タイトル:ネメシスの翼マスター:藤山なないろ

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 6 人
サポート人数: 1 人
リプレイ完成日時:
2012/03/02 05:06

●オープニング本文


●AM4:00
 傭兵達が捕らえたその瞬間から、“女”は塞ぎこんだ様子で俯いていた。
 だが、高速艇に乗り、自身の身柄が完全にULT側に確保されたと認識すると、誰に何を言うでもなく静かに涙を流し始める。
 それが何の感情を意味するものなのかはジルには測りかねたが、少女は掌に幾つかのキャンディを載せて女に差し出した。
「‥‥のど飴。はちみつレモン味。辛くないから、どうぞ」
 女は、未だジルに一瞥もくれずにいる。けれど、物怖じもせず少女は女の正面のシートに腰を下ろした。
 そこで初めて、女は気色ばんだ様子で少女の姿を睨みつけると、途端、なぜかキツネにつままれた様な顔をしたのだ。
 奇妙な沈黙。
 それを破るように、高速艇のアナウンスがLH着陸の準備を告げ始めた。
「‥‥私は、どうなるのかしらね」
 沈鬱で重々しいゲルマン。女が初めて口を開いた。少女は最近とんと使う事のなかった母国語で、素直に相対する。
「あなたが何であそこにいたのか解らないから‥‥あたしには、何にも言えないよ」
 着陸を告げる揺れ。同時に、女はシートベルトを外して立ちあがった。
「連れていって下さい。私はもう、逃げませんから」

 通信で報告を入れていた為、到着した発着場のタラップの先には多数の“出迎え”が待機している。
 引き渡し直前、ジルは女にこう尋ねた。
「名前だけ‥‥教えてもらえませんか。あたしは、ジルです。ジル・ソーヤ」
 他に問い質すべきことなど、幾らでもあったろう。
 けれど本部の人間が、女の身柄を拘束。彼女は確かな足取りで、促されるままジルから離れてゆく。
 しかし、突如女は足を止めた。顔は見えない。けれど‥‥
「エルザ・ベルヴァルト。‥‥貴女、オーストリア人でしょう? あの素晴らしいソプラノ歌手を思い出すわね」
 その背は、声と同様に不思議なほど凛として。
「‥‥どうか、あの国を救って」
 最後にたった一言だけ、幻聴のようにも聞こえた呟きを、残して去って行った。

●AM7:00
 収容された女は、開口一番こう言った。
「有益な情報を齎す代わりに、条件がある」
 その情報が如何ほど有益であるかは解らないが、出された条件の切迫ぶりをみるに、それなりのものであろうことは察せられた。
 彼女の求めた条件は「指定時刻までに早急に彼女の家族の身柄を確保し、安全な場所へ移送すること」。
 そして‥‥「オーストリアの治安の早急な回復、ならびに国内バグアの殲滅」だった。
「もちろんこれまでも我々は治安の回復に尽力‥‥」
「詭弁ね。能力者はいつも傍に居てくれる訳じゃない。事件が起こってからしか動けないんでしょう? 人が死ななきゃ解らないってことと同じだわ」
 そこまで喋ると、女は唐突に口を閉じた。それ以上は、条件が満たされない限り口外しないと言う事なのだろう。
 彼女を捕縛した状況が状況だ。情報を持っていないはずがない。そして、彼女がここを脱する機会も、もはや無い。女はそれをよく理解している。
「‥‥後者の条件について、現状我々は“尽力する”という回答しかできません。ただし、前者については早急に手配が可能です」
「ならばそれを書面にして、ここへ提示して。それを確認し、家族との面会が果たされたら‥‥私の知り得る全てを話します」

