●リプレイ本文
●優秀な能力者
UPCの受付で聞かされたとおり、チハルの元へ『優秀な能力者』が集まった。
「ゆ、優秀?」
チハルが驚くのも無理はない、自分と同い年のような少女達がほとんどだし、何より目の前にいた少年は、子供でしかなかったからだ。
「えーと、ボクちゃんは‥‥?」
「リチャード・ガーランドだよ!」
と、リチャード・ガーランド(
ga1631)はパッと弾けるような笑顔と共に右手を出す。勢いにつられて、その手を握り返すチハル。
「俺が来たからにはもう安心だよ。スライムなんて、こいつでバシューッとね」
エネルギーガンを構えて撃つ真似をするリチャードの姿は、どうみてもオモチャの銃でテレビのヒーローごっこをしているようにしか見えない。なぜここに子供がいるのかと言いたげに、チハルの視線は一番年嵩のルフト・サンドマン(
ga7712)に向けられた。
「がっはっははは、おぬしが案ずるのも無理はない。だがな、こいつはこう見えて、わしよりもずっとベテランだぞ」
「へえ‥‥?」
まだ信じられない、という風にチハルは、他の能力者達の表情を順々に見る。なるほど、言われてみれば先の少女達も、慣れた感じで堂々としている者もあれば、緊張でカチカチになっている者もある。見た目で判断してはいけないのか、と、チハルは観察を続ける。
「今回の依頼‥‥全力を以てお手伝いさせて頂きます」
風間由姫(
ga4628)はどちらかと言えば後者のようだ。ペコリと頭を下げる姿はおっとりしたお嬢様のようで、本当にこんな彼女が得体の知れない宇宙生物と戦えるのだろうか。
「あ‥‥あの、その‥‥よろしく」
平井 翔一郎(
ga7749)は聞かなくても分かる、誰がどう見ても今日が初仕事だと見抜くに違いない。顔を真っ赤にしてしどろもどろな挨拶だけは辛うじて終えたが、次に何を言ってよいのか思いつかないらしい。
「じゃ、じゃあ、現場のほうへ‥‥」
そそくさとその場を去ろうとする翔一郎の襟首をレヴィア ストレイカー(
ga5340)が掴んだ。
「まあそう急かないでください、自分もいろいろ聞きたいことがあるんですから」
「は、はあ‥‥」
「翔一郎殿も、もっと肩の力を抜きましょう、チハル殿が困ってますよ」
ねえ、とレヴィアがチハルの方を向くと。チハルは笑っていた。特殊な訓練を受けた能力者だというので、どんな厳つい大男の集団が来るのかと思っていたのが、実際に来たのはこんな人間臭い人たちだった。それでチハルはいくらかほっとした。もしかしたら事務的に淡々と済ませられてしまうのかもしれない、という心配も少なからずしていたのだ。なにせこれから行うことは、父の形見の移動。国宝みたいに大事に扱えとは言わないが、ただの庭木ではないことは分かっていて貰いたかった。
「チハルさんのお父上が、チハルさんを思って植えた大切な木。守らなくてはなりませんね」
だからが榊 刑部(
ga7524)が何気なく呟いたそんな言葉が、彼女にはとても嬉しかった。それでチハルは、彼らは経験は少ないのかもしれないが、優秀な能力者であるには間違いないのだと確信できたのだ。
●昔の家
造園業者の運転するトラックの荷台に乗せてもらい、一緒に移動する。
「そろそろ‥‥町に入る、気をつけて」
「あいよ、兄ちゃん」
運転をしていたスズキという作業員は、シェスチ(
ga7729)の言葉に素直に従った。シェスチは彼らに言っていたのだ。「あなた方は木のプロだ」と。
シェスチは事前に作戦の説明をしていた。この作戦は、誰か一人でもパニックに陥って逃げ惑ってはうまくいかない。必ず守るから、信頼して欲しいという説得の途中に発した言葉だった。
