●オープニング本文
前回のリプレイを見る 占星術【astrology】
占星術とは、太陽系内の太陽・月・惑星・小惑星などの天体の位置や動きなどと人間・社会のあり方を経験的に結びつけて占う1技術体系のことを指す。
どんな結果が出たとして「貴方は、そういう星の元に生まれたんですよ」などと使い古された言葉で自分の運命が占われたとしよう。
それを信じて時に喜び、或いは嘆くのか? または馬鹿馬鹿しいと笑うのか?
反応は人それぞれでいい。
ただ‥‥信じる者を馬鹿にすることも、信じない者を否定することも、どちらの行為も歓迎されることではないし、自分の限界や未来を自分で決めこんでしまうことだけは避けなければならない。
星は、そんな詰らないことの為に輝いているのではないのだから。
●運命を揺るがす星
『今日の星占い☆ 山羊座の貴方は、運命的な再会を果たす予感! 人の多い賑やかな場所に出かけてみて。ラッキーアイテムは‥‥』
───同じ期間に生まれた同じ星座の人々は、皆同じ運命だとでも言うのだろうか?
ジョエル・S・ハーゲン(gz0380)は小さく溜息を零して、不得意な新聞記事のページを捲った。
「星‥‥か」
地球は今、戦争の只中にあった。
空には赤き巨大な星が浮かんでおり、そこから襲来する異星の侵略者達によっていつ終わるとも知れない激しい戦いが続いている。
もう、何年もだ。
あんなにも大きな赤い星が空の景観を変えてしまうなど、昔の占星術師達は思ってもみなかっただろう。
それとも、「この事態は予知されていたし、これは運命だった」とでも言うのだろうか?
下らない事に思いを馳せても詮無い。
なぜか頭に入ってこない新聞をテーブルに置くと、馴染んだ革張りのソファから立ち上がった。
◆
ジョエルが隊長を勤める小隊「Chariot」の人員が正式に6名となってから、数ヶ月が経過しようとしていた。
毎月、月命日には必ず訪れる花々の咲く美しい霊園は、冬も尚、気温が管理されているだけあって人工的な美しさを保っていた。
四季がないこと。いつまでも変わらないこと。
それは、死者を忘れられずにいつまでも訪れる“遺された者”に四季という時間の経過を感じさせない配慮なのか定かではないけれど、俺はこの変わらない様にいつしか痛みを感じるようになっていた。
自分達が変わってゆくことへの罪悪感と、彼だけが変われないことへの心苦しさ。
けれど、この場に来ることをやめるつもりはない。
「ここは静かだな。お前の居る場所は‥‥星の向こうは、良い所なのか?」
●ドラゴンヘッド
「はい、丁重に対応するよう致します」
本部へ訪れた時、いつもと違う様子のオペレーターを目にした。
笑顔がとりえだと自負する彼女から、その笑顔が消えているのが解る。
以前の俺なら触れずにいただろう“それ”に‥‥俺は、声をかけていた。
「バニラ、何かあったのか」
ただ、口の下手さ加減は以前となんら変わらない。
もっと他にかけられた言葉もあっただろうが、俺には思い浮かばなかったのだ。
「ジョエル、あのね‥‥」
少女は何かを言いかけ、しかし逡巡した後にこう言った。
「ううん。やっぱり、なんでもないの」
だが、少女の表情は曇ったままだったし、それをもてあましていると言うことも理解できる。
「俺では頼りにならないかもしれないが、他に的確な人材を連れてくることも出来るかもしれない。困った時は、言ってくれ」
そんな言葉を残して受付を去ろうとした時、思い悩んだバニラから声が発せられた。
「‥‥ごめん、待って!」
◆
少女から聞かされたのは、ある依頼の話。非常に緊急性、秘匿性、並びに重要性の高い仕事だというが‥‥。
「依頼主は明かせないんだな」
「‥‥主が誰であっても仕事の内容は変わらないわ」
「確かにお前の言う通りだ。依頼内容は‥‥イギリスに発見された、バグア施設の破壊で間違いないんだな」
「ええ。‥‥ほら、ジョエルは昔からイギリスの仕事は絶対に請けなかったから‥‥案内するの、やめようと思ったの」
