●リプレイ本文
●いなくなった少年
キメラアントが現れた、その依頼を聞いて頼もしい能力者が集まってくれた。誰もがほっとした表情を浮かべ、歓迎してくれる。その中で、ひとりだけ、沈んだ顔つきの女がいた。
「どうかしたか?」
あまりに女が青ざめていたので、気になって亜鍬 九朗(
ga3324)が聞いてみた。どうやら、ハーディという名の息子の姿が見つからないらしい。
「向こう見ずな子でね、何かやらかしてないかと心配で‥‥」
女がそう言うのを受けて、近くにいたハーディの友人だという女の子達が、「そうそう」と同調する。
「夢中になると、前が見えないのよねー。怪我なんてしょっちゅうだし」
「ハーディのことだから、自分がキメラアント退治をする、なんて思ってんじゃないかしら」
少女の何気ない一言で、和やかな雰囲気は一転した。
「‥‥私たちも、息子さんを捜すのを手伝います。そのためにも、キメラアントをさっさと退治してこよう」
アークレイ・クウェル(
ga4676)は、可能性を肯定することを避けた。どうやら聞く限りでは、浅薄な少年は山へ行ってしまったらしい。が、この震える女をこれ以上怯えさせないためにも、言葉は濁した方がいい。アークレイは、少年の身を案じはするが、母親をこんなに心配させていることへの怒りも同時に感じていた。
「けひゃひゃひゃ、ボクちゃんはいったい、どこへ行ってしまったんでしょうねェ」
まるで事件が増えたのを面白がるようにドクター・ウェスト(
ga0241)は笑っていた。
●山の中
最初にキメラアントを見つけたという青年から詳しい場所を聞いた。整備された道は1本だが、慣れている青年は近道としてよく獣道を滑り降りたりしたそうだ。キメラアントがいたのは、その途中らしい。
「初めての依頼ニャ☆ がんばるニャ〜☆」
初仕事だとアヤカ(
ga4624)は張り切っている。武器はもちろん山歩きのための装備も整え、さらに化粧品まで用意している念の入れようだ。
「キメラアント自体は、そんなに強くはないし難しい相手ではないが‥‥」
アヤカのような初心者には丁度いい腕試し相手だ、と高村・綺羅(
ga2052)は思うが、それは単に体力的な差としてのこと。もし、本当にハーディがキメラアントのいる場所に近付いているとしたら?
「少年は一刻も早く保護するアルね」
さっさと安全な場所に行って貰わなければ、こちらも仕事がやりづらい。双眼鏡を絶えず覗きながら、烈 火龍(
ga0390)は言った。警戒中のこの山に入り込む人間などいない、いるとすればそれがハーディだろう。
「まったく、先走った馬鹿を救助か。ま、俺も気をつけないとな〜。綺麗なお姉さんに弱い方だし」
リチャード・ガーランド(
ga1631)はそんな軽口を叩く。自分だって誘惑には弱い、ヒーローになって好きな子を振り向かせられるとなると尚更だ。
「気持ちは分からんでもないけどな」
戦部 小次郎(
ga4565)も同じ意見だ。聞けばハーディの幼なじみが能力者となり、少女達の羨望の的となっているというではないか。得意のフットボールも辞めてしまって他人に誇れる事が無くなった少年が何を思うか、それは十分理解出来る。
「だが、分相応というのを知ることも必要だ」
勇気と無謀は違う。ハーディの取っている行為は、後者なのだ。
「足跡でも見つかるとよいが‥‥」
雑草生い茂る足元を見て綺羅は、溜息をついた。
●キメラアント
少年は逃げていた。
噛みつかれた左腕からは、血がだらだらと流れている。振り払おうと触れてみたが、まるで電気が走ったかのような衝撃に襲われた。あの時、すぐそばに野鹿が現れて、やつらがそれに目標を変えたのは幸運だった。その一瞬の隙に、逃げ出せたのだ。
走る後ろから、鹿の悲痛な声が聞こえてくる。けれど振り返れない。声は完全に途切れた。やつらは食べたのか、食べ終わったのか。なら、次は、今度こそ自分の番だ。
血のしたたり落ちる腕を見る。おそらく点々と、地面に匂いを残しているだろう。あの蟻は匂いを追うのだろうか? どこへ逃げれば‥‥見上げると、そこには登り易そうな木があった。
迷わず、そこへ登る。木の上なら見つかるまい。どのくらい待てばいい‥‥。5分? 1時間? 1日?
祈っていた。あのアリンコが居なくなってますように‥‥。
だが、待っていたのは絶望だった。
木の下に、蟻が集まっているではないか!
