●リプレイ本文
●da capo 〜曲頭に戻る〜
戦いの終わりは、次の戦いの始まり。繰り返す、命の旋律。
高速艇の中、依頼内容の再確認を終えたサーシャ・クライン(
gc6636)が軽く伸びをする。
「さて、と。初依頼だし無理はしないようにだけど、しっかりやらないとね。ジル、同じハーモナー同士、仲良くしようね♪」
同じハーモナーのジルへと笑いかけると、人懐っこい笑みがサーシャにかえってきた。
「もちろん。仲良くしてね、サーシャ!」
二人の周りにも、今回同行する傭兵達が揃っている。
「にゃーん! 今回はよろしくね〜♪」
過月 夕菜(
gc1671)が、猫の手帳をぱたりと閉じると可愛らしい声で改めて挨拶を交す。
だが、夕菜は作戦会議から引っかかりを覚える所があった。
「そういえば妙に人数が少ない気がするんだけど‥‥気のせい?」
前回敗退してきた傭兵達の話を聞くところによれば、相手は少々面倒な能力を持っている。
可能であればもっと多い人数で当たるべき依頼なのではないかと考えていたのだ。
「ふむ‥‥確かに、人数的に少々厳しいな」
夕菜の指摘を受け、柳凪 蓮夢(
gb8883)が小さく溜息を零す。
蓮夢自身もその点を気にかけていたが、だからと言って目的地まで後わずかだ。
「生き残る為にはチームプレイが重要だ。各々の役割分担を実行すれば、強敵だろうが倒せるだろう」
ベールクト(
ga0040)が、改めて今回の作戦について触れる。
一番大切なのは、同行者全員が生きて、そして作戦を遂行して帰還する事。
「だが、スタンドプレイは連携を崩壊させ自分のみ為らず、パーティをも全滅させる事もある。それだけは覚えておいてくれ」
気にしていたのは特定の人物だが、あくまで全員に言い聞かせるように。
ベールクトの言葉に、その場の傭兵皆が静かに頷き合う。が、頷いたままジルは視線を床に落として顔を上げる気配がない。
「これだと演奏から攻撃の切り替えに持ち替えなくてすむのですよ」
そんな彼女の様子を見かねたヨダカ(
gc2990)は、あるものをジルに手渡そうとする。
「信じて、支えて欲しいのです。前衛の皆を」
ジルよりもずっと小さいヨダカの手が、きゅっと握りしめた超機械を差し出す。
「‥‥信じる。ありがとう。でも‥‥」
ジルは、ヨダカの手をそっと上から包み込む。
「あたしのも、超機械だから大丈夫。ちょっと、特注品だけどね」
ヨダカの気遣いを嬉しそうに笑いながら、超機械をそっと返した。
「これが噂の特攻娘か‥‥」
一連のやり取りを黙って見ていたイレイズ・バークライド(
gc4038)は、しばしジルを『観察』した後に思い立ったようにポケットに手を突っ込んだ。
「噂通りなら餌付けも出来る筈だが‥‥」
ぴくりと、少女の耳が動いたように見えた。ジルはイレイズの顔をじーっと見つめている。無言の(期待の)眼差し。
「チョコいるか?」
「ほしい!」
ジルは嬉しそうに両手を差し出した。
「ありがとう、イレイズ! 1枚は終わった後のお楽しみにとっとくね」
そういって、早速1枚の板チョコの銀紙をはがすと、女性陣に割り砕いて渡す。
「‥‥2枚じゃ、足りなかったようだな」
困った様に笑うイレイズは、ジルの腰元に下げられた剣を複雑な表情で見ていた。
(剣を取り上げておく、というのも手だが‥‥)
しばし考えた後、イレイズは静かに首を振る。ジルを信じる、という意味も含め剣はそのままにしておくことにした。
●alzando 〜奮い立たせて〜
そこに立つ者は皆、等しく。時に互いを信じ、諌め、奮い立つ。
「‥‥見つけたよ。数はそこそこいるようだけど、大丈夫だよね」
