●オープニング本文
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「ジル、いつまでそうしているつもりだ」
センセイの言葉が重く響く。
“あの日”から約二カ月が経過するけど、心境に変化は現れない。
オーストリアでの事件も気になっていたけれど、あたしにはそもそも戦場に立つ資格がない。
皆の力を引き出して支援するどころか、ただ足を引っ張るだけの厄介者でしかないのだから。
「いつまで、だろう。‥‥わかんない。もう傭兵の仕事は出来ないかもしれない」
馬鹿な事だと解っているけど、あたしは今、傭兵である自分が嫌いでたまらなかった。
自分が一番、信用できなかった。
俯いていたあたしに、センセイは相変わらず優しくて。
視線を此方に向ける事はなかったけれど、ぽつりと声が飛んでくる。
「‥‥オーストリアの件、どうなったんだ」
オーストリアの件、とは。
双頭の大鷲の姿をした巨大なキメラがオーストリア国内の各地で頻繁に目撃されていた事。
そして、そのキメラが現れた場所が全てあたしの見知っている場所だったと言う事。
そして‥‥一月ほど前、私がその現場に向かった時の事。
ウィーンの国立歌劇場付近に現れたのを最後に、ぱたりとキメラが姿を現さなくなった事。
「もう、静かになったみたいだし‥‥いいんじゃないのかな」
「噴水の監視カメラ、州や地域住民が設置した物じゃなかったんだろう?」
「うん。でも、あれから何にも無いわけだし」
「‥‥さっきから、言い訳ばかりだな」
書類の上に、ペンが置かれる音がした。
思わず上体を起こしてセンセイの方を見ると、見たことがないような苦しげな顔で此方を見ているのに気付く。
けれどそれきり、センセイは口を閉ざしてしまった。
研究所を出たあたしに、行くあては無かった。
元々それまで研究所で割り当てられた部屋に寝泊まりをしていたし、
ハーモナーとして再び活動を始めてからしばらくは、その後身体に何らかの障害が発生しないかという懸念からも研究所に置いてもらっていた。
そもそもあたしには帰る家なんてないし、根なし草のまま傭兵を続けることは自分に合っていたんだと今になって思う。
自分一人が生きていく以外に、お金も必要だったから。
「今はまだ被検体の頃の資産で賄えるけど、いずれは働かなくちゃ‥‥でも‥‥」
戦場に立つことは、怖かった。
けど。でも。言い訳ばかり。本当に‥‥先生の言う通りだ。
「‥‥オーストリアに、帰ろう、かな」
どうしてもあの件を思い出してしまうけれど、一度気持ちを切り替えられるかもしれない。
そして何より、確かめたいものもあったから。
●
オーストリアの東端、ブルゲンラント州アイゼンシュタット。
オーストリアの9つの州の中で最も人口が少なく、緑の多い自然豊かな都市である。
都市の周辺は葡萄畑に囲まれ、世界遺産に登録されているノイジードル湖があるなど、心身を癒すには非常に適した場所だった。
そんなアイゼンシュタットの郊外。ジルが訪れた場所は、変わらず白かった。
真っ白な壁面、シーツ、サイドテーブル、カーテン。
窓から差し込む太陽の光も柔らかくそして、果てしなく白く。
そして中央のベッドに眠る少年もまた抜けるように白い肌で、この部屋に何ら違和感なく、馴染んでいた。
「‥‥リアン、お見舞いに来たよ」
ジルはサイドテーブルに新刊の書物を幾つか置き、読み終えたであろう書物を鞄に詰め込んだ。