●供述
 条件をのんだULTが女から引き出した情報は、下記の通りだった。
 現在オーストリアにはバグアが入り込んでいると言う事。
 そのバグアが何者であるか、末端の人間には知らされていないが、この国で続く大鷲キメラの襲撃はその者の手によるものだと言う事。
 女が用いた「末端」という表現からもわかるように、この事件は大掛かりな組織的テロのようなものであると言う事。
 そしてその組織のうち、彼女が知り得、かつ所属していたのは「親バグア派の人間達で構成された組織」であると言う事。
 その組織に下ることで、キメラの襲撃から特定地域を避けさせる‥‥つまり、家族や大切なものを守ることができるという事。
「そして、その親バグア派組織‥‥通称“ノイエルライヒ”には3つの派閥が存在しています」
 どんな組織にも派閥は存在する。獣社会でもそうであるが、人間社会は特にそれが顕著だ。
 造語である“ノイエルライヒ”と称された彼ら組織は一枚岩ではなかったと言う。
 派閥の1つは、穏健派。エルザこそが、この派閥の頭を務めていたという。自らの家族や大切なものを守る為に、親バグア派に下った力なき者が多いらしい。
 2つ目は、過激派。元より人間社会から食み出した犯罪者や、その予備軍が中心に構成されている。同じ人間を殺すことに何の感慨も抱かないどころか喜びすら覚えている者もいるとか。この頭を務める男は、彼自身のたっての望みで、既にその体をバグアに渡し強化人間となっているようだった。
 そして‥‥
「最後は、中立派。これは、私にもよく解らないわ。ただ、解ることは‥‥“彼”は、中立派、と評するよりは単純に前述のどちらにも属していないだけ、ということと‥‥」
 女は、思い返す様に虚空を見つめた。
「その男の容姿くらいだわ。名が本名である確証等、どこにもないのだから」

●数日後
 ジルは、報告官が先頃漸くまとめ上げ、承認が下りたと言う先日の作戦の報告書に目を通し始めた。
 そこに記述されていたのは、気になる表記。
 ──日曜日の25時にスラム街へ行くと、バグアから身を守る方法を教えてもらえる。
 奇妙な噂だ。ただの都市伝説の類だろうし、常ならばそんなものを報告書に記述すること自体、報告官の仕事ぶりを疑ってしまう。
 だが、ここでは少々事情が異なる。思い返せば、“噂”は本件と密接に関係していたように思われるのだ。
 最初にこの国の事件に関わり始めた際、「発生中のキメラ襲撃事件について、親バグア派の組織が糸を引いているのでは」という噂があり、ジルはその情報をオペレーターから聞いていたのだ。それが、すべての始まりだった。結果、蓋を開けてみればどうだろうか。
 ぺら、と続く報告書類をめくる。そこには、先日捕らえた女性の供述が載せられていた。
「噂の通り、親バグア派が‥‥関わってたんだ」
 そして、先の単なる噂話に金の価値を与えたのは、先の“女”の証言だ。
 組織に下る経緯について『町に流れていた噂を追った先、開かれていた集会がきっかけだった』、という記述があった。
 そして‥‥資料の最後に出てきたのは、女の供述に合った親バグア派の派閥のうち、過激派を束ねる男と、中立派の男の人相書き。
 ジルは、両者に憶えがあった。
 過激派の男は、先日ドイツとオーストリアの国境付近にある小さな村を襲撃していた男で間違いない。あの時同行していた傭兵が今この場に居てくれたのなら、皆が首を縦に振っただろう。
 だが、もう一人は‥‥。
「バニラ、ごめん。あたし‥‥用事が出来た」
「‥‥そう、気をつけて。私はここで貴女の無事を祈っているわ」

●参加者一覧

須佐 武流(ga1461
20歳・♂・PN
霧島 和哉(gb1893
14歳・♂・HD
アレックス(gb3735
20歳・♂・HD
愛梨(gb5765
16歳・♀・HD
秦本 新(gc3832
21歳・♂・HD
黒羽 風香(gc7712
17歳・♀・JG

