●オープニング本文
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思えば、あのときからボタンを掛け違えていたのかもしれない。
蠍宿舎を襲った際に「なぜ奇襲のはずのRS隊の動きが読まれていたのか」。
フォーマルハウトは「裏切り者」の存在を示唆しているようにもとれる発言をしていたような気がする。
‥‥つまりそれは「バグアとの内通者」の存在を意味したのかもしれないが、ただ、それを『彼らの力では』洗いきることができなかった。詰め切れなかった。
そこから少し、歯車が狂い掛けていったように思える。
RS隊の大隊長カイルはこれに対し、全隊員をバグア発見器という名のFF検査にかけた。
だが、結果はシロ。すべての隊員が人間だった。
王家に使える忠実な番犬に、人間の内通者がいる可能性?
こんな事実を『口外できるわけがない』。
カイルの指示により独自に調査を進めていたフォーマルハウトだったが、その後、内通を疑う行動は掴めなかった。
内通者が、バグアとの接触をあきらめたか、あるいはこちらの動きを察して止めた可能性が高い。
そうなれば、発見は困難‥‥親だから、兄弟だから、恋人だから、親友だから。
そんな理由で疑い始めれば、キリがない。事実、今は亡き『彼』にその後不審な行動は認められなかったのだから。
仲間を疑う。仲間に裏切られる。
もしこの苦しさから、目をそらすことなく非情に徹していたら。
もしここに、「外」からの「新しい風」が吹いたとしたら‥‥どうだっただろうか。
●
「‥‥本当に、それでいいのか」
英国王室お抱えの特務部隊RS。その大隊長室には、部屋の主であるカイル・S・ハーゲンと。
「あぁ。‥‥決めたことだ。二言はない」
弟のジョエル・S・ハーゲンが、いた。
マンチェスター郊外での戦いから落ち着いた頃、あの事件について明確に解ったことは、この隊の副長を務めていたフォーマルハウトという男が能力者として再起不能になったことだけだった。
バグア連中は、そんなことは無関係で、生きてさえいれば後々フォーマルハウトを有効利用できると考えていたのだろうが。
結果、フォーマルハウトは能力者でいられなくなった‥‥それはつまり、RSからの除隊をも意味した。
そんな彼も、能力が発揮できなくなったとはいえ、慇懃無礼な様は相変わらず。
大隊長のカイルは、フォーマルハウトのその後についてを厚くフォローしたが、そもそもの彼の過去の功績から王室関係の要職に就くことは必至。
さほど心配も要らなくなった、そんなある日のことだった。カイルの元を、彼の血を分けた弟が訪れたのだ。
「本当に良いのか? 全うな生活でもないことはわかっているだろう」
「‥‥解かっている。フォーマルハウトの穴を埋める、などとは到底いえないが。お前を‥‥いや」
弟・ジョエルの薄い唇から躊躇い混じりの息が漏れる。
「‥‥兄さんを、傍で、支えたいと‥‥」
難しい顔をしたまま、途切れ途切れの言葉を繋ぐジョエルの姿は、以前のような鋭利さを感じさせなかった。
「なぁ、ジョエル。‥‥フォーマルハウトが、そうしろとでも言ったのか?」
「いや。あいつは『お前ごときに俺の代わりが勤まるワケがない。一生ラストホープで過ごしていろ』と言っていた」
「はは、そうだろうね」
この場にいない横柄な態度の大男を思い、カイルの口元に笑みが浮かぶ。
否、それだけではない。もう何年ぶりだろうか‥‥弟の口から「兄さん」と、呼ばれるのは。
「好きにすればいいさ。大人が一度決めたことだ、覚悟をもって望むことだ。それに‥‥僕らはいつでも、ここにいる」
変わることは、悪いことではない。
受け入れることは、怖いことではない。
それを弟に教えてくれたのは、ほかならぬ彼らなのだろう。
●時を少し遡って
「‥‥地球を奪還するための、最後の戦い、か」
その講義の中継をきると、ジョエルは自らが率いる小隊Chariotの面々に向き直った。
「聞いてのとおり。長らく続いた人類の闘いは、今、大詰めだ」
「‥‥で、俺らは今回も大規模要員として派兵されるんすよね」
話下手な自分の伝令を補佐するように促してくれるのは、エレクトロリンカーのトール。
「ま、俺はどこでもいいっすよ。隊長が決めてくれたんなら、つーか、みんな一緒ならどこでも」
そう言って、年長者たちのやり取りをなだめるようにオーディが口を開く。
「‥‥で」
室内に、一際大きな声が響いた。
「隊長、どーすんの?」
