タイトル:フナムシ大行進マスター:ドク

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/08/24 18:56

●オープニング本文


 夏といえば、海!!
 海といえば、バカンスである!!
 世界の危機の最中でも――いや、そうであるからこそ、人々は束の間の安息を求め、リゾートの地へと旅立つ。
 美しい砂浜‥‥青い海‥‥海の幸をふんだんに使った極上の料理の数々‥‥それらが疲れきった人々の心と体を癒していく‥‥。
 そして今日も今日とて、真夏の太陽はギラギラと砂浜に照りつける。
 ――まるで、安らぎの時を過ごす人々を祝福するかのように。


「キメラだああああああああああああああっ!!」


 でもぶっちゃけ「奴ら」にとってはそんなの全く関係ない。
 バカンス、行楽なんのその。今日も今日とてキメラたちは現れるのであった。
 お父さんがやっとの思いで取った休暇も、お母さんがへそくりを溜めて都合をつけたツアー旅行も、恋人が相手の気を引くために立てた計画も、彼らの前ではただただ無力なのである。
 そんな訳で欧州某国にあるビーチは、あっという間に空気を読まないキメラ達によって占拠されてしまったのだった。


 人気のなくなったビーチに、人間大の影がいくつも蠢いていた。
 数はおよそ十。それらは素早い動きで砂浜を縦横無尽に走り回り、逃げ出した観光客の荷物を片っ端から貪っている。


 ――皆さんはフナムシをご存知だろうか?
 テトラボットの積んであるような場所に群れて生息している節足動物で、外見は黒くて、テカっていて、長い触角があって、カサカサギチギチと動き、何でも食べる。
 その姿は、正に海のゴキ●リの名に相応しい。
 ――それがスピードはそのまま、人間大の大きさで動き回っているのを想像してほしい。
 おそらくは誰もが生理的嫌悪のあまり逃げ出すであろう。


「頼む!! あいつら何とかしてくれ!!」


 襲われた観光客、現地の観光業界の人間、果ては要請を受けて出動したUPC軍の兵士までが口々に叫び、かくしてLHへとSOSが打診されたのであった。



「‥‥む、また会ったな。どうやら君たちとは縁があるようだ」

 現地の対策本部に呼び出された君たちの前に、UPC軍中尉・エリシア・ライナルトが姿を現した。
 彼女は相変わらずぶっきらぼうな口調で挨拶しながら、君たちに向かって敬礼する。
 ‥‥だが、今日の彼女は何処か機嫌が悪いように見える。

「挨拶はこれぐらいにして、早速今回の目標について説明させて頂こう‥‥今回の君たちの任務は、突如ビーチを占拠したフナムシ型キメラの掃討だ」」
 
 キメラの個体数は十。
 中型の物が三体、小型の物が七体。
 固い甲殻と鋭い牙を持つが、単体の強さはさほどでもない。
 問題はその数――下手に突っ込もうものなら、囲まれて袋叩きに合うだろう。
 そしてその動きと外見が「アレ」に似ている事から、襲い掛かられた際の精神的な打撃も相当なものだ。


 ――顔と態度こそ冷静なものの、キメラの説明をする中尉の腕や首筋に浮かぶ鳥肌が、その威力を物語っている。


 君たちがフナムシキメラの恐ろしさを再認識している間にも、中尉の説明は続く。

「そして奴らはビーチを占拠したと言っても、常に動き回っている訳ではない。昼間の内はある場所をねぐらにしている――ここだ」

 彼女は目の前の卓上に地図を広げ、ビーチの端にある防波堤――その一つに丸をつける。
 この周辺で待ち構えていれば、日の光が弱まった頃に餌を求めてビーチに現れるはずだ。
 キメラが街に向かう事も考えられるが、今のところその可能性はまず無いと中尉は言う。

