●オープニング本文
前回のリプレイを見る●感染
人類の目が宇宙やアメリカでの大規模作戦に向き、その他地域の人類側勢力が手薄になった矢先のこと。
ここ最近、オーストリア各地でキメラの襲撃が狙いすましたように多発したのだ。
これまで散発的に起きていた襲撃が嘘のように、各地で被害が相次ぎ、壊滅する村や多数の死傷者が出始めた。
そのたび傭兵達が派兵され、都度キメラを討伐していくが‥‥その間も人々の不安は煽られ続ける。
「傭兵は常に傍にいてくれる訳ではない」
結局襲われない確証など1ミリもなければ、襲われて傭兵が来てくれたとしてもそれまでに自分や大切な家族が命を落とさずにいられる保証だって何処にもない。
これまで人類勢力圏にあった秩序ある守られた国は、徐々に広がり始めた黒い影に怯え、高い緊張の中で日々を過ごしていた。
そんな中、オーストリア国内にある噂が流れはじめる。
『能力者達が宇宙へ戦いの場を移し始めたこの隙を狙って、バグア側が手薄な所を突いて一気に攻め落とそうとしているらしい』
『まず手始めに欧州‥‥中でもオーストリアが、バグアに狙われているようだ』
『一連の襲撃事件の黒幕は、神聖ローマ帝国で一時代を築き、一度は覇権を手中に収めながらも夢破れたハプスブルグ家の末裔だとか。人類への報復行為を行っているようだ』
‥‥など、いずれも事実関係が一切確認されていない“ただの噂”だ。
噂の養分は恐怖や強い負の感情であることが多い。
人々のバグアに対する懸念や不安を吸い上げて、噂はどんどん膨らんでいった。
だが、噂が根も葉もないかと言われれば完全に否定しがたい部分もある。
人類勢力圏であるにもかかわらず、現にオーストリアは各地でキメラの被害が相次ぎ、沢山の人が命を落としていた。
そして印象的なのが、双頭の大鷲というハプスブルグ家を連想させる架空の生物の姿をしたキメラたち。
噂を加速させるそれらの事実に、人々の不安と緊張はますます高まる。
そこへ、新たに流れはじめた噂があった。
「ねぇ、知ってる? 能力者でなくても、バグアから確実に自分や家族の身を守る方法があるんだって」
人々はこう言った状況下でこのような噂話を聞いたとしたら、一体どうするだろう?
例えば、命に代えてでも守りたい人がいたとして。
けれど、エミタの適性がなく「彼らと戦う為の術」や「大事なものを守る為の手段」を望んでも得られない立場だったとしたら‥‥。
●彼女の気がかりは
「またオーストリアで例の大鷲キメラが出たって」
キメラの襲撃がオーストリア国内で相次いでいた日の事。
欧州の案件を中心に担うオペレーター、バニラ・シルヴェスターに今し方まとめたと言わんばかりの走り書きの書類が手渡された。
「すぐ確認して傭兵を派遣するわ」
1分1秒を争う召集。被害状況を確認しながら、バニラは資料に目を通して傭兵達を手配する準備を進めていた‥‥が。
「‥‥人の姿?」
「うん。襲われた村から逃げる最中、逃げた人がキメラと一緒に見慣れない男の人を見たんだって」
「小さな村だから、よその人は目立つのでしょうね」
バニラの呟きに首肯して、オペレーターはなおも続ける。
「村の人たちは懸命に「あんたも逃げな!」って叫んだみたいなんだけど、声が届かなかったのか、その人は周囲を見渡していただけで全く動かなかったらしいよ」
「なるほど‥‥観光客の可能性もあるし、キメラの討伐以外にも現地で逃げ遅れた人が居ないか確認したほうがいいわね。その人の特徴を教えてくれない?」
バニラは至って中立の物言いに留めるようにして、先ほど受け取った書類に補足事項を書き足していく。
「やせ形の男で、背丈は約180cmくらいだったみたい。黒いパンツに落ち着いた赤色のジャケットを着ていたって。あと‥‥旅行鞄だと思うんだけど、大きめのケースを持ってたそうだよ」
