タイトル:Feel Emotionマスター:藤城 とーま

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 12 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/03/30 06:01

●オープニング本文


●欧州某所

 この時期は空気も気温も当然のように冷たい。
 強化人間であるルエラも、やはりこの寒さは少々応える。
 吐く息も、すぐに凍って白く見えた。
 強化されているとはいえ暑さ寒さを感じないわけではない。
(まったく、シルヴァリオ様はどこに行ってしまわれたのか‥‥)
 ルエラの鼻も少し赤く、時折鼻をすすってはあたりを見回してとある男の姿を探す。
 白いコートを着ている、自身の主であるシルヴァリオ。
 シルヴァリオ様、と大きな声を出すと――HWの裏手より『ここにいる』と声が聞こえた。
 こんなところで私(ルエラ)を待っているわけでもないでしょう。一体何をしていたのですか、と尋ねれば。
「ちょっと空を見ていただけだ」
 と簡素な答えが帰ってきた。
「いつもHWで見ているではないですか」
「‥‥まぁな」
 何となくだが、彼らしくないような返事だ。怪訝そうなルエラの様子を見て、シルヴァリオは空を指す。
「なあ。人間は死んだら死後の世界とかまた面倒なところに行くんだろう?」
「‥‥見たわけではありませんけれど、一般的にはそういう説もあります‥‥」
 それがなにか、と幾度目かの質問をする。そろそろあちらのほうへ出発しなければという時に、なんとも間が抜けた会話だ。

「シルヴァリオ様。そろそろ準備をいたしませんと‥‥」
「――‥‥グリーンランドってのは、もうちょっと寒いが。天国ってのはどうなんだろうな」
 うちのリーダーや仲間はそっちに居ないんだろうけどな。と、目を細めて空を見つめるシルヴァリオ。
 いつもは何がどうなろうと、あまりどうということはなさそうな男だったのだが――今日の彼は妙に繊細にも見えた。
「‥‥シルヴァリオ様。何故、そのような事を思うのです?」
「何故って、そんな事オレ自身が聞きたいぜ」
 ヨリシロの記憶に触れて、こういう時にはどうだったのかという『何か』を感じたのだろうか。それとも、感じているフリなのだろうか。
 だが、記憶や行動の記録を『観た』事で彼が『こうしている事』の理由にはならない。

 デヴィル、キュアノエイデス、詩虎。そして――リノ。

 同胞たちが散っていった。そればかりではなく、名も知らぬバグア達も多かろう。
 個の力だけで構成されているに等しい自分たちだから、指揮官はいるにしろ誰かと特別仲が良いというわけでもない。

 が――傭兵と関わってきたことが原因なのか、ヨリシロが人間だったからなのか。
 シルヴァリオには、言いようのない何かが芽生えつつある気がするのだ。
 それはルエラだけではなく、シルヴァリオ自身も感じていることだ。

「ルエラ。仲間がいると、人間はなぜ強くなる。個人では力を出し切れないのか?」
 嫌な事を思い出したのか、問われたルエラの表情は歪んだ。
 人間。感情。


『ルエラ、冗談だろ‥‥?』
 かつての仲間の声がルエラの記憶にこびりついている。顔は塗りつぶされて思い出せない。
『俺達は仲間じゃないか――!!』
――ナカマ?

 違う。

 違う、チガウ。

 あんたたちなんて、違う!!


 忌まわしい記憶を振り払うように頭を振ったルエラ。
「私は人間であることを捨てました‥‥仲間もいませんし、当時のことは思い出したく、ありません」
 そう答えたルエラは知らずのうちに顔を覆っていた。
 シルヴァリオは質問に答えないことに腹を立てるでもなく、ルエラは辛いらしい、という事だけを汲みとる。
 すこし気分を落ち着かせてきます、と足早に基地に入っていくルエラ。
「1時間程度休んどけ。少し、散歩してくる」
 散歩? と聞き返した彼女に、シルヴァリオは少し嬉しそうな顔をして剣で東の方向を示した。
「このへんは競合地域だろ? ちょっとフラついて地球人と遊んでくるんだよ」
 冗談ではない。勝手に出かけて帰って来なかったら、或いは深手でも負ったら困るではないか。
(要するに出発まで時間が空いていてつまらないから、傭兵たちにちょっかいを出しに行くつもりですね‥‥)
 気分が悪いとか言っている場合でもないなと思ったルエラは、慌てて武器を掴むとシルヴァリオの後を追う。