しかもやつらは‥‥木を登り始めた。
もう、だめだ。
「動くな!!」
小次郎のカデンサが、先頭を登っていたキメラアントを薙ぎ払った。
「え‥‥?」
「いい所にいるニャ☆ そこでじっとしてるニャよ〜☆」
ハーディは、幻覚を見ているのかと思った。
女が瞳を光らせ、真っ赤な爪であの凶悪な蟻をたやすく幹から引き剥がしていく。いや、よく見れば女だけではない。そこに集まってきた者たちは誰もが、人間ではありえない姿をしていた。
不思議と恐ろしくはない。
ああ、そういえばネーナが、そんな映像をみたことがあると言っていたっけ。あれは何の時の話だったか‥‥そんなことを、ぼんやりと考えていた。
「ぬうぅ、しぶといアルね!」
キメラアントの外殻は固い。そこへファングを貫き通すためには火龍でも渾身の力を込めなければならない。しかも、やつらは砂糖に群がるがごとく、うようよ居る。1匹を押さえつけている間に別の1匹が足に噛みつこうとしているのだ。
「まったく、数は多いし装甲は固い。死ぬのを恐れずに突っ込んでくるって、最高の兵隊かもね」
まあ、それがまたキメラらしい、とリチャードは鼻で笑う。覚醒した彼からは先ほどまでの少年らしさが消え、キメラに対する敵意を剥き出しにしていた。
「その固さ、いかほどなものか、試させて貰う!」
アークレイは刀を握りしめ、蠢いている1体に振り下ろした。ガツッとした手応えがあった。
「なるほど、丈夫なもんだ」
「関節だ」
「え?」
聞き返す間もなく綺羅が、アーミーナイフをキメラアントの脚関節を狙って突き立てた。はっきりと、内にめり込んだ感触がある。
「そこは効果的のようだな」
綺羅の動いた結果を見て、小次郎がカデンサを持ち替え、キメラアントの隙間を捜した。脚の関節、胴体の繋ぎ目、触覚、口腔内‥‥。
弱点と思われるところに、次々と刺していく。一撃では決まらない、が、1匹ずつ、確実に、効果が現れていく。
「くらえ、超電磁波〜!」
キメラアントが他の皆に集まっているのは好機だと、ほのかに眼球を光らせたウェストが超機械γを発動させた。バチッと音がして、キメラアントがひっくり返る。
「‥‥私たちを巻き込むつもりか!」
「けひゃひゃひゃ、一流の能力者ならうまくかわすと信じてましたよ〜」
「あいかわらずイカれてるアル」
そんな冗談を言い合えるのも、キメラアントの数が減ってきた余裕からだ。
「まだ油断は出来ぬ。固まれ!」
残りは少なくなっても、キメラアントには劣勢という感覚が無いのだろうか。せっかく見つけた目の前の獲物を離すまいと必死になっているようだ。
「とどめはカスミ斬りニャ〜☆」
アヤカはこれが最後だと、真紅のルベウスを水平に構え、まるで舞うように円を描いた。
「俺のドリルに、貫けぬものは無いッ!」
負けじと九朗も、ドリルスピアに力を注ぎ込む。
「バグアなど、貫き穿つ!!」
ついに抵抗するキメラアントはいなくなった。
●事件解決
ハーディの傷は、出血の割には深くなかった。何人かが救急セットを用意していたので、すぐに手当が出来た。
「なぜ、こんな事をした」
九朗は聞く。逆立っていた髪は戻り、激しい感情の高ぶりを示すようなオーラも消えている。が、その口調は優しくなかった。
「だって‥‥たかがアリンコだって‥‥」
ハーディは答えながらも、実際に遭遇した『アリンコ』の恐ろしさを思い出して、ぼろぼろと涙をこぼした。
「太刀打ち出来なかったですよね? これで分かったでしょう、エミタを受け入れる体質でないと、どんな武器を使ってもキメラに傷ひとつ付けられないんですよ」
自分よりチビのリチャードに諭されて格好悪いと思ったのか、ハーディは袖で鼻の下を拭う。
「適合する確率は1000人に1人、それに入らなかった場合は、キメラに近付こうなんて思わないことですよ」
「何でだよ。イヴァンは能力者になれて、何で僕はなれないんだよ!! 僕だって、エミタさえ合えば」
「ハーディ!!」
尚も甘えたことを言いかけたハーディの頬に、アークレイの掌が走った。
「あ‥‥」
アークレイが怒っている。激昂して叫んだりはしない。ただ静かに、しかし威厳を持った眼差しで、ハーディを鋭く射る。
「いいか。エミタが適合するだけでは能力者になれぬ。武器の扱いを覚え、経験を繰り返し、時には死にそうな目に遭っていくのだぞ。貴公の友人も、同じことをしているであろう」
「‥‥‥‥」
ハーディは何も答えられず、じっと俯いている。その間も体に痛みがじんじん響いているが、それが頬の痛みなのか胸の痛みなのか分からない。
「‥‥もういいだろう」
そろそろ少年も、己の愚行が身に染みたころだろう、と九朗は思った。嫉妬など、誰の心にもある感情だ。殊更に責め立てることでもない。
「もう母親を悲しませるな。いいな?」
「‥‥はい」
素直に頷いたので、もうこの話は綺麗に終わりとなった。日の暮れないうちに、早く町へ戻って皆を安心させよう、と山を降りだした。
「ところで、ハーディ君」
他の者に聞こえないようにこっそりと、ウェストが耳打ちをしてきた。
「なに、嘆くことはない。君も能力者に匹敵する強力な武器を使えば、キメラを倒せる」
「そんな武器があるの!?」
しーっ、と人差し指を唇に当てるウェスト。
「我が輩は知識の探求者だ。いずれこの我が輩が作ってみせよう。君は、そうだな、それまでせいぜい、体を鍛えておくがいい」
それだけ言って、ウェストはぴらぴらと手を振って、さっさと歩いて行ってしまった。
後ろ姿を見ながら、ハーディは、納戸にしまいっぱなしのボールのことを思い出していた。