タイトル:CROSS FIREマスター:藤山なないろ

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/08/28 14:15

●オープニング本文


●礼拝
 雲一つない空に太陽が昇る。
 世界を照らす陽の光は、どの季節よりも力強く真っ直ぐ地表に降り立つ。
 まだ夜が明けて間もない早朝。
 太陽も、気温も、のぼりきる前のその時間帯は、ひどく清々しさと神聖さに満ちていた。

 某国の某地区。街のはずれの小高い丘に、歴史ある教会が建っている。
 今日は日曜の朝。
 教会には礼拝のために、多くの人々が集まっていた。
 それぞれが本堂の定位置につき、老司祭が穏やかな微笑みを湛えて朝の挨拶を述べる。
 続く礼拝の言葉に、皆が一様に起立し、手を組み合わせた。

●同時刻
「だから夏は嫌いなんだよ‥‥ッ」
 忌々しそうに呟きを洩らしながら、青年が質素な花束を手に丘を登っている。
 彼の目的地は教会の向こうにある墓地だった。
 夏の日差しには、太陽の一方的な悪意があるとは青年の談。
「朝なら多少涼しいとは思ったが、くそ‥‥耐えらんねぇ‥‥」
 汗を書いている風では無く、一見して涼やかな容貌だが‥‥止まらぬ愚痴が暑苦しい。
 背負った巨大なガトリング銃を、もはやこの為に存在していると言わんばかりに地につきたて、杖の様にして息を吐く。
 その先に並ぶ多数の墓石の中、青年は一つの石に目を留めた。
 思わず、深い息が漏れる。その深さは心の奥底から、色々な気持ちを伴って噴き出してくるようで。
「‥‥変わってねぇな」
 自嘲の響きを含む言葉に、どこか後悔のような色をも滲ませて、青年は言葉も無くまた歩みを再開した。

●炎の巡礼
 聖堂正面のステンドグラスから昇りゆく途中の陽の光が屈折もなく差し込んでくる。
 色とりどりガラスが、光を受け入れ、より一層輝きを増す。
 描かれた「主」とやらのステンドグラス絵画に生命が吹き込まれた様で、それは見事なまでに幻想的な様で、美しかった。
 パイプオルガンが幾つもの音を重ね合わせ、レトロでいて聖堂全体を揺るがすような荘厳な音を立てる。
 皆が讃美歌を斉唱し始めると、男声と女声は人々の熱と溶けてまざりあい、独特の雰囲気を放つ教会の姿がそこにあった。
 ‥‥これは、どこにでもある、教会の日曜朝の光景、だった。
 信仰の喜びを歌った1曲が奏で終わった頃。
 ゆらゆらとステンドグラスに揺らめく何かを見た者がいた。
 背を向ける司祭は気付く事も無く、歌の後に続く感謝の祈りの為に式の進行を執ろうとした、その時。

 ステンドグラスを突き破って、何かが教会内へと侵入してきた。
 讃美歌の余韻を残す口々が、驚きと恐怖に悲鳴を歌う。
 朝の光に照らされ、割り砕かれたステンドグラスの破片がきらきらと光を跳ね返し、いくつもの光を聖堂に飛散させる。
 それもまた、酷く美しい光景だった───

●クロスファイア
 目的の墓石まであと数歩の所だった。
「‥‥?」
 悲鳴を聞きとった青年が、声の方角を振り返る。
 仕事柄得た経験値からか、彼の直観力かは定かではないが、頬を撫でる風に不穏な臭いを嗅ぎ取ったようで。
「教会じゃねえか。一体、なんなん‥‥だ‥‥っ!?」
 暑さで外していたタクティカルゴーグルを身につけ、厳かな礼拝の場へと照準を合わせる。
 そこに見えたのは、人々が教会から逃げ惑う様子と、建物周辺にいる複数の赤毛の獅子。
 獅子達は教会を取り囲むように包囲陣を徐々に完成させ、文字通り十字砲火に近い形で教会へ火の弾を放ち始めている。
 その光景はまるで、神へと捧げる炎の十字架の様にも見えた。
「くそ‥‥今日は仕事をするつもりで此処に来たわけじゃないっていうか‥‥」
 その言葉は最後まで紡がれる事は無く。
 青年は手にしていた花束を墓石の方角へ放ると「悪いな、日を改める」と言葉を残し、苦労して登ってきた丘を一気に駆け下りていった。
 ついでに手にしていた通信機材で連絡を入れる事数十秒。
 誰かの墓参りにでも来たのだろうが、この男、中々にマメである。