バニラは手元の資料を眺めながら、膨れていく気がかりに溜息をこぼした。
そもそも、少し前までこの国はこんなにもキメラの襲撃が多発する場所ではなかったのだ。
これではまるで‥‥。
(競合地域みたい、ね)
それに、先日ある少女から告げられた言葉がバニラの気がかりを加速させていた。
『オーストリアで事件が起こったら、あたしに連絡もらうことって出来るかな。故郷の事件には率先して出たいの』
そういえば、少女がそう告げたのは先のオーストリアの国立歌劇場での仮面舞踏会護衛依頼の直後。
思えばここ最近急激にオーストリアでの依頼を多く扱うようになったのも、始まりはあの日からだった気がする。
「何が、起こっているの‥‥?」
バニラは胸を騒がせながらも、手元の携帯電話からジル・ソーヤのナンバーをコールした。
●暗黒のギミック
「何人か逃がしたか」
炎に呑まれゆく村。
その中心で、頬のこけた男がぎょろぎょろと貪欲そうな目で周囲を観察した後にそう呟いた。
「ここまでやる必要はなかったはずでしょ! あまりに惨いわ‥‥」
男の呟きに強い苦言を呈しながら、建物の蔭から一人の女性が姿を現す。
女性は、目の前の村の光景に跪いて涙を流し、傍に在った亡骸に向かって十字を切った。
「とんだ言い草だな。お前もこの場に居たじゃないか」
「ただ襲いかかるだけでよかったはずよ! 村人を殺す必要なんてなかったし、そんな指示もなかったわ」
「うるせえな。嫌ならてめえで俺を止めてみりゃ良かっただろ?」
「‥‥その辺にしておけ」
そこへ、新たに体格の良い男が現れた。男の声がするなり、男女の口論はピタリと止まる。
だが、すぐにやせ形の男は下卑た笑いを浮かべてこう切り出した。
「遅かったじゃねえか。お前が居ねえから先に殺っちまった」
「‥‥殺る、だと? 命をとる指示は出ていないだろう」
「甘い事言ってんなよ。本当はビビってんだろ? だからお前は誰ひとり殺せないんだ」
「くだらんな。それに‥‥お前、こんな状況じゃ逃がした村人に姿を見られているんじゃないのか」
「見られても構わねえだろ。“人”が村に居たって何にも可笑しい事は‥‥」
「アイゼンシュタット程の規模の町ならともかく、こんな小さな村に“見慣れない男”が居てみろ。すぐに話は広まる。もう少し考えて動くんだな」
「チッ‥‥別に問題ねえよ!」
「大問題だ。これが明るみに出たら計画は‥‥」
「ねえ、まって! もう行きましょう。傭兵達が到着する時間よ」
言い合いをする男達に割って入ると、女は腕時計を指差し警鐘を鳴らす。
「引き上げるぞ」
体格の良い男は憔悴した様子の女を伴って姿を消した。だが‥‥。
「くそ、あいつ‥‥俺の事馬鹿にしやがって!」
残る男は、二人の背を見送っていた。
握りしめる歪な拳。男の掌には爪先が食い込み、赤い血が滴り始める。
そこへ聞こえてきたのは、高速艇が付近に着陸した音。傭兵達の到着まで、あと僅か。
「俺は力を手に入れた。もう誰にも馬鹿にさせやしない。‥‥“強く”なったんだ」
●リプレイ本文
●図書館
「これで大丈夫‥‥かな」
蔵書管理のモニター前で検索用キーワードを入力すると、夢姫(
gb5094)はEnterキーを押した。
夢姫が訪れていたのはLHの図書館。膨大な蔵書や資料から、少女はあるものを調べていた。
それは、先の舞踏会から気がかりだった人物‥‥オーストリア国民議会議員、ユリウス・ロートリンゲンのこと。
ユリウスは、若き国防大臣として軍事編成はもとより軍の総指揮も執り、積極的に国政にかかわる政治家らしい。
だが、男と噂の因果関係を仄めかすような情報は得られない。
そしてもう一つ、懸念していた“噂”について。これも、不自然なほどネットから情報が手に入らないのだ。
(もしかして、悉く削除されている‥‥?)
