タイトル:【AL】白昼夢マスター:藤山なないろ

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/02/06 02:50

●オープニング本文


●取り付かれた者
「‥‥やっぱ、なんともねぇよなぁ?」
 訪れていたLHの外れにある寂れた建物の中でシグマは唸り声を上げた。
 ここは、ULTやその他各国の軍用品やら通信機器等あらゆる製品を裏で引き取り利用価値のある構成部品を取り出して扱うジャンク屋。
 正直、違法といえば違法なのかもしれないし、その辺の正当性などよく確認していないのだが、それでもシグマはこの店を時折訪れていた。それというのも、この店には大層腕のいい技師が居るためだ。
「なんともないねぇ。それでも“義手が痛む”んだろう?」
 煙管を吹かす女は、シグマを胡乱げに眺めた後、手にしていた煙管で件の義手を叩いた。
「叩かれたって何も感じねぇよ。‥‥ただ、たまに思い出したように痛んでさ」
「ハハ、なるほど。お前さん、ファントムペインに取り付かれたね」
 途端、青年の表情が分かりやすく強張った。
「面白いじゃないか。約1年前のあの日、はした金で義手を作れと鬼気迫る様子で来店したハタチそこらのクソガキを思い出すねぇ。普段なら相手にしないけど、話を請けてみて良かった良かった」
 そういって、女は「ヒヒヒ」と下卑た笑い声をあげながら面白がる様子でシグマの顔に煙を吐きかけた。
「‥‥ッなにしやがる!」
「黙りな、小僧。マズイ顔してんじゃないよ」
 ぴしゃりと放つ鋭い声に、気圧されて黙り込む青年。
「お前の義手はそこらへんに置いてるようなモンじゃない。あたしがお前さんの為に最高のパーツを見繕って用意した唯一無二で最高の品だ。こっちの腕を疑うのかい? 違うだろう。お前さんは理解していながら、ここへ来たんだ」
 ぐうの音も出ず、シグマはばつの悪い顔で視線を逸らして俯いた。
「ほら、わかったならさっさと帰りな! ガキ相手におしゃべりしてる暇なんてないんだよ!」
「わかったよ、このクソババア!」
 シグマはむすっとした表情で衣服を身に着けると、女に背を向け立ち去ろうとするが‥‥その背に追い縋る声。
「待ちな。‥‥診察代」
「ッの、銭ゲバが!!」

 心にこびりついてとれない居心地の悪さを追い払いたい一心で、シグマはいつものようにポケットを漁った。
 出てきたのは、すっかり手に馴染んだスターリングシルバーライターと、ただの紙くずだけ。
「ちくしょ‥‥ヤニも切れてやがる」
 安煙草の入っていたそれを違和感無く左手の義手で握りつぶすと、公園の屑篭へと放り投げる。
 結果、珍しく手持ち無沙汰のままシグマは公園のベンチへと腰をかける事になった。

 今、青年の心を支配しているものの多くは、アフリカでの出来事。
 ───2011年12月11日0600時。
 崩れ去った停戦協定。ピエトロ・バリウス要塞に向けて押し寄せた津波のようなキメラの大群。
 思い出しただけでも恐怖に身が縮む。だが、同時に強い怒りを感じていたのは確かで。
(あの時の強化人間‥‥ものの見事に、サイボーグ化してたよな)
 強大な武器を振るう為に繋ぎかえられた腕。改造された驚異的な身体能力を持つ体。
 それを思い返していると、自分の中のある記憶が蘇ってくる。
 始めは、アフリカでの戦いの記録。黒人の強化人間たちへ向けて射出した自分の弾丸がスローモーションのようにゆったりと空を切り進み、そして‥‥
「親、父‥‥!!」
 途端に頭を抱えて蹲る青年。記憶はそこで、黒人の強化人間とシグマの父親とを擦り替えさせる。
 放った弾丸が父の身体を貫通し、吹き上がる血飛沫がリアルに思い起こされた。自爆して爆ぜ飛ぶ父親の組織を浴びた日のことは、死ぬまで忘れられないだろう。これはもはや呪いにも似て。
 心臓がおかしなくらい鼓動している。息が上がって、冷や汗が噴き出す。
「‥‥くそっ‥‥!」
 なぜなのかは分からない。
 ただ、強化人間となり、最終的に機械化した父親の末路を思うと‥‥彼らの痛みを共有できる気がした。

