●リプレイ本文
●営業中
商品の運送便は、日に1回、午後になってから到着する。複数の運送会社が、1〜3台のトラックを寄越してくる。たまに便がゼロの時もあるらしい。
「便はだいぶ減っちまったよ」
山形社長は苦々しく言った。
「未だ来てくれるだけでも、ありがたいですよ」
己もスーパーマーケットの店長だという商居 宗仁(
gb6046)が慰める。屋外を長時間動き回る運転手のような仕事は危険も多いだろう、燃料の入手も困難になりつつあるはずだ。それでも、こうやって『しば』に来てくれる、感謝してもし足りない。
「今日は、これで終わりですね?」
最後のトラックが荷物を下ろして出て行くと、ハイン・ヴィーグリーズ(
gb3522)がシャッターを降ろす。キメラの侵入は無し。これで、このシャッターは明日の入荷まで開けられることはない。ハインは鍵をかけた。今からは、シャッター脇の小さな扉、従業員用出入口の開閉に注意しなければ。
店内は明るく、笑い声も聞こえる。この煌々とした蛍光灯の並ぶショッピングセンターに入ってしまえば、皆安心するのだろうか。キメラの脅威に晒されている時代だと言うことを忘れるほど、誰もがのんびりと買い物を楽しんでいる。
館内を見回っているのは店舗警備員として潜入した遠藤鈴樹(
ga4987)と桃ノ宮 遊(
gb5984)だ。さすがに正式な警備員の制服は用意出来なかったが、『巡回中』の腕章があったので活用させて貰う。警備員としてなら、連絡用の無線機を持っていても全く不自然ではなく、堂々と連絡を取り合える。
『1階、食料品売場、異常なし』
『1階、日用品売場、異常なし』
あっちこっち歩き回り、時々立ち止まって様子を見、報告をする。と、その無線の合間合間に、客が近寄ってきてあれこれ尋ねてくる。
「お店の人? トイレはどこかしら」
「店員さん、この商品、ケースで売ってないか?」
「ツレがいなくなっちゃったー。呼び出ししてよ」
あまりにも店の従業員として溶け込んでしまっていたのか、館内をうろつく二人を、容赦なく客達は呼び止める。
「遠藤はん、今、気付いたンやけど‥‥」
「何かしら」
「この店、従業員が少ないっちゅーことは、誰も彼も手が塞がっとる、っちゅうことやな」
「‥‥‥‥つまり」
そう、手ぶらで歩いている二人は、「手の空いている従業員」なのだ。次から次へと声をかけられる。店の関係者に化けている以上、ないがしろに出来るはずもない。思わぬ面倒が待っていた。
「いちいち足を止めてられへん、遠藤はん、ここは別行動や」
言うが早いか遊は、ぴゅうっと2階へ逃げるように駆け上がった。
残された鈴樹の周りに、客達は遠慮無くわらわら集まってくる。
(「うーん‥‥他のみんなは大丈夫かしら」)
3階と屋上の駐車場を監視しているのは山崎・恵太郎(
gb1902)と斑鳩・南雲(
gb2816)の2人である。本来なら、エレベーター入口、エスカレーター入口、階段入口の3カ所が開放されているはずだが、エレベーター以外は封鎖されている。利用客も事情は分かっているから、迷うことなくエレベーター入口から出入りする。‥‥もっとも、こんな上階の駐車場まで昇ってくる車の数はほとんど無いのだけれど。
「誰ぁれも、来ませんねえ」
「ネズミの気配が分かりやすくていいよ」
「そのネズミすらいないわね」
南雲は溜息をつく。
「今のうちに座ってたら? 疲れてるだろ」
先日の依頼で怪我を負ってしまった南雲を恵太郎は気遣うが、そうそう甘えた事ばかりも言っていられない。
「無理はしてないつもりよ」
その証拠に、今日は武器を用意してある。体力が万全であるなら、拳が一番の破壊力を持っているのだが。
「出来る限り、補助はするつもりだから」
「ありがとう」
誰もいない駐車場に、ばか明るいBGMだけが虚しく鳴り続ける。
その音楽が『蛍の光』に代わり、そしてそれっきり何も聞こえなくなった。
●閉店後
野性の動物は本来は夜行性である。騒がしくいつも人目がある昼間より、夜になって誰もいないゴミ箱を漁るのが常だ。
「ネズミといってもキメラですからね‥‥」
キメラには、地球の動物と同じ習性があるとは限らないとハインは心配する。だからこそ、昼間から警戒を続けていたのだが、この時間までまだキメラは現れていない。このまま悠長に、何時に現れるか分からないネズミを待ち続けるよりも、こちらから誘き寄せてやる、それで全員の方針は一致した。
