●オープニング本文

　陽は昇り、夜は明け、一日が、一年が始まってゆく。
　どんな人間にも「時」だけは絶対にして不変であり、悲しくも等しく通り過ぎてしまう。
　‥‥その貴重な「時」を懸命に戦い続けようとも、心に傷を負い足を止めていようとも。
　限りある時間。一年という期間の中で、君は何が出来るだろう？　一体何を成しただろう？
　ただ確かなことは、君はこの世に一人しか居ないと言うこと。
　君の代りは誰も居ないと言うこと。
　そして、君にしか成し得ない何かがあると言うこと。

●不死なる山に、陽は燃えて
　太平洋に浮かぶたくさんの島々。
　そこには、豊かな海の恵みを授かり多様に発展した大小様々な国が存在している。
　中でも、太平洋北西部。そこには、まるでガラパゴスのように独特の文化を育み、今尚それを守る国があった。
　───日本国。
　日本列島、及びその周辺の約7000近い島々を領土とする小さな国家は、この春、大きな戦いに飲み込まれていた。
　5月31日に発令された、新宿副都心制圧作戦。
　その前哨戦として名古屋基地から東京に攻め上がるに当たり、バグアから一部の関東圏を引きずり戻す戦いもあった。
　2011年もまた、世界各地で数え切れないほどの人々が命を落としたのだ。
　この、小さな小さな島国の中でさえ‥‥。

●12月某日、本部にて
「例の増殖体のことなんだけど‥‥」
　オペレーターのバニラ・シルヴェスターが険しい表情で報告に聞き入っていた。
　バグアの新指揮官、エアマーニェがオタワを襲撃したのは記憶に新しい。
　それに際し、“彼女”が『挨拶がわり』とばら撒いた増殖体は全世界規模で新たな火種を生んでいた。
「日本の‥‥関東圏、にも？」
「ええ。どうやらこの辺りみたいなんだけど‥‥正直な話、本当にここに落ちたのなら既に場所を移動している可能性が高いだろうし、そもそもここに落ちたかも断言できないのだけれど」
　そういって、先輩オペレーターが指差した地図。そこには「Mt．Fuji」という文字が表記されていた。
「静岡県と山梨県との間に跨る活火山で、日本最高峰。人里から離れていることもあって、関東圏の奪還が進んでいるとはいえ、この辺りはキメラを掃討しきれていないのよ」
「なるほど。例の増殖体を探して倒すんじゃなくて‥‥この機会に“此処”の状況を探って、手の中に握っておきたいのね」
「そういうこと。‥‥こんな年末に、傭兵さんには悪いことしちゃうわね」
　先輩の苦笑いに、バニラは一瞬視線を落としたものの‥‥こう答えた。
「彼らは彼らなりに、戦いの中であっても小さな安息や、幸せを見つけているんだと思うんです。世間一般が求めるような家で家族と共にある暖かなXmasも、広場で花火を見上げながら友達と過ごすニューイヤーも、そのどちらもなくても‥‥だからといって不幸なんかじゃない、です」

◆一時間後
「‥‥ニホンのフジ山の現状調査？」
　頬を掻く青年──シグマ・ヴァルツァーは、バニラの話に耳を傾けながら、器用にも依頼書の内容を端から端まで丁寧に読み込んでいく。
「ええ。この機会にフジの現状を把握しておきたいと上が考えているみたいなの。‥‥ひょっとしたら、近く何かあるのかもしれないわね」
「ふーん？　いいぜ、行くよ」
「あ、ありがとう！　でも、その‥‥依頼の実施日、確認した？」
「あ？」
　依頼書の記述をもう一度眺めてみる。少女の懸念した箇所、それは‥‥。
「12月31日出発、1月1日調査終了。これが何だよ？」
「だ、だって、折角のニューイヤー‥‥」
「気にしすぎじゃね？　まぁ、年越しっちゃ年越しになるけど、あくまでシゴトだろ？」
「うん。でも‥‥」
　恐らくなんと答えても少女は申し訳なさそうな顔をするような気がしたので、シグマは敢えてがさつな返答をした。
「ったく、女ってのは何でこうもまぁ誕生日、クリスマス、ニューイヤー、バレンタインと記念日記念日言うかねえ？　1日には仕事終わるんだから、騒ぎたきゃその後パーティでもなんでもやりゃいいじゃねえか」
　実際彼の心の底にあった本音なのかもしれないが、それはわからないまま。
「シ‥‥シグマの阿呆！！　気にしてあげた私が馬鹿だったわ！！　さっさと山登りの準備でもしてきなさいよっ」
　ここ最近随分難しい顔をしていた青年だったが、束の間だけそれを忘れ、久々に表情を崩して笑いながら、受付から逃げていった。