●参加者一覧

赤崎羽矢子(gb2140
28歳・♀・PN
蒼河 拓人(gb2873
16歳・♂・JG
レイード・ブラウニング(gb8965
21歳・♂・DG
御鑑 藍(gc1485
20歳・♀・PN
エレシア・ハートネス(gc3040
14歳・♀・GD
イレイズ・バークライド(gc4038
24歳・♂・GD

●リプレイ本文

●Dash & Lash
 燃え上がる教会。逃げ惑う人々。必死に戦う青年。
 人は、火が燃える様を、時に強い感情を表す言葉として用いることがある。
 ‥‥本当に燃えているのは、教会‥‥だろうか?

「よりにもよって、教会を燃やすとは」
 レイード・ブラウニング(gb8965)をはじめ、訪れた傭兵達の目に映るのは大きな炎。
 その中に、かろうじて聳え立つ教会の姿があり、吐く溜息は嘆きにも似た呟きを伴う。
「所詮はキメラ――その価値を解さないか」
 レイードが握り込んだ拳に反応し、白銀の篭手に描かれた十字が光を帯びた様に感じられる。
 教会の頂点に鎮座していた同様の印は、もはや崩れ落ちる寸前にも思えた。
「来たか、こっちだ!」
 青年シグムント・ヴァルツァー‥シグマが傭兵達の姿を視界の端に捉えると、最後の気力を振り絞るように声を張り上げた。
「またあいつか‥‥妙な縁がある事だ。まぁ挨拶は後だ」
 イレイズ・バークライド(gc4038)がシグマを見つけると、この奇妙な縁に眉を寄せる。
「イレイズ! 教会の中に、逃げ遅れた人が!」
 現場で人々の退避を促す為に叫び続けたシグマの喉は、もはや絞り出すことでしか音声を発せない寿命間近のスピーカーのようだった。
「俺がフォローに入る。一気に駆け抜けろ!」
 レイードが両の拳をかち合わせて臨戦態勢に入ると同時に、突入組へと叫びをあげる。
 それを聞きつけた赤崎羽矢子(gb2140)は現場を確認し、真っ先に教会の入口を捉えた。
「任せた。先に行くよ!」
 恐るべき速さと機動力を持つ羽矢子が、瞬速縮地で燃え盛る教会目掛けて風を切り、あっという間に消えてゆく。
 教会の入口は南。
 炎獣は教会の東・西・北の壁面に各1体ずつだった為、入口への道を遮るものは何もなかった。
 ふと、羽矢子が気付いたように現場を見渡す。教会へと炎の弾を吐き続ける獣達に、人を直接襲う気配がないのだ。
「このキメラ、人より教会を優先して襲ってるみたいに見えるけど‥‥」
 何か理由が?
 そのワケを知ることができるかはわからないけれど。羽矢子が、そしてエレシア・ハートネス(gc3040)が、わき目も振らずに教会を目指す。
 きっと逃げ遅れた者達は、何らかの事情で逃げることが叶わなかったのだろう。
 怪我をしたか、燃えた瓦礫によって逃げ道を塞がれたはわからない。だが、救いの手が差し伸べられるのをただ待つしかできない人がいる。
 エレシアは自らの手をきゅっと握り締め、思う。
「絶対に助ける‥‥1人も失わない‥‥」

