タイトル:【AL】スクエアの残火マスター:藤山なないろ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/11/30 04:07

●オープニング本文


●地図の色だけが真実ではないこと
 “あれ”から随分時が流れた。
 アフリカと言う広大な大陸は戦地となり、恐らく地球史上最大最悪規模の数の人々の命が失われた。
 数え切れないほどの街が破壊され、炎に呑まれ、荒野から始まり永い時を経て築かれた歴史は一瞬の内に容易く捻り潰された。
 燃え盛る炎も、崩れ落ちた街も、瓦礫を撫でる風の匂いも、忘れることなどできない。
 助けを求める間もなく死に絶えた人々の嘆きは、未だこの地に支配していた。
 ただ、先のアフリカ大規模作戦にて締結された体の良い停戦協定の名のもと、アフリカ大陸北部に“以前と比べて”秩序が戻りつつあるのは確かだ。
 しかしながらアフリカは未だ停戦ライン上で小競り合いが続き、南部は依然としてレッドゾーンを維持。
 アフリカは未だバグアのものであると言っても過言ではない。結局、彼らがその気になりさえすれば、停戦ライン以北の大地であっても放棄したプラントを再稼働させることでいつでも地図の色を「白」から「赤」にひっくり返せるのだ。まるで盤上で次の手を勿体つけるプレイヤーの如くに。
 そんな予断を許さない状況下にあるアフリカをよそに、既に人類の目は宇宙へと上がっており、現在は大規模作戦も進行中。
 以前と比べて“多少マシになった”だろう土地は、プライオリティを完全に下げられたと見られても仕方のない状況が続いている。
 ‥‥広大な空ばかりを見上げていては、足元に燻る炎に気付かなくとも当然のことかもしれないが。

 ───アルジェリアの首都、アルジェ。
 そこは、漸く人類勢力圏におかれるようになったアフリカ大陸北部の街。
 今でこそ面影はないが、昔は白い街並みが美しい賑やかな都市だった。
 だが、2011年初頭。
 巨大な白亜の都は、突然東西南北4方向から一気に攻めたてられ、大きな戦火に巻き込まれることとなった。
 そのアルジェでの戦いを指揮していたのは4体のヨリシロ。
 プロトスクエアを名乗る、バグアアフリカ軍総司令ピエトロ・バリウスの忠実な部下たちだった。
 あれから半年以上の時が経ち、現在はそのプロトスクエアも幹部2名が傭兵達によって討たれ、勢力は半減。
 上述の停戦協定締結を境に北部の治安も落ち着いてきたが‥‥ここで議論すべきことは別にある。

 果たして、バグアがいなくなればこの星は全て元通りになるのだろうか?

●スクエアの残火
「隊長、本当にお世話になりました」
 敬礼の後、笑顔を見せたのは小隊Chariotに属するヘヴィガンナーのヴェルナス・フレイ。
 彼は、2011年初頭アルジェでの戦いにおいて、プロトスクエアの一柱・朱雀と対峙し、瀕死の重傷を負っていた。
 その怪我も完治し、数か月のリハビリの後に漸く戦線復帰を果たすことができたのだ。
「こうしてまた、共に戦える日が来ることを嬉しく思う」
 安堵と喜びを綯交ぜにした心からの表情で、Chariotの隊長ジョエル・S・ハーゲンがヴェルナスへ手を差し出す。
 固くかわされた握手から互いの想いが共有されれば、戦いから退いていた間の空白が埋まっていくようだった。
 病院を出た小隊Chariotの面々は、ヴェルナスの意向を受けて本部へ車を走らせていた。
「退院したら、前から確かめたいことがあったんすよ」
 頬を掻くヴェルナスは、言いにくそうな顔でこう続けた。
「あの街は、今、どうなってるのかなー‥‥って」
「あの街、というと‥‥」
「アルジェ。‥‥俺が最後に意識を飛ばした場所っす」
 朱雀の攻撃を受け、重傷を負ってからと言うもの、ヴェルナスは半年以上もの間目覚めることが無かった。
 最後の記憶を置いてきた場所。
 あの場所に立てれば、自分の中で途切れていた何かが繋がるのかもしれない。そして、漸く「再スタート」がきれるのではないかと青年は考えていたようだった。
 それは、倒れた時のことを省み、これからもっと強くなる為に青年にとって必要な儀式のようなものかもしれない。
 だが、周囲の隊員らは苦い表情を浮かべている。妙な事を口走ったかと不安げにしていたヴェルナスに、隊長の男がぽつりと呟いた。
「‥‥連れて行ってやりたいのは山々だが‥‥場合によってはお礼詣りじゃすまないかもしれないぞ」

