タイトル:夕立に這いずる泥マスター:ドク

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/09/09 21:30

●オープニング本文


――全くついてない。
 体を打つ激しい雨に、男は悪態を吐いた。
 あれだけ晴れ渡っていたというのに、まさか夕立が来るとは思わなかった。
 鞄を傘にするが、このバケツをひっくり返したような雨の中では焼け石に水だ。

「‥‥くそっ!! こりゃ軒先借りるしかないな‥‥」

 男は呟くと、手近な民家のひさしの下に入り込む。
 ポケットの中のハンカチを取り出すが、それが水に浸したかのようになっているのを見てげんなりする。
 靴の中もびしょぬれで、動かすたびにちゃぷちゃぷと音を立てる水袋のようだった。
 だが、今は夏。暫くこのままでいても風邪を引く心配は無いだろう。
 それに夕立というのは一時間も経たずに止むものだ。小降りになったら、家まで走って着替えれば問題は無い。

「あ〜‥‥気持ち悪ぃ‥‥」

 しかし体に張り付く濡れた衣服の感触は、決して気持ちの良い物では無い。
 早く止んでくれ‥‥げんなりとした表情で男がそんな事を思っていると、突然奇妙な音が聞こえ始めた。


――ゴボゴボゴボゴボ‥‥


 表現は悪いが、それはまるで水洗トイレや排水溝が詰まった時のような音だった。

「‥‥何だ?」

 男は辺りを見回すが、相変わらず激しい雨音が鳴り響いている以外は特に変わった様子は無い。
 音は次第に大きくなっていく。それはどうやら地面の下から響いているようだった。

「まさか‥‥下水でも詰まってんのか? びしょ濡れになった上に、汚水まみれなんて、冗談じゃねぇぞ、おい」

 男が自分でも嫌になるような想像をした途端、まるでそれに答えるかのようにマンホールの蓋がガタン!! と跳ね上がった。

――ゴボゴボゴボゴボ‥‥

 そこからヘドロのような黒いモノが溢れ始めた。それは男の方へ向かって這うように流れ始める。
 男の顔が引き攣ったように歪む。

――嫌悪では無く、驚愕と恐怖で。

 その『泥』は、『坂の上にいる』男に向かって『まっすぐ』流れてくる。
 進路上にあるアスファルトを、削り取るように溶かしながら――。

――ヤバイ。あれは、やば過ぎる!!

 本能的にそう感じた男は、雨に濡れる事も厭わず軒下から飛び出し、脱兎の如く走り出した。
 その瞬間マンホールの蓋を吹き飛ばして『泥』が爆発的に膨れ上がる。


――路地中に男の絶叫が響き渡った。


 その叫びを聞いた住民が慌てて外に飛び出すと、そこには信じられないような光景が広がっていた。
 マンホールから生えた巨大な『泥』の腕が男を掴み取り、今正に引き擦り込もうとしている。
 男の体はぶすぶすと白煙を上げている‥‥溶かされているのだ。

「痛ぇぇぇぇ!! 熱ぃよおおおおおおお!! 助‥‥助け‥‥ぎゃああああああああああああ‥‥あっ‥‥‥‥」

 男の断末魔の悲鳴は、『泥』に包まれると同時に途切れた。
 そして『泥』の腕は、巻き戻るようにマンホールの中へと消えていく。

――ゴボゴボゴボゴボ‥‥

 ソレを目撃してしまい、恐怖に怯える住民を残し、音は次第に遠ざかっていく。
 何時の間にか夕立は止み、空には溶けるような青が広がっていた。




「――来てくれたか諸君‥‥緊急の依頼だ」

 エリシア・ライナルトが作戦本部に入って来た君たちに向かって敬礼する。
 そして挨拶もそこそこに、モニターを点灯させて状況を説明し始めた。

「――一週間前、市街地に突如キメラが出現した。既に数人の市民だけでなく、UPCの兵士にも犠牲者が出ている」

 目撃証言によると、キメラの姿は、一見ヘドロのような液体状だったらしい。
 そしてマンホールから巨大な腕を伸ばし、酸を分泌して犠牲者を溶かしながら飲み込むのだという。
 だが、それが一個体によるものなのか、それとも複数なのか――そもそも、キメラの詳細自体全く分からないというのが現状だ。

