タイトル:【7】揺籃のエクソダスマスター:藤山なないろ

シナリオ形態: シリーズ
難易度: 不明
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/09/26 00:08

●オープニング本文


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●揺籃の海の中
 落ちてゆく意識の底で見たのは、大切な人々の姿。
 そこには仲間たちが居て、皆、笑い合っていた。
 暖かな何かに包まれたように、柔く押し寄せる緩い感情。
 感じたことがないから、実際この感情が何かであることなど誰も証明はできない。
 けれど、久方ぶりに落ちた眠りは深く、そして心地が良かった。
 まるで、穏やかな海の中で揺られているように。
 忘れて久しいこの感覚は、確か‥‥母の、胎内か。
 守られる心地よさと、人の体温を感じていた瞬間が、遠く思い起こされた。

●目覚めて見る光の色は
「‥‥ここ、は」
 開いた瞳が最初に見詰めたのは、真っ白な天井だった。
 窓辺から差し込む光と相まって、それは余りにまぶしかったから、俺は思わず目を細めた。
「隊長、寝過ぎ」
「マルス」
 隣のパイプ椅子がきしむ音を立てる。
 心配したんだって顔をしながら、けれど、男はそんな素振りを見せずに笑っていた。
「心配かけて、悪かった」
「そうだな。もうあんたを心配すんのも慣れっこになっちまったけど」
 マルスはいつもの陽気さではなく、どこか真剣な表情をして俺を見ている。
「あんたじゃなきゃ、ダメなんだ。皆、あんただからこうしているんだ」
 珍しく見せる弱気な表情は、縋る様な色を宿していて。
「解ってくれ。だからもう、一人でどっか行っちまうなよ‥‥」
 俺は、自分の浅はかさを悔いた。
 この男に、大切な仲間にこんな顔をさせてしまう事を。ここまで、想い詰めさせてしまった事を。

●名も知らぬ強化人間の末路
「アンネたちの件、何と説明するつもりかしら」
 女は、読み終えた膨大な書物の中、ゆったりとソファに腰をかけていた。
 その余裕のある佇まいに反し、女の形相は非常に鋭く、冷淡な色を湛えている。
「‥‥貴重な手札を潰して、挙句土産も無しでしょう」
 女の表面に張り付いた笑みが、俺の心臓を縮み上がらせる。
「どうしようかしらね。どうするのが良いと思う?」
 ソファの奥、音もなく現れたのは猫背の男。更にその奥にあと2名の姿が見えた。
「相方、お前がそこまで短慮だとは思わなかったが‥‥」
 男はぎらぎらと光る眼で、いやらしい笑みを浮かべて俺を見ている。
「まぁ、いいから死ねよ」
 引き抜く剣の音、構えられた銃の照らし返す光が、部屋に鋭く輝く。
「裁定は下されたわ」
 連中の構えた武器等、恐怖するには足らない。
 何が一番恐ろしいかと言えば、それは‥‥。
「さあ、目を瞑って‥‥祈りなさい」

●闇深き場所で
「ムッター、これをどうするおつもりで」
「近くの広場にでも捨てて来なさいな。刻んだ文字が、よぉく見えるようにね」
「誘き、出すんすか」
「‥‥なんだか不服そうね? 別に誰も来なくても構わないのよ。その時はアンタをヨリシロにしてやらなくもないわ」
「解ってるつもり‥‥っすけど。ここには候補が俺の他にも2人居ましてね」
「だから何なの」
「俺のこの話は出過ぎた真似、ってやつですわ。けどね、黙ってらんないすよ。だって、次のヨリシロを得たら、ソラに帰るんでしょう?」
「ふん。私はこの身体で得たいものはこの1年で十分得たわ。最後くらい、遊ばせてくれてもいいでしょう?」
 ほんの戯れだと、その女は笑った。

●最期の手掛かり
「隊長‥‥」
 退院当日。俺を迎えにやってきたマルスが、珍しく動揺した様子で俺を見ていた。
「今すぐ、一緒に本部に来てもらえないすか」
「何があった?」
「先日の強化人間が‥‥死体で、あがったそうです」

 Chariotの面々を引き連れ、向かった先の本部では馴染みのオペレーターが俺達を待ちかまえていた。
「バニラ、どういう事だ」
「私にも解らないわよ、これ‥‥貴方達からの報告にあった強化人間で間違いないのね?」
 見せられたモニターに映ったのは、紛う事なき件の強化人間だった。
 ヴェルナスの身体を最初に奪いに来た男で、
 そして、俺の滞在先のホテルへ悠々と乗り込み、そして「この件に関わるな」と警告を発した男。
 今更、見間違う等あり得ない。
 なぜなら、その顔は「見間違える事のないように」と、まるで配慮でもされていたかのように傷一つついていなかったから。
「‥‥どこでこの男を」
「ベルリンの、エルンスト・ロイター広場に。早朝、在ったらしいの」
 美しい正円を描いたその広場は、まるで太陽のようで。
 広場からは、太陽のコロナのごとく延びる5つの道があったのを覚えている。
 ‥‥先のベルリン滞在中、情報を求めて歩き回ったから、その程度の知識はあった。
「それと‥‥私には、何かよく、わからないのだけど」
 バニラは、目を背けるようにしてモニターに映し出したそれを俺の方に向けた。
 映し出された遺体の腹部には、刃物で「文字」が刻みつけられていた。
 流れた血を、わざわざ一度拭いさったのか、明々とした肉が文字を主張している。