 UPC本部を訪れると、ジョエルは馴染のオペレーターを見つけて呼び止める。
「本年度初頭、プロトスクエアとの大きな戦いの結果アルジェリアの首都は大きく損壊していたかと思うが‥‥今、アルジェはどうなっている」
 ジョエルは、先ほどのヴェルナスの言葉に心臓を掴まれるような思いを感じていた。
 あの日、あの時、戦地となったアルジェという街。
 自分達の戦いによって、街からバグア達を撤退させたことは間違いない。だが、同時に「戦いの結果、街を大きく損壊させた」という結果も同様に間違いなかったのだ。
 傭兵達にとって、それが意図せぬ事態であったことは確かだろう。もちろん原因はバグアにある。けれど、苦い思いは消すことができなかった。
「街の復興は、どの程度進んだんだ?」
「‥‥漸く、これから着手になるわ」
「これから?」
「停戦協定後、残党キメラの処理が落ち着いてきたところよ。資材等の物資を運ぶルートも確保しながら進めていくの」
「もうじき1年になるぞ」
「‥‥解ってるわ。ただ、物事には順序があって、マンパワーには限りがある。もどかしい思いをしているのは貴方だけじゃないのよ。この事態を理解してとは言わないわ。これから復興へかけるUPCの対応を、見ていてほしいの」
 アフリカはこれまでバグアが支配する大地であり、復興どころか周辺の攻略が重要課題となっていた。
 その攻略の渦中、思いがけず締結された停戦協定。その後の混乱も周知の事実。
 復興の手が中々伸びずにいた背景もわからなくはないが、納得できるか否かは別問題で。
「いつから着手されるんだ?」
「‥‥年内を目処にしているわ」
「目処? 具体的な日付が明確になっていないのか?」
「“調整中”よ、ジョエル」
 バニラは辛い表情をしていたが、彼女にも彼女の立場がある。
 言いたいことは全て、言葉と表情に溢れていた。少女の握る拳が、あらゆる“不足”を切々と物語っている。
「‥‥復興の状況とUPCの対応については把握した。だが、それとは別に俺達がアルジェへ勝手に向かう分には何ら問題ないだろう? そこで瓦礫を撤去しようと、キメラの残党を蹴散らそうと‥‥」
「あぁもう、分かったわよ。分かったから、もう少しだけ待って。出来る限り早くUPCからの依頼として正式に書面で通知するわ」
 盛大な溜息をついて、山のような書類へ更に山を積み上げようと言う少女にジョエルは小さく息をつき。
「‥‥すまない。もし俺に出来ることがあれば、いつでも言ってくれ」
「貴方にお願いできる事務処理なんか1つだってないわ。依頼化するまでの間、元気にキメラでも倒してきてちょうだい」
「ああ、そうさせてもらおう」

●参加者一覧

夢姫(gb5094
19歳・♀・PN
ジョゼット・レヴィナス(gb9207
23歳・♀・EL
秦本 新(gc3832
21歳・♂・HD
藤宮 エリシェ(gc4004
16歳・♀・FC
空言 凛(gc4106
20歳・♀・AA
テイ(gc8246
15歳・♂・SN

