タイトル:【CO】掲げよ、旗をマスター:藤山なないろ

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/10/28 23:30

●オープニング本文


●協定の影に在る現実
「‥‥なるほどな」
 本部で依頼書を眺めながら、シグマ・ヴァルツァーは嘆息していた。
 依頼されている内容は、アフリカ停戦協定ライン“以北”での事件。
 実質戦いが起こらないはずのこの場所で、なぜ?
 答えは簡単だ。
 停戦協定が結ばれる以前、この地に根を張ったキメラや無人ワームプラントの存在。
 侵略者連中がわざわざご丁寧に全てのキメラやワームを根こそぎ引き上げていった訳ではなく、その存在は未だ蔓延りアフリカに暗い影を落としていた。
 キメラに協定を理解できる知能がある訳でもなく、まして無人ワームは読んで字の如く、だ。
 「停戦ライン以北の人類は襲わないように」、などと人工知能を書き変えていく訳もない。
「‥‥どこまで行ってもバグアはバグアだな」
 この協定の影に在る真実に苛立ちを隠せないでいる青年は、きつく眉を寄せたまま悪態をつく。
「そうね‥‥」
 オペレーターのバニラ・シルヴェスターも、青年の言葉にただ悲痛な顔で頷いた。
「停戦ったって、アフリカにはまだ全然バグア支配地域が残ってる。以北でこれなんだから、停戦ライン以南はもっと酷いんだろ?」
「‥‥」
 バニラは言葉もなく、ただシグマの言葉に耳を傾け、その先を想像しては、心を痛めていた。
 結局のところ、停戦ライン以北で事件が勃発したとしても、キメラや無人ワームの仕業では「仕方がない」というのが現実らしい。
 “彼ら”は「我々の意志で停戦ラインを侵したのではない」と言い張り、そして協定は覆されていないという認識に落ち着くのだろう。
 表でそうは言いながら、「そんな小さなことなど、どうでもいい」と内部で嗤っているのだろう。
 容易く想定できる結果を、「意図したことではない」と胸を張って。
 ここでうだうだ考えても、詮無きことではあるのだが。
 この苛立ちを押さえる術が見当たらないシグマは、こう言って本部を後にした。
「その現場、俺が行く」

●生の影に在る死と事実
 同行する傭兵達と足を踏み入れた彼の地は、既に人の気配など感じられず。
 周辺のキメラプラントに残されたキメラ達が食い散らかした町の中で、傭兵達は今の彼らに出来ることをした。
 キメラを探し出して駆逐し、合わせてプラントもきっちり破壊。
 だが、シグマの中ではどうしても、2011年初頭キメラ達に滅ぼされたアフリカの集落での事件と記憶が重なってしまう。
 ふらふらと目の前を歩いてゆく痩せこけた野犬の口には、食い千切られた人の手が咥えられ、羽音を立てて蠅が周囲を飛び回る。
 生存者を捜して足を踏み入れた家屋には、腐りきった僅かな食料と混濁した汚水。
 建物の陰に転がる遺体は腐敗し、体表を這いずる蛆の白が赤い大地の上で存在を主張していた。
 こんな現場など珍しくもないと言った風情でキメラの残党を確認している傭兵もいれば、同情して悲痛な顔をする者も、鼻をつく酷い匂いに嘔吐を堪える者もいた。
 ただ、どんな対応をしたとしても彼らがこの世に生きて戻る訳でもなかったし、生きて戻ったとしても幸せに平穏に暮らせるかはまた別問題で。
 さらに言えば、依頼の最後に賛同者だけで建てた墓には、傭兵達が去ったあと、別の誰かが手を合わせる訳でもないのだろうと言う事もわかっていた。