あの男には財も権力もある。
例えば彼やその周辺人物が何らか事件を起こしたとしても、もみ消すくらいは容易いのではないだろうかとも思えた。
反面、全くの潔白である可能性も十分にある。
思案気な夢姫だったが、そこへ突然、携帯から振動音が響いた。
画面には、1件の着信通知。
「‥‥ジルさん?」
夢姫はそれを確認すると、本部へ急行した。
●高速艇
「あの‥‥皆さんに、お話しておいたほうが良いかと、思って」
集った傭兵達の中、夢姫が少し固い面持ちで口火を切る。
「先日リアンさんの護衛についた妹からの情報ですが‥‥病院に例の布を残した人物は“背が高く、体格の良い男性。歳は40代半ば位で朗らかな笑い声が感じの良い方”だったそうです」
夢姫の言葉に引っかかりを感じた傭兵達。それは、デジャ・ヴュにも似たリンク。
息を呑む彼らの中で、秦本 新(
gc3832)が敢えて問いかける。
「‥‥似ていると思いませんか」
何に、とは言わなかった。ただ、それでも各々の中に明確な道筋が実像として浮かび上がろうとしていた。
青年は一呼吸置いた後に、こう続ける。
「私たちがあの舞踏会の日に遭遇した‥‥ジルさんを見ていた男も、同じ特徴です」
既視感の原因は、“それ”だった。
友の言葉に肯定の意を示し、イレイズ・バークライド(
gc4038)が、新に代わって言葉を継ぐ。
「共通した特徴を持つ男が、共通して“布”を残した‥‥となれば、先の舞踏会のものは、病院にあったそれの片割れではないのか」
青年は、傍に居たジルに視線をやる。
向けられた眼差しに応えるように、少女は1枚の布きれを取りだした。
「最初のはこれ。新、“あれ”持ってる?」
「ええ、此処に」
応じて、新が所持していたもう1枚の布を卓上に広げる。
青年は、ジルの持つ布を受け取ると丁寧に繋げ合わせるように並べた。
「これは‥‥?」
そこに浮かび上がったものは‥‥やはり、数字と記号の羅列でしかないように思える。
47.717343,16.694233
「また数字、かぁ‥‥どういう意味なんだろ」
話を聞いていたサーシャ・クライン(
gc6636)も、これを確認すると思わず肩を竦めた。
その隣で、黒羽 風香(
gc7712)もこれまでの事を振り返りながら思案する。
「この布を得た状況は特殊です‥‥何にも関与しない、なんてことはないと思います」
舞踏会以降、様子の気になっていたジルを気にかけながら見解を述べる風香。
「そうだね、後で調べてみよう」
風香の意見に同意し、ジルが頷いた。
「それと、これを置いていった男についてなのですが‥‥」
見計らっていた風香が少々切り出しにくそうに口を開くと、ジルの表情が実に分かりやすく強張った。
僅かな沈黙の後、風香の言わんとする事を察した新が慎重に言葉を選んで話し始める。
「私も気になっていました。舞踏会で会った男性の行動、まるで、ジルさんに自らを見つけさせたいかのようで‥‥」
「‥‥ああ。あの時の反応を見てもあの男がジルと無関係の他人とは考え難いように思う」
共に現場に居たイレイズも同種の懸念を抱いていた。
それは、男の様子のみならずジルの反応までも含めて、だ。
「声を聞いたとき、ジルさんも何か気付かれたのでは?」
新はあの日からずっと、ジルには心当たりがあるのではないかと感じていた。
そうであれば共有してもらうことでより真実に近づける。だが、当の少女は変わらず固い面持ちでいる。
