タイトル:Boys Talkマスター:藤城 とーま

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/01/19 00:13

●オープニング本文


●骨董屋「エリュシオン」

 こんにちは。ようこそエリュシオンへ。
 新しい年が明けてまだ僅かですけれど、良い年になさってくださいませね。
 こうして季節は巡りゆくのでしょうけれど、この時期はふと暖かさが恋しくもありますわね。


 ここにある、槍のオブジェ。多々傷ついてもなお、最後まで武器を手にして立ち向かった伝説の若き英雄の心を象ったものですわ。
 お客様もご存じでしょうけれど――‥‥このところ、戦争が激化しております。
 様々なものが傷つき、奪われ、新たに生まれる。
 そんな中で、葛藤を抱くものも多くありましょう。
 傷ついていくのはわたくしたちのような市井の人々や、前線の者だけではない事も、分かっています。

 心も傷つき、すり減っていく。
 ふと思う『心』。それは、なにも移り変わる刻や季節のせいだけではございません。そう。心は、いつも――‥‥良くも悪くも変わり行くのです。

 わたくしの知り合いに著述家がいると以前申し上げましたが、その者がまた本を出しまして。
 軍人として、人間(ひと)として悩む青年の、お話ですわ。
 よろしければ、お読みになりますか? いいえ、構いません。わたくしの事はお気になさらず、そちらのソファにお掛けになって。
 こんなところでよろしければ、時間が許す限り、くつろいでくださいませ。

■■■■

●アイルランド某所

 久方ぶりに、自国に戻った赤枝の面々。
「あーあ‥‥ったく、身体は一つなのにこき使ってくれるよなぁ」
「それが仕事だ。仕方がないだろう」
 と、ぼやく部下をシアン・マクニール大尉が咎めたが、彼自身も愚痴が出るのは当然だろう、とは思っている。
 大規模な作戦にも協力しているゆえ、神経は過敏なほど研ぎ澄まされ、疲弊する心身は休息を求めていたが、戻れば自国の防衛の任へと切り替わる。
 そしてなにかと溜まる書類も片付けなくてはいけない。やる事だけは山積みなのだ。
「どうか御無理はなさいませんように」
 と、小隊のミネルヴァ曹長が温かい飲み物を置きながら心配そうにシアンに声をかけた。
「ありがとう。しかし、君こそ無理はするな。倒れられては、後方支援がいなくなってしまう」
「‥‥はい。体調面には、気を配っていますから。では」
 ぺこりと頭を下げて、去っていく後姿に気をかける事もなく、シアンは書類に向かってペンを走らせる。
 が、同じ部屋で書類整理を任されていたレイジ・リヒター少尉は表情を曇らせて曹長の姿を見ていた。
(可哀想に。曹長だって、寝る間も惜しんで俺たちの支援をしてくれているのにな)
 肌だって気になるだろうし、髪だって本当は綺麗に梳っていたいだろうに。
 とはいえ、少尉は上官がそこまで気にかけてやれないことだって分かっていた。
「‥‥リラックスしたい、な」
「仕事を終えてからな」
(それじゃ、駄目です大尉)
 小さく同意するように微笑んでから、少尉はバインダーの紐を堅く結んだ。

●SIGNAL

 本日の仕事を終えたシアンは兵舎へと戻る途中、少尉が運転する車の中から外を眺めていた。
 カーステレオから流れてくるのは、知らない曲で知らない言語。
 日本語は解さないため歌詞の内容は分からないのに物悲しく聞こえる曲を少尉に訊ねると、日本の有名なロックバンドが歌う曲らしい。
 それ以外の事は良く分からなかったが、興味があるのかないのか分からぬ返事をしたところで、信号が赤になるので停車する車。
 今日は何飲むかなという少佐の横で、シアンはおもむろに口を開いた。
「少尉。君には女心というものは理解できるのか?」
「はぁ?」
 普段ならからかい口調でいえることだが、シアンの眉間に深く刻まれた皺に何らかの苦悩を感じ取ったリヒター少尉。いきなりすぎて少佐も流石に軽口を叩くことはできなかった。
「恋愛で、お悩み‥‥ですか?」
 そう尋ねられて、シアンは珍しく『いや、まぁな』と口ごもる。
「モテたいとかそういう意味じゃなく‥‥まあ、キーツはそれとなく指摘してくるのだが‥‥俺はそういう事に対して鈍いのだそうだ」
 まー、そうだろーな。と少尉はシアンの素行を思い浮かべて心で頷く。
 ミネルヴァ曹長が髪型やリップを変えても気づかないし、今日だって目元にクマができるほど疲れていたのだ。
 曹長はシアンを仲間以外に想っていないというのはわかるのだが、それにしてもそこでニヤニヤしている少佐こそ曹長の気持ちにもう少し気づいてほしい。
 だが、教えたところで、この困った上官たちの心、少しは改善してもらえるのだろうか。
「‥‥少佐、大尉。あの、着替えたら、酒でも飲みませんか。落ち込ん‥‥気が滅入った時は、パブで発散しましょう」
「ん」
 こくりと素直に頷いた大尉。きっと彼に耳と尻尾があれば、叱られた大型犬が項垂れているようにも見える。
 しかし、言った後で少尉は考えた。
(上官二人と飲むの、嫌だなぁ‥‥)

