●リプレイ本文
●赤き大地に人は立つ
傭兵が戦う理由は、其々。ここに立つ理由も、想いも、願いも其々にある。
アフリカの大地を踏みしめる。
乾いた風が全身を撫でる。
人々の悲鳴が心を貫く。
そこに見えるのは、人々の死への途方もない恐怖心。ただ、それと共に、皮肉にも生への執着というある種の強さを滲ませていた。
「‥‥コレハ、狩り、デス」
ムーグ・リード(
gc0402)の故郷であるアフリカは、今、歪な嗜好の捌け口にされている。
そう強く感じると共に、隣にある大切な友を、瞼の裏に思い描いてムーグは静かに瞳を閉じた。
「そう、むくれるな。怪我は単に俺がしくじっただけだ」
乾いた土を踏む音が、酷く重厚に感じる。
杠葉 凛生(
gb6638)は、咥えたままの煙草を一度口から離すと、吐きだす煙と共にムーグにそう告げた。
先日も多数の傭兵達が派遣されたアルジェのアニヒレーター破壊依頼において、凛生は重体にまで追い込まれていた。
今でこそ、その傷も癒えたとはいえ、簡単に「過去の事」に出来る問題では無かった。少なくとも、ムーグの中では。
凛生は町から聞こえる叫喚を受け止める様に呼吸をする。まるで、生きている事を確かめるかのように。
「それに、まだ‥‥俺は死なんよ」
それだけ言うと、会話は終いだと言わんばかりに、また煙草を口へ戻した。
「‥‥アリガトウ、ゴザイマシタ‥‥」
ムーグは拙い言葉に、全ての想いを籠める。
友が生きてここに立っていることに感謝を。
そして、故郷を踏みにじるバグアの存在と、どこか渦巻く自分への怒りで胸中を満たしながら。
「ヨリシロ、ヨロシロ、またヨロシロか。毎度毎度‥‥」
大地に、また一つの赤が降り立った。
面倒そうに息を吐くサヴィーネ=シュルツ(
ga7445)の赤髪を、乾いた風が撫でる。
隣には、サヴィーネを見守る淡銀の月。
「相手も、少数精鋭‥‥気は、抜け、ません、ね‥‥」
ルノア・アラバスター(
gb5133)がぽつりと呟く。町の様子に、小さく心を痛めながら少女はきゅっと拳を握りしめる。
そんなルノアの髪を撫でると、サヴィーネはふっと大人びた笑みを零す。
彼女の手から、ぬくもりや気遣いが伝わってくるのをルノアは感じ、少しのくすぐったさと、沢山の安堵感の中でこくりと一度頷いた。
「過保護ならそうと笑ってくれればいいさ。ただ、心配でね」
そんな二人の遣り取りを気遣いながら、周防 誠(
ga7131)は口を開く。
「大丈夫。ルノアさんは自分がちゃんと支援しますから」
ね? と笑いかける誠に、ルノアも思わず笑みを浮かべた。
信頼を寄せる先輩、大切な人。二人の間で、自らの心が強くなるのを感じる。
「それじゃ‥‥いきましょう、か」
3人は到着後すぐに避難誘導のため、誠の車両に同乗して町の中へと消えて行った。
「あの時の敵が来るのでしょうか‥‥」
御鑑 藍(
gc1485)は、思わず視線を大地に落とした。
アルジェ、南部。藍が共に戦った傭兵がたった一人のバグアに一瞬のうちに重体に追い込まれた依頼。
何人もの心に影を落としてしまった、出来事。
藍の呟きに秦本 新(
gc3832)は、こみ上げる怒りを抑える様にして「そうかも、しれません」と自分に言い聞かせるように呟く。
先の依頼で姿を現した、正体不明の人型バグア。
顔を必死に隠していたが、その布で覆われきれなかった瞳と、そこに俄にかかる前髪の色だけが、そのバグアへ繋がる道に残された唯一の手掛かり。
藍はジョエル・S・ハーゲンを見つけるとそっと声をかけた。
「今回は隊長さんだけ‥‥なのですね」
藍は、いつもの賑やかな隊員達が居ない事に、どこか辛そうな表情で笑んだ。
ジョエルは新と藍の姿を確認すると、ここまで来てくれた彼らに心からの感謝を伝える。
「恐らく、今回の敵の中には‥‥」
ジョエルがそこまで口を開くと、新はそっと首を横に振る。
「上手く言えませんが‥‥とにかく、気負い過ぎないように」
新がそれ以上を口にしなかったのは、彼なりの配慮。
隊長であるジョエルの心情を考えると、何を言えるわけでもないと、そう考えた故の結果だった。
その時、新の後背からイレイズ・バークライド(
gc4038)が現れる。
しばしの沈黙の後、イレイズはジョエルの顔を真正面に捉えた。
「お前がひとりで背負い込む必要はない。‥‥たまには誰かを頼るくらいしろ」
あの時も共に戦い、そして今もこの同じ大地の上に居る。同じ目的を抱え、そして同じ方角を向いて。
イレイズは、ジョエルに必要以上に責任を感じてほしくは無かったのだ。