そしてベッドサイドから目を閉じたままの少年を静かに見下ろすと、愛しむようにその瞼に口付ける。
触れる体温は、自分以外の存在を感じさせてくれる。自分がここにいる事を確かめさせてくれるから、好きだった。
その気配に、ふと瞳を開けた少年は起き上がって柔らかい笑みを浮かべる。
まるで天使のよう。この笑顔を見るだけで、ジルは心が温かくなった。
「新しい本、買ってきたんだよ。また、具合の良い時に読んでね」
そう言って少年の手を握る。少年を元気づけるような言葉も、裏を返せば自分を鼓舞するための言葉に感じてくるから不思議だ。
少年はジルの心の奥を感じ取ったのか、不思議そうに首を傾げながらも、とられた手をしっかりと握り返す。
「良くなったら、一緒に暮らそう? あたし、頑張るから‥‥だから‥‥」
そこまで告げると、途端に少年は苦しげな表情を見せた。
長く看てきた経験か、咄嗟にナースコールを押すジルはすぐさま少年を横たわらせ、頬を撫でる。
「大丈夫‥‥もうすぐ看護師さんが来てくれるから、ね?」
リアンという名の少年は、ずっとあの調子だった。
それでも、共に暮らせる日を信じていなければこの足は動いてくれなかったし、あの子が居るから今があった。
少年の存在はジルの生きる甲斐だった。こうして目的がある以上は死ねないし、やらねばならない。
自分を求めてくれる、たった一人の為に。
●
郊外の病院から滞在中のホテルへ戻ろうとした時のことだった。
猛スピードで走り抜けてくる沢山の車や逃げ惑う人々の姿が見える。
聞こえてくるのは、恐れに満ちた悲鳴。
「なに‥‥?」
揺られていたバスの中、運転手がラジオを切り替えたのか、流れるBGMが突然危機を伝えてくる。
『本日先程、ブルゲンラント州アイゼンシュタットにキメラが襲来。直ちに避難を開始してください。繰り返します──』
「冗談じゃねえ」
運転手はそれを聞くと、直ちにUターンをしようとする。
このまま何もせず流れに身を任せていれば、あたしは様々な事を回避できる。
戦場に立つことからも、死に怯える事からも、誰かを傷つける事からも、自分の無力さを痛感する事からも‥‥。
(‥‥本当に、これでいいのかな)
乗車中のバスは進路を180度変えると、これまで走ってきた道を戻ろうとする。
ふと、バスの後ろ窓から街の光景が見えた。
───伺える街の景色に、あたしは何を見たんだろう。
「降ろして! ここで降ろして下さい!」
「はぁ? 何言ってんだ嬢ちゃん。さっきの聞こえなかったのか?」
「聞こえたから言ってるの! お願い、ドアを開けて!」
「‥‥チッ。知らねえぞ! 勝手にどこにでも行けよ!」
一刻も早い避難しか頭にない運転手から飛ばされる罵声、その向こうに飛び出す。
街まであと少し。
速報が入っているということは、必ず本部に連絡がいっているはず。
それなら、“彼ら”が来るまでの間でいい。こんなあたしでも多少は時間を稼げるかもしれない。
あわよくば、被害を食い止められるかもしれない。もしも、それが出来たなら‥‥。
そこまで考えそうになって、思わず首を左右に振る。
傭兵の道を選んでからどんな時も肌身離さず持ち歩いていた剣に触れると、少し気持ちが落ち着いた。
放っておけば、リアンのいる病院だって危ないかもしれない。だから‥‥。
あたしは戦うことを決意した。
●リプレイ本文
●
「街の人は避難を完了させたみたいですね」
黒羽 風香(
gc7712)は、秦本 新(
