タイトル:【AS】甘き死よ、来たれマスター:藤山なないろ

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/10/19 04:04

●オープニング本文


 リリア・ベルナールのギガワームは弐番艦により迎撃され、エミタの造反によって戦力を多く減じたリリアは劣勢に追い込まれつつあった。
 だが、同時にエミタ・スチムソンに同調したバグア勢が退却に転ずる一方、戦場から離れた場所のリリア直属バグアも活動を拡大していったのも事実。

●Come,Sweet Death
 いつかこんな日が来るんじゃないかとは思っていた。
「3日後に出向‥‥?」
「ああ。海外展開の第1段階として、欧州の方で新しいプロジェクトを始めることになってね」
「今までそんな話してなかったじゃない、行き成りだわ‥‥」
「私が動かなければ、社の者にも示しがつかない。君なら、解ってくれるだろう」
 きっとこれは“偽り”。
 甘く、やさしい嘘。
「‥‥わかった。私、待ってるから‥‥早く、帰ってきてね」
 夫は微笑んでいるように見えて、どこか遠い目をしていた。


 夫に違和感を覚えだしたのは、何年前の事だっただろう。
 ある日の帰り、乗っていた社用のリムジンごとバグアに襲われたと聞いた時だった。
 運転手は死亡。同乗していた秘書も死亡。
 そんな中‥‥
「ただいま、心配をかけたね」
 夫だけが、無傷で帰って来たのだ。
 彼曰く、自分が攻撃を受ける前にバグアはどこかへ去ってしまった‥‥と。
 最初は本当に嬉しくて、夫が無事だったことをひたすら神に感謝した。
 口さがない人々の声が私の元に届くようになるまでは。
「‥‥どうして夫だけが無傷だったのか? ‥‥か」
 社長が無事でいられた分、社は特に問題もなくまわっていた。
 凄惨な事件があったと言うにもかかわらず、精神的、肉体的影響も全く見せず、まるで何事も無かったかのように。
 そんな態度が人々の噂を煽ったんだと思った。
 以前と触れた温もりが異なる事。時折、見た事もないほど冷たい瞳をするようになった事。
 ごく稀に異なる香りを纏って帰ってくるようになった事。
 それは、どんなにどんなに落としても消えない、血の香り。生臭い、鉄の匂い。
 ‥‥私は、私の中に芽生えつつあった小さな違和感を、肯定したくなかった。

 けれど、真実は何よりも残酷で容赦なかったと気付いたのは昨夜。
 ふと隣に体温が無いことに気付いて目覚めた後、私はそっと夫を探して階下へと降りた。
 あんな声を訊くまでは、私の真実は揺らがなかったのに。
『リリア様が‥‥ああ‥‥戦力を集めろ。‥‥“出港”は、4日後だ』
 途切れ途切れに届く訊いた事もない濁った低い声は“夫の声”ではなかった。


「‥‥驚いた。先輩、こんなところにどうしたんですか?」
 本部で、オペレーターのバニラ・シルヴェスターは、目を丸くして客人を迎え入れていた。
 学生結婚をして夫と共にアメリカに渡っていたはずの先輩の来訪は、嬉しい半面、複雑な心境だった。
 それも、「ここがどこであるか」を考えれば、ごく自然の事だ。
「久しぶりね。少し、相談に乗ってほしいことがあって」
 そう言って、女性は口を開く。
「あの、ね。バグアが人間社会の中に入り込むことって、あるの?」
「‥‥先輩、詳しくお話を聞かせてもらえませんか」

「先輩が旦那さまを信じる気持ちも解ります。ただ‥‥北米は今、状況が状況です。
 北米を統べるバグアが危地に立たされ、それを支援すべく北米各地に潜伏していた戦力が動き出したのも事実です。
 先輩が耳にした“リリア”という名は‥‥」
「‥‥ひょっとしたら、名前は私の聞き間違いかもしれないわね」
「そう、ですか。失礼ですが、これまでに旦那様について調査されましたか?」
「いいえ。‥‥信じていたの」
 バニラはここまで尋ねた後、深く息をついた。
「解りました。その懸念を払拭出来たらと願うばかりですが‥‥最後に1つだけ、聴かせて下さい」
 そう言うと、憔悴した様子で女性は顔をあげた。
「もし、旦那様がヨリシロだった場合‥‥本部はそれを討伐する事となりますが、宜しいですか」
 女性は、唇を噛んで俯いた。
「それでも‥‥」
 それでも、私は彼を愛していたの、と。
 嗚咽の中、彼女はそう言って小さく1度だけ首肯した。