少女は苦笑いを浮かべた。
「ねぇ、この際1つ聞いていい?」
「‥‥すまない。恐らく、その質問に値する解を俺は持ち合わせていない」
「わかった。仕事の事も、他を当たるわ。時間をとらせてごめんなさい」
だが、俺は立ち上がろうとする少女の腕を咄嗟に掴んだ。
「依頼書に記載のあった情報に、気がかりがある。お前さえ迷惑でなければ、俺にこの仕事を請けさせてくれないか」
「え?」
「どうせ依頼主はイギリス王室の連中だろう」
「‥‥!」
「そんなことはどうでもいい。ただ‥‥気になるのは、この記述だ」
指差した書類。そこに記述されている項目にバニラも目を走らせた。
「8月29日に目撃された黒色HW追跡の結果、該当施設を発見‥‥? これが、どうしたの?」
「お前もよく知っているだろう。ベルリンで俺達がヨリシロを討伐したあの日の事を」
「まさか‥‥」
「あの日、西へと飛び去ってゆく黒色のHWが目撃されたな。同日に別の場所で黒色HWが目撃された事はただの偶然かもしれないが」
‥‥どうしても、気にかかった。
このHWの情報についても勿論。もう一つは依頼主の事だ。
本件の依頼主が一般人であることはまず無い。
HWを目撃しただけならまだしも、着陸場所を探り当て、そこからバグア施設を見つけ出すなんて考えにくい。
それに、ただのバグア討伐や施設破壊について依頼主をわざわざ秘匿する理由など‥‥。
「1つ、施設破壊に当たって向こうから条件が出されているの」
「条件?」
「“依頼主が持つ私設の特殊部隊”から、1部隊が本件に同行するそうよ」
‥‥傭兵だけでは不満、ということか。
瞬間、俺は思っていた事が顔に出てしまったらしく、バニラがフォローを入れる。
「恐らく、バグア施設を直接自分達で調べたいのでしょうね。本来なら自力で探りたいんでしょうけど、先方としては『施設の規模がわからない以上、大人数で当たるべく追加戦力を傭兵から出してほしい』っていうことみたいだし」
「どうせそんなところだろう。“特殊部隊”とやらは、作戦相談の場には顔を出すのか」
「此方に到着次第、皆との打合わせに入ってもらって、その後現場へ向かってもらうわ」
「了解した」
●皮肉な再会
「‥‥女、どうして“この男”がここに居る」
本件の依頼主お抱えの特殊部隊からやってきたという男達の中。
隊長格の男がジョエルを指差して顔を顰めた。
「彼は非常に優秀な傭兵であるからです。それに‥‥」
ちら、とバニラがジョエルの顔を見た。
ここ最近見ることのなかった、冷たく暗い表情を宿す男に不穏さだけが感じられる。
「依頼の条件には『ジョエル・S・ハーゲン傭兵大尉を除く』とは記載がありませんでしたもの」
「まぁいい。ジョエル、貴様わかっているだろうが‥‥」
「誰に何を言うつもりもない。不必要な勘繰りと不信は作戦に支障を来す故、控えて頂こう。ここは我々の領域(テリトリー)だ」
●リプレイ本文
●2012.Jan/In London
「あーもう、こんな形で里帰りだなんて最悪ね」
「全くだ」
星明かりしか見えぬ夜空を仰いでエスター・ウルフスタン(
gc3050)が大仰に肩を竦めて見せれば、後方から同郷の男がいつもより一段低い声で肯定を示す。
「ジョエル、あんた険悪な空気撒き散らして喧嘩したりすんじゃないわよ?」
「‥‥お前は俺を何だと思っているんだ」
嘆息と共に降ってくる大きな掌に思いがけず身を固くするも、エスターは慌ててその手を払い「子供扱いしないで!」と噛み付いた。
「随分とよくしゃべるようになったな」
突然かけられた言葉に気付き、ジョエルが口を噤む。
それは、最後に高速艇から降り立った、フォーマルハウトと名乗る特殊部隊隊長の声。
周囲の空気が凍てつき始めたのを感じ、夢姫(
gb5094)は不安げに隣のジョエルを見上げた。
暗闇の中、表情は解らずとも彼はただ真っ直ぐに例の男を見ている。
(ジョエルさんには、何か事情が‥‥?)