「そうですよ。隊員と言う仲間が居るのですし、抱え込みすぎない様に‥‥ね?」
藍はそういって、ジョエルの腕に励ますように触れる。
言葉を選ぶような間が訪れた後、ジョエルは精一杯の誠意で応えた。
「‥‥大丈夫だ。俺にはお前達もいるしな。それに、無事に戻らねばならない理由が、ある」
そう言って、ジョエルは静かに胸元に手をあてた。
そこには、ジョエルが出発前にもらった大切な手紙が収まっている。それは誰に言うでもないが、ただ、ジョエルは遠き空に誓いを立てる。
「それなら、いい。もしここに来るのがアルジェにいた奴だとしたら‥‥」
無意識のうちに険しい表情になっていたイレイズが最後まで言葉を紡ぐ前に、その肩を白く華奢な手が叩く。
「無茶、しないようにと思って‥‥」
ティナ・アブソリュート(
gc4189)は少し言葉を濁す様に「釘をさしておきます」と笑うと、イレイズは小さく頷き、周辺調査にとその場を後にした。
その背を見送るティナは小さく溜息を零す。
「たまには自分が心配されてる事も考えて欲しいですよ‥‥」
その声が、イレイズに届いたかは分からない。けれど、気持ちは共にある。
あの人は大丈夫。だからこそ、今考えるべき事、やる事は一つ。
「基地の人達を守れなかった分、この街を守りきってみせます!」
「‥‥あの映像を見る限り、ただ者ではない印象です‥‥」
高速艇の中で見た映像を反芻し、宗太郎=シルエイト(
ga4261)は眉を寄せた。
それはただ戦闘能力というレベルの話では無い。宗太郎が気にしていたのは、映像が映し出した連中の「性質」である。
「ああいう手合は、本当の意味で厄介です」
隣に控える月森 花(
ga0053)も、宗太郎の言葉に首肯する。
「玄武には苦汁をなめさせられたけど‥‥っ!」
握りしめる拳。掌に指先が食い込み、白くなる掌。それは花が込める想い。
以前出くわしたプロトスクエアの一人を思い描き、今回は、と自分を奮い立たせるように気合いを入れる。
そんな花に、宗太郎は覚醒前に一度だけ柔らかく笑んだ。
何か言葉を交すでもなく、ただ、互いの無事を祈って。
その時、会話を終えたジョエルが花の元にやってきた。
「今日は一緒に行動してもらうよ」
花は持ち込んだSE−445Rを指しながら、こう続ける。
「ジョエルさんには後ろに乗ってもらおうかな」
「後ろ‥‥か?」
「ん、初めましてだけど、ボクそういうとこ気にしないし。それに‥‥」
ジョエルは少女の後ろに乗せてもらうという事について、一瞬考えを巡らせた。しかし先を読んだのか、花はさらっと先手をうつ。
「嫌だって言ったら轢くからね」
意味ありげににっこりと笑う少女から、有無を言わさないオーラを感じる。
「わかった、宜しく頼む」
‥‥存外、即答のジョエルだった。
到着した傭兵達は、各々別れて迎撃の準備を開始した。
地理の把握に努めるものや、バリケードを作るもの、早速住民たちの避難誘導にとりかかるものと各自のポジションを明確にしながら事を進める。
中でも住民避難に一役買ったのが王 珠姫(
gc6684)だった。
町にはまだ多くの住民が残っており、そちらの誘導に主な傭兵達が手をとられる中、彼女は地理の確認と地図の補完にと町を歩いていた。
幾つか、頑丈そうな建造物を発見した時、彼女は意識を集中し始める。
彼女の瞳が青にきらめいたかと思うと、淡い燐光が鳥を形作り、珠姫の傍らを寄り添うように舞い飛ぶ。
それは珠姫に力を与える様にして、彼女自身もそれを強く意識するとバイブレーションセンサーを発動する。
瞬間、珠姫の全ての感覚がまるで蜘蛛の糸のように町の地面や壁を伝い、引っかかる全ての振動を彼女に伝えてくる。
「ここと、あの建物の中‥‥まだ、人が残ってますね」
珠姫は幾つかの建物に目を止めると、無線を手にとった。
「避難誘導の方に、連絡があります」
彼女は幾つかの建物に残る住民、そしてその数を避難誘導班に伝え、そうしてまた地理の確認に戻る。
お蔭で建物を隅から隅まで確認する時間が省け、要救助者の数に対して避難誘導は思いの外スムーズに事が進んでいた。
「ここらの区画は避難は進んでるみたいだけど‥‥あと少しで敵が来る。時間はないぞ」
フォルテ・レーン(
gb7364)は自らのジーザリオで東側の区画から順を追って逃げ遅れた住民を探しつつ西側の避難地点へと向かっていく。
時折、怪我をしたらしくうずくまる住民を見つけては、手を差し伸べ車両に乗せる。フォルテは適宜無線で連絡を取りつつ、最適なルートを選ぶと避難誘導に徹した。
「さてさて、ちょっと今回はおふざけはナシですかね☆」