 絡み酒だったらコワイし。

 仕事の事ばっかり話しそうだし。

 そーだ、仲間を増やそう。類は友を呼ぶ、だ。

 間違った慣用句の使い方だとしても、そこまで冷静に考えていられない少尉はあとで合流すると言って、部屋に着くとすぐに電話をかける。
 少尉からULTに出された依頼は、オペレーターも傭兵達も首を傾げる暗号のような文章だった。

『恋愛、酒、だれか たのむ』

●参加者一覧

煉条トヲイ(ga0236
21歳・♂・AA
寿 源次(ga3427
30歳・♂・ST
ラウル・カミーユ(ga7242
25歳・♂・JG
斑鳩・八雲(ga8672
19歳・♂・AA
マグローン(gb3046
32歳・♂・BM
鳳覚羅(gb3095
20歳・♂・AA
緑間 徹(gb7712
22歳・♂・FC
天羽 圭吾(gc0683
45歳・♂・JG
ジリオン・L・C(gc1321
24歳・♂・CA
アルテミス(gc6467
17歳・♂・JG

●リプレイ本文

●男だって、色々あるんです

 アイルランドのパブ。その一角には、むさい顔を付き合わせている男ばかり。
 シアンは訝しむが、依頼者の少尉はタダ酒にありつこうとしている者だろうと、来てくれた面々にほっとした様子である。
「先日のスペインではお世話になりました。お変わりは‥‥ある、のですかね?」
 斑鳩・八雲(ga8672)はシアンの姿を確認すると軽く会釈し、穏やかな挨拶をしてくれた。
「お酒飲みつつ惚気られると聞いて来たヨ!」
 なんといってもタダである。嬉しそうにラウル・カミーユ(ga7242)は、早々に席についてメニューを眺めていた。
「野郎ばかりでむさ苦しいのは、この際、我慢しよう‥‥」
「生憎と自分は恋愛事にはサッパリと縁が無いもんでね、アイリッシュパブを堪能させて貰いますか」
 天羽 圭吾(gc0683)と寿 源次(ga3427)もどうやら目的は同じらしい。シアンからやや離れたところに座って早速酒を頼もうとしていた。
 酒を呑むのはいいのだが、どういう事なのだろう。合点のいかないシアンは、それでも促されるまま座る。
「お隣、失礼して宜しいでしょうか?」
 マグローン(gb3046)が紳士的に話しかけ、シアンの隣に腰掛ける。
「実はそちらの少尉から、悩みを聞いてあげて欲しいと伺いまして。
 私としても人間の恋愛感情と言うものは複雑で面白いと思っておりますので、どういう事で悩み、そしてどうやって愛を伝えるのかを知りたいのですよ」
 なるほど、これは少尉の根回しだというわけか。納得したシアン。
「君の目はビー玉か? というぐらいの惚気ばなしとか聞かされている身としては、この場にこなくてはと思ってね」
 シアンのもう片方の隣に陣取った鳳覚羅(gb3095)がこめかみを押さえつつため息混じりに答えた。どうやらシアンの彼女のことを言っているらしい。
「男性だけの恋愛話なんて素敵だよね♪ BLや同性愛って素敵だもんね!」
 アルテミス(gc6467)がとんでもないことを言いながらシアンの対面に座ろうとしたのを――『とーぅ!』という熱血系の掛け声を叫びながらジリオン・L・C(gc1321)が尻半分早くその座席を確保する。
「現代に在りしアノ神殿で転職して来た俺様はジリオン! ラヴ! クラフトゥ!
 新たな勇者の必殺技、勇者フラッシュ! と真・勇者アイズ! を身につけた俺様!
 今日は彷徨える魂達と‥‥飲み会だ! 恋! バナ! だ!」
 ドヤりながら一気にまくしたてて『俺様の滾る程に熱いこの魂で‥‥導いてやろう!!』とキメのポーズまで行うジリオンに、仲間たちの空気は重くなる。
「‥‥なんなんだ、これは?」
「い、いや、目に余れば鎮めるから‥‥気にしないで続けよう」
 シアンがドン引きしつつ覚羅にヒソヒソと小声で尋ねれば、端整な顔をヒク付かせつつ覚羅はシアンをなだめた。
 酒も行き渡り、覚羅の『皆無事に生き残っているし、今回の記念と生還を願って』という乾杯の音頭でグラスが軽く掲げられ、かちりと軽く当たる音が響く。
「シアりんが恋愛で悩んでる人、なのカナ?」
 ラウルが精一杯の笑顔を作りながらシアンに尋ねるが、シアりんと言われる本人が一番反応していない。
「‥‥ま、まぁ、そうなる‥‥のか」
「とりあえず状況分かんナイとどしよもナイから、教えて欲しーんだケド」
 可愛らしい口調だが、ラウルの意見はごもっともである。