◆さらに一時間後
「あはははっ。なにそれシグマっぽい、ていうか笑う！」
　一時間前となんら変わらぬ様子で仏頂面を浮かべていたバニラの元にやってきたのは、ハーモナーのジル・ソーヤだった。
　少女は、今しがた出力された依頼書をのんびりと眺める。
「‥‥あたしも、行ってみよっかなー」
「え？」
　思わずバニラは首を傾げた。先日、一人きりの弟のためにクリスマスパーティを催した彼女が、だ。
「いいの？　年越しになっちゃうのよ？」
「うん。なんかね‥‥言われちゃったんだ。“弟離れしてよね”って」
　クリスマス前のあの日、本部でボランティアを募った時の少女とは思えない、少し大人びた表情でジルは笑った。
「だからさ、参加でお願いできるかな。あたしもね、ニホンのニューイヤー、ちょっと気になってたんだ。調査の後、街に寄ったりしたいし」
「あら、お友達に日本人が多いから？」
　問われたジルは、頬を緩めて楽しそうに笑った。
「んー‥‥ま、そんな感じ？」

◆さらにさらに一時間後
「ニホンのニューイヤー‥‥？」
　───少しずつ話のズレてきた本部の受付。
　すっかり機嫌を直した様子のオペレーター・バニラは、受付へとやってきたジョエル・S・ハーゲンに今日の出来事を話していた。
「うん。フジ山の現地調査は、ボリュームとしては然程じゃないでしょ。シグマもジルも、多分どちらかと言えば終わった後のことが楽しみなんじゃないかしら」
「そうか‥‥」
　相手がやけに思案顔なのが気になって、バニラは思わず首を傾げた。
「ああ、いや。俺も‥‥日本の年末年始の過ごし方を、知りたいと思ったんだ」
　しかし、帰ってきた答えは先ほどの様子に相反して、明るめの声色。ピンと来た少女はため息を零す。
「あー‥‥わかったわ。もういい、それ以上何も言わないで」
「‥‥おい、今俺を依頼に登録しただろう」
「今回は募集人数がそこまで多くないから、ジョエルのとこの隊員さんたちにはお留守番しててもらうわ」
「そういう問題じゃ‥‥というか、1人で行っても仕方がないというか、だな」
「なにそれ、惚気？　やめてホント無理だから！　私の前でそれ以上言うと地球の僻地に飛ばすわよ！」
「全く‥‥まぁいい、現地調査だな」
　ついでに初日の出に新年の抱負でも掲げるとするよと言い残すと、男は存外穏やかな笑みを浮かべて本部を後にした。