●リプレイ本文

●瓦礫の海辺で
 アルジェに降り立った傭兵達を出迎えたのは、白亜の都の“残骸”だった。
「おー。久々に来たけど、あん時よりひでぇ事になってんな」
 空言 凛(gc4106)が軽く腕を組みながら周囲の様子を見渡す。
 それもそのはず。以前彼らが訪れた南部より、このアルジェ東部は最も損壊が激しい区画。
 一帯に広がる瓦礫の海に各々言葉を呑まれてゆくのが感じられた。
(この惨状の一因は間違い無く私達、か)
 秦本 新(gc3832)は、自身も参加していた2011年初頭の戦いを険しい表情で思い返していた。
 多くの人々が傷つき失われた戦いの記憶が、鮮烈に蘇る。
 新はあの時の事を「ただ単純に悪かった」と捉えている訳ではない。
 けれど、それでもこの光景を前にして苦い思いが消えることはなかった。
 ちら、と見るChariotの面々も自らと似た表情を浮かべているが故に、心境は容易に想像出来る。
(美しい故郷を崩された人々の悲しみはどれ程か)
 溜息すらも吐くことができない。言葉も気持ちも喉の奥に押し込んで、新は心の底で呟いた。
 ───恨まれても、無理はない。
 ただ、青年は理解していた。悔いる暇など無いと言う現実を。
「‥‥例え、償いにもならなくても」
 靴底に感じる石礫や違和感を押し潰しながら、枷でも嵌められたような重い足に抗うように、新は一歩一歩確実に踏み出していった。

(アフリカは、テベサと大規模以来‥‥)
 目を閉じ、深く息を吸い込む。鼓動を収束させるように薄い唇から、ゆっくりと息が吐き出された。
(‥‥大規模が終っても、住民にとっては終りじゃないんだ)
 再び開いた瞼の奥、夢姫(gb5094)の瞳はいつもより凛とした輝きを感じさせる。
 この現実を知ってしまった以上、目をそらすことは出来なかった。
 少女は復興への決意を胸に、変革をもたらすべく、今、歩み出す。

●東部
 状況を確かめ、瓦礫撤去の手段と手順を検討すべく傭兵達は瓦礫の海を漂い歩いた。
 ──この海には、生命が無い。
 だが、こんな場所でもバグアの影は消えていないのだ。
「まずは、邪魔くせぇキメラの退治からだな!」
 報告書では、確かにキメラが居たはずなのだ。そうとなれば、やることは明確。
 肩から大きく腕を回しながら、凛は険しい顔をしたままの傭兵達にそう促す。
「こっちはこれからやることが沢山あんだから、さっさと出てきなぁ!」
 敵にこちらの存在を認識させようと、凛が大声を出してみるものの、明確な反応は無い。
 もしかすると、この瓦礫の海の中‥‥崩れた建物のどこかに根城を作っているのかもしれない。
「一先ず、東部の現状はざっくり確認できたと思いますので、可能な作業を始めましょうか」
 テイ(gc8246)の言葉に肯定の意を示し、一同はKVに乗る者と生身で作業を続けるものとに分かれた。

「でけぇ瓦礫は私に任せな!」
 凛やChariotらが駆るKVが大型の瓦礫や人間の手に余るものを中心に慎重に対処してゆく。
 今にも崩落しそうな建物も、これから新たに作り上げられる街の為に可能な範囲で解体。
 この作業において、凛のシュテルンが操るジェットエッジは非常に適していた。
 自在に動く巨大な爪は、ULTが処理するのに適した大きさへと瓦礫を割り砕き、資源別に大きく区分された瓦礫運搬用コンテナへとそれを詰め込む。
 ULTも傭兵達に合わせて少しずつ現地入りして対応を開始しており、回収・分別された瓦礫コンテナは彼らが順次処理していった。
 次いで、大型の瓦礫が取り除かれた所へ、今度は人の手が介入する。
 巻き起こる粉塵を抑えるよう可能な範囲で水をまきながら、硝子片等の撤去やKVが対応に向かない細かな作業を生身の傭兵達がその手で直接行ってゆく。
 そんな中、ジョゼット・レヴィナス(gb9207)からの無線が齎した報せに、一同が作業の手を止める。
『聞こえる? キメラがいたわ。壊れた建物の中に潜んでたみたい』
 傭兵達は、彼女の声を合図に即座に武器を手に取り、構える。
「次の作業へのウォーミングアップってとこだな」
 KVからトンと降り、手首の骨を鳴らしながら凛が不敵に笑う。
 かたや、敵の姿に強張るテイだが、その心には固い意志を秘めていた。
(やらせない。これ以上殺させたりするもんか)
 それは彼が通り過ぎてきた思い出の中に理由があるのかもしれないが、青年は今、守る為に‥‥武器を振った。