●平和の影に在る真実
 シグマは依頼から本部へ戻ると、どこへ足を運ぶべきか迷った挙句、LHの手近な公園へと向かった。
 ベンチに腰掛け、ポケットから安煙草を取り出し、手に馴染んできたシルバーライターでいつものように着火。
 いつもより深く吸い込む煙は、苦い苦い味がした。
 こう言ったことがあると、煙草の消費量が増える。
 元々ヘヴィスモーカーに片足を突っ込んだような愛煙家ではあったが、ここのところ良くない吸い方をしていると自分でも理解している。
 子連れの母親がジャングルジムに登る我が子に笑いかけ、子供らは皆元気に駆け回り、時に小さな傷をつけては「痛い」と言って涙を流す。
 目の前の平和な光景はごく限られた状況においてのみ、選ばれた者だけが錯覚し得る幻想だ。
 現在進行しているのは異星からの侵略者と人間との間で勃発した戦争。
 だが、実際それまでも人と人、国と国とで争いは確かに存在していた。
 戦いとは常に地球上空に横たわる鈍色の雲のようであり、それは形を変えながらも結局当たり前のようにあり続けるものなのだろう。
 今も誰かが虐げられ、この瞬間にも命は失われていく。
 人としての生き方すら許されないエリアの存在を認識しながら、今こうしている自分の存在が時折無性に申し訳なくなる。
 この意識がただのエゴであることを認識すればするほど、遣る瀬無い感情を煙草の煙と一緒に吐き捨てるしかなかった。
 今年の春、決着した自身の問題は決して小さいものではないと思っている。(それは当事者だから当たり前のことだが)
 けれど、それよりもずっと大きな問題は目の前にあって、“こいつ”を片づけない限り同様の問題は発生し続けるだろう。
 あの事件から、確かに足を踏み出してきた。
 目の前に事件があれば、それに身を投じ、粉骨した。
 自分にできることに力を尽くし、解決という事実を積み重ねていくことで精一杯だった。
 だが‥‥先の事件で訪れた集落の墓前でシグマが唯一確認できたこと。
(まただ。結局、悲劇は繰り返す‥‥)
 それは、根本を変えなければ仕方がないと言う、当たり前で何のひねりもない結論だった。

●赤き大地に旗を掲げよ
「バニラ、今出てるアフリカ関連でデカいヤマはどれだ」
 先ほど依頼から戻ってきたばかりだと言うのに、小一時間後に再び姿を現したシグマはオペレーターにそんなことを問い合わせた。
「‥‥え? どうしたの? さっき帰ってきたばかりでしょう」
「さっきも何もねえよ。いいから情報をくれ」
「大丈夫? 体力もまだ回復してないんじゃない?」
「そんなもん、気合でなんとでもなんだろ」
「‥‥何を焦っているの?」
 少女は、青年の焦りを見てとった。
 けれど、答えを待つでもなく数枚つづりの書類を出力して手渡す。
 そこには、いくつかのワームプラントの情報が記載されていた。
 既に被害が発生したものについては、依頼化された旨が記述され「解決中」「解決済み」の表記が添えられているものが多い。
「シグマが依頼に出てる間、わたしだって何もしなかった訳じゃないわ」
 ただ、やはり同時期に多発している大規模な作戦の多さに対応の手が足りていないことを認識していたオペレーターは苦い表情をしている。
 そんな中、まだ近隣に被害報告が出ていない放棄されたワームプラントもあった。
「‥‥被害が出る前に、潰すぞ」
「ええ」
 いつ爆ぜるかわからない爆弾を、放置しておける訳はない。

 旗を掲げよ。
 赤き大地に、大きな旗を───。

●参加者一覧

須佐 武流(ga1461
20歳・♂・PN
藤村 瑠亥(ga3862
22歳・♂・PN
トリシア・トールズソン(gb4346
14歳・♀・PN
秦本 新(gc3832
21歳・♂・HD
リズィー・ヴェクサー(gc6599
14歳・♀・ER
月野 現(gc7488
19歳・♂・GD

