●リプレイ本文
●穴がいっぱい
「しかしまあ。見事に穴だらけですな」
現場につくなりその第一印象を呟く綿貫 衛司(
ga0056)。無理もない。たしかにそこにはまるで『チーズ』かなにかの上に降り立ったようないくつもの穴が開いていたからだ。だがそれは砂の上であり、おいしくもなんともないのだが。
「世が世なら美しい海水浴場なんでしょうが」
目の前は地中海である。平和な時代ならたぶんガイドブックにものるような風光明媚な美しいビーチが目の前に広がっているに違いない。だが今そこにあるのは、無機質な砂浜とポコポコと開いた大穴だけが不気味に広がる光景。
「まさに『穴あきチーズ』状態」
同じようにため息混じりに呟く9A(
gb9900)。久々の依頼で体がうずいているらしいのだが、この穴一杯の光景には少し驚いた様子。さぞやこれでは軍用車両が通るには邪魔であろう。情報によればこの穴だらけの地中に潜むのは巨大な「蟻地獄キメラ」と言われている。軍用車両をひっくり返すほどだ。きっとこの真下のどこかで獲物の動きを探っているのかもしれない。
「蟻地獄って、獲物捕まえて、消化液流し込んで‥‥」
と想像するだけで鳥肌の立つような寒さすら覚えるのは ライフェット・エモンツ(
gc0545)。だがそんな気分とは裏腹に、白いものには人並み以上に目のない彼女。この砂浜の白さに惹かれ、魅せられた様子でじっと周囲を見つめている。
こんな一見のどかで平和そうな砂浜の一体どこに、キメラの恐怖が潜んでいるのであろうか。それは彼ら傭兵の見えないところでじっと息を忍ばせているに違いない。
「あら、綿貫さん。ご無沙汰です」
過去の依頼で何かの縁でもあったのであろうか、懐かしそうな顔で綿貫に会釈するナンナ・オンスロート(
gb5838)。その顔はまるでなつかしい恩師に再会したようであった。
●ただいま準備中
さて。事前情報によればこのキメラ、穴の中からいきなり顔を出すらしいのだが、一体どこに潜んでいるかは皆目見当もつかず。ましてや穴の中から引きずりだすことが必要となれば、
「どうやって引きずりだすか?」
ということにあれこれ思案してきた傭兵達。ここへ来る間もいろいろと知恵を絞ってきたらしい。まず考えたのは仮にも「蟻地獄」の容姿をしているからにはたぶん餌などには反応するのではということ、さらには爆発のような衝撃や何かが落下した音などにも反応するのではないかということ。そして安全を考え、2名でチームを組み対応する、など諸々確認した上でこちらにやって来ている。すると、
『ウイイイイイイイインン』
いきなり傭兵達の間に響く大きな振動と騒音。それは『チェーンソー』の巨大な歯が殺人マシーンのように激しく振動する音。それは石田 陽兵(
gb5628)が持ち込んだオリジナルの『チェーンソー』の轟音。なにやら物々しいがこれでキメラを捌くのだという。だが無論ただのチェンソーではない。見た目にも巨大かつ重厚なそれ自体はショットガンになっていて、銃身下部が『チェーンソー』という一風変わった武器。それなりに重そうだが見た目にも威力がありそうである。これに切り刻まれるキメラには少しばかり同情したくもなるが。
「ちょっとうるさいですかね‥‥」
さすがに多少の遠慮はあるのだろう。申し訳なさそうな表情を浮かべる。虫が苦手なので、極力お近づきになりたくないのだ。
そんな轟音が響く中で、なにやら準備中の抹竹(
gb1405)とジャック・クレメンツ(
