タイトル:黒森のマッドチャイルドマスター:ドク

シナリオ形態: シリーズ
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/11/02 22:01

●オープニング本文


 ドイツのシュバルツバルト――「黒い森」という名が付けられたこの地方の郊外に、一つの研究所が建てられていた。
 そこでは日夜人類の敵であるキメラ達についての研究、解析が行われている。
 そしてこの研究所「MC・ラボ」は、私的機関にも関わらず潤沢な設備とセキュリティを持つ事で知られていた。
 だが、そこを訪れたり、研究員のリストを見た者はもっと他の部分に驚く事だろう。
 それは――、



「博士ー‥‥博士―? 何処におるんやー?」

 研究所の実験施設内で、若い男が声を上げて上司を呼んでいた。

「‥‥実験データがようやっと届いたでー。ワイも仕事あるから、さっさと出て来ぃやー」

‥‥部下にあるまじき言動と態度である。
 だが男はそれを崩そうともせず、歩き回っていた。

「‥‥あーもう!! 何処におるんやアンのクソガキ所長!!」

 とうとう癇癪を起こしかけた男だったが、曲がり角の向こうから聞こえて来たぱたぱた、という足音に気付く。
 そしてすぐにだぼだぼの白衣を引き摺るように、ソバカスだらけでウェーブのかかった髪をツインテールにした少女が現れた。

「おっと!! 助手君やっほう♪」

 彼女こそこの研究所の所長――アニス・シュバルツバルトであった。
 年齢は――何と13歳。
 加えて十歳足らずで大学を卒業し、研究者になったという簡単な経歴を聞けば、その並外れた頭脳のレベルが誰でも分かるというものだ。
 しかし、問題なのは性格の方で――。

「や〜っと見つけたで博士。一体何処行ってたんや」
「ん〜、キメラの子達にごはんあげてたんだけど‥‥何か用? 今それ所じゃないんだけどネ」
「なんや珍しい。いつもは他の事ほっぽり出しても、ワイから報告書掻っ攫う癖に」
「いや〜、それがネ‥‥」

――グルルル‥‥。

 アニスの言葉を遮る様に、獣の唸り声が廊下に響き渡った。
 助手が振り向くと、そこには巨大な黒豹型キメラがのしのしと歩いていた。

「‥‥おいコラこのクソガキ所長」
「‥‥鍵閉め忘れちゃった、てへっ♪」

――スパァンッ!!
 助手のハリセンが、アニスの頭に炸裂する――何処から取り出したのだろう?

「痛っ!! ぶったな!! 天才のこのボクの頭を!! おじーさまにもぶたれたこと無いのに!!」
「やかましいわアホウ!! ワイらならともかく、他の一般人を危険に晒すような行動を『てへっ♪』で済ますな!!」

 ぎゃあぎゃあと口論を交わす二人だったが、黒豹キメラはそろそろこちらに飛びかかろうとしていた。
 ため息を吐いた助手は、顎をしゃくってアニスを促す。

「――あーもう、とっととやってまえや。どうせ殆どデータは取り尽くした奴なんやろ?」
「――? 何言ってんの助手君。ラボ内は武器の持ち込みは厳禁、所長のボクも一緒だヨ?――さあ、だからやっておしまいっ!!」
「――? アンタこそ何言うとんねん。所長が持てないようなモンを、どうしてしがない助手のワイが持てるんや」

――グルルルルッ!!

――しばしの、間。

「あー‥‥何や‥‥逃げるで?」
「おー♪」
「しがみ付くな!! 自分で走れアホウ!!」




「――と、言うわけで傭兵の皆には、中でうろついてるキメラを退治して欲しいんだヨ」

 ヘラヘラとした笑みを浮かべながら、暢気に状況を話すアニスに、君達は呆れた表情を返す事しか出来なかった。

 話によれば、このMC・ラボ内で捕獲してあった実験体のキメラが脱走、ラボ内をうろついているとの事だ。
 各所で隔壁が降りているため、キメラが外に出る心配は無いが、このままでは他の実験体も逃げ出し、研究所を破棄せざるを得ない事態になりかねない。

