タイトル:記憶を取り戻せマスター:文月猫

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/12/31 22:06

●オープニング本文


「どうやら記憶を失っている可能性が高いです」
 となにやらファイル片手に思案顔のとあるUPCの軍医先生。
 その横で椅子に腰をかけ、その軍医先生の冷徹だがはっきりした口調の言葉を耳にするなり、がっくりと肩を落とす初老の男性。病室の無機質な壁の白さがひときわ強調されるそんな瞬間。
 実は何を隠そう、この男性はとあるUPC軍のお偉方。で今回医師からそのような宣告を受けたのは、他ならぬ彼の息子であった。
 ところでこの息子。父親に反発したのか何かは知らないが、どうも軍隊そのものに批判的なようで、反戦運動にかかわってみたり、時には反抗的になって家出をしてみたり、といった素行的にはあまりよろしくないのだが。
 そんな息子の態度に時には手を上げてみたり、親子でなぐりあい寸前までいったりもしたのであるが、そうはいっても大事な息子。世間様にはダメ親父のレッテルを張られることはあってもそんな息子へも親子の情だけは失わない。というのも彼は妻を早くに亡くし、男手ひとつでこの息子を育ててきたのである。しかも大事な一人息子。母親がいないと言うことでのコンプレックスや劣等感、その他もろもろのハンデを息子に感じさせたくはないと、軍の激務にもかかわらず常に息子の事を考え、彼がよかれと思うことをしてきたつもりであったのだが。
 ある日、反戦仲間となにやら抗議活動の為に某所で集会中のこの息子。そこへバグア兵の奇襲が。バグア自体は即座に対応したUPC軍に掃討されたものの、不運にも集会中の反戦活動家の中に幾人かの犠牲者がでた様子。
 それが記憶喪失の原因かどうかは、因果関係が証明できない以上なんともいえないのだが、その日以来この息子がしばらく行方不明になり、ついには捜索願いが出される始末に。今までにない長い間行方不明が続いたあげく、ようやく発見保護されたのだが、そのときはすでに自分の名前や出身地さえ覚えていない様子。くだんのお偉方が彼の息子に再会したときも、自分の父親すら認識できぬありさまだったようである。どうやらどこかをさまよっていたらしく、あちこちに傷があり、服も汚れ、かなりみすぼらしい格好でだったようである。
 そんな訳で、今回医師の診察を受けるに当たっても当然息子を同伴させることもかなわず、やむなくこうして一人で、UPCの軍医先生の元を尋ねたわけである。実際、軍ではこういったような精神的に変調をきたす兵士の数は決して少なくはない。というか日常茶飯事な出来事。当然と言えば当然であり、そのために専属の精神科医がいるのは当たり前の話。その軍医先生が見立てた結果がこういう結果だったと言うことである。
 この息子。保護されて以降は、一時的にとある施設に保護されている。のだが、このままずっとおいて置くわけにもいかず、このお偉方の男性。一晩中悩んだ挙句にULTにこんな依頼を出した。多分藁をもつかむ想いだったに違いない。
 
「記憶喪失の息子を救ってほしい」

 依頼主が依頼主なので、一概に無視するわけにもいかず、依頼として受け付けることになったのだが。なお 付け加えれば、依頼主があくまで個人と言うことで、報酬そのものはあまり期待できないと思われた。
 ちなみに彼を発見した地元警察によれば、彼が保護されたのは、某所の廃墟になったとある建物の前だったらしい。発見されたとき、彼はわずかに残った正面玄関の階段で、呆然として腰を下ろしていたそうである。

●参加者一覧

ヴィー(ga7961
18歳・♀・ST
麻宮 光(ga9696
27歳・♂・PN
ORT(gb2988
25歳・♂・DF
ゼンラー(gb8572
27歳・♂・ER
星月 歩(gb9056
20歳・♀・DF
ジョゼット・レヴィナス(gb9207
23歳・♀・EL
アルティ・ノールハイム(gb9565
17歳・♂・SF
希崎 十夜(gb9800
19歳・♂・PN

●リプレイ本文


 失われた記憶を取り戻させる。これはある意味キメラやHWと闘う以上に困難なことかも知れなかった。ましてや自分の名前すらも忘却してしまったこの青年。果たして青年の失われた記憶を取り戻し、再び昔の青年に戻すことができるのかどうか? しかも仮に戻せたとしても、それが本当に青年にとって幸せなことなのか? それは今の時点では誰にもわからない。
 