エクリプス・アルフ(
gc2636)が町の中央で人の流れを確認しながら言う。
「そうですね。これ以上の犠牲は、なんとしても防がなければ」
エクリプスの友人である立花 零次(
gc6227)もその言葉に静かに首肯し行動を開始した。
「俺、迎撃ポイントの打ち合わせを兼ねて、下見に行ってきます。気をつけて下さいね」
そう言って零次はエクリプスに挨拶をしてその場を去る。
「さあさあ、焦らず落ち着いて迅速に避難してくださいね〜☆」
皆、焦燥と混乱の中、我先にと町の西へ向かおうとしており、時折押しのけられる子供や老人たちの存在が目に着いた。
探査の目がその光景を見逃す事は無く、そう言った弱き存在についてエクリプスは手を引いて立たせ、背中を押す。
また、逆に押しのけている力の強い者たちについては嗜める様に言葉を飛ばした。
ふとよぎったのは、到着までに見たあの映像。
「‥‥なんとも、悪趣味とでもいいますか」
目の前のこの光景と重なって、混沌としたリアルが重くのしかかる。
依頼の内容が内容だけに、いつもはのんびりしているエクリプスも今回ばかりは真面目に作戦に向き合っているようだった。
●誘導〜遅滞戦術
「軍の基地を壊滅、か。手ごわそうな相手だな」
ユーリ・ヴェルトライゼン(
ga8751)が、敵が来るであろうルート、その方角を見て呟く。
「たった6人でも、まともにやり合って勝てる気がしないね」
ユーリの隣で、ソーニャ(
gb5824)も小さな溜息をもらす。けれど、強い覚悟の上で二人は各自の車両に乗った。
二人の目的は、斥候としてバグアの様子を確認しに行くこと。そして‥‥接触後、囮として誘導することだった。
探査の目を使用したユーリはジーザリオを運転する傍ら、双眼鏡で前方を確認する。
AU−KVのバイク形態で並走するソーニャに気を配りながらも、少し走った後、ユーリは前方に一台の軍用車両を発見した。
「恐らく、あれがバグア達を乗せた車両だな」
ユーリの連絡を受け、ソーニャは無線で可能な範囲の傭兵に車両の捕捉を通知。
「これからあの車両を誘導してそっちに向かうよ」
ソーニャはそう告げ、バイクの向きを変える。サブマシンガンで攻撃しつつ、後退しながら車両を射程に入れようとしたその時。
「!?」
突如車両から1本の矢が飛んできた。
気付いたユーリがジーザリオの車体を盾にしてソーニャを庇うが、車体に突き刺さった矢が大きく爆ぜる。
「弾頭矢!? まずい、このままだと向こうから一方的に狙われるだけだ」
敵の攻撃手段が不明だった以上、この手段は非常に危険性が高かった。
大破覚悟で持ち込んだジーザリオも、2発目の弾頭矢をタイヤに喰らった為、大破する前に置き去りにして後退を余儀なくされる。
「どうしました!? お二人とも、大丈夫ですか?」
無線から零次の声が聞こえてくるが、今は二人とも反応する余裕がない。
「ユーリ、早く乗って!」
しかしその時、ユーリ達と軍用車両の距離は約50mを切っていた。
弓だけではなく、今度はエネルギー弾までもが放たれ始める。
ソーニャはバイクを全速力で走らせ、そして後ろに乗ったユーリは彼女とバイクを護る為、後方からの攻撃に対し身を呈して庇い続けた。
零次は囮班がこうなる事を想定し、救援に向かおうとしたが迫りくる車両に一人生身で立ち向かったとして、何ができるだろう。
「足」の問題が立ち塞がる。自分が行った所で、犠牲者を一人増やすだけなのではないか、と。
拳を握りしめながら、バイクがこちらに滑り込んでくるのを待つ。零次は、彼なりに最善の選択をしたのだった。
「だれか! ユーリの手当てを‥‥っ」
町の東、皆の元に辿りついた時にはユーリはほぼ意識の無い状態にまで陥っていた。
ソーニャのバイクも、彼女自身も大きな損傷を負っていたが、ソーニャは訴え続ける。
「こちらに来なさい。私が治療しよう」
そこへ、一斉射撃に参加する予定でいたUNKNOWN(
ga4276)が現れた。
UNKNOWNは怪我をした者がいれば治療を行う予定で居た為、すぐそれに対応出来たことは二人にとって幸いだっただろう。
「ソーニャさん達を追って、連中が来ましたね」
開戦前に出た怪我人に動揺する気持ちを抑え、藍が通達する。結果的にソーニャ達は自らの負傷を以て敵車両の誘導に成功したのだ。
見えてきたのは1台の軍用車両。皆、準備は出来ている。
更に、腕の良い狙撃手が居た事は事態を好転させた。
サヴィーネが予測ルートに上手く乗って誘導されてきたそれを捉える。
「行くと撃つぞ。行かなくても撃つけど」
