タイトル:アンダーグラウンドマスター:藤山なないろ

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/08/19 07:21

●オープニング本文


●Underground
 ひんやりとした地下鉄道のホームを照らす人工的な光。
 ホームの両端から先、続くトンネルは暗闇へと誘うように大きな口を開いている。

 一人の青年が地上からホームへと降りてくると、丁度前方のトンネルが喉奥から強烈な光と音を放っているところだった。
 車両がレールを突き進むと同時に発生する風が、ぶつかるように青年の髪を揺らす。
 程なくして、青年の脇を通りぬけた車両は停止した。
 事務的に音声が流れ、繰り返し駅の名前を呼んでは乗降する客達を催促する。
 時刻は午前0時。
 終電らしく、中からは酔いの回った中年男性や疲れた様子の若い女性らがホームへ降り立つ。
 件の青年はといえば、車両に乗るでもなく、ただその光景を見つめていた。
 車両がホームへ進入してからものの数分程度だっただろうか。
 運転手ら以外全ての客を降ろした車両は、自身の寝床を目指して、この終着駅を発って行った。
「‥‥もう少し、時間あるよな」
 青年は溜息を一つ置き去りにして、ホームのベンチに身を横たえる。
 瞬間。
 耳を劈くブレーキ音と共に、もはや判別がつかないほど様々な破壊音が合わさったサウンドがトンネルを通じて掻き鳴らされる。
 ‥‥だけならまだしも、同時にホームを照らしていた照明が一気に落ちた。
 本日の運行終了を告げていた電光掲示板も、冷たい黒に染まり、すがる光は避難経路へと導く『EXIT→』のみ。
「早速のお出まし、か」
 やれやれと上半身を起こすと、青年は重い腰を上げた。

●Info
 時を少し遡る。
「なるほどね。地下鉄構内で行方不明事件が多発‥‥」
 UPCの受付で依頼書を眺める青年。そのエメラルドのような瞳が、文字列を追う。
「ええ。ただ、行方不明となる対象に共通点があってね」
 受付の女史が依頼について補足を加えていく。
「いずれも行方不明となっているのは機材点検の作業員で、乗客の被害は今のところゼロ」
「んで‥‥行方不明になるのはどいつも深夜〜早朝、車両が動いていない時間帯、か」
 何件か事件が相次いだため、結局メンテナンスが行えていない状況が続き、車両事故でも発生したらそれこそ大事件であると鉄道管理会社が躍起になって集団で作業員を送り込んだらしい。
「消えた作業員を探そうってならまだしも、メンテナンスが大事‥‥ねぇ。気持ちはわからんでもないが、ま、大企業ってそんなもんか」
「それだけ大勢いれば犯人も手は出せないだろうと踏んだのでしょうね。‥‥見事に逆効果だったけれど」
 結果、送り出した作業員総勢30名は皆一夜で忽然と姿を消した。それが本日の早朝の事。
「作業員の詰め所がある場所のカメラには、彼らがいた映像が録画されているのだけれど、そこを出てからの足取りは分からないの」
 書類に記載された詰め所の場所は、始発であり終着駅でもあるとある駅。
 そして、その駅は車庫と繋がっているらしく、詰め所自体は駅と車庫の間にあるようだ。
「まずはその駅に向かってみて、とにもかくにも調査って感じかね」
 青年は人数分の地下路線地図を受け取ると、その場を後にした。

●Start
「事件当日も普通に運行とは‥‥ね」
 俺が客ならここの鉄道乗らねえな、と。
 慣れた手つきでジッポライターを着火し、嘆息。
 ついでにオイルを入れたばかりでよかったなどと思いながら、ライターの灯りを頼りに周囲を見渡す。
 ‥‥そして、そこでようやくホームの異常な状態を目の当たりにすることになる。
 本来電車が走るはずのそこに走っていたのは、白く伸びる『異様な何か』だった。
 何かは青年に気付く様子もなく、ただ只管トンネルの先へ先へと伸びていく。

「こいつが原因、か」
 やれやれ。最初からウチに連絡くれりゃ、ここまでの被害は出なかったろうに。
 言葉は喉の奥に飲み込んで、静かにあいた手でケースからたばこを取り出し口に咥える。
 複数の足音が聞こえた。
 それが依頼を同じくする傭兵達であることを灯りの向こうに確認すると、火をつける前のタバコを名残惜しそうに吐き捨てる。
「‥‥よ、遅かったな。どうやら始まったみたいだぜ」