両手を頭の後ろで組んで、こちらに視線を投げかけているのは副長のマルス。
いつものやり取りだ。
これまで何年も続けてきた、当たり前の場所。
俺と彼らで作り上げた、はじめての居場所。
あるべき場所から逃げてきた弱い俺を受け入れてくれた、ただ一つの‥‥
「‥‥隊長?」
黙りこんで、うつむいて、唇を噛んでいた俺の肩をマルスが叩く。
「どうしたんすか? なんで、何も言わないの」
喉が詰まった。我ながら情けないと思った。
それでも、伝えたいと思った。以前の自分なら言えなかったことも、今なら言える。出来る。
「‥‥お前たちと共にいた時間を、俺は生涯忘れはしない」
すべては、ある少女と、そしてここにはいない戦友たちに教えられたから。
「俺は、この作戦終了後、軍人として英国に戻り‥‥兄に尽くしたいと、考えている」
そう告げた。
隊員らはそれぞれ、彼ららしい表情を浮かべている。
トールは「そんなことだろうと思った」というように小さく息をついたし、マルスは「だったら何で早く相談しなかったんだよ」と不服そうにしている。
ただ、「別にいいんじゃないすか」と勤めてなんでもないことのように答えようとするルーナスのそれに、他の隊員は小さく笑っていた。
●
これまでの戦いを通して、自分が今こんな風にここに立って、こんな風に思えるのは‥‥彼らがいたからだ。
時に頬を張られ、随分年下の少女に叱られ、一人で抱えきれないことはやさしく支えられ、そしてあるときは誤りを真っ直ぐに受け止めて頭を下げる姿を見せられた。
人間の持ちうるさまざまな感情を、ぶつけられてきた。
人であることを思い出した。
自分は命を奪うための機械ではないということ。人と人のつながりは何よりかけがえのないものだということ。
だからこそ、俺は自分が何をしたいのか、何をすべきなのかが明確になった。
簡単だ。シンプルすぎて笑えるほどだ。
俺は、これからも人を守りたい。
かけがえのないひとを、守る立場でありたい。二度と手を離さなくてよいように、と。
繰り返すことを恐れ、一人であろうとした弱い自分はもういない。
「なぁ、もしよければ教えてくれないか。お前は‥‥これから、どういう生き方をするんだ? 戦友として‥‥心を預けた存在として、お前の未来に少しだけ、触れておきたいんだ」
問いかけた日。式典広場の上空は、ただ青い空と雲だけがどこまでも心地よく広がっていた。
●リプレイ本文
▼夢姫(
gb5094)
「夢姫、そろそろ行くぞ」
シャバト・ウルヌスと刻印された墓前に立ち、手を合わせていた私の肩に大きな手が触れた。
天国の門。ここは、あの日からずっと変わらず、甘い花の香りに満ちていた。
私は「報告をしたい人が居る」と言って、ジョエルさんを誘ってシャバトさんのお墓へ来ていた。
明日は、ジョエルさんの兄、カイルさんが騎士称号を受勲する記念式典が行われる。
それに出席するジョエルさんは、現在カイルさんの右腕として、英国特殊部隊RoyalStar大隊で副長を担うようになっていた。座の名は、フォーマルハウト。
彼が軍への復帰を希望するまで、そしてなによりカイルさんと和解するにあたって、蟠りを捨てるには相当な葛藤があったんじゃないか、って思う。
それでも、ジョエルさんはこういう選択を取った。私は、そのことを、自分のことのように嬉しく感じる。
「生きていれば、何度でもやり直せるんだね」
「‥‥何か言ったか?」
「ううん。なんでもないよ」
英国へ向かう航空機の中。隣の席に座るジョエルさんの柔らかい声が、心地よく響く。
やり直せた今が、ここにある。この人がこんなにも清清しく、優しい顔をするなんて、あの日の私には想像もつかなかった。
『7人で1つの戦車となって、人々の為に走り続ける力となろう』
シャバトさん、見てますか? 貴方の大切な仲間の未来を。
形は変わっても、何かを守りたいという想いはそのまま生き続ける。だから、大丈夫。
───7人の絆は変わらぬまま、ずっと。ずっと。
▼秦本 新(
gc3832)
「新、お前はどうするんだ?」
自分でこれと決めていた今後を語るのに、一瞬詰まってしまった。
それというのも、先ほど聞かされた彼の選んだ道、そしてその決意や瞳の色が、変わらない真っ直ぐさだったから。
さらに突っ込んで言うのなら、それが余りに彼らしくて思わず笑ってしまったから、だ。
「私は‥‥そうですね。もうしばらくは、傭兵を続けようかと思ってます。まだまだ、平穏とは行かないでしょうし、復興を手伝いたい場所も、ある」