「‥‥ダリル・エヴァンズ、か」
 ここに来るまでに、バニラから依頼の状況は聞かされていた。
(俺の調査が、幸せな結末に繋がりゃ良いんだけどさ‥‥)
 シグマ・ヴァルツァーは件の男の偵察をしていた。
 ダリルが事件に巻き込まれた後、新たに雇われた運転手が一人、もう一人新たな雇われ秘書がべったりついている他は社の方に変わった様子もなさそうだし、海外出向の件もここまでは間違いない。
 秘書と社長の2名のみで出向、という事だけが奇妙だったが。
「‥‥なんだよ、ここまで見てた限りは一般人じゃねえか」
 まるで妙な点などないのだ。
 だが、訊いた話によると、今までは時々妖しいと思われる行動をしていたようだが‥‥
(今は敢えて大人しくしている? いや、あやしもうと思えばあやしいだろうが‥‥勘ぐり過ぎじゃねえのか?)
 だが、北米バグアの動向を考えれば、「来週の出向」とやらは恐らく連中の動きとリンクしている。
 もしそうなのであれば、必ずリリア・ベルナールの援護へ向かう為の足を準備するはずだ。
「まてよ、秘書の方‥‥」
 そう言えばここまでノーマークだったが、ダリル一人が潜行バグアであった場合の可能性しか考慮出来ていなかった。
 同行していた傭兵にそれを伝えると、彼は社長から離れていく秘書をマークし、追尾する。
(何もなきゃ良いが、な)
 が、しばらくしてそれはある情報と共に齎された。
『掴んだぞ、シグマ。秘書が路地裏で身元不明の男に接触した。相手の男はその後異常な身体能力で去っていったが、“西の森に飼っている虫が母元を恋しがっている。空へ放すのは3日後だ”とのこと。恐らく‥‥』
 突如、シグマの元に届いていた無線通信が途絶える。
「‥‥おい? どうしたんだよ、何が‥‥」
 3日後、という話はダリルの妻がきいた「リリア」、「戦力を集める」、「3日後」の一部に相当する。
 それを認識すると同時に、シグマ自身が張っていたダリル本人にも異変が起こった。
 彼は突然探る様な視線で周囲を確認し始めたと思えば、足早に社屋を去ってゆく。
(まずい‥‥バレたのか‥‥!)
 これ以上無線で何かを言うのはまずい。
 3日後なんて言ってはいたが、この状況に応じて今すぐにも姿を消す可能性が高い。
 俺は直ちに携帯を取り出すと、バニラに連絡を入れた。
「バッドニュースで悪いが、ダリル・エヴァンズはほぼ黒で間違いない。他にも敵戦力が予想される。直ちに増援、頼めるか? 場所はここから西の森だ」
『‥‥解った。直ぐに手配するわ。それと‥‥』
 バニラは、ダリルの妻からの伝言を添えて電話を切った。
『彼がヨリシロだったなら、もうこれ以上彼が誰も手にかける前に、一刻も早く身体を解放してあげてください。
 それと、どうか‥‥彼に、「愛していた」と伝えて欲しいんです』

●参加者一覧

夢姫(gb5094
19歳・♀・PN
湊 獅子鷹(gc0233
17歳・♂・AA
シクル・ハーツ(gc1986
19歳・♀・PN
秦本 新(gc3832
21歳・♂・HD
月野 現(gc7488
19歳・♂・GD
大神 哉目(gc7784
17歳・♀・PN

●リプレイ本文

 人は例外なく死を迎える。死は、人の宿命であるからだ。
 そういえば、結婚という契約の場において「死が2人を分かつまで」という言葉が用いられるのは実に現実的である。
 愛とはつまり「死んだら終わり」であるという事を象徴しているのだろう。
 例え死していなくとも崩壊する場合があるのだから、愛とは実に脆く儚いものだ。