平常心を保つように、機械的に口の中のガムにすぅっと息を吹き込み、ふくらましてはパチンと弾く。
比較的高い建物の屋上から、サヴィーネはプローンポジションのまま超長距離狙撃を実行。
サヴィーネの放った弾1発。それはみごとに件の軍用車両のタイヤへと命中。そして2度目の引き金が、もう1方の前輪を相次いで弾き潰す。
「‥‥容易いな。さて、中からバグアがお出ましの様だ」
サヴィーネは態勢を変えることなく、引き続きそこからの射撃に徹する。
実の所、サヴィーネとルノア、誠は共に行動をする予定で居たが、3人の行動について敵襲撃時の対応が迎撃と住民避難の二つに分かれていた。
最終的に、迎撃と言うことで、現場で話を纏めた為3人は町の東にいた。そしてサヴィーネがサポートするのは、前衛のルノア。
「強化、人間‥‥此処から、先は、通し、ません」
サヴィーネが走行不能に陥れた車両の扉を開け放ち、出てきたのは『5人』の男達。
いずれも、映像で見たようにスーツを着用している。
「‥‥? 一人、足りませんね」
気付いた誠が警戒を強め、出てきた5人の外見を確認する。
金髪、青眼、真紅のシャツを来たリーダーらしき男。
そのほかはハンチング帽をかぶった青眼の男。金髪、サングラスの男。ハットに赤眼の男。金髪に緑眼の男。
‥‥黒髪、黒眼の男の姿が、無い。
だが、誘導の結果、狙いを定めた地点まで敵を誘い込む事に成功している。それに、周囲に映像に映っていたもう1つの影も見えない。
ハミル・ジャウザール(
gb4773)は随時入ってくる無線の連絡を元に、射撃班の皆と共に事前に確認していたポイントへと移動確認の完了を終えると射程を合わせ弓を引き絞る。
「手強い相手ですけど‥‥街を壊させる訳には行きません‥‥! 皆さん、準備はいいですか?」
機械から届くハミルの声。無線を持つ射撃班の傭兵達が銃器を構える。
開戦の、合図。
バグアたちは武器を手に動きだし、待機していた傭兵達は一斉にトリガーを引いた。
「撃てええええっ!!」
銘煌(
gc6721)の声が、響く。銃声が、響く。幕を開けた戦いは、もう、止める事は出来ない。
「正装して基地一つ潰すなんて、なんて素晴らしい美意識」
一方、一斉射撃をする傭兵達の中、街角で一人待機する影があった。
「どうせ染み一つ付けずに強襲完了したのだろけど、そこを汚してみたらどんな顔をするかしら」
加賀・忍(
gb7519)はバグア達が戦う様子を見て、彼らの『正装』が汚れるのを耽々と待っていた。
しかし、一斉射撃の中、バグア達は次々と身体に傷を受け、身に纏うスーツが血に汚れ、破けても何ら変化する様子がない。
逆にその様を楽しむように、少しずつ、時間をかけて傭兵達との距離を縮めて行く。
「‥‥なぜ? 正装にこだわりがあるのは、別の理由があるの?」
忍は彼らの正装が汚れ、その結果逆上するのではないかと考えており、その隙に攻撃を仕掛けようとしていたのだ。
結局、読みを外した忍は作戦を変え、他の前衛達と急遽合流を図った。
一斉射撃をするも、5人のバグアは分散することなく、盾を持ち銃弾をカバーする者と、受けに徹する者たちが前衛に立ち、後衛では回復手が前衛の傷を癒し続け、鉛の雨を気にする風もなく射手が弾頭矢を放ち続ける。
じりじりと、迫る5つの影。後退する傭兵。後衛から放たれる攻撃が、徐々にバリケードを崩してゆく。
ここからは、射撃のサポートに加え、前衛による直接戦闘が欠かせないだろうと判断し、控えていた前衛達が、同時に地を駆ける。
迅雷で接近した藍が、一番前に立つ盾を持った男に対し、足を狙って超低姿勢からの回し蹴りを放てば、同様に忍も同じ敵の懐へと飛び込み一気に円閃で月詠を振り抜く。
もう一人の前衛が藍に向かって刀をかざせば、それに立ちはだかるよう現れたルノアは機械剣両端の刃で手首の返しを使った素早い連続攻撃を叩き込み、それをフォローするようにサヴィーネが援護射撃をぶち込んでゆく。
ルノアの後ろを護る様にと、フリーになっているバグアを見つけ誠は彼女の後方から敵の出鼻をくじくよう足元・手元を中心に制圧射撃を放ち、ハミルも同様に彼らの援護射撃を行う。
そんな中。
「金髪に青い目、お前か? アルジェでヴェルナスを殺そうとしたのは‥‥」
イレイズが斬りかかったのは後方に居た癒し手の男。
「さて、ね」
面倒くさそうにイレイズの問いに答えた金青の男は、一度後ろに下がると手持ちの超機械らしき銃からエネルギー弾を放つ。
戦いは、苛烈を極めた。
●朱雀、降臨