●リプレイ本文

●the Counterattack of Observed people
 その地は、あの日から何一つ変わってはいなかった。
 風の匂いも、土の色も、人々の惨苦も───。
 秦本 新(gc3832)は黒色の巨大プラントを見上げて眉を顰めた。
「‥‥この地の人々は、未だに苦しめられ続けているのか」
 ふと隣に立つ戦友に目を向ければ、彼が自分以上に固い表情をしていることに気付く。
 それは察するに足る想い。新は、友人の肩を叩いて口角を上げた。
「多分、想いは同じだ」
「‥‥だよなぁ」
 金の髪を掻きながらシグマは苦笑を浮かべる。
「焦りがあるなら、分けてくれれば良い。その想い‥‥少し位、背負いますよ」
「サンキュ。‥‥大事なのはこの現実を目をそらさず受け止め、そしてその先で自分達が何をするかなんだよな」
「先日、似たような言葉を別の人から聞きましたね」
 先の光景が蘇って笑う新だが、槍を握りしめると同時に表情が真剣味を帯びていく。
 戦いの準備。これは‥‥
「‥‥さ、反撃を始めましょうか」
 ───紛れもない、反撃の狼煙。

 そんな青年らの様子に、月野 現(gc7488)から小さな呟きが漏れる。
「後悔しない為の選択、か‥‥」
 現の心に過ぎる影は、不安や恐れ、そして自らを律する複雑な心境の織り成す“黒”色をしていて。
(幾ら心が正しくとも力が足りぬならそれは未熟でしかない)
 掌に視線を落とし、強く握り締める。ワームを生身で撃破する能力が、今の自分にはないと現は考えていた。
「戦力不足は承知しているが未来の為に出来る限りの事をしよう」
「‥‥戦力不足、か」
 現の言葉に、シグマは頬を掻く。
「俺はさ、自分1人じゃできないことも、仲間とならできるはずって、思ってんだけどな‥‥」

●in the Dark
「ヴァッちゃん、大丈夫?」
 青年の顔を覗きこむリズィー・ヴェクサー(gc6599)に気付き、シグマは穏やかに頷いて見せる。
「それなら良かったのよ。さっきまで、少し心配な感じだったから」
「悪ぃな、もう平気だ」
 リズィーの小さく華奢な肩に無骨な手を載せ安堵させるように言えば、少女は愛らしい笑みで青年を見上げた。

 建物の壁面を爆破でこじ開けた一同は、万一を想定して7名の傭兵をその場に残すと、内部へ侵入を果たす。
 施設1階には地下へと続く巨大なエレベーターホールらしき場所があったが、何分放棄された施設のことだ。
 エネルギーが上手く、流れていない可能性もあった。だが‥‥
「‥‥動いたのよ」
 その懸念は存外早く払拭された。
「スイッチが入ったということは、全て待機状態になっているだけで、完全に動力が落とされてる訳じゃないようだな」
 須佐 武流(ga1461)が周辺を警戒しながら、リズィーが小さな手で懸命に操作していたパネルを覗きこんだ。
「つまり施設は死んでいるわけじゃなく待機状態になっているだけで、動き出す可能性のある“睡眠中のワームやシステム”も存在するってことか」
「放棄された以上、作りかけのワームもいるだろうし」
 藤村 瑠亥(ga3862)の洞察に、隣に居たトリシア・トールズソン(gb4346)が慎重な面持ちで首肯する。
 ワームプラントという敵地に在って少女が普段通りいられたのは、先生とも言える彼の存在が共にある事も理由の一つ。
「他の設備や罠も、何らかの弾みで動き出すかもしれないし、隠密行動をとっていこう」
 エレベーターの扉がプラントの底へ誘うように開く。現はそれを認めると、皆に先を促した。

 降り立った巨大な地下プラント。その入口で新は双眼鏡を用いて周辺を確認する。
 中枢部、管理システムの場所に当たりをつけようと、特徴的な設備を見て回れば、明らかに異質なものが目に入る。
「中央部に位置している円柱状の建物‥‥他の部屋と少し様相が違いますね」
「まずはそれを目指そう。ここで立ち止まっている時間はないからな」
 現の声に静かに頷くと、一同は先を急いだ。