 わかった、と了承したシアン。色々な事情で説明は必殺『かくかくしかじか』で省いてしまうわけだが、
「詳しい事情は知らないが‥‥要するに、『シアン大尉には交際している女性が居て、現在は遠距離恋愛中』――と言った認識で差し支え無いだろうか?」
 煉条トヲイ(ga0236)がこうして説明をしてくれるのでここは許していただきたい。

「ああ。しかし彼女のことだけでなく女心というものがその、感じ取るのが難しくてな。女性にそういう事を聞くにも恥ずかしいので、少尉に」「ルイー‥‥ますたー! 生中!!」
 シアンの悩みは途中でジリオンの大声にかき消される。隣にいたトヲイが思わず片耳を指で塞いだ。
「恋の悩みとは、や、青春ですね。‥‥当事者にとっては、中々に辛いものかもしれませんが」
 甘口の白ワインを片手に、八雲が微笑を浮かべている。達観した物言いだが、彼自身シアンより若い。
 ミックスナッツを口にし、静かに話を聞いている緑間 徹(gb7712)は、それぞれの男達を見回してはグラスを傾ける。
「女心が知りたいなら、色んな女と付き合ってみれば解るんじゃねえか?」
 圭吾が意見をしてみるが、彼の本心は『本気で女心を知りたいなら、女に聞かなけりゃ意味がない。男に女心を聞いたって意味ないだろ』と裏腹なようだ。
「まぁ‥‥普通に答えるなら‥‥女性を喜ばせられる事、うまくリードできる事、あと」「俺様のことだな!! 勇者たるモノ、戦いの主導権、及び男らしさは戦士には負けられん!!」
 覚羅の意見をぶった切ってジリオンはデカい声で己のアピールである。席を取られたアルテミスは『うるさいなァ‥‥』と言いながら、シアンに微笑んだ。
「恋愛を知るのなら、まずは書物で知るのが一番だよね!」
 どんな、と聞いたシアンの前に、スッとB5サイズのペラペラ本‥‥いわゆる同人誌――をどさりと多数置いた。
「恋愛は女性相手だけではなく、同性でもいいということだよっ!」
「グフッ!?」
 想像し得ない言葉に思わず咳き込んだ徹。酒が強すぎたせいだと言っておこう。
 年齢制限のないBL本を無理やり読まされたシアン。じわじわ顔の色が無くなっていく。隣から覗くマグローンは『ほう、こういう恋愛もあるのですか。しかし非建設的です』と淡々と評する。
「最初はただの友情が、いつしかそれが愛情だと気付く瞬間‥‥」
 酒を飲まずとも、アルテミスはハイである。聞いていない同性恋愛の素晴らしさを説いている。

「うん、なんか楽しそうですねえ‥‥あれ、どうしたん?」
 お役目を傭兵に押し付けている少尉は、キルケニー片手にご機嫌である。
 源次がまじまじとビールグラスを眺めているので声をかけてみると、
「LHのコンビニなどで売ってる奴とはやっぱり違うな、ってね。クリーミーな泡もまた格別だよね」
 でしょう、と何故か少尉も大きく頷く。
「アイルランド支部では、大尉の実家のおかげでこのお酒が毎日飲めます」
「手前の手柄じゃねえだろ」
 少佐に突っ込まれつつも、このへんは実に和やかだ。