「本当は‥‥聞くの、躊躇われるんですけど、でも。1人で悩みを抱えて、1人で解決しようと、無理をしてほしくない」
どちらかと言うと拒否のそれではなく、思案・困惑といった類の表情を浮かべていたジル。
彼女に対し、夢姫はその憂慮を払拭させるような柔らかい言葉をかけた。
「一緒に考えよう‥‥?」
ジルの手を握りしめる暖かさを以って、強張った少女の心を解く様に。
「皆のことは信じてる。でも‥‥あたしは、あたしが信用できない」
ジルはちらと風香を見つめると、視線を落としてそう答えた。出来たトラウマは、そう易々と消えるものではない。
「でもね。確かに、あの時は知ってる人に“似てた”気がしたの。でも、その人はもう‥‥この世に居ない人、だから‥‥違うの」
そんな少女を責めるでもなく、イレイズは息を吐いた。
「正直、声の記憶というのはあまり当てに出来ないし、仕方がないだろう」
実際聞き慣れた人の声であっても、似ているのか、同一なのかを聞き分けることは非常に難しいことだとイレイズは言う。
俯く少女の様子を見かねた新は、ジルの肩にそっと手を置くと話を切り上げた。
「これ以上、無理には聞きません。時期が来て、もしその情報が我々に必要だと判断したら‥‥共有して下さい」
配慮に気付いて顔を上げた少女は、物憂げな瞳のまま、最後にこう述べた。
「‥‥ありがとう。気にかけさせて、ごめん、なさい」
●焼け落ちる村で
一同が到着したその村は、赤々とした炎にのまれていた。
昇る黒煙。朦々と立ち込める熱気に景色すらも歪む。
そんな中、密やかに眉を寄せてユーリー・カワカミ(
gb8612)が小さく息をつく。
自らの心に冷静さを取り戻すよう息を吸い込めば、村を支配する圧倒的な熱が喉の奥へと流れ込んできた。
「ソーヤ殿は、今回も捜索側に回って貰えないだろうか。どうにも嫌な予感がしてな‥‥」
ユーリーは、傍に居たジルにこんな提案をする。
それに小さく首肯した少女だが、焼け落ちてゆく村を見る瞳の色は曇りがちだ。
「‥‥貴殿も、何か感じる所があるのではないかと思うのだが」
青年は思わず、こんな言葉をかけていた。
恐らく、彼以外の周りの傭兵達も、ジルの様子に気付いている。
先の舞踏会に現れた男に対し、少女の中に燻る火種があることも‥‥同様に。
だが、少女には、信用できない自分の薄らいだ記憶だけを頼りにそれを断言する訳にはいかない。
「あたしは、“この目で確かめる”まで、この足を‥‥止められない」
「わかっている」
青年は少女の覚悟にも似た険しい表情に向かって、敢えてぎこちなくも笑みを浮かべると少女の背を押すように叩いた。
「生存者であれ、報告にあった男であれ、調べてみる価値はあるだろう。上への警戒は任せる」
「‥‥ありがとう、ユーリー。行こう」
現場に到着した傭兵達は、一丸となって村へと足を踏み出す。
内、振動感知を使用出来るユーリー、サーシャ、ジルの3名が捜索を優先とし、まずサーシャが索敵を行った。
「‥‥そこの建物を右手に曲がった所に何かの反応があったよ。大きさ的に‥‥例のキメラ、だと思う」
そう告げて、サーシャは捕捉した音の方角を指し示す。
「各個撃破を狙う。他のキメラが集まる前に、順に仕留めていくぞ」
当初の計画通り、イレイズの声に頷く戦闘優先班。彼らはそのまま反応のあった方角へと向かっていった。
「こちらは捜索を続けよう」
ユーリー達捜索班は、戦闘班から離れ過ぎないようにして捜索を続けた。
