●リプレイ本文
●初仕事
「キメラに仲間の命を奪わせるとは! なんとバグアとはおこがましい生物だ、この地球の霊長となるつもりか。そんな事は我々ホモサピエンスが認めるわけにはいかぬ!」
拳を振り上げ、熱く胸のうちうちを語るのは、自称・平賀源内の末裔、ミハイル 平賀 (
ga0275)。バグアの有する未知の技術力に興味はあるけれど、それで自分達の同族が殺されたとあっては黙っていられない。
何が生物の頂点に立つのかの議論はさておき、直也という名の能力者がキメラの犠牲となったことに怒りを感じているのは誰もが同じだ。
「だからこそ、確実にしとめないとな、次の犠牲がでないためにも」
月影・透夜(
ga1806)は未だ説法真っ只中のミハイルをなだめて座らせた。透夜の手には斡旋所で聞けるだけ、自力で調べられるだけ、情報をかき集めてひとまとめにしたものが握られていた。
「それは?」
「目的地の周辺マップだ」
ほう、と全員が車座になり、それらのデータを順々に覗き込む。
「地図上では住宅が密集しているが、実際はおおかた壊れて、瓦礫の山だそうだ」
能力者たちは、ありがたいそのデータを熱心に見ていたが、やがて表情が険しくなっていった。
「‥‥つまり、サンドラさんのビルは一番目立つ建物である、ということか」
鋼 蒼志(
ga0165)は眉をひそめた。実際の現場を見てみないことには何とも言えないが、ここにはこちらが有利という判断材料がどこにも無いのだから。
「こう、瓦礫が多いと、ブラックスライムは隠れ放題で」
「つまり、自分たちも隠れる場所がいっぱい有るってことだよね!」
橙識(
ga1068)は事も無げに言った。皆がハッとして彼のほうを見ると、橙識は余裕すら感じさせる笑顔でその視線を受け止めた。
「ふふふっ、そうよね。その通りだわ」
あまりにも橙識が明るかったので、騎沙良 詩帆 (
ga1811)も表情を和らげざるをえなかった。そうだ、初めての依頼だからと緊張している場合ではない、自分たちを信じて待っている人がいるのだ。有利であろうと不利であろうと、自分たちは行くしかない。
「よし、おおまかな作戦はこうだ。ビルの四面それぞれにいるスライムを、一面ずつ順々に‥‥」
最終的な打ち合わせが行われ、それぞれの役割を再確認する。スライムはキメラの中でも雑魚のほうだというが、それでも油断は禁物だ。まして今回は初めて顔を合わせた同士なのだ、わずかな手抜かりも許されない。
「ビルは、バリケードがあるそうですから、しばらくは大丈夫でしょうが、問題は‥‥」
言いかけて稲葉 徹二(
ga0163)は、悔しそうに唇をかんだ。その先に続けたい言葉が何か、皆には分かった。
直也のことだ。
スライムに抵抗しきれずに倒れてしまった彼の体が、野ざらしになっている、それはどうすればいい?
「‥‥大切なのはサンドラさんと子供たちの命であります。直也さんの救出は、その後にするしかないですね‥‥残念でありますが」
誰もが、その方針には賛成する。
「‥‥‥‥」
だが、辻峰・鏡花(
ga1870)は何も答えず、じっと俯いたままだった。
●直也
サンドラのビルはすぐに分かった。たった3階建てとはいえ、今は一番高い建物。
直線で出来ているはずの灰色の壁に、まるでそこだけコールタールが固まってこびりついているかのように黒い物体がいくつかぶら下がっていた。
「あれが‥‥ブラックスライム?」
遠くからでは見え辛いが、間違いない。数は、今見えるだけで正面に2体、左右それぞれの面に2〜3体、裏側は分からないが、ゼロとは思わないほうがいい。
それらは、サンドラたちが建物に逃げ込んだのを知っているのだろうか、入り込む隙間を手当たり次第探すように、好き勝手に動いている。ミハイルがしばらく時計の秒針と見比べて観察してみたが、特に法則性は見当たらない。
スライムが踏んでいる窓の向こうは、本棚やら箪笥やらが、隙間無く置かれている。明かりは無い。おそらく、キメラから身を潜め、幾晩も暗闇を耐えているのだろう。
「それから‥‥」
徹二はもう一度周辺を見回す。彼の動きは、ある一点で止まった。
若い男が転がっていた。全身がどす黒く濁っている。とうに血も乾いてしまったか。
(「もうすぐだよ、あのスライムたちを殲滅させれば、すぐにサンドラさんと再会させてあげる‥‥」)
さすがに橙識の笑顔も消えていた。だが、もう少しで彼も助けられる、そんな希望が持てたことが喜ばしかった。
もう少しだ。あの側面にいるスライムが裏へ回り、こちら面にいる2体だけが孤立する瞬間、その一瞬が合図だ。
(「‥‥今だ!」)
全員がビルを目指して走った。
いや、一人だけ、別方向に行く者がいる。
「鏡花!!!」
「遺体を晒しものにはしたくありません!!」
鏡花は直也のもとへ駆け寄り、小さな背中に担ごうとした。能力者としての体力はあるが、この体格差では俊敏な動きは出来るはずもない。
「早く降ろして‥‥‥‥」
そんな彼らの騒ぎを聞きつけたか、2つのコールタールは壁から離れ、まっすぐこちらを目指して歩みを変えた。
●好機
「まさか自分たちから、壁を離れるなんてね!」