●参加者一覧

月城 紗夜(gb6417
19歳・♀・HD
緑間 徹(gb7712
22歳・♂・FC
御鑑 藍(gc1485
20歳・♀・PN
シクル・ハーツ(gc1986
19歳・♀・PN
ミリハナク(gc4008
24歳・♀・AA
イレイズ・バークライド(gc4038
24歳・♂・GD

●リプレイ本文

●Night Vision
 とてつもない異音の残響は経過とともに薄らいでいくも、未だ耳にその余韻を刻みつけていた。
 プラットフォームへと駆け降りてきたシクル・ハーツ(gc1986)は、音の正体に気付き眉を寄せる。
「くっ‥‥間に合わなかったか‥‥」
 その口調は気丈さを含みながらも、今奪われたであろう命へと想いが重なってゆく。
 俄に滲む弱さを押し殺すように、シクルは葡萄色の弓を握りしめた。
 その後方から現れたイレイズ・バークライド(gc4038)が深く息を吐く。
「‥‥行方不明者が出るのは当然だな──」
 御鑑 藍(gc1485)が参加者の為にと複数用意したタクティカルゴーグル型のナイトビジョンは同行者数名に手渡されており、それを通してイレイズが視線を投げかける先には、蠢く白い『何か』の存在。
 明らかに、それはキメラの一部だった。
「──こんなキメラがいるのなら‥‥な」
 どうしてこのような事になってしまったのかと、イレイズは眉を顰める。
 未然に防げた最悪の事態を、人為的に許してしまったこの状況が‥‥苦しいのだ。
 イレイズの心中を察したように、彼の隣には同じ様に心を痛める藍の姿があった。
 予想していなかったのではない。予想したくなかったのだ‥‥30人もの調査員が消えた理由。その最悪のケースを。
「‥‥どうして、早めに調査に出さなかったのでしょうね」
 もどかしさを感じていた彼女に聞こえたのは、凛とした強い声。
「助けたいと思うのなら、助ける側が希望を捨ててどうするんだ」
 緑間 徹(gb7712)が規則正しい足音で階段を下ってくる。
 冷たいアンダーグラウンドへと響き渡る彼の言葉に灯るのは、静かな炎。
「誰かが助けたいと望むのなら、俺はそれを助けよう」
 徹の身長ほどもある大剣アキレウスが、かしゃりとその存在を主張する。
 傭兵であるからこそ出来る事があり、この場に居合わせた者同士‥‥生み出せるものも、救えるものも、あるはずだ。
 そこへ、突如強い光が放たれた。光は彼らの前方、レールの上へと一直線に差し込む。
「どうやら、早速お出ましのようだぞ」
 月城 紗夜(gb6417)のバハムートが闇に隠された真実を暴き出し、レール上に見えた白い何かが漸く傭兵達の眼前に明らかにされた。
「まるで植物の蔦のように見えますわ。んー、植物型キメラでしょうね」
 柔らかな微笑を浮かべ、ミリハナク(gc4008)がゆっくりとホームに現れた。
 彼女は先の物体を眺めた後、素直な感想を述べた。実際、ミリハナクの推察でほぼ間違いはないだろう。
 触手のようにも見えるそれについて、実際場にいたシグムント・ヴァルツァー‥‥シグマは、彼女と同様の推理をしていた。
 イレイズは、白く伸びる『何か』をその油断なき瞳で見つめ、少しずつ距離を縮める。
 そして、携帯してきたコーヒーを容器ごと『何か』へと投げつけると同時に、彼が得たのは確信。
「これは‥‥蔦じゃない、根だ。来るぞ!」
 投げつけられたコーヒーを、乾いたアスファルトのように音を立てて吸い込む‥‥それは、根。
 咄嗟に、徹が駆ける。
「シグマ、援護を頼む」
 その言の葉を置き去りにして、引き抜くはアキレウス。同時に複数の根がイレイズ、藍へと襲いかかる。
「後ろは任せとけ。お前の道はつくる」
 シグマの銃が重厚な音を立てたかと思えば、大量の弾が飛び出す。
 たかが援護射撃のはずが、あまりにも盛大な掃射に次ぐ掃射。派手な支援を受けた徹は、容易く眼前に根を捉える。
「いくぞ、アキレウス。お前の出番だ」
 そこには何のためらいもない。
 接近の勢いに体重を乗せ、手中の相棒へと信頼を込める。
 ──その斬撃は、一瞬。
 アキレウスの軌跡に沿うように、根はいくつもまとめて宙を舞い、ホームへと放り出された。
「‥‥こいつが犯人か」
 キメラ眼前に、シクルの目つきが変わる。
 ナイフの切先の様な鋭利さを持ち、弓引くシクルの瞳に蒼が揺らめく。
 切断された根が引っ込んでいくのはトンネルの奥。あの先に、本体がいる。
「‥‥事故が起きたばかりだから、まだ救助が間に合うかもしれない。急ごう」
 一同はホームからレールへと降り立ち、奥へと急いだ。