「‥‥故国のこと、か」
少し物憂げに言うジョエルさんに、正しく頷いた。
「ええ、日本も‥‥そして、アフリカも、オーストリアも」
思い返すのは、共に戦った日々。特にアフリカでのことは、Chariotの面々も思うところがあるようで、酒が入ったとはいえ彼らも真摯な表情で頷いている。
「新も、しばらく忙しそうだな」
「ええ。でも、復興も落ち着いたなら‥‥一度国に戻って、技術屋にでもなりますよ」
思い出したように付け加えたそれは、私にとっては然程たいしたことではなかったのだが、ジョエルさんがすごく嬉しそうな顔をしたので、正直驚いた。
「戦争に潰え掛けた夢を、もう一度追い求める、ということか」
「そうですね。色々あって、一度は諦めてしまいましたが‥‥」
そうだ、これは平和の世だからこそできること。けれど、私はそこでしばし口を閉ざした。
彼らと向き合っていると、自分の本心と向き合わざるを得なくなる。それは、彼らが余りに正直で、取り繕うことの無い人たちだからだ。
(私は‥‥色々理由をつけて逃げただけだったのかもしれない)
本当に、本当に今更だけれど。真っ直ぐ向き合ってみて初めて、そんなことに気付けた。
少し、恥ずかしい気持ちに苦く笑うと、ジョエルさんもそれに応えるように口を開く。
「夢を追える日々、か。大切な友が、それを口にできる今日と言う日を迎えられたことを、俺は心から嬉しく思う」
最近、彼はとても素直に言葉を綴るようになった。
人は、変われるし、夢をもてるし、知らない感情に出会えることもある。それは、この長い戦いを経て知ったこと。得たこと。
「ジョエルさんたちを見ていたら、私も‥‥負けていられないな、と思いましてね」
親愛なる友人にして、尊敬する戦友。
彼らが進む道が見える。だからこそ‥‥私も、前に進まなければ。
携わった多くの人々と、そして散っていった命と、敵対したものたちの顔が浮かんでは消える。
忘れることは無いだろう。彼らの上にこの星の未来が築かれてゆくのだから。
▼宗太郎=シルエイト(
ga4261)
パーティの中心人物たちから少し離れた場所。一本の大樹の傍で静かにワインを呷っていた男を見つけて近づいた。
「‥‥本当、あなたが無事でよかったです」
案の定、男・ヴィルは一度だけ私に目線をくれると、何も言わずに再びグラスに口をつけた。
返答が無いことに構いもせず、私は冗談めかして笑う。
「まぁ、武人として戦えなくなったのは残念でしたけど、ね?」
思えば、“彼”と何の気兼ねなく冗談を交わす日々がくるなんて思っても居なくて、こうして笑えている自分が不思議なものだ。
「冗談を言って笑ったかと思えば、ふと真顔になる。またろくでもないことを考えているんじゃないだろうな」
「ろくでもない、ですか」
「‥‥お前は、自分の根源にある感情を“よくないことなのではないか”と罪悪を抱いていただろう。周りのことを考えすぎるが故だ。ろくでもないだろう」
ろくでもない、か。きっと“番犬”であったヴィルは私よりもっと、周りのことを考えすぎて罪悪に苛まれたことがあるんだろう。
彼が私に告げる叱咤は、全て彼自身に向けられたことなのかもしれない、と思った。
「そのこと、なんですけど。実は、最近、もうほとんど、狂気が顔を出さなくなったんです」
思えばあの狂おしいまでの戦いへの情動は、何だったんだろう。
だが、あれが何であったとして。私はきっと、あの時のような、抑えの利かないほどの苛烈な欲求を、徐々に思い出せなくなっていくだろう。それが多分、“平和の世”とかいうもので、元来強い情動の先に求めていたもの、なのかもしれない。
「そうか」
彼は、少しの沈黙の後、たった一言そう呟いた。
「ええ。だからもう、心配はなくなりました」
私が今どんな顔をしていたのかはわからない。けれど、ヴィルは、何か不思議なものを見るような目で私の顔を凝視していた。
「なんです?」
「お前も、いい顔をするようになった」
「褒めてるんですか? 珍しい‥‥あ、そういえば。軍属って給料いいですか?」
「唐突に、なんだ。‥‥軍に入りたいのか?」
「あ、いえ、思うままに走ってきて‥‥これからのことは、まだ何も考えてなかったりします。だからまだ暫くは、のんびり傭兵業ですけど」
「当面ゆっくりすればいいだろう」
ヴィルはそう言って、私の肩を叩いた。それが少しくすぐったい。
「そうですね。でも確かなことは‥‥私もきっと、誰かの想いを守るために働いて‥‥そして、最愛の伴侶と共に、寿命まで生き延びます」
