメラ‥‥『彼』を、埋葬してやってはくれないか? 何所にでも良い、静かな場所に」

 君たちがその言葉に当惑している間に、彼女は去って行った。君たちからは見えないが、その手は左目の眼帯に当てられていた。

 ――彼らには伝えなかった。
 けれど、傭兵達は必ずややり遂げるだろう。あのキメラを、人類の敵として屠るだろう。
 だからこそせめて死した後には、『彼』をかつての「仲間」として弔ってやりたかった。

「‥‥ォ、ォオ」
 ‥‥イカナケレバ――イカナケレバ。
 ‥‥カレラノトコロへ、マッテイルモノタチノトコロへ。

「‥‥ォォォオオオオオオオオオオオオオオオオーーーーーーーッ!!」

 ――キメラの口から、まるで雄叫びのような絶叫が放たれる。
 ソレは正に、霊園に響く悲しき慟哭の如し。

 天に向かって吠えるキメラの首で、UPCのロゴの入った鈍色に輝くドッグタグの鎖が揺れた。

●参加者一覧

幡多野 克(ga0444
24歳・♂・AA
瓜生 巴(ga5119
20歳・♀・DG
木花咲耶(ga5139
24歳・♀・FT
ティーダ(ga7172
22歳・♀・PN
ヴィー(ga7961
18歳・♀・ST
紅 アリカ(ga8708
24歳・♀・AA
絶斗(ga9337
25歳・♂・GP
シェスカ・ブランク(gb1970
19歳・♂・DG

●リプレイ本文

 霊園へと向かう高速移動艇の中で、シェスカ・ブランク(gb1970)は初の実戦に緊張し、そわそわと落ち着かないような表情で仲間達に挨拶をした。

「はじめまして。ドラグーンのシェスカです」

 そんな彼の門出を祝うように、七人の傭兵達はにこやかな顔で迎えた。



 現場到着の時刻が近付くにつれ、皆の話題は自然と今回の目標に関する物になっていった。

「墓を荒らすキメラ‥‥。目的は一体なんでしょう?」
「人型のキメラ‥‥。データを見る限り‥‥手強そうな‥‥相手だね」

 眉を寄せて考え込みながらティーダ(ga7172)が、淡々とした口調で幡多野 克(ga0444)が口を開く。だが、皆の関心は今回の依頼の「もう一つの目標」に向けられていた。

「‥‥キメラを‥‥埋葬‥‥? 何だろう‥‥少し‥‥気にかかる‥‥けれど」
「確かに、そうですね」

 幡多野の言葉に、瓜生 巴(ga5119)が頷く。
 この依頼の説明を受けた時に、エリシアから付け足されるように告げられた『目標キメラ殲滅後の埋葬』
 それは明らかに通常のキメラ討伐とは一線を画する、奇妙な条件だった。
 ヴィー(ga7961)はその時のエリシアの様子を思い出し、ぽつりと呟く。

「‥‥あの人――エリシアさん、まるで今回の対象の事を知ってるような感じでしたね」

 傍らの木花咲耶(ga5139)も彼女と同じ事を考えていた。
 彼女――エリシア・ライナルト中尉は、何かを知っているのかもしれない‥‥だとしたら、キメラは一体何者なのか?
 暫く議論が続いたが、それを絶斗(ga9337)が遮った。

「あのキメラが何者なのか今は関係無いし‥‥その後の事は倒してから考えりゃいい」

 確かに、今はこれ以上被害が出ないように、キメラの活動を止める事が先決だ。
 紅 アリカ(ga8708)も彼の言葉に無言で頷き、その考えに同意する。
 そして程なくして高速移動艇は霊園の前に降り立ち、傭兵達はキメラを待ち構えるために行動を開始した。



 ティーダがキメラの進行ルートや周辺の情報を集めている間に、瓜生は霊園中を一望できる高台に、日差しを避けるためのテントを張り、双眼鏡を使って周囲の監視を行う。
 他の者達は、霊園を定期的に見回りする。
 しかしその中で絶斗は一人不満げな表情をしていた。何故なら自分が考えていた作戦の用意が無駄に終ったからだ。
 彼は墓地の四方に柱を立て、キメラに空中から攻撃を加えようと考えていたのだが、霊園は現在UPCの管轄下に置かれており、戦闘以外で霊園を傷つける事は許可されなかったのである。

「くそっ!! 俺の空中殺法が封じられるとは‥‥」
「‥‥ここ、斜面になってるんですから、それを使えば良いんじゃないですか?」
「うっ‥‥」

 紅の冷静な突っ込みに、絶斗は二の句を継げなくなる。
 そんな二人を見ていたシェスカは思わずぷっ、と吹き出す。
 彼の身を固くしていた緊張は、いつの間にかほぐれていた。