 そんな過去を持つ者はこの青年だけではない。今回青年を救うために立ち上がった傭兵の中にも。

「もう誰かが悲しむのは見たくない。自分と同じ悲しみなんて、尚更だ。」
 つい最近まで両親の記憶を失っていたヴィー(ga7961)。今はすでに取り戻した記憶。青年にもそうあってほしいと願う。
「記憶喪失の私が記憶喪失治療の依頼を受けるなんてなんだかとても不思議な感じがします」
 自分の名前以外記憶にない 星月 歩(gb9056)。自分の記憶が少しでももどる事もかすかに願いつつ。
「僕は自分の記憶を取り戻したいと思った事がない。でも‥‥」
 戦地を放浪し、これまた自分の名前以外覚えていない アルティ・ノールハイム(gb9565)。だが彼は今思う。
 青年の家族のため、心配している人のために青年を救ってあげなければならないと。

 そしてここにも‥‥。

「拙僧の小さい手だが、助けられる人たちをひとりでも多く救えたら、と」
 怪僧、と自ら名乗る ゼンラー(gb8572)。その姿ゆえに仏門を追われた今でも仏の教えに従い、他者を救うことが己の業であることを決して忘れることはない。たとえZENRAではあっても。
「記憶がもどることが幸せかどうかはわからないけど、何も知らないことはよくないもの」
 ジョゼット・レヴィナス(gb9207)は思う。知ってる人の記憶がないことがいかに寂しいことかと。


  青年が保護された廃墟へと向かう1台のインデース。 麻宮 光(ga9696)の所有するこの車に同乗するのはゼンラーとジョゼット、そして終始寡黙なORT=ヴェアデュリス(gb2988)。
 青年が発見保護された廃墟周辺の調査のためである。青年の記憶が失われた原因とこの廃墟の因果関係を調査すべく。さらにそこでの安全が確保されていれば、青年をこの場所に連れて来たいのだ。もちろんそれには主治医の許可が必要である。そのための打診を事前にしておいた麻宮。何らか手掛かりはかならずあると確信しつつ。
「早く記憶が戻るかどうかは運だな」
 とORT=ヴェアデュリス。だがそれがいつになるのかは誰にもわからない。
 
 その頃。青年が保護されている施設に向かう集団。青年が反戦運動をしていた事を踏まえ、普段の傭兵スタイルではなく民間ボランティアのカウンセラーを装う。青年の警戒心を取り除き、親近感を持たせるためである。
「こんにちは。カウンセラー見習いのヴィーと申します。今日はよろしくお願いします」
 青年の警戒心を解くべく口調には注意しつつ語り掛けるヴィー。
「前に担当した方も、同じようなことを言ってましたね。‥‥」
 と青年の心を解きほぐすような言い方をする。
「‥‥ええ。わかりました。すいませんこれ以上は」
 とやはり何か苦しそうな表情を浮かべつつ応える青年。なるほどこれ以上は何も思い出せないらしい。
 だが、当たり障りのない会話なら対応可能と言うのは確かなようだ。少なくとも接触できないよりはいい。

 その後の何気ない会話には多少とまどいつつも応対してくる青年。だが肝心なことは何一つ聞き出せはしない。
「俺は希崎、友達になろう」
 記憶を取り戻してあげたい気持ちは強く、積極的に話しかける希崎 十夜(gb9800)。人付き合いが苦手な彼の精一杯の表現なのかも知れない。
「お兄さん」
 と呼びかけるアルティ。自分も患者であり、カウンセリングを手伝っているという風に装い青年に接近する。ほとんど無言だが、かすかにうなずく青年。アルティをどのように認識したのであろうか? 友達? それとも仲間? それとも‥‥。
「‥‥ありがとう。たくさんの人が僕を見守ってくれているみたいで」」
 とつぶやく青年。どうやら嫌がられてはいないようだし、傭兵の身分もバレていないようだ。
 そんな傍らで青年の言動行動を注意深く見聞きし、ときには親身に話を聞こうと耳を傾ける星月。今目の前に自分と同じ境遇の人間がいる。そのことがより彼女の使命感を強くしているのだろうか? なんとかしてあげたい。いえ、なんとかしなくちゃいけない、と。

「青年を連れ出す‥‥。う〜〜ん。あまりお勧めはできませんが。まあ短時間なら」
 とあまりいい顔はしなかったがとくに否定もしなかった主治医。傭兵達の頼み方がよかったのか? 短時間ならという条件で同行してもらえることになり、まずは一安心しつつ廃墟調査のメンバー達の連絡を待つことに。
「記憶が無くなってしまうのは、今まで自分の積み重ねてきた物が消えてしまうのは、とても辛い事だと思います。思い出すのは辛いかもしれないですけど。」
 と自分の記憶に重ねる星月。青年は果たして自分を取り戻すことはできるのだろうか?