きっと、この時の私は、かつてないほど“幸せそうな”笑みを浮かべていただろうと思う。
▼エスター・ウルフスタン(
gc3050)
「お加減、如何ですか?」
「悪いように見えるか」
「いえ‥‥」
センパイとの談笑の後、“彼”は少し機嫌のよさそうな様子だったから。そっと近づいて、彼の傍の大木にゆっくり背を預けた。
「‥‥あなたもそうなっちゃったのね。パパと同じ」
ふと、呟いた言葉。それに他意はなかったし、この人に聞かせたいとも思ってなかった、と思う。けど、この人は耳聡いし、そもそも隣に居るのだから聞こえないわけも無い。
「なんだ。似合いのドレスの代わりに、クイーンズイングリッシュを脱いだのか?」
彼は、相も変わらぬキャスター顔負けの美しい英語でうちに問う。
さっき思わず口をついて出たのは、本来のうちの口調。アイルランド訛りの英語を指してる。
うちはそれを恥ずかしいなんて思わないけど、小さくため息をついて、「意地悪」と一人ごちた。
「私の父は、スコットランドヤードに居たんです」
私の話に相槌を打つでもないけれど、男はただ隣に居て、静かに耳を傾けてくれていた。
「憧れた人は皆、傷を負って去っていく。あなたのような人を、これ以上生み出したくなかったのに‥‥」
脳裏に過ぎていくのは、父の思い出。そしてそれに重ねていたフォーマルハウトという男のこと。
何かを守り、引き換えに何かを失う。彼らの場合は、それがよく似ていたから‥‥余計に苦しい。
「まさか、本気で言っているのではなかろうな」
突然だった。話を遮られたうちは、言葉の真意が解からないまま、喉の奥が詰まって次の言葉が継げずにいた。
「‥‥履き違えるな」
強い、叱咤。俯いて、慣れないエナメルパンプスのつま先に落としていた視線を思わず上げる。
「今の俺は、お前によって生み出されたのではない。お前ごときに哀れまれることも、悔やまれることも、全て不本意だ」
自らがエミタの能力を手放す原因となった怪我について、一辺の悔いも無いのだと気付かされた。だからこそ国を、大切なものを、守れたのだと、彼は自負してる。
これが、自分の力で何かを成した人の姿なんだって思った。強い、大きな存在に思えた。
「決めました。うち‥‥私、改めて勉強し直して、自分の力を振るえる場所を探します。そしていずれこの国の為に‥‥」
そう。“私”は、ここからはじめるって決めた。これは、彼に劣らぬ強い覚悟。ようやく見つけた、私の、道。
「だから、色々ご指南下さい。『マスター』?」
▼トリシア・トールズソン(
gb4346)
ジョエルは、穏やかだけど真剣そうな顔でこう言った。
「何かあればいつでも頼ってくれていいから、な」
私の今後を本気で心配してくれているんだと思う。でも、大丈夫なんだよ。
「あのね、私にはとっても大事な人が居ます。ジョエルは、会った事あったかな‥‥?」
「あぁ、覚えている。強い目をした赤毛の少年、だろう」
小さく頷いて、目を閉じる。今ここに居ない彼の顔を思い浮かべるだけで、自然と胸の辺りが暖かくなった。
「今後の事は、彼とずっと前から話してて。‥‥一緒に暮らそう、って。それで‥‥」
小さく息を吸う。
気恥ずかしいけど、私は思ってることを正しく伝えた。思いのほか勇気の必要な、その言葉を。
「結婚、したいなぁ‥‥って思ってるんだ」
きっと、オトナの人には子供の夢物語だって笑われてしまうかもしれない。
それでも、この場の皆は、決して私の言葉を笑ったりからかったりしなかった。ジョエルは真っ直ぐに受け止めて「そうか」って微笑んでくれた。
ここにいる皆は、一人の仲間として、同じ人間として、対等に戦ってきた。同情はせずとも、痛みや苦境は共感してくれた。
それはここにいる皆もそうだけど、G.B.Hの皆だって同じだ。きっと、この絆こそ、戦いを駆け抜けた後に得られた幸せのひとつなんだと思う。
「それとね、ベルガンズ・ノヴァ。グリーンランドにある街。彼が、彼の戦友が、命を賭けて守った街‥‥そこに住もうと思ってます」
「グリーンランド、か」
「うん。私達二人は、身寄りが無いから‥‥同じ様にこの戦争で親を亡くした子達の、親代わりになるのも良いかな、とか。何かお店をやるのも良いかな、とか。やりたい事は全部やっちゃおうとか」
「それは楽しそうだ」
笑うジョエルに、私も笑う。周りを見渡してみれば、皆も笑ってた。
こんなにも暖かで優しい時間がこれまで何度あっただろう?