 足場や視界の悪い瓦礫の中での戦いは、想定より手古摺ったという印象があった。
 それでも、戦う以外に道はない。
「‥‥!」
 逃亡する敵を迅雷で追い、遠心力を利用した大振りの一撃を叩きこんだ藤宮 エリシェ(gc4004)が、突然大きく体勢を崩した。
 攻撃時の強い踏み込みで、足元の瓦礫が崩れたのだ。
 足をとられ焦るエリシェに気付き、それを庇うようにジョエルが滑り込む。
 迫るキメラを薙ぎ払うと、男は少女の手を引き、体勢を整えさせた。
「ジョエル‥‥」
 男は僅かに口元を緩めると、残る敵の元へと向かっていった。

「先程の事と‥‥この前の事、ありがとうございました」
 アルジェに降り立った時から、気恥ずかしさも手伝って男に近づけずにいたエリシェだが、先の出来事に少しだけ勇気をもらった様子で微笑む。
 見つめる先の男は、穏やかな表情を浮かべて小さく首を横に振った。
 思わず、エリシェの心の奥から言い知れない気持ちが湧きあがる。
 今まで気付かずに居たけれど‥‥とうとう、少女は確信してしまった。
 ──この気持ちの、“正体”に。
 けれど、それを告げるでもなく、強がるようにして呑み込むと、また笑顔を浮かべた。
「でも、甘えるのはあれで最後にしますね。強くなりますから、私‥‥」
 いつもなら、励ます言葉が出ない代わりに少女の頭に触れていたが‥‥彼女が「強くなる」と決めたのなら。
「‥‥わかった。ただ、無理はしなくていい」
 その覚悟を受け、男はその手を伸ばすことを止めたのだった。

●夜営
 アルジェの夜は、暗く、冷たく、長かった。
 照明の類は一切無く、陽が落ちれば夕方であってもデリケートさを伴う撤去作業は危うくなる。
 傭兵達は日没前に街から少し離れた平地に陣を設け、そこで夜を明かすこととした。

 皆が就寝し、満天の星が輝く静かな夜。
 見張りとして火の近くで読み物をしていたジョエルの隣へ、夢姫が静かに腰を下ろした。
「疲れているだろう。休んだ方が良い」
 気付いた男が声をかけると、少女は穏やかに見つめ返して頬を緩める。
「大丈夫です。‥‥でも、また子供扱い、ですか?」
 少女の「また」という言葉に首を傾げた男を見かねて、思わず笑い出す夢姫。
「ジョエルさんから見たら、まだ子供かもしれないけど‥‥誰にでも簡単に手を触れさせるほど、子供じゃないんですよ」
 悪戯っぽい笑みと重ねられてゆく言葉に漸く合点がいったジョエルは、ふと気付いて反論を呈した。
「待て。何も子供などとは思っていない。事実、これまで何度も夢姫の言葉に‥‥行動に救われてきたことは確かなんだ」
 男は、自身の中に燻る感情をどう言葉にすべきかわからなかった。
 逡巡し、無言のまま顎に手を当てているジョエルの腕に少女の指先が触れる。
「言葉に乗せた想い、真っ直ぐに受け取ってもらえたら‥‥嬉しいんだけど、な」
 少女は、いつもと変わらない柔らかな笑顔を浮かべていた。なのに、力無い指先はどこか不安げで。
 男は、今この手を振り払ってしまえば二度と触れられないような気がした。
 静寂の中。
 ぱち、と炎にくべられた薪から心地の良い音が断続的に響いている。
 もうどれくらいそうしていたかわからないが、男は漸く口を開いた。
「俺が余程の勘違いをしているのでなければ‥‥」
 自らの心に観念したかのように、深い息をついて。
「俺からお前に伝えるべき言葉がある。次に会う日までに、考えておく‥‥から」
「‥‥はい」