gc3832)のバイクに同乗し、流れてゆく街の風景を見つめていた。
可能な限り耳を澄ましてはいたが、走行中のバイクからではエンジン音、風切り音の邪魔もあり、
大きな音ならともかく、遠くの物音や細やかな異変を確認するのは至難。
結果、現状は目視に頼らざるを得なかった。
「上空も、異変はないですか?」
前から聞こえる新の声に空を仰いでみたものの、特に変わったことはない。
風香は小さく息をついて、無線機に向かって語りかけた。
「こちらは異常なしです‥‥そちらは、どうですか?」
「‥‥こちらもまだ、掴めていません」
夢姫(
gb5094)は、時折バイクを停めては周囲の音を探っていた。
キメラの声、羽音、武器の衝突音。戦いが生じさせる様々な音。小さな異変も逃さないよう、耳を澄ます。
だが、今の所異変を捉える事は出来なかった。
「この辺りも異常は無さそうだな。次へ向かおう」
夢姫と行動していたベールクト(
ga0040)は、首肯する彼女の様子を見届けるとバイクに跨る。
(何事もなければ良いが‥‥)
余りに静かな街の様子に、ベールクトの小さな気がかりが増幅してゆく。
ただ今は、この疑念の霧が、敵を見つけることで晴れてゆけばいいと願うばかりだった。
「またあのキメラが現れたんだ」
街の中央部の広場という具体的な目標に向けて調査を進めていた1つの影。
イレイズ・バークライド(
gc4038)のバイクに相乗りしながら、サーシャ・クライン(
gc6636)が呟く。
サーシャの声は確かにイレイズにも届いていたはずだが、彼はそれに応える言葉を持ち合わせてはいなかった。
「‥‥ジルも、ここに来てるかな」
何一つ定かではないまま、少女は友人を想い、祈る様に瞳を閉じた。
バイブレーションセンサーの柔らかな光がサーシャを包むと、あらゆる音が自分の手の中に落ちてくる。
その不思議な感覚も、未だ自分達の音以外を伝えてはくれなかった。
それは街の人々が無事避難を終えていることの証でもあったが、妙な胸騒ぎは消えることがない。
何度目かの振動感知で漸くサーシャが捉えたのは、1つ西のブロックにある広場から聞こえた音。
「掴んだよ、キメラの音! でも‥‥」
手掛かりに思わず声を上げたが、同時に慎重に言葉を選び出した少女の様子にイレイズが気付く。
「捉えたのは2体のキメラと、あと‥‥誰か解らないけど、“人型の反応が2つ”。1つは、戦ってる‥‥」
つけ足された最後の情報に覚える違和感。その“2つ”が依頼の同行者であれば、無線で連絡があるはず。
‥‥だが、未だ無線は異常なしの報告が飛び交っている。
「直ぐに急行する。しっかり掴っていろ」
唸るエンジンが心まで震わし、バイクは加速度を上げて通りの角を曲がって行った。
広い街の中央。
無線の中継地点として情報共有に務めていたパステルナーク(gc7549)がサーシャからの情報をキャッチする。
『みんな、キメラ居たって! 場所は、中央の広場だよ。あと‥‥』
パステルナークは届いた報せを確かめながらも、正確に伝えた。
『現場周辺に2名、人が居るみたい。皆の内の誰かじゃないよね?』
その声に新が、夢姫が、それぞれ反応を示す。
現場の人型反応は、少なくとも自分達では無い。胸に満ちていた霧は、一層濃さを増すばかりだった。
●
もう、どれくらい時間が経っただろう。
あがる息。仕掛ければ、必ずもう1体が隙を突いてくる。
