●リプレイ本文
●3つの案
「どうしたい?」
集まった能力者達は、依頼主のマユミにまずそれを聞いた。
「ど、どうって‥‥?」
「こちらから提案出来る方法は、3つだ」
佐竹 優理(
ga4607)は、指を順に立てていく。
「1つ目は、カズエさんが店へ行き、そこで飲む。2つ目は、マユミさん、あんたが店へ行って淹れ方を教わってくる。3つ目は、『青山』の店長さんに来てもらう。以上。どうだ?」
マユミは、隣の部屋で横になっているカズエと優理の顔を、交互に見た。
「道は、悪いんですよね」
自動車が使えれば、何も迷うことはなかった。今回は歩かざるを得ない、さほど遠いところではないが、カズエはその悪路に耐えられるだろうか?
「マユミ、無理はしなくてええのよ‥‥」
起きあがり、そう言いかけたカズエを、ルフト・サンドマン(
ga7712)が止めた。
「いい、いい。寝てな」
「せやけど、こんな格好じゃ申し訳なくて」
「何を言うか。ほら、肩まで布団に入れ。冷えるぞ」
ルフトが大きな手で彼女の体を支えるので、カズエはそれに甘えるように大人しく布団に戻った。
「カズエ殿は、どうしたい? 店まで行きたいならそう言ってくれ。わしらはそのために呼ばれたんだからな」
「わたしはな、もうええのよ。みんなの気持ちだけで十分やわ」
ふふっ、と小さく笑うカズエの言葉に嘘はないだろう。しかし、やはり遠慮があることは否めない。もし、道が良くてスライムもいなければ、喜んで店へ行っていたはずなのだ。
「マユミ。マユミが決めよう」
そう言ったのは、皆城 乙姫(
gb0047)だった。
「マユミなら、カズエが望んでいること、分かるでしょ? 私たちはそれを全力で手伝うから」
依頼を出したのはマユミである。
祖母の小さな願いを叶えたいと思ったからなのだ。「もっと体調が良くなったらね」「近くの喫茶店でおいしい店を探そう」、そんなふうに答えることも可能なのに、あえて困難な『青山』のコーヒーを選んだということは、そこにカズエの意志も、マユミの意志も既に含まれている。
乙姫にそこまではっきり言われて、マユミの心が決まらないわけが無かった。
『青山』のコーヒーでなければ意味はない。
「行くわ」
●『青山』まで
マユミが戻るまでの間、的場・彩音(
ga1084)と黒羽・勇斗(ga4812)、それと優理がカズエの世話のために残ることに。そして『青山』までのルートは、まずレン・ヴィアータ(
ga8843)とサルファ(
ga9419)が下見をし、追って霧雨仙人(
ga8696)と麻宮 光(
ga9696)、ルフト、乙姫がマユミを伴い、店に向かう段取りだ。
「‥‥荒れてますねえ」
街中を見回して、レンは呟いた。バグアに襲われたというここは、いくつか倒壊した建物が目立った。自動車の往来は無く、あっちこっちに立入禁止の黄色い看板が立っていた。おおかたの人は避難しているのか、猫の子1匹も見掛けない。
「地図は、あてにし過ぎない方がいいな」
サルファが、持っていた地図と実際の町並みとの落差に肩をすくめる。『青山』は、オフィスビルの間を細ごまと縫うように進んだ、奥の方にあるらしい。だが、地図に記されていた分かりやすい目印は、今は瓦礫の下だ。
「店長さんは、いらっしゃるんでしょうか?」
「普段通り、営業しているらしい。電話で話したけど、若々しい男性だったよ」
出発前に、サルファは『青山』の店長と、今回の件について話を通していた。店の周囲は被害を免れたし、まだ常連さんが通ってくるので店は閉めていないという話だ。
「カズエさんのこと、覚えてくれているでしょうか?」
「さあ、どうだろう」
サルファの返事はそっけなかった。
人の記憶など曖昧なものだ。カズエが通っていたのは、おそらく4〜50年も昔だろう。どんな大切な思い出でも、あっけなく忘れてしまうことだってある。つまらない会話だったと、お互いなんとなく話題を変えた。
「あら、この交差点‥‥地図の、コレですわね」
『青山』に繋がる細い路地を見つけた。ここまでの道のりは、広々と開けた空間だからか、特に危険は無さそうだ。待機していた霧雨たちに連絡を取った。
●『青山』の思い出
彩音は壁の時計を見た。
皆が出発してから、小一時間は経過しただろうか。
「大丈夫やろうかねえ」
心配するカズエに、彩音は微笑んで「大丈夫よ」と答える。
「頼りなさそうな連中だけどね、見た目よりは強いのよ」
「カズエちゃんが心配しているのは、マユミさんのことだよ」
優理が言を継ぐ。いつの間にかカズエの呼び名が『ちゃん』になっていた。それだけ親密になりつつあるのだろう。
「マユミさんがいくらしっかりしていても、カズエちゃんにしてみたら不安に決まってるよ‥‥」
「そうね、ごめんなさい。デリカシーが無かったわ」
彩音が謝ると、カズエが逆に恐縮した。
「まあまあ、なんてことはないんやで。ただなあ、あの子は母親に似て、おてんばでねえ」
皆の足を引っ張りやしないかそれが心配なのよと、カズエはケラケラ笑った。