 ───だが。


 到着まであと僅か。
 減速し大地に近づく高速艇の中で大神 哉目(gc7784)が見たのは、不自然な森の姿だった。
 森の上空からぽっかりと見える伐採されたスペース。そこには土色の円形フィールドがあった。
 隣席から眺めていた夢姫(gb5094)も同様の違和感を覚えていた。
「HWが森にあるのなら、それを置くスペースの木は伐採されてるんじゃないかって、思ってたんですけど‥‥」
 見下ろす限り、他に不審な点は見当たらず、そこだけが異様な状態だ。
「あれを目印にして捜索してみる価値はありそうだね」
 哉目は窓の外を見降ろしながら面倒くさそうに溜息をついた。
 高速艇は到着のアラートを鳴らし、傭兵達は次々と武装を整え昇降口へと向かってゆく。
 それを見送りながら哉目は旋棍「輝嵐」を握り、重い腰を上げた。
 彼女の先の溜息の原因は、これから始まる戦いについてのこと。
(ったく、ヨリシロだか何だか知らないけど面倒くさいったらありゃしない)
 同行する傭兵達に波風を立てるのもはばかられるのか、それを直接口に出すことは無かったが、その表情にはげんなりした色が浮かんでいる。
「ま、私は自分の仕事をするだけだよ」
 それだけ呟いて降り立つ大地は、思いの外清々しい、青の匂いがした。

「シグマ、久しぶりだな」
 自分の知っているシクル・ハーツ(gc1986)と言う少女とはどこか雰囲気が違う事に気づくも、青年は久々の再会に喜びの声を上げた。
「シクルか! すっかり見違えた」
 次いで現れた秦本 新(gc3832)や夢姫の姿に“あの頃”のことが思い出され、急に心強くなった様子でシグマは胸を撫で下ろす。
「どうせなら、もっと穏やかな時に会えれば良かったんですけど‥‥ね」
 結局今回も状況が状況だ。
 新の苦笑い混じりの笑みが伝染したように、シグマも同じような笑みを浮かべて応える。
「けど、新達が増援で来たのにはホッとしたけどな?」
 握り拳を差し出すシグマに小さく息をついて、新は拳を突き合わせた。
「さ、行きましょう。相手は待ってくれない」


「‥‥まだ折られて新しい」
 月野 現(gc7488)が探査の眼で見つけたものは、人の立ち入らぬ静かな森にそぐわない乱暴な痕跡。
 森の入口からずっと続くそれを傭兵達は迅速かつ確実に辿ってゆく。
「やっぱり、痕跡を全て消して逃げる余裕はなかったようですね」
 最も敏捷なシクルと、ほぼ同格の夢姫。その2名が先頭となって、一同は進む。
 『事前に目撃された森の伐採地点』と『何者かが進む為に残された様々な痕跡』とは方角がぴたりと一致している。
 2点が別の方角を示しているのであれば班を分けて進む事も考慮されたが、傭兵達は迷わず一丸となって進んだ。
 そしてその先に‥‥
「熱源反応だ! 相手は3体‥‥近いぞ、構えろ!」
 シクルが3つの熱源を感知した。
 途端、周囲の傭兵達の表情が引き締まり、同時に武器を握る哉目の手にも力が籠った。
「一気に押さえるよ」