「シグムントさんにも、はい」
 藍が後方を行くシグマを少し待ち、両手で差し出したのは、彼女が申請し許可が下りたばかりの機材。
「ありがとうな。けど、ホントにもらって大丈夫なのか?」
 躊躇いがちに受け取るそれの重みを感じながら、シグマが口を開く。
「はい。良いのです」
 そう応える表情は、どこか嬉しそうでもあり。
 灯りを頼りにぽむぽむと藍の頭を撫でると、シグマはそれ受け取りすぐに機材を身につける。
 その様子に、藍は柔らかく笑んだ。

 一度に多くの作業員を犠牲にしたであろうキメラの存在に、精神を研ぎ澄ませ、レールの先へと一同は進む。
「すまないが、足元も照らしてくれると助かるのだよ」
 徹の言葉に、後方から照らしつける光がすっと角度を下げた。
 AUKVを身に纏った紗夜。バイク形態であった頃の名残を残す胸部から強い光が放たれ続けている。
 一同は、丁度無残に倒れた車両の当りへ差し掛かっていた。
「何か見つかったか」
 紗夜が前衛達へと声をかける。
 彼女の言う『何か』の中には、車両に残っていた可能性のある地下鉄職員らの存在を含んでいた‥‥けれど。
「いいや、まだだ‥‥もう少し、奥へ向かおう」
 徹はつとめて冷静に答える。
 それは、車両の中も含め、これまでに敵どころか人の気配すらもなかったと‥‥そう告げていた。
 ミリハナクは手にしていた照明銃を直線のレール上で構える。
 紗夜の光を頼りに大まかに照準をつけると、一瞬放たれる強烈な光。
 ほんの少しの時間、地下世界に太陽が昇ったかのような明るさが広がり、そしてまた闇夜が訪れる。
 その光が一同のかなり前方に暴いたモノは、人ならざる存在の姿。
「‥‥ようやく、見つけましたわ」
 狩りの始まりを告げる衝動。
 ミリハナクの唇が、緩やかに弧を描いた。

●Battle
 次の瞬間だった。
 奥から強烈な速度で巨大な口がこちらへと襲いかかる。
 紗夜の照明の範囲に捉えた時には、既に前衛にほど近い距離まで巨大な葉が迫っていた。
 だが、動じる事も無く、紗夜がザフィエルを構える。
 まるでクラシックでも奏でるかのような優雅な所作は、しかし確実に敵を捉え、指揮棒型の超機械から放たれる強烈な波が二枚一対の葉へと襲いかかる。
「庇う様な箇所も‥‥見当たらない、な」
 電磁波を受けてなお、怯まずそのおびただしい数の牙で獲物を求める貪欲な姿を紗夜が見つめる。
「多大な損傷で死ぬか、或いは核でもあるのか」
 ‥‥根比べといこうか。
 紗夜の呟きに応じるように、間髪入れずシクルが桜姫から番えた矢を放った。
 ‥‥けれど、矢が葉に接触した瞬間、その軌跡ごと噛み砕くような恐ろしい速度で葉が閉じられる。
「矢に反応して閉じたのか‥?」
 捕食の為に一時口を閉ざしたのだろうが、この発見は偉大だった。
 シクルはその習性を利用すべく改めて矢を番えるも、同時に再び葉の間から牙が見え始めていた。
 そこへ──
「その口、もう少し閉じていて頂けませんか」
 葉のすぐそばで、声がした。
 迅雷で一気に踏み込んだ藍が、葉の下方で小柄な体を潜ませている。
 その華奢な身体つきからは想像もできない程大きく身体を捻り、超至近距離から放たれる最大威力の攻撃。
 脚爪が風を切り、唸りをあげた。
 藍の足が真円を描いて、片側の葉へ強烈な一撃を見舞う。
 その弾みで開きかけた口は完全に閉じるどころか、強制的な噛ませに牙と牙がぶつかり合い、もはやその口が大きく機能を損ねたであろう事は見て取れた。
「犠牲者の無念を晴らしましょう」
 続いて振りかぶられた双斧。ミリハナクが残酷なまでに見事な斬撃を繰り出していた。
 その一撃は双葉と茎とを見事に引き裂き、凶悪な口を永久に黙らせることとなる。
 双葉はそれきり沈黙していたものの、肝心の茎の方がするすると奥へと巻き戻っていく様子を、徹が几帳面に眼鏡のずれを直しながら黙認する。
「奥へ行こう。恐らく、車庫に本体があるのだよ」

