●リプレイ本文
●藍色の気持ち
――この森の奥に、村人を襲ったキメラとシルヴァリオがいるらしい。
その情報は、数十分前の目撃情報ゆえ、今だにいるのかどうかは不確定な要素だったが‥‥一度手合わせをしたものにとっては、十二分に『いる』と判断できた。
今回犠牲になった住人のデータを参照しつつ、煉条トヲイ(
ga0236)は推測する。
シルヴァリオが人間の喉笛に食らいつくわけではないのなら、村人を襲ったキメラが一緒かもしれない。いや、恐らくそうと考えた方がつじつまも合う。
キメラと一緒に、あの男がいる。今回は何が目的だというのだろう。
「やり方が随分とあからさまだな。‥‥どうやら、シルヴァリオは俺達を誘き寄せる気満々らしい」
そう呟いた声に反応するソウマ(
gc0505)。見ていた地図から視線を外し、トヲイの表情を伺う。
「‥‥罠だとしても、行かないわけにはいきませんね」
バグアの好きにはさせない。そんな思いを胸に秘め、ソウマはふと地面を見つめた。
「‥‥? この液体は一体‥‥森の中に続いているようですが‥‥」
さすがに得体の知れないものに触れたくは無いので、異臭を漂わせる液体を視線で追う。
「キメラ‥‥? の足跡のようなものもありますし、これを辿っていけば目的の場所に着けるのではないでしょうか」
勿論これも確証があるわけではない。しかし、可能性としては極めて有力である。
特に異論も出ず、傭兵たちはこの謎の粘液と残った足跡を頼りに森の中へと足を踏み入れた。
●『彼』の記憶
――シルヴァリオは閉じていた双眸をゆっくりと開く。
視界に広がるは、森の緑。血の臭いも、まだ、しない。
バグアは夢を見ることがあっただろうか。それとも、彼の心に引っかかっていた事柄だろうか。
この身体の本来の持ち主――要するに生前の男は、翠の瞳に灯す光を最後まで消す事は無かった。バグアに対する侮蔑と己の弱さに対する憤り、残した仲間の事ばかりが強く記憶に焼き付いて残っていた。
『私の、この身体が朽ちるとも。精神まで堕ちたわけではない。覚えておけ、バグア。貴様らに屈するほど、人間は弱くない‥‥と!
必ずや貴様を倒し、『私』を解放してくれる者があると信じている――‥‥!』
そうしてこの身体を手に入れたわけだが――『男(かれ)』が『人間(ひと)』であるうちに流した一筋の涙は、どのような意味があったのだろうか。
記憶を読んでも、シルヴァリオには心が読めないのだから分かろうはずは無かった。
分かるはずはないのだが――『恋人を蘇らせる』という願いを聞いてやった後に、女が流した涙とヨリシロの男が流した涙は、違う気がした。
(涙にも、種類があるのか‥‥? だとしたら、分かれている所は感情なのか?)