「いやー、ホントすんまへん。このアホ博士のおかげで迷惑を――」

 助手だという男が、アニスの頭をぐいぐいと抑えて強引に頭を下げさせようとする。

「痛たたたた!! 何すんのさ助手君の癖に!! いい加減にしないと解剖するよ!! 冗談だけど!!」
「――アンタが言うと冗談になんか聞こえへんわ!!」

 まるでコントのような二人のやり取りを見ながら、君達は数時間前に下された、別の依頼の事を思い出していた。




「傭兵の諸君――良く来てくれた」

 UPC欧州軍中尉・エリシア・ライナルトは、執務室に入ってきた君達を敬礼で迎えた。
 そして、適当な椅子に座るように促してから、挨拶もそこそこに説明を始める。

「――さて、君達はこの後ドイツにあるMC・ラボへと向かう訳だが‥‥その前に、一つ頼みたい事がある」

 そう言って君達一人ひとりに、『MC・ラボについての調査報告書』という名前の書類の束を手渡した。
 その中には、今回の依頼の舞台になる研究所の詳細と見取り図、そして捕獲されているキメラについての生態等が詳しく纏められている。
 ごく普通の査定の際に作られる報告書――しかし、特筆すべきはそのキメラの捕獲数だった。
 私的機関にも関わらず、一般的な研究所を遥かに凌ぐ数、種類のキメラのリストがずらりと並べられている。

「ここの研究員の話によれば、独自に能力者達を雇って捕獲したものだと言う事だ。
 他にも、ULTを通して捕獲依頼をしてきた例も何度かある。
 ――しかし諸君、考えてみてくれ。
 キメラとは、そんなに生易しいものだと思うか?」

 左目の眼帯を押さえながら、エリシアが君達に疑問を投げかける。
 そして、君達は今まで遭遇したキメラの事を考える。
――人が、村が、街が‥‥一匹のキメラによってその全てを奪われる様を、君達は確かに見てきたはずだ。

「確かな証拠があるとは言えん‥‥だが、あの研究所には何かがある。
 そこで君達には、今回のキメラ退治を装い、研究所内の調査をしてきて欲しい」

――分かりやすく言ってしまえば、ドサクサに紛れてこの研究所の実態を掴んで来い、という事だ。

「無論監視カメラ等も設置されているだろうし、あからさまな事は出来ん。
 しかし幸か不幸か、今回の目標であるキメラは、物陰に隠れて待ち伏せするという習性があるらしい。
 それを警戒するという名目で誤魔化せる部分もあるだろう」

 「それでは宜しく頼む」エリシアは敬礼して君達を見送った。




「――あ、ちなみにセキュリティの中には問答無用で攻撃してくる類の物があるから注意してネ?」

 君達の回想の間に、説明は大体終わっていた。
 そして君達が研究所に入ろうとした所で、その背にアニスから声がかけられる。

「それと――これはボクの個人的なお願いなんだけど‥‥」

――ゾクリ、と君達の背筋に寒気が走る。
 振り向くと、アニスは顔に満面の笑みを浮かべていた。
 限りなく無邪気で、残酷な笑みを。

「――捕獲とかは考えないでいいヨ? 飼い主の手を噛む悪い子は、肉片残さずバラしちゃって♪」

 君達はその笑みを見て、彼女の通り名を思い出していた。
「黒森(シュバルツバルト)のマッド・チャイルド」‥‥このMC・ラボの名前の由来にして、幼き狂気の科学者である。

●参加者一覧

翠の肥満(ga2348
31歳・♂・JG
忌咲(ga3867
14歳・♀・ER
宗太郎=シルエイト(ga4261
22歳・♂・AA
イレーネ・V・ノイエ(ga4317
23歳・♀・JG
瓜生 巴(ga5119
20歳・♀・DG
ミスティ・グラムランド(ga9164
15歳・♀・EP
山崎・恵太郎(gb1902
20歳・♂・HD
文月(gb2039
16歳・♀・DG