●再びアフリカへ
 義手のメンテナンスにはそれなりの金がかかる。(といっても、シグマがおかしな店を選んでいるからという理由が大半なのだが)
 結果、シグマは常に働き続けなければならず、こうして今日も定例のように本部へと足を運んでいた。
「‥‥ねぇ、最近元気なくない?」
「別に‥‥んなことねぇし」
 居心地の悪い暖かさに口元を歪めるシグマと、対照的に笑うバニラ。彼女は青年へ1枚の書類を差し出した。
「アフリカのこと、気になってるなら行ってみれば?」
 そこに記述されていたのは、アルジェリアの首都、アルジェの復興プロジェクトに関わる仕事だった。
「昨年末に漸く復興への道を辿り始めたアルジェだけど、停戦ライン崩壊によって北部に再びバグア勢が現れ始めて、ね」
 停戦協定崩壊の折に発生したバリウス要塞での戦い。その要塞防衛では、シグマ自身非常に苦い思いをしている。
 例のサイボーグ化した強化人間のことも、それ以外のことでも、だ。
「先のバリウス要塞防衛で、少なからず被害が発生していたでしょう」
「‥‥悪い、あん時、俺はあの場に居たのに‥‥何かできたのかって言われると、自信ねえ」
「ううん、シグマ達は十分頑張ってくれたわ。要塞もあのあと急ピッチで復旧作業に取り掛かって、外見上落ち着いてきた事もあってね。またアルジェ復興計画を再開することにしたの。それに当たって最初にやるべきは‥‥」
「バグア連中を倒して陸路を切り拓く、か。分かりやすくて助かる」
「ええ。同時に、必要な人材の輸送をお願いするわ。誰一人失うことのないように、頼むわよ」

●魅入られた者
「やっぱり生体パーツって優秀だよな」
 白衣を羽織った少年は、身体の一部が機械化された黒人を壁際に立たせると、何本も何本もダーツを楽しむかのようにナイフを投げつけた。
 機械部分に当たったナイフは、時に弾かれ、時に接合部に食い込み、ショートしたように小さなスパークを発生させると唐突に床へと部品ごと落下する。
 反して生体部分には真っ赤な血が流れている。人間と同じ血液が。
 そこに刺さるたびに黒人は痛みからか身体を大きく跳ねさせたり、或いは蹲るなどの行動を見せる。
「うーん‥‥機械化は最小限がいいのかな。となると、そこらへんの適当な人間を使ってもあんまり強いユニットは作れないか。‥‥ん? ああ、なるほど」
 少年は今気付いた、といわんばかりに手を打った。
「だから皆強い人間の身体をほしがるんだ‥‥なるほどねぇ。人間ってやっぱり面白い素材だなー」
 少年らしからぬふてぶてしい態度で確証を得たような相槌を一人で繰り返すと、最後のナイフを黒人へと直接突き立てた。
 大きく跳ねた体は、そのままどさり倒れて動かなくなる。
「えーと‥‥人間がほしいときは、どこに行けばいいんだっけ? 今人間が居て、守りが薄そうな手ごろな街は‥‥街、街‥‥あ、あったあった」
 指差した地図の一点。そこに記載されていたのは「アルジェリア民主人民共和国」だった。

●参加者一覧

鈍名 レイジ(ga8428
24歳・♂・AA
狐月 銀子(gb2552
20歳・♀・HD
杠葉 凛生(gb6638
50歳・♂・JG
シクル・ハーツ(gc1986
19歳・♀・PN
秦本 新(gc3832
21歳・♂・HD
リズィー・ヴェクサー(gc6599
14歳・♀・ER