そう思ったところで、異質な気配を感じ取る。
(‥‥来たか)
思考を中断して、この場所の入口にあたるほうを見つめるシルヴァリオ。
目の前には数人の傭兵。
思ったよりも早かった。だが、これで退屈な時間を過ごさなくて済むようだ。
恐らく彼らもまた、自分とキメラを目指して進んできていたのだ。出迎えはきちんとしてやるに限る。
視線を交錯させ、笑った‥‥シルヴァリオ自身としては、十分な笑顔であると思うのだ。ただそれは、彼ら人間には冷ややかに映っただけの事。
「ようこそ、能力者。怖い顔をしてどうした?」
●哀の罪、愛の罰
「お久しぶりですね。シルヴァリオさん」
春夏秋冬 立花(
gc3009)が周囲の罠やキメラを気にしながらも、巨石に腰かけているシルヴァリオへ話しかける。
周囲の罠については、それとなく楽(
gb8064)や東條 夏彦(
ga8396)が探査の眼を使用しており、その彼らが動かないということは――何かが配置されているという事は無いようだ。
そしてシルヴァリオは、立花をじっと見てから『‥‥誰だ?』と逆に訊いた。
気に入ったモノにしか興味を示さない彼には、鮮烈な何かが与えられなければ一度出会っただけの人間を覚える‥‥という意思がない。
一瞬悲しそうにした立花だったが、すぐに改めて問う。
「近くの村で人がキメラに襲われて死にました‥‥‥シルヴァリオさんが、指示したんですか?」
「ああ。そうだ」
顔色一つ変える事も無く、返答するシルヴァリオ。
「民間人を1人だけ殺して、あとは森の中で隠れん坊か? 目的は‥‥何だ?」
杠葉 凛生(
gb6638)が横から割って入る。バグアなどと長話は無意味だ、と口に出さないまでも思っているのかもしれない。
「知りたかったからだ。人間の感情とやらが」
――人間の感情。
それを知りたい、という意思。シルヴァリオと同じように考えたバグアも過去にいた。立花は質問を続ける。
「どうして、そんなことをしたんですか?」
「お前もなんでそんな事を聞くんだ? まあ、いい。‥‥あの女が叫んでた。『恋人を返せ』と。
死んだら大抵の人間は葬式に出すもんだろ? オレにはどうしてこの男の命を返してほしいのかが分からなかった。だから、聞いたんだぜ?」
「その人が返してほしかったのは‥‥命だけじゃなかったはずだ」
拳を強く握りしめる拓那。それは憤怒のために震えていた。だが、シルヴァリオは首を軽く傾け、岩に座ったまま彼らの表情を伺うようなそぶりを見せる。
「だから聞いた。生き返ればいいのかと。それに――‥‥恋人を生き返らせてやるとは言ったが、事前に『どんな姿でも愛せるのか』とは聞いたぜ?」
聞いたというのに、その女は蘇生した恋人を拒絶した。それこそおかしいだろうと彼は笑う。
「生き返る事を望んだ彼女の弱さは罪かもしれない。けどな、その想いを捻じ曲げて弄ぶ権利はてめぇなんぞにゃ断じてない!」
人の思いを踏みにじり、死者を冒涜するということ自体も許せない。新条 拓那(
ga1294)が怒りを露わにし、シルヴァリオを睨みつける横で、トヲイも口を開いた。
「‥‥『人の感情』に興味を抱き、暁の海へと散って逝ったバグアを俺は知っている」
トヲイの赤い瞳は、シルヴァリオの姿と――自身が過去に対峙したバグアを重ねたのだろうか。
「貴様もそうか? シルヴァリオ‥‥」
トヲイを見つめた銀髪の男は、意外そうな顔をした。
「確かお前、俺の剣を折った奴の一人だった気がするな‥‥オレか? そうだな、割と感情に興味はあるぜ」
彼の問いに、違うとはっきり答えたトヲイ。
「感情がどうこうじゃない。それを知ったところで、貴様にも同じくして死神がやってくる、ということを揶揄したまでだ」
挑発じみた応えに、シルヴァリオも眉を吊り上げたが、すぐに穏やかな表情へと戻す。
「お前がその死神とでも言うなら別だがな‥‥なあ。聞かせてくれよ。『どんな姿』ってのはどこまでが許容範囲だ?
犬猫のような外見じゃ無けりゃ愛せないのか? 自分の思い通りにならなけりゃ、要らなくなるのか?