　さあ、夜が明ける。新しい一年の始まりだ。
　君は何を思い、どう歩むのか。
　今また訪れる新たな光の中、幕を開けてゆく君だけの物語を綴ろう───。

●参加者一覧

●リプレイ本文

●2011
　依頼の出立前、受付に立ち寄った秦本　新（gc3832）が差し出したのは１通の年賀状。
「ちょっと早いですが‥‥来年も宜しく」
　青年の前には、それを受け取って嬉しそうに笑むバニラが居た。
　役割こそ違っても、新にとっては彼女も共に戦ってきた仲間であり、彼女にとってもそれは同様で。
「私こそ。きつい仕事ばかりだったけど、来年も頼むわね」
　そう言って高速艇へ向かう新を送り出す中、次いで現れた金の髪の青年に気付いて少女は笑いかける。
「イレイズじゃない。どうしたの？」
「バニラに、妹に頼まれた物と‥‥前の依頼の礼を渡しておこうと思って、な」
　足を止めたイレイズ・バークライド（gc4038）は、受付に2つの品を置く。
「スリッパは妹からだ。遅いXmasプレゼント、だと」
「ふふ、ありがと。小さなサンタさんにお礼を伝えて頂戴」
「ああ。‥‥今年も一年、お疲れ様、だ」
「イレイズもね。どうか頑張り過ぎないで」
　バニラは、去り行くイレイズの背を見えなくなるまで見送っていた。

◆高速艇
「お久しぶりです、ジルさん。もうすっかり元気みたいで、安心しました」
「風香！　心配かけちゃってごめん」
　申し訳なさそうに頬を掻くジルに、首を横に振って笑う黒羽　風香（gc7712）は艇内から窓の外を眺めた。
「年を跨いで富士山の調査‥‥折角ですから、ご利益も欲しいですね」
　微笑む少女にジルも首肯し、二人並んで眼下の景色を見送る。
　余りに早く過ぎ去ってゆく景色の向こう、意中の人物の顔を思い浮かべた風香はほんの少し、眩しそうに目を細める。
（‥‥兄さんが色良い返事をしてくれるように、お願いしてみようかな）
　その様子に気付いたジルが首を傾げると、風香はなんでもないという風に笑んだ。

◆登山
　疲労の色も見せずに先を歩いていたイレイズが、ふと気付いたようにしてシグマの横を歩き始めた。
「久しぶりだというのに随分しけた面だな。‥‥切るぞ？」
　相手の視線に一度だけ自身のそれを絡ませた後、言葉だけを残してイレイズはまた正面に向き直る。
「お前っ、友達を切るなよ！　けど、ありがとな」
　きまりの悪い様子で礼を述べるシグマに、嘆息するイレイズ。青年は、人の事情にはよく気がつく性質だった。
「考えないと護りたいものも、大切なものにも気付けないのか？　それとも身近過ぎるから気付かないのか？」
「‥‥わかんね。戦いしか、知らねぇから」
　先行く背中を見守る青年の横顔を、ちらりと盗み見て。イレイズは思わず空を見上げた。
「どうだか。答えはいつも傍にあるっていうのにな‥‥」

　御鑑　藍（gc1485）の提案もあり、傭兵達は何度目かの休憩でとある山小屋に身を寄せた。
　簡単に清掃をし、屋内の様子を確認した後、藍は背負ってきた大きな荷物の中から幾つかを取り出して作業を開始する。
「藍、なにやってるの？」
　やってきたジルに微笑み、藍は持ちこんだ海老天や牛蒡のかき揚げを見せる。
「地域によって違いはありますが‥‥日本では、年を越す前にお蕎麦を食べる習慣があるんですよ」
　漂う香りに傭兵達も次第にカセットコンロの周りに集まってくる。そこには、2011年最後の休息が訪れていた。

　皆が年越し蕎麦に舌鼓をうっていた頃。外で見張りをしていた男のもとに、藤宮　エリシェ（gc4004）が顔を見せた。
「ジョエル、少し早いですけれどもお誕生日おめでとうございます」
　手渡されたのは車輪の装飾が施された懐中時計。
　同時に、語られる思いは一部の曇りもなく、まるで削りたての宝石のような純度と輝きを放っていた。
「貴方に出会えて私は負の感情が怖くなくなったし、自分の命を大切にしようって思えました。あなたは私にとってかけ替えのない大事な大事な‥‥家族のような存在です」
　少女から発せられる言葉は、少女の本心とは離れたもの。それは、恋心を隠す為の優しくも切ない嘘。
　‥‥かたや、男は。
「俺にとっても、お前はかけがえのない存在だ」
　アメジストのような双眸が、一瞬だけ揺らいだ。
（ジョエルの言葉に嘘はない）
　けれど恐らく“それ”は、男が何より大切にしている隊の者達と同様、という意味なのかも知れない。
（彼の優しさは残酷。でも‥‥）
　誰にも気付かれないように、心の底で嘆く。
　───それでも、失いたくない。