「――えーと、相談何だったっけ?」
 ようやく話をもとに引き戻してくれたラウル。遠距離恋愛だったなということに気づいて、僕もだよと言いながら例に出す。
「僕の彼女‥‥今は婚約者だケド‥‥も、遠く離れたトコにいるんだヨネ。
 僕より少し年上なの気にしてるケド、美人で可愛くて時々天然サンで、表に感情出すの苦手だケド、僕には素直に気持ち言ってくれて‥‥そゆトコがまた可愛くてー」
 真面目に聞いていたシアン達は、いつの間にか惚気に摩り替わっていたのに気づいて苦笑する。
 圭吾に至っては『酒が甘くなるぜ』とぼやきながら一気にそれを呷った。
「では。私の恋愛は、基本的に夏の一時期のみの一期一会ですので‥‥誰か一人を愛し続ける、というのが難しく感じます」
「な、何故夏だけなんだ?」
 マグローンの恋の話。夏だけというのにギョッとするシアン。
 さあ、そういうものなので。とあっさり言うマグローンは、逆にシアンに質問する。
「しかし大尉。あなたは彼女の何処を愛し続けられると認識して、彼女とお付き合いをしていらっしゃるのですか?」
「人を好きになるのに、明確な答えは必要なのだろうか? どこがいい、とか語れるほどに俺は識っていない」
 その質問の答えは、意外にあっけないものだった。
「色恋とはな! 大尉! お前一人でするものではないのだぞ!」
 ずいっとジリオンが身を乗り出し、シアンが身を引く。
「生きてる限り! とぅるーらぶすとーりーは紡がれるのだ!」
 だん、とテーブルを叩くジリオン。勢いにふわりとフィッシュアンドチップスが浮き、徹が咄嗟に皿をつかんだ。
「一人で紡いでも、つまらんだろう!」
「だよねー! 徐々に惹かれていくから燃え上がるんだよねっ♪」
 アルテミスもシアンとジリオンを見つめ鼻息荒く盛り上がるのだが、きっと脳内では違う変換になっているのだろう。
 本気で相手を想ってるなら、相手が何を望んでるかよく観察して、想像力を働かせたらいいだけの話だ――と圭吾は思うのだが、敢えて口には出さずにこの喧騒の中、耳を傾ける。
「大尉! お前は‥‥紡いでいるのか!」
「君はどうなんだ」
 辟易した顔でシアンも切り返すが、へんじはない。ただのいきおいだったようだ。
「俺は彼女を知らないけど‥‥彼女は随分と我慢強い人のようだ」
 お前のような奴にわがままをいえると思うか? と、徹は眼光鋭くシアンに言う。
「女なんてブランドバッグと、夜景の綺麗なレストランで機嫌が直るだろ」 
 圭吾の意見に『そんな人ではない』と反発するシアン。圭吾も鼻を鳴らしてそっぽを向いた。なんだ、このあえて相手に気づかせるという不器用な優しさは。
「――えーと、ま。その気持を理解してもらうには彼女サンに『自分は彼に好かれてる』って自信持ってもらわなきゃダメだヨ? 解らないから不安に思ってしまうこともあるんじゃないのかな」
 コンタクトは『量より質』だと思ってるラウルは流石にその辺をよく解っているようだ。
「‥‥透明すぎる想いは、人の目にはみえにくいのだよ」
 酒と氷を入れたグラスをマドラーでかき混ぜながら徹はぽつりと呟いた。そうですねぇと八雲も応える。
「以心伝心は理想ですが‥‥恋人とはいえ元は他人の心を、神ならぬ身では簡単には理解できません。恋愛に限った話ではありませんが、自分がどうしたいのか、をきちんと伝えませんとね」
 そうか、と難しい顔をするシアンは、彼なりに理解したのだろう。顎に手を置きながらなにやら考えているようだ。
「ところで大尉。今日の少尉や部下の心配を、お前は気づいたのだろうか?」
 徹がちらと肩越しに違う席を振り返る。曹長のことや、少尉のこと。彼はこの軍人の部下のことも案じてくれたのだ。
 が、すぐに徹は『失礼』と口にした。
「‥‥酒に酔ったか。随分と俺らしくないことを言ったのだよ。許せ」
 彼でなくとも言いたくもなろう。今は自分のことだけで、いっぱいいっぱいなんだろうな。と圭吾も思っているくらいだ。