神殿入口に居たサーシャの瞳が、緑色に輝き、両手甲に翼の紋様が浮かぶ。
最初にバイブレーションセンサーにかかったのは、自分達以外の3つの生体反応。
得た情報を伝えると、蓮夢はサーシャに穏やかに微笑む。
「ありがとう。皆、狙うべき者の優先順位と、其々の役目はわかっているね」
まるで、念を押すように、けれど、決して咎める様でない柔らかな声音。
周囲の探索をしてきたイレイズも、首肯して呟く。
「神殿の外周は、何もいなさそうだ。お前は、何かみつけたか?」
イレイズに問われたジルは、ヨダカに頼まれてサーシャから離れた位置でスキルを発動してきた所だった。
「ん、あたしもサーシャと同じ。ただ‥‥空を飛んでるものや、動いてないものの数はこれに含まない、から」
ジルは皆に警戒を促すも、ベールクトは至って冷静だ。
「少なくとも3体以上はいる、ということだ。大きさと事前情報から、どこに何がいるのかは予測が付いた」
その時、巨大な3つ首の犬が神殿の入口へと歩いてくる姿が確認出来た。
周囲を警戒するように3つ首がそれぞれの方角を確認している。まさに、番犬といった風情。
目標を捕捉。
「いくぞ」
ベールクトの言葉を合図に作戦は開始された。
極力遮蔽物を利用し、気配を悟られないよう接近した一同だったが、番犬の鼻に人間の臭いを察知されたらしい。
傭兵達に気付き、3つの首が同時に鳴き声を上げる。
「‥‥今ので、奥から番犬がもう1匹来たね」
1人隠密潜行で接近していた蓮夢だったが、他の傭兵達が気取られた事に気付く。
しかし、まだ奇襲のチャンスはある。蓮夢は柱の影から気配を断ったまま移動を再開する。
「さぁ来い、三つ首の駄犬。貴様の相手は俺だ」
前衛を務めるベールクトが番犬を真正面に捉えて挑発すると、番犬は迷いなくベールクトへと牙を向いた。
「可能な限りどんどん落としていくよ!」
濡羽色の美しい弓身がしなり、夕菜から放たれる真っ直ぐな矢が風を裂き、番犬の中央首の眉間へと突き刺さる。
ダメージに強烈な悲鳴を上げながらも、残り2つの頭が走る4つの足を止めさせない。
更に奥からはもう1匹の番犬の姿が見える。
「奥のは俺が注意を引いておく。こっちは任せるぞ」
イレイズはそう言い残すと、石柱の影から影へと時間を稼ぐようにジグザグに走り、射撃武器を持つ者の一方的な的にならないよう距離を詰めていく。
自らの方へ来た番犬の姿を確認すると、ベールクトは一時柱の影へと避難し、持って来た道具を握りしめた。
「投げるぞ!」
放たれた閃光手榴弾。この瞬間に発動していたら敵は閃光に目を焼かれていただろう。しかし。
閃光手榴弾は発動までに僅かな時間を要する。
番犬の全力疾走は、その発動を待たずにベールクトへと襲いかかり、夥しい数の牙が腹へと食い込み、鮮血が舞い散る。
「ベールクト!」
それを見たジルは思わず叫んだ。
「大丈夫です。ヨダカが治療にいきます!」
ヨダカも治療に向かうべく駆けだす、その一瞬の出来事。
「‥‥それ以上は、させないよ」
隠密潜行で気配を消しながら接近していた蓮夢が飛びこんできたのだ。
美しい飾り布を持つ天槍が、驚異的な速度で番犬の胴部を穿つ。
繰り出された強烈な突きはそのまま胴部から引き抜かれると、続くもう一突きが番犬の頭頂から顎へと貫通した。
「俺に牙を剥いた事、後悔させてやる」
炎を纏う様な刀身を引き抜き、ベールクトはゼフォンで残る最後の頭へと渾身の一撃を叩き込む。
振るわれた剣の軌跡を辿る様に熱気が犬の首ごと大地におち、そして番犬は足元から崩れ落ちた。
「今治療するですよ」
傷口は見る間にヨダカの練成治療が塞いだものの、ベールクトの腹には紫色の斑点が浮かんでいる。