●リプレイ本文

●土曜/早朝/ジルの隠し事
 本件は本部からの依頼でない事もあり、ジルは“5人”の同行者と共に空港を経由し現地入りを果たした。
「過激派のトップと、中立派の男の人相描きだ」
 人相書きの写しを皆に手渡しながら、アレックス(gb3735)はそれぞれの男に言及してゆく。
「こっちが以前交戦した事がある強化人間だな。ただもう1人は‥‥」
 狭い移動車両の中だ。様子のおかしな傭兵が居れば気付きもするだろう。
 ジルと秦本 新(gc3832)の様子を交互に確認しながら、アレックスは言い淀み、密やかに息を吐いた。
 当の新は眉を寄せ、押し黙ったまま。
(中立派の男、いや‥‥“この人”は)
 記憶に新しいだけに、余計“この男が憶えのある人物と同じ顔をしている”ことが解ってしまう。
 もしそうだとしたら‥‥現場で知った、では遅すぎる可能性がある。
 そうなれば、きっと彼女に悔いを残すだろう。そう、判断したからこそ、新はこの沈黙を破る決断を下した。
「ジルさん。この人は、貴女の‥‥」
 俯いていた少女が、漸く顔をあげた。新と視線を合わせた彼女は、まるで捨てられた幼い子供のような瞳をしている。
 青年は、少女に無理を強いるつもりはない。だからこそ、務めて穏やかに言葉の先を投げかける。
 その気遣いに目を伏せながら、少女は確かに首肯した。
「あのね‥‥皆に聞いてほしい事があるの」
 差し出されたのは、ジルの胸元に揺れるロケットだった。

 ───語られたのは、中立派の男がジルの父ではないかという可能性。
 正直、愛梨(gb5765)にとって、それはさして驚く程のものではなかった。
 そもそも確証などないし、この目で見なければ“そう”と断定するつもりはない。
 ‥‥だが、少女は吐き出さずには居られなかった。
「変わったわね、あんた」
「そう、かな?」
 愛梨がジルと出会ったのは約1年前の事。あの頃の少女から見たジルは、誰にも頼らず1人で生きているようで。
 事実、そうだったのだろう。少女は自身の事を語ろうとせず、信頼という言葉の因果律から外れた所で息をしていたようだった。
 まさか少女自身の父親が敵対勢力の側に居る可能性を‥‥あろうことか、自ら口外するなど。
 当時の様子からは想像に難い。1人、墓石を守ろうと走り出した少女の背を今も憶えている。だからこそ。
(‥‥人って、変われるのね)
 これは、愛梨にとって思いがけない発見でもあった。
 それが良いことか悪いことか判じることは出来ないが、今の愛梨には明確に判ぜねばならない事件がある。
「掴むわよ、敵の尻尾。でも、その前に‥‥」
 愛梨は腹をくくったように、小さく息を吐き出すと、強い眼差しを湛えたまま躊躇いなく質す。
「本部を通さずに仲間を頼って独自調査をしたい理由ってなに? ‥‥それって、さっきの中立派の男が父親かもしれないって話?」
 愛梨の真直ぐな目を避ける事も無く、ジルは一度だけ首を縦に振った。
「あたしはその真偽を確かめたい。もし、“そう”だったとしたら‥‥ULTが捕える前に、白黒つけたい事があるから」
 ジルの膝の上で小さく震える拳を見て愛梨は嘆息したが、それ以上何を言うつもりもなく「わかったわ」と応えた。
「本部を通さなかった理由は、それだったんですね」
 黒羽 風香(gc7712)は、吐露された隠し事を解釈した後、穏やかに笑んだ。
「ジルさんから話してくれるのを、待っていました」
 漸く合点がいった様子の風香に、ジルは「ごめんね」と返す。
「誰にだって話したくない事や話せない事はある。俺にも」
 語られた“可能性”。恐らく少女は悩んで、悩みぬいて、そして自分達を信用した上で、やっと話す決意に至ったのだろう事が解った。
「それでも‥‥話してくれてありがとう」
 だからこそ、アレックスはこんな話をしたくなったのだろう。少年の笑顔を映す様にしてジルが笑う。
 それを確かめると、新は止めていた呼吸を漸く再開したかのように小さく息をつく。これで良かったのだ、きっと。
「行きましょう、真実を確かめるために」

 ◆

 ビルの合間の狭い路地。その道を左右に取り囲んだストリートチルドレン達は、見慣れぬ来訪者に不穏な視線を送っていた。
 路地の突き当たり、汚れた壁面を背に1人ドラム缶の上に座っている少年の目前で、アレックスはぴたりと足をとめた。
「俺はアレックスだ。傭兵をしている」
 少年は手の甲を覆っていた手袋を外すと、エミタの証を露出し、そう切り出した。
「‥‥で?」
「頼みがあるんだ」
 アレックスが切り出したのは、調査の協力依頼。
「無論、対価は口止め料も込みでキャッシュで払う」
「‥‥随分羽振りのいいことだな」
 対峙する少年は、歳に似合わない下卑た笑い声をあげた。
「何をするつもりかは知らねぇけど、お前の態度は気に入ったよ」