暗めの真紅に染まったタロスの中、黒々とした作り物の様な瞳で町を見下ろす男が一人、退屈そうに息を吐いた。
男が目指していたのは、傭兵達とバグア達が戦いを繰り広げている地点とは真逆。
狙いは、町の反対側からの挟撃だ。
先刻潰された基地にバグア達が現れた手段が不明だったが、どこかに停めていたこのタロスで来襲したのだろう。1つの赤が、空に軌跡を残して飛んでゆく。
しかし、丁度町の中央へさしかかった頃。
「‥‥誰だ?」
突然、タロス内部で男は顔をしかめた。この機体を、何かが掠めた事に気付いたのだ。
同時刻、地上では凛生が超長距離狙撃で、タロスに狙いを定めていた。
「外したか‥‥」
目的のものを撃ち抜く事は出来なかったが、それでも次に備えて再び銃を構え直す。
凛生は、この場の傭兵の中でただ一人、空からの奇襲を懸念し警戒していた。
車を囮にしてカメラを迂回しながらでも、HW等であれば十分車の襲撃するタイミングに追いつくことが出来る、と。
その読み通り、凛生の探査の目が捉えたものが、件のタロスだった。
「この距離をもってしても、僕の機体を生身の銃で掠めるのか? ‥‥まさか、あれは拳銃? 有り得ない‥‥」
だが事実、拳銃の弾が能力者の「特殊な力」によって、この距離に届いているのだ。
男はタロスの中、親指の爪を齧りながら思案する。
「いや、そもそも僕の行動が読まれてた、か‥‥」
最後の呟きは軽い苛立ちを伴い、直後男はタロスから姿を消した。
凛生は、タロスに再び狙いを定めていた。
「超長距離狙撃」による驚異的な弾が、放たれては空を舞う赤を掠め、再び次の狙撃に備える。
しかし、ふと凛生の手が銃器以外のものに伸びた。その先は、無線機。切欠は、タロスから飛び降りてきた一つの影だった。
「全傭兵に連絡だ。町の中央付近で、1機のタロスを迎撃。‥‥中から1体、人型のバグアが出てきた」
炎のように赤く大きな翼をはばたかせ、それはゆっくりと大地に舞い降りる。
半径2km以内にいる、無線機持ちの全傭兵たちに、その情報が飛び交った。
その情報に、遅滞戦術に専念していたものも、住民避難にあたっていた者たちも、皆、一瞬身体を固くする。
「黒い髪に黒い目、背中から赤い羽根が生えてる。こいつは‥‥ここで、片付ける」
それを最後に、凛生からの通信は途絶えた。
●動揺
「黒髪に、黒目‥‥!」
通信を聞き、真っ先に動きだしたのは新だった。
新は、あれだけ顔を隠したがっていたプロトスクエアの一員らしき男が、今回基地に残して行ったカメラへの露骨なアピールに強い不信感を感じていた。
もちろん、その違和感に気付いた傭兵も他に複数居た。
しかし、新には傭兵側に渡っている情報である金の髪と青い瞳。この2点を残したまま素顔を晒しに来るとは到底思えなかったのだ。
先日の行動とのミスマッチから新が導き出した推論は、凛生の通信によって、確信に変わる。
それは、今この町に居る傭兵の中で、唯一、真実に触れた新が導き出した答え。
「髪や目の色は染めるなり、カラコンをつければいくらでも誤魔化せる‥‥ならば」
『一番かけ離れた特徴の人物』が、新が狙っている存在の可能性がある。
竜の翼が発動する。ミカエルの脚部に強いスパークが生じたかと思えば、新はその場から姿を消した。
「まさか‥‥」
ジョエルが無線の情報に一瞬意識を持っていかれた所に、花がすかさずフォローを入れる。
それは、まるで感情の篭らない人形のような様子で、淡々と現状を諭すように。
「個人的な事は後にして欲しいな‥‥」
たった、一言。花の言葉に、その意図に気付きジョエルは自ら頭を振る。
「待ちきれずに怪我をしても文句言わないでね‥‥」
「ああ、その通りだな。‥‥助かった」
なら、いいけど。と、花はそのままジョエルの方を見る事もなく、再び刀と銃を構えた。
やるべき事は、目の前に、ある。
「気付かれた? 町の中央って、なぜだ‥‥!?」
金髪に青い瞳のバグアは、突如険しい表情を浮かべた。動揺の色を隠す事が出来なくなったようだ。
バグア達は皆傭兵側の無線を盗聴していた為、そこから得た情報を元に有利に戦局を運ぶつもりだったのだろうが、恐らく予想外の情報を耳にしたのだろう。
「随分動揺してるみたいだな」
イレイズは目の前の強化人間の言葉に不敵な笑みを返す。
忌々しいと言わんばかりにバグアは銃を構えると、その瞬間を狙ったかのようにイレイズは脚甲「カプリコーン」で風を斬るように敵の腹を抉る。
だが、それは大した傷ではないと言わんばかりに笑いながら、バグアはイレイズに対し引き金を引こうとした。本当に瞬間の出来事だった。