●感情と理性

 競合地域内。人類側――境界に位置する軍の駐屯地や街にとっては大変なことになっていた。
「シルヴァリオの姿が確認されただと!?」
 偵察機より送られてくる画像がモニタに映しだされる。その姿は間違い無くシルヴァリオのモノに相違なかった。
「何しに来ているんだ、一体‥‥!!」
 まさか暇つぶし、などとは誰も考えつかないだろう。常識的に一番導きやすいのはバグア側からの前線の押し上げである。
「仲間もほとんど連れていないというのに‥‥我々も馬鹿にされたものだな!!」
 悔しそうに歯噛みしたUPCの将校たちだが、ここはいいように捉えてもらおう。
「街には近づけさせない! 隊と傭兵を此方に至急回せ!」
 慌ただしく動く人間たち。警報が鳴り、一般人には避難勧告まで出されている。

「じゃ、このへんで待ってりゃ――いいか」
 面倒なのも駆り出されてきたが――と、どこからともなく戦車やバズーカを抱えた兵士たちが此方に来るのが見えた。
「大して効かないモンを持ち出して‥‥そんなに早く天国にでも行きたいのかね、奴らは」
 面倒くさそうな様子のシルヴァリオに、ルエラは『私が片付けてきます』と答えた。
 確かにそれはそれでシルヴァリオが一般兵士たちを相手にせずとも済むのだが、ルエラが向かえば軒並み殺して回るだろう。
 それを思ったシルヴァリオだったが、意地悪くルエラに問うた。

「やっぱり嫌いか、お前の元々の棲家は」
「――‥‥」
 何故言うのかと不服そうな顔でルエラはシルヴァリオを見つめたが、

「大嫌いです」
 と応じて側を離れていった。
 その背中を見送りながら、シルヴァリオは腰の剣を引き抜いて呟く。

「‥‥フ。まぁ、いい。早く来いよ、地球人の傭兵ども。そうしないと――」


 オレも飽きるし、アイツが罪もない兵士をあらかた殺しちまうぜ。

●参加者一覧

煉条トヲイ(ga0236
21歳・♂・AA
ケイ・リヒャルト(ga0598
20歳・♀・JG
藤村 瑠亥(ga3862
22歳・♂・PN
鐘依 透(ga6282
22歳・♂・PN
神撫(gb0167
27歳・♂・AA
鳳覚羅(gb3095
20歳・♂・AA
杠葉 凛生(gb6638
50歳・♂・JG
ムーグ・リード(gc0402
21歳・♂・AA
サキエル・ヴァンハイム(gc1082
18歳・♀・HG
鈴木悠司(gc1251
20歳・♂・BM
結城 桜乃(gc4675
15歳・♂・JG
追儺(gc5241
24歳・♂・PN

●リプレイ本文



 土煙をもうもうとあげながら、借りた軍用車を運転して現地へと急ぐサキエル・ヴァンハイム(gc1082)。
 もう一台の車両は杠葉 凛生(gb6638)がハンドルを握り、後ろについている。
 凛生も伝えられる現場の状況などを把握し、無線で救護ヘリを手配した。

(シルヴァリオ――‥‥随分久しぶりな気がすらァ) 
 一体何の用があってこんな所に居るのだろうと思いつつ、神出鬼没なシルヴァリオの事を思うサキエル。
 あの男の思惑はどうであれ、多大な被害が及ぶ前に強行は止めなくてはならない。
「お‥‥見えてきたな。近くに止めるぜェ!」



