●リプレイ本文
●潰れビル
最初にここを調べに来た警官の言うとおり、数ヶ月の間からっぽだったビルは近所の悪童どもの落書きに汚れ、周辺も雑草が目立っている。門扉をよじ上り、従業員用出入り口へ回ると、なるほど、何かが馬鹿力で強引にこじあけたような、壊れたドアがあった。
「暗いねぇ‥‥」
そっと、静かに、荒巻 美琴(
ga4863)がドアを開ける。近くに今回の標的が居ないことを確認して、ヘッドランプのスイッチを入れた。灯りに反応して動きがあるか、と思われたが、今の段階では何もない。呼吸を整えて美琴は中に入った。
「魔諭邏さん、大丈夫だよ」
「本当ですか?」
同じく『照明係』を兼ねた先発隊として、水無月 魔諭邏(
ga4928)も体を滑り込ませる。が、その足運びがぎこちない。
「そんなに緊張されると、こっちまでうつっちゃうよ」
「美琴様は、慣れてらっしゃいますから」
「そんなことないよ」
美琴はけらけらと笑って返した。
しかしその表情とは内心は正反対だ。親友を心配して同じ依頼を受けた美琴だが、実は彼女もキメラ退治の仕事は初めてである。だがそれを悟られ、魔諭邏を不安がらせてはいけないと、努めて明るく振る舞ってみる。
「ニャニャニャ〜☆ どんな依頼でも緊張するのはみんな同じニャ☆ とりあえず、気を引き締めて行くニャ〜!」
彼女らの気持ちを知ってか知らずか、アヤカ(
ga4624)が更に明るく、2人の背中をバシッと叩いた。その通りだ、どんな依頼であっても、能力者は緊張を強いられる。敵が弱いとか、数が少ないとか、どんな有利な状態であっても判断をひとつ間違えればそれは命の危機になる。‥‥自分のならまだましだ、仲間の命、依頼主の命、更には何の関わりも無いいち住人の命が。
アヤカの言葉は、後ろに居る他の能力者達も喝を入れたようだ。皆も中に入ると、次にするべき作業に素早くとりかかった。
窓のない廊下は暗く、ライトの届かない先は何も見えない。外観から判断するに、この廊下沿いに部屋が並んでいるだろうが、どこが何の部屋かまでは分からない。
「フロアの案内板でもあれば、と思ったのですが‥‥」
入り口周辺の壁を照らし、その微かな期待が潰えたことにシア・エルミナール(
ga2453)はがっかりした。正面の入り口ならまだあったかもしれないが、ここは裏口だ。ならば正面へ行こうと思ったが、案内板が無ければそれもどこか分からない。やれやれ、虱潰しにあたらなければ、と溜息をつく。
「単独行動はやめて、全員で動きましょう、危険ですから‥‥」
そう言いながら、シアは振り返った。
「‥‥?? 烏莉さん?」
烏莉(
ga3160)が、いつの間にか居なくなっていた。
●静寂の中で
1人で生きていくことが常であった烏莉には、固まってちまちま調べるのは性に合わないとでも考えたのか彼は、さっさと脇の非常階段から上のフロアに昇っていた。
他人の足跡が聞こえないのは良い、それだけ、感覚を研ぎ澄ませられる。烏莉は、じっと耳をそばだてて、キメラの音を探った。
烏莉の抜け駆けにやれやれ、と誰もが思ったが、大騒ぎして追いかけるなど、この場ではすべきではない。彼も能力者だ、能力者としての考えと責任があってのことだろうと信じることにした。
「こっちはこっちで、捜すか」
黒羽・勇斗(
ga4812)は皆を促し、先に進む。ライトを順に、ドアの上にあるプレートに当てた。
「『第5応接室』『第4応接室』『給湯室』‥‥この辺りじゃないな」
念のため、ひとつひとつドアを開けるが、中は何もない。まっすぐ通路を進み、突き当たりまで来た。
「おい、シア」
「どうしました?」
勇斗は答える代わりに、ライトを壁に向けた。
「まあ、受付ですね」
正面ロビーだった。受付のカウンターと、枯れた観葉植物がある。横にある階段の壁に、案内図ではないが、各フロアにある部署の名称があった。
「研究室は、3階から5階ですね」
「ねえ、これ」
と、小鳥遊神楽(
ga3319)は案内を指さした。研究室のある同じ階に、会議室があるらしい。
「ここって、広いかしら?」
彼女の言わんとしていることは、誰もが理解した。
犬のような大きさのキメラを相手にするのに、器材のごちゃごちゃ置かれた部屋や、狭い廊下などまっぴらだ。