 光無き闇から伸びる諸手は、
 命在る我らの揺り籠となる。
 愛深き御母の元へ集え力よ。
 じき時は満ち、機が訪れる。
 青の静寂に包まれた祈りが
 その身を一つにするだろう。

「‥‥狂ってる」
 ひねた態度で悪態をつくルーナスの声がやけに重い。
 俺はなぜか解らない引っかかりをそこに感じ、思わず拳を握りしめていた。
「これは‥‥まさか‥‥?」
「隊長?」
 隊員らも不思議そうな顔をしている。
「ここ最近ベルリンで発生した依頼の内、何件に俺達は絡んでいる」
「履歴に記載があるのは3件ね」
「依頼の結果報告の際、俺が何を危惧したか覚えているか?」
「まさか」
「確証はない。だが‥‥」
 マルスの怪訝そうな声を振り切る様に告げると、ジョエルはそれきり押し黙った。
 確証のないことに、大勢の傭兵の力を借りる事は出来ない。
 まして、傭兵の出動には少なからず費用がかかる事は確かで‥‥。
(恐らく、8月29日。ベルリンで時は満ちる)
 どくりと、消えたはずの右目の古傷が疼いた。
(シャバト‥‥お前も、そう思うか?)
 瞳を抑える。
「‥‥バニラ、依頼を出したい。俺が持つ私財など大したものではないが‥‥これで傭兵を雇えるか」
「何を言ってるの? ねぇ、皆もジョエルをとめないの?」
「止める訳ないすよ。俺達は、隊長の無茶を聞くために、此処にいるんだから」
 先程まで思案気に謎のメッセージを読み込んでいたトールが顔を上げる。
「時間がない。けれど、俺は可能性を捨てられない。だから‥‥」
 何と言えばいいのか、逡巡した後にジョエルは頭を下げた。
「‥‥どうか、力を貸してほしい」
 助けてほしいと口にする事を、今までどこか恥じていた気がする。
 誰かに頼る事。誰かを必要とする事。
 その全てが、まるで慣れないまま。
 けれど、少しずつ歩み出している。進歩は確かにそこにある。
 刻んだ絆も、そこにある。
「このままでは終わらない。終われない‥‥! これが、最期の手掛かりかもしれないんだ」

●参加者一覧

宗太郎=シルエイト(ga4261
22歳・♂・AA
トリシア・トールズソン(gb4346
14歳・♀・PN
夢姫(gb5094
19歳・♀・PN
エスター・ウルフスタン(gc3050
18歳・♀・HD
秦本 新(gc3832
21歳・♂・HD
空言 凛(gc4106
20歳・♀・AA

●リプレイ本文

●2:30 AM
 全体会議の開始30分前。
 個別調査を進めていたトリシア・トールズソン(gb4346)は、ある書類に視線を落としていた。
 そこに表記された「バニラ・シルヴェスター」の文字を静かになぞりながら、少女は反芻する。
(聞き込みの結果も成果は得られなかった。仕事ぶりも異変は無く、ドイツとの関連性もなし‥‥)
 「黒」と疑うべき証拠は、1つも出てこなかった。
 間もなく午前3時。本案件の最終ミーティングが始まろうとしている。
 一呼吸置いたトリシアが作戦室へ向かおうと方向転換すると、そこには先の調査書類の写真で見た女性が立っていた。
「‥‥バニラ」
 自分の事を調べているトリシアにも、気付いていたのだろう。
 けれど、彼女がそれをとめなかったのは、自分のありのままを見て欲しかったからかもしれない。
「私はついていけないけれど‥‥どうか、あの人たちをお願いします」
 いつになく真剣な表情で、折り畳んだ厚い紙を差し出すバニラ。
 トリシアが受け取ったそれはベルリンの地図だった。広げてみると、そこにはいくつもの付箋が貼ってある。
「‥‥全部、調べたんだ」
 主要施設のみならず、過去にキメラが現れた場所の情報まで、几帳面な文字で簡潔に情報が纏められている。
 少し疲れた様子のオペレーターの手を、少女の華奢な白い手が包み込む。
「バニラの想いと一緒に、戦ってきます」