●日曜/日中/想定外の接触
 単独で現地入りした須佐 武流(ga1461)は、腕にミスティックTを、足にスコルを装備したまま街中を歩いた。
 腕を覆う篭手には、スラムには余りに場の違う虹色のトパーズが燦然と輝き、かたや脚甲には踵部にブースターのようなものまでついている。両者は民間人のつける義手義足のそれとは似つかず、故に良く目立った。
 武流自身「超機械は義手、脚甲は義足ということにしておく」体だったのだが、「しておく」と自分の中で思っていても、外にそれは伝わらない。出会う人全て「これは義手義足で‥‥」と言うのも妙であれば、体の悪いふりをしても、それ以前に人々は物騒な人物から遠ざかり逃げていく。
 解ったのは、スラム街の外に居た話し相手の欲しそうな老人から「悪い事は云わないから、奥へ行くなら武器を外していきなさい」と渋顔で警告された程度。
 情報が集まらない中、事前に情報共有の手段を仲間達と連絡し合わなかった事もあり、傭兵達がこの街で使用している無線のチャンネルも解らず、武流は合流する事も出来なかった。

 ◆

 人相書きをもって幹部の聞き込みの最中。
 休憩にとジルが2人分の飲食物を買いに店へ消えていった直後の出来事だった。
「やあ、ナイト君。少し雰囲気が変わったようだが‥‥誰をお探しかな」
 新の眼前には、今まさに探っていた中立派の男の姿。
「‥‥貴方、は」
 なぜここに居る。どうして自分を知っている。その疑問を繋ぐただ1点の答えがあるとしたら?
「はは。次に変装をするのなら、その印象的な目元の黒子も何とかするといい。君の目はね、一度見ると中々忘れないよ」
 思わず目元を押さえる新を、男はにこやかに見守っている。
 しかし、朗らかで敵意の欠片も無かった笑顔が‥‥途端に一変。
「さて、本題だが‥‥これ以上私について詮索するのはやめなさい。誰も幸せにはならないよ」
 剥きだされた圧倒的な殺気。男の表情は、永く戦いに身を置いた戦士のそれだった。
 だが次の瞬間には何事もなかったかのように気を消して、背を向ける。
 それ追わぬはずもなく、新は駆け寄って腕を掴んだのだが‥‥刹那、首元に当てられたのは冷たくも鋭い気配。
「君は聡明だ。今の状態では私に敵わない事くらい解っているんだろう? それに、今ここで争う事は互いに不本意だ」
 手を離すしかなかった。新が武器を引き抜く間にどうなるかなど想像に難くない。
 一歩、また一歩と離れていく男は、最後にこんな一言を残し、雑踏に消えていった。
「それと。言えた義理ではないがね‥‥“後の事”を頼むよ。君の気が向いたらでいい」

 ◆

「見つかったぜ。お探しのモンは廃ビルのようだな」
 いつからか、日曜の夜になると見慣れない人間が街に現れるようになった。
 その際、子供の1人が、それを興味本位で追跡した事があったそうだが、その先に辿り着いたのがある廃ビル。
 裏付けに情報を収集してみると、以前廃ビルに居を構えていたホームレスも日曜の夜に奇妙な連中が出入りするようになったと言う理由で外へ引っ越しをしたなどという話もある。
 アレックスは短く礼を告げると、金を渡して仲間のもとへ向かった。