バグアの指が、止まる。
背後に迫ったケイ・リヒャルト(
ga0598)が高い威力を誇るアラスカ454の銃口をバグアの背中にぴたりと合わせていたのだ。
隠密潜行で距離を詰められた為もあるが、こちらの作戦が見破られた事に動揺し、そこへ意識が持っていかれていたのだろう。
「驚いた? ‥‥キツイ一発、お見舞いしてあげるわ」
ケイが放ったのは、ゼロ距離射撃による凶悪な弾丸。
完全に虚をつかれたバグアが反撃に出る間もなく、ここぞとばかりに弾切れを覚悟で打ち込めば、敵は言葉もなく口から血液を垂れ流す。
「あたし達が護ってみせるわ。絶対に」
躊躇なく放たれる鉛玉は、金髪に青い瞳の男の中へと埋まって行く。
そして、込められた最後の弾丸が弾き出されると時を同じくして、強化人間の目の前に立つイレイズの持つ蛍火から赤い光が放たれていた。
「今は腹の虫の居所が悪いのでな、容赦はせんぞ‥‥!」
繰り出される一閃は、刀の放つ光の赤と血液の赤とで鮮烈な真一文字を描く。
「戦友を重体にされた借りは、ここで返させてもらう」
強化人間の口が、死の直前吐き出した言葉。それはまるで助けを求める様な悲鳴にも似た哀れな声音で紡がれた。
「ラファエル‥‥様?」
ケイはその名を耳にすると町の中央へと視線を流す。
「無線で聞いたバグアの名前‥‥かしらね」
先の通信以降、ムーグは凛生の身を案じていた。
しかし、今、東の守りは自分1人が抜けることで大きく傾くことを理解している。
動くことが出来ずにいたムーグに、無線からある言葉が届く。
「意識1つ。これは存外、大事なことでね」
連絡を寄越した主はUNKNOWNだった。
「最悪の結果を招く前に、だよ。‥‥必要なら、私ももう少し、頑張ってみよう」
その言葉がムーグのトリガーだったのかもしれない。
何も言わず、ケルベロスを握る巨躯が瞬天速で町の中央へと移動を開始した。
「‥‥さぁて、少し頑張るか」
漆黒の中折れ帽の位置を正すと、UNKNOWNは紫煙と共にそう吐き出す。
構え直した対戦車ライフル形状のエネルギーキャノンが、今、この時を持ってようやく本領発揮することとなる。
極限まで鍛え抜かれたその大型の超機械は、並みの能力者が扱うには重量がありすぎる。
しかしそれを易々と構えると、恐ろしいまでの行動力でエネルギーキャノンを放ち始めるUNKNOWN。
放った最初の一撃が、強烈なエネルギーを放ちながら盾を持つバグアの盾を焼き切り、更にそれを持つ左腕ごと消し飛ばした。
「!?」
腕を失ったバグアは突然の出来事に言葉までも失う。
その隙を、花と宗太郎が見逃すはずもなく。
「審判が下る‥‥。おまえの色は何色‥‥」
サイドをとった花が貫通弾を込めた銃で呟きと共に急所突きを込めた銃弾を放つ。
「ここにプロトスクエアが居ないなら仕方ない。ランス『エクスプロード』‥‥SES、フルドライブッ!!」
更に瞬天速で一気に接近した宗太郎が猛撃状態で渾身の天地撃を見舞う。
混乱状態の敵を宙に叩き上げると、更にそこから瞬天速で跳躍し浮いたままの強化人間の身体に追いすがる。
そして、完全に‥‥それを、捉えた。
「‥‥名付けて、鳳凰衝・二式!」
対バグア用に開発された特殊槍「エクスプロード」が、強化人間の身体にインパクトする瞬間、切先から強い炎が巻き起こる。
突端が皮膚を、肉を焦がしながら強化人間の身体に呑み込まれ、声にならない声が漏れ、それはそのまま大地へと叩きつけられた。
派手な衝撃音が人骨の折れる音を掻き消し、息絶えてゆくバグアの最期の言葉さえも呑み込んだ。
とめどなく流れる血の海で、強化人間がおぼれてゆく。
「‥‥ったく。どうせ『母さん』の仕業だろ」
宗太郎の呟きは、溜息を纏い、赤に濡れる大地に響く。
「戦闘は苦手なんだがな‥‥」
新たな煙草を取り出すと、UNKNOWNは静かに火を点した。
●二つの人格
「僕のタロスを撃ったの、あなたですよね」
作り物の様な黒い瞳に、黒い髪。背から赤い翼を生やしたバグアは大地に降り立って最初にこう尋ねた。
目の前には、凛生の姿。
傭兵達の対応により避難活動が上手く運んだおかげか、人々は中央よりも西側へ移動を終えている。
周囲に人々の姿が少ないのは、幸いだった。
しかし、住民救助に対応する者はそちらに専念する傾向が強かった為、避難活動が片付いてきた町の中央には凛生以外の傭兵の姿が見えない。
「‥‥一人、なんですか」
「ま、見ての通りだ」
瞬間、赤い翼の生えた男は動きだした。
響く拳銃の発砲音。血飛沫が、舞った。