●南部
 憶えのある街並み。
 損壊した中央部に、隣に立つ青年が血を流して倒れた路地。
 エリシェは、目の前の光景と以前此処でおきた戦いとがリンクし始めた様子で、嫌なリズムに鼓動し出す心臓を強く強く抑えた。
「確か、報告書では‥‥あの先のモスクに人が居たはずです」
 新が指差す先、その周辺は特に建物も崩壊しておらず、残存していた街並みがあった。
「責められる事も覚悟しておかないとね。でも‥‥」
 先に待ち受ける人々と、彼らの感情を推測しながらテイは小さく息をつく。
 けれど、瞳は迷い無く真直ぐだった。
「ごめんなさいは言わないよ」
 自らはもちろん、当時此処で戦いに尽力したであろう「彼ら」もまた傭兵。
 間違ったことは、何一つしていないはずだから。
「行きましょう。協力してもらえるなら、それに越したことは無いし‥‥住む人がいてこそ、街を復興する意味があるわ」
 ジョゼットの言葉に背を押されるようにして、一同は先を目指した。

 モスクの扉を開けると、そこにはあの時の報告にあったのと同じ“武装した男たち”の姿があった。
 当初は銃口を突き付けていたが、傭兵の中に以前見た顔を見つけたのか、後方から飛んできた指示によって武器を降ろし始める。
 突然の来訪者に少なからず動揺していた場を見かねて、新が傭兵達を代表して事情を説明する。
 無暗に踏み込まないよう彼らの様子に気を配りながら言葉を選んでいた新には、感じ始めていた事があった。
 やはり報告書の通り、彼らは傭兵に対して負の感情を抱いていない様子である‥‥と。
 説明の後、エリシェが男たちに向かって「あの‥‥」と小さく切り出した。それは、心からの謝罪。
「私は‥‥この街が壊れてしまったあの戦いに、参加していました。本当に‥‥ごめんなさい」
 深く深く頭を下げるエリシェ。
 許しを請いたいわけではなく、ただ‥‥この街で戦った傭兵は皆、この街を忘れた訳じゃないと知ってもらいたいのだと添えて、彼らの反応を待つ。
 しかし少女の様子を見かねたのか、頭領らしき中年の男が一同の前へと歩み出た。
「‥‥正直なところ、貴殿の謝罪に対し、我々は返す言葉を持たない」
 ため息のような音が漏れ、顔を上げるエリシェ。
 男から発せられた言葉の真意を測りかねたのか、両者の間に沈黙が生まれる。
「逆に聞くが、アルジェを破壊するつもりだったのか?」
「違います! 私達は、バグアの‥‥」
「それが全てではないのか」
 思わず言葉を呑みこんだ少女を見やり、男はこの場に居る者たちに向けて語り始めた。
「傭兵達に謝罪を求める気持ちは何一つない。此処でこんなことをしている間にも、復興作業に尽力してもらう方が余程互いに納得できると思うが」
 彼らの情報が少ない中、接触するか否かも含め傭兵達には選択肢があった。
 その中で、彼らは此処に居た住民を『ただこの地に残っている街の民』と思い込み、接触を図ってしまった。
 彼らの認識との齟齬が、拙い沈黙を齎す。
 ふと、傭兵達はあの時の報告書にあった彼らについての数少ない記述を思い返していた。
 武装していた男たち、という情報。そこに女性や赤子がいなかった理由。彼らは彼らの意思で「立てこもった」のだろうという報告。
「もしや、レジスタンス等の組織、なのですか?」
 新は思わず問う。よく考えれば、それらしい節も無くはない。
「反バグア組織と言うと分かり良いか。‥‥さ、もういいだろう。これ以上言葉遊びは意味を為さない」
 変わらず、突き放した色が滲む男。
 返答に密やかに息をつくと、新は引き下がるように首肯した。代わりに、ある物を差し出して‥‥。
「では‥‥最後に、これを受け取ってはもらえませんか」
 それは、LHで発行されている新聞や、政治・国際情勢を専門に扱う雑誌などが詰め込まれた紙袋。
「この状況では情勢も十分に把握しづらい事もあるでしょう。宜しければ‥‥」
 差し出す青年の顔を、男はしばし強い眼差しで見つめていた。
 やがて沈黙に飽きたように小さく笑いをこぼすと、男はこんなことを話し始める。
「アニヒレーターの件から、あれの付近に駐留している軍の連中がいるが‥‥彼らといえば、我々に用意された食糧のコンテナを置いていくのみ。まるで動物の檻に餌箱ごと投げ入れる粗雑な飼育員のそれと似ていてな」
 つまり「久々に、人間扱いされた」と言う事なのかもしれない。
 男の表情に、そして言葉に“余地”があると判断したジョゼットは、紙袋を受け取った男の手に自らの手を重ねる。
「傭兵はULTの依頼があって初めて動きます。KVだって、私達は許可が無ければ搭乗することもできない」
 一度失った信頼はそう簡単に取り戻せないことを彼女は知っている。
 例えジョゼット自身が本件に無関係でも、肩書きが有る限りきっと‥‥それはついて回るのだ。
 ───だからこそ。
「でも、私達はこの現実に向き合った以上、街に治安を取り戻したい。だから‥‥協力を、お願いできませんか」
 濁らない、真直ぐな視線のまま、ジョゼットはそう申し出た。
「‥‥今のULTに、我々の要求が実現できるとは思えないが?」
「やってみなければ、分かりません」
 それは恐らく、普段のジョゼットであれば口にしないであろう、根拠も確証もない返答。
 ただ、彼女は認識していたのかもしれない。
 協力が不可欠と考えるからこそ、彼らに助力を求めると同様に、こちらも要求に尽力せねばならない現実を。