●3:00 AM
「よう、ジョーさん。復活おめでとさん!」
 本件の依頼主であるジョエルは、空言 凛(gc4106)が片手をあげて会議室へ入室したのを静かに迎え入れていた。
「‥‥凛、よく来てくれた。その節は助かった」
「まぁ辛気臭ぇ話は置いとこうぜ」
 からからと笑ってジョエルの腕を叩く凛は、いつもどんなときも変わらない。
 彼女は、この笑顔と明るさと力強さで、ジョエルや隊の皆を叱咤し引っ張って来てくれた。
 変革をどこかで望んでいたジョエルにとって、変わらないことも強さであると‥‥
 貫き通したい一本の筋は決して曲げてはならないと、教えてくれたのは凛だった。
「そうそう。ジョーさんに言っておく事があるぜ」
 考え事をしていると、凛がジョエルの方を指さしていた。
「いつも挑発に乗って敵さんのペースに乗せられてるけど戦いでそれは致命的だぜ? 挑発されても一呼吸おきな」
 喉元に突きつけられた指先は、まるで銃口の様で。
 凛は努めて明るく言うけれど、その言葉の裏に彼女の気遣いを感じた。
「ま、吹っ切れた今となっちゃ今更かもしれねぇけどな」
「‥‥そうだな。今は、気付かせてくれた仲間が共に在るからな」
「じゃー、皆で笑うために敵さんの挑戦、受けて立つか!」
 握り拳を作って胸の前で構える凛。それを察したジョエルも同様に握り拳を作ると、拳同士を軽くぶつけ合う。

「まったく‥‥お金無いなら、無理しなくても良かったのに‥‥」
 次いで入室してきた宗太郎=シルエイト(ga4261)の姿を認めて、ジョエルは彼に向き直る。
 微笑む宗太郎は、戦いの時とは違う、穏やかで人当たりの良い空気を纏わせていた。
 そんな宗太郎に、ジョエルは何と言おうものかしばし考えた後、ぽつりと漏らした。
「お前は不思議な男だ」
 ぎこちない笑みを浮かべるジョエルだが、彼はこれまでの戦いや議論の中で宗太郎という人物を見てきて感じていた事があった。
 自身の内面や心情を曝け出すことにためらいを見せない堂々とした振る舞い。
 揺るぎ無い意思を支える行動力と、困難を実現に導く突破力がある。
 なのに戦いで見せるあの激情をどこに隠しているのかと言うほど今の笑みが柔らかいから、時折不思議に思うのだ。
「そうですか‥‥?」
 何を言われたのか解らず不可解そうな顔をする宗太郎に首を振って、ジョエルは手を差し出した。
「どうか、お前の力を貸してくれ」
 力強くとられた手は、固く握られる。どこか誓いにも似た、揺るがぬ想いをこめて。
「‥‥『覚悟』は出来てます。貫きましょうか、『私達』の想いを」

 円卓の中央、ジョエルの左隣で 秦本 新(gc3832)がモニターを指差した。
「例のメッセージ、皆さんの認識に大きなズレは無いようですね」
 エスター・ウルフスタン(gc3050)がモニターに向けてペンをとると、タブレットPCのように皆の推論が文字で描かれてゆく。
「うん、そんな感じ、かなぁ。頭がよくないなりに頑張りました」
 そう言ってトリシアがこくりと頷くと、それまで張りつめていたChariotの隊員らの空気が和らぐのが感じられた。
 そんな中、モニター脇で腕組みをしたまま、当然の疑問を口にするエスター。
「今更だけど‥‥ジョエルがどう思ってるのか、この際全部聞かせて」
 少女は男の瞳を真っ直ぐに捉えていた。
 記憶を辿るように口元に手をあてて思案するジョエルを見守るように、右隣に座っていた夢姫(gb5094)も急かさずじっと続きを待つ。
「‥‥最初にこれを読んだ時、記憶の何かに引っかかった気がした」
 慎重に言葉を選びながら語る男の様子は、この戦いが始まった頃とは何が違っている事に皆が気付き始めていた。
「だが、皆の推論を手掛かりに、漸く記憶の底から引きずり出した。この教会以上にメッセージとリンクする場所はないだろう」
 強い眼差しが傭兵達を見渡す。信じて疑わない、真っ直ぐな視線で。
 少しずつ手繰り寄せる糸の先にまだ見ぬ真実があることを祈りながら、皆、先の見えぬ道を懸命に照らしてゆく。
「今までもChariotを狙ってたんだし、お誘いの理由は同じかね。つーわけで気を付けろよ?」
 椅子から立ち上がり、ぐっと伸びをする凛。既に出立する準備は万全とでもいうように、少女は腕をまわした。
 座って大人しく話し合い、なんてものは性に合わないのだろう。
 席を立つ凛の声を合図に、一人、また一人と傭兵達は高速艇へ向かい始めた。
 胸に、其々の想いを抱きながら。
「教会側には昨夜、予め本件のことを連絡しておきました」
「そうか、ありがとう」
 改めて万全の手配を告げる夢姫に、ジョエルは穏やかな表情を浮かべた。
 少女に向けられる男の視線は、一遍の曇りもなく。
 柵から解き放たれ、一歩踏み出した自由さや何かを乗り越えた強さが感じられる。
「私に出来る事なら‥‥」
 そんな男を見てふわりと笑う夢姫の胸の内は、様々な感情に満ちていた。
(頼ってくれたことが、必要としてくれたことが‥‥こんなにも嬉しい)
 彼らとの繋がり、その先に得られた信頼。暖かさや喜びを感じながら静かに息を吐く。
 深まって行く絆の向こう、ふと夢姫は違和感に似た何かに気付いたように、ぴたりと足を止めた。
(‥‥それとも、ジョエルさんだから‥‥嬉しい? ‥‥あれ?)
 突発的に湧いた疑問に思わず首を傾げる少女と、それに気付いて振り返る男。
「どうかしたのか?」
 聡明な少女のこと。作戦に何か不安があるのかもしれないと男は考えた。
 ジョエルは夢姫の顔を覗き込むようにして視線を合わせる。
「俺に出来る事は少ないが、皆や夢姫を信じることには自信がある。だから‥‥気付いたことがあったら、言ってくれ」
「え、あの‥‥」
 だが、何と言おうものか夢姫がたじろいでいると、後ろを歩いてくるマルスが「近いよ、隊長ー」と野次りながら去っていく。
「‥‥悪い」
「‥‥大丈夫、です」
 離れてゆく赤い瞳に向かって、夢姫はもう一度柔らかく微笑んだ。