●リプレイ本文

●要塞からテベサへ
 要塞を発って数時間。先頭を行く第一車両の後部座席にはシクル・ハーツ(gc1986)とシグマの姿があった。
「先の炎獣、確か1年半前にも‥‥それに、この前の要塞防衛には同じタイプの強化人間も居て‥‥」
 軍用双眼鏡で陸空の警戒を続けるシグマの背に、少女から小さな疑念が投げかけられる。
 同種のキメラが関わる時は黒幕も同じ事が多い。そう考えていたシクルだが、シグマは少し複雑な笑みを浮かべた。
「炎獣はこの星にバグアが来た頃からずっと、オーソドックスなキメラとして至る所に現れてた。米国だって結構な数がいたもんだぜ。だから‥‥」
「そ‥‥っか」
 それを自分に言い聞かせるようにして首肯し、少女は再び窓の外に目を向ける。
 だが直後、背後から頭上に降ってきた手。驚きと戸惑い、僅かな心地よさを感じながら少女は目を細めた。
「心配してくれてんだよな、サンキュ」

 第一車両の後方、護衛車の前方をガードするように走る第二車両にも、それぞれ違う方向を目視警戒する2人の傭兵が乗車。なかでも、少女──リズィー・ヴェクサー(gc6599)は、続く荒野に何かを探していた。
 鮮やかな大地の向こう、居ないはずの少女の姿が網膜にちらつく。
(‥‥ボクは、助けられなかった)
 すぐそばに居たのに。
 血が爆ぜた彼女。少女は、今尚その幻影から目も心も離すことが出来ずにいる。
 あれからだ。少女が「護る」ことに固執するようになったのは。その為の戦いを始めたのは。
「泥沼のアフリカは‥‥いつまで続く?」
 ぽつりと、普段と違う様子の少女が呟いた。言葉は現実に漏れ、それを耳にした後背の青年は僅かに振り返った。
「さて、な。‥‥どうかしたのか」
 少しばかりの休憩、と言った風にゴーグルを外して鈍名 レイジ(ga8428)は肩を回した。
 シートに深く背を預けると、もう一度少女に視線を投げかける。
 小さな背中は沈黙したまま、力なく左右に首を振っただけで。それ以上深追いする事も無いのだが、レイジは両腕をぐっと伸ばすと再びゴーグルを装着した。
「まぁ、ここで足止めを食らうワケにはいかないし、な」
 足掻いてでも、食らいついてでも、前に進もうとするのなら‥‥それは確かな“前進”で。
 一歩でなくても、半歩ですらなくてもいい。無様に足掻いてでも進むべき道がある。
「直にテベサへ着く。陽も落ちてきたし、そこで夜営になるだろうけど‥‥もう少し、頑張れるか?」
「‥‥うん」
 先程より幾分力強い返答を確認すると、レイジはそれ以上何も云わず、再び窓の外に向き合った。



 ここまでに傭兵達は計4度の戦闘を終えており、車中傷の治療をしていたとはいえ疲労は確かに蓄積していた。
 だが、第三車両に乗車していた杠葉 凛生(GB6638)、秦本 新(GC3832)の両名からの依頼もあり、衛生兵、技師らは護送車両に添えつけられた小さな窓から各員かわるがわる交代で警戒を実行。傭兵達の人数でフォローしきれない部分の索敵・警戒も上手くカバー出来たことが功を奏し、敵襲は陸空問わず全て事前に感知し、余裕をもって対応できていた。此処まで大きな怪我を負う者も無く、道中は順調であった。

 テベサに到着した一同。ある者は施設へ向かい、ある者は護送車から衛生兵や技師らを降ろして休息の手配を始める中、凛生はふと気付いてある青年の腕を掴んだ。
「‥‥っ凛生サン?」
 咄嗟のことに驚いて反射的に男の顔を見たシグマだが、自分の目を覗きこむ漆黒の瞳に思わず息が詰まった。
「腕の具合でも悪いのか‥‥?」
 怪訝そうな声で尋ねる凛生は、掴んだ腕とは逆の腕を指している。
 ───見抜かれた。
 青年は咄嗟に苦い表情を浮かべた。それが肯定の意を示す事と、知らずに。
 あからさまな反応を確認すると、凛生は掴んでいた腕を手放し、何を言うでもなく取りだした煙草を咥えて着火。
 そして、煙を吐く様に‥‥肺の奥底に滞留していた何かを吐き出す様にこう言った。
「自分が赦せないのか‥‥以前の俺のように」
 弾かれた様に顔をあげる青年。
「凛生サンは‥‥そうだった?」
 問いに応えるのは、漂う紫煙のみ。凛生は、思いの外穏やかな表情でシグマの肩を叩くと街の中へ姿を消す。
『取り返しのつかない罪も、いつか‥‥克服する』
 先程、凛生が残していった言葉を反芻しながら‥‥シグマは去りゆく背を見つめ、深く息を吐いた。