 まずシクルと夢姫が3人に追い付くと、そこから更に夢姫が迅雷で接近。
 少女は武器を支点にダリルの頭上を越えると、一気に敵正面に躍り出た。
「行かせません」
 高い機動力と圧倒的な身のこなしに驚いたのか、一瞬ダリルの動きが鈍り、続くシクルが側面から回り込むと夢姫の横に立つ。
 ダリルと視線が合った時、夢姫の内に芽生えつつあった疑問が形を成し始めた。
 それは、依頼主がこの男‥‥否、今はヨリシロとなり果てた人類の敵へ向ける「憎しみではない、愛」。
 夢姫の疑問は、敵を前にしても解ける事は無かったけれど。
「それは、困るんだよ」
 ダリルの声を合図に、傍に控えていた男が夢姫へ、女がシクルへ突如として襲いかかる。
 当のダリルはと言えば、その2名に場を託すと再び森の奥を目指して去ってゆく。
「彼を追って下さい!」
 男の攻撃を回避した夢姫が叫ぶと同時にシクル、現、湊 獅子鷹(gc0233)が駆け出し、彼らに追いすがろうとする女を新の小銃が制した。
 強化人間2名の足止めには成功したが、森の奥へ消えるダリルの背を見送り、新は思う。
(夫の討伐を頼む‥‥それがどんなに、辛いことか)
 依頼主のメッセージを頭の中で反芻し、青年は表情を硬くした。

 女の余りに素早い銃撃に対抗するように、シグマは怒涛の制圧射撃を繰り出す。
 相手の動きを制限している間に、新の左胸に輝く一対の龍の紋章が青い光を放ち始めた。
 そのまま新は距離を詰めると、確実に女を射程に捉える。
「せめて、此処で終わらせましょう。もう、誰も悲しむことがないように」
 繰り出される鬼火の強烈な一撃は、女の細く白い足を砕くようにして肉を穿つ。
 それに反射するように上がった女の悲鳴の様な呻きに、一瞬顔を曇らせた新。
 しかし。
「もう、休んでいいんだぞ」
 新の作った隙を活かしてシグマが再装填した銃を構え、無数の弾を惜しむことなく放出。
 ブリットストームは女の身体を撃ち抜いた。
 その時、ふと新は“強化人間”という存在の苦しみを思い出していた。
 これは、命を奪う行為では無く、「心」を護るための戦いなのだ。そう自覚すれば、迷うことなど何もない。
「‥‥貴女も、どうか安らかに」

 一方。
「さぁて、期待してるよ? 色男さん」
 残る身元不明の男へ肉薄した夢姫の逆サイドから、哉目が挟撃を仕掛けていた。
 男はと言えば、夢姫から繰り出される怒涛の連撃を受けることに精一杯の様子でいる。
 哉目はその隙をついて、輝嵐で躊躇なく追撃を仕掛けた。
 両手に構えた旋棍を流れるように叩き込めば、一撃目は背に、二撃目は腰に、返す三撃目で相手の首元を狙えばそのまま男は膝をつく。
「今だ! 夢姫!!」
 哉目に目線だけで了解を伝えると、夢姫はそのまま打ち据えられた首筋へと真燕貫突を繰り出した。
 同一箇所に連続で叩き込まれる刃の内、初手が中程まで食い込むと、続く刃でいよいよ首と胴を切り離した。
 男は自爆の間もなく命絶え、その身を大地へと横たえた。
 まるで、この星に漸く帰還したかのように、どっしりと崩れ落ちながら。
「同情はするよ。でも‥‥あんたはここで終わらなきゃ駄目だ」
 哉目はそれを静かに見下ろすと、小さくため息をついた。
「ああ、そう言えば‥‥人を殺すのは初めて、かな」
 一つ添えるのであれば、彼は既に“人”では無かったけれど。
 少女の胸に去来する思いを、誰も知る由はなかった。


