●リプレイ本文
●枯れた地
戦火に焼かれた地面はひび割れ、小さな風で砂埃が舞い上がる。所々にわずかに残っている木々は、どす黒く変色していて、新しい芽をふくのはいつになるだろう。
目的の水場は、最初に立ち寄った町からほんの数キロメートル先の場所だ。距離はたいしたことはないが、日陰ひとつない場所をひたすら歩くのはなかなかに辛い。
「地面の照り返しで、目が眩みそうです」
霞澄 セラフィエル(
ga0495)は、汗でずり落ちるサングラスを直しながら、そんなことを気にしていた。スナイパーとしては目標を捉える目は大切だ、眩しくて狙いが定まらないとなってはいい笑い者である。
「それにしても、暑いねえ。まあ、そんな時間に動いているボクたちが悪いんだけどさ」
掌を団扇代わりにして自分を扇いでいるチャペル・ローズマリィ(
ga0050)。出発の時刻は誰もこだわっていなかったのだが、チャペルはこの時間帯を推した。町の人たちから聞いた。キメラ以外の野性動物は、陽の高いうちあまり動かないそうだ。能力者の彼女たちなら、野性動物など驚異ではない、しかし、キメラ退治を控えている今、無駄な体力を使いたくなかったし、何より地球上の生命をむやみに殺したくなかった。
皆も同意してくれたのでこうして、元々の住民達がそれぞれのねぐらに引っ込んでいる時を見計らって進んでいる。
この地が、陽射しが強いのに寒々しく感じる原因はこれなのだ、と信じたい。
「以前はきっと、美しいところだったのでしょうね」
ネズミ一匹見かけない荒涼とした光景を見て戌亥 ユキ(
ga3014)は胸が苦しくなった。そしてこれからも、こんな地が増え続けるのだろうかと考えると切なさに更に苦しい。
「被害者まで出てるなんて‥‥」
普段は物静かな結城 朋也(
ga0170)の語気が強い。無理もない、彼の家族もまたバグアの犠牲者なのだ。バグアが危険な獣を、何の罪もない人のいる地へ放り出し、彼らを傷つけている。どうしてそれが許せようか。
「怖い顔になってる」
と、内藤新(
ga3460)が朋也の顔を覗き込んだ。朋也はハッとして、己の頬を触る。
「きみもキメラ退治は初めてで緊張してるのか?」
「い、いえ、あの、私は」
「この人は何度か仕事をしているんですよ、私も一緒にしたことがありますが、頼れる方ですよ」
うまく返事が出来なかった朋也に代わって、ユキが教えてやる。新は、少し残念そうだ。
「違うのか。となると、初心者なのは俺だけのようだ。足を引っ張っちまうかもしれない」
「ああ新君、あなたはキメラを見るのは初めてなんですか?」
会話を聞いて、前を歩いていたアルフレッド・ランド(
ga0082)は振り返った。
「お恥ずかしながら」
「あなたは、サイエンティストでしたね?」
「ああ」
「どうです、キメラについて、サイエンティストならもっと詳しく知りたいと思いませんか?」
●調査
「どういうことでしょう?」
アイロン・ブラッドリィ(
ga1067)も歩みを止め、アルフレッドに向き直る。
「そのままの意味ですよ。キメラについては俺たちは知らないことが多すぎます。どんな力を持つ生物なのかを知りたいのです」
そう言ってアルフレッドは、西島 百白(
ga2123)の方を見る。無表情で分かりにくいが、否定的な反応では無いようだ。
「確かにいいかもしれない、が、そんな余裕はあるのか?」
新は心配そうに尋ねる。
「普段なら危険でしょう。ですが、今回はキメラが1頭だけで、戦う場所は存分にある、普通の人は周りにいない、こんなに調査に恵まれた条件はありませんよ」
「そ、それもそうだ‥‥」
朋也も、興味を持ったようだ。元は学者であったし、こういうことは嫌いではない。ひとたび決まれば、知りたいことは山のようにある。
「そうは言うけど、一番の目的はアタックビースト退治だよ!」
全体の雰囲気が、キメラの調査についてのみに偏りそうになっているのを察知して、チャペルは釘を刺した。
「もちろんよ。私たちは、あの町の方々の水を取り戻すために呼ばれたのですから」
と、アイロンが言うので、チャペルはほっとする。
アイロンだけではない、誰もが最優先すべきは退治だと分かっている。
だから、こう決めた。
調べることは、ひとつのみ。
忌まわしき防御壁、フォース・フィールドについてだ。
●フォース・フィールド
全くバグアは、なんて厄介なものを作るのだろう。どんな高性能のミサイルも弾き飛ばしてしまう赤く光る障壁。選ばれた、数少ないエミタの力を持つ者でなければ、その壁に対抗出来ないのだから。
「湖だわ」
霞澄が前方に、きらきら光る水面を見つけた。周りには緑色の残る木々。久しぶりに出会った、色のある景色だ。
同時に、皆に緊張が走る。
あの茂みのどこかに、アタックビーストは隠れているのか? それともまさか、あの水の中か?