 一方。
「炎‥‥か」
 網膜に焼きついた光景が、心のスクリーンに映し出される。
 再生される記憶を受け入れながらも45口径の回転式拳銃を取り出し、蒼河 拓人(gb2873)はリロード用のクイックローダーのド頭3発に貫通弾をセットした。
(「思い出すね。あのときのことを‥‥」)
 貫くための弾丸に、込めた想いはなんだっただろう‥‥?
 拓人は、御鑑 藍(gc1485)に視線を送ると全力移動を開始。
「今度は助けてみせるさ。その為には──」
 彼の視線の先には、教会東を陣取っていた炎獣がいる。
 敵は教会へ向かう傭兵の存在に気づき、彼らを標的に定めようとしていたのだ。
「──まず、そこを退いてもらおうか!」
 炎獣の眼前に現れた拓人の姿は、教会へと突入を続ける傭兵達の姿を獣の視線から覆い隠す盾となり、控えていた藍も拓人の声を合図に迅雷を発動させる。
 藍と獣までの距離も、わずか一瞬のうちにゼロへと近付き、そのまま全身をバネの様にして身体を大きく縮めて捻ったかと思えば、藍は全神経を脚へと集中させ身体を回転させる。
「急がなくちゃ。ここで手を焼いている時間は、ないんです」
 ほぼ大地と身体が平行線を描き、強烈な速度で蹴り込まれた一撃が重く沈みこむ。遠心力に従わせるように、炎獣のその身は強制的に伏せられた。
 藍の一撃が終わるのを待つ事無く、拓人のライトピラーから白銀の超圧縮レーザーが放射される。
 まるで、それは剣の様な輝きを放った。
「‥‥最初から手加減なしで行くよ」
 勇猛そうな炎獣の頭の先から、背を経て尾へと銀刃の抱擁が包み、その背を斬り裂いた。
 拓人の斬撃は確実に獣を窮地へと追い込んでいるが、尚も立ち上がる獣。その瞳に宿る強い炎は、まだ消えていない。
 その隙に拓人が合図を送ると、藍が小さく頷き獣の前へと躍り出た。
 藍はその素早さで、獣の眼前で明らかな挑発を行い、超至近距離へと再接近。
 見かねた獣は、目の前の餌に我慢がならず、食いつくように藍へと鋭い牙を剥き出しにする。
 かみつきかと思われたその攻撃だが、獰猛な牙が襲いかかるより前に、獣の喉奥から大きな炎の弾が飛び出した。
 一瞬怯んだ藍へと更なる猛攻を見せる炎獣が、またも飢えた口を開く。
 そこへ、ほんの少し前に流れを読んで先手をとりにかかった拓人が、既に藍のすぐ傍まで近づき大口を開けた獣の顔面へと握り拳を突き出していた。
 刹那。拓人の手は、飲みこまれるように炎獣の口の中へと消える。
「そうはさせないよ?」
 突き出した拓人の握り拳から‥‥否、その拳が握り込んでいるライトピラーの両端から放たれた刃の如きレーザー。
 2つの白銀はそれぞれ炎獣の上顎と下顎を突き破り、貫通。更にライトピラーの柱部分が強制的に口をこじ開けた。
 獣は、口を閉じることすら許されなかったのだ。
「藍ちゃん、お願い!」
「はいっ!」
 拓人がライトピラーを手放し、得物を持ちかえる。その隙すらも許さぬように‥‥藍が再び脚爪を構える。
「炎のお礼をさせてもらいますよ」
 めり込む脚爪を経て、感じ取ったのは獣のしぶとい生命力。
 回転式拳銃が、その見た目よりもずっと重々しい音を立て、がちゃりと弾が込められる。
 開きっぱなしの獣の口へとその銃口を突っ込むと、拓人は勢いよく引き金を引いた。
「これで終いだ」
 いつもより凶悪な速度を纏って口から放たれる鉛の弾は、容赦なく、躊躇なく飛び出した。
 貫通弾に乗った影撃ちがなかったとしても、拓人の攻撃が外れる事は無かっただろう。
 けれど、油断なく冷静に、かつ着実な対処は見事と言うより他無く。
「藍ちゃん、けがは大丈夫?」
 拓人の表情には、戦場にあってもどこか人懐っこい色が浮んでいた。

●要救助者
 いち早く教会へ侵入を果たした羽矢子の正面には、老人と彼に肉薄する炎獣がいた。
 老人はへたり込んでおり、よくよく見れば脚が床板にはまっている。
「待て!」
 先手を打って自らの存在を獣に知らせると同時に、聖堂を駆ける羽矢子。
 驚異的な脚力をもって一気に駆け抜け、細身の剣を大きく振り被る。
「ここはお前の居ていい場所じゃないんだ」
 入口に居たはずの羽矢子がいきなり眼前に現れた事に、獣でも驚いたのだろうか。
「‥‥力付くにでも出てって貰うよ?」
 老人との間に割って入った赤毛の傭兵は、迷う事無く一気にハミングバードを繰り出し敵を刺突する。
 鈍く突き刺さる切先。短い呻き声が‥聞こえる。
 しかし、そのまま獣の身体は大きく吹き飛ばされた。
 教会内にはざっと見ただけであともう一人の老人の姿がある。
 彼の為にも、救助に来るであろうエレシアの為にも‥‥獣は外へつまみだす。
 羽矢子は瞬時に判断を下すと、獣とその先に見えるステンドグラスが一直線を描いていることに目をつけた。