 遠方より聞こえてきた音に ぴくり、とシルヴァリオは反応してそちらの方へ顔ごと視線を向ける。
 それを隙と見て、数人がシルヴァリオへと集中的に砲火を加えようとしたのだが、そのバグアは瞬時に懐から銃を取り出すと自身に攻撃を加えようとしていた兵士の肩を撃ちぬく。
 思わず銃を取り落とした兵士に『お大事にな』と声をかけながら基地前に止まった車にもう一度目をやった。
「やっと来たか。ま、これでも早いほうだった――とは思うぜ? ご苦労さん」
 それでも大分やっちまったが。と呟いたが、果たしてそれは傭兵らの耳に届いたであろうか。
 しかし、その現場――ルエラによる攻撃の痕はひどいものであった。
「‥‥惨い事を。これもいつもの気紛れか‥‥? シルヴァリオ」
 煉条トヲイ(ga0236)の声は落ち着いたものであったが、瞳は静かな怒りと哀しみを映していた。
「惨い? 面白いことを言う‥‥。お前らはオレ達の事も、キメラも容赦なく殺すのだろう? 憐れむようにそんな事を言えるクチかよ」
 その視線を受け止めながら、シルヴァリオは挑発するかのように語る。
「だとしても。力無きものや、共に戦う仲間が傷つく姿は見たくありません」
 車から降りた結城 桜乃(gc4675)がそう答えて、戦闘態勢に入る。
「サセ、マセン‥‥」
 まずはルエラの動きを封じるため、ムーグ・リード(gc0402)と藤村 瑠亥(ga3862)が動いた。
 装填済のペイント弾を、発射。シルヴァリオへと駆け寄ろうとする能力者へ剣を振るっている最中だったので、完全な命中ではなかったにせよ、剣の形が一箇所でも見えるのならば想像はし易い。
 ムーグはまだ撃ち続ける。剣の形が顕になっていくにつれ、ルエラは苛立たしげに柳眉を吊り上げた。
「能力者め‥‥!」
 余程忌々しかったのだろう。能力者らを睨みつけ、斬り倒さんとうまくムーグらへと駆けてきて武器を振るう。
「お前の相手は‥‥俺だ!」
 力の差はあれど、全力を以て挑む気概の追儺(gc5241)がムーグの後ろから瞬天速で距離を詰め、ルエラに立ちはだかった。
 剣の形を把握した後に、なるべく死角へと回り込みながら足元への攻撃を狙う。それを読んで正面に回った彼女をめがけ、土砂を足で蹴って巻き上げた。
 後ろにステップを踏んで躱したルエラに、桜乃はいいタイミングで攻撃を仕掛けた。
「何を憎んでるんです‥‥?」
 同じく割り込んできた鐘依 透(ga6282)が攻撃を刃で受けさせ、静かに訊いた。
 人を憎むにはそれなりの理由があるのだろう――が、ルエラは語らずに剣を振るう。ペイント弾を外し、素早く実弾を装填しながら凛生は呟く。
「人間なんてもんは所詮、醜い生き物‥‥お前らを狩るのが俺らの仕事だ、女だろうが容赦しない」
 バグアに加担した人間である彼女の事情などどうでもいいことだ。そんな凛生の言葉は、ムーグの心に悲しさを与える。
「そういう俺も薄汚い人間さ、憎むがいい」
 告げながらシルヴァリオに近い方向と逆側‥‥引き離すために銃で狙撃。射線に入らぬようにしつつ、透が再びルエラと対峙した。
「‥‥どんな理由でも、これ以上殺させません」
「ムリね、沢山死ぬわよ‥‥戦争なんだから」
 もう誰も殺させない。それは透の本心から出た言葉だが、ルエラはそれを鼻で笑って剣を打合わせた。