腕は大きく抉られ、背に突き立った嘴の跡から血は流れ続け、傷など数える方が馬鹿馬鹿しい程だ。
高速艇は、そろそろ到着しているはず。そう思えば幾分気が楽になった。
勢いのままに踏み込む刃が大鷲の首の1つをついに切断。
しかし武器を振り抜いた先、もう1体の大鷲の嘴が剣を捉えた。
「‥‥っ!!」
痛烈に響く金属音。剣の刃が、中程から真っ二つに圧し折れたのだ。
同時に咬み付かれた首元から鮮烈な赤が散る。
(結局、あたしは何も‥‥)
瞬間。
耳に届いたのは、バイクのエンジン音と自分の名を呼ぶ声だった。
「‥‥イレイズ‥‥?」
●
何故ここにいるのか、何故戦っているのか。
もはやそんな事は二の次で、考えるより先に身体と心が発していた。
強く、強く、その名を呼ぶ。
『咆哮』に、驚きも戸惑いも怒りも安堵も、その他心に滞留するおよそ全ての感情を乗せて。
突如、大鷲2体がジルから視線を外し、我先にと別の方角へ飛び去って行った。
大鷲が目指す先には、金の髪の青年と‥‥
「よくもあたしの大切な友達に酷い事してくれたね。ここから先はあたし達が相手になるよ!」
利発そうな少女の姿があった。
イレイズの放つ仁王咆哮の強制力。
だが、それ以上に青年の気迫に圧されたのか、まるで怯えるようにして大鷲は彼へと牙を剥いた。
(何故未だ犠牲者が出ていなかったのか、その理由が分かった)
向かい来る大鷲の向こう、イレイズが捉えたのは襤褸切れのようなジルの姿だった。
それを認めると、勢いを増す大鷲に怯むどころか、先程より明確な意思を持ってイレイズは鳴神を構える。
(避ける事も出来ただろう。なのに、たった一人でこの街を護ろうと‥‥)
距離、ゼロ。
飛行速度にのせて穿たれる大鷲の凶悪な一撃は、槍の柄に受け切られた。
「‥‥生きて帰すと思うな」
その好機に、青年の後方から響く歌声。迷いのない真っ直ぐな歌が、残る大鷲を捉えた。
「夜空を照らす星々よ、気紛れなる風に幻惑の歌を乗せて彼の者を惑わせ」
突然目の色を変えた大鷲は、サーシャに惑わされるがままにもう1体の大鷲へと飛びかかる。
傭兵達の到着を確認すると、ジルは安堵感からかその場に崩れ落ちるようにへたり込んだ。
そこへ、聞き覚えのある声が少女の意識を現実に引き戻す。
「よく一人で持ち堪えたな」
振り向くと、そこには難しい顔をしたベールクトと、安堵した様子の夢姫が居た。
現場に辿りついて漸く把握したこの事態。
もっと少女に言うべき事はあったのかもしれないが、ベールクトの中でその感情は言葉に収束せず。
ただ、ジルが無事であることを確認すると、その手に血が付着することも厭わず赤く濡れた肩にそっと手を置いた。
「もう少し踏ん張って貰うが、大丈夫か?」
手渡される救急セットを受け取り小さく頷いたジルを認めると、ベールクトはすぐさま瞬天速で戦いへ赴いていく。
その背を見送りながら依然座り込んでいる少女へと、夢姫は自然に手を差し伸べる。
「治療が終わったら、支援に来てくれると嬉しいな」
包み込むような笑みで彼女を立ち上がらせた後、柔らかい香りを残したまま夢姫もベールクトの後を追った。
情報を聞いて駆け付けた柳凪 蓮夢(gb8883)に、ジルを託して。
「蓮夢、ごめん」
練成治療を施す蓮夢は、か細い呟きを拾うと、その手を休めることなく口を開いた。
「今は傷を治す事だけ考えるんだ。パステルナークも来ている。後で、無事を伝えてあげるといいよ」
「‥‥うん」
(あれは、ジルさん‥‥か?)