●4:00 AM
 窓から見える空はまだ暗く。
 空と海のなだらかな境界は夜の闇に溶け合い、世界が1つに混ざってゆくようだった。
「‥‥新」
 ジョエルは高速艇の中、窓の外を眺める新に声をかけた。
「頼まれていたものを用意した。これで、大丈夫か」
 手渡されたものは、これまでに遭遇した敵勢力のモンタージュ写真。
 一枚一枚しっかり目を通し、確認を終えた新は首肯する。
「ええ、あとは現地調査ですね。‥‥ジョエルさん?」
 どこか思いつめた表情をしている男に気付き、新は眉を寄せる。
「新、お前はこの件をどう見る」
 ジョエルは、自身がきっての知恵者と認める新へ見解を仰ごうとしていたのだ。
 今までずっと、毅然とそこに在り隊員を引っ張って行くことだけが自分に出来る唯一の務めだと思っていた。
 抱え込むのは自分だけでいい、と。‥‥しかし、今は違う。
 共に背負う者がいる。
 その心強さを感じながら、仲間に頼る事、懐へ受け入れる事の大切さにも気付き始めていた。
「これは相手と私達の知恵比べなんかじゃない。奪われた全ての命に対する雪辱戦です」
 新の言葉を見届けるようにして、入れ違いで鳴り響く艇内放送。
 自然と強張るジョエルに気付き、新は穏やかな笑みで手を差し伸べる。
「さあ、行きましょう。‥‥シャバトさんの想いに報いる為に」

●4:30 AM
 午前5時の教会集合までに僅かながら時間があった為、教会へ向かう道すがら聞き込みをする事となった。
 未だ闇深い世界の中、一同は強化人間の遺体を発見した広場を探る者と周囲を探る者とに分かれる。
 しかし、時間帯が早すぎた為か人影のない事は誰の目にも明白。
『待って下さい! いました、一人だけ‥‥!』
 そこへ届けられた無線。声の主は、遺体発見現場の広場へ気を配っていた夢姫。
 少女は公園の大きな木の下、そのベンチの奥に屈みこんでいた。
「おじいさん、朝早くにごめんなさい。私、訊きたいことがあるんです」
 そこにいたのは、一人のホームレス。夢姫は男に目線を合わせ、対等に語りかけるように尋ねていた。
 起きる気配もなく老人が寝返りをうつと、敷物にしている新聞紙がかさりと音を立てる。
「お願いです、訊きたい事を訊いたらすぐにでも去ります。だから‥‥」
 そこへ他の傭兵達が駆け付けると、面倒事の匂いを感じたのか世捨て人は渋々口を開いた。

「‥‥遺体が捨てられた時、ここにいらしたんですね?」
 警察や軍の取り調べに引っかからなかったのは、彼らの前に出ることで広場からの立ち退きを命じられる可能性を恐れたからだと老人は言う。
 意図的に彼らから逃げていた為、情報が届かなかったようだ。
「どんな容姿か覚えていますか? この中に、該当する人物は?」
 新が手持ちの写真を一枚一枚順に見せていく。
「だめだだめだ、暗くて顔まではわからんよ。もういいだろう、さっさと‥‥」
 ふと、有る人物の写真を見た老人の口がぴたりと止まった。
「これは‥‥ベルリンの聖母、か?」
 老人は一枚の写真を手に取り、呟く。
 そこに写った人物は、あの時新達の前に姿を現したムッターと呼ばれる女だった。

●5:00 AM
 既に昨夜、責任者を通して現場の警備担当まで連絡が行き届いていたようで、警備員らは傭兵達と入れ替わる様にして周囲に散開していく。
 開始された捜索の中、最後尾を歩いていたエスターが礼拝堂の手前にくるとその足を止めた。
「一度、周囲の音を探るわ」
 瞬間、少女の感覚は小さな体から解き放たれたように大地の中を駆け巡ってゆく。
 まるで蜘蛛の糸のように広がるセンサーの網にかかった一つ一つの振動を捉え、その原因を探る。
 そこであるものを掴んだエスターは、瞳を開けると同時に背筋が凍るような感覚に襲われた。
「待って、皆‥‥センパイ!」
 目に映ったのは、礼拝堂の扉を開けようとしている宗太郎や仲間の姿。
 エスターが引き留めるように強い声をあげても、間に合わないかもしれないという危機感。
 寸での所でエスターが宗太郎を引き倒すと、突然扉の奥から無数の銃声が鳴り響き始め、扉は一瞬で崩れ去った。
「‥‥いきなり何すんのよ」
 早朝の静寂を突き破る銃声の向こう、青の支配する空間の中にエスターは3人の人影を見た。
 彼らを敵と認めた凛は、どこか嬉しげに、そして好戦的な表情で両拳を叩き合わせると覚醒。
「どうやら、ビンゴみてぇだな」
 意志の強そうな瞳が不敵で気ままな猫のように変化してゆくと同時に、礼拝堂の奥、3つの影が動いた。