 しばらく進むと、傭兵達は巨大なカプセルが並ぶエリアに到達した。恐らく、これがワームを育んだ機械だろう。
 カプセルの窓を覗きこんだ新は、中で息を顰めるワームのパーツの揃い具合を見て未完成か休眠中かを判断していく。
 その対策は非常に的確で重要だった。
 明らかに不完全であるワーム──例えば、甲羅にあたる装甲のないTWや、両腕の欠けたゴーレムなど──については、稼働出来ないだろうと判断し対応を見送る。
 これによって、中央を急ぐ一同の効率は格段に上がったと言えるし、ここで破壊行動をとれば“隠密”と逆をとることとなるため、物音を立て稼働中のワームを引きつけてしまう面倒を回避できたのだ。
 結局、このエリアには未完成のものばかりが並んでおり、休眠中らしきワームを見つけることはなかった。
「特に振動も感じないし、EQはいないのかにゃー‥‥」
 リズィーがぽつりと呟いたその時。
 道の構造上、どうしても避けることができず、傭兵達は稼働中のゴーレムと遭遇してしまった。
 そこで傭兵達が優先したのは「施設の破壊」。
 それを成す為に彼らがとった手段は、能力の高い傭兵を囮として使う事だった。
「そっちは任せた。こいつは、俺が引く」
 飛び出したのは、瑠亥だった。
「‥‥瑠亥」
 前を行く青年の背を見つめ、少女が思わず名を呼んだ。
 不安から来るそれとは違う、何らか決意を秘めたような声色で。
 だが、そんな少女に振り返らず、何の躊躇いもなく疾風迅雷を抜くと瑠亥はそのままゴーレムの懐へ飛び込んでゆく。
 一言だけ、少女へのメッセージを残像のように置き去りにして。
「後は抑えられるな、トリシア。見てはやれんぞ」
 少女は、戦う青年の背へ言葉の代わりにたった1度だけ首肯すると、彼を信頼するが故に真っ先に中枢へと身を翻した。
 トリシアに続くようにして、彼を残し先へ進もうとしていた傭兵達の中、現が瑠亥に向かって声を張る。
「状況が厳しい時は無理せず撤退してくれ!」
「了解している。だが‥‥」
 走り去っていく傭兵達から意識をそらすべく攻撃を仕掛ける瑠亥は、剣戟の合間にこんなことを呟いた。
「別に、ここで倒してしまっても構わんのだろう」

 瑠亥ほどの能力者であれば、条件さえ整えばこのゴーレムを倒すことはできただろう。
 少なくとも、能力的側面から言えば倒すことは十分可能だ。
 傭兵達は皆、日々戦いに明け暮れ、傷つき、時に感情をぶつけ合い、乗り越えてきた。
 “あの頃”倒せなかった敵に、漸く手が届くようになってきたのだ。
 だが、ここで敢えて問おう。
『初めてその身にエミタを宿した頃の自分と、今の自分は全く同じであるのだろうか?』
 成長していないのか? 歩みは止まっていたのか?
 そして‥‥あの頃出来なかったことは、今も出来ないままなのか?
 ──決してそうではないはずだ。無理かどうかは「やってみなければわからない」。
 最初から否定してしまえば、それは今まで積んできた経験や成長を、他でもない自分自身が認めていない事と同義だ。
 『実行しても及ばなかったことと、初めから諦めて実行しようとしないこととは、大きな違いがある』。
 出発前にこんな言葉を耳にしていた傭兵も少なくないだろう。
 このメンバーであれば裕に倒せたはずのワームを、『交戦前から極力相手にしないという判断をとった』。
 ただ、それだけのことではあるが。
 実際にゴーレムは、万全を期した瑠亥の身体に一撃も攻撃を加えることはできなかった。
 結果から言えば、このプラントで瑠亥の身体に傷をつけられたワームは、ゼロだ。ただの1体も存在しない。
 ただ誤算があるとしたら、瑠亥の能力の高さに触発されて強化慣性制御と一時強化を実行し力を底上げした強化型ゴーレムに、“瑠亥1人では”攻撃を当てることが厳しくなっていたこと。
 もう一つは、“1人で倒すには”敵の体力が多く、手古摺っている隙に後方からもう1体のゴーレムが現れたことだった。
「‥‥そう簡単には終わるはずもない、か」
 それでも、瑠亥は諦めることなく果敢に挑み続けた。