ひりつく場に、少女の心が痛む。
(ただ。昔、何があったとしても‥‥その過去があって、今のジョエルさんがあるから)
現在は過去の積み重ね。そして、未来は現在の積み重ねである。少女は勿論、後方で静かに様子を見守っていた秦本 新(
gc3832)も、同様の感慨を抱いていた。
ジョエルはジョエルであり、過去がどうであれ、何が変わるものでも無い、と。
「‥‥夢姫?」
ジョエルは、強く握りしめていた拳を覆う夢姫の手に気付き、男から視線を外した。
きっと少女はいつものように「大丈夫だよ」と笑んでくれているのだろう。暖かな体温。柔らかな掌からそれが伝わってくる。
「すまない。俺は‥‥大丈夫だ」
それを冷めた目で見ていたフォーマルハウトのもとへ、少女が幾分緊張した面持ちで接近する。
この表情を周囲の傭兵達に感づかれなくて良かったとほんの少し安堵しながら、少女は息を吸い込んだ。
「エスター・ウルフスタン傭兵伍長です」
その挨拶を受け、目の前の“少女”を男は一瞥する。気が付いたのは、少女から聞こえる丁寧な英国英語。
意識して装おうとしているようだが、特定の単語のアクセントに違和が感じられ、男は悟られぬよう口角を上げた。
「この街は、私の街です。私の国です。相手が誰であれ、この街では勝手が出来ないと言う事を教えるのが私の義務です」
「‥‥宜しく頼む」
すい、と視線を背けた男はそれ以上何を言うでもなく、傭兵が揃ったのを確認すると作戦の開始を促した。
「あの隊長の方‥‥紳士的では、ないですね」
こそりと耳打ちする宗太郎=シルエイト(
ga4261)に気付いて、ジョエルはふと向き直る。
「私が英国に偏見持ちすぎなのでしょうか」
そんな青年の言葉に小さく笑いを零すと、ジョエルは緊張が解けたように宗太郎の肩を叩いた。
「日本人が皆、控え目で奥ゆかしく勤勉かと言われたら、お前はどう応える?」
そこでジョエルは、活発で裏表のない明るさと大胆さを持つ日本人‥‥あくまで一例として空言 凛(
gc4106)に視線を流した。然程他意はないのだが、当の本人は眉を寄せてむすっとした声を返す。
「‥‥んだよ、ジョーさん。今なんか言ったか?」
「俺はお前をとても評価している、と言う事だ」
「嘘くせえ」
そのやりとりに、宗太郎は小さく頷くと「なるほど」とひとりごち、笑った。
●潜入
エスターが振動感知を発動させると、内部で複数の音が捉えられた。動作音だけでもそれなりの数だ。
「どうやって敵を施設正面へ誘き出しますか?」
夢姫の声に、陽動班として施設正面での戦闘を予定していた凛達3班の面々は顔を見合わせた。
外から派手に外壁へと攻撃を加えるなどして敵を誘き出すのか、或いは施設へ入り込んで内部で陽動し、その後施設正面まで敵を引きずり出すのか?