「あなた方は木のプロ‥‥僕らは戦闘のプロ‥‥の、つもり」
ただ金払いのいい仕事だというだけで、普通の人には危険なこの町へ入ろうという気になるだろうか? 彼らは彼らなりに自身が世話をしてきた桐の木に愛情があるはずだ。それを貫こうとする彼らは当然プロであるし、そこには敬意を表したい。
「あんまり持ち上げるなよ」とスズキ達は言った。しかしシェスチの覚悟は伝わった。プロの口から発せられた言葉は、裏切ることが許されない言葉なのである。同じプロだと認められた男として、シェスチの指示に従えないはずはない。
「おっと、レイさんだ」
スズキは前方にレイ・アゼル(
ga7679)の姿を見つけて、ブレーキをかけた。トラックの出発より先に出て、ルートが安全かどうか確認していたのだ。
「このまままっすぐ行って大丈夫よ」
レイも荷台に乗り込むと、小さく溜息をついて座り込んだ。
「がらんとした町ですね。空き家も多かったわ」
一通り見て回って抱いた感想だ。キメラが表れてから、住人が離れだしたのだろう。豪邸の並ぶ住宅街だが、門が閉じられ塀の向こうに見える庭は雑草が伸びている。
「チハルさんの桐は、無事でしょうか」
レイの話を聞いて由姫は心配になってきた。
「私の家にも、桐があるんですよ‥‥だから他人事とは思えなくて」
「おたくにもあるなら、どれが桐の木か、分かるか?」
言いながらスズキは、前方を指さした。
示す先には、古風な造りの家があった。竹を組細工にした凝った塀と、松の枝で綺麗にアーチを作らせた門で囲まれている。庭には様々な木が植えられていた、そのひとつを見つけて由姫の顔がほころんだ。
「まあ‥‥まあ、立派な桐の木が!」
大きく枝を広げた木の姿があった。
●陽動
トラックは門の前に停められた。作業員たちを中に残し、まずレヴィアとリチャードが中の様子を探りに行くことにした。
「小さな赤いスライム、らしいですね。ゲームなんかでは雑魚だけど、コレはどうなのかしら」
「スライムはそれぞれ特殊な能力があるからな、注意しろ」
どんな敵でも、その正体が分からないときが一番恐ろしい。数はどのくらいなのか。手持ちの武器で通用するのか。どんな動きをするのか‥‥。小さいとはいえ、初めて会うモンスターだ、油断はできない。
しばらく庭の周りを探ったが、しかしスライムはいない。
今のうちにと、庭にトラックが入れられ、桐の掘り出し作業が始められた。
大きく育った木は根も立派なもので、その周囲を掘るのにも一苦労のようだ。
「チハルの父も、無念だったろうな」
ルフトは、自分の背を軽々と越えている桐を見上げて言った。素人目に見ても綺麗な桐だった。もう4〜5年もすれば立派な桐箪笥が作られていただろう。救われるのは、チハルが引き続きこれを育てる意志があることだった。
「木の運び出しぐらい、邪魔しないでもらいたいですよね」
汗を流しながら作業を進めるスズキ達を見ながら、レイは思った。バグアやキメラに、父娘の情というものは理解できまい。この桐が何であっても、見つければ襲いかかるに決まっている。やつらにとっては地球人も家も木も、本能のままに破壊する物品でしかないのだ。自分の恋人もそんなふうに殺したのだろう、そこにどれだけの感情があったかなど知りもせずに。
「ルフト殿」
レヴィアが呼びに来た。予定通り、家の周りでの陽動に移るのだ。二人で門の方へ戻ると、そこでは翔一郎がぼーっと座り込んでいた。
「おぉ、何を呆けておる?」
「へっ?」
声をかけられ、びっくりして飛び上がる。緊張が極限に達し疲れ切っていた、という情けないところを見つかったのだった。
「だらしがないのう! 一丁、わしらと一緒に外で大騒ぎして目を覚ますか!」
「ひぇっ‥‥」