gb8922)。抹竹は何をしているのかとよくよく見てみれば、持参した肉の塊をこれまた装備してきた「釣槍」にぶら下げ、見た目「釣竿」状態にしてブラブラとぶら下げてみる。早い話、キメラを「餌」で「釣ってみる」ということらしい。さらには持参した純度99%の「スブロフ」に布切れをまきつけ、言わば手製の簡易「火炎瓶」もどきを製作中。これは布に火を点け、それを穴の中に放り込むことによって、火炎瓶代わりの爆発と衝撃を与えようというもの。
ジャックはジャックでわざわざその為に持参したと思えるバンダナをやはりスブロフに巻きつけ、導火線の代わり、ということであろう。
スブロフの強烈なアルコール臭があたりに立ちこめ、それだけで酔っ払ってしまいそうな状況が展開されることしばし。やがて頃合よく準備も整った傭兵達がイザ出陣。
●おいでおいで
「まずは試してみよう」
穴のひとつをにそっと近づく時枝・悠(
ga8810)。深さ2mほど。だがキメラとおぼしき姿は見えない。潜っているのかそれともここにはいないのか‥‥。まずは事前に入手した小動物に紐を付けて、穴の中へ降ろしてみる。そして注意深く穴の様子を観察。餌に反応するか確かめる‥‥。だが反応はない。穴を変えて見るがやはり同じ。
「‥‥ダメ?」
どうやら一筋縄ではいかないようである。作戦失敗。
ならば、ということで別の方法を試すことに。体重の軽いライフェットの体にロープを結び付けて穴の中に注意深く降ろす。その紐をしっかりと持つのは綿貫とナンナ。穴の中に片足を突っ込み砂の沈み方を確認する。言わば「人間釣り餌」状態。按配がよければそのまま中を移動して反応を待つ予定なのだが。軽いとはいうものの不安定な体勢の人間を支えるのだ。自信のあるナンナ・綿貫両名にとっても簡単な作業ではない。だが‥‥
『ズブブブブブ‥‥ズブッ』
とライフェットの膝ぐらいまでが砂の中に潜る。表面は多少湿っているとはいっても予想以上に中は柔らかそうである。
「う〜〜ん。ダメみたいですね」
とナンナ。この体勢で襲われたら、たぶんダメージは免れまい。そんな様子を遠目に一人穴の中にそっとコインを落としてみる9A。当然反応などあるわけもなく。
「獲物がナニですからあまり郷愁にひたる、というわけにもいきませんが」
釣りの要領で、先ほどの肉塊をぶらぶ〜〜らと穴上で揺らす抹竹。餌に食いついてくれればしめたものである。その間穴から多少離れた位置で、伏射の体勢でイザに備えるジャック。だがこちらも反応なし。以外とこういった餌には感心を示さない様子。そこらあたりはやはりキメラなのであろう。
かくして最後の方法を試すことに。穴から離れると、持参した和弓『月雪花』に『弾頭矢』を番えるライフェット。そして手ごろな穴に狙いを定める。まっすぐ射るのが難しい弾頭矢だが、その狙いは正確で狙った穴のほぼ真ん中にそれは落下し、
『ズド〜〜ン』
と鈍い音を立てて砂が舞い上がる。湿っているので思ったほど盛大ではないが、それでも砂しぶきがそこそこの高さに舞い上がる様はある種壮観である。かすかに立ち上る白煙。遠目には見えにくいが元々開いていた穴が、かなりいい大きさに広がり、2mぐらいあった深さもそれなりに深くなったと思われる。
「‥‥‥?」
しばしの静寂。これだけ盛大に爆発の衝撃を与えたのだから何らかの反応はあっても‥‥‥‥、と思って眺めること十数秒。なにか穴のふちに長い触覚のようなものがユラユラと蠢くのが傭兵達の目に留まった。そして次の瞬間、
『ズササササササ』
砂をこするような音を立てて体長3mはあろうかという何かが、驚いたように大慌てで外へと一目散に飛び出してきた。そいつは2本のツノを揺らしながら、こちらを威嚇するようにカサカサと蠢いている。
「うまくいったみたいですわね」