「高速艇で聞いたけど‥‥あんな事があったんじゃ、今回の“人”についても気になっちゃうよね」
大きな茶の瞳でジルの顔を見つめながらサーシャが言う。
「早く見つけよう。一般の人なら、助けなきゃだし」
サーシャは力強い笑顔でジルの肩を叩くと、励まされたように相手は小さく頷く。
(例の男の可能性があるのなら‥‥聞きたいことは、山ほどあるもの)
再び瞳を閉じ音の波に身を委ねるサーシャは、心の内で疑念の影を揺らめかせた。
3体目のキメラが捕捉されたのは村の中央に程近い場所だった。
サーシャの案内に沿って道を進めば、骨ごと人間を食し、気味の悪い音を立てているキメラの姿が確認出来た。
これまで同様各個撃破すべく、一気に戦闘班の面々が攻撃を仕掛けた‥‥まさに、その時。
「‥‥!? 誰か居るっ!」
戦闘班の後方。
弾かれたように右手の建物へと視線を送るサーシャ。
少女が振動感知で漸く捉えた存在は、脇に在る1軒の民家の中。
窓の奥、ぎらぎらと妖しく輝く瞳の男と‥‥視線が、絡み合う。
「こんな至近距離まで気付かなかったのか!?」
振動感知は、あくまでスキルを使用した瞬間に発生している音の原因を探る力だ。
探りたいものがもし息を潜めている状態だとしたら、それを捕捉できる可能性は限りなく低い。
戦っていたり、歩き回ったりなど、継続的に音を発し続けない限りは。
炎に呑まれゆく“村”という場であった以上、少なからず発生してしまう死角や、身を潜めている者(つまり音が捉えられない者)への対策も行うべきだっただろう。
捜索班がスキルによる探索に手段を偏らせすぎた事も、大きく起因した。
唯一建物の中からの奇襲に警戒を示していた新も、少し離れた場所にて戦闘中‥‥誰一人、対処が間に合わない。
派手な音を立てて、窓硝子が割れる。
その音に戦闘中の夢姫らも後方へ振り返ったが、瞬間───
「複数の能力者相手に、まともに戦うかよ」
爆ぜる閃光手榴弾。眩い光が、強烈な音が、一帯をあっという間に包み込んだ。
「俺の存在はバレてなかったのか? 解ってて気でも抜いてたか。ちっと、雑だったなぁ」
嬲るように乱射される光線銃が、目や耳の機能が低下している傭兵達の身体を次々撃ち抜いてゆく。
しかし、傭兵達には男の発する言葉の半分も聞き取ることができない。
そこへ先程の音に引き寄せられたのか、別のキメラが飛来。その数、2体。
交戦までに何とか五感を回復させた傭兵達だが、気付けば道の両側を建物に挟まれた場所で前方にキメラ‥‥そして後方に見知らぬ男が1人。
まさしく、絵に描いたような挟撃だ。
男の目の前には、後衛職の捜索班が固まっていることもあり、戦略的にもかなり拙い状態と言える。
「解るぜ。所詮お前ら傭兵も烏合の衆ってやつだろ。規律も統率もねぇ、詰めが甘いのも当たり前ってな」
回復してきた耳でかろうじて聞き分けた男の声に、イレイズの目が鋭く光る。
だが、男へ攻撃を仕掛けようにも、キメラに背を向けることは出来ない。
「ま、失態の言い訳はあの世でやれよ」
光線銃は最も近い者‥‥傭兵達の中で一番後方に居たサーシャに向けられる。
そして、男の無骨な指が動いた。
降り出した光の雨の中、捜索班で最もイニシアチブが高く行動値の高いジルが‥‥飛び出した。
男の撃った光線全てを体で受け止めたものの、結果耐え切れずジルは意識を手放して崩れ落ちる。
が、少女が必死に稼いだ好機に態勢を整えたユーリーが、盾を構えジルやサーシャを守るように人型の前に立ちはだかった。