ルフトの鬼瓦みたいな顔で迫られては断り文句も出てこない。またもレヴィアに襟首を捕まれ、ずるずる引っ張り出されてしまった。
「さ、大きな声を出して、スライムを呼び寄せてくださいね」
●レッドプチスライム
塀の周りでは「スライム出てこい」「どこに隠れている」などと言った声が響いている。庭では、トラックに付いているクレーンが動き出した。この騒音に気付かないはずはない。地球人を襲うようにプログラミングされたキメラの本能は、騒音の元へ集まりだした。
「スズキさん、皆さん、車の中へ!」
最初に気が付いたのは刑部だ。この場所に似付かわしくない、毒々しい赤色を見つけてすぐに叫んだ。
「あの塀に貼り付いている。早く!」
幸いなことに、まだ桐からは遠い位置だ。それに外にいる3人と、挟み撃ちの体勢になれる。
「護衛班は作業員の皆を守れ! 攻撃班は迎撃開始!!」
リチャードは眼を真っ赤に光らせ、エネルギーガンを構えた。数は‥‥6匹。こちらが有利か。
「切ったら分裂、なんてことはないでしょうね」
由姫も力を解放した。瞳の色は金になり、柔らかな髪が更に風を含みふわりと舞いあがる。果たしてこの真っ赤なスライムはどんな性質を持つのか、まずは慎重にイアリスで様子を伺う。
「‥‥動きは、鈍いわね」
刃はめりこみ、スライムのど真ん中を切り裂いたように思えた。だが、伸縮自在のゼリーの化け物は形を変え、端をわずかに削っただけに留まった。
「これが、こいつの能力か?」
巧みに変形し、急所をそらす‥‥だが、この小ささと鈍さなら恐れるほどではない。ルフトは刀を振り上げる、が。
「ぐおっ!」
開いた脇めがけて、スライムが体当たりしてきた。思った以上の衝撃だ、体勢が崩れてしまった。
「大丈夫!?」
「こやつ‥‥なかなかの力じゃな」
大きさや素早さを全て犠牲にして、力のみを鍛え上げたのか。
「それで全部かい?」
慎重にスライムの様子を観察していたシェスチは、徐々に暴かれるレッドプチスライムの特性を知り、勝算はこちらにあると断定した。
「ネタがばれたね。一気に害虫駆除といこう」
桐の木には近付かせない。トラックにも。もちろんこの綺麗な庭のどこも傷つけるつもりはない。塀にへばりついているうちに、全てを終わらせる!
「今は容赦しない、当たれッ!」
躊躇などするものか。
数時間後。
トラックは掘り出した桐を乗せ、屋敷を出発した。
●打ち上げ
新しい庭に桐は植え直された。
「えと、お疲れさまでした。無事に済んでよかったですね」
誰も怪我人が出なかったことに、レイは安堵している。また誰か親しい人が傷ついたら、それは悲しいことだからだ。
「記念写真撮ろうよ、記念写真!」
リチャードの提案に乗り、皆が桐の周りに集まった。夫の遺影を抱いたチハルの母親が、嬉しそうにその様子を眺めていた。
「チハルお姉ちゃんが16歳で、俺が10歳。8年後には素敵なカレカノで結婚式、とかってあるかな?」
生意気にも口説いているリチャード。
「じゃあ迎えに来てよね。箪笥作って待ってるわ」
まるきり子供の冗談としてしか受け取らないチハルに、リチャードは不満そうだ。
「じゃ、じゃあ、これで‥‥」
さっさと切り上げようとする翔一郎の襟首を、ルフトが掴んだ。
「仕事が終わればハイさよなら、ではつまらぬ。打ち上げじゃ、皆で楽しもうぞ!」
「ぜひ行きましょう。任務成功後の一杯は格別ですからね、御馳走しますよ」
「の、飲める年齢じゃ‥‥」
「近所に料理もおいしい居酒屋がありますよ。そこにしましょう、私も混ぜて下さい」
串盛り、唐揚げ、日本酒、揚げ出し、チーズ、じゃがバター、ワイン、ほっけ、烏龍茶、豆腐サラダ。
大成功の味はおいしかった。