 シルヴァリオの方はといえば、やはり同じく狙撃担当が合流しないよう分断させたお陰で前衛の猛攻に包囲されていた。
 しかし、こんな状況でも彼の表情は崩れない。むしろ楽しそうである。
「北京でこてんぱんにやられたんだけども、どーせ覚えてないよねー? ‥‥俺は確りバッチリ覚えてるけどもっ!!」
 鈴木悠司(gc1251)がそう言いながら銃を構えるが、やはり彼が言ったとおり、シルヴァリオには記憶がないらしい。
「良くも悪くも印象が強く残らねぇと、顔はみんな同じに視えるんだよ」
 今後宜しくの挨拶がてらにバグアの男へと撃ちこんだが、紙一重で避けられた。
「なあ‥‥今更ながら聞いておくがお前の望みはなんだ? 何のために地球に来た?」
 神撫(gb0167)の問いに『爺さんのためさ』と軽く答えてインフェルノを正面から片剣で受け止めた。
「それ以外は‥‥そうだな。闘い、奪って糧にするため。‥‥ああ。剣は鍛えてある。いくらでも打って来いよ!」
 もう片方を滑らせるようにして側面から来たトヲイの一撃を受け止め、力を受け流すように素早くその場を退いて剣を自由にさせる。
 お言葉に甘えて、と呟いた神撫。再びシルヴァリオへと重い攻撃を繰り出すために走る。
「おっと、ここから先は通行止めだよ」
 鳳覚羅(gb3095)がシルヴァリオと同じく二刀流で着地した付近に待ち構えていた。振り向きざまに覚羅の一撃を受け止め、半歩踏み込み逆手に持った剣で覚羅の喉を狙うが、覚羅も空いている剣で弾く。
「Hi、シルヴァリオ? あたしをお忘れでなくて?!」
「!」
 甲高い金属音の後、一瞬の殺気を感じ取ったシルヴァリオ。瞬時に頭上を仰ぎ見る。
 ケイ・リヒャルト(ga0598)から放たれた4つの矢が迫っているではないか! そして彼へと一斉に切りかかってくる神撫やトヲイらの姿もある。
「ったく。折角遊びに来てやったのに、加減ってのを知らないのかよ」
 手を抜かれちゃつまらないが、とも言いながら、諦めたような口調でシルヴァリオはわざと地を蹴るとケイの矢へと当たりに行く。攻撃の軌道をそらす技を使用するかと思われたが、それはしなかったようだ。矢に腕や肩を貫かれつつも、身をひねって空中で体勢を整えるシルヴァリオ。
「こいつは驚いた‥‥とでも言うと思ったかい? 何をするか解らないという点では織り込み済みだよ」
 追いすがる覚羅を素早く斬りつけ、銃に持ち替えたケイへと向かってくる。
「‥‥顔は覚えてる。なかなか鋭い事を狙う奴だな」
「光栄、ねっ!!」
 シルヴァリオが懐に手を入れるのを見たケイ。
「撃たせるかよッ!」
 サキエルも彼が出す瞬間に合わせて狙撃。それに続き、ケイが銃のトリガーを引きまくる。
 どちらのとも誰ともつかぬ血液がぱっと宙に舞う。苦痛に耐えるように顔を歪めたサキエルとケイだが、その視界にはシルヴァリオを抑えるべく仲間たちが迫っていた。


 そんなシルヴァリオの様子が気になったらしいルエラは、視線を能力者たちから僅かに外していた。
「あっちを見ている場合じゃないだろう?」
 瑠亥が即座に踏み込み、鋭く突き込む。それを咄嗟に受け流した彼女が反撃するが、残像斬でそれがカウンターとして返される。
「わかってしまえば、ただの曲芸だな‥‥」
「能力者もそう変わらないでしょうに」
 瑠亥の言葉に反応した彼女だったが、先程よりはある程度冷静である。
「減らず口を叩ける余裕はあるようだが‥‥」
 当たらなければ・当てなければ問題ないと踏んだらしい彼女は巧みに避けるが――気配を消していた凛生が彼女の太腿を撃ち抜く。
 怯んだ彼女の隙を見逃さず、桜乃は胴体を狙って射撃。続けて透がエアスマッシュで射程を補いつつも攻撃を加え、
「逃がさん――ここで死んでいけ!!」
 瑠亥が真燕貫突を突き入れたところでムーグが瞬天速で急接近した。
 そこで桜乃は咄嗟にシルヴァリオのほうを見る。介入してくるかと思いきや、彼は今回ルエラのことなど気にしていないようだった。
 悠司がシルヴァリオの射程外から撃っているのだが、相手の勘がいいのか深手になりそうな傷ではない。
 お返しにと銃を取り出そうとすれば、サキエルやケイが手首を狙って撃ちこんでくる。
 交互にやってくる爪や剣、斧の射程感覚を掴めたところで‥‥トヲイが動いた。
「――フェイントはお前だけの芸当では無い‥‥!」
 ソニックブームと猛撃を同時発動し、間髪入れずに神撫がスキルを多重使用してシルヴァリオを打ち砕かんと斧を振るう。
 二人の攻撃を受け止めた後、斬り払ったシルヴァリオの双剣を封じるため覚羅が対峙する。
 内心驚きつつ、シルヴァリオも能力者たちと打ち合う。何度切ろうが突こうが払おうが、彼らは何か‥‥執念のようで、それとは違うものを持って立ち向かってくる。
「シルヴァリオ‥‥貴方には分からないでしょうね‥‥」
 前衛によって剣を封じられたシルヴァリオに今まで後衛に居たケイと強弾撃を撃っていたサキエルもやや遅れて続き、突如走って再びシルヴァリオとの距離を――無くすほどに、詰めた。
――無謀と云われようが、仲間を信じているからここまで出来るという事なのを――!!
 零距離からの銃撃を二人から叩き込まれているシルヴァリオを狙い、悠司も肩口に斬りかかった。
「調子に乗るな‥‥!」
 斬りつけたと同時にシルヴァリオの蹴りが悠司の腹部にめり込んで、後ろに吹き飛ばされる。