同時刻。先程の凛生の無線から探査の眼で警戒を続けていたソウマ(
gc0505)が町の中央に二人の姿を捉えていた。
あれは恐らくヨリシロだろうとソウマは直感する。ならば、1対1のままで凛生が無事で居られる確率は‥‥いや、考えるまでもない。
「こちら住民救助担当のソウマ。中央広場、噴水より西の地点で杠葉さんとバグアが交戦中! 救援を!」
無線で伝えると、意を決してソウマはその場から飛び出し、凛生とバグアの対戦の場に躍り出た。
「あなたが、現在未確認のプロトスクエアの1人ですか? 思ったより、大した事なさそうですね」
ソウマには、挑発して敵の注意を引き付ける狙いがあった。
しかし、バグアはソウマに視線をやることもなくひたすら攻撃を続けている。
「僕が相手です! ‥‥それとも、怖いんですか?」
続く挑発に、バグアはソウマを一瞥すると、再び凛生へと視線を戻した。
このバグアのターゲットにされなかった事。それが、ソウマにとっての「キョウ運」だったのかもしれない。
視線を凛生から逸らす事無く、バグアは「興味の対象」に向けてひたすらに攻撃を繰り出す。
「知性的で先見性に長け、人間離れした射撃の腕があり‥‥度胸も座ってる。これは経験から来るものかな」
バグアの両手甲から伸びるレーザー状の爪。それをもって繰り出す連続攻撃は、まるで獲物が死なないように弄ぶ猫のようにも見え。
「何より、結構好みなんですよね。その『器』、ていうか、見た目?」
「‥‥黙れ」
見る間に削られる体力。浅い傷が幾つも、嬲る様に身体につけられてゆく。
防戦一方になるかと思った二人の対決に、突如巨大な鎌が振り下ろされた。
それに気付いて後方へ回避したバグアは、無粋な横槍を思わず睨みつける。
「――やらせはせんよ」
攻撃を仕掛けたのは、グロウランス(
gb6145)だった。
一撃目を外したものの、次こそはと大鎌を構え直し、再び胴部へ撃ちこむように刃を薙ぐ。
この一閃は確実に狙いを定めた箇所に当った。しかし‥‥鎌が相手を切り裂く事は、出来なかった。
痛いんだけど、と言わんばかりに強い視線でグロウランスの顔を見上げるバグア。
「ちっ、面倒な‥‥」
グロウランスは思わず舌打ちをするも、その一撃を契機に、少しずつ状況は変わっていったのは確かだ。
その隙にソウマも凛生を庇うように立ち、少しずつ町の中央に傭兵が集まりつつあった。
「‥‥お前が‥‥っ!」
竜の翼でいち早く到着した新が目にしたものは、大きな赤い翼を生やした異形の者。
バグアは少しずつ数を増す傭兵達に辟易したような表情を見せながらも、次々叩き込まれるグロウランスの大鎌と、別の角度から射出される凛生の射撃に難なく応戦している。
ソウマは凛生の治療による支援に徹し、手いっぱいの様子だ。
「せめて一撃、入れてみせる‥‥」
新に渦巻く様々な感情が、手にした槍に込められる。
猛火の赤龍、竜の瞳。出来得る全ての手段を乗せて、新が、駆ける。
その強い気迫に感づいたか、バグアは新に目を止めた。
「‥‥どこかで見た顔。どこだったかな」
新の顔に、見覚えがあった。が、考えるより先に新が吠える。
「アルジェでの事。ヴェルナスさんの借りは返す‥‥!」
その言葉に合点が行った様子で、バグアは綺麗な笑みを浮かべた。
「‥‥思い知れっ!!」
鬼火が強烈な速度で繰り出される。
渾身の一撃はバグアの肩口にめり込み、肉を突く確かな手ごたえを感じた。
肩から血液が飛散する。
しかし‥‥槍が、後にも先にも動かない事に気付き、新はバグアに鋭い視線を送った。
「これで、僕は思い知れたのかな」
「この‥‥っ!」
敢えて受けたと言わんばかりに、バグアは新の槍をそれ以上深く貫かれる事のないよう、片手で握りとめている。
この隙にもグロウランス、凛生の攻撃はとめどなく続き、次第に放置していた傷の痛みが蓄積されていくのが感じられたのだろう。
「‥‥そこのおじ様に用があっただけなのにさ。なんで邪魔すんだよ」
バグアは、そう言って親指の爪を噛みながら、翼で飛び上がった。
「逃げるんですか!?」
ソウマが声を張り上げるも、バグアは笑いながら何らかの構えをとる。明らかに、狙われている対象はただ1人。
危険を知らせる感覚が、ソウマの頭の中に何度も木霊する。
その時。
「‥‥ヒトツ」
一発の銃声が響いた。
予想もしない方向から瞬時に現れた巨大な影が、バグアの腹部を撃ち抜く。
「な‥‥っ!?」
撃ち抜かれた腹を抑え、後ろを振り返ったバグアが見たものは、アフリカの大地で無数に屠ってきた人々の姿に重なった。
「‥‥私ハ、今‥‥機嫌、悪イ、DEATH」