 テベサを歩く。ただそれだけで“あの時”共に在った青年の存在を感じるのだからおかしなものだった。
(‥‥あの頃は想像もしなかった)
 懐かしい景色。彼方に落ちる夕陽が鮮烈な赤を伴って大地に溶けていく。
 自らに生きる意味を齎した男。その面影に似た色に、渇望にも似た何かが沸く。
 ───こんな想いを抱くとは。
 けれど今は、この大陸の奪還だけを考えて‥‥男は、暗んでゆく空をいつまでも眺めていた。

 夜間、傭兵は念を入れ、ローテーションを組んで見張りを立てた。
 シグマと共に警戒に当たっていた新は、アフリカに来るのは何度目であっただろうかと自問しながら、密やかに息を吐いた。
「あの一件から、随分経ったというのに‥‥またこんな相手と戦う事になるとは、ね」
 思い出すのは、2人の青年が初めて出会った切欠となる事件。
 昼間に現れた炎を纏う獅子。そして‥‥ちら、と視線を流す先にはグローブに纏われたシグマの左手。それは、血の通わない機械の腕で。
(‥‥シグマさんには、辛い相手かもしれない)
 “あの時”の慟哭を今も憶えている。
 徐々に険しさを増す新の表情。それに気付いて、シグマは明るい笑い声を洩らした。
「んだよ、新もか? ったく、心配性が多くて困るよな」
 きっと“装っている”のだろう。そんなことくらい解る程度には戦場を共にしてきた。
 けれど、彼を信じている。それに嘘偽りはなく、新は深呼吸の後に空を見上げた。
「まったく‥‥カラ元気じゃないことを祈ろう」
 今は共に戦うのみ、だから。

●飛影
「はぁー‥‥しんど。流石に疲れたわ」
 倒した後部座席にAU−KVを積み込んだ後、座席へ転がり込む狐月 銀子(gb2552)の手を引いてシグマが笑う。
「ご苦労さん! 俺とシクルで警戒続けるから、銀子は少し休めよ」
「あら、いいの? じゃ、そうさせてもらうわね」
 朝日が昇り始めたのを確認し、テベサを出立した一同。もう目と鼻の先に街の姿を確認できる距離にまで来ていた。
 運転から解放された身体を横たえながら、銀子は心地良さそうに伸びをする。
「‥‥もうすぐね、アルジェ」
 口元を緩める銀子は、思い馳せる様に瞳を閉じた。
「あの街にはね、復興に従事し、未来を作る主役達がいるの。‥‥そんな人達がいるなら縁の下になりたいじゃない」
 脳裏に描き出す。
 あの街の光景を、赤い土を、崩れた白い壁面を、復興に励む人々の様子を、風の匂いを。
 しかし、その時‥‥
「襲撃? まさか‥‥アルジェに?」
 シクルが追いすがるように窓から身を乗り出した。
 上空を飛行する1機のHW。それは真直ぐに、そして徐々に高度を下げながら“こちら”へ飛行してくる。
「否定はできないわよ。運転手さん、飛ばしてちょうだい!」

●強襲
 HWの情報は、即時全車両に通達された。傭兵達の胸を蝕んでゆく黒い影。車両のタイヤは白煙を上げ、騒々しい排気音と共にアルジェ到着まで後わずかな荒野を駆ける。
「気が抜けないな、アフリカは‥‥」
 立ち寄る場所に、既に敵が襲撃している可能性を懸念していたレイジが洩らす。
 昨日から幾度もキメラと遭遇した荒野。こんな場所に護送車を置いておく訳にもいかず。
 しかし、街に向かえば向かったで、今度はHWの存在だ。考えあぐねながらも、今はただ一分一秒も早い到着を願うばかりだった。