「ビーチには観光客達の残した荷物が回収されずに放置されているからな‥‥楽に食料を確保したいと考えるのは、どうやら人間もキメラも同じのようだ」

 ――では、作戦行動に移ってくれ。と彼女は君たちに告げると、背を向けて部屋を後にする。
 だが、彼女は唐突に立ち止まると、静かに呟く。


「私の休暇――もとい、疲れきった人々の貴重な安息の時間を奪った奴らの罪は、万死に値する」


 そしてくるり、と君たちに向き直り、怒りでギラギラと目を光らせながら、親指で首をかき切るジェスチャー。


「――火急的速やかに、細胞の一片すら残さず奴らを殲滅しろ‥‥以上だ」

 君たちは中尉の不機嫌の理由を知ると同時に、その迫力に押され、ただ頷くしかなかった。

●参加者一覧

アンジュ・アルベール(ga8834
15歳・♀・DF
エリアノーラ・カーゾン(ga9802
21歳・♀・GD
リズ(gb0381
17歳・♀・DF
月島 瑞希(gb1411
18歳・♀・SN
望月 神無(gb1710
19歳・♀・DF
赤崎羽矢子(gb2140
28歳・♀・PN
御巫 ハル(gb2178
23歳・♀・SN
ドッグ・ラブラード(gb2486
18歳・♂・ST

●リプレイ本文

 空は雲ひとつ無く晴れ上がり、真夏の太陽はギラギラと砂浜を照りつける。
 海も非常に穏やかで、正に絶好の行楽日和。
 しかし白い砂浜が美しいこのビーチには、総勢八人の彼等以外に動くものはいない。



 げんなりとした顔で歩くエリアノーラ・カーゾン(ga9802)は、目標のキメラが黒くて素早い『アレ』に似たモノと知った時、正直な所辞退するつもりだった。
――が、彼女は依頼人――エリシア中尉の気迫に負け、今こうしてビーチを歩いている。

(「‥‥はあ、やるしかない、か」)
(「エリアノーラさんと一緒‥‥頑張ります!」)

 そんな彼女の憂鬱を知ってか知らずか、傍らを歩くアンジュ・アルベール(ga8834)は、尊敬するエリアノーラと依頼に参加出来るので、俄然張り切っている。

「う、気持ち悪‥‥バグアめ、よくもあんなふざけたキメラを‥‥」

 資料として見せられたキメラの写真のおぞましさを思い出し、月島 瑞希(gb1411)は嫌悪で顔をしかめながら、拳を握り締める。
 月島は今回の目標が憎くて仕方なかった。何故なら『アレ』に良く似ているから。

「とりあえず連中は処刑ね‥‥」
「命令だ。『細胞の一片すら残さず』片付けてやるよ! くくく」

 彼の言葉に同意するのは望月 神無(gb1710)だ。
 御巫 ハル(gb2178)も、何処か楽しげに同意する。

「‥‥そんなにフナムシに対して敵意を剥き出しにしなくてもいいだろう。まあ『フナムシキメラ』は無論殲滅するが」

 そんな彼女達の様子を見て、リズ(gb0381)が少し呆れたように呟く。
 
(「Gと違って飛ぶわけでなし、そこまで騒ぐものかね?」)

 赤崎羽矢子(gb2140)も彼女と同じ意見だった。
 皆がやる気になっている所に水を差すのも何なので、心の中に留めておいたが。

 そんな中、ドッグ・ラブラード(gb2486)は一行の中で唯一の男性な上に、女性が苦手なため、かなり落ち着かない様子だ。

「――ところで、坊やはどうしてこの依頼を選んだんだ?」

 聞くところによると、ドッグは今回が依頼初参加だと言う。
 少し気になった御巫は、彼の緊張を解すのも兼ねて聞いてみた。

「ふ、フナムシの退治ぐらいなら、駆け出しの自分でも何とかなると思って。それに――」
「それに?」
「――フナムシって、結構可愛いですから」



「「「「「「「――え?」」」」」」」



――皆、引いた。
――ドッグは泣いた。



 何はともあれ、今は行動あるのみである。

「‥‥後生だから、まずは心の準備をさせて。お願い」

 冗談とは思えない冗談を言いながら、エリアノーラは自分たちが立てた作戦を実行に移すべく、行動を開始する。
 まず、ビーチのあちこちに散らばる、観光客が置いていった荷物を集める。
 そしてそれらを三つに分け、キメラが潜伏している防波堤の近くに等間隔に積んでいく。
 それは、キメラを誘き寄せる撒き餌。
 上手くいけば、数でこちらを上回るキメラ達を分断し、戦闘を有利にする事が出来る。