「キメラが出現するのは決まって夕立が降った時だ‥‥そのため、目撃者も非常に少なくてな‥‥」

 UPCはやむを得ず住民を避難させ街を閉鎖。
 そしてこれ以上の被害を抑えるため、キメラの捜索に乗り出した。

 現場を指揮するエリシアは、東・西・南・北そして中央の区画の下水道パイプの集積点から、それぞれ何隊かの兵士達を送り込み、キメラの足取りを掴もうと試みた。


 だが殆どの隊の調査は空振りに終わり――運が悪かった隊の兵士達は、一人も戻ってこなかった。


「――通信が途切れる直前、どの隊の者達も『巨大な泥の壁が迫ってきた』という旨の報告をしてきている‥‥この『巨大な泥の壁』というのがキメラなのだとしたら、相当な大きさである事が推測される」

 もし下水道のような逃げ場のない密閉空間で戦闘を行えば、成す術無く押し潰される事になる。
 君達がまともに戦闘を行える機会は、雨が降り、キメラが地上に顔を出す瞬間しか無いだろう。


 不幸中の幸いとして、街を封鎖した際に、浄水場と河川は勿論、区画内の集積点、他区画へと繋がる水門も全て閉じたため、大きなパイプしか通れない巨体のキメラが逃亡する事は、暫くは無いという事か。

「気象情報によると、今日の午後から夕方にかけて、予想では俄か雨が降るとのことだ――しかし、それ以降の詳細な予報は、気象衛星が無い為確認出来ず、今後雨が降るという保障は無い」

 更に言えば、酸を分泌するというキメラの特性上、そう何日も水門はもたない。
 もし破壊されでもしたら、キメラは何処とも知れない場所へと逃亡し、被害の拡大は免れないだろう。


――つまり、チャンスは今日この時しかない。


説明を終えたエリシアは、沈痛な面持ちでぎりっ‥‥と歯を食いしばる。
その時に何処かを噛み破ったのか、血が一筋流れ落ちた。

「――私の無能が、住民達を、部下達を殺したようなものだ」

 そして、左目にあてられた眼帯を掻き毟るように押さえる。

「出来る事ならば、私が直接仇を討ちたい‥‥だが、私は指揮官だ。この場を離れる事は許されない」

 流れ出る血を拭う事すらも忘れて、エリシアは君たちに懇願した。

「――奴を倒せるのは、君たちしかいない‥‥頼む。殺された罪無き市民と、部下達の無念を晴らしてくれ‥‥」

●参加者一覧

三島玲奈(ga3848
17歳・♀・SN
黒羽・勇斗(ga4812
27歳・♂・BM
黒江 開裡(ga8341
19歳・♂・DF
紅 アリカ(ga8708
24歳・♀・AA
ユーリ・ヴェルトライゼン(ga8751
19歳・♂・ER
エドワード・リトヴァク(gb0542
21歳・♂・EP
セレスタ・レネンティア(gb1731
23歳・♀・AA
ミスティ・K・ブランド(gb2310
20歳・♀・DG

●リプレイ本文

 UPCのキメラ対策本部の前には、八人の能力者達が集っていた。

「厄介なキメラ退治を引き受けちまったもんだぜ‥‥」

 キメラの特徴を思い出し、黒羽・勇斗(ga4812)がぼやいた。
 特に『酸』に関しては、黒羽は以前痛い思いをしたため、思い出すだけで嫌な気分だ。
 三島玲奈(ga3848)はキメラの犠牲になった人々、そして兵士達に敬礼し、忌々しげに呟く。

「‥‥必ず、バグアに泥水を飲ませてやる」

 彼女の脳裏には、先ほど自分達に頭を下げたエリシアの姿。
 誰も予測の付かなかった事を深く悔いる彼女の姿に、三島は敬意を抱いていた。
 彼女の思いに報いるためにも、絶対に負けられない。