――しかし肝心のキメラは姿を現さず、日は既に傾き、西の稜線は紅く染まっている。

 この時、誰もが戦いは闇夜の中になると確信した。



 誰そ彼‥‥黄昏――初めに誰が言ったのか、言い得て妙である。
 昼は何処かのどかさを感じられるようだった風景も、この時間になって存在感を増し、皆にこの場所が霊園である事を再認識させる。

「うう‥‥お化けかなにか出そうですよ‥‥」

 ヴィーが思わず呟き、ぶるっ、と体を震わせる。
 懐中電灯で辺りを注意深く照らしながら歩く幡多野は、暗視スコープの申請が許可されなかった事を懸念していた。
 近くに人里があるとはいえ、山奥である事から予想以上に暗い。
 このままだと、己の手元を見る事すら危うくなりそうだ。
 一度集合した方が良い――そう考えて、通信機に手を伸ばした瞬間、

――霊園に繋がる森の茂みが大きく揺れた。

 静寂に包まれた霊園の中で、それは驚くほど大きく響いた。
 幡多野は咄嗟に身を屈め、傍らの木花の方を振り返る。
 彼女は幡多野の視線に無言で頷くと、手にしていたランタンに火を灯す。

「‥‥こちら幡多野‥‥目標が‥‥現れました‥‥」



――ずるっ‥‥ずるっ‥‥。

 ゆっくりとした足取りで、両の手の剣を引きずりながら、キメラは現れた。
 シェスカの喉がごくり、と鳴る。

(「――あれが、キメラ‥‥」)

 知識では知っていたが、こうして間近でその禍々しい姿を見ると、改めて認識する。彼らが人類の敵だと言う事を。
 思わず、傍らに置かれたバイクの形をした自分の「相棒」に目をやる。
 AU−KV「リンドヴルム」――ドラグーン唯一にして最強の牙。
――まだ、これを装着する訳には行かない。
 逸る心をひたすら抑えつけて、息を潜める。

「‥‥ォォオオ」

 キメラはまだこちらには気付いていない。
 およそ30メートル。能力者ならば、二息でたどり着ける距離だ。
 だが、キメラの周りには未だ多くの墓石が立ち並んでいる。

 ここは死者が眠る場所――その証である墓石を壊すつもりなど毛頭無い。

 それがこの場にいる皆の総意だった。
 霊園の中央にある広場。そこで不意にキメラが立ち止まり、跪く。
 そして剣をスコップのように地面に打ち下ろし、墓の一つを掘り返し始める。
 幡多野、木花が静かに抜刀。
 瓜生、ヴィー、紅、そしてシェスカがそれぞれの得物のセイフティを解除する。
 ティーダが爪を装着し、絶斗の手が拳を作る。



――今!!



 エミタに搭載されたAIが、覚醒の撃鉄を弾いた。



 ランタンを覆っていた布が剥ぎ取られ、ティーダを先頭に幡多野、木花、絶斗が駆ける。
 ヴィーが練成強化を発動。仲間達の武器を強化する。
 シェスカがリンドヴルムを人型に変形させ、瞬時に装着――ヘッドライトを点灯し、尾を引くような爆音を響かせながら突撃を開始した。
 キメラが彼等に気付き、振り向いた瞬間、破裂音と共に空に白い光が浮かぶ。
 ランタンの光だけでは心許ない、と判断した瓜生が打ち上げた照明弾だ。
 それは奇しくもキメラの目を眩ませ、対応を遅らせる。
 そこに、紅の真デヴァステイターの銃弾が連続して叩き込まれた。

「‥‥どこに帰りたいのか知らないけど、そんなに帰りたいのなら天に送ってあげるわ」

 覚醒の副作用で饒舌になった彼女の口から流れる、冷ややかな言の葉。

「――ガアァァァッ!!」

 彼女の声に答えるように体勢を整えたキメラが、剣を振り上げ、前衛の四人に向けて突進した。
――その剣に落ちる雷。
 ヴィーのスパークマシンγから放たれた雷光だ。彼女の狙いである武器の破壊は成し遂げられなかったが、僅かにキメラの歩を遅らせる。

「‥‥!!」
「少しおとなしくしてくださいね」

 その隙を見逃す幡多野と木花ではない。左右に散開し、それぞれスキルを発動させる。
 幡多野は豪破斬撃、狙いは脇腹――確実に柔らかい部分を突き崩す。木花は流し切り・紅蓮衝撃、狙いは腕――その一撃に全てを賭ける。
 キメラは惑わされる事無く二人を迎撃しようと身構えるが、ティーダのルベウスがそれを遮った。