行き場のない愛を抱えて、自らが作った檻の中で絶望しながら死んだだけだろ。そいつが喰われたところで何か問題があるのか?」
随分と楽しそうに聞いてくるシルヴァリオ。愛は牢獄だと語った彼を、凛生がサングラス越しに睨みつけた。
凛生の胸に沸々と怒りがこみ上げてくる。熱い怒りではなく、冷たく、何もかもを覆うような仄暗い怒り。
成り行きを見ていた時枝・悠(
ga8810)は全く持って興味もないらしく、つまらなそうな眼をしていた。
「結論、弱者の戯言ですよ、アイというのは。人の心は余りにも脆いから。一人で生きられないから助け合い尊重し合う‥‥」
ソウマの呟きは半ば独白。『感情というのは素敵でしょう?』と微笑を向けた。
バグアのような、共に協力し合うような仲間がほとんどいないような種族には難しかっただろうか。
「生き返るなんて不確定なもんに縋る気持ちが理解できひん。そないな難しい考えるん性に合わんよってな」
白藤(
gb7879)がシルヴァリオへと弾むような口調で告げる。理解できない、と告げた彼女に、シルヴァリオは『ふぅん?』と先を続けてほしそうな言葉を投げかけた。
「そないな感情、白藤とシルには関係あらへんやろ?」
言いながら白藤はころころと笑っているが、その眼はシルヴァリオとの闘争を望み、ぎらぎらと輝いている。
「そらそうだ‥‥居なくなったモンなんざ戻る訳ねーじゃんよ」
サキエル・ヴァンハイム(
gc1082)も頷いた。
「そうは言うが、死者を生き返らせること‥‥それが珍しい事でもないだろ?」
ここにいるだろうと言わんばかりのシルヴァリオの態度。
だが、ここにいる男(シルヴァリオ)は、生き返った『彼』ではないのだ。
「どうです? ――ここで一度弱者になってみませんか?」
ソウマが皮肉を込めてシルヴァリオに訊く。
「そして、その弱者の手で貴方は――」
身を滅ぼすのだと。
●猛る心
「さぁシル、白藤と踊ろや♪」
「随分親しげに呼びやがって。お前が弱けりゃ、そんな呼び方をするのは十年早いぜ!」
バロックを両手に構え、強弾撃を織り交ぜて攻撃する白藤。
素早く弾丸の軌道から移動し、一気に踏み込んで大剣を横に薙ぐように振るシルヴァリオ。
気合代わりに短く息を吐きつつ、銃を交差させてその一撃を受け止めた白藤。
「フン。食らうと思ったんだが‥‥反応は早かったか。ま、いい。呼び名くらいは許してやるよ‥‥褒美と一緒に貰っておけ!」
間髪入れずに身を捻り、ガードしている腕を蹴りあげる。がら空きになった白藤の胴へ拳を叩きこみ、トヲイの爪を避けるために後ろへと飛び退いた。
「あの時、私の誘いに乗っていたらこんなことしなくて済んだのに」
立花がシルヴァリオに話しかける。以前、出会った時に『楽しみを探しているなら取引しよう』と持ちかけた。
無論、それはシルヴァリオに邪険にされて終わったのだが、立花はその事を話しているようだ。
しかし、シルヴァリオは四方より攻め立てられているので、満足に話を聞いていない。
その機に乗じて、立花も彼との距離を詰めていく。
「私と連絡取っていれば、誰かに酷いことしなくて済んだのに」
言いながら彼の死角へと移動し、ライトニングクローに持ち替え‥‥空いた場所に踏み込んだ立花。
マントをバッと取り払い、シルヴァリオの視界を覆うように投げ、クローを突き出す。
「そうすれば、私に殴られずに済んだのに‥‥!!」
「っと‥‥!」
遠くから様子を見ていた楽が立花の行動に反射的に銃を構え、彼女の足元に向けて発砲する。
だが時すでに遅し。立花が気づいた時には、その拳はシルヴァリオへと向けられていたのだ。