「ん‥‥大丈夫‥‥今、手当てするから‥‥」
 なんとか獣の脅威から救われたものの、老人は入口正面の場所から動けずに居た。
 到着したエレシアが駆け寄ると、恐怖と絶望から解放されたばかりでやや混乱していたが、やがて彼女の手当てを受けてゆくうちに炎の中で心を溶かし、老人は涙を零した。
 もはや自分は助からないと悟っていたのだろう。彼の口から洩れ繰り返される感謝の言葉に、エレシアはただ微笑み返すばかり。
 抜けた床板に挟まれた脚を傷めないよう、そっと外して蘇生術を施す。
 古い教会である事も考え、救急セットの消毒薬を滅菌綿に浸して消毒を行った後、老人の肩を抱き立ち上がる。
「行こう。キメラがいない‥‥今のうち」
 恐怖に捉えられたままの心では、怪我は治れど立ちあがる事は困難だったはず。 
 しかし、老人はエレシアの言葉にまでも支えられ、自ら立ち上がり、貸される肩を頼りながらも教会の外‥太陽の下を目指した──

「ん‥‥他の人助けに行くから、自分で離れられる‥‥?」
 エレシアが一人目の老人を救出した所へ、教会入口に拓人と藍が到着する。
 藍はエレシアを支援するように、その老人の肩を抱きとめて力強く言う。
「安全圏への避難は任せて下さい。要救助者の人数の確認も、済ませておきますから」
 同時に、藍はエレシアに無線を一つ手渡す。藍が要救助者の人数を確認し、伝えてくれるとのことだった。
「どうかお気をつけて」
「‥‥ありがとう」
 藍に送りだされ、エレシアは拓人を伴って再び炎の中へ向かった。

 老人を避難させながら、藍は周囲を見渡す。
 すると、視線の方向に明らかに他の人物らと纏う衣服が違った人物が見えた。どうやら、目当ての人物で間違いない。
「誰が居ないのか、落ち着いて確認しましょう。手遅れになる前に‥‥見つけられる、うちに」
 藍が声をかけたのは教会の司祭。彼は深く頷き、避難を完了した人々を取りまとめるように動き始める。
 人々の協力を仰ぎ、誰が避難を完了していないのか、あと何人が教会に取り残されているのか‥‥本依頼における最重要情報を得るべく、藍は彼らの話に耳を傾けた。

●西と北
 その頃。
 残るキメラは、教会の入口からは裏手となる北にいるものと、拓人達の戦っていた場所から真逆に位置する教会西にいる炎獣。
 レイードは竜の翼を、イレイズが全力移動を開始し、それぞれが炎の猛りを敵を倒すことで阻もうとしていた。
 先に到着したのは、バハムートに身を包んだレイード。
 脚部に生じたスパークがまるで翼の様にもみえ、迅速に回り込むと、一体の獣が炎を吐く姿を捉えた。
「人が安穏を得る地。魂が安らぐ地。それを荒らした罪は重いぞ?」
 そこはまさに一対一の絶好の戦場であった。が、その時。
 激しい破壊音が響き渡る。それはガラスが割り砕かれる音と、キメラのうめき声とで奏でられた異音。
 炎の中にあるにもかかわらず発せられた涼やかな音色は、どことなく神聖さを秘めていた。
 元々一部が割れていたらしく、ステンドグラスは今の一撃でほぼ地に落ちたため巨大な窓が裏手へと繋がり、出入口と化す。
 そこへ、音と共に色とりどりのガラス片を纏いながら吹き飛ばされてきた『何か』が地を転がる。
 『それ』は現場にいた炎獣と衝突し、激しくぶつかり合い、吹き飛んだ。
「なるほど、赤崎‥‥か」
 理解とさほど違わぬタイミングで、巨大な出入口から飛び出してきたのは羽矢子。
「派手にやったな」
 迎えたレイードは、しかし動じる事も無く拳を構える。
「悪いが、通行止めだ。ここで潰れて貰うぞ!」
 レイードへと開いた口へ向けて、叩き込まれるアッパーカット。
 その衝撃に炎すらも飲み込む獣が動きを鈍らせた隙、側頭部へのカウンターに続いて背面への叩きつけ。
 一方的な連撃に行動すらもキャンセルされる獣。
「そっちは任せたよ!」
 気付けば、羽矢子は圧倒的な速度で叩き込んだ連撃によりキメラの口を永久に閉ざした直後。
 再び教会内へと向かう姿に、思わず声が漏れる。
「早すぎるだろ‥」