●2012
　傭兵達の知る年越しからは想像も及ばない程、静かな夜。
「昨年はお世話になりました。今年も宜しくお願いします」
　藍の新年の挨拶を皮切りに、山の頂上に居た傭兵達は祝賀の言葉を述べ始めた。

　皆が新たな年の幕開けに笑い合う中、突如柔らかく滑らかな感触がジョエルの両肩を覆った。
　その正体は、上質なカシミアのマフラーを手に、男を両手で包み込んだ夢姫（gb5094）。
　少々面食らった様子で居たジョエルも、思わず笑いを浮かべる。
「お前には、勝てる気がしない」
　可笑しそうな少女の笑い声が聞こえてくる。その心地良さに、男は思わず少女を抱き寄せた。
　そのまま耳元に唇を寄せると、彼女にだけ伝わる声で囁く。
「ずっと、大切にする」
　激動の年だった。
　けれど今、こうして苦難を共にしてきた信頼する人々と、新しい年を迎えられること。
　そして‥‥初めてできた、自分より大切な存在。その彼が生まれた日を共に迎えられることについて、夢姫は感慨深く瞳を閉じた。
　明日が確かでないことなど、傭兵でなくとも承知している。
（これが、どんなに幸せで有難いことなのか‥‥）
　この時間の尊さを噛みしめて、感謝しながら、少女は瞳を開けた。

●不死なる山に陽は燃えて
　日本時間、午前6時54分。
　薄紫色をした厚い雲海は眼下。見渡す限りのほの暗い青の世界が白んでゆく。
　方位118度。遠い遠い空の彼方に、燃えるような光をつれて太陽が生まれ出でた。
　それは、最初は小さな点だった。しかし、やがて天高く登る龍のように、完全な白円がプラージュを纏い空に輝き始める。
　紫雲は陽の放つ黄金の光を受け、その輪郭を切り絵のように際立たせ。反して空は、果てなく広がるコスモブルーを太陽が燃やしてゆくように、溶けて混ざり合う。
　もはや言葉に置き換えることが出来ないほどの神々しさで全てを照らし、包み込む光。
　なんて眩く、なんて美しい世界。

　傭兵達は皆、下山の足を止めてこの光に見入った。
　ある者は微笑み、ある者は願い、ある者は誓う。
　───この聖なる光の祝福が、全てに等しくありますように。

◆太陽と太陽
（今年は、本当に色々な事があった）
　トリシア・トールズソン（gb4346）は、陽の光を集めて束ねたような美しい金の髪を、吹き付ける風にさらしながら思う。
　昨年出会った数え切れない位の悲劇と、数え切れない位の幸せ。振り返れば、両者は常に少女と共に在った。

　長い戦いの果て、友と辿り着いた山羊座を巡る因縁の終結。
　そして、Chariotの過去とこれからを巡る戦いと‥‥アフリカで背負った『罪』。
　ちら、と周囲の傭兵達に視線をやる。
　長いようでいて短すぎる1年という時間、背を預けあった仲間の姿がここにある。
（大切な、大好きな人との生活。戦場を共に駆けた事。一緒に遊びに行った事。何でもない、日常の幸せ‥‥その全ては、もう過ぎ去ったもので）
　思い返すかけがえのない日々。それは忘れる事のできないもので、恐らく忘れる必要もないもの。
　それを糧に、この小さな足はまた明日を戦い、確かな一歩を踏み出すことが出来るだろう。
（私はきっと、来年もしつこく思い出す）
　ここにある仲間と、そして少女の帰りを待つ仲間達を思い浮かべ、自然と唇が緩く弧を描く。
　───悲しい事も楽しい事も。全て含めて「私」だから。