 第一車両以下はアルジェ入口より少し離れた地点で車両を停止。
 即座に傭兵達は大地に降り立ち、全傭兵の降車を確認すると護送車を含めた全車両が後退を開始。
 皆が持ち場へ移動を開始するのと並んで、銀子とシグマは開幕の一発、盛大な銃撃を放った。
「‥‥HWから出てきたトコ見てたんだけど。あんたたち、アルジェに一体何の用かしら?」
 射撃をかわした男‥‥否、“人型”は、3体。それぞれ手に斧、槍、二刀小太刀を所持した連中だった。
 彼らは街の中へと向かう足をとめ、離れた場所に展開し始めた銀子たちに注意を向けてくる。
 眼前の男達は隠す事も無い機械化された手足を披露する。それは、まさしく先頃要塞で対峙したそれに似ていた。
(先の少年は居ない‥‥か。もしくはHWの中だな)
 レイジは周囲を確認した後、改めて男たちの身体を確認して眉を顰める。
 短い嘆息。後に覚悟を決めた面持ちでカルブンクルスを構え、レイジはそれらに照準を合わせた。
「人を玩具に使うようなヤツを護衛対象に近づけるワケにはいかない」
 無骨な指が引き金を引き、放たれる火炎弾。それを合図に、戦いの幕は開けた。

「‥‥多いな。シグマ、背中は‥‥」
 シクルの声を遮るように、怒涛の射撃音が“応えた”。
 距離30m。まず、3人の内、斧を手にした最も動きの鈍い男がレイジの火炎弾に回避方向を潰され、シグマの制圧射撃に否応なく巻き込まれ行動を阻まれた。
(街の中に護衛車両を向かわせたいけど‥‥)
 銀子は歯噛みする。丁度、街の入口辺りに敵が居る為、車両を街へは入れられない。
 しかし、5人が戦っている後方、車両の手前には凛生と新がいる。ならば、今はこの戦いに専念し、一刻も早く脅威を退けることが肝要だ。
 ふと、エネルギーキャノンを構えた瞬間に要塞での光景がリフレインした。血が滾り、喉奥が熱くなる。
「思い出したわ‥‥ぶん殴るって、さ!」
 発射されたのは、超高圧のエネルギー弾。槍をもつ男はそれを機械化された腕で受けた。
 電流が流れたような強烈な電気音が響くも、何ら異変もなく男は進撃を続ける。
 一方、その隙にも距離を詰めていた二刀小太刀の男は、いよいよ傭兵達と刃を交えた。
 敵の小太刀より、シクルのもつ大太刀のリーチが勝っている。更に高速機動を発動していたこともあり、先制を取ったシクルだが‥‥敵も存外速度に優れているのか横薙ぎの一閃はかわされた。驚異的な早さ。それを実現しているのは極限まで軽量化された機械の手足なのかもしれない。