「‥‥傷は塞がったようだね。でも、これは」
蓮夢はベールクトの無事を確認した後、前線へ戻ろうとしていたが‥‥その際、気になるものが見えた。
「ちっ‥‥毒だな」
忌々しげに吐き捨てながらも、ベールクトは立ち上がる。
「待って下さい、それなら‥‥ジル、さん?」
ヨダカが振り返った時。覚醒しても変化の無かったジルの瞳が、赤く輝いている。
そして、彼女の手に剣が握りしめられているのが見えた。
イレイズは犬の噛みつきを盾で受けると、そのまま渾身の力で弾き飛ばし、体勢を崩した番犬へと稲妻型の穂先を叩き込む。
起き上がり、牙を向く番犬に対し、サーシャの利発そうな瞳が、一際強く輝く。そのすぐ後、凛とした強さを纏う歌声が奏でられた。
「呪いを纏いし亡者の歌よ、黒き風に乗って彼の者を縛れ‥‥!」
サーシャの放つ呪歌が鼓膜を通して全身に伝う。そして番犬は、次の瞬間動きを止めた。
「これが‥‥ハーモナーの力、か」
イレイズは感心したように漏らすも、この隙を逃す事は無く。
紫電を纏った青い和槍が、一度大きく旋回する。その勢いのまま、急所突きで中央の頭を刺し砕き、更に連続して薙ぎ払うように胴部を斬り払い、そして最後の一撃にと全身のバネを使い、砕く勢いで足払いをかける。
2つの頭から、唸り声が聞こえる。もうじき麻痺の効果もきれるだろうが、そこへ飛んできたのは夕菜の声。
「番犬さん、このまま眠って〜!」
夕菜がダメ押しの1発を引き絞り、放つ。
弓の軌道は躊躇なく。まるで死の出迎えに来た天使の放つ矢のようでもあり、2頭目の番犬はそのまま2度と目覚める事は無かった。
「‥‥案外、上手く殺るもんだね」
2体目の番犬を屠った時。イレイズ達のすぐそばの石柱の影から少年の声がした。
「例の強化人間? そこにいるの〜?」
夕菜は声の方角を向くと、弓を構えた。同時にイレイズは夕菜とサーシャを背に庇うように盾と槍を構える。
刹那。
「待って! そこ、2人いる!」
数について、事前の情報では他にも人型が居た。
サーシャがそれを気にしてバイブレーションセンサーを発動した時。すぐ近くの柱の影、少年がいるであろう場所に2体の音源を確認したのだ。
「!?」
柱の左から飛び出した影は、無数の蛇を頭部に纏った、血の気の無い死人のような女だった。
右からは、1人の少年。
「強化人間が出たの〜! 皆、早く来て!」
夕菜の叫びが、神殿に響く。
一方。
「強化、人間‥‥」
赤い瞳をしたジルは、夕菜の声に反応し飛び出そうとした。けれど、瞬間その手を掴んだのは蓮夢だった。
振り向いたジルの目を覗き込んだ蓮夢は、小さく息を吐く。
頬を張る、乾いた音が響いた。
「‥‥あれは、私が追う。あまり、1人で無茶をするんじゃない」
ジルは、蓮夢に叩かれた頬に手をあてると、しばし呆然としたのち「ごめんなさい」と零した。
瞳が茶色に戻っているのを確認した蓮夢は静かに笑むと、迅雷ですぐさまその場を後にする。
「どうしても前に出たいと言うのなら、俺達フォワードが全滅した時にしろ」
ジルはその言葉に顔を上げる。ベールクトが無愛想にそう言うと、自らの毒をおして立ち上がった。
「ここで支えてるから皆が頑張れるのですよ」
ヨダカは、ジルの顔を見上げ、力強く微笑んだ。
「ジルさんにしか、出来ないことがあるです」
しばらく黙って聞いていたベールクトは、頬を1度掻くと、視線を外したまま告げる。
「前に出て剣で皆を守るのも、後から音色で皆を護るのも、同じ事だと思わないか?」
言い終わった途端、腹を抱えて蹲るベールクトを支えたのはジルの肩。
彼女はベールクトの腹部にそっと触れると、接触した部分から赤い輝きが放たれる。