「周りを見てる暇はありませんよ!!」

 ティーダは会心の笑みを浮かべた。彼女が稼いだのは、刹那の時。だが、充分に過ぎる。
 月詠が雷光のように奔り、柔らかい脇腹を骨ごと切り裂く。国士無双が唸りをあげ、防御しようとした剣ごと腕を肘まで断ち割った。

「ギャアアアアアアアアアアッ!!」

 凄まじい悲鳴を上げて、キメラがゆっくりと倒れ――無かった。

「‥‥何っ!?」
「まさかっ!?」

 幡多野が豪腕を叩きつけられ、その勢いのまま地面に引き倒される。
 木花は辛うじて盾で受けたが、数メートル吹き飛ばされた。

「ォォオオオオオッ!!」

 そして、倒れた幡多野に向けて、キメラは更に足を踏み下ろす。

「く‥‥っ!!」

 先ほどのダメージが抜けない幡多野は、間にバックラーを割り込ませるのが精一杯だ。
 みしみしと腕が軋みを上げる。

「ドラゴン‥‥ダークネスキィィック!!」

 暗闇に紛れていた絶斗が、斜面を利用してキメラの顔面めがけて飛び蹴りを放った。

「‥‥ぐおっ!!」

 彼の渾身の蹴りはキメラのフォースフィールドにあえなく遮られ、あまりにも固い手応えならぬ足応えに絶斗は苦しげに呻く。
 キメラが絶斗に気を取られている間に、幡多野は地面を転がって逃れ、飛び起きた。

「ちっ! よくも幡多野さんをやりやがったな!!」

 追撃をしようと突進するキメラの肩の肉を、シェスカのフォルトゥナ・マヨールー、そこに込められた貫通弾が、ごっそりと抉り取る。
 追い討ちをかけるように、瓜生の出力を高めたエネルギーガンの一撃が突き刺さった。



 剣が折れ、キメラの腕が完全に切断される。
 膝が銃弾に打ち抜かれ、砕ける。
 熟練の傭兵を含む八人の能力者を相手に、キメラは最後まで抵抗を試みたが、瓜生の放った一撃によって頭を撃ちぬかれ、とうとう大地に崩れ落ちたのであった。



「だ、大丈夫ですか?」
 キメラがもう動かない事を確認してから、ヴィーは傷の深い幡多野には練成治療を、怪我の比較的軽い者達にはエマージェンシーキットを使って応急処置を施して行く。
 突然、ティーダが警告の叫びを上げた。

「――待って下さいヴィーさん!! そいつ、まだ動いてます!!」

 そしてヴィーを庇うようにして、ルベウスを構えなおす。
――キメラは、まだ生きていた。脳漿を零し、腸を引きずり、血を滝のように撒き散らしながらも、残った腕で這おうとしていた。

「まだ生きていたか」

 絶斗が拳を振りかぶり、頭を叩き潰そうと力を込める。

「待って下さいお二人とも‥‥最早、敵意は感じません」

 木花はキメラの様子から何かを感じ取ったのか、絶斗とティーダを押し留めた。
 キメラは、広場の中央に立つ慰霊碑を目指していた。
 動くたびに、まるで命が流れ出るかのように血が吹き出し、石畳を真っ赤に染めていく。
 それでも、キメラは止まろうとはしなかった。

「‥‥ァァ‥‥ァア」

 キメラは慰霊碑を愛しげに抱き締め、最後の力を振り絞って唇を振るわせる。

――タ ダ イ マ

 その口からはひゅう‥‥という吐息しか漏れなかったけれど、木花にはキメラがそう呟いたように思えた。
 そして信じられないほど安らかな顔で、キメラは事切れ――その首から、鎖の付いた薄い金属片が滑り落ち、涼しげな音を立てて跳ねる。
 シェスカが金属片を拾い上げる。それは、傷だらけのドッグタグだった。
 そこに刻まれたものを見て、シェスカは驚愕のあまり、引き攣った笑みを浮かべる。

「‥‥なんだこりゃ? こいつは一体誰なんだ?」

 彼の尋常では無い様子を見て、ティーダはシェスカの手元を覗き込む。
 ――彼女もその信じられない内容に、目を見開いた。

「この方は、まさか‥‥」

 UPC欧州軍 登録ID ○○○○‥‥
  キンバリー小隊所属 バレル・ガーランド軍曹

 それは、遺体の回収も困難なほどの最前線‥‥そこに送られた兵士達が持つ、身元を特定出来る必要最低限の情報を刻んだ、身分証。
――亡骸すら残されない兵士達の、唯一の生きた証だ。