殴る、というよりも爪で刺す、というほうが近いかもしれないが――制止を振り切った彼女の鉄拳は、シルヴァリオに届く事は無かった。
「‥‥いい加減にしろよ、お前」
シルヴァリオの唇から、冷たい声が落ちる。
目隠しにと使用したマントは、シルヴァリオの大剣に絡め捕られて鞘のような状態になりつつも、剣ごと立花の腹部へと突き立てられた。
マントが絡まったのが幸いしたのか、威力は弱められていたが――シルヴァリオの表情から笑みは消え、怒りが宿っていた。
「ウザったい奴が大嫌いなんだよ。オレに説教する前に、自分の反省会でもしてろ!!」
よろめく立花の腕を掴んで引きよせると、睥睨し剣を握り直して蹴り飛ばす。
立花も受け身をとって着地したもののショックと痛みは大きいようだ。
しかし、これによりシルヴァリオの怒りが収まるわけでもなく、仲間へと向けられる。
トヲイの爪撃を剣で弾き、地に剣を突き刺すと機会を窺っていたサキエルの繰り出した肘打ちを掌で捉えて鳩尾に蹴りを入れ、剣を持ち直す。
凛生の狙撃を斜に構えた剣で受け、すぐに懐から光線銃を取り出すと凛生と白藤を狙撃する。
大剣を装備しているとはいえ、その攻守にはあまり隙がない。
「それだけ人数が居るんだ。まだやれるんだろ?」
来いよ、と手招きするシルヴァリオ。
「当然だ」
トヲイとサキエルもそれに応えて距離を詰める。後方からは再び凛生の狙撃がシルヴァリオの膝を潰そうと執拗に狙っていた。
攻撃が避けられても、反撃を食らってもサキエルはシルヴァリオへと向かう。
この両目でシルヴァリオを見られるよう、邪魔な眼帯はもう外した。
その緑の瞳に、自分の顔を。姿を捉えられることを望むように。
「‥‥あんたの視界に入る為に、あたしは強くなる。‥‥それがあたしのアイ‥‥ってヤツだ」
物悲しそうにも聞こえるそれは、どのような想いなのか。人の皮を被ったバグアには分からない。
「血に塗れた手で這い上がって来い。目に留まるなら――」
――その時は殺してやるよ。
言葉がわりに、シルヴァリオの拳が唸った。
●人ならざる者
「ア‥‥」
腐臭が鼻を刺激する。だが、傭兵たちの心を刺激するのは臭いだけではなかった。
(一気にやっちまった方が奴さんも浮かばれるだろうよ)
人を幾度も斬ってきた夏彦とて、今回ばかりは気も重い。
試し斬りにと持ってきた国士無双は、この哀しいキメラを早く解放してやりたいのか哭いているようにも感じる。
「殺され、弄ばれ、挙句好きな人まで手に掛けて‥‥。その無念、今すぐに断ち切ってやるからな!」
もしもエリック本人に感情が、意識が残っていたとしたら。どれほどの苦痛だろうか。
それを思うと居た堪れなく、余計にその悲しさが拓那の胸を打つ。
感情を見せる者もいれば、逆に押し殺す者もいる。
ソウマの狙い澄ました矢がキメラの身体に突き刺さる。
彼の顔に、一切の感情は伺えない。感情が見えなくとも、その思考は『早くこの忌まわしき姿より解放してやろう』という拓那のものと一致していた。
次々に矢を射るソウマ。一本一本に、哀悼の意を込めて。
(――そんなに、珍しい事でもないよねぇ?)
シルヴァリオの班を見つつ、自身は時折キメラ班に加勢しながら極めて客観的に、楽は今回の事件について思う。
『キメラの犠牲となる』のは、このご時世に珍しい事でもないのだ。むしろ良くあることであろう。
ただそれが、人の目に留まるかそうでないか、だけだ。
しかし。
(コレだって何もキレイなもんなんかじゃない。他人の不幸を肴にする、誰だってやったことあるさ?)