到着した広場で新が見たものは、敵と交戦する仲間達と、治療を受けるジルの姿だった。
「悠長な事を言っている余裕は無さそうです」
バイクを停めると風香が真っ先に駆け降り、仲間が応戦している大鷲へと向けてヴァーミリオンを握った。
真紅に染まる風香の瞳は、確かに眼前の敵を捉える。
しかし‥‥風香の右手は微細な震えに侵され始めていた。
思い出すのは前回の事件。同型のキメラを前にすると、思いがけずあの時の痛みが蘇ってくる。
(大丈夫。大丈夫だから‥‥お兄様、守って下さい)
震える右手に、左手を添える。誰かの体温を感じるように。支配されそうになる怖気を戒めるように。
「いきます‥‥!」
そして、今度こそ違えないように。
引き金は共に在る仲間達の為に。そして‥‥紛れもない、自分自身の為に引いた。
纏わる黒い燐光が、その濃さを増す。風香から放たれる銃弾は確実に大鷲の翼を貫き、その動きを阻害してゆく。
風香を背に護る様にして、新はそのままイレイズに対峙する大鷲へと側面から痛烈な一撃を叩き込む。
鬼火が穿つ確かな感触。それを認めると、突き立てた槍を引き抜き更に薙ぎ払った。
「あと、1体‥‥!」
もう一方の大鷲には、夢姫とベールクトが対応していた。
夢姫の剣が繰り返し翼を刻み、逃走手段を失って地を這う大鷲へとベールクトが迫る。
「俺達の仲間を傷つけた報い、その身に受けろ!」
真紅の刀身が、一部の躊躇もなく見事な軌跡を描いて振るわれる。
その圧倒的な熱を感じる暇もなく、大鷲は一刀両断された後、翼を散らして絶命してゆく。
返り血を気にも留めず、ベールクトは眼前に転がった“大鷲であったもの”に未だ強い怒りを隠しきれずにいた。
一方。
高台に止まって街を観察し続けていたパステルナークが、戦いの間にあるものを見つけていた。
「誰か、逃げ遅れてたのかな? 皆が間に合って良かった」
足早に街を去ってゆく、人間の背を静かに見送りながら‥‥
●
戦いの後、周囲に他者の気配がないと判った傭兵達は現状把握も兼ねて広場に集った。
「こんなになるまで戦ってたなんて‥‥」
治療を受けたとはいえ失った血が戻る訳でもなく、普段より生気のない友人の姿にサーシャは胸を痛める。
申し訳なさそうに視線を落とすジルの表情に、新は思わずあの光景をリフレインさせていた。
それは、前回同行した際に彼女が見せた沈んだ顔。
(仲間を頼れと言いながら、私は‥‥彼女を信じていたのか?)
あれからずっと、気にかかっていた事。心に暗く圧し掛かっていた想い。
今度会う時は、せめて彼女と向き合おうと‥‥そう、決めていた。
「ジルさん」
新を見上げる少女はどこか心苦しそうで、それでも微笑もうとしているのが解る。
「前回の件は、本当に‥‥」
申し訳なかったと、新は頭を下げた。
「え‥‥なんで? 新、そんなことないよ、頭を上げてよ‥‥」
驚いたように、ジルは慌てて新の肩を揺さぶった。
力無い少女の手を感じながら、遣る瀬無い思いで口を開く。
「いいえ。仲間としてのケジメ、です」
頭を上げた後も、新は決してジルから瞳を逸らす事は無かった。
「あたしが頼りないからいけないんだし‥‥」
「それは、違う。今回の件だって‥‥」
言いかけた新の言葉を継ぐように、夢姫が笑う。
「ジルさんが、ここで守ってくれたから‥‥人も、街も無事だった」
そういって、夢姫は近くに落ちていたジルの剣の破片を拾った。
未だ少女が握りしめたままの剣を見て、それが大切なものなのだろうと気付いた夢姫は、破片をそっと手渡す。
「でも‥‥あたしは‥‥」
「貴女のお蔭だ」
念を押すような新の声。こんな自分にどうして?