「‥‥エリシア中尉の無念、そして散っていった人たちの無念‥‥私たちが必ず晴らしてみせる‥‥」

 紅 アリカ(ga8708)も、静かな決意を言葉に滲ませる。

「暦の上では秋だと言うのに、怪談めいた依頼だな‥‥ここは一つ真摯に、慎重に、ついでに妖怪退治と行こうか」

 ユーリ・ヴェルトライゼン(ga8751)と共に市街地の地図をチェックしながら、冗談めいた言葉を放つのは黒江 開裡(ga8341)だ。
 しかし、その目は真剣そのものである。

「ドブの始末とは正に傭兵向きの仕事ではあるな」

 「リンドヴルム」を整備するミスティ・K・ブランド(gb2310)の鼻先に、ぽつり、と水滴を跳ねた。


――ぽつ‥‥ぽつ‥‥ぼつ‥‥


 次第にそれは勢い増し、数分と経たずに周囲の景色は激しい雨のカーテンに覆われていた。

「雨か‥‥」

 空を見上げながら、ハイランダーの末裔であるエドワード・リトヴァク(gb0542)は、故郷の山に思いを馳せていた。

「‥‥野戦を思い出すわね‥‥」

 そして、元軍人のセレスタ・レネンティア(gb1731)もまた、物憂げに空を眺める。
 この夕立が止んだ時−――それが今回の作戦のタイムリミットなのだ。

「――急ぐぞ、時間が惜しい」

 ユーリの言葉に、皆が頷いた。




 能力者達は二班に分かれて行動を開始する。
 一つは東・西・南・北そして中央の下水道の集積点、その何処かに潜むキメラを探し出し、誘き寄せる陽動班――黒江、紅、エドワード、セレスタ、ミスティの五人。
 もう一つは陽動班が誘き寄せたキメラを迎え撃つ攻撃班――こちらは三島、黒羽、ユーリの三人だ。



 陽動班が調査をしている間に、攻撃班の三人はキメラが中央集積点に潜んでいる可能性も加味して、対キメラ戦が行えそうな場所を特定し、待機する。
 いつキメラが現れても良いように、車には乗ったままだ。

「ユーリ、後部席を借りるよ。銃座にする」

 三島が後部座席を倒し、そこに一メートルを越すアンチマテリアルライフルを設置し、いつでも撃てるようにしておく。
 後は、陽動班からの連絡を待つだけだ。



 陽動班は東の集積点へと向かう。
 事前に黒江とミスティが地図で集積点が通っている場所と、マンホールの位置を確認しておいたため、調査は非常にスムーズに行う事が出来た。
 だが、一向にキメラが現れる気配は無い。
 念の為ミスティがマンホールに銃弾を打ち込んで大きな音を立てるが、それも空振りに終った。

「‥‥どうやら、東にはいないみたいですね‥‥」

 紅が呟き、無線機で攻撃班に一報を送る。
 雨が降り出してから十五分ほどしか経っていないが、降り始めと比べると、雨足は明らかに弱まってきている。
 僅かな時間のロスも惜しい。
 セレスタの運転の元、陽動班の一行は次の集積点へと向かう。