 ある地点まで走り抜けると、そこは完全に木々の拓けた場所になっていた。
 そこでダリルはぴたりと足を止め、振り向く。
「ダリル・エヴァンズいや‥‥バグア手前は確実に殺す」
 追い付き主兵装を構える獅子鷹は、ようやく戦いを許されたとばかりに相手へ更に走り込んでゆく。
「ウオオオオオオオオ!!!! クタバ‥‥」
 衝動の全てを開放し、如来荒神を大きく振りかぶる獅子鷹。
 瞬間、ダリルは身の丈ほどもある大剣を易々と振り抜いたかと思うと、それを恐るべき速度で操った。
 自身の全周囲1スクエアに強力な真空刃が発生。振り抜かれた剣圧が刃となって周囲の傭兵達へ牙をむく。
 ヨリシロである敵の攻撃手段に注意を払った者は少なく、ヨリシロ相手に前衛を張る獅子鷹も例にもれなかった。
 しかし、現は射程の外におり、シクルはその高い機動力を以って刃を回避。
 だが、この攻撃を躱す事が出来なかった獅子鷹は刃に直撃。
 さらに獅子鷹は本作戦前に負った傷が癒えておらず、通常の5割程の体力しか残っていない状況で本作戦に参加。
 たった1撃で致命傷となるほど大きく負傷し、獅子鷹はそのまま吹き飛ばされ後方の木の幹に叩きつけられた。
 衝撃に幹は勢い良く圧し折れ、青年の身体へ大木が倒れかかる。
 そこへ再度追い打ちをかける様にダリルから放たれた真空刃は倒木ごと獅子鷹の体を引き裂き、森を赤く染めた。
「‥‥愚かだな」
 構え直した大剣を、次は現達へと向ける。
「2人で、挑むか? 少なくとも、ここでお前たちと戦う理由など私には無いのだが」
 だが、それをシクルが許すことは無かった。
 例え相手に戦う理由が無くとも、“我々”にはその理由があるのだ。
 ダリルの懐へ迅雷で接近し、握るは相手の剣より長大な刀、『国士無双』。
「その人の体‥‥返して貰うぞ!」
 小柄な体で躊躇なくかざし、突く。まるで彗星の如くに。
 シクルの速度にギリギリで反応したダリルは、剣で国士無双の刃を受け止めると少女の体ごと攻撃を弾き返す。
 しかし、少女の攻撃により生じた隙を見逃すはずもなく、現のガトリングシールドがけたたましい音を立てて発砲。
 強弾撃がヨリシロの側面を狙い撃ち、FFを貫通した弾が男の身体に傷をつける。
「貴方の妻は現実から目を背けて逃げる事も出来た。そうせず失う事を受け入れた覚悟が解るか?」
 埋まり行く弾丸ごと、この言葉が男の心に届けばいい。夫人の想いが届けばいい、と。
 一歩も引かぬ気迫のまま、現は銃弾を射出し続けた。
「人は愚かだ。本当に‥‥」
 現の言葉を聴き取ったヨリシロは、眉を寄せ、存外人らしい表情を浮かべた。
 それは苦しみや迷い、後悔と言った類の人間が持つ負の感情を良く表していて、現はそれに何かを感じとった。
「戦とはつまり、奪い合い、傷つけ合い、欺き合うことだ。それが例え自らの意に染まぬとしても‥‥縦割り社会の従順な奴隷である限り、私は喪い続ける。命果てるまで」
「貴方には、ダリルの心が残っているのか‥‥?」
 ふと現に生じた疑問。口に出した言葉は、むしろ、そうであればと願いすらした。
「‥‥来い」
 だが、現の問いに答えが返ることは無かった。

 ダリルとシクル、現との戦いは苛烈を極めた。
 だが、シクルはその手を休めず、現も只管に銃撃を繰り返し、彼女を支援した。
 距離を詰められ、眼前で振るわれるダリルの長大な刃を何とか受け流すと、抜刀・瞬でもう一刀、忍ばせていた風鳥を引き抜いた。
「それでも、お前を行かせる訳にはいかない!」
 ヨリシロとの戦い。バグアという強大な敵は、この星に痛みしか与えない。
 それを身を以って知っていたからこそ、シクルは傷だらけになって、それでも立ちあがった。
 シクルの二連撃を受けて体勢を崩したところへ現が強弾撃の嵐を叩きこめば流石のヨリシロも息を切らせる。
「俺は、愛情を踏み躙るような事をしたバグアを許せない」
 自身が愛情を信じるが故に。それを求めるが故に、現はダリルの身体を奪ったバグアに怒りを感じていた。
 だが‥‥長く続く削り合いも、いよいよ膠着に終止符を打つ。シクルの体力が、限界に達したのだ。
「せめて安らかに逝け」
「‥‥!」
 そこへ。
 1発の銃声が鳴り響き、それは空を裂き驚異的な命中精度で男の腕を撃ち抜いた。
「てめえ‥‥そこでやめとけよ」
 ある青年の苛立たしげな声と共に現れたのは新達。
「よかった、間に合いましたね」
 強化人間らを掃討し終えた夢姫達が、遂に到着し合流を果たしたのだった。