施設はと言えば、こちらの気配に気付いて迎撃をしてくるわけでもなく、待てども暮らせども一向に敵が出てくる気配は無い。
「‥‥何をもたついている」
強い語気を殺したような、凄みを感じさせる低音でフォーマルハウトは表情を強張らせる。
「無策か? ならばここは俺が指揮を執る。陽動班を施設正面に立たせ、“敢えて入口を小規模爆破”。敵に気付かせ、出てきたところを陽動班が引きつけて迎え撃つ。その隙に残る二班が施設内へ潜入し、以降は既に立案されている内容で作戦を遂行せよ。‥‥いいな?」
特殊部隊のERが準備の完了を告げ、各自指定位置に待機。フォーマルハウトは鋭い眼光で状態を確認すると自らの属する班の指定位置へ向かってゆく。
そして施設正面で待機する3班の脇を通りかかった男は、ジョエルとすれ違う僅かな時間だけその足を止める。
「聞くところによればお前は“優秀な傭兵”だそうだが‥‥それでこのザマか? この数年、何をやっていた」
互いに目を合わせることは無い。嫌な沈黙だけが重く圧し掛かる。
「生温い環境で、知能のないキメラ相手に殺戮を繰返し、積み上がった屍の山に満足でもしていたか。‥‥愚か者が」
ジョエルは返す言葉もなく佇み、フォーマルハウトは去ってゆく。すれ違う2人の距離が最大まで離れたその時。
───起爆。
爆ぜ散る物質、爆砕された扉の向こうからけたたましいサイレンが聞こえた。
ほんの数分の後に続々と姿を現す強化人間達。陽動班の面々はそれを待ち侘びた様に武器を構えた。
「さぁて、折角の陽動だし派手に暴れるぜ!」
●強襲
施設の1階部分に潜入した二つの班は、通路を駆けた。
エスターの情報に寄れば、内部でもたついている強化人間が少なからず居るようだ。
(大方証拠の隠滅だろう。‥‥させるか)
フォーマルハウトは足を速めようとするが、ふと何かに気付いて速度を戻す。
班行動の原則‥‥歩みは最も行動値・素早さの低いものに合わせられる。男は、エスターの速度に班の進行を合わせたのだ。それに気づかぬほどエスターも愚鈍ではない。
「申し訳ありません」
その事実に心の底で唇を噛む。それ以外言えることは無かったし、言い訳などできない。したくもない。
だが、少女に返ってきたのは先程とは様子の違う男の声だった。
「‥‥貴公の振動感知が必要であると判断しただけだ」
まるで某英国TVのニュースキャスター顔負けの、嫌味なまでに整った英語を繰りながら。振り返りもせずに男はそう応えたのだ。
男なりのエスターへの敬意なのかもしれないが、真意は分からぬまま、先を行く男に後れを取らぬようエスターは足を速めた。
1班の面々がある扉を開け放った瞬間、突如部屋の奥から複数のレーザー光線が悪意を孕んで此方に飛んできた。強化人間3人による迎撃だ。
しかしそれを見越していたのか、エスターの目の前で扉を塞ぐようにしてフォーマルハウトが立ちはだかり、大ぶりの盾で全弾受けきってみせる。そして男は大胆にも盾を構えたまま部屋の内部へ侵入し、真っ先にこう叫んだ。
「仕留めろ!」
込められた仁王咆哮に、敵は全員彼から目を背けられず、恐怖から逃れるように彼へと銃撃を繰り返す。その隙を逃すはずも無く、傭兵達は一斉に飛び出した。
(ふーん。流石、隊長の“お知り合い”)
斜に構えた様子で不躾な視線を送るマルス。しかし、そんなマルスに突如降ってきたもの、それは‥‥
「おらマルス! 追加でツッコミ入れろ!」
「‥‥はい?」
途方も無く響くイイ音と、意図不明の宗太郎の声。
声の方角を振り返れば、そこには天地撃を使ったのか否かもはや判別できない状態で床に頭をめり込ませ沈黙する強化人間の姿と、その頭の上を優雅に舞う‥‥ハリセン。