人の不幸ほど注目される事もないと、楽は識っている。それを見て、自分が如何に可愛いか。だから他人事を『可哀想』と言える、その程度なのだ。
無論こうして怒りや悲しみを見せる仲間達の事をどうこう言うわけでも、発端のシルヴァリオの肩を持つわけでもない。
それゆえ楽は『自分には関係ない。だから怒るほどの事じゃない』というスタンスで事に当たるのだ。
楽の思考とは異なるが、悠の考えもドライだ。
(背景にどんな事情があろうと、やる事はいつも通りだ‥‥)
「膾に刻んで狗の餌、だ」
とっとと片づけて帰る。それだけだ。
スキルを惜しみなく使用し、エリックであったキメラを斬りつけていく。
粘液をたらしながらもキメラから生える人間の腕は彼らへと伸ばされ、空を掴む。
大蜥蜴の尻尾は第五の腕のように容赦なく能力者に打撃を浴びせていた。
夏彦にもその一撃は振られるが、咄嗟に剣で受け止めて直撃を防ぐ。体躯も大きいだけあって、その一撃は強いようだ。
拓那の思いを込めた両手剣が、大蜥蜴の硬い鱗を突き破る。
「ア‥‥」
キメラの――エリックの口から溢れた擦れる呻き声が。耳に、心に届く。
思わず腐りかかった顔を見つめると、その貌には、腕を振り回している時に付着したであろう粘液が、頬を伝う涙のように流れ落ちていた。
大きく開いた口に、ソウマの矢が突き刺さり、エリックの身体は大きく仰けぞった。
「――退きな! あの世に送り直してやる!」
夏彦が国士無双を振りかぶり、仲間に合図を送る。
(せめて、向こうでは幸せに‥‥)
ギリッと唇を強く噛みしめて、拓那は剣を引き抜いて飛び退いた。
「二度は味わえない餞別だ、とっとけやァ!」
入れ替わりに夏彦が、剣の重さを利用して国士無双を上段から思い切り振り下ろす。
面を割り、胴を二つに引き離しながら、エリックであったキメラはその偽りの生を終える。
一瞬悲しげに表情を崩すソウマだったが、すぐにそれは掻き消え――今だ闘うシルヴァリオと仲間達のほうを振り返る。
まだやるべき事が残っていたから。
●red
「‥‥貴様にとってはただの『実験』でも、人の心を弄んだ罪は重いぞ?」
怒気を孕むトヲイの言動。攻撃も心なしか鋭さを増していた。
「それじゃ命と心、どっちが重いっていうんだ?」
「――戯言を!!」
トヲイの爪を紙一重で躱したシルヴァリオだが、自身を狙う攻撃の手が増えてきた事に舌打ちをする。
悠の放つソニックブームをひらりと躱し、着地を狙い撃つサキエルの銃弾を剣で受ける。
「そろそろ止めないか。熱くなるばかりで着地点が欠片も見えん。不毛だ」
話に加わる気などは当然ないらしい悠。シルヴァリオが話している間にも、彼を包囲していた傭兵たち。
夏彦は天魔に持ち替えると、名乗りを上げてからシルヴァリオへと斬りかかる。
「とっとと三途の川でも渡りやがれェ!」
「お前が先に渡れよ。渡し賃がいるなら厄介だろ?」
大剣で弾き、足払いでもかけようと思ったのだが‥‥凛生の狙撃が予想以上に正確だったのがシルヴァリオには誤算だった。
屈んで足を伸ばしたところ、膝窩(ひかがみ)を貫通された。小さく呻いたシルヴァリオだったが、剣を支えとして体勢を立て直す。
動きが目に見えて鈍くなったシルヴァリオ。その隙を凛生とソウマは見逃さなかった。
前衛の仲間が斬りかかるタイミングを見計らい、二人はシルヴァリオ目がけて必殺の一撃を放つ。
だが、シルヴァリオのほうも光線銃で凛生を狙い撃っていた。お互いの身体からバッと飛び散る赤い色をした液体。
傭兵たちを睨みつけているシルヴァリオのFFが赤く光った。
「FFが無ければ死んでいたかもな? 毀された気分は‥‥どうかね?」
ダメージも多少和らいでいるとはいえ、若干の衝撃と痛みは彼に届いていた。
「ふぅん? シルの血も‥‥赤いんや」
にやり、とゆっくりと笑みを作る白藤。どこか恍惚としたような表情である。
「調子に乗るな‥‥地球人共!!」