 トリシア、夢姫、マルスは高速機動を発動。強化人間の銃撃を裕にかわすと、崩れた建物の壁面から中へ侵入。
 各々別の強化人間へ貼りつくと、残る傭兵達も3人を追うように接近した。
「お前ら、女の思惑通りに動いてるって、わかってんのか?」
 口の悪い猫背の男へ貼りついたトリシアは、問われた問いをあしらいながら鋭い視線を向ける。
「そんなことはどちらでもいいです」
「力が集えば戦になる‥‥あの女は体が手に入りゃ誰だっていいンだ! “俺たち”は利用されてンだよ!」
「一緒にしないでください。“私たち”は、決着をつけるために来たので」
 男の振りかざす奇妙な形の刃を軽く避け、トリシアは一つも傷を負わぬまま敵を何度も何度も切り裂いてゆく。
 戸惑いも遠慮もない斬撃とあまりに軽やかな身のこなしは、到底12歳の少女のものとは思えないほどだった。
 全ては、守るべき家族やかけがえのない友、そして仲間を大切に想うが故の“守る為”の強さ。
 芯の通った人間はどんな窮地に立とうとも強い。ジョエルは少女の戦いぶりに鼓舞されるように刀を握る。
「思惑通りなら、メッセージは正確に読み取れてたってこと。狙いを逆に利用しているのは私たちの方です」
 トリシアの圧倒的な連続攻撃を前に思わず男は膝を折る。その隙を逃さず、懐へ潜り込んだのは凛。
「残念だったな。これで終いだ!」
 天拳が唸る。凛から立ち昇る際限ない力はSESの排気音を高め、そして強烈な一撃を男の顔面に叩き込んだ。
 飛び散る血液。吹き飛ぶ体。
 礼拝堂の壁に叩きつけられた男は、何か語ろうと口を開くも力尽きた様子で首を垂らし絶命した。
 絶えゆく命の中、エスターが気付いたように声を上げる。
「‥‥待って、確か反応はあと1つ‥‥」
 しかし、その言葉は耳慣れない女の声に突如として遮られた。

●青の世界
「傭兵が11人に対して強化人間は3体‥‥どうなるものでもないわね」
 青い光が満たす礼拝堂の奥から笑いかけてきたのは、見覚えのある女だった。
 戦いの第一幕を終えたばかりの傭兵達は、覚醒を解く間もなく再び臨戦態勢へ移行していく。
「いつまでもいつまでも、ジョエルにちょっかいかけるいやな女‥‥」
 赤毛の少女は、小さな体からは想像もつかないほどの気概で、ジョエルやChariotを守るように彼らの前へ出る。
 先の振動感知によってエスターが捉えていた最後の反応は、この女で間違いない。
「一体何が狙い? この地下に潜んでたことは分かってるんだから‥‥!」
 女には、エスターが全身の毛を逆立てた子猫のように見えたのか、酷く可笑しそうに笑う。
「そうねぇ‥‥なんだと思う?」
 まるで余裕の素振り。
 十余名の傭兵を相手に『自身の敗北など想像もつかない』ともとれる体で腕組みをした。
「馬鹿にして‥‥! いずれにしろ、これが遊びだってことはうちにもわかるわ」
「ふふ、それだけ分かれば上等よ」
 女は纏った深紅のドレスのスリットから足を剥きだすと、ホルダーに填まった光線銃を抜く。
 最大級のアラートが各人の脳内に鳴り響き、傭兵達は一斉に武器を構えた。
 エスターも、強烈な怒りと自らの持つ正義の下に長大な槍を構える。
 爆発の名を冠する高火力の槍から、早くも熱気が立ち昇るように場の空気が揺らぐ。
「人の尊厳も威厳も何もかも弄ぶような所業‥‥っ」
 思い返すのは、本件を通して知った仲間たちの温かさや、絆。
 そして、最後に通じあえたシャバトという男の想い。
「だから‥‥だから、バグアは嫌いよ!!」
「‥‥残念。愛し合えないなら、片方が消えるしかないわ」
 光線銃の照準が傭兵達に定まり、細い指が引金に触れた。
 今、決戦の幕が上がる───。