言葉を失ったマルスを見かねたのか、宗太郎は一仕事した後の爽快感を含んだ笑みで、いけしゃあしゃあとこう弁明した。
「いや、軽い武器がこれしかなくてよ」
「‥‥嘘だ」
結果。
「‥‥なんでや‥‥『捻(ねん)』っ!」
「ええかげんに! しな『砕(さい)』!!」
1班調査担当は、陽動担当に方針修正。
彼らは施設内の敵戦力に「施設正面は陽動で、内部に潜入し調査行動をとっていた彼らが本命なのでは(?)」というミスリードを深く刻み付けることに成功した。
敵戦力は彼らに集中し始め、これは作戦全体としても功を奏す結果となった。
だが‥‥この事態が意図されたものであったか否かは、ここでは敢えて触れないでおく。
●疑念
「へぇ、ジョーさんの知り合いなのか」
ジョエルが切り裂いた強化人間の腹部へ凛の繰り出した拳が直撃し、その体を大きく吹き飛ばす。
戦いの最中、それとなく始まった“会話”。
男は「ああ」と答えるとまた続く強化人間へ向かって刃を振り抜いた。
「にしても、なんか険悪なムードだったよな。久しぶりの再会っぽそーだし、積もる話とかねーのかよ?」
「‥‥いや」
特にない。そう言う事なのだろう。凛は返答に「やれやれ」と大袈裟に肩を竦めてみせる。
そんな中、切り倒した強化人間が動かなくなったのを確認した夢姫はふと顔を上げて施設入口を見つめた。
(明らかに、数が減った‥‥というより、出てこなくなった?)
ベルセルクを構えなおして息を整えると、口火を切る。
「敵が減っています。恐らく‥‥」
夢姫の気付きは、凛も共有していた。恐らく、潜入した仲間の存在に気付かれたのだろう。
「突入すっか。もう少し暴れねえと、調査しにくいだろうしな」
施設正面の最後の強化人間を全力で大地に叩きつけると、凛は猫のようにぐっと腕を伸ばした。
凛や特殊部隊の隊員らが次々施設へと吸い込まれてゆく中、夢姫は固い表情で建物を見つめていた。
「どうかしたのか?」
「ジョエルさん。‥‥あの」
華奢な肩に添えられた大きな掌。それに少し安堵したように夢姫は男の顔を見上げると、到着前からの気がかりを口にする。
「この依頼、何で今“緊急”‥‥なんだろう、って」
言われたジョエルは「確かに」と漏らして眉を顰める。
「何かを隠そうとしているような‥‥」
突然、夢姫の言葉が途切れる。男の指先が少女の唇にそっと触れたのだ。
「連中の耳が何処にあるか分からない。ただ、注意は払うべき‥‥だな」
慎重に耳元で囁かれる情報。少女はそれに確りと頷いた。
●“運命的”な再会
調査を進める2班は、1班と比べて機動力が高く、HDも皆静穏仕様を用いたこともあり敵から捕捉されることなく進んでいた。元より新を始め、皆が慎重に行動していた事もあるが、これを支援するように1班が施設内部で暴れ始めた事も功を奏した為だ。
「運命か‥‥」
余りに順調な調査の中、最前列を走るトリシア・トールズソン(
gb4346)はぼんやりそんなことを思い浮かべていた。
(良い事も悪い事も。星は全て知っている、という事なのかな)
‥‥最近、少女はそんな事を気にする様になった。
復讐を糧に一人生きてきた幼い少女は、母を知らず、父を失い、その運命を呪うようにして生きてきた。
だが、そんな少女の頭に過るのは赤毛の少年の顔。信頼できる友、そして仲間達との出会い。
それが、少女の心を少しずつ穏やかに変えていった。
孤独の中で生き抜く為に必要だった力は、今では彼らと在る“今”を守る為に奮われている。今まさに進行中の作戦でも、だ。