 ゴーレムを相手取る瑠亥と別れて中枢を目指す傭兵達。
 じき中央の建物に到着しようかと言う時、どこからともなく砲撃の雨が降り注いできた。
 現れたのは、1体のTW。だが、敵の先制攻撃をいち早くすり抜けたトリシアが真っ先に駆けた。
 2番目の囮としてたった一人で敵を引き付けること。それが、12歳の少女の役目だった。
 トリシアはTWの砲撃をかわし、本体へ接近。瑠亥と同じ二刀小太刀『疾風迅雷』を構え、連続攻撃を加える。
 だが‥‥
(‥‥あんまり、効いてない)
 トリシアがTWを“一人で倒す”には、かなりの時間が弄されるだろうことが最初の一撃で感じられた。
 だが、トリシアの目的は倒すことではない。
(本隊がプラント破壊の手はずを整えるまで、時間稼ぎできれば‥‥)
 少女は再び浴びせかけられる砲撃を潜り抜けてゆく。TWの攻撃など、一度だって掠りはしない。
「何が相手でも、絶対に退く気は無いよ」
 装甲の隙間や関節に狙いを定め、懸命に小さな手で強固なワームを刻みつけてゆく。
 瞳から強い光を消すことなく何度も何度も刃を振い続けたのは、仲間や瑠亥の事を強く信じていたからかもしれない。

「恐らくここが中枢だろう」
 プラント中央。武流達の眼前には、厳かに存在を主張する円形の建物があった。
 閉ざされた扉を破壊して中に踏み入れば、そこには巨大なモニターが据えられ、その手前に様々な装置が並んでいる。
 コンソールを認識したリズィーが慎重に入室すると、白い指でそっと端末に触れる。
「むー‥‥ロックがかけられてるのよ。システムにアクセスできないみたい〜」
「‥‥さて、どうやって破壊する?」
 プラントの情報を得ようと四苦八苦しているリズィーを守るようにして横に立っていたシグマの言葉に、傭兵達は逡巡。互いに顔を見合わせた。
「中枢の装置を、自分達の手持ちの兵装で破壊、でしょうか」
「それ以外考えられんだろう」
 俄かに「しまった」という表情をした新の提案に、武流が当然のように答える。
「ここだけ壊すってことはさ、他の機械は残っちまうんだよな? いつかもしバグアが戻ってきたら、ここに在る施設を再利用しプラントを再稼働させられるかもしれない状態ってこと、だよな」
 思案気につぶやくシグマを見て、ハッとした現が口元に手を当てる。
「生き物と違い、心臓を破壊したら二度とその体が使えないと言うわけではないんだ。機械の心臓は、替えがきく。中枢とシステムを挿げ替えるだけでいいんだからな。ということは、プラントの箱を残しておくことは本当に‥‥」
 正しい判断なのか?
 だが、時間は待ってくれない。
 既に囮で2名の傭兵が各々たった一人でワーム相手に戦闘を続けている。
「可能な限り他も破壊すればいいだろう。やるぞ」
 自分達の、手の中の武器で。武流の声に、一同は一斉に武器を構えた。