「きっと、コーヒーの淹れ方をマスターしてきてくれるわよ。楽しみに待ちましょう」
「そうやと、ええんやけどね」
「その、『青山』のコーヒーは、そんなに美味しいの?」
優理が尋ねると、カズエはしばらく目を閉じて、じっと考えた。
「‥‥そうやねえ。味は悪くはなかったし、常連さんも多かったなあ。せやけど、本当にコーヒーしかやってのうて。軽食とかも扱ったら、って言うた事もあるけど、あの人はそれは嫌やって言うとったわ」
少しずつ思い出すように、ゆっくり、ゆっくり喋るカズエ。
「ちいとも儲けがなくて、毎月トントンや言うて。それでよく喧嘩しよったけど、今まで店が続いとるいうことは、あれで良かったんやなあ」
カズエは、窓の外を見た。
「あの子、『青山』に着いたやろか‥‥」
●現れたスライム
これから進む路地は、雑貨屋や洋服屋が並んでいる。マユミを真ん中に置き、前後左右を能力者が囲む形で進んでいく。
「それ、あのゴミ箱の影じゃ!」
全身に霧を覆わせた霧雨が、その『探査の眼』で、スライムの隠れていそうな場所を次々と見付け出す。
「動かないで、マユミさん!」
言われたとおりの場所にスライムを見付けた光は、落ち着いてファングを構え、じりじりと間合いを詰めていく。それを目で追う乙姫の『練成強化』によって、爪の威力は増大しつつあった。
真っ黒い小さなキメラも、同じようにこちらを見つけたようだ、完全に構えを整えた光に向かって、無謀にも飛びかかってくる。
「油断するでない。その後ろにも、もう1匹いるぞ」
「そっちは任せろ!」
ルフトの刀が、ぶうんと勇ましい音を立てて振り下ろされた。フォースフィールドを打ち破り、スライムそのものを破壊する手応えを感じた。
「さあ、霧雨仙人、次はどこ? 次々相手してやるわ!」
能力者の力を解放したレンからは、先ほどまでのぼーっとした雰囲気が消えていた。全身を金色に輝かせ、『鬼蛍』の呪われた力を試したがっている。
「そう急くな、可愛い顔が台無しじゃぞ‥‥ほれ、あそこの庇の下じゃ」
示された方向に、嬉々として駆け寄るレン。その豹変ぶりを、マユミは呆然と眺めていた。
「怖い?」
へたり込んでいるマユミに、サルファは声をかけた。
「怖い?」‥‥そう聞かれて、マユミは返答に困った。確かに震えている、腰も抜けた。けれど、自分は何に怯えているのか。気味の悪いバグアの落とし物になのか、人間とは思えない姿の能力者になのか。
「安心して下さい。必ず、守ります。‥‥必ず」
サルファが手を差し出した。
マユミはそれを握り返した。
少なくとも後者ではないと確信した。
●『青山』流のコーヒー
『青山』のドアに『準備中』の札が下がっていたのは、マユミのためにじっくり時間をとってくれた店主の好意からだ。
「遠かっただろう。一服してくれ」
店主は人数分のコーヒーを淹れた。
「これが、『青山』のコーヒー‥‥ホッとする味、か」
カズエの言葉を思い出しながら、ルフトはそれを一口飲む。なるほど、確かに美味い。
「‥‥にが‥‥。お、お砂糖を‥‥」
レンにはまだ早すぎたようだ。砂糖とミルクを入れて、ようやく落ち着いて味わう。
「どう、覚えられそうですか?」
光が気を揉む。美味いコーヒーなのは分かる、間違いなくプロの味だ。これを、たった1日教わったぐらいで、素人のマユミが真似出来るようになるのか。
「分からないけど‥‥やってみる」
マユミの決意が通じたのか、店主は親切に細かく教えてくれた。最後にはブレンドした豆を譲ってくれたのだ。感謝してもしたり無いほどである。
家まで戻ってきた時には、もう夕方近くになっていた。それでも、マユミは忘れないうちにと、コーヒーを淹れる準備にとりかかった。
「うまくいったのね?」
留守番の彩音が尋ねると、誰もが複雑な表情をせざるをえなかった。果たして、この短時間でどこまで成果があがるものなのか。
「それでもマユミは、頑張ったんだよ」
乙姫は、『青山』の中でのマユミの様子をカズエに聞かせてやる。店主の教えるコツというものを熱心に聞き、メモをとり、なんとかこうして形になるまでになったのだ。
「店はどうだった? まだあった?」
「ええ。元気そうな店主が一人で頑張ってましたよ」
「カズエちゃんも負けてられんの。ワシがエスコートするから、ランデブーといこうじゃないか」
そんな会話をしているうちに、台所からいい香りが漂ってきた。
「‥‥おまたせ! 皆のも淹れたから、採点してよ」
マユミの淹れたコーヒーは、お世辞にも及第点とは言えなかった。インスタントコーヒーよりは辛うじてマシという程度のものである。
「ま、これはこれ、ということで‥‥」
「練習すれば、もっと美味しくなるよ」
空回りするフォロー。しかし、それでもカズエは喜んでいた。
マユミがこの婆さんのために、『青山』で覚えてきた味なのだ。どうしてまずいことがあろう。
「なあ、マユミ」
「なんや?」
「あの人、あんたが来て、喜んでた?」
店を閉めさせたりして迷惑をかけたかも知れないが、歓迎はされていたと思う。その返事を聞いてカズエは満足そうだった。
「また時々、行っておいで」