●リプレイ本文
●傷
子供たちの昼食の時間だからと、呼ばれた能力者達は別室へ移された。
「誰かに連れ出されるのかと、怯えるのよ」
そう、職員の女性が説明した。先日の事件以降、誰か来客がある度、身を強張らせるのだという。瞬時に顔から血の気が引くさまを何度も見せられて、彼女は胸が痛むのだそうだ。
「‥‥怖がるのも、無理ないよ‥‥」
リオン=ヴァルツァー(
ga8388)は呟いた。彼もまた、同じ理由で家族を失い、施設での生活を余儀なくされた子供の一人だ。同じ施設に居た子らの顔を思い出す‥‥キメラの恐怖に、ずっと怯え続けていた子がいた。2度も襲われたというすみれ寮の子らの傷はいかほどだろうか。
「子供が泣き続ける世界なんて!」
魔宗・琢磨(
ga8475)は爪が刺さるほど、拳を握りしめる。彼は子供が好きだ。子供たちの笑顔に、存在に、どれほど癒されただろうか。だが、今、扉の向こうにいる子供たちは笑うことを忘れてしまっている。代わりに発する声は、悲鳴。
琢磨の険しい表情に気付いたのか、アリエーニ(
gb4654)がそばに寄り、言った。
「がんばろうね」
みんなが、笑えるように。
●はげまし
さて、問題は。
能力者達は本当に、彼らを今から建物の外へ連れだそうとしていることである。
寮の外で怖い目にあった子供たちは、建物から出ようとしない。外へ出ると、キメラに襲われる‥‥そんな強迫観念に取り憑かれているのだ。
「薄いカーテンですね」
鳳 つばき(
ga7830)は、ひまわり寮のマイクロバスを点検していた。バスにはもともと、窓にベージュ色のカーテンが付いていたが、外から中を見せないというだけの薄さしかなく、窓の外に何かが貼り付いたとしたら、その陰はくっきり見えるだろう。
「もう少し、厚手のものはありますか?」
せめて姿が見えなければ恐怖は薄れるだろうという期待だ。
「往復の間ぐらいなら、部屋のカーテンを使ってくれればいい」
そう寮長が言ったので、遠慮無く借りることにする。
移動ルートも決めた。バスへの配慮もした。
「今度は絶対、大丈夫よ」
と、ケイ・リヒャルト(
ga0598)は言うがここまでやったことは、しょせん小手先の誤魔化しだ。子供たちが進んで部屋から出る根拠には程遠い。
「説得は難しいかな?」
「そうかもね」
棗・健太郎(
ga1086)の意見に、ケイも頷かざるをえない。スライム程度のキメラなら、この人数の能力者で十分だろう、しかし、命の安全は保障出来ても、子供たちはキメラに遭遇することそのものに怯えているのだ。
「なら、正義の味方として背中を見せるだけさ! 名付けて『オペレーション・スライムバスター&チルドレンガード作戦』!」
「心強いわね」
ケイに頼りにされ、健太郎は嬉しそうに鼻を鳴らした。
これが本来、この年頃の子らのあるべき姿なのだろう。素直に喜び、笑い、子犬のようにはつらつと感情を露わにする‥‥。寮の子供たちにも、もう一度この感覚を思い出してほしい、ケイは改めてそう願った。
「話をさせていただいてよろしいでしょうか?」
まず何より、子供たちと話をしなければ‥‥ケルテース・ピロシュカ(
gb4774)は職員の女性に、会わせて貰うよう頼んだ。
「え、いや、ちょっと‥‥」
だが女性は、ケルテースの隣に視線をちらちら遣り、言葉を濁す。
当然かも知れない。なぜなら、視線の先には、決して人相の良いとは言えない大柄の男‥‥Y・サブナック(
gb4625)が立っていたのだから。
「嫌われたもんだな」
「言葉は乱暴ですが、彼は子供好きなんですよ」
サブナックは、ケルテースの言葉が真実であると強調するために口角を引き上げ歯を見せるが、それはとても子供に好かれそうな顔にはなっていなかった。
●外へ
昼食後、皆は逃げるようにそれぞれの部屋に帰ってしまった。以前なら、食堂と、それに続く談話室にいつまでも残り、他愛ないおしゃべりを楽しんでいたのに。
根気よく、ひとつずつのドアをノックする。
「おい、怖ぇのは分かるけどよ、ここにいる方が危ないんだ。俺らが命に代えてでも護ってやっからよ、出てきてくれねーか?」
返事は無い。どのドアを叩いても同じだ。サブナックも手応えの無さに肩をすくめる。
「おいリオン、歳の近いおめーの方がいいだろう、何とか言ってやれ」
背中を押されてリオンは、ドア越しに話しかけた。
「えーと、僕はリオン。『はじめまして』の挨拶がしたいんだけど、顔を見せてくれないか?」
かつて暮らしていた施設の先生達のことを思い出してみる。彼らは、どんな風に不安を抱えた子供に接していただろうかと。
急かさず、待つ。すると、最初のドアが開いた。
13、4歳ぐらいの、好奇心の強そうな少年が顔を出した。
少年の頬が、赤く染まっていた。
天使の姿に『覚醒』したアリエーニを見たからだ。
アリエーニが優しく微笑むと、少年の警戒はみるみる解けていく。
「おい、みんな!」
少年は、他の子らに呼びかけた。『また』、能力者が来てくれたと。
思い出せ、マーガレットハウスでのことを。あの時も、最後に能力者が来てくれて、自分たちは助かったではないか!