 先の要塞での件から、サイボーグ化された強化人間の存在はアフリカで目撃・交戦例が増えていた。
 だからこそ、可能性は指摘されていたし、それが出てきた場合どう戦うかについても対処を検討する余地はあったといえる。
 それが複数だった場合、散り散りに戦うのか、全員で一つの個体を優先して叩くかなどの指針も含めて‥‥だ。
 小太刀の男をシクルが、大斧の男をレイジとシグマが、そして槍の男を銀子が相手取る状況。
 “どいつを優先して討伐すべきか”。
 後方に居たリズィーは、銀子へ練成強化を施すと、援護射撃を開始した。
(‥‥事態は膠着する)
 後方から車両の護衛につきながら、新は苦い表情を浮かべた。だが‥‥隣から響いた発砲音に驚いて振り返る。
 凛生の超長距離狙撃が、敵のすぐそばを抜けたのだ。
 流石に当たりはしなかったが、それは確実に助けとなった。
 銃撃を回避した強化人間へシクルが大上段から渾身の一撃を叩きこむ。
 ‥‥刹那。
「a‥‥ah‥‥u‥‥」
 強化人間が弾かれた様に一歩後退。同時に周囲を“再探索”すると、“目的のもの”を見つけたのか、手前の傭兵を無視するようにして再び走り出した。その先には‥‥
「護送車が、危ない‥‥?」
 後方で警戒していたリズィーが、強化人間の視線の先にあるものに気付く。だが、新はこれと似た光景を見た覚えがあった。
(護送車? いや、連中は偶然私達と遭遇しただけだろう。護送車の中身が何かもしれないはず‥‥“なぜ、こちらへ来た”?)
 そこで漸くどこでこの光景を見たのか思い出す。‥‥忘れもしない。
「リズィーさん! 違う、護送車は‥‥っ」
 ただ、リズィーは護りたい一心だった。
 思い出すのは地獄の景色。あんな光景は、もう二度と見たくなかったから‥‥護送車に接近する敵は阻まねばならないという強い意志が働いた。
「ここで、止めるのさねっ」
 レイジとシグマは敵を押さえこんだ。銀子も射撃の反動で敵の行動を遅らせた。
 だが‥‥最もスピードの速い強化人間だけは、高速機動がきれた直後のシクルを抜き去って後方へ直進。そして、そこへ‥‥リズィーが立ち塞がった。
 その逢瀬は余りにも儚く。二本の小太刀が少女の柔らかな身体を切り刻み、血飛沫が舞う。傭兵達の中で最も装甲が薄いリズィーは、敵の二連撃を受けほぼ一瞬で体力を削ぎ落とされた。それでもまだ攻撃を繰り出す余裕がある敵に対し、リズィーは駆け込みに消費したこともあり移動する余力も残っていない。
 命の危機すら感じられたそこへ、続く刃。しかし、それが身体を完全に切り刻む直前、一機のAU−KVが‥‥新が火花を散らして割り込み、少女の身体を抱きかかえるようにして庇う。
 そんな新をみすみす逃すはずも無いのだが、続く敵の攻撃は凛生の射撃により阻まれた。
 男の腕部に炸裂する銃撃。強烈な電流が走る。先のシクルの一撃が効いていたことも幸いしたのか、機械の腕は耐久値を超え大地へと落下した。
「‥‥ia‥‥h‥‥」
 再び零れる、応答するような呻き。
 “護送車両の前に立つ凛生”を目標に定めていたはずの男は、今度は“リズィーを匿おうとした新”へと片腕のまま追い縋った。
「‥‥この、節操無しが」
 眉間に深い皺を刻み、紫煙を吐き出す。
 護送車自体にまるで興味が無い男へ、凛生は躊躇なく発砲し続けた。
 足を貫き破壊する弾丸。がくんと膝から崩れ落ち、地に伏した男の前に、リズィーを車両の中へ預け終わった新が駆け付け、槍を握る。
 機械の一本腕、機械の一本足。立つ事すらできなくても、なお、男はぞろりと地を這いずった。
 人語と思えぬ呻きを洩らしながら、意思のない人の顔をぶら下げて。
 ───まるで、タチの悪い白昼夢だ。
 青年は苦しげに眉を顰め‥‥そのまま、生体部分へ深々と槍を突き刺した。



「まさか、こんなところにBランクが2体。ここはそんなに手薄じゃないって事かぁ」
 独り言ちる少年は、想定外だと言わんばかりの表情で、HW内のモニターを眺める。
「まだ車両に強いのが控えてるかもだし、街にも居ないとは限らない。出てくのは得策じゃない‥‥かな」
 しかしモニターから続く音声が思考をぶち切った。
『足りないモノを補い、手を伸ばす為の機械の力‥‥心の熱が伝わるのなら、それはただ冷たいだけじゃないハズなのに、な』
 赤々としたオーラを纏う青年が、幅広の大剣で2人目の強化人間の足を鉄くず同然に叩き潰した。
 余りに圧倒的な迫力。気押された様に画面に食い入る少年。
 瞬間、彼の乗ったHWは大空へと舞い上がっていった。