「キメラの食べ残しかぁ‥‥ばっちぃ!!」

 御巫がキメラの唾液に塗れたクーラーボックスを、投げ捨てるように『山』に積む。

「これで、ばらばらになって下されば良いのですが‥‥」

 アンジュが大小様々な荷物を小脇に抱えながら、不安げに呟いた。


 作業を続ける間にも、日光は激しく照りつけ、砂浜はまるで鉄板のように熱くなっている。
 しかも大抵の荷物は食い散らかされた後のため、山にするにはビーチ中から集めなくてはならない。
 如何に能力者とは言えど、大変な重労働だ。
 皆の顔は、既に汗まみれ。砂はくっつくわ、べたべたするわ、最悪である。
 そしてこれを乗り越えても、キモいキメラとの精神が磨り減るような戦闘が待っているのだ。
 気が滅入るなんてレベルの話ではない。
 しかし、能力者達の心は折れたりはしなかった。

「‥‥頑張りましょう。これが終われば楽しい海‥‥いえ、『安全確認』が待ってるわ」

 望月の励ますような言葉に、皆は気合の篭った眼差しで頷いた。



 夏の色に染まっていた砂浜が、次第に暁へと変わっていく。
 太陽が西に沈み始めた頃に、異変は起きた。

――ギチギチギチ‥‥

 初めは聞き逃していたが、金属を擦り合わせるような不快な音が響き、次第に大きくなっていく。


――ガサガサガサ‥‥


「まさか‥‥これって‥‥」

 その音の正体に最初に気付いたのは、この中で最も『アレ』を忌み嫌う月島だった。


――ガサガサッ!!
――ギチギチッ!!


――『アレ』が這い回る時に立てる、甲殻が擦り合わさる時の僅かな音。
 今聞こえてくるのは、それを何十倍、何百倍にしたようなものだった。

「――来るよ!!」

 そして、とうとう『ソレ』は現れた。



 最初に見えたのは、体長が30センチほどの小さなフナムシキメラだった。
 かなりの素早い動きで、防波堤の上を走り回っている。
 月島を初めとした女性陣は一様に顔をしかめるが、生物全般が好きなドッグは違った反応をしてみせる。

「うわぁ! あんなに大きいフナムシ初めて見ましたよ!! 可愛いっすねぇ、もう!!」

――どうやら彼の中ではまだ『可愛い』のカテゴリに分類される類のモノらしい。
 だが、ドッグの笑顔は、後から続いて現れた奴らを目にした瞬間に引き攣った。

「あ、あんまり近付かないでくださいね‥‥」

 流石のドッグも、その光景を見れば考え直したくもなる。



――シュルシュシュル‥‥

――ギチギチギチッ!!

――ガサガサガサッ!!



 不快な音を立てて這い回るソレらは、まるで黒い津波だ。
 数はどんどん増えていき、防波堤の上はフナムシキメラで埋め尽くされていた。
 数は情報どおり、小型フナムシが七匹、中型フナムシが三匹だ。

「あ、荷物に‥‥」

 キメラ達は砂浜に降り立つと、一直線に荷物の山に殺到し、凄まじい勢いで貪り始める。
――正に計画通り。

「‥‥処刑を始めるわ」
「目標捕捉、行動開始」

 能力者達は一斉に覚醒し、各々の得物を構える。
 そして憎きフナムシキメラを殲滅するため行動を開始した。



 一歩一歩慎重に、荷物の山へと近付いていく。
 食事に気を取られているキメラたちを、横からの一斉射撃で痛手を与え、その後各個撃破する作戦だ。
 A班はアンジュとドッグ、望月と赤崎の二組、B班はエリアノーラとリズ、月島と御巫の二組がそれぞれペアで固まって行動する。
 十メートル、二十メートル‥‥少しずつ進み、あと一呼吸で全員の銃火器が届く距離。

「くっ‥‥不味い!!」

 リズが舌打ちする。
 あと少しという所で、別の荷物の山に移動するキメラ二匹と目が合ってしまったのだ。
 しかも、運が悪い事にどちらも中型。

――ギチギチギチッ!!

