●リプレイ本文
●戦争の決着
「やかましい!!!!!」
怒号と共に、甲高い衝撃音が響く。
「黙れ頑固ども! 常に己が主役とか思うなよ」
相賀翡翠(
gb6789)が両手でしっかり握り構えたフライパンを大きく振り抜くと、豚と海老の大将はそろって鍋底に顔を潰され、空の彼方へ消えていった。
「料理に『正解』なんてものがあったら、アレンジと進化は無ェ、そうだろう?」
翡翠の視線は、R.R.(
ga5135)に向けられた。挑戦的な目だ。R.R.は不敵な笑みで、それを受け止める。
「フフフ‥‥、それは『本場は水餃子』と言ったワタシへの挑発アルか?」
翡翠は否定もしない。
「R.R.、あんたの本場のレシピは最高だ、おかげで俺のレパートリーも増えた。だからこそ、あんたに俺のこだわり抜いた焼き餃子を食わせてみたくなったんだよ」
「おもしろいアル、ちょうど、『材料』はいくらでもあるアル。互いに納得いくまで、食べるアルね」
飄々とした男の表情が険しくなった。彼にもまた、こだわりの味があるのだろう。中国発祥の料理『餃子』、それを本式の調理法で食さずして、何を正統と主張できようか。中華料理人の意地としても、己の渾身をぶつけた餃子を作らねば。
大将を失った豚と海老の軍勢は、ただの豚と海老に戻り‥‥『材料』となって、彼らの足下に転がっていた。
●新しい戦い
まるで剣闘大会でも行われるような、巨大な闘技場が現れた。円形の壁に沿うように観客席があり、そこは小さな生き物‥‥豚や海老、鶏に帆立貝に牛や羊たち‥‥で埋め尽くされている。
「焼け!」
「煮ろ!」
「茹がけ!」
わあわあと歓声が飛び交う、その中央に翡翠とR.R.は、選ばれた剣闘士として登場した。その手には剣ではなく包丁が握られているのだが。
「賑やかだわ。いいわね、楽しそうで」
この状況を面白がっている紫陽花(
gb7372)。餃子対決を見守る役として、テーマに相応しく今日はチャイナドレスに身を包んでいる。
「勝者はどちらでも構わぬぞ、ワシは酒さえ飲めればな」
観客席の最前列ですっかりできあがっている霧雨仙人(
ga8696)は、8杯目のビールジョッキを空けた。
「そうそう、この世にあるのは美味しいものだけニャ」
負けじとビールを飲もうとするアヤカ(
ga4624)の手を、ぴしゃりと仙人ははたく。
「おぬしみたいな小娘には10年早い」
「そうよ、アヤカさんはジュースになさい」
「ニャ〜」
不満がるアヤカの顔を見て、何か思いついたのか紫陽花はエプロンをとりだした。
「餃子があるから、ビールが欲しくなっちゃうのよね」
大鍋に水をいれ、火にかける。しばらく待つと、ぐらぐらと煮え立ってきた。
「さて、そこの海老さん」
客席にいた、よく太った海老に声をかける。
「あちらの対決が始まる前に、お風呂でも入ってさっぱりしておきません? よろしければ背中を流させていただきますわ」
美女(?)の誘いに乗せられて、海老はほいほいスタジアムに降りてくる。だが、どんな魔力が働くのだろう、客席を離れた海老は、ただの海老の姿になってしまった。
「あらあら、ずいぶん小振りになっちゃったわね」
構わず、その海老をつまんで鍋に放り込む。みるみる真っ赤に茹で上がり、ほかほか湯気をあげながら皿に盛りつけられた。
「はい、まずはシンプルに茹で海老よ。マヨネーズを付けてね。これには‥‥甘めのお茶がいいかしら?」
目の前に皿と、丹精込めて淹れられた茶を出されたアヤカは思わず舌なめずりをした。ネコが甲殻類を食べると腰を抜かすと言うが、幸いアヤカは人である。海老の尻尾を掴むと、大きく口を開け、それをぺろりと平らげた。
「ん〜〜〜っニャ☆ おいしー。しあわせー」
「霧雨仙人さんもどうぞ、お召し上がりになって」
「あいにくワシは、海老アレルギーでの。酒だけで十分じゃ」
「まあ残念。でしたら‥‥、あそこの鶏なんてどうでしょう?」
「ほう、うまそうじゃな。蒸し鶏と紹興酒、なんてのも良いかもしれん」
「そこの鶏さん、お風呂に入りませんか〜?」
対決している二人に目もくれず、餃子とか関係のない料理の山が出来上がっていった。
●水餃子vs焼餃子
ガッガッと力強い音がする度に、まな板の上で白菜が踊る。翡翠の操る包丁が、みじん切りの山を作っていく。
「次は豚肉だ! 赤身と脂身は7対3でな!」
白菜と同じ大きさに刻まれた肉は、共にボウルに入り、翡翠の手で粘りのある餡へと姿を変える。