「あの子は、私が妻を失ってからやはり母親の愛情に飢えていたような気がします。恋人? さあ、そんな話は聞いたことがありませんが、あの子がそういった女性への気持ちを持っていたとしても不思議ではないでしょう。恋愛の対象ではなく、母性として。」
 と父親であるくだんのお偉方の話を思い出す麻宮。だとすれば青年が記憶を失ったのではなく、思い出したくないと心にカギをかけてしまうような何かがあったのかも知れない。


 廃墟は何かの施設の一部のように見受けられたが、損傷が激しく元の用途を知るのは困難であった。周囲をくまなく探索し、キメラや何か記憶の手掛かりがないかを調査する麻宮達。
 万が一に備え覚醒しているのはゼンラー。
「行方不明時の関連が一番手掛かりになりそうなのが、発見された場所である此処、だからねぃ」
 どんな細かい痕跡でも、また人のいた気配、不自然なものなどがないか入念に確認する。
 廃墟内部は、なにやらシャワールームだったように思われる部屋らしきものや、壊れたロッカーがならんでいる部屋もあり、それはあるものを傭兵達にイメージさせた。
 とさらに核心に迫るものが。廃墟の片隅になにやら、朽ち果てた鉄の枠組を見つける。近づいて見ればそれは半分崩れかけていたが明らかにあるモノであったと思われる。
「これは!」
 とある事を確信する一同。そのことは直ちに施設にいる傭兵達にもつたえられる。


 それが長い時間にも短い時間にも感じられた頃。ようやく廃墟周辺の安全が確認されたとの連絡。だが同時に廃墟で発見されたものが伝えられる。それは‥‥
 直ちに出発の準備をする。事前に昔この青年がサッカー選手になりたがっていたという話を聞いていた傭兵達。
 今回そのための準備を行ってきた。そのためのボールを準備してきたのがアルティである。そしてサッカーをするための場所とは?
 そう、廃墟で発見されたもの。それこそがまさにソレの回答だったのだ。
 あの朽ち果てた鉄製の枠組みこそ、サッカーのゴールマウスの枠組みだったのである。そして施設の建物らしき廃墟はどうやらサッカーチームの施設か何かだったらしい、ということが判明したのである。これで青年がそこにいた理由がおぼろげながら見えてはきた。青年はこの施設でプレーしたか練習したのかも知れない。あとはそこへ行って見ればわかる。それは次第に確信へと変わっていく。
 かたやサッカーはあまりくわしくないのか?事前にルールなどを一通り調べてきたらしいのは星月。だが、そのことが果たして青年にとってどういう結果になるかは誰にもわからない。

 だがその前に。そもそも青年が現場に行きたがるかという問題が。もっともこれはあまり案ずるまでもなかったようである。どうやら自分が保護された廃墟のこともあまり記憶にないらしいと主治医の言葉。ならば逆に抵抗感はないだろう。万が一の時にはドクターもいるので最悪の結果にはならないだろう。かくして青年ともども廃墟に向かう。
「そうですか。そんなところにいたのですか」
 と移動中につぶやく青年。だがその表情と声は明らかに変化しつつあるようだった。
「ひょとすると、チャンスかもしれません」
 と主治医がつぶやく。ソレを聞き逃す傭兵ではなかった。


 その頃。廃墟調査のメンバーと別れ、さらに別の調査を始めるゼンラーとジョゼット。青年がそこにいたるまでの過程であったことをさらに詳細に調べるためにあえて反戦運動のメンバー達の元に赴く。もちろん身分は伏せて。依頼者の息子さんがこれまで通りの生活を送れるようにしたい、そのことだけを願い行動するジョゼット。
「かつてあの場所でバグア戦があってね」
 ジョゼットが尋ねたのは、かつて青年とともに行動した経験のある元活動家。さらにこんなことも。
「あそこでは何人も死んでるんです」
 と答える。
「死んだ方は青年にとって大事な方?」
 とさらに問いただす彼女。すると、
「死んだ方の中に、青年の思いを寄せる女性もいたんです」
 と悲しそうに首を振る元活動家。聞けば彼もよく知る女性だったということである。

 少しずつではあるが、青年が過去に体験したことが明らかになるとともに、青年が記憶を失ってしまった原因がおぼろげながら見えてきた気がするジョゼット。
 同じ頃。やはり青年の過去について手がかりを得ようとしていたゼンラーも、有力な情報を。
 それはかつて青年がサッカー選手にあこがれていただけでなく、実際にセミプロチームでプレイしていたこと、そして子供達にサッカーを教えていたことが判明する。しかも青年が子供達に教えていた場所が、例の廃墟になっていたサッカーチームの練習場だったことも。
「あそこは、バグアとの戦いが激しくなって閉鎖されてしまったんですけどね。昔青年はそこで子供達にサッ カーを教えていましたね」
 と詳しく説明してくれる反戦運動のメンバー。かつて青年とともに活動していたというのだ。