 強烈な金属音。そしてスパークの光と音が、派手に部屋の中へ飛び散っていく。
 だが同時に、衝撃を受けた弾みに非常用システムが作動し始めたのか、暗闇を映していた中央のモニターにノイズが走り出す。
 そこへ畳み掛けるように、部屋の隅に添えつけられていたスピーカーから警告が発せられた。
『メインシステムに、重大なトラブルが発生。自衛システム作動。本プラントは現時刻を以って機密廃棄処理を開始致します。繰り返します──』
 複数言語による警鐘の中で、なんとか英語のメッセージを捉えた一同は、鳴り響くアラートの中で表情を強張らせる。
 待機状態だった施設が、最後の瞬間を迎える為の準備段階に入ったのだ。
 まだ破壊されていないモニターが一斉に『15:00』という数字を映し出したかと思えば、直ちにカウントダウンが始まった。
「ちっ、自動防衛システムか。想定してはいたが‥‥脱出が優先だ。撤収するぞ」
 他のバグア基地や施設において過去自爆装置が作動した例も少なくはなく、それを想定していた武流は舌打ちをする。 
 他方で、リズィーも新宿で訪れたバグアの研究所がこれと同様に自爆に走ったことを思い出し、唇を噛む。
 ふとその時、何らかの大きな揺れを感じた一同。だが、揺れはほんの数秒の後に小さくなって消えていく。
 まるで“何かが遠ざかって行った”かのようにも感じられるが、この部屋の中では状況が確認できなかった。

「トリシアさん、撤収だ!」
「‥‥TWを倒さずに?」
 現の声に振り返ったトリシア。
 少女が懸念したのは、TWを放置すれば射程の限り後ろから追い打ちをかけられるだろうと言う事だった。
 そこへ現れたのは、もう1体のTW。下された判断は‥‥
「時間も限られている。無理せず撤退優先だ! どうせここが崩れれば奴らも同様に破損する!」
「こんな所で倒れるのは、勿体無い事なの。命あっての、物種なのよ〜」
 武流の指示に、必死にメリッサを抱えながらリズィーも走り出す。
 プラント破壊の目処がたっていた一同は、後方から射出されるプロトン砲の中、迅速に退避していった。

●the After
「これで氷山の一角‥‥これが、世界中にあるんだな」
 一際大きな爆発音と地震にも似た振動を感じた後、徐々に崩れてゆく前方の黒影に、武流をはじめとした傭兵達は漸く息をついた。
 恐らく、無人ワームもあのままプラントと共に眠りについたはず。目的は、無事達成されたのだ。
 プラント破壊という点においては、非常に短い時間での攻略に加え、比較的軽微な被害で留めたこともあり、大変スマートであったと言えよう。
「痛いの痛いの、飛んでけ〜☆」
 帰還する高速艇の中、リズィーは皆にタオルを配りながら、脱出時に受けた砲撃で負傷した傭兵達を一人一人丁寧に練成治療して回っていた。
 シグマが礼を言うと、少女はこそばゆい気持ちを覆い隠すようにして、ぶんぶんと首を左右に振る。
「全員無事で帰ってこれたから、それだけでボクは十分なのよっ」
 恐らく少女の言葉には、苦い背景があるのだろう。
 だからこそ、皆が生きてここに居る事実に胸を撫で下ろしながら、少女は愛らしい微笑みを浮かべた。

 ───後日。
 周辺の村落から人が一人残らず消失したとの報告があった。
 本部は新たに依頼を掲示。派遣された傭兵達がこのプラントから程近い別の村でEQを捉え、討伐した。
 プラントの自衛システム作動時に、待機状態から一斉起動したEQ2体が、地中に潜り安全圏まで逃走。
 後日、その先の村落にいた人々を全て食い殺したのだった。
 彼らはプラント内で真っ先に中枢を目指したため、フロアの7割以上が未踏。残るエリアで未稼働状態だったEQには遭遇しなかったのだ。
 EQ起動時も距離が離れ、建物の壁面に遮られていたこともありEQの存在に気付いた傭兵が居たかも定かではない。
 その先に被害が発生したということを傭兵達は知る由もなく、アフリカはまだ色濃い闇の中に在り続けている。