「元は‥‥人間?」

 ヴィーがぺたん、と座り込む。ショックのあまり、彼女は暫く立ち上がる事が出来なかった。
 何故、エリシアはキメラを埋葬しようとしたのか、傭兵達はようやく理解する事が出来た。
 そして、何故キメラ――いや、『彼』が墓を荒らしていたかも。

「仲間の眠るこの土地に‥‥帰りたかった‥‥のかな‥‥」

 幡多野が、ぽつりと呟く。
 もしかしたら、単にバグアによって刷り込まれた命令なのかもしれない。
――しかし、信じたかった。
 改造されても、醜い姿になっても、僅かに残った人としての意思が彼をここに誘ったのだと。

「‥‥これだけは、ちゃんと届けてあげるべきよね‥‥」

 紅はドッグタグを受け取り、ポケットの中に滑り込ませた。



 暫くして傭兵たちは彼――バレル軍曹の遺体を、エリシア中尉の希望通りに埋葬する準備に取り掛かろうとした。
 しかし、それを瓜生が止める。

「待って下さい」

――彼の遺体をラストホープへ持ち帰り、エリシアに引き合わせるべきだ。
 彼女は、そう提案した。
 エリシアが直面せず彼を弔って、思い出にしようとしている‥‥もしそうなのだとしたらそんな半端な想い、託されたくも無い。
 それは軍人である彼女の、己の弱さの吐露。
 そんなものは容認できなかった。

 瓜生の言葉は厳しすぎるとは思うが、出来るならば遺体を持ち帰りたい。そう考えるのは皆も同じだ。
 ヴィーが現地の担当官に問い合わせをしようと走り出す。

「――その必要は無い」

 だが、突然霊園に響いた声に遮られる。
 そこには、エリシア・ライナルト中尉が立っていた。

「先ほど本部から連絡が入った――バレル・ガーランド軍曹の遺体は、正式にこの霊園に埋葬される」




「話は全て聞かせて貰ったぞ」

 エリシアの言葉に、瓜生がばつの悪そうに顔を背ける。

「気にするなウリュウ・トモエ‥‥君の言う事も、確かに事実だ」

‥‥私は逃げていたのかもしれん。
 エリシアは自嘲の笑みを浮かべ、バレル軍曹の亡骸の傍に跪き、手が、服が、血で汚れる事も厭わず彼の頬を優しく撫でる。

「‥‥あんたは、最初から知ってたのか?」

 シェスカの言葉にエリシアは頷いた。

「‥‥ああ」

 その顔に浮かぶ、儚げな笑みと深い悲しみに、シェスカはそれ以上踏み込む事が出来ない。

「――同じ隊に所属していて、とても気が合って‥‥だから覚えていた‥‥それだけだ」

 そしてエリシアは立ち上がり、身を正して傭兵たちに敬礼した。

「傭兵諸君――依頼の完遂、ご苦労だった‥‥後はこちらで処理する。君たちは帰還してくれ」

 しかし、彼女の言葉に従うものはいない。
――自分達のもう一つの使命を、まだ果たしていないのだから。

「手伝います――手伝わせてください」

 ヴィーが、目に涙を溜めながらも口を開く。
 反対するものは誰もいなかった。

「だが、しかし――」

 反論しようとするエリシアを絶斗が止める。

「元々墓参りにアンタを誘うつもりだったからな」
「――正式に決まったものなら文句はありません」
「‥‥それに、これを渡してませんから‥‥」

 瓜生も少し皮肉を言いながらも、微笑んでそれに同意する。
 紅はポケットからドッグタグを取り出して、エリシアに差し出した。
 彼女は一瞬だけ目を閉じ、改めて彼等に敬礼した。

「――ありがとう」



――穴を掘る。
 もう二度と彼の眠りが妨げられないように、深く大きな穴を、彼らは掘った。
 霊園に新たな墓標が建てられた頃には、東の空から再び太陽が顔をだしていた。



 曙光に照らされた霊園に、木花の龍笛が奏でる葬送曲が響き渡る。

「‥‥墓を掘り起こす必要は‥‥もうない‥‥。今は眠って‥‥静かに‥‥」

――寂しくも美しい旋律に乗せて、幡多野は祈る。
 二度とこんな悲劇を起こさせはしない――傭兵たちは心に誓い、新たな戦いへと旅立っていった。