 能力者達を新鮮な肉と見たのか、砂煙を上げて中型フナムシが一直線に突進した。

「うわぁっ!!」
「ちょっ!!」
「「こっち来るなぁぁあ!!」」

 月島と望月が同時に悲鳴を上げる。
 二人の叫びを合図にして、能力者達は砂を蹴立てて走り出す。



 A班とB班、互いにフォローが出来る位置を維持しつつ距離を詰め、山にたかるキメラ達に狙いを定める。
 リズがS−01を、月島と御巫がスコーピオンを、望月がブラッディローズを、ドッグが拳銃をそれぞれ構える。
 無論、走り寄る彼らをキメラが放っておく訳が無い。
 素早い動きで進路を変えようとする中型フナムシ二匹の前に、近接武器を構えた者達が立ち塞がる。

「今よ!!」

 エリアノーラの叫びを合図に、銃火器が一斉に火を吹いた。
 唸りを上げて、無数の銃弾がフナムシ達を貫いて行く。
 たちまち小型フナムシ二匹が蜂の巣に変わった。
 残る五匹は、銃弾に貫かれてもなお、怯むことなく突っ込んでくる。
 更に射線から隠れていた最後の中型フナムシも現れる。
 二連射、強撃弾、レイバックル――様々なスキルを発動させて、能力者達はそれを迎え撃つ。

「触覚一本でも‥‥触れられると思うなよっ!!」
「さあ、行くぞ!!」



――ギイィィィィッ!!

 同族を殺された怒りか、新鮮な肉を食べられる喜びか、中型フナムシ達は叫びを上げて能力者達に飛び掛る。
 巨体からは考えられないような素早い動きで、触覚を鞭のように振るい、叩きつけてくる。

「きゃっ!!」

 刀で受け損ねたアンジュの頬が打たれ、血が飛び散る。
 彼女がひるんだ隙に、もう片方が牙を突き立てようと、砂を蹴って跳びかかった。

「アンジュ!!」

 自身障壁を発動し、自身を強化したエリアノーラが、盾を構えてアンジュを庇う。
 ずしん!! と重い手応えが盾越しに伝わってくる。

「――貴方の事は信頼してるけど、せめてこのぐらいは‥‥ねっ!!」

 渾身の力を込めて押し返すと、キメラは背中から落ちて転がった。

――ガサガサガサッ!!

 蛇腹がひくひくと動き、無数の足が宙を掻く。

(「飛ばないだけアレよりマシ‥‥飛ばないだけアレよりマシ‥‥」)

 涙目になり、心の中で何度も繰り返しながら、エリアノーラは尚も振るわれる触覚や足を月詠で切り飛ばす。
 その隙を突いて赤崎が飛び掛り、氷雨を柔らかな腹へと突き刺した。
 全体重が乗った一撃は中型フナムシの体を貫き、まるで標本のように縫いとめる。
 そのまま抉ると、中型フナムシは断末魔を上げて動かなくなった。

「貴方達に恨みはありません。でも‥‥そんな外見にデザインしてしまったバグアの人を恨んでください!!」

 残る一匹に叫びながら、アンジュはスキルを発動させる。
 二段撃――利き手の月詠、逆手の蛍火のSESが唸りを上げる。
 流し斬り――アンジュは目にも留まらぬ速さで中型フナムシの側面に回りこむと、二振りの白刃を翻す。
 フナムシの体が一撃で膾切りにされ、返す刀が頭を断ち割る。
 キメラは断末魔を上げる事すら許されずに力尽きた。



「大人しく駆逐されろ、この害虫がっ!!」

 月島が強撃弾を発動し、小型フナムシに照準を合わせ、撃つ。
 強化された弾丸が瞬く間に一匹を行動不能にする。

「オラオラオラ!! ぶちまけろ!!」

 御巫がS−01とスコーピオンを同時に発射。
 二連射と強撃弾のコンボが、フナムシ達を蹂躙する。
 望月はブラッディローズとS−01を交互に使い、変幻自在に立ち回る。
 ドッグがフナムシの足や目を狙って怯ませ、そこに他の仲間達が一撃を加えていく。


 能力者達の息の合った連携、そして濃密な弾幕はフナムシ達に接近する事を許さない。


 一匹がかろうじて銃弾を掻い潜り、能力者達に肉薄する。

「‥‥甘い!!」

――それは銃殺が斬殺に代わったにすぎない。
 リズが背中のグレートソードを引き抜き、即座に叩き潰した。


――ギチギチギチギチィ!!


 だが、その分弾幕は薄くなる。
 残った中型フナムシが合間を縫って突撃し、鋭い牙が望月の足に突き立てられる。
 望月は痛みに一瞬顔を歪めるが、すぐにそれは酷薄な笑みに変わった。

「――処刑執行よ」

 その背に、リロードされたブラッディローズが押し付けられる。


――ズバァッ!! ――ジャコッ!! ――ズバァッ!! ――ジャコッ!!