「――ところで、大丈夫ですかセレスタさん?」

 助手席のエドワードが心配そうに彼女の顔を覗き込む。

「‥‥ええ、このぐらいだったら問題ありません」

 そう答えるセレスタだが、彼女は前回の依頼の傷が、未だに回復していない。
 怪我こそたいした事は無いが、深刻なのは錬力の枯渇である。

「覚醒しなければ、錬力は使いませんから」

 だが、今の彼女の役割はこの車の運転。
 セレスタ自身は、決して足手まといになるつもりは無かった。



 次に陽動班の五人が向かうのは、反対側に位置する西の集積点だ。
 東の時と同じように、地図に基づいて時折停車しながら一つ一つマンホールをチェックしていく。

「‥‥!! ‥‥セレスタさん、ミスティさん、止まってください」
「‥‥?」
「‥‥何か、聞こえます‥‥」

 不意に、紅がセレスタと外のミスティに声をかけた。
 そして、耳に全神経を集中する。


‥‥ボ‥‥ゴ‥‥ゴボ‥‥


 エンジン音と雨音に隠れて殆ど聞こえないが、紅の耳は、確かに微かな異音を捉えていた。

‥‥ゴボ‥‥ゴボゴボ‥‥


――ゾクッ


「――っ!!」

 セレスタは背筋が凍るような凄まじい殺気を感じとった。
 それが何かを判断する前に、彼女は行動していた。全員に向かってあらん限りの声で叫ぶ。

「――皆さん掴まって下さい!! ミスティさんは回避を!!」

 そして、アクセルを全開に踏み込んでジーザリオを急発進させる。
 タイヤが濡れた路面でスリップを起こし、急発進のGも相まって車体が大きく揺れる。

「くっ!! どうした!?」

 セレスタの突然の行動に、黒江が戸惑いの声を上げる。

「――敵です!! ‥‥攻撃班に連絡‥‥っ」

 その言葉が終る間も無く、先ほどまで車の真下にあったマンホールから、巨大な泥の柱が凄まじい勢いで吹き上がった。

「――なっ!?」

 ミスティが泥の柱の正体を知り、驚愕の声を上げる。
 それは、長さは三メートル、太さ三抱えはあるだろう巨大な泥の腕だった。


 その正体は明らか――こいつこそが、数多の人々を喰らったキメラだ。


 咄嗟にミスティはリンドヴルムを変形させようとするが、一瞬の驚愕が動きを遅らせる。
 先んじてキメラが動いた。
 人間なら掌にあたる位置から大量の液体が放出され、ミスティに降りかかる。

「‥‥くうぅっ!!」

 それはジュウッ!! という耳障りな音と共にリンドヴルムの装甲と、ミスティの肌を焼いた。

「ミスティさん!! 今援護を!!」

 セレスタが咄嗟に車の向きを変えようとするが、車輪が空転するだけで車体は全く動かない。
 見ると後部のバンパーを、キメラから伸びた『擬足』が万力のような力で掴んでいた。
 咄嗟に黒江がS−01を抜き打ちで放つ。
 だが目にも留まらぬ銃弾の衝撃は、キメラの柔らかい泥の体に吸収されてしまい、殆ど通用しない。
 逆に反撃とばかりに擬足から酸が吹き出し、車内を蹂躙した。
 満足に避ける事が出来ず、全員がキメラの攻撃の餌食となる。

「‥‥くっ!! でも――」
「属性付の武器なら‥‥!!」

 紅が真デヴァステイターを、エドワードがアサルトライフルをそれぞれ構え、撃つ。
 雷と火――強化された銃弾が喰らいつき、擬足は半ばまで吹き飛んだ。

「――これで、どうだ!!」

 そして黒江が貫通弾を込め、発射する。
 今度こそ擬足が千切れ飛び、車体が自由を取り戻した。
 即座にセレスタが車を反転させて距離を取り、キメラと相対するような位置につける。
 攻撃班のいる中央集積点に向かうには、このキメラの横をすり抜けなければならない。
 回り込むには時間がかかりすぎる。その間に夕立が止まないという保障は無い。


――危険だが、やるしかない。


「――今ですっ!!」

 ジーザリオの車体がキメラに向かって突進する。
 これ幸いとばかりにキメラが泥の腕を叩きつけようとするが、ジーザリオの車体はそれを紙一重ですり抜け、続く追撃も鮮やかにかわしていく。
 黒江たち、そしてミスティは掴みかかろうとする擬足を撃ち落し、切り飛ばし、跳ね除ける。
 そして、キメラの攻撃範囲から抜ける事に成功した。