 とぎれとぎれになった錯綜した糸が、きれいにつながろうとしていた。


「短時間だけですよ」
 同行した主治医が念を押した。まだまだリスクが高いと言うのだ。
 青年が最後に座り込んでいたその場所へもう一度足を踏み入れる。何か必死に思い出そうとしているそのつらい様子が傍目にもよくわかる。だが青年をここへ連れ出した目的ははっきりしている。
「気分転換に少し体を動かしてみない?」
 とアルティー。持参したサッカーボールをそっと青年の前に差し出す。青年の反応に皆が注目する。賭け、といえないこともない。
 と青年がその差し出されたボールに自ら手を伸ばし、次の瞬間こうささやくのを聞き逃さなかった。
「サッカーか。‥‥なんか妙になつかしいな」
 これは! とそばに付き添っていた主治医も驚く。すると青年はそのボールをポンと地面に落とすと右足で大きく蹴ったのだ!
「!」
 その反応にさらに驚く傭兵達。だが明らかに青年が変わりつつある今こそチャンス。希崎とヴィーさらにはひっそりと見守っていたORT=ヴェアデュリスも加わりボールを蹴り始める。だが、皆サッカーは初心者。蹴ったボールはあらぬ方向へいってしまう。
「い、行きますよー!」
 とヴィーが蹴ったボールがとんでもない方向へ転がる。すると青年。それを猛然とダッシュするやいやなすばらしい切り返しで傭兵達に返す。さらに、
「あそこ。昔ゴールがあったんです」
 などと壊れた例の鉄枠を指差すではないか。ならば、と希崎がPKゲームをやろうと言い出す。さっそく壊れた枠組みの方へ向かう青年と傭兵達。
「ああ。そうだ。ここで子供達にサッカーを‥‥」
 しばらくボールと戯れるうちに、すっかりその表情が一変する青年。

 そう! 青年はついにその過去をはっきりととりもどしつつあったのだ。そんな青年を黙って見つめるORT=ヴェアデュリスは何を思うのか?
 適当に遊ぶと青年の体調を気遣い休憩にはいる。お茶菓子を手際よく差し出すヴィー。
「さて、まったりしましょうか」
 そして、自ら記憶を取り戻しかけている青年にこう告げるアルティー。
「何か、思い出さないかな?」
 ゆっくりと顔を上げる青年。その瞳には今までとは違う光が宿っていた。だが、まだ何か抵抗があるのだろうか? かすかに苦悶の表情。さらにアルティーが多少興奮気味に続ける。
「きっと忘れちゃいけない事まで忘れてるよ。それじゃダメだよ!」

 そしてついに青年がその失われた過去を取り戻す時が訪れたのである。


「僕は、母親の愛情に飢えていたのかもしれません」
 廃墟の片隅に腰掛、だれに話すでもなく語る青年。
「反戦運動していたのも、親父への反発からでした。なにせ軍人でしたからね」
 青年は失った記憶を少しづつ語り始めた。
「そんな中、僕が出会ったのが彼女でした」

 聞けば、この廃墟はかつて立派な練習場だったという。そこでボランティアでサッカーを教えているうちに知り合った一人の女性。青年より年長ではあったが、そんな女性に青年は死んだ母親の姿をみていたのだという。
 だがある日。サッカーをしているうちにいきなりバグアに襲われる。子供たちをかばった彼女は死に、また子供たちも何人か犠牲になった。その時青年はほとんど何もできずに、命からがらその場から逃げ出したという。
 それ以来、青年は自ら意識しないままにその心を封印し、かつそのショックで記憶を失ったのだという。
 だが。傭兵達に出会ってから、少しずつ自分の中で何かが変わっていくのを感じたそうである。‥‥自分を助けようとしている仲間がいる。かつて自分ができなかった事をやろうとする人たちがそばにいる。そのことが自分の失われた記憶を呼びもどしたのだと。
「記憶は、ふとしたことで戻る場合もある、が。」
 ORT=ヴェアデュリスが青年と出合った際にささやいたこの言葉が、現実となったのである。

「もう大丈夫ですね。」
 と主治医が語る。そうもはや青年にカウンセリングは不要である。


 聞くところによれば、青年は傭兵達の正体にうすうす感づいていたそうである。だがそれは青年の口からは最後まで語られることはなかった。自分を救い出してくれるのであれば、と思っていたのかも知れない。
 
「依頼中とはいえねぃ。服ってのは、どうしてこう」
 よほどZENRAが気に入っているのか窮屈そうなゼンラーであった。
「柄にも無い仕事だが、悪くは無い」
 ゆっくり紫煙をはくORT=ヴェアデュリス。そして‥‥
「私は‥‥、心のどこかで思いだすのを拒んでいるのかもしれない」
 と青年の姿に自分を重ね合わせる星月。
 
 青年はじきに父親と和解したそうである。今では軍の施設で働いているらしい。