●リプレイ本文

「――捕獲とかは考えないでいいヨ? 飼い主の手を噛む悪い子は、肉片残さずバラしちゃって♪」

(「なかなかに、癖のある所長さんみたいだね」)
(「‥‥13歳のちびっ子マッドサイエンティストか。世の中、僕以上の変態もいるもんだ。広いねえ、世界は」)

 アニスの無邪気で、それでいて狂気の篭った言葉に、翠の肥満(ga2348)と忌咲(ga3867)は、各々そんな思いを抱いていた。
 そして、瓜生 巴(ga5119)は眉をぴくりと上げて反応する。

「残念だけど、そこまで出来る破壊力は無いかな」

 瓜生はアニスの言葉に、何かしらの意図があるのではないかと疑念を抱いていた。
 素で答えたのはそれを牽制する意図もある。
 瓜生の言葉に一瞬きょとん、とした顔をしてから、再びへらっ、と笑う。

「ま、それなら可能な限りでいいヨ?」

 その顔はすっかり年相応の少女のものに戻っていたが、あまりの切り替えの早さに、逆にアニスの狂気が増幅されたように感じる。

「‥‥狂気なしに生きる者は自分で思うほど賢者では無い、か?」
「火の無い所に何とやらと言いますが、どうでしょうかね‥‥」

 イレーネ・V・ノイエ(ga4317)と文月(gb2039)はそっと呟きながら、そんな思いを巡らしていた。

「故郷の平和の為にも、頑張ります!」

 ミスティ・グラムランド(ga9164)は、依頼の完遂を目指してやる気満々の様子だ。
 山崎・恵太郎(gb1902)は、何も考えずにキメラを退治しに来た、と見られるように能天気に挨拶をしてみせる。

「能力者は歴戦の強者揃いだから、我々に任せておけば逃げ出したキメラ退治ぐらい朝飯前です。だから安心して下さい!」
「未だ経験も浅いけど、頑張ります」

 だが、同時に自分が初心者であるというポーズを見せようとする忌咲の発言が重なってしまった。

『‥‥‥‥』

――気まずい沈黙。

「‥‥うーん、見解の相違って奴だネ」

 アニスのフォローが、余計に悲しい二人であった。



「改めて自己紹介を。宗太郎です、以後お見知り置きを」

 出発する前に、宗太郎=シルエイト(ga4261)は自己紹介と世間話に興じてから、地下室へ続く階段の前にあるという罠について質問した。

「追ってる最中に通り過ぎる事もあるでしょうから、念のために、一応ね」

――本当はこの先自分達が侵入する事になった際の備えも兼ねているのだが、宗太郎の元々無表情な顔は、その意図を包み隠してみせる。

「んー、少なくとも廊下を歩いてるだけだったら大丈夫だヨ?」

 話によれば、階段と廊下の間の数メートル程の通路、そこに仕掛けられているらしい。
 少なくとも調査中は、無視しても良いと言えた。



「済まない、調査のために施設の鍵を貰いたいのだが」
「‥‥機密保持の関係上、第三者に預けたくはないんやが‥‥」
「まぁまぁ助手君、何もあげる訳じゃないからいいじゃん♪」

 イレーネの要望に助手の青年は渋い顔をしたものの、アニスは全く気にもしない様子で全施設のカードキーを渡してくれた。
 忌咲が要請した施設内の地図と概略図も同様だ。

「――ところで、今までこのような事態が起こった事はあったんですか?」
「無かったヨ? ――幸運な事にネ。だからこそちょっと油断しちゃったんだろうけど」

 瓜生が興味本位を装って問いただすと、アニスは即座にそれを否定した。
――少なくとも、嘘は吐いていないように聞こえる。

「それと、この研究所の規模ならば、独自に能力者を常駐させられると思うんですが‥‥」

 続けての問い。
 エリシアからの報告書を見る限りは、能力者はアニスと傍らの助手の他には数名しかいなかった。
 キメラを扱っている機関としては、あまりに無用心だと言える。