「よかった‥‥斑点が、消えましたです」
ヨダカはそれを確認すると、また愛らしい笑顔で笑んだ。
「残ってる連中を、片付けるぞ」
「‥‥相当強力な石化能力みたいだな」
振りかざす杖の様なものから放たれる特殊な光。それが、イレイズと夕菜の身体に当ったのだ。
イレイズは何とか抵抗に成功したものの、夕菜の身体は石化している。
「夕菜!」
サーシャは急いで回復しようと夕菜に接近するが、笑い声と共に発せられる銃撃がサーシャを撃ち抜いた。
「邪魔しないで‥‥」
怒りの表情を浮かべるサーシャ。
しかし、気付けば蛇女も再び杖を構え直している。次に石化の抵抗に失敗すれば、数的に圧倒的不利になってしまう。
その時。放たれる強烈な火炎弾。
真紅の銃身から炎が射出され、それらは強化人間の手足を撃ち抜いてゆく。
「動けない相手を撃つしか能がないのか。銃が泣くよ」
蓮夢のカルブンクルスが、火を噴いた。
「うるさい」
少年はすっかり煽られたのか、動けない夕菜を無視して蓮夢へと標的を移した。
「僕だって、やれば出来るんだ!」
「じゃあ、やってごらん」
蓮夢は迅雷で少年を翻弄し、接近。その隙にイレイズは槍を振りかざし、蛇女へと駆ける。
「伝承とは少し違うようだが‥‥手加減はしない」
蛇女はイレイズの一撃を受けただけで大きくよろめく。
その間、瞬天速で駆け付けたベールクトが強化人間の対応に加わり、敵の注意が完全に逸れたタイミングでサーシャが夕菜に触れる。
「癒しの風よ、彼の者を縛る災いを吹きはらえ‥‥」
変色した夕菜の身体が、サーシャから放たれる赤い光を受けて徐々に本来の姿を取り戻してゆく。
「念のため、回復もしておくですよ」
ヨダカが夕菜をいたわる様に治療すれば、夕菜は深く息をつく。
「‥‥私にしか、出来ない事。私だから、出来る事」
6人の見事な連携の前に、ジルは1人胸に手をあてた。
突然、後方から響いて来る歌声。酷く透明で、真っ直ぐすぎるが故に不器用そうなソプラノ。
「な‥‥んで‥‥!?」
突如、引き金を引こうとした強化人間の指が止まり、その隙にベールクトが駆けよる。
「これで、終わりだ」
●coda 〜曲の終わり〜
1つの終局。終わらないのは、縁と鼓動。
帰還する高速艇の中。今回の依頼の一部始終を聞いた傭兵達に、ジルが頭を下げた。
「今は、理由は聞かない。話したくなった時に話してくれればいい」
静かな空気を破ったのは蓮夢。その奥には大きな思いやりを感じる。
「あの、さ。ただ前に出るだけが戦いじゃないよ」
ぽつりと、サーシャが漏らす。その目は、ジルから1ミリもぶれる事は無い。
「あたし達にはあたし達の、やるべき事があるんじゃないかな」
真っ直ぐな視線に、ジルはただ、頷く。
「それに、だ。今後も俺達みたいに気にかけてくれるのがいるとは限らない」
離れた所で腕を組んで聞いていたイレイズも、口を開く。「うん」と、重い返事でジルは神妙な面持ちをしていた。
が、続く言葉に目を見開いた。
「だが、俺達にはいくら迷惑を掛けても構わない」
「‥‥え?」
思わず、イレイズの顔を見上げる。
「だからと言ってはなんだが。代わりに必ず、歌う意味を見つけて欲しい‥‥」
それは、イレイズだけでなく、参加者全員の総意でもあっただろう。
皆の顔を見渡して、ジルは思わず言葉を詰まらせて俯いた。まるで、涙をこらえる様に。
「待つのも女の甲斐性だってお婆様も言ってたですよ」
ジルの手をきゅっと握って、ヨダカは笑う。
「じゃあ、今のソーヤは甲斐性がないってことだな」
ベールクトのさらっとした一言に、ジルが頬を膨らませたが、小さく小さく、ソプラノが響いた。
‥‥ありがとう。