拓那を退け、痛みを堪えて跳躍すると、彼らの頭上を越えて森の入口‥‥楽の近くへと着地する。
「およ。逃げるの? 足、お大事にねー?」
ふざけているようにも見える楽だが、仕掛けてくればどんな行動にも対応できるようにと神経は尖らせてある。
「これだけは言っておく。深淵を覗く者は、深遠からも覗かれている‥‥いつかその意味を知る日が訪れるだろう」
深追いはせず、去り行こうとするシルヴァリオの背に投げる。
「お前らの顔、覚えたぞ」
この星に来て初めて記憶に残す複数の異星人。一人ひとりを憎らしげに見た後、シルヴァリオは歩きだす。
「てめぇ何処へ行くつもりなんよ、あ゛ぁ?!」
折角の楽しみを捨てる気か! 突然怒り出した白藤が、シルヴァリオ目がけバロックを幾度も撃つ。
負傷した足や肩などにも当たったが、気にせず歩く後姿も気に食わない。サキエルが止めるまで、興奮のあまりバロックを空撃ちしていた。
シルヴァリオの背中へ向け、立花が遠慮がちに『今度、好きそうな漫画でも持ってきますね』と声をかける。
「うるせえぞ、お前。次もそれを押しつける気だったら――暫くベッドで生活する羽目になるぜ。いいな。次は無いぞ」
再度背を向けて歩きだすシルヴァリオだったが。
「待てッ!!」
瞬時に動いたのは拓那だった。瞬天速で距離を一気に詰めると、シルヴァリオへ肉薄した。
「しつこいな‥‥」
振り返ったところに、拓那の拳が見え――シルヴァリオの頬に、拓那の拳が入った。
ゴッ、という鈍い音。シルヴァリオの髪が拳圧に揺れた。
だが、その音と感触は生身のそれではない。
彼らにFFがあることも拓那は分かっている。しかし、やり切れぬ感情の行き場がこれしかなかった。
「‥‥てめえなんかに、人間の感情が分かって‥‥たまるか、よッ‥‥!!」
苦しげに、憎らしげにシルヴァリオを見据える茶色の瞳。すぐに瞬天速で側を離れ、仲間と合流する拓那。
その表情をじっと見た後、今度こそシルヴァリオはその場を後にしたのだった。
●
キメラの討伐、それを先導していたゼオン・ジハイドを退けた事。
哀れな犠牲者エリック。もともとは村人だというのに、キメラにされたということで村人たちには忌み嫌われ、村に入れる事も許されない。
彼らはただの犠牲者だった。エリックもこのままでは居た堪れない。
悠の提案で墓でも作ろうという運びとなった。
「恋人とも離れ離れ、か‥‥」
ソウマの持ってきていたスブロフで火葬を終え、穴を掘った簡素な墓前で祈りを捧げる能力者達。
(‥‥あなたに本当の死を‥‥どうぞ安らかに)
立花がそう祈りを捧げ、凛生は眉間に皺をよせたまま墓を見つめる。
形は違えどそれぞれの胸中に。このような犠牲者を出さないためにも決意を新たにしたものがあったかもしれない。
そして残った苦い感情は――ここにいる彼らにしか、分かり得ない事だろう。
ヨーロッパ某所。静寂の森の中では、このような戦いがあった、と記しておこう。
■■■■
‥‥
‥‥‥‥
――‥‥あら、読み終わりまして?
随分熱心に読んでおられたので、お声はかけませんでした。
何か思うところがおありですか? ええ、言葉にならない感情。そういうものも‥‥あるでしょう。
『アイ』の形は様々。そして、感情ですら様々。人間ですら分かり得ないものを、知りたいと思う異星人。
人は、彼らはこうして何を思うのか。どう受け止めるのか。そこから何を得、何を学ぶのか?
アイだけではなく、何に対しても永遠に続く疑問ですわ。
願わくば、ここに登場した彼らの憂いが晴れん事を。
ですが‥‥外の雨は止んだようです。
もう雨宿りも、わたくしの話もおしまいですわ。
まあ、この本をご購入ですか? ――ありがとうございます。また降ってきて濡れるといけませんから、ビニールに包みますわね。
それでは、またお会いできる日を心待ちにしております。
――どうぞ、お気をつけて。