●Comme,Sweet Death
「何故、貴方は奥さんを始末しなかったんだ‥‥?」
 色を失ってゆく身体に、新は語りかける。
 だが、新の問いに対し、ヨリシロは“ダリルの顔”で薄く笑いを浮かべると、そのまま息を引き取った。
 冷たく硬直してゆく人の器だけを残して。
「死んでなお、愛する人を守ったのか‥‥? 貴方は」
 物言わぬ遺体の傍に膝をつき、新は眉を寄せる。
 現実に残された様々な事実。それらは、彼の身体に残る意志が為したものであると、信じたかった。
「ダリル・エヴァンズ。貴方の事は必ず伝える。だから、心安らかに逝ってくれ」
 胸に手を当て、何かに祈るようにして現はその瞳を閉じた。

 新の提案もあり、ダリル達の遺体は回収され、うち身元が確かなダリルの遺体は彼の妻へと引き渡された。
「貴女の決断が彼を救ったんだ」
 現の言葉に戸惑っていた妻も、ダリルの顔が安らかに微笑んでいたことを確認すると、涙を流したと言う。
 救いのない現実にも、捉え方次第で希望を見出すことができる。
 傭兵達は、その希望の1つを彼女に提示したのだった。

「愛するって‥‥好きとは、また別の感情なのかな」
 戦いの後から物思いに耽っていた夢姫が、ふとLHに向かう高速艇の中で呟いた。
「友達や兄弟に対する好きとは別物‥‥?」
 隣に座るシグマや新に尋ねるように、少女は首を傾げる。
「お前、落ち着いて見えてもやっぱ若いな」
 急に兄貴ぶるシグマが腕を組むと、新がそれを見て苦笑を浮かべた。
「特別な人へ抱く、かけがえのない想い‥‥とかですかね」
 なんとなくですが、と添える慎重気味な新の言葉に、夢姫はしみじみと繰り返す。
「特別な人への、深い想い‥‥」
 少女が思いの外真剣そうに見えて口を閉じたシグマだが、存外そうでもなかったと気付かされるのは数秒後。
「シグマさんや新さんは‥‥誰かを愛したことってありますか?」
 まるで天使のような微笑みで、他意のない(多少あったのかもしれないが)問いを投げかける夢姫。
 普段「愛」だのという言葉を使うことのない青年達には、さぞや答えに困る難問であったことだろう。
 当の新は頬を掻きながら完全にシグマへ返答を促している。
「そ、そういう夢姫はどうなんだよ!」
「私ですか? 私は‥‥」
 ふと唇に人差し指をあてて思案した後、夢姫はまた極上の笑みでこう答えた。
「さぁ、どうでしょうね?」

「‥‥具合はどうだ?」
 高速艇の診療室。
 シクルは、シグマの来訪を確認するとベッドから身を起し、隅に立てかけていたあるものを手に取る。
「シグマ、これ‥‥」
 それは、少女が友の亡き後に覚悟の証として握った氷刀『雪月花』。白銀に輝く刃を持つ刀だ。
 心配そうに自分を見守る青年へ、シクルはそれを差し出した。
「ずっと私を守って来てくれてたお守りなんだ。シグマに持っていてもらいたいの」
 少女は、刀を握るしかなかった小さく白い手でシグマの手をとると、刀の鞘を握らせるように包み込む。
「本当に、いいのか」
 ほんの少しの躊躇は、続く少女の微笑みにかき消された。
「ふふ、今の私のお守りはこれだよ?」
 首に下げたネックレスを見せる。その先には、少し大ぶりなクリスタルが輝いていた。
「わかった。‥‥大事に、するから」
 包み込むように覆う少女の手に、自らの手を重ねながらシグマは笑んだ。

 人は、『死』という宿命かつ時間的制約を課せられたが故に『生』の輝きを得たのだろう。
 死があるからこそ、人は欲を覚え、そして愛を知るのだと───。