 西に到着したイレイズ。
 そこに居る獣は相変わらず教会へと炎を吐き続けていたが、イレイズの急接近に気付き、その炎の射出方角を改める。
「そこまでだ。これ以上暑くしないでもらえるか」
 イレイズの覚醒に伴い淡く光を放つ蛍火が鞘から姿を現し、それは意思を持ったように赤い炎の如き揺らめきを宿す。
 繰り出される、強烈な一撃。
 引き抜く威力と速度はそのままに、獣のオモテを撫でるように刀の軌跡が一直線の赤いラインを描く。
 しかし、居合いのみにとどまらず、そのままイレイズは刃を返すとそのまま再び斬りつける。
 連撃による連撃の中、イレイズが攻撃を繰り出すたびに獣も彼を敵と認識し、その飢餓を感じさせる口を開け炎の弾を放つ。
 直近から放たれた炎は、イレイズの身を確実に焼き焦がした。
「ッ──こんなのに手こずってる暇は‥‥!」
 一対一の形に持ち込む事は、敵の注意を自らへ引き付け続けることができるメリットと同時に、請け負う一人の傭兵の身体を確実に追いつめてゆく。
 けれど。
「間に合ったか!」
 現れたのは巨大なガトリング銃を抱えたシグマ。まるでドラムロールを掻きならすように、シグマは激しい掃射を開始した。
 その制圧射撃に阻害された獣の姿を前に、支援を感謝するとともにイレイズが大きく脚を振り被る。
「悪いな‥‥もう二度と、お前らから目を背けるつもりはない‥‥!」
 傾斜をつけ、滑らせるようにして身体を捻り。繰り出すのはまさしく渾身の一撃。
 黒い涙が滲む頬を気にも留めず、イレイズはその獣の腹目掛けて脚を振り抜き、蹴りあげる。
 獣の身体が宙を舞い、そして再び大地へと衝突した時──全ての敵影が、完全に沈黙した。

●救いの手
 再び教会へと舞い戻った羽矢子が、その場でエレシアの姿を確認する。
「もう大丈夫、私と出よう‥‥」
 エレシアは手当てを終えた二人目の老人の肩を抱き抱えると、寄り添いながら教会の外を目指す。
「もうキメラは居ないよ! 誰かいるの!?」
 羽矢子は、炎に包まれた教会の中で高熱もものともせずに声を張り上げる。
 拓人も同様に捜索を始めれば、探索の効率は遥かに良くなった。
 そして、羽矢子のすぐ近く‥テーブルの下に倒れた二人の子供の姿を見つけた。
 身を潜ませていたのだろうが、この熱に耐え切れず意識を手放したのだろう。このままでは、完全に放置されるところだった。
 羽矢子が一人を背負い、拓人の手が少年の小さな手を握りしめるべく差し伸べられる。
「よく、がんばったね」
 拓人は、背負う子供に心からの微笑みを浮かべた。
 再び戻ってきたエレシアが、藍からの情報を得て二人に呼び掛ける。
「無事、全員の避難‥‥完了だよ」
 それは、依頼完遂のサインだった。

●燃え盛る炎の果てに
 一同が全救助者を救い出した後、間もなく教会は激しい音を立てて崩落した。
 機動力と作戦と各自の役割。全ての歯車がかみ合った完全勝利。
 炎獣の脅威が消失し、漸く消火活動も開始された頃。
「シグマさんが居てくれて、よかった‥‥です」
 藍がシグマへと声をかける。しかし、どこかシグマは上の空だ。
「おい、シグマ?」
「ああ、悪い」
 気付いたイレイズも、シグマの視線を辿る様に丘を見上げる。
 見える墓地に不審な事は無いが、彼がこの場に最初からいた事を考えれば、ここは所縁のある地なのだろうが‥‥。

 傍に迫る炎のような憎悪を、一同は知る由もなかった──