 そこは巨大な車庫。
 一同の光では照らしきれぬほどに、深く暗い闇が待ちかまえていた。
 しかし、紗夜の光が、ミリハナクやシクルのランタンが、辺りを照らし出し。
 藍、徹、イレイズ、シグマのナイトビジョンが闇の中にあってもそれらを的確に捉えた。
 3つの頑強そうな茎の先、巨大な口がこちらを威嚇している。
 全ての茎は一つの根元へと収束し、まるで3つの首を持つ地獄の番犬を彷彿とさせた。
「‥‥先程の口はこの根から生えた1つの茎だったのですね」
 探知を終えた藍がラサータを構える。
「さて‥‥断罪の時間だ、覚悟はいいか‥‥」
 イレイズの声に反応したかのように‥‥戦いが、再び幕を開けた。
 元々前衛後衛の役割をきちんと決めてきた事もあり、同時に動く3つの口に対してそれぞれの役割を補足し合うようにタッグが成立していた。
 一同が立っていた車庫入り口へと目掛けて、一番手前の口が牙を剥き、そのまま標的もろとも大地へ噛みつく勢いで葉が振り下ろされる。
「流石にこの大きさにこの数は手子摺るか‥‥」
 角度を見ればわかる、その口は確実に後衛のシクルを狙っていた。
「絶対に、後ろに手を出させはしない」
 まだ得物の範囲ではないそれに向かって、放つは真空の刃。
 それは確実に葉の意思を妨害し、そして敵に自分の存在を認識させた。
 ほぼ時を同じくしてシクルの矢が葉の中央に炸裂すると、口が勢いよく閉じる。
「邪魔だ!」
 イレイズは閉じた葉へと直角になるよう刀を構えると、強烈な刺突を繰り出す。
 二枚同時に貫いたそれを、そのまま切り上げれば、裂け飛ぶ葉と牙に敵がのたうつ。
 しかし、その裂けた葉の一部が、次の瞬間に閉じかかる様が目に映る。
「‥‥再生!? なら、それ以上の速度で切り落とす!」
 その間に後方からつめたシクルが颯颯の直刃を構える。
 肝心の葉は再生を遂げる事無く、シクルの刃を正面から受け止め──
「──もらった!」

 一方。
 イレイズ達の戦闘が始まると同時に、右後方から一同の側面を狙って牙を剥いた大口が勢いよく延びてきていた。
 しかし、それを受けきったのはミリハナク。逆に、それを好機と敵を至近距離に捉えれば、迷わず双斧をもって重力と共に大地へと叩きつけた。
「ふぅん、斬ってもまだ動くのね。でも、全部バラバラにすれば死にますわよね」
 くすりと小さく微笑を零す彼女の斧が、ランタンの光を鈍く返した。
 敵の生命力に感心する様でも無く、ただ油断はするまいと自戒するような笑み。
 まだまだ余裕のあるミリハナクは、パイシーズを握り直して鋭い視線をぶつける。
「シグムント君、葉を集中して攻撃してもらえるかしら」
 キメラの攻撃器官と思われる葉が再び鎌首をもたげようとした所をシグマに任せ、同時にミリハナクは走り込む。
 黒い闇に包まれた両腕。その先に込めた圧倒的な力を、握り込んだ巨大な刃に託す。
 それはまるで草でも刈るように造作もないと言った風体で、ミリハナクが横一文字に薙ぎ払う。
 彼女の長い金の髪が斧の軌跡をなぞるようになびき、ふわりと黒衣の裾が舞う。
「こちらはチェックメイト、かしら」