「いい位置に部屋があるといいニャ☆」
近付いている、そう確信して、3階へ向かった。
●第3研究室
異様。
これまでと様子が変わった。
3階で、かすかに感じた匂い。
4階で、それははっきりと悪臭となった。
5階で、明らかな『何か』の存在を感じた。
「いよいよか‥‥気をつけろ」
唾を飲む音すら響きそうだ、それほどに周囲は静まりかえっていた。
先へ進みたいのをじっと我慢して、部屋を確認する。手前に会議室。その奥に、つっかい棒にされた2本の警棒。それが押さえているドアのプレートには、『第3研究室』と。
「まず、ここを開けるよ」
美琴が会議室を開ける。無造作に置かれてある長机とパイプ椅子が少々邪魔だが、十分な広さだ。
そして、研究室の前。
ガサガサと、音がする。
研究用ラットではない。もっと大きいものが這い回ることで出る音だ。
「数は?」
「2匹‥‥いや、3匹か?」
注意深くその音を聞いた勇斗は、そう感じたが、眠っているキメラがいないとも言い切れない。あとは、このドアを開けてみてからだ。
「あなたたちに、かかってるわ」
ドアの前に美琴と魔諭邏を残し、神楽たちは隣の会議室に入って待った。
「心の準備はいい?」
「ええ」
「いくよ!」
エミタの力を解放し、準備が整うと、2人はドアを開けた。
むわっと、腐臭が鼻をつく。
吐きそうになるのをぐっと堪えて、部屋を見回す。
「魔諭邏ッ!!」
「くぅっ!」
赤い塊が飛びかかってきた。抜いた刀でそれを受け止め、弾き返すが、反動で自分も後ろによろけてしまった。
「まずは1匹、それから!?」
同じように、灯りを目指して突進してくるものが2つ。それ以上の数はない。
「3匹だ、間違いない!!」
2人はすぐさま踵を返し、会議室へ駆け込んだ。後ろからは、追いかけてくるファイアーマウスが3匹。
そして中に入るとすぐさま、両壁に貼り付いて身を隠した。
「ようこそニャ☆」
瞳を爛々と輝かせたアヤカが、にやりと笑った。
「この時のために、銃の練習をしてたんだニャ〜☆」
舌なめずりをして、手に入れたばかりのドローム製SMGの引き金を引く。ガガガッという激しい音と共に、いくつもの弾丸がキメラにめり込んでいく。
「1匹じゃないのよ!」
シアのアーチェリーボウは、後ろに続くもう1体を狙っていた。照準を定め、まずは一矢。
「次の矢を!」
シアが二矢目を構えるまでの時間稼ぎに、勇斗はハンドガンでキメラの動きを止める。だがなかなか命中せず、ますますキメラの怒りが強まっていく。
「まどろっこしい!!」
勇斗がハンドガンを下ろし、意識を体の内側に向けた。次の瞬間、すさまじい衝撃波が発生し、それをまともに喰らったキメラを壁に叩きつける。『真音獣斬』だ。
「やるじゃないの。負けていられないわね」
覚醒によってまるで別人のように饒舌になった神楽が、フォルトゥナ・マヨールーを3匹目のキメラに向けている。全身全霊を込めた2発の弾を撃ちこむ。
『ギャーッ』
甲高い、野良犬や猫のような聞きなれたものでもない声を上げてキメラはよろめいている。
それにとどめを刺したのは、烏莉の銃弾だった。戦いが始まると同時にかけつけ、丁度挟み撃ちをする形がとれたのだった。
被害は、倒れて脚の曲がった長机だけ。最小限に留まったと考えていいだろう。
●捨てられたラット
「それにしても、なんでここにネズミがいるニャ? まさか、ここでネズミキメラを作っていたとかニャ!?」
アヤカが自分の体を抱いて、ブルッとおおげさに震えてみる。
「製薬会社ですからね、新薬の実験に使われていたんでしょうが‥‥」
壁いっぱいに積み上がったケージを見て、シアは顔をしかめた。半分がキメラによって落とされて食べられている。残ったものは無事かというと、そんなことはない。おそらく、餓死したのだろう。
「この子達も、とんだ不幸ね」
実験に使われるのと、化け物に食べられるのと、どちらをも指してシアは言う。
だが、わずかに生き残ったラットたちにとって、もっと残酷なことを、自分たちはしなければならない。
「処分した方が、いいな」
どんな薬を投与されたかも分からない、なんの病気になっているか分からないラットをむやみに野に放すことはできない。
製薬会社にどんな事情があったかは知らないが、その無責任さが今はただ腹立たしかった。