 女は二丁の光線銃による攻撃を得意とした、非常に身のこなしの軽いタイプ。
 まともに渡り合えば、ジョエルは女を射程に捉えることすらできないだろう。
 そこに追随するのはやはり、同じく軽戦士タイプの傭兵達。真っ先に飛び出したのは、トリシアだった。
 高速機動の上、迅雷で接近を試みるトリシアの速さに目を奪われ、女は次々銃撃を繰り出す。
 しかし、トリシアを狙う光線はあるものはかわされ、あるものは致命傷を避けるように掠り、狙い通りに当たらない。
「そんな腕じゃ、私には当たりません」
「‥‥厄介な子ね」
 トリシアのスタイルが自らと相性の悪い事に気付くと、女も移動を開始する。
 より効率よく戦える場所へと移動しようと言うのだ。
 だが、そこへ3方向から一挙に攻め込んだのは夢姫と新、そして宗太郎だった。
 切り込んだベルセルクは女の持つ光線銃の1つに完全に受けきられたが、夢姫は動揺を見せない。
 見た目に反し度胸の座った少女は、眼前の女の心の内まで見透かすような瞳をしていた。
「器を得たら、地球から消えるつもりですか」
 女の表情が、より一層艶を増した。それは恐らく動揺の裏返し。
「どうかしら。でも、そうだとしたらあんた達にとって喜ばしい事でしょう?」
 膠着していたベルセルクの刃を、別の傭兵の踏み込みに合わせて引くと、再び夢姫は鋭く振り抜く。
 その一撃はまたも相手の銃に受け止められたが、少女は一歩も引かずに女を捉えて言った。
「その為の手段が私達や仲間を踏み躙る以上、喜ばしいことなんて何一つありません」