「なかなかやるアルね。しかし、皮はどうするアルか?」
自信満々に笑うR.R.。調理台の隅にある濡れ布巾をめくると、そこにはじっくり寝かせられた小麦粉の生地があった。
「市販のビニールパックに入ってる皮と一緒にされたら困るアル。あんな薄くてポロポロの皮じゃ、茹でているうちに破れてしまうアル」
R.R.の練った生地は、まるで餅のようにねっとりとして、それでいて表面は滑らかだ。生地を等分し、麺棒で器用に伸ばしていくと、同じ大きさの皮が次々出来上がっていった。
「見るアル、この厚みが水餃子のモチモチ感を出すアルね」
「ふふっ、俺だって皮の重要性は知ってるつもりだぜ?」
翡翠もぬかりなく、手作りの皮を用意してある。こちらはパイ生地のように、薄い。
「水餃子がモチモチなら、焼餃子はパリパリが命だ。見せてやるぜ、俺の餃子をな!」
畳ほどもある大きさの鉄板が赤く熱せられ、そこにごま油が流し込まれると、会場中に香ばしい匂いが漂った。客席から、思わず感嘆の声が漏れる。
「さあ、どんどん焼いていくぜ!」
翡翠が作ったのは豚肉の餃子だけではない。プリプリの海老餃子、ジューシーなフカヒレ餃子、とろけるチーズ餃子、紫蘇の風味を効かせた鶏餃子‥‥。
さらに、これだけではない。
仕上げに、小麦粉を溶いた水を流し入れた。そう、いわゆる「羽」だ。パリパリ感を2倍にも3倍にも膨れあがらせる、あの焦がし部分だ。
茹でるという調理法で、この力強い歯触りは出せまい。
「はニャ〜〜‥‥。やっぱり焼餃子の方が優勢かニャ‥‥」
二人の対決を、海老シュウマイを頬張りながら見ていたアヤカがそんな感想を漏らす。
「まあのう、日本は餃子を『おかず』と見るから、味付けの多様性が目立ってしまうものじゃが」
仙人は、もう1人の料理人を見た。焼餃子ほどの派手さはない、しかし、茹で上がった餃子の真っ白な輝きを見て感動しない者はいない。
「中国では『主食』と同じじゃ。わしらが炊きたての米を美しいと思うように、あの白磁の艶も美しかろう」
用意してあった人数分の器に、湯気の立つ餃子をよそう。しかし、これだけではない。R.R.は水餃子と同時に、蒸し餃子も手がけていた。翡翠が焼き上げて蓋を開けたと同時に、蒸籠の蓋を開けた。
客席が、再びざわめく。
蒸籠の中には、緑色に透きとおる餃子があったのだ。
「知ってるアルか、翡翠さん。中華料理は色を大切にするアル。この緑色の餃子、名前を知ってますか?」
「‥‥知っている」
会場の全ての視線が、緑色の餃子に注目している。そして、固唾を飲んで、次ぎに続く言葉を待っていた。
「『翡翠餃子』アル。アナタと同じ名前アルよ」
焼くという調理法で、この清々しい緑色は出せまい。
全ての調理が終わった。
●戦いの終わり
5人はひとつのテーブルに着き、同じ皿から料理を取った。
水餃子、蒸し餃子、焼餃子。それに、それぞれの自慢の料理。紫陽花の淹れた茶、仙人の呼び寄せた酒。テーブルの端からこぼれ落ちそうなほど並べられている。そしてどれも、もちろん旨い。
「僕は餃子のことは詳しくないけれど、皆がいろんな餃子を作ってくれる‥‥どれが正解かなんて、無いんじゃないかな?」
豚か海老か、焼きか茹でか、などと、なんて小さな問題だったのだろうか。料理には無限の可能性がある。そして全ての料理は旨い。仲間達と卓を囲み、美味に顔をほころばせ、腹が快く満たされる、これ以上の幸福があるだろうか。
「ええい、何を和んでおるか! 我々の決着は何一つ付いておらぬわ!!」
突然の声。驚いて振り返ると、すっかり忘れていた豚と海老の大将が立っていた。
「大きなニンゲン、貴様らの幸福論などどうでもよいわ!」
「やかましい!!!!!」
全員で、2匹の口をこじ開けた。
焼きたて、茹でたての餃子を放り込む。
そこへ、キンキンに冷えたビールを流し込んで‥‥。
「はい、これ以上、何か文句があれば聞こうじゃないか」
「‥‥‥‥もう一杯」
5人の宴会に、2匹の大将も加わった。
キャベツと海老の餃子に、白菜と豚肉の餃子。または海老シュウマイを。豚とキャベツの回鍋肉を。海老のチリソース炒めを。鍋仕立てにしたものを。
なんて小さな問題だったのだろうか。
全ての料理は旨い。
これ以上の幸福があるだろうか。
「よし、ビールが足りないニャ。召喚するニャ〜!」
「だからあんたには早い!」