ラッキーだ。依頼主がいるビルの壁を戦場にしなくて済む。詩帆は己の髪を漆黒に変え、右手に握っていたヴィアにエミタからの力を全て注ぎ込んだ。
「貴様らに恐怖という感情が無いのが残念だわ!!」
詩帆はヴィアを振り上げると、刃先をスライムに喰い込ませた。スライムは強い酸で敵を溶かすというが、覚醒した詩帆は腐食させる隙も与えず剣を引いた。
「くっ」
べったりとした手応えが残る。まるで泥を掻き回したかのように鈍く、重い。
「俺がやる!」
続けざまに徹二が刀を突き立てた。最初の一撃で弱っていたスライムには、それを止めにするには充分だった。だが、もう1体いる。
「伏せろ、徹二!」
後ろで蒼志が叫ぶ、それと同時に徹二は地面に腹這いになった。頭をかすって、ロケットパンチβが撃ち込まれる。
「『世界の異物』は排除させてもらう」
ロケットパンチβは一直線にスライムを狙い、軟らかそうな体を粉砕した。
まずは、2体。
「あの庇の下にでも連れて行け」
透夜は、直也を抱えたままの鏡花に言った。順序が逆になってしまったが、助け出せたことには変わりない。あとはこの戦いが終わるまで、これ以上の傷をつけさせないようにすることだ。
「サンドラ、子供達、聞こえているか!? もう少しの辛抱だ!!」
厚い壁の向こうで、聞こえているだろうか? 透夜は、力の限り叫んでみた。届いていて欲しい、決して諦めるなどしないように。
「さぁ、次行ってみよ〜う! まだこっち側にもいるんだからね!」
橙識が「急げ」と手招きする。今頃、他のスライムは正面の騒ぎを聞きつけて移動を始めているだろう、1カ所に固まられる前に、自分たちは二手に分かれてビルの脇に回り込まなければならない。橙識と透夜、そして詩帆が右翼に回る。
「いた!!」
すぐそばまで迫っていた。数は3体。
「あれは自分がやる」
瞳の色を真っ青にした橙識は、それまでの軽妙な口調とはうって変わって静かにそう言うと、スコーピオンを構えた。小さな弾丸に、渾身の力を込めて、まずは1発、そして2発、3発、と。だが衝撃を持ち堪えたスライムは、敵意の発信源である橙識に向かって来た。
狙い通りだ。頭上にいたスライムは、こちらの手の届く位置まで下りてきた。
「そこだ、刺し貫く!!」
三日月の紋章が浮き上がった手に握られたロングスピアは、スライムに深々と突き刺さり、動きを止めた。
「次は!?」
「ふん、たわいもないわ」
ヴィアに残ったスライムの欠片を振り払い、詩帆は余裕の笑みをみせた。
残る1体も、同じ運命だ。
「裏に回るわよ」
●決着
左翼側に回った徹二と蒼志、ミハイルも善戦していた。こちらは2体、負ける数ではない。
「ははは、おまえらの目には、僕が一番旨そうに見えるのか?」
一番小柄なミハイルにを狙って、スライムは落ちてきた。ミハイルは下がろうともせず、そこでじっと待ちかまえる。そして今にも彼の鼻先に黒い手が触れんとする。
「‥‥‥‥くらえ!!」
それは徹二と蒼志ふたりにとって丁度いい間合いに入ったことを意味した。2つの刀が揃って真一文字を描く。
「スライムに刀がどのくらい効くのか‥‥試させて貰おうか」
なおも抵抗しようとするスライムを、もう1度、もう1度と切り刻む。スライムは力なく地面にこぼれる。しぶといキメラも終いには動かなくなった。
「ファイターの二人にこんなにタコ殴りにされては、こやつらも堪らんだろう」
足下に転がるスライムを見下ろし、ミハイルは高笑いした。
「裏に回るぞ」
3人はビルの裏に回る。そこで他の3人とも合流した。
貼り付いていたのは、たった1体のスライム。もはやこの人数で、手こずる理由など無い。
屋上やその周辺をもう一度確認した。大丈夫だ、もうスライムは残っていない。
「生きてますかー? 助けに来ましたよーー」
窓を叩いて、中に呼びかける。しばらくすると、箪笥が動き、やつれた女の姿が見えた。太陽の光を見て彼女は、ぼろぼろと涙をこぼした。
直也の遺体は、昔は公園だったという場所に運ばれ、丸太を組んで作った簡素な墓碑の下に埋められた。血まみれで、あちこちの皮膚が焼け爛れた凄惨な姿だったが、子供達は目を背けることなく見送った。鏡花がどこからか見つけてきた花を墓碑の前に供え、手を合わせた。
「ところで、サンドラさん」
透夜が尋ねた。これからどうするつもりなのかと。スライムに襲われたこの町で、これからも暮らすつもりなのかと。
「ええ」
サンドラは頷いた。
「自分は、すぐに安全な土地へ移ることを提案するであります」
徹二が強く説得するが、サンドラは首を縦に振らない。
「ここしか、知らないんですもの」
サンドラも直也も子供達も、生まれて育った土地だ。それにバグアの侵攻は進み、100パーセント安全な場所を自分たちは知らない。
「いい町を見つけたら考えてみます、でも、それまではここで」
「そうでありますか‥‥」
直也も弔ったこの土地から強引に引き離すのは得策ではない、それ以上は勧めない方がいい。
「あまり無理はしないで下さいよ、困ったときはいつでも自分たちが飛んで来ますからね」
そう橙識が言うと、子供達は安心したかのように微笑んだ。
別れはやはり、笑顔の方がいい。