◆笑顔のために
　思わず足を止めた新。振り返る昨年は、正直苦しい戦いも多かった。
　僅かに届かなかった手、通じ合えなかった思い。光の正体が余りに眩しくて目を眇める。
　けれど今、周囲には多くの戦友達の姿があった。
（‥‥色々ありましたが、今は戦友達と生きて新年を迎えられた事に心からの感謝を）

「新、笑ってる」
　思いがけない指摘に右腕の側を見やれば、亜麻色の髪の少女が笑んでいた。
「然程珍しいものでもないですよ」
　どこか苦笑混じりの新に、なおも少女は言う。
「‥‥来年も、また見られたらいいね」
　何を、とか。あらゆる要素を削り落とした拙い言葉だったけれど、新は首肯し、再び真っ白な光をその目に捉えた。

◆新たな脅威
「アフリカでの依頼の顛末は、報告書で知りました」
　眉を寄せたまま言葉少なに頷くシグマ。トリシアはその様子を見上げながら思い返していた。
「誰のせいでも無い、と言う人も居るけれど‥‥それでも、無力さを感じずには居られない。でもね、それだけじゃなくて」
　あの日のことを振り返り、けれど、その先に未来を見据えて少女は言う。
「二度と同じ過ちは繰り返さないよ。だから‥‥」
「歯、食いしばって歩こう。俺も、ちっとはしっかりするからさ」
　トリシアの心は夜が明ける前よりも幾分軽くなったような気がして、温かい笑顔を浮かべた。
　そこへ現れた、もう一人の青年。
「シグマ、親父さんが付けてた機械の腕、覚えてるか？」
　瞬間、シグマの表情が明らかに険しくなった。恐らく、イレイズは同じ事に気付いている。
「奇遇だな。俺も似たようなことを考えてたんだ」
「‥‥あのガキには気をつけろ」

◆踏み出す足
　光の中、淡く溶けて消えてしまいそうな背中を見つめながら、エリシェはそれでも瞳を閉ざすことなくそれを見つめていた。
　交わした言葉も、やりとりも、全て胸の内にある。それに気付いたからこそ、表情は幾分和らいでいたけれど。
（報われなくてもあなたは私の運命の人だから。ずっと‥‥）
　不思議と、胸にあてていた手が小さく震え始める。
　それは、少女の心の奥底に落ちた雫が水面を揺らしたからかもしれない。それでも‥‥
「麓までもう少しだね。一緒に行こ？」
　差し伸べられたジルの手は自身のそれに似ていた気がして。
　エリシェは安堵したようにその手をとって、共に歩き出した。

●初詣
「さて‥‥年も明けましたし、初詣とか行きませんか？」
「行く行く！　でも、ハツモウデってなに？？」
　山を降りた後、風香の提案に耳聡く反応し、無駄に目を輝かせてせがむジル。
　その様子に新は穏やかに笑んだ後、こう尋ねる。それは依頼を受ける際にも少し気になっていたこと。
「ジルさんは、日本の新年に興味がある‥‥のでしょうか？」
「うん！　皆はあたしの故郷を知ってるのに、あたしが皆の故郷を知らないのは、ちょっとズルいでしょ？」
「それじゃ、案内しない訳にはいきませんね。境内には屋台なども出ていましてね。これがなかなか楽しいんですよ」
「ジンジャ？　ケーダイ？　あ、新の家はどこ？　どんなところで育ったの？」
「ええと‥‥いや。直接行って、見てもらう方が早そうだ」

「シグマも、折角だから神社に行かない？　日本では初詣って言って一年の目標とか願いを絵馬に‥‥」
　しばし首を傾げたままのシグマに、シクル・ハーツ（gc1986）は順を追って説明を始める。
　が、少女のその詳細な口ぶりに、シグマは話の内容よりもあることが気になってしまう。
「シクル、ニホンに詳しいんだな」
　彼女の外見はどう見ても日本人には見えなかったのだ。だからこそ、少女の返答には心底驚いた。
「私は、日本で生まれ育ったんだ。だから‥‥」
「まじかよ！　早く言えよ、俺も行く」
　先ほどまで「どうするかな」と言った雰囲気だった癖に、などとはイレイズも流石に突っ込むのを諦めたほど。
　そうして、賑やかな一団は街を目指して歩き出す。