 夢姫の刃を受け止めている女へと別方向から仕掛けた宗太郎の一撃は、強烈な熱気を纏って繰り出された。
 ──擦れるような金属音が、鼓膜を揺らす。
 ランスの突端はもう1つの光線銃の銃把によって方向を逸らされたのだ。
 荒げてしまいそうになる気持ちを押さえ、宗太郎は再び相棒である鍛え抜かれたエクスプロードを構える。
「てめぇらを真っ向から否定したいわけじゃねぇ‥‥生き方は、それぞれだ」
 再び狙いをつけた矢先、女の背後から新が迫った。それに気をとられた僅かな隙。
「でもな‥‥大事なモン壊されて、黙ってられるほど鈍くはねぇんだよ‥‥」
 宗太郎の繰り出した槍の穂先は、今度こそ確実に女の腹部を貫通した。
 肉を穿つ感触もそのままに、宗太郎はエクスプロード同様に収まらぬ心の炎を静かに燃やし続ける。
「数ある才能の中、どうしてこいつらだった。‥‥回答次第じゃ、楽には死なせねぇぞ!」
「‥‥痛いわねぇ!」
 ぐらりと揺らいだ女へ仕掛けられようとした追撃は、女の素早い後退の前に空を切った。
「答えてもらえると思っているだけおめでたいわ。私がなぜお前たちに情報を与えねばならないの?」
「お前‥‥!」
 その後退を許さぬとばかりにトリシアが、夢姫が、凛が接近し、女の後方をも囲い込むよう布陣。
「仕方ないわね、さっきの一撃のご褒美よ」
 女は血を吐きだすと、流れるような所作で口元を拭う。
 口紅の代わりに唇を汚した新たな紅が、取り繕えない凶暴さを見せつけていた。
「例えば、お友達が欲しかったとしましょう。無数の人間の中で、自分の縁者を狙うのと、全く接点のない者を引き込むのとではどちらがより確実だと思う?」
 淡々と語られる言葉の向こうに、Chariotの怒りが湧き上がるのを感じる。
「無関係の相手より、アプローチの手段に見当がつく相手の方がやりやすいでしょう? 彼らにこだわったとすればそれは効率の話でしかないわ。それに、精神的にも脆そうだったもの」
「良く言うぜ‥‥だが、そこまで解れば十分だ」
 話の途切れたところを、間髪いれずに宗太郎が駆けだす。
 相手の言い分は分かったが、理解してやるつもりなどないし、してはならないと強く感じる。
「そんな下らねぇ理論は、ここで全部突き崩してやる」
 同時に走り出す傭兵達の中、新は間近で見る女の放つ威圧感や独特の雰囲気に思わず口を開く。
「‥‥一つ聞きたい」
 その間も女は夢姫と宗太郎を撃ち抜き、戦いの手は休めぬまま耳だけを青年に貸した。
「シャバトさんに何を吹き込んだ?」
 続く青年の問いが想定外だったのか、女は思わず新に向き直る。
「あら? どうして“何かを吹き込んだ”と思ったの」
 まるで試すような言葉に新は苛立ちを隠しながら、努めて冷静に応える。
「戦いで会った彼の発言とChariotの認識にはどう考えても齟齬がある」
 その間接近するトリシアと凛の一撃を喰らうも、女は焦ることなく少女たちへと銃撃を放ち、自身の周囲にできた一瞬の凪を利用して両腕を広げる。
「賢い子ね。でも、確証は? 人間の世界でも、状況証拠だけで罪は確定しないでしょう?」
「それは‥‥!」
 言い淀む新を前に、女は突如として白光を放ち始めた。
 はたしてそれが何を示すのかはわからないが、傭兵達の過去の経験から察するに、何か新たな能力を発現したのだろうと思われる。
「きっと、貴方達が持つピースだけではパズルが完成しないんでしょう?」
 新の方へゆっくりと一歩ずつ確実に歩み寄り、女は再び銃を構える。
「全ての事象が自然に解決するものではないし、まして誰かが自発的に語ってくれるものでもない。だからこそ自分の手で解決手段を探るしかないのは貴方も良く分かっているはずよ。掴み損ねたものは、二度と手に入らない。だからこそ、掴み得た真実が尊いの」
 言い終えて、女はふと首を傾げた。
「しゃべりすぎたわ、ダメね。これ、“この女”の癖なのよ。‥‥いいわ、少しヒントをあげる」
 女の負った怪我は決して浅くはないはず。しかし、この余裕はどこからくるのだろう?
 傭兵達に囲まれながら、それでも堂々とした素振りで女は言い放った。
「私が誰か、解る?」
 その問いを破ったのは、やはり新。
「‥‥“ベルリンの聖母”」
 新は握りしめた鬼火の突端を突きつけたまま、真正面に女を見据える。
「ある宗教の教えから派生した新興宗教の祖。離散後身寄りなく大陸を転々とする根無し生活の中、困窮しているユダヤ人の子供を引き取り、勉学を教えてきた‥‥調べれば直ぐ解る事だった」
 短い沈黙の後、女は子供を褒めるように笑った
「よくできたわねぇ、えらいわ」
 思えば最初にシャバトを捜索した際、彼が“ユダヤ人”ではないかと話にあがったことがあった。
 過去のシャバトも、教えに由来するある言葉を確かに発していた。彼が戦いの場にあの神殿を指定した事も今なら解る気がする。
「道理で、人心掌握に長けるわけですね」
 果てない怒りを鬼火にのせ、怨嗟の声を叩き込むように再び渾身の力で振り抜く。
 同様に受けとめようとした女だが、しかし、その一撃は避ける事も叶わず見事に女の肩を貫いた。
「お前は、決して許さない‥‥」
 叩き出された新のクリティカルヒット。思いもよらぬ一撃に、新を睨みつけたまま女は後退する。
 が、そこへ瞬天速で飛び込もうとする凛。余りの勢いに、女は次々銃撃を繰り出した。
 それを避け、或いは脚に直撃を受けながらも凛は着実に距離を縮める。
「今までみたくストレートに誘ってこなかったって事は別に私達がここに来れなくても良かったって事だよな?」
「どうかしら」
「質は下がるけどあいつらで代用しようとした、ってとこじゃねえのか?」
「‥‥っふふ。あはは‥‥っ!」
 真っ正直な少女の言葉に面食らったような顔をした女だが、堪え切れないと言うように大きな声を上げて笑う。
 全てをはじき返す透き通った氷の表面のような笑みに、凛は煽られるように口角を上げる。
「面白い子ねぇ」
「どうだかな‥‥。けど、もうあいつらいないぜ? そんな余裕見せてていいのかよ」
「‥‥ええ、“全然平気”よ」
 しかし、女は凛の一撃を防ぎきれずに顎を痛烈に殴打されると、衝撃からか大きく吹き飛んだ。
 女が叩きつけられた礼拝堂の壁は脆く崩れ落ち、女の身体は瓦礫の中へと埋まってゆく。
 コンクリートや石が砕け、粉塵が朦朦と舞いあがる。今が最大のチャンスであることを、全ての傭兵が認識していた。
「センパイ! 練習したアレ、やるわよ!」
 崩れかけた青の世界に響く少女の声。
 エスターから浮かび上がる竜の紋章が、今まさに黄金色に明滅を開始した。
 覚醒解除までのカウントダウンが、遂に始まる。
 その声に、宗太郎は振り向きもせず瞬天速を発動。瓦礫を物ともせず女の元へと一気に駆け上がってゆく。
 女も態勢を立て直したのか、瓦礫の中から顔を出したところで漸く目の前の“現実”に気付かされた。
「今だ、エスター!」
 身体能力の限界まで引きつける槍。
 宗太郎から浮かび上がる剣の紋章が、猛るエクスプロードの突端へと吸い込まれてゆく。
「SES‥‥オーバードライブ!!」
 光を帯びた宗太郎の槍と、自身が光を帯びたエスターの握る同型の槍が対峙するように女を挟み込むと、2つの炎槍は強烈な力を込めて穿たれた。
「「Wイグニッションッ!!」」
 瓦礫諸共貫き通した先、柔らかな肉を食い破るような感触が手を通して伝わった。
 この感覚はいつになっても鈍いまま。ただ、この瞬間にこそ強く感じる想いもある。
 誰かを想うが故に武器をとった。仲間の為に命を賭した。そして、その先に必ず敵を葬ると誓った。
 ‥‥けれど。
「惜しいわねぇ」
 貫いたままの槍はそのままに、女はエスターと宗太郎、間近にある両者の顔面目がけて銃の照準を合わせる。
「さようなら」
 だが、引金を引く音と同時に発せられる光線は、何者も貫くことはなかった。
 トリシアと夢姫が2人を突き飛ばして瓦礫の山へ転がると、新と凛が更なる追撃を仕掛けたのだ。
 対する女は、喰らってもかまわないとばかりに回避行動を省いて只管に銃撃を繰り返す。
 これほどの攻撃を受けてまで、なぜ?
「この光が、原因なのか‥‥!?」
 新との会話の最中に女が纏った光は、先ほどから消える気配が無かったが‥‥。
(光が、薄らいでる?)
 敵の様子を注視していた夢姫がそれに気付き、先の銃撃から庇った宗太郎へと小さな声で囁く。
 それを受け、再び槍を構えた宗太郎の目には揺るがぬ強い光が満ちていた。
「舐めるなってんだ‥‥!」
「また同じ手?」
 チャージ状態のランスを見て、女はあざ笑うように宗太郎へ狙いを定めるが。
「余所見なんてさせません。あなたの相手は、私」
 トリシアの斬撃に注意をそらされた一瞬の隙、瞬天速で加速した宗太郎が一気に懐に潜り込んだ。
 極低姿勢から繰り出される天地撃で女を打ち上げると、最後の力を振り絞って声を張る。
「おら、頼んだぞ‥‥主砲!!」
「‥‥!」
 繋げられた宗太郎の渾身の一撃。こうしている瞬間にも女の身体は重力に従って落下してくる。
 ‥‥届けられた想いは決して無駄にはしないと、決めた。
 男から剣の紋章が浮かぶと、それは赤い刀身に吸い込まれるように消える。
「俺や隊員だけじゃない。宗太郎、トリシア、夢姫、エスター、新、凛‥‥全ての友の想いを、この一撃に‥‥」
 赤い剣閃が迷いなき太刀筋を残し、軌跡を追うように血飛沫が飛ぶ。
 女は無残に胴部を両断され大地に転がった。悲鳴を上げることもなく、事切れた遺体だけを青の世界に残したまま。