皆が余りに優しいから、時折無性に辛くなる。けれど‥‥
「1人で怖かったよね」
途切れることのない暖かな言葉に、素直な感情が溢れだす。
「私たちだけじゃ、間に合わなかった。頑張って持ち堪えてくれて、ありがとう」
「夢姫‥‥」
ここにいる皆の想いを感じる。
両親を失ってからずっと一人強がって生きてきた過去が、今の自分に重なり合って想いを止めることができなかった。
「っ‥‥怖かった‥‥死ぬかと‥‥思っ‥‥!」
亜麻色の髪の少女は、仲間達の目も憚らず声を上げて泣いた。
溢れる涙を手の甲で何度も拭い、しゃくり上げながら紡ぐ想いは言葉にならないまま。
葛藤する想いが少なからずあったはず。なのに、たった一人で戦ったこと。逃げずに、向き合ったこと。
泣きじゃくる少女が幼い子供のように見え、イレイズは静かにあやす様に肩を抱いた。
「‥‥よく、頑張った」
「っ‥‥うん‥‥」
励ましや労い。
過る言葉は幾つかあれど、ベールクトは未だそれを口にすることができなかった。
戦いの渦中感じた、仲間への想いは確かに此処にあるはずなのに。
だから‥‥
「落ち着いたか? 早く怪我を治して、また共に護っていくぞ」
ジルが泣きやんだのを見計らうと、ベールクトはそれだけを伝える。
不器用そうな青年の表情に気付いた少女は、血と涙で汚れた顔をくしゃくしゃにして嬉しそうに笑んだ。
●
(これで三回目。しかも今回は依頼ではなく「偶然」、タイミングが合い過ぎている)
新は口元に手をあて逡巡した後、落ち着きを取り戻した少女に気遣いながら問いかけた。
「ジルさん‥‥最後にこの国へ来たのはいつですか?」
「今日の前は、前回一緒に依頼に参加した時かな。あれが最後だよ」
その一致には、寒気すら覚えた。
事前にバニラに訊いていた同型キメラの出現開始時期は、春頃。
つまり、ジルが傭兵としての活動を再開させた時期と全く同じなのだ。
そこへ来て、夢姫も同様の疑念を抱いていた。
(途絶えたキメラが急に出現‥‥ジルさんが遭遇したのは、偶然‥‥?)
まるで、この街に彼女が居るのを、知ってたみたい。
優しい夢姫の事、それを敢えて口には出さなかったが、ジルとの関連について懸念せざるを得なくなってきたのだ。
「ジルさん、ここには、どうして‥‥? 大鷲の情報を知って、駆け付けたんですか?」
夢姫の問いにしばし言い淀んだ後、ジルはとつとつと語り始める。
「あたしの弟が郊外の病院にいるの。丁度お見舞いに来てて‥‥だから、偶然だと思うんだけど‥‥」
「待って下さい」
風香が、頬に指を宛て思案気に首を傾げた。
「あの‥‥無線で聞いてた情報の『人型2つ』って、ジルさんともう一人は誰なんですか?」
戦闘開始時、周囲には他に人影が無かった。それに、ジル自身も「あの時は誰も見ていない」と証言している。
直後の探査も、自分達以外の反応を捉えることはできなかったのだ。
「人が居たのは間違いないよ。ジルから少し離れた場所だったけど‥‥捕捉した体長を考えると、恐らく男性だと思う」
サーシャは捉えた音を思い返す様にして、皆にそれを告げる。
(仕掛けた主の存在、か)
その慧眼を以って街を見渡した後、異常がないことを確認すると新は眉を寄せた。
●
「リアンさん、はじめまして。夢姫です」
夢姫は、ジルや傭兵達を伴って病院へ訪れていた。
握手を求めるように白い手を差し出して笑う夢姫に、少年も笑顔を贈る。
「最近、何か変わった事はあった?」
少年は不思議そうな顔をするが、ただ静かに首を横に振る。
(この子、ひょっとして‥‥)
感づいた夢姫をよそに、少年はジルに古い布切れを手渡した。
『さっき目が覚めた時に気付いたんだけど、お姉ちゃんの忘れ物?』
少年が画用紙に書きつけた文字にジルの顔が強張る。
「え‥‥? あ、あたしだ。ごめん」
「‥‥ジル?」
固い表情のまま布切れを手にしたジルにイレイズが問うも、何でもないと少女は笑う。
傭兵達はどこか釈然としない気持ちを抱えたまま、共にLHへ帰還した。