「‥‥夢姫の故郷はニューイヤーの過ごし方が違うのか？」
　日本の国土の簡単な説明から入り、ここは本土で、故郷は離島であるという旨を伝え終わる夢姫。
「だから、本土のお正月は私も楽しみ」
　見込みが外れたのか、少々残念そうな顔をしたジョエルに笑いながら、夢姫は男の指に自身のそれを絡ませた。
　見慣れない異国の町でも何一つ変わらない温もりに、今だけ甘んじながら。
「解った。それなら、次は‥‥沖縄へ行こう」
　見上げた少女の驚いたような顔は少し新鮮で。珍しく勝ったかな、と思いながら男は逆に少女の手を引いた。
「ジョエルさん。‥‥傍に居てくれて、ありがとう」
　新しい年が、幸せな年になりますように。

◆境内にて
「今年の抱負、ですか」
「はい。私の抱負は、さっき初日の出に掲げちゃったので」
　神社に詣でた後、賑やかな境内から離れて綿菓子を頬張っていたトリシアが、幸せそうな顔で藍に問う。
　かたや、たこ焼きを口にしていた藍はきょとんとした様子で居たが、やや間があってこう応えた。
「‥‥『最後まで諦めない』かな」
　俯きがちに、少し照れくさそうに答える藍の顔を見上げてトリシアは相槌を打つ。
　それに促されるようにして、藍は言葉を繋いだ。
「救えなかった命もたくさんあるけど、その事を忘れないで、救える人は救って行きたい、です」
　もっと強くなって、前を向いて進んでいきたい‥‥そう告げる藍からは、どこか控えめな口調とは裏腹に、懸命な真っ直ぐさを感じさせた。
「抱負、かぁ。風香はどう？」
　焼きたての団子を手に、ジルが隣の少女に尋ねる。
「私も誰かを守り、救ってあげられるようになりたいです」
　感慨深そうに風香はそう想いを綴った。
「せめて、過去に悩み続ける兄さんの心ぐらいは‥‥」
「本当にお兄さんが大切なんだね。あたしと一緒！」
　恐らく風香のそれとは少し違うのだろうけれど、共感するジルに風香は愛らしい笑みを浮かべて頷いた。


　屋台近くのベンチで寛ぐ傭兵仲間たちを背に、シグマとシクルは再び境内へ向かっていた。
　2枚絵馬を買うと、シクルは青年にその趣旨を説明する‥‥のだが。
（あ、あれ‥‥？　私、なんで‥‥）
　ペンで木の札に願いを書く、それを伝えるだけのこと。
　なのに、少女の心臓は常日頃ないほどに大きく鼓動していた。
　だが、同時にシクルは酷く困惑した様子で俯く。この気持ちがなぜなのか、解らない。
　頭も心に追いつかない。けれど、現実は待ってくれなくて。
「おい、シクル？」
「あ、ううん、な、なんでもないよ‥‥！」
　下手に動く心臓を押さえつけるように、何度も深呼吸をしてシクルはなんとか絵馬を括りつけてゆく。
　ふと、隣の青年の絵馬を覗いてみた少女。そこには乱雑な英書体でこう書かれていた。
『もうシクルに怪我をさせない』
　胸底にじわりと湧きあがる暖かな何か。少女は、思いがけず泣き笑いのような笑みを浮かべる。
「私の“願い”は‥‥」
　少女の絵馬に掲げられた願い、それは『強く、強くなる』。迷いの無い、真っ直ぐな想い。
（もっと強くなりたい。彼と肩を並べられるほど、彼を支えられるほど強く‥‥）

　幕を開けてゆくそれぞれの新年。
　全ての傭兵達にとって、この年がより良い一年となるように、心からの祈りを捧げよう。