(「水の中、というのでは困りますね。もし戦闘でめちゃくちゃになっては、町の人が使えなくなる」)
朋也は渋い顔をする。
「何か見えますか?」
「うーん‥‥よく分かりませんね」
双眼鏡を覗いていたユキが首を左右に振った。水面は静かなものだし、茂みも動かない。
「‥‥言い出した者の、責任ですからね」
町の人の話を信じるなら、アタックビーストは、動くものには空腹だろうと満腹だろうと構わず襲いかかってくるらしい。ならば、派手に動いて見せればいい。アルフレッドは、囮になるべく、日本刀とアーミーナイフを構えて、力を解放した。
「保険のつもりで‥‥」
朋也がせめてもの援護としてアルフレッドの刀に練成強化を施す。
「がんばってくれ」
新も、もう一方のアーミーナイフに練成強化を施そうとしたのだが、戦い慣れない彼は超機械を持参していなかった為能力が発動できない。
覚醒によって感情が消えてしまったアルフレッドは、何も言わず湖に向かって飛び出した。
とたんに茂みが大きく揺れ、黒い塊がアルフレッドに襲いかかった!
(「出た!!」)
百白は覚醒したいのを堪えて、グレートソードを強く握った。アタックビーストはアルフレッドに牙を向けていて、後ろががら空きだ。果たして、死角からの攻撃に対してフォース・フィールドはどう現れるのか?
「あっ!!」
なんということだ、アタックビーストの背中に、赤い閃光が走り、百白の剣を弾き返した。
(「後ろは、ダメでしたか‥‥?」)
「でしたら、一度に多方向からなら?」
いつの間にかアイロンは、風下に回りスコーピオンを構えていた。反対側には霞澄がアーチェリーボウを持ち、別の位置にチャペルとユキが、それぞれの武器を持ち散らばっている。
「落ち着いて‥‥弓を引き絞り、狙いを定め、矢を放つ‥‥大丈夫」
全員の照準が、アタックビーストに向けられている。未だひとりで奮闘しているアルフレッドに当てないように‥‥。
「今よ!!!」
アタックビーストの全ての方向から撃ち込んだ、その結果、アタックビーストの体の回り全てが赤く反応した。
「フォース・フィールドは、全身を覆っているってことね」
死角がない、というよりも、フォース・フィールドは常に在り、フォース・フィールドに覆われた生命体こそがバグアの作るキメラなのだ。己の体に危害を与えるような強い衝撃が与えられれば現れる。そうして守られているキメラは、何ら動きを休めることなく、アルフレッドに牙を剥き続ける。
「もう限界だね!」
そろそろアルフレッドひとりの力では保つまい、チャペルはいよいよ覚醒した。
「この格好になるのは、目立つので少々恥ずかしいのですけど‥‥」
霞澄の背中に三対の翼が現れた。
「綺麗じゃないですか」
アイロンはそう言って微笑む。
「さあ、もう一度、落ち着いて‥‥狙いを定めて‥‥」
大丈夫。さっきと同じようにすればいい。
アタックビーストは一体。
そして既に、狙撃手たちは取り囲んでしまっている。
あっという間だ。
●町へ
「痛たたた、痛いって」
勇敢な囮は、体中に傷を負っていた。サイエンティスト達が湖の水で洗い流し、朋也が練成治療を施してやる。
傍らでは初陣の新が、群を抜く攻撃力ばかりでなく、強化や治療など特殊能力の発動にも欠かせない超機械の重要性を痛感していた。
「おかげで、いいデータが取れましたよ」
手応えを感じたのか朋也は嬉しそうだ。
「他に何か気付いたことがあれば、教えて下さい。報告書にまとめますから」
「そうね。でもそれは、町に戻ってからにしません?」
霞澄が言う。
「まず町の人に教えてあげたいし、それに‥‥」
「それに?」
「早くこの埃だらけの体を洗いたいですわ」
せっかくまた、水が使えるようになったのだから。