――キメラは飢えていた。
 ようやく見つけた獲物を前に、原始的な本能に則した用心深さは消え去り、食欲だけが自らを突き動かしていた。
 薄暗い穴蔵からその身を這い出させ、巨体を震わせながら獲物を狩り立て始める。
――自らが獲物になる可能性を考えられるほど、キメラに知能は無かった。



 キメラの全容――それは、五メートルはあろうかという巨大な泥のスライムだった。
 立ち塞がるものを全て飲み込み、押し潰しながら追いかけてくる。
 車にさえ乗っていれば余裕で振り切る事が出来るのだが、セレスタは焦りを感じていた。
――錬力が尽きようとしていたのだ。

 動きこそ緩慢だが、キメラの攻撃だけは俊敏であり、能力者の反射神経でなければ避ける事が困難なため、覚醒せざるを得なかった。
 しかも付かず離れずの位置を維持していないと、キメラが動きを止め、マンホールに隠れようという素振りを見せるため、車のスピードは必然的に落とさざるを得ず、余分に時間がかかってしまう。


――流石に限界が近付き、セレスタがキメラから攻撃を受けないように、一か八か速度を上げて距離を取ろうとした時‥‥。

「‥‥間に合った!!」

 目の前の交差点に、三島たち攻撃班の姿が見えた。
 車体を滑り込ませるように停車させると同時に覚醒が解け、セレスタはハンドルに突っ伏した。

「後はお願いします‥‥」
「‥‥まかせて下さい‥‥!!」


 僅かにあった錬力も底を尽き、まともに戦闘を行う事は行う事は出来ないだろう。セレスタは悔しそうに唇を噛んだ。
 紅は彼女の言葉に大きく頷き、決意のこもった視線でキメラを睨みつける。
――自らの役割を果たしてくれたセレスタの、そして死んでいった人々のためにも、負けられない!!

「‥‥絶対に逃がさない‥‥悲しみの連鎖をここで‥‥断つ!!」




「溶解させる妖怪、これは一本取られたな。‥‥こちらからも一本、受け取れ!!」

 戦闘の開幕を飾ったのは黒江だ。
 月詠を手に一気に距離を詰めると、頭の中の撃鉄を引く。
 両断剣――月詠が赤い光を放ち始める。
 そして、振り下ろすと同時にもう一つの力を解き放つ。
 ソニックブーム――赤い光を纏った衝撃波が、カマイタチの如く飛んだ。
 キメラは避けようともしない。赤い閃光が泥に叩きつけられる

「分かってはいたが‥‥きついな」

 並みのキメラなら真っ二つになりそうな一撃を受けても、泥の体はびくともしない。
 そればかりか、僅かについた傷も見る見る内に再生していく。
 しかし、能力者達は怯まない。

「――黒羽!! 援護射撃は任せて!!」
「おう!! 相棒以外との連携は初めてなんで上手くいかねぇが宜しく頼むぜ!!」

 瞬足縮地を発動させた黒羽が、雨を切り裂いて駆ける。
 そしてその背の黒翼を大きく震わせると、そこから黒い衝撃波が放たれ、キメラのひときわ巨大な擬足に激突する。
 真音獣斬――能力者の中でも、獣の力を持つ者だけが振るう事が出来る刃だ。
 だが、キメラはその刃の一撃すらも易々と受け止めてみせる。

「私が撃つ物は万死に値するものだ‥‥貴様の殺意と犠牲者の怨念、億倍にして返す!!」

 そこにすかさず、地に伏せた三島がアンチマテリアルライフルで追撃を加えた。
 あらゆるものを貫き、打ち砕く音速の銃弾が突き刺さる。
 流石に完全に衝撃を受け止めきれず、擬足が僅かに千切れた。

「‥‥喰らえ!!」

――更なる追撃。
 ユーリが矢をつがえ、三島が銃撃を加えた場所と全く同じ場所に射撃を加える。
 矢は狙いを違う事無く突き立ち――轟音と共に爆発した。
 それは、鏃に火薬を詰めた弾頭矢。
 巨大な擬足が、地面を溶かしながら崩れ落ちる。

「ヘドロに‥‥仲間は‥‥やらせない!!」

 エドワードと紅も次々に銃弾を叩き込んで行く。
 ミスティはAU−KVの機動力を生かして回り込み、背後から攻撃を加えて挟撃を行う。
 徹底した遠距離からの攻撃に、キメラの体は少しずつ削り取られていく。


――このままいけるか?