 ポッチーンをちびちびとやりながら、源次は『Now Legal(ついに解禁)』と書かれているラベルを見つめる。
「これ旨いよな。最初の頃はコレしか飲まなかったぜ」
 少佐も源次が見ているラベルに気づき、話を振る。
「あー、そうそう。このウォッカですが、麦とか使ってる蒸留酒なんで日本じゃそういうのはショーチューとか言うらしいですよ」
「焼酎か‥‥懐かしい響きだな」
 源次と少佐たちが我関せずな話を行って、ちょっとほろ酔いになったジリオンは『ここはー! いい酒場だなー! ルイー‥‥の酒場も‥‥顔負けだなー!』と一人何度も頷いていた。
 そんなジリオンが酔っていると気づいた少尉が話し相手になっている。
 開いた席を、トヲイが詰めて一呼吸置くと実は、と心の内を吐き出す。

「‥‥しかし、俺も人のことは言えない。最近では人の心‥‥特に『愛や恋』と言った事柄に関心があるのも事実だ」
 トヲイがそう切り出したので、一同は視線をそちらに向ける。
「彼女居ない歴=年齢‥‥と、言えば解るとは思うが、俺はこの歳になる迄、『恋』と言う物を知らずに生きて来た‥‥」
『いや嘘だろ』と、場にいた面々は声を揃えて否定する。この話をすると大抵信じてもらえないかドン引かれるといった彼の経歴は、また一つ更新された。
「実際、一つの事に集中すると他が見えなくなる性分の俺は、恋愛には向かない。俺にとって、今はバグアとの戦いに勝利する事が全て。
 それ以外の事は、全て二の次。そう思っていた‥‥――つい、最近迄は」
 トヲイのどこか艶のある表情と、とつとつと語られる話。おお、と話を聞く一同にも熱が入る。最早シアンの事など誰も彼もが忘れている。
「気が付けば『会いたいな』と思ってしまう女性が1人‥‥俺にも出来た」
「おや、素敵な事ではないですか。いいですねえ」
 何杯目かのワインを空け、新しいものを受け取った八雲は優しい口調で応えた。
「だが、これが皆の言う『恋』なのかどうかは、未だ分からない‥‥」
「‥‥会いたいと思うなら、恋はどうあれ好いているほうではあると思うのだが」
 俺もそういう事に疎いのでよく解らない。そう言うと、ラウルはツッコミながら酒場のお姉さんにおかわりを注文。
「シアりんもさ、ちゃんと自分と向き直って相手のどこが好きか、どんなに好きか、機会が限られるからこそちゃんと伝えよ? 自分の気持ちにまで鈍いワケじゃないっしょ」
「うはは、心も、グラスも、つかめん、つかめんぞぅ〜‥‥グフォァッ!?」
 ジリオンがまた割り込んできたので、堪忍袋も限界突破の覚羅はジリオンの口を押さえ鳩尾に強烈なボディブローを叩き込み、黙らせた後におしぼりで手を拭きながら着席。
「‥‥大尉、こんな事で悩まなくてもね、あなたはあなたのままでいていいと思うよ?」
 彼女はそんなあなただからこそ好きになったんだと思う、でも、たまには電話してあげたら、と覚羅に言われて『そうだな』と優しく言ったシアン。女の子みたいな可愛らしい表情で覚羅は微笑む。
「うん、まあ、認識は大事ですよね。ちなみに私の理想の女性像は‥‥、
 強い意思を持った透明度の高い黒目。それから肉付きが良く、それでいて力強い泳ぎには、ときめきますね。理想はすらりとした流線型、でしょうか」
 ジンを片手に熱弁するマグローン。
(流線型‥‥? 腹が出てるのか‥‥?)
 イメージしにくい体型に一同は首をかしげたが、まあ、好みは人それぞれである。

「そういやアイルランドの国旗、まん中の白は調和を表しているとか。長い戦いの歴史の中で持ち得た素晴しい価値観。問題は全解決にはなってないようですが」
 少佐たちと酒を交わしていた源次が、ふとこの国の国旗を持ち出す。
 まあな、と少佐はこの国の歴史を思い出したのか苦い顔をした。
「人間はともかく‥‥あの異星人共に調和なんて意味が理解できるんでしょうかね、少佐?」
 まぁ自分は余り期待しとりませんが、と結んだ源次へ、俺も期待してねぇよ、と低く呟いた。
「さっきの誰かじゃねえが、俺たち軍人の仕事は『敵』を潰すことだけだ。ある意味人間だろうが異星人野郎だろうが敵であれば同じさ」
 敵は全て排除。それは国旗の意味すら、成さない。
 早く俺らの要らない時代ってのが来たらいいな、と少佐は煙草に火をつけた。