(この運命も、悪くない‥‥かな)
くすりと小さく笑みを零す。ふと思い出したのは雑誌の占い。いつもはさして興味のないそれだけど。
「さて。山羊座の私の運命は‥‥?」
トリシア達の辿りついたそこは、他の部屋よりも頑丈な扉に守られていた。
「‥‥新、これって」
「消去法で考えれば、恐らくHWの格納場所でしょうね」
調べによれば、ここは恐らく最深部。周囲を警戒した後に、新は慎重に重厚な扉へ手を添える。
開け放たれた扉。出迎えの牽制射撃も無く、静かで少し埃っぽい空気の向こう‥‥彼らの前に姿を現したのは、静かに佇む黒影だった。
(‥‥まさか)
目を見張る少女の胸中にぽっかり浮かびあがったのは、雑誌に踊っていたどこか安っぽい文字列。
山羊座の運勢───運命的な、再会。
脳内でリフレインするそれがどこか遠くの出来事のようで、奇妙な心地のまま少女はルビーにも似た双眸で黒色HWの姿を捉えていた。
確かめるように一歩一歩慎重に室内へ押し入る新は、HW搭乗口辺りの床にしゃがみこむと、AU−KVの指先で“それ”をなぞる。
(血液、か)
拭き取られる事も無く、放置されていた血液。古くなり、黒ずんで固まったそれを確かめると、青年は立ち上がる。
「‥‥いきましょう」
視線の先には、点々と繋がる血液の道。滴り落ちたそれが、怪我を負った何者かの行く先を明々と語っていた。
血路の終着点は、一見してただの壁に見えた。だが、間違いなく血は壁の向こうへと続いている。
視線を落とした先の床には、壁を境にして半円型の血痕が見えるのだから、これは恐らく隠し扉の類。
周囲にそれらしきスイッチも見当たらないとなれば、破壊するほかない。
「一旦、他を調査しましょう。もし、何も得られなければ‥‥ここを爆砕して中へ突入。それでいいですか」
今ここで爆破し、その音によって敵を集めてしまったら、調査機会を逸し、目も当てられない。
それ故の決断‥‥だが、結果として彼らはまたこの場所へと戻ってくることになる。
二度目の爆破。ERが居たことも幸いし、上手く扉の周辺のみを破壊することが出来た。
しかし、これを機に気付いた敵がここへ集まってこないとも限らない。
新は、調査を急ぐ気持ちを押さえるように、爆風で散る破片を手で払うと煙る粉塵の向こうを見つめる。
「これは‥‥」
壁面が全て書棚と化した広い空間。先の爆破の影響で、入口周辺の一部書物が燃え始めているのか、煙と共に嫌な匂いが立ち込め始めた。だが、新が注目したものは他にある。
部屋の奥に見える古びた衣装棚は、乱雑に開け放たれたまま、部屋の整然さと比べ明らかに異質な気配を漂わせていた。棚の手前には脱ぎ捨てられた衣服。赤茶けて固まったそれを手に取り、“これが何であるか”を確認した青年は、整った面立ちに強い怒りを混じらせる。
「それって、あのヨリシロの‥‥」
隣で発せられたトリシアの呟きに確証を得ると、尚のこと服を握りしめた手に力が入り、新は思わず服ごと握り拳を棚の扉に叩きつけた。
記憶の中の“あの女”が着ていた物と同じ。深いスリットの入った、真っ赤な真っ赤なドレス。
なぜ、どうして。その経緯を今解明できるかは別問題だが、新の中には堪えようも無い感情が湧き上がる。
「これ以上‥‥逃す訳にも、許す訳にもいかない」
ふと気付かれぬよう視線をやった先に新が捉えたのは、特殊部隊の男の動揺した姿。
「‥‥まさか、本当に‥‥」
男は何かを拾い上げると、丁重に懐へ仕舞い込んだ。
(もしや、依頼主はこの施設が何であるかを‥‥)
以降沈黙した男を横目に、新の中にあった幾つかの疑念は証拠を得て実像を描き始めていた。