「‥‥別れ、ト、‥‥祈リ、ハ、スミマシタ、カ?」
 それと同じく、ルエラもムーグの天地撃から武器を持ち替え、肩と腰を射撃。続けて凛生の銃撃が空中にいる彼女の身体を穿つ。
 多重攻撃を受けて、ルエラは血を吐きながら着地したが、上手く立ち上がれず片膝を地に付けたまま能力者を睨む。
 シルヴァリオも覚羅の猛攻を受け続け、漸く数撃を回避したところで立ち上がらないルエラの様子に気づいた。
 無論、合流させることを望まぬ彼ら能力者によって包囲されており、どちらの側からも網を抜けることは容易ではないようだ。
 自分を倒さんと攻撃を仕掛けてくる能力者。それは敵として当然のことなのだから、疑問に感じる事はない。
 だが。

――何が。

 ルエラは色が変わるほど下唇を強く噛む。怖かったとか、悔しいとか、痛かったということでそうしたのではない。

――何が、仲間だ。

 仲間が自分を強くする? だから能力者たちは強いとでも?

 そんな事があるのなら。

「――どうして、『仲間』は私を裏切って、裏切られた私は『仲間』を殺さなければならなかったというの!?」

 そう叫んだルエラの身体が一瞬光った。だが、そんな事に臆さず畳み掛けようとする能力者の前から――瞬時にルエラの姿は消えていた。
 残っていたのは血の跡。追儺が後ろを取られたものかと振り返るが、そこにもルエラの姿はない。
 そして、肝心なルエラの姿はシルヴァリオの近く――神撫の隣に立って剣を振り上げていた。
 咄嗟に透が銃を構え、それを見た追儺が追うのを止める。
 幸い神撫が気づくと同時にその場を飛び退いたためルエラに傷つけられることはなかったのだが、彼女にも瞬天速のような特技があったらしい。
「シル、ヴァリオ、様」
 言葉を続けようとしたルエラは、それが出来ずに咳き込みながら血を吐く。どうやら、特技を行うとかなり負担があるようだ。
 その様子に片眉を上げただけで、労う様子のないシルヴァリオ。
「ヨリシロに引き摺られたとしても、結局それは偽物の感情だ‥‥バグアなどに痛みが分かる筈も無い」
 その証拠に、お前の事なんか気にも掛けない、と凛生が吐き捨てるように言う。
「もう遊びの時間は終わり、‥‥帰るとするか。お前が此処で死ねば標本にされちまうだろうしな」
 そんな事にはならないだろうが、シルヴァリオはルエラの腕を掴むと上空を仰ぎ見る。そこには数機のHWが近づいてきていた。
「はいそうですか――と、逃してやるなどと思っているのか!?」
 無論この状況下でむざむざ逃がすわけがない。総攻撃に等しく、能力者たちが一斉に攻撃を加えようと動く。
「また会えるだろうからそうガッつくなよ。悪いが――道は、開けてもらうぜ」
 そう言い終わるが早いかシルヴァリオの近くにはHWからの支援射撃が降り注ぎ、能力者たちを寄せ付けない。
 歯噛みする彼らに、バグアの男は『またな』と軽く手を振る。
「シルヴァリオ!! ‥‥俺の目が届かない所で死ぬ事は許さない!」
――約束、違えるなよ。
 トヲイがそう呟くと、シルヴァリオはニヤリと不敵に笑う。
「心配なら追いかけてくるか? ま、のんびり構えて待ってな」
 軽口を叩き、彼の姿はHWに吸い込まれて行った。

「ジハイドって今までのバグアと少し違うんだよな‥‥人間味があるというか」
 調子でも狂わされたのだろう。神撫が眉を顰めて斧を肩に担ぎ、ゆっくり息を吐く。
 また、再び奴と出会うのだろう。それはここに居る誰もがそんな予感を残しながら――彼らは去っていくHWを見つめていた。