さすがに営業時間内、どこに客の目があるか分からない状態で残飯をばらまくのはいただけない。店の閉まった今こそ、都合のいい時間帯である。
最後に目撃された搬入口を中心に、ネズミが通りそうな場所に餌をしかける。
「これはまた、強烈な匂いですね」
宗仁は、黒くなったバナナに鼻を近づけた。本来はゴミとして正規の場所に廃棄するはずの果物がいくつか用意されている。
「大黒天様への御供物として、有り難く使わせて頂きますよ」
「チーズは置かんの? パンくずや米もええで」
「惣菜の廃棄分があるから、それでよければ」
集められた餌は、ゴミ置き場、排水口周り、植え込みの近くなどに置かれた。
あとはひたすら、忍耐勝負である。
監視を搬入口に集中させるも、他の場所をがら空きにさせるわけにはいかない。鈴樹は、警備員室にある監視カメラのモニター前に座らせて貰った。全階の駐車場、出入口、トイレ等の映像が数秒ごとに切り替わるのを、鈴樹は忙しく目で追っていく。
「‥‥あら?」
外壁沿いに、ゆっくり動くものが見えた。植え込みの方に向かっている。
「猫だわ」
残飯の匂いにつられたか、どこからともなく野良猫が近付いてきた。
『こちら遠藤。猫がそっちへ行ったわ』
連絡を受けた遊がその方角に注意を向けると、しばらくして三毛模様の猫が姿を見せた。
「本当や」
猫は、鼻とヒゲをひくひくさせて、ゆっくりと餌に近付いてくる。
「珍しいお客様がいらっしゃいましたね」
「御供物を食べられるけど、いいんですか」
「ネズミが大黒天様のお遣いなら、あの猫は招き猫様ですよ。『しば』の繁栄のために、ありがたく召し上がって頂きましょう」
「ネズミは遣いで猫は招き猫かー。‥‥って、あれ? じゃあ大黒天様の遣いと招き猫って、相性悪いのかな?」
「‥‥考えたことも無かった」
神棚に並べて置かないように山形社長に進言しておこう、などと話していると、再び鈴樹から連絡が入った。
『何か、走ったわ』
●害獣駆除
断末魔の叫びだ。
突如現れた10匹ほどのネズミが、一斉に飛びかかり、猫に食らいついたのだ。
ネズミ型キメラにとって、芳しい果物より香ばしいパンより、猫の方が美味そうだったのか。覚醒した遊が『瞬天速』で猫を救い出したが、腕の中にいるものは、骨が剥き出しになったただの肉塊だった。
「‥‥逃がさない!」
恵太郎の目つきが変わった。先ほどまでの調子の良い穏やかな表情ではなく、研ぎ澄まされた刃物のように鋭い敵意を纏っている。
「一撃で、当てる!」
『ミカエル』を装着している恵太郎は、『竜の瞳』で精度を上げた。すばしこいネズミを残らず捉えるために。
だがネズミは、逃げようとしない。むしろ能力者を、自身を造り出したバグアの敵だと知っているかのように、歯を剥き出しにして飛びかかってくる。
「さあ、殺られたい奴から飛び込んで来なさい」
その程度の抵抗に怯むはずがない。ハインは瞳をスカイブルーに変え、両手に握ったそれぞれの銃に力を解放する。覚醒したハインには、ネズミ程度の早さなど何の脅威も感じない。次々と引き金をひき、小さな的を射抜いていく。
だがそれでも、数の多さに苦戦する。
「くっ‥‥外した」
「私がお伺い致します」
まるで上得意客に対するように宗仁はキメラに向かう。彼にとってはキメラも『お客様』、誠心誠意でもてなしてやる。
「有り難うございました、またお越し下さいませ」
そう笑顔で言う毎に彼の足下には、ネズミの死骸が積み上がるのだった。
●開店前
同じように餌をまいてみるが、もうキメラは現れなかった。恵太郎は最後にもう一度周囲を見て回り、これで近郊のキメラは退治しきったことを確認し終えた。
「バグアはいつキメラを投入するか分かりません、また現れたら依頼を出して下さい、すぐに来ますから」
山形は、店の営業に支障をきたすことなく駆除が終わったことに大いに感謝していた。
「こちらの掃除も終わりました」
と、ハインも全ての片付けを終わらせた。さすが執事の経験があるからか、掃除の手際もよい。
そして、残っている最後のこと。
「この子には、可哀想なことをしちゃったわねえ」
鈴樹は、遊の抱いていた猫の頭を撫でた。
「せめてどこかに埋めてやりましょう」
これで、今回の依頼を完了とさせよう。