ううん。きっと、これから先、何度も何度もずーっとずっと、続いていくんだろう。そう思うと、この世界が前よりもっときらきら輝いて見える。
ああ、なんて幸福なんだろう。復讐のためだけに生きていた日々を後悔なんてしない。けどね、あの時の私に会うことができたら、教えてあげたい。
「あなたは将来、しあわせになれるんだよ」って。
だからもう少しがんばってね。金の目をした赤毛の少年と出会うまで、ね。
▼メルカバーの翼
「思えば、長い付き合いよね、うちら」
夕焼けに包まれた美しい庭園で、エスターはぽつりと呟いた。
「もうすぐ‥‥最初の事件から2年、かな」
指折り数えて、トリシアはエスターに笑みかける。
けれど、その時になってトリシアは気がついた。エスターの勝気そうな瞳が、涙で溢れていることに。
「これで終わりなんて、なんか、寂しいっていうか‥‥」
「エスターさん、泣いてます?」
新が少女に視線を合わせるように顔を近づけると、エスターはそっぽを向いて目元を拭う。
「これは違うのよ。目から汗‥‥」
「いや、そんな訳ないでしょ(いくら脳筋でも)」
宗太郎の突っ込みにはキツく返事をしながら、少女たちは落ちてゆく陽を眺めた。
「なんでだろ、戦いは終わって、嬉しいはずなのに」
その時の感情を、この場の傭兵達は、きっと取りこぼすことなく共有していただろう。
「うち、まだ、みんなと一緒にいたい」
語尾は嗚咽で聞き取れなかったけれど。
「ええ、そうですね」と、新が応え。夢姫はそっと少女の頭を撫で、宗太郎が黙って頷いて。
そうして、トリシアが笑った。
「大丈夫。いつでも会いたいときに会える。それが、私たちが勝ち得たしあわせな未来、なんだよ」
▼永遠のはじまり
「夢姫、お前に大切な話がある」
たった一言絞り出すのに、相当勇気を振り絞ったことは確かだ。
到着した場所は小高い丘。丘の上にあるのはグリニッジ天文台だ。この世界の『時』を統べる、始まりの場所。
麓から天文台まで、二人、手を繋いで歩いた。
「想いをそのまま口にすることは、本来難しいことだと思う。それは、互いの立場であったり、組織やしがらみ、意地、プライドなどの様々な感情が邪魔をするからだ。俺も‥‥そうだった」
到着した天文台は、外灯でぼんやりと照らされている。
建物に添えつけられた時計の針が、緩やかに進んでいたけれど、鼓動はきっと、時計の針より随分早かっただろう。
「けれど、伝えることで繋がるものがあると知った。諦めなければ手が届くものがあると気付いた。‥‥夢姫、お前に教えられたんだ」
溢れそうになる感情を抑えるため、彼女の体をきつく抱きしめた。暖かで、柔らかで、今の俺にとって一番確かなものが腕の中にある。
「永遠をつくることは難しい。けれど、俺はお前のためならどんなことでも成してみせる。だから‥‥」
夢姫を誰にも渡したくない。傍でずっと彼女の笑顔を見ていたい。この体温を感じていたい。
強く願って体を離し、少女の瞳を真っ直ぐ見つめた。
「俺と、結婚して欲しい。死に別たれるその日まで、永遠の愛をお前に誓う」
もう少し言葉巧みならもっと良いプロポーズができただろうか、などと内心不安になっていると、背に回った少女の腕に力が篭る。
「私は‥‥居なくならないって、約束したよ。ずっとあなたの傍にいる、って」
互いの吐息を感じる距離がもどかしく、思わず少女の唇を自分のそれで塞ぐ。柔らかな感触に、胸中に痺れを伴う甘さが広がって、俺は幸せの意味を感じ始めていた。
今日も明日も‥‥その先も。
ふたり、ずっと寄り添って。