●アルゴルの認印
 新の渡した情報と引き換えのような形で、反バグア組織“アルゴルの先兵”はアルジェの被害状況を独自にマップ化・リスト化したものを傭兵達へ共有。
 南部の作業は、東部より被害状況が軽微だったことも手伝ってスムーズに進められた。
 傭兵達の尽力の甲斐もあり、アルジェに滑らかな「道」が次々生まれてゆく。
 キメラ討伐も相俟って車両の通行も可能となり、アルジェの街に交通回復の兆しが見えてきたのだ。
 その後、彼らの必要としている資材、設備、優先して回復すべきインフラ等、今後の復興方針についての要望も含め、情報が本部へと提出される。
 まだ完全に傭兵達が頼るに値するものかは判断に難しいが、“アルゴルの先兵”は傭兵達が帰還するその日にこんな言葉を告げていた。
「これで貴殿らにとってこの地は無縁な存在となるだろう。だが‥‥我らには違う。そして、例え仕事であったとしても‥‥アラブの地に尽力し、民を支えた傭兵達を、我々は決して忘れない」

 高速艇に乗り込む途中、凛はアルジェの“街”を振り返る。
 そこには傭兵達が到着した日と比べ、軍人の姿が多く見られるようになっていた。
「いつまでも不貞腐れてたってなんにもかわんねぇから、皆、こうしているんだよな」
 礎を整え始めたアルジェという土地を見渡して、口元を緩める凛。
「少しでも早く元の生活に戻りたいなら、行動あるのみ! だ。‥‥後は頼んだぜ」
 今この瞬間も、アルジェ復興へ向けて多くの人々が尽力し続けている──。