と満足げな表情を浮かべるライフェット。
かくして『衝撃』作戦によって、キメラは穴からでてくることが証明されたのだ。
そうとわかれば話は早い。石田、抹竹、ジャック、ナンナ達の応援を得て、「スブロフ火炎瓶」やら「弾頭矢」などをすべての穴にまんべんなく放り込み、打ち込む。あちこちで盛大に爆発するそれらがとどろかせる轟音はさながら最前線にとどろく砲火にすら思えるほど。そしてそこかしこで2名ずつに分かれた傭兵達のキメラ退治が始まったのである。
「ふぁいやーいんざほー」
妙にテンションの高い石田の声が爆発音にまぎれて聞こえてきた。
「とりあえず、落とす‥‥」
盛大に火をつけた火炎瓶を穴に投擲する抹竹。それは勢いよく爆発炎上し、炎と煙を舞い上げる。俄かに繰り広げられる砂浜の花火大会の如し、である。
●キメラ登場
〜うなるチェーンソー〜
「時枝ちゃん。いくよ〜〜」
年少の時枝に声をかけ、飛び出してきたキメラに向かう石田。見ればキメラ、爆発でよほど驚いたと見え、突進してくると思いきや穴の周りをうろうろと前後左右にめぐりまわっている。まさに右往左往とはこのことである。
なので。前衛担当の時枝。石田の援護の元、キメラに取り着くやいやな斬る、斬る、斬る‥‥。だが勢いあまって目の前の穴にだけは落ちないように注意だ。
そばでみるそいつは、確かに『蟻地獄』風なのだが、はっきりいって頭が大きい。むしろ頭が大きすぎてバランスが悪いようにすら見える。しかも前にも進む。はっきりいって厄介といえば厄介だが、パニック状態になっている今ならボッコにするにはちょうど良いチャンスともいえる。でかい頭は格好の標的なのだ。
「おっと‥‥。」
視界の妨げになる土の噴射は巧みに躱す。モーションが大きいので十分に見切れるのだ。いわゆるただの砂交じりの土だが、湿っていてそれなりに重いので、視界の妨げ以上にまともに食らえば多少は被害がある。
「こっちはまかせてな」
背中合わせに声をかける石田。先ほどのチェーンソーが轟音と共に彼の手の中にある。時枝の背後にいるキメラにその回転する歯を突きつけつつ間合いを探る。こんなもので斬られたらキメラといえど頭と胴体が確実に泣き分かれに違いないと思えるほどの圧倒感がある。しかしうるさい。どう考えてもだ。相手は3mにも及ぶ巨体だが傭兵達の方が大きく見えるのは気合と気迫でキメラを圧倒しているからに違いない。
あわれそのチェーンソーの餌食となったキメラ。頭と胴が永遠にバイバイした状態でその場に転がった。
〜でかいけど‥‥〜
「存外、でかいです、これ」
と抹竹がその大きさに改めて驚く。全身スブロフの炎で熱せられたせいか、心持色が変わっているようにも見えるキメラ。炙られるというのはこういう事をいうのだろうか。ツノをふりふりしながら抹竹とジャックに迫ってくるその姿はまさに追い立てられた巨大な虫である
前衛が抹竹、後衛がジャック、という布陣で臨む。いつのまにか持ち替えた刀でキメラの胴体に切りつける。いやな音を立てつつキメラの胴体が切り刻まれていく様はさながら何か悪い見世物でも見ているようである。
「ほらほらほら」
遠距離から牽制しつつ、弱そうな関節やら触覚を狙い狙撃するジャック。‥‥穴から追い立てられたキメラ、たしかにデカイことはデカイが砂の中と外では勝手が違うのだろう。2人の攻撃を避けようとするがどうにもうまくいかない様子。やはり所詮は「砂の中の蛙」か。
最初の戦いで抹竹が余裕のある戦いを見せていたことを確認したジャック。2匹目は自分からも攻撃を仕掛ける。土吐きにはとりあえず警戒はするものの、噛み付き、突進などは余裕で躱す抹竹とジャック。