おそるおそるドアを開ける子供に、ケルテースは手を差し伸べた。
「怖い?」
『また』、キメラに襲われるのが。
『また』、誰かが死ぬのが。
『また』、住む処を移るのが。
こわごわ差し出された手をケルテースはぎゅっと握りしめる。
「大丈夫。みんなは強い子だよ。お姉ちゃんは目が見えないけど、ちゃんと伝わってくるよ」
嘘ではない。この小さな手を伸ばすのに、どれだけ勇気が要っただろうか、葛藤の末に選ばれた選択肢を、ケルテースはしっかりと握り返すことで受け止める。
「頑張って、お姉ちゃん達を信じて‥‥」
微かに震える手が愛おしい。
バスのエンジンがかかった。
●突破
「子供たちの為にも‥‥本気で行くわよ」
カーテンで目隠ししたバスの周りを、能力者を乗せた別の車両が伴走する形になった。
健太郎の運転するジーザリオにリオンが乗り、これを先頭にして次につばきと琢磨を乗せたバス、その後ろをサブナックとアリエーニがそれぞれAU−KVをバイクとし、ケイとケルテースを乗せてついていく。
「ケイさん、気をつけてね。今から暴れ馬になるよっ」
「しっかり捕まってんだぜ。おまえさんに怪我でもさせたら大変だかんな」
ドラグーン達はパートナーを乗せると、タイヤを軋ませてバスに続いた。
バスの中では、つばきがマイク型カラオケを持ち込んで、さながら遠足のように場を盛り上げている。
「はーい。じゃあ次は、マッソーさん、何かリクエストをしてくださーい!」
「えっと、アニメ『△△』の主題歌を」
琢磨はつばきに指示されたセリフを返す。盛り上げ役は彼女に任しておけばいい、その分自分は、無線の音に集中出来る。
「じゃあ、みんなで歌いましょー」
賑やかに音楽が流れる車内、琢磨の無線の受話音量は最小にしてある。うかつな会話が車内に洩れてはならない、そういった注意からだ。
そしてこれまた、決めてあった合図をつばきに送る。
「さあ、今度はメドレーで行くわよ〜! 歌詞を知らない子は手拍子をよろしく!」
つばきは見事なほど顔色ひとつ変えず、子供たちの注目を自分に固定させ続けた。
「右、歩道の向こう、1体!」
ハンドルを握る健太郎は、自分たちを目掛けて飛びかかってくるスライムの位置をその真紅の眼で捉え、後続に伝えていた。バスに飛び移る前に、仕留めなければ。
更に、健太郎の車は停まるわけにはいかない。バスが急ブレーキを踏めば、子供たちは異常に気付いてしまう。
「突っ切るから覚悟して!」
背後はリオンが護ってくれる、その信頼が、アクセルを思いっきり踏み込ませた。
それは後ろのバイク達も同じだ。覚醒した能力者が、子供たちを護りたいというたったひとつの目的のために、互いの呼吸を最大限に融合させている。
「黒猫が相手、してあげる‥‥」
左肩に蝶の模様を浮かび上がらせたケイは舌なめずりをすると、向かってくるスライムに銃口を向ける。エネルギーガンから放たれた力がスライムを翻弄する様を見て、ケイは恍惚を感じていた。
「悪魔サブナック、ここに推参ってな!」
負けじとケルテースを乗せたサブナックが躍り出る。
「はわっ、落ち‥‥いえ、大丈夫です、そのまま走って下さい」
覚醒したケルテースは視覚が戻る。急激に雪崩れ込む情報に目眩を感じ、サブナックにぎゅっとしがみつく。
それでも、あの真っ黒い塊からは視線を外さない。超機械γの範囲が届く距離に近付くのを見計らう。
バスは走り続ける。スピードを変えることなく。
「さあ、次の歌は?」
「おっと残念。もう終点だ」
「ようこそ、ひまわり育成寮へ」
ひまわり寮には、ケイのジーザリオが置かれていた。
「さあ、乗って」
能力者達は、今来た道を引き返した。
子供たちの新しい生活が、またあのスライムに脅かされることがないように。