 ポンプ音と共に排出されるカートリッジ。
 散弾が零距離で炸裂し、砂煙が辺りを覆う。
 それが晴れた後に中型フナムシの姿は無く、大量の肉片が散らばっているだけだった。
 中型キメラを屠ったアンジュ達も加勢に加わり、一分と経たずに、フナムシ達は動かぬ肉片となり、殲滅された。




――その翌朝。
 ビーチには再び能力者達が現れた。

「ふふっ、貸切ですよ〜」
「そうね。貸切のビーチなんて初めてよ。ふふ、このぐらいのご褒美が無いとやってられなかったけどね」

 アンジュの言葉に答える望月の手には、宿泊先のホテルから借りてきたビーチパラソル。
 そして能力者達は水着や、活動しやすい格好に身を包んでいた。
 海水よ――もとい、『安全確認』の準備は万端である。


――ちなみに、レンタル料及び宿泊代は経費なので懐も痛まない。


 防波堤の傍には退治したフナムシの肉片が転がっているが、そこから少し離れれば、美しい砂浜と、青い海が広がっているので問題無い。

「なぁ、あいつら燃やしてエリシアも呼んでキャンプファイヤーしようぜ!?」
「昨日の事は忘れようよ‥‥」

 御巫の言葉に、月島はげんなりとした表情を浮かべた。
 そして、二度とその話題はごめんだとばかりにイヤホンを付け、ごろりと寝転がる。

「赤崎、海中の確認に行ってきます!!」

 何故か敬礼をしてから、海に飛び込んで行く赤崎。
 エリアノーラはアンジュに誘われて波打ち際で遊び、リズとドッグも監視や海岸の整備を終らせ、思い思いに寛いでいた。

(「女の人が一杯っす‥‥」)

‥‥ただし、ドッグは絶対に水辺で遊ぶ彼女達を見ようとはしなかったが。



「――中々楽しそうだな、諸君」

 そこに、UPC軍の兵士を引き連れたエリシアが姿を現した。
 御巫が「よっ」と片手を上げて彼女を迎える。

「お疲れー、エリシアも一緒にどうだ?」
「調査ですよ調査。中尉も一緒にどうですか?」

 丁度海から上がった赤崎が、にこやかに手を振る。

「いや、悪いが私にはまだ仕事があってな‥‥今回の事を報告書として纏めねばならん」
「へー、そりゃ大変だね」
「ああ――本当だよ‥‥」

――ぞくり。
 対面する御巫の背筋が凍りつく。
 エリシアの目は、全く笑っていなかった。

「――こうして寛いでいる所を見ると、どうやらキメラを殲滅出来た様だな」
「――も、勿論バッチリ‥‥」
「そうか――では、何故報告が来なかった‥‥?」
「「「「「「「「あ‥‥」」」」」」」」

 全員が全員、完全に忘れていた。

「私は待っていたぞ――夜通しな」
「――あ、あはは‥‥」
「彼らはその間私の警護を勤めてくれたよ――夜通しな」

 見ると、兵士達の目の下には真っ黒なクマが出来ていた。
 しかもその表情は、エリシアと同じく静かな怒りに満ちている。

「昨日の内に報告が来れば、私はその時間を報告書に回し、書き上げる事が出来ただろう‥‥」

 やや俯き気味だったエリシアの顔が上がる。
――今度こそ、能力者達の表情は恐怖に染まった。

「‥‥そして‥‥私が申請した休暇は  今日  ま で だ」

 エリシアの顔はまさしく夜叉のようだった
 その迫力の前に、能力者達は反論する事が出来ない。

「ご、ご苦労様です‥‥それじゃ、私たちはこの辺で――」
「――逃がさん」

 能力者達は脱兎の如く走り出す。
 しかし、逃げ出そうとした彼らの前に、エリシアが一瞬にして回り込んだ。


――瞬速縮地である。


 兵士達も連携の取れた動きで、能力者達を取り囲む。

「――あ、あの‥‥その‥‥」
「もう十分楽しんだだろう貴様ら‥‥ならばせめて経費分は働いて貰うぞ!!」

 エリシアが指を鳴らすと、兵士達がバイオハザードマークの付いたドラム缶を持って来る。

「――まずは海岸の清掃‥‥手始めにキメラの死体の処理からだ!!」




――夏の日差しの下、ビーチに能力者達の悲鳴が木霊した。