ムーグの放った両断剣・絶を乗せた弾丸が、風穴を開ける。
追撃と言わんばかりに、それを契機に射撃武器を持つ者達が一斉にバグアに銃口を構え、射出。
無数の銃声が響き、地に墜ちたバグアに対して新とグロウランスの猛攻が繰り出された。
訪れる、一瞬の静寂。
「‥‥やった、か?」
グロウランスの声は、最後まで紡がれる事は無かった。
突如、強烈な一撃がグロウランスの腹を抉り、その勢いで身体は吹き飛ばされ民家の壁に叩きつけられる。
同時に、新の首を掴み、異常なまでの力で高く持ち上げた。
黒々とした作り物の様なバグアの瞳は、いつしか左目だけが青く輝き、妖しい光を放つ。
「もー‥‥なんなのよ、あんた達! マジで鬱陶しいんだけど!!」
突如放たれたバグアの声に、ソウマが一瞬目を見開いた。
「え‥‥?」
「人格ガ‥‥入レ替ワッタ、ノデショウカ‥‥」
次いでムーグが冷静にバグアを観察する。突如、目の前のバグアが女性口調で話し始めたのだ。
「気色の悪さが増すな」
凛生が忌々しげに呟くも、バグアは新の首を握る手に力を入れる。
新の顔色が、変わる。手足の動きが鈍くなってゆくのが見て取れた。
「あの方の為なら何だってする‥‥何だって出来る‥‥。もう、これ以上邪魔なんかさせない」
単純にカラーコンタクトが外れたと言うだけではなく、その目つきと姿勢に明らかな変化を感じた。
刹那。ムーグが、動いた。
シールドを構えた状態で瞬天速で超加速すると、そのままバグアへ体当たりを喰らわせる。
咄嗟に新の首からバグアの手が外れると、新は地に身体を横たえ、大きく咳き込み、呼吸を再開した。
それを確認すると、弾き飛ばしたバグアへとムーグと凛生はそのまま拳銃を構える。
2丁のケルベロスが同時に吠えた。
地獄の咆哮。6つの銃弾が朱雀の羽根に絡みついて牙を向き、引き裂く。
「消えろ」
再び拳銃を構えた凛生の声が響いた時。傭兵達の目の前から攻撃すべき対象の姿は消えて無くなっていた。
●守り抜いた先
一人の重傷者を出したものの、練成治療を持つ傭兵が上手く分散していた為、治療への対応が早かったことも繋がり、傭兵達は甚大な被害もなくこの町を護り抜くことが出来た。
複数の建物は大きく損壊したものの、人々は無事に避難を終えている。それだけでも、大きな成果だったと言える。
『町は人が作るもの。生きていれば、また、再興できるさ』
避難を担当していたティナは、最後まで住民たちの護衛に徹し、励ましながら彼らを大切に避難場所まで送り届けた。
その中で、一人の老人がそう言って笑ったのを思い出したのだ。
守りきった町。それを見渡しながら、ティナは胸に手をあて、祈る様に瞳を閉じた。
『嬢ちゃん、ありがとうな』
どうか、傭兵の皆にも、この想いが届きますように。
「これで最後か」
ジーザリオから住民をおろして、フォルテが周囲を眺める。
恐怖と混乱は町から離れるごとに少しずつ薄らいでいったのだろうが、一向に口を開かない者達も居た。
けれど、最後に一言フォルテは残していく。
「皆‥‥無事、だよな? しばらく、窮屈な生活になるかもしれないけど、必ず、帰れるから。頑張ってくれよな」
諦めてフォルテがジーザリオに乗り込もうとしたその時。小さな手が、フォルテの服の裾を掴んだ。
「お兄、ちゃん」
振り返れば、ここに送り届けた1人の子供の姿。
「‥‥あり、がと」
微笑みから伝わる感謝の意を、フォルテはしっかり受け止めて、笑み返した。
響いて来るケイの歌が、珠姫の歌が、まるで乾ききった大地が待ち望んでいた優しい雨のように、地面の奥まで沁み渡ってゆく。
(あたしに出来る住民の方達へのフォローって、コレ位しかないから‥‥)
ケイの祈り。そして、珠姫の、想い。
(‥‥線引き無く、死と喪失は悲しく)
心は心と触れあえる。歌が奏でるものは音色だけではなく、心の持つ共鳴板を少しずつ揺らす様に。
住民たちはようやく互いの無事を認識したように、時に抱き合い、恐怖から解放されたことを実感したのか大粒の涙を流した。
また、彼らはこの地で戦い続けてゆくのだろう。けれど今だけは、今日の悪夢を一時忘れ、二人から奏でられる歌声に耳も心も傾けていたいと彼らは感じた。
「私の追う影も私も、その為になら‥‥戦い、ます」
誓う珠姫の願いは、空に溶けてゆく。
●怒り
「許せない‥‥あたしの『器』にこんな傷つけてー」
男は爪を噛み、忌々しげに呟いていた。
胸を突き刺すような痛みが襲う。あの方の為なら、と仕掛けた襲撃だったのに。この屈辱は、必ず。
1つの赤は、訪れる漆黒の夜闇に消えた。