「うーん‥‥詳しくは話せないけど、UPCやら何やらが五月蝿くってネー」

 民間と軍との軋轢の事情は分からないが、UPCにとっては能力者‥‥特に傭兵は貴重な戦力であり、何かしらの干渉がある可能性は否定出来なかった。
 在り得ない話では無いだろう。
 これ以上の詮索は不信感を芽生えさせかねない。
 能力者達はアニス達に見送られ、研究所に入っていくのであった。




 能力者達は三つに別れた――A班、B班、そして、セキュリティルームから両班を支援する監視班だ。
 A班には宗太郎、イレーネ、文月。B班には翠の肥満、瓜生、山崎。監視班には忌咲とミスティがつく。
 セキュリティルームは正面ロビーの一角に存在するため、監視班は戦闘には参加出来ない形となるが、問題は無い。
 今回の主任務は研究所の探索と調査――戦闘は、出来れば少しでも伸びた方がやり易い。




 流石にセキュリティルームに部外者だけで入る事は許可されず、アニスと助手が監視に付く形となった。
 忌咲は心の中で舌打ちする――人がいなかったら、カメラの位置と死角をメモするつもりだったのだが。
 忌咲は気を取り直してアニス達に向き直り、先ほど出来なかった質問をした。
――普段は滅多に使わない口調に、むず痒くなりそうな体を抑え付けながら。

「あの、なるべく被害が出ないようには戦いますが、キメラと戦う訳ですし、何も壊さないと言うのは難しいと思います。
 なので、『絶対に壊しては行けない物』があったら教えて欲しいのですが」
「うーん‥‥強いて言えば、研究室の備品全般とか、キメラのケージとか、ボクの部屋とかかナー」

 忌咲はその旨を、手にした通信機で仲間達に送る。

「そこ、カメラの死角になっているので気を付けて下さい」

 同時に、逐一注意を喚起すると見せかけて、さり気なくカメラの死角と位置を仲間達に伝えていった。


 ミスティの役目は忌咲を手伝うと同時に、彼女の護衛も兼ねていた。
――隔壁が下りているためキメラがこの部屋に来る事は無いが、ここが『敵地』には違いない。
 スキル「探査の眼」と「GooDLuck」を発動し、警戒に当たる。
 だが、同時にアニス達と仲良くなっていた方が良いと考えた彼女は、今の内にとお土産として持ってきたショートケーキを差し出した。

「その、甘い物は頭の働きを良くするそうですよ」

 それを見たアニスはぱぁっ、と年相応の少女の顔を見せる。

「わお、気が利くネー。あー助手君、給湯室からお皿とフォーク持ってきて?」
「――ちょっと待てや。ここで食うつもりかい」
「――冷蔵庫に入れるとクリーム固くなるじゃん? ボクあれ嫌いなんだよネー」
「しょーもないやっちゃ‥‥分かったわい」
「あ、ついでにコーヒーも宜しく♪」

――図らずも、ミスティの好意はアニス達の監視の目を弱める事に成功したようだ。




 A班は研究室の周りを走る通路を、時計回りに調査していた。

「‥‥ゾッとしねぇな。キメラがわんさか居るんだろ、ここ」

 宗太郎は、油断無く周囲を見回しつつ、顔をしかめながら呟いた。
 覚醒した彼の口調は、普段とがらりと変わっている。
 イレーネと文月も、彼の言葉には同意をせざるを得ない。
 ある意味死と隣り合わせのこの環境は、正気の沙汰を逸しているとさえ思える。

「だが今はともかく調査だ‥‥無論、キメラを探しながらな」
「怪しまれないように、というのも難しいものですね」

 イレーネの言葉に、文月が監視カメラにちらりと視線を移して憂鬱そうに答えた。


 最初に見えたのは部屋が等間隔に並ぶエリアだ。
 見取り図上では主任研究員達の私室となっているのだが、その扉の殆どが破られている。
 扉に付いた爪痕や傷跡を見れば、その犯人は明らかだ。