「でかいだけか‥‥」
無事にキメラを片付け、うまそうに紫煙をくゆらすジャックの姿を見るまでにさしたる時間は必要なかったようである。
〜こちらも楽勝?〜
「あれ? まだ出てきませんね」
頭だけは見せたものの全身露にしようとしないキメラ。そんなキメラには二の矢、三の矢をお見舞いするライフェット。
「ほらほら。恥ずかしがらないで出ておいで〜」
頭をさんざん叩かれとうとう全身をさらけだすキメラ。それを確認するやたちどころに双剣に持ち換えるライフェット。ナンナのサポートを受けキメラに向かう。
キメラの突進を警戒し、フットワークを生かして左右に動き狙い絞らせない。その動きに追いつけないキメラの隙をつきその脚を狙い動きを止める。動けなくなった相手にはトドメの一撃でしとめる。
ナンナは後衛から小銃で援護。穴に逃げようとするキメラには超機械の電磁波を利用して、いやでも出てこざるを得なくする状況を発生させる。穴の中では小ボス程度のキメラではあるが外界へ引きずり出されればほとんど雑魚キャラ扱いである。
そんな戦闘中ではあってもナンナにしばしば見とれるライフェット。その目はナンナの白を基調としたアーマーに向けられている。彼女にとって白にはなみなみならぬ執着があるのだ。
〜狙うはツノ〜
「まずはそのツノから!」
キメラを目の前にした9A。久々の戦闘ではやる気持ちを抑えつつ冷静にキメラの弱点を探す。そのでかい頭は言わば格好の標的。狙わない手はないのだ。
穴から半分ほど顔を出したキメラ。そのツノはまさに、『獲ってください』といわんばかりに蠢いている。それを見た綿貫、射撃とククリナイフから繰り出される衝撃波によって確実に穴から外へ引きずり出す。
綿貫と9Aが交互に連携しながらの攻撃。9Aが囮になり綿貫に攻撃の機会を与え、時には隙をついてキメラの背後に回り込む9A。軽火器の取り扱いに長けている綿貫。その操作は巧みで実に無駄がない。
「もらった〜〜〜」
敵の頭にとびかかり忍刀を突き刺す9A。キメラの2本のツノが根元からスパッと斬り飛ばされる。狙った獲物は決して逃がさない。ツノを飛ばされ、方向感覚でも失ったかのようにうろうろするキメラ。もはやその姿は傭兵達にとってはとるに足らない獲物にしか過ぎなかった。
「潮が‥‥」
足元をみやる綿貫。ここに来たときより多少は潮が満ちてきたようである。だが心配は無用。なぜならそんな心配をするほど傭兵達の目の前にキメラは残ってはいなかったのだから‥‥。
●そして穴だけが残った
「穴だらけだねえ」
感慨ぶかげにあたりを見渡すライフェット。すでに主なき無数の穴だけが残る砂浜。そこにいたはずの「主」はすでに無機質な残骸と化してあたりに散らばっていた。
「しかし、わざわざ工兵隊まできてこの穴を埋めるなどと‥‥」
とそこまでつぶやいて、ふとある可能性に気が付く綿貫。
(「ふ〜〜ん。なるほど。そういうことか‥‥」)
なにやら思い当るフシでもあるのか一人ニヤニヤしていたのは内緒である。
改めて穴を覗く石田。それは今となってはただの巨大な窪みに過ぎなくなっていたのだ。思い出したようにチェーンソーのスイッチを切る。急にウソような静寂があたりを包む。そして改めてこの場所が何の変哲もないただの砂浜にもどった事を思い起こす傭兵達。傍らで銃に詰まった砂を取り除くのはジャック。
「また一緒にお仕事ができて光栄でした」
そこには改めて綿貫に礼を述べるナンナの姿があった。
近いうちに発令される北アフリカ侵攻作戦。それが発令された時に初めて、彼らのなしえたことの意味が明らかにされるであろう。今は知る由もないが‥‥。
了