 しかしそれは甘い認識だった。
 キメラが大きく身を震わせた瞬間、凄まじい勢いで突進した。
 黒羽が、紅が、その巨体に跳ね飛ばされる。

「――ごほっ!!」

 紅はかろうじて受身を取る事が出来たが、黒羽はまともに地面に叩きつけられた。

「黒羽――っ‥‥きゃあっ!!」

 咄嗟に援護射撃を加えようとした三島の体が、横手に吹き飛ばされる。
 そこには人間大の大きさのキメラの分身がいた。
 おそらくは先ほど落とした擬足が、独立して動いているのだろう。

「このっ!!」

 三島の銃撃を受けると、それは跡形も無く吹き飛んだ。
 本体の方に目を向ければ、キメラは擬足を振り回し、酸を放出して仲間達に攻撃を加えていた。
 擬足が振るわれるたびに飛沫のように酸が撒き散らされ、徐々に能力者達の体力を奪っていく。
 強力な酸の前では、防具はあって無いようなものなのだ。
 そして、キメラの傷は次々に再生され、塞がっていく。

「皆下がれ!! 切り札を使う!!」

 このままでは埒が明かないと判断したユーリが、皆に向かって叫んだ。
 彼の号令に合わせて、キメラの周りから能力者達は急いで距離を取る。


――ユーリが取り出したのは、サイエンティスト達が使う超機械ζだった。
 その真価は彼らが扱う事で発揮されるが、他の能力者が使っても相手によってはそれなりの威力が期待できる。
 一撃目は慣れない武器に戸惑い、あらぬ方に電撃が飛んでしまうが、二撃目、三撃目はキメラの体に命中し、その体を沸騰させる。
 キメラが激痛に身を捩り、苦し紛れに放たれた酸が容赦無くユーリに降り注ぐ。
 だが彼は鉄の意志でそれに耐え、電撃を浴びせ続ける。

「――一片残らず‥‥燃え尽きろ!!」

 止めに放たれた弾頭矢が、キメラの体を燃やし尽くし、ただの泥の塊へと変える。
 そして、まるで図ったかのように空が晴れ上がり、日光が雨に濡れた街に降り注ぐ。
――後に残ったキメラの泥は、跡形も無く塵へと帰っていった。




「――諸君、よくやってくれた‥‥本当に感謝する」

 報告に戻った能力者達を、エリシアが敬礼して出迎えた。
 その場にいた兵士達も、一斉に踵を揃えて身を正し、最高の敬意と共に敬礼する。

「――後は我々の仕事だ。諸君は帰還し、ゆっくり体を休めてくれ」


――くしゅん!!


 エリシアが労いの言葉をかけた瞬間、エドワードが小さくくしゃみをし、体をぶるっ、と震わせた。

「温かいものが欲しいな‥‥」

 長時間夕立で濡れたエドワードの体は、すっかり冷え切ってしまっていた。

「ああ、俺も早く風呂に入りたいぜ」

 そして、それは黒羽も同じだった。
 エリシアはそれを聞いてくすり、と微笑むと、部下の一人に指示を飛ばす。

「――すぐに手配させよう。少し待っていてくれ」

 だが、三島は一人平気な顔をしていた。

「泥沼の戦いになる事は予想してたからね。もうこの下に水着は着てきた」

 言うが早く、三島はセーラー服を脱ごうとし始める。

「ち、ちょっと三島さん――!!」
「――馬鹿!! こんな所で脱ぐな!!」
「‥‥はしたないですよ」
「あはは、気にしない気にしない」

 周りの兵士達も、エリシアも、そんな能力者達を見てつられて笑い出す。



――呪われた雨に濡れていた街に、太陽は戻ってきたのだ。