『――監視カメラは通路にしか仕掛けられてません。
 部屋の中の様子は分からないので、一つずつ調査してみて下さい』

 忌咲の言葉に従い、三人は警戒をしつつ調査を開始する。
 中にはかなり重要度の高いと思われる書類もあり、イレーネはそれらを一つ一つカメラに収めていった。




 一方B班は、まず研究室内の調査に当たっていた。
 書類等が床に散らばっており、中はかなり雑然としている。

「――うーむ、研究室内での戦闘はご法度みたいですし、なるべくならここに居ないで欲しいですねぇ」

 翠の肥満は軽口を叩きながらも、カメラの死角に入って書類を盗み見ていた。
 だが流石は研究室だけあってガードが固く、思うように調査は進まない。

「‥‥二人とも、こっちがケージみたいだよ」

 大方死角内の調査を済ませた二人を、山崎が研究室の奥を指差して招いた。
 重い扉の向こうからは、獣の臭いと糞尿の臭いが漏れ出てくる。

「‥‥これは‥‥本当にここの資本の出所はどうなってるのかしら?」

 そこには爆発実験にも耐えられる程頑丈そうなケージが、何個も設置されていた。
 中に収められているのは、多種多様な種類のキメラ達。
 つくづく民間企業が扱えるような規模の施設では無い。
――だが、現状で詮索をするのは無意味だ。
 そして、奥には扉が開け放たれたままの部屋――そこに、三人は近付いていく。

「うっ――!!」

 中を覗き込んだ山崎は、必死に吐き気を抑え込んだ。
 瓜生の顔も心無しか青ざめている。
 翠の肥満の顔からは余裕が抜け、厳しい表情が浮かんでいた。

「‥‥確かにこいつはイカレてるな」

 部屋の名前は――「コレクションルーム」。
――噎せ返るようなホルマリンの臭いと腐臭――そこには、夥しい数のキメラの解剖サンプルが置かれていた。
 部屋の隅には、椅子やテーブルにティーセット、色とりどりの茶菓子‥‥すぐにでも茶会が始められそうだ。


 ここは観賞用の部屋なのだ――おそらくは、彼女がバラしたキメラを愛でる為の。


「‥‥出ましょう、これ以上調査すべき物は無いですから」

 げんなりとした瓜生の言葉に、二人は即座に同意する。
――こんな狂った場所には、これ以上一秒も居たくなかった。



 研究室を出た三人が向かったのは、ここで仕事をしている研究員達の私室が並ぶエリアだった。
 かなりの数だが、一つずつクリアリングし、扉が破られている部屋があったら、中に入って書類やデータの調査を行っていく。
 残りの部屋が半分程になった所で、翠の肥満が後に続く二人を手で制した。
 その視線の先には、扉の破られた部屋‥‥その中から感じる、独特の気配。
――ここに、居る。
 そう確信した三人が身構えた瞬間、部屋から砲弾のような勢いで飛び出してくる黒い影。

――グルウゥゥゥゥッ!!

 それは雄叫びを上げながら瓜生と山崎に襲い掛かった――情報の通り、黒豹の姿をしたキメラだ。
 咄嗟に身をかわすが、瓜生の腕が僅かに切り裂かれ、山崎のリンドヴルムの装甲が抉り取られる。
 翠の肥満は慌てた様に、ライフルを抜き打ちで放つ。
 その内数発はキメラから外れ、狙い通りに監視カメラの一つを打ち砕いた。
――傍目から見れば、流れ弾としか思えないだろう。
 銃弾を受けたキメラはびくり! と怯えたように身を竦め、脱兎の如く奥へと逃げ出していった。

「‥‥追いかけましょう。あくまで、調査を続けながら」

 瓜生がA班に一報を送ると同時に、キメラが何処かに逃げ込んだかどうか監視班に確認を取る。
 すると、忌咲からは予想外の報告が帰ってきた。

『目標は、何処にも隠れようとしません。 一直線に廊下を走って逃げてます』

――あのキメラは臆病な性格と聞いて、能力者達は途中で何処かに身を隠すと考えていたのだが‥‥完全に当てが外れた形だ。
 ともかく追いかけねばならない――三人は奥へと武器を構えながら駆けた。