「黙ってやらせる訳にもいかんのでな!」
続く光雨をユーリーの盾が次々受け止めるが、盾の表面がどろりと熱に溶けてゆく奇妙な感覚が手に伝わってきた。
銃撃を防げる時間も、然程長くは無いだろう。
「厳しいか‥‥だが‥‥」
もう少し、あと少し時間が稼げれば、劣勢が覆せるかもしれない。
その可能性を、ユーリーの近くで響く歌声が十二分に示唆していたから。
「‥‥呪いを纏いし亡者の歌よ、黒き風に乗って彼の者を縛れ‥‥」
サーシャの歌が発動。少女の身体は淡い光に包まれ、緑色に輝く瞳が確実に敵の身体を捉える。
「これで、どうだっ!」
だが‥‥敵は変わらず銃の引き金を引き続けた。
「なんで‥‥!」
歌が効かない、という訳ではないはずだ。恐らく、敵が呪歌の抵抗に打ち勝ったのだ。
「今度こそ、お前を撃つぞ」
呪歌の為に男から10m以内に接近したサーシャに、照準が合わせられた。
少女の身体を貫く熱は、酷く明るく白光りしていて。
けれど、相反するように生臭い匂いがしたのをサーシャは頭の片隅に記憶しながら膝を突く。
───が、圧倒的劣勢はそこまでだった。
怒りにも似た激しいスパーク音が響くと、1機のAU−KVがサーシャの前に割り込みをかけた。
同時に、男が状況を認識するより早く夢姫が懐に滑り込み、別方向から光線銃を握る男の手を風香の放った矢が掠めた。
「‥‥もうキメラが全滅したのか?」
大鷲を討伐し終えた戦闘班が、予想していたよりずっと早く駆けつけたのだ。
意識のないジルを守るようにイレイズが立ち、男の前へと傭兵達が完全に布陣を終える。
舌打ちをする男は再び引き金を引くが、そこへ夢姫が一撃を撃ち込んだ。
「あの時、隠れていたのはあなた?」
光線銃にめり込む刃。男はそれをはね退けるも、夢姫は1ミリも視線をそらさない。
「‥‥何のことだ?」
男は首を傾げるも、夢姫が反撃を許す間も与えずベルセルクを一閃。
ギリギリのところでかわした男は、尚も続く少女の問いに苛立ちを募らせた。
「なぜ今回は姿を見せたの? ジルさんに関わるのはどうして」
「さっきから訳のわからんことを‥‥!」
間近で刃を交わしたからこそ、余計に相手の言葉の凄みが電気のように伝ってくる。
夢姫は目の前の男が「本当にジルの事を知らないのだろう」と感じた。
「ならば質問を変えます。‥‥これは、誰の指示ですか」
新が男に照準を合わせたまま、真直ぐに問いかける。
「指示、だと」
表情に明らかな強張りが見えた。
シラをきるつもりのようだが、修羅場を潜ってきた傭兵達の目を欺くには及ばない。
「知ってることを話してください」
風香の握るウィスタリアから、いつ矢が放たれてもおかしくはない。
それほどに少女の目には固い意志が宿り、真実を求める強さを感じさせる。
「お前達‥‥一体何を知っている? “こちら側”の人間、なのか?」
焦燥と動揺が男の胸に押し寄せる。
困惑の渦中に立つ男に詰め寄り、それを討伐することなど傭兵達には容易い事のように思えた───
───突然の砲撃。
上空から降り注ぐそれに、空を仰いだ風香が見たものは1機のHW。
見紛うことなど無い。炎に照らされたそのワームの“腹”に描かれたものは‥‥
「双頭の大鷲の紋章? 近くに他の仲間が居たなんて‥‥」
傭兵達には全く当たる気配が無いが、一向に止まぬ砲撃の中。
その隙をついて再び閃光手榴弾を放ると、男は完全に姿を消していた。
傭兵達の目に、飛び去るHWの姿だけを焼きつけて。