 最後の一本の茎は最も奥にあったが、これだけは敵からの攻撃を待たず、傭兵側から仕掛ける事が出来ていた。
「まったく、飛ばしすぎなのだよ」
 徹の溜息は放つコンポジットボウの射出の勢いに掻き消されていた。
 放たれる矢が、都度襲い来る前に葉の猛攻を阻止し、方向を逸らし続ける。
「御鑑、後は行けるね」
「問題ありませんっ」
 返事は徹より離れた場所、気付けば迅雷で茎の根元へ達した藍から発せられた。
 ひとえに徹の支援の賜物でもあったが、根元への接近を完全に許された藍。長大な茎達も、生え際まで来れば容易いはず。
 しかし、藍に気付いた葉が襲いかかろうと向きを変えるも、これを竜の翼で急接近を図った紗夜が完全に防ぎ止める。
「食人植物か、まさしく我々は蝿の如し、と」
 紗夜は二枚の葉それぞれを両手で受けて押し返すと、瞬間、徹の射出した矢で口が再び閉じる。完全な優勢。
「‥‥もう一息だな。そこの根っこを叩けるか」
 その、紗夜の見込み通り。
「はい! 繋げて頂いたバトンは決して離しません。‥‥これで終わりです!」
 強く握りしめる手甲。そこから放射される3つの超圧縮レーザーが、まるで爪の如くに敵の根幹を切り刻む。
 熱線は相手に再生すらも許さず、茎は全て崩れ落ち、そして二度と動く事は無かった。

●Under the Sun
「後に使用されたら厄介だ、手伝ってくれ」
 討伐の後、紗夜の提案で一同は電力を復旧させてから犠牲者の遺留品回収にあたっていた。
「遺体や遺留品は遺族に返せばいいだろう」
 発見出来るか否かは分からんが‥‥。その呟きだけ飲み込んで、紗夜は捜索に当る。
 遺体は一つとして見つからなかったが、いくつかの遺留品を手にした頃。
「空が恋しい、植物は嫌いじゃないんだがな」
 紗夜は思わずコンクリートの天を仰いだ。
(「囚われる蝿では無く、空を舞う蝶で在りたいと‥‥」)
 遺品を胸に、彼女は願った。

「もっと早く対応していればこんなに犠牲者が出ることも無かったのに‥‥」
 シクルが見つけたのは、銀色のロケットが付いたペンダント。
 それ以上言葉も無く、白い指先でかちりとロケットを開けば、中から幸せそうな家族の写真が現れる。
 シクル達は、彼女たちにできる最大限の事を完璧に勤めあげた。
 にも関わらず‥‥湧き上がる気持ちのまま、それを力一杯握りしめる。
「了解。直ぐに地上に戻って詳細を報告をする」
 シグマが手にしていた無線で会話をしていたのは、恐らく状況報告を求めに出てきたクライアントであろう事が予測される。
 イレイズがそれに気付いて近づくと、シグマ自身もその視線を察知して、口の端をあげる。
「それと、現場で捜査をした際に致命的欠陥が発見された。報告の為に、担当者に代わろう」
 そう言って、シグマは無線機をイレイズに渡し、後ろ手で手を振って一足先に地上へと向かった。
 受け取ったイレイズはその背を見送り、一呼吸の後にスイッチを押さえる。
「どんな小さな事でもいい、不審な事が起きたら、すぐに俺達を呼んでくれ‥‥」
 心からの願いは、無線の奥‥‥そこにいるであろうクライアントへと投げかけられる。
「もう二度と‥‥必要の無い犠牲出さない為に」
 冷たい機械の向こうから、返答がすぐに聞こえてくる事は無かった。
 護れたかもしれない命の事、嘆く気持ちが消える事は無いけれど‥‥立ち止まっている暇は、無い。
「さ、撤収だ」
 顔をあげたイレイズが声を張る。
 その声色の発する明度は、地上に舞い戻る一同へ空の明るさを彷彿とさせ、強く強く響き渡った。