 しかし、B班がキメラに追いついた時、既に戦いはほとんど決着が付いていた。

「芸を一つ見せてもらおうか‥‥伏せだ!」

 宗太郎のエクスプロードを脳天に叩きつけられたキメラは、鮮血を撒き散らしながら床に這う。
 そこに、イレーネが銃弾を叩き込み、止めとばかりに文月が月詠を突き刺した。

「なるべく戦闘は長引かせたかったんだがな‥‥」

 イレーネがキメラに噛み付かれた腕を押さえながら呟く。
――A班と遭遇したキメラは、どんなに劣勢になっても決して逃げようとはせず、猛然と立ち向かってきたのだ。
 周辺の監視カメラはイレーネが戦闘に紛れて壊したが、これ以上引き伸ばす訳にもいかない。
 この場は諦めて撤収しようとした皆を、文月が止める。

「念のためキメラのサンプルを――きゃっ!!」

 そう言って彼女がキメラの一部を切り取ろうとした瞬間、不意にキメラが息を吹き返し、凄まじい勢いで体当たりを仕掛けた。
 フォースフィールドを纏った体当たりをまともに受けた文月は、背後あった部屋に扉ごと吹き飛ばされる。

「――おい、文月!! 大丈夫か!?」

 宗太郎が咄嗟に駆け寄り、キメラを今度こそ肉塊に変える。
 文月はしばらく咳き込んでいたが、何とか自力で立ち上がった。

「ここは――イレーネさん、写真を!!」
「分かった!!」

 そして、この部屋が誰のものかようやく気付く。所長室――つまりアニスの仕事部屋だ。
 イレーネは咄嗟にデスクに駆け寄り、その上に置いてあった資料を広げ、カメラに写していく。
 それらは全て、暗号のようなもので書かれていて解読不能だが、持ち帰れば何かしらの糸口は掴めるかもしれない。

『こちら監視班、状況はどうなってますか?』

 通信機からミスティの声が響く。急かされてしまったからには、これ以上の引き伸ばしは怪しまれる可能性がある。
 一行はキメラのサンプルを回収し、手早く撤収を開始した。

「――これ、何だろう?」

 山崎がふと壁に目をやると、そこには額に納められた、見目麗しい青年の白黒写真が飾ってあった。
 唯の変哲も無い写真なのに、山崎は何故かそれが気になった。
 理由は分からない‥‥ただ、彼の直感が告げていた。
 
――自分は、いや自分達は、この人物を知っていると。

「イレーネさん!! これも撮っておいて!!」

――それが今後を左右する物の一つとなるとは、その時の彼らには知りえぬ事だった。



 アニスは任務を終えた能力者達を笑顔で迎えた。が――、すぐに渋い顔になる。

「皆、ご苦労様だったネ。ホントにありがとう――と言いたいんだけどネ」

 キメラの血で汚れたアニスの部屋、そして壊した監視カメラ等の弁償金は、依頼から差し引かせてもらう、と告げた。

「それじゃ――また遊ぼうネ?」

 能力者達を見送る間も、アニスは楽しげな笑みを浮かべ続けていた。



 研究所を後にする能力者達。

「あー、ちょっと待てや嬢ちゃん」

――しかし文月の背に、唐突に助手の声が投げかけられる。
 何事かと振り向いた彼女に、戦慄が走った。

 助手の手には、先ほど自分が回収し、懐に入れた筈のキメラのサンプルがあった。

――何時の間に――!!

 動揺を隠せない彼女に少し挑発めいた笑みを向けながら、助手が告げる。

「悪いんやけど、こいつは当研究所の所有物なんでな、没収させてもらうで?」

 そして頭をぽん、と撫でて去っていく。

――修行が足らんな?

 そんな彼の声が聞こえた気がして、文月は悔しげに唇を噛み、何時までもその背を睨みつけていた。