 ───それは、余りに呆気ない最期だった。

●X:XX
 ‥‥どくん。強烈な衝撃。
 突如感じた痛みは、身を分けた存在の死滅から来るもの。
 「身に覚えのない」傷が新たに体を蝕みはじめ、のど奥からせり上がる強烈な鉄の香りが心身を浸食していく。
 しかし、腹部に滲む多量の血液を押さえながらも、女は口元を不敵に歪めた。
「あの男‥‥間違いないようね」
 しばし揺蕩うた後、一機のHWは大気圏を目指す事無くドイツ以西へと流れ星の様に消えていった。

●6:12 AM Sunrise
 新しい一日の始まり。世界に光が満ちてゆくとき。

 戦いの熱が収まらぬ中、新が見つけたのは陽の光が暴きだした黒色のHW。
 その声に皆が一様に空を見上げたが、遠くを飛ぶ黒影はこちらに来ることもなく西へと飛び去ってゆく。
「この件と、何か関係が‥‥」
 不安げにHWを見つめていたトリシアは、ふと本件の黒幕に視線をやると‥‥
「遺体が‥‥消えた?」
 確かにそこに在ったはずの遺体が、跡形もなくなっていたのだ。
「ヨリシロはモノによって遺体が残ったり残らなかったりするんすよ」
 トリシアの懸念を拭うようにフォローするマルスに、隊員らも確かに頷く。
(本当に‥‥何事もなければいいのですが)
 新の胸に過る懸念は、ワームの影と同じ色をしていた。

●9:00 AM
 隊員や傭兵達は、敵が拠点としていた施設を礼拝堂の地下に発見。
 そこには複数のバグアがいた痕跡やメンテナンスを行う設備、そして膨大な書物があった。
 駆け付けたUPC兵に残る処理を引き渡すと、一人、また一人と迎えの高速艇に乗り込んでいく。
 そんな中、ジョエルは所在無げに礼拝堂を見つめていた。
(失ったものがあまりに大きすぎる)
 かつての仲間への想いは募り、溢れて吐き出しそうだった。
「『7人で1つの戦車となって、人々の為に走り続ける力となろう』」
 ふと、慣れた香りが漂う。いつの間にか脇に立っていた少女は、呟いて小さく息をつく。
「‥‥絆は永遠で、その信念は、これからもずっと続いていきます」
 思わず少女へ振り返ると、そこには出会った頃と変わらない笑顔があった。
「誰かを思う心があるから、人は強くなれる。生きていける。そう思うんです」
「お前には、俺の考えていることが分かるのか」
 苦笑いを浮かべたジョエルの顔を見上げ、夢姫はその手をとった。
「思い出は、ずっと胸に‥‥そして私たちも、“ここ”にいます」
 傍に居る仲間たちの想いを感じる。それは、確かにこの足を支えてくれていた。
「あぁ‥‥お前達のお蔭で、今がある。何と伝えても足りないが‥‥」
 心から感謝している。男は少しずつ慣れてきた穏やかな表情でそう言った。

 沢山の想いを越え繋がれた絆は、一つの“戦車”となって道なき道を進んできた。
 強烈な憎しみも、渦巻く欲望も、友の死も、仲間への想いも。
 共に乗り越えて歩んだ足跡を、確かな轍として後背に残して───。

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