 ◆

 黒木 敬介(gc5024)は人気が無く車両を隠せそうな場所を調べ回っていた。
 敵の車両があったら僥倖、といった程度の調査。
 だが、“ある廃ビル”の脇に興味深いものを見つけたのだ。大勢の人を運ぶ為の車。窓にはスモークが張られている。
 運転席正面から覗きこめば、不用心なことに銃器の影が見えた。
「やれやれ、物騒だね」
 手持ちの高性能多目的ツールと格闘の末、敬介は車中を物色。
 如何に完璧な頭がいたとして、下の人間全てが優秀で、ミスなく対応できる組織などそうあるわけではない。
 助手席のシートに置かれていた地図。そのある地点に×印が描かれているのを確認できた。
「‥‥どんな素人だよ」
 口を突いて出た言葉は存外的を射ていた。相手はつい先日までただの民間人だったのだから。

●24時半/スラムの長い夜
「‥‥ここで間違いないみたい、だね」
 息を潜めて廃ビルを窺う霧島 和哉(gb1893)達の視線の先には、スラム街に不似合いな民間人達。
 和哉、アレックス、愛梨の3名は示し合わせると、散開。各自廃ビルを目指し、集会への潜入を試みたのだった。

 足を踏み入れたビルは暗く、静かで、冷たかった。
「坊主、お前の家はここじゃねえだろ」
 突如掛けられた声。振り返った和哉は冷ややかに声の主を見上げた。
「少なくとも、どこか他に家が在る訳でもなければ、守ってくれる人がいる訳でもない、けど」
「‥‥情報を辿って来たんだろ? 来いよ」
 促されるまま地下へ続く階段を下りた先には大勢の人間がいた。
 和哉を連れて来た男はまた建物の1階へと戻ってゆき、少年はそれを見届けると周囲をぐるりと見渡す。
(この街に‥‥何が埋もれてるんだろう)
 ここには、興味本位で来た様子の若者もいれば、老齢の女も居るし、目つきが鋭く常に周囲を警戒する不審な男まで居る。
 小さな息をついて、少年はその中に紛れるように身を潜めた。
 今、手掛かりがここにしか無いならのなら‥‥常日頃纏った武装を置いてでも、敵陣に突入することは吝かではない。
 そう、これがこの国の病巣の一つだとしたら。あの少女が頭を下げた理由の一つであるのなら。
 少年は靄の中へ手を伸ばし、触れた物を掴む事に躊躇う理由などなくて。
 やるしかない。それ以外に選択肢など無いし、だからこそ、こうしている訳なのだから。

 ◆

 集会は、反吐が出そうなほど下らない文句から始まった。
 この場には、拡声器で演説中の男が1人。その両側に男が1人ずつ。外へ繋がる扉は1箇所で、扉の両側に更に男が1人ずつ。
 あとは1階に居た1人を足して計6名の“開催者”の存在を確認できた。
 こいつらが人間かどうかも定かではないが、拡声器で下手な演説をしている男の顔に愛梨達は見覚えがあった。
「さあ、願いを唱えよ。赤星の侵略者に寄与し、この国の新たな守護者となろうではないか」
 この男は過激派の中心人物で間違いないだろう。

 演説の後、集まった者達は“適性をみる”という名目の中、質疑応答と言う篩にかけられていった。
 だが、そんな中‥‥突如としてイレギュラーが現れ、会は中断されたのだ。
「ハプスブルグ家の末裔である国防大臣が親バグアという噂を聞いたし、もうこちらに縋るしかないわ」
 首を傾げる開催者らの中で、ただ1人だけ愛梨の弁に口の端をあげた男がいた。
「そんな噂は俺も初耳だなぁ? お前どこでそれを聞いたんだ」
「街で。そもそもここに辿りつくにも‥‥」
「あのなぁ、噂に尾ひれは付きモンだが‥‥流す奴がいて初めて噂になるんだぜ?」
 少女の琥珀の双眸が一際強く光る。男の言わんとした事を直ちに察したのだろう。
 にやりと底意地の悪い笑みを浮かべた男が、愛梨へ光線銃の照準を合わせた。
「‥‥噂の“種”は、あんたなの」
 同時に上がる悲鳴。逃げ惑い、混乱に陥る民間人の中、2人の間だけが静かにひりつく。
 今、全ての視線が少女と男のやり取りに集約されている。
(‥‥頃合だ)
 和哉が、観念したように無線を取った。

 ◆

「振動感知の反応は、地下でしたよね。いきましょう」
 1階で見張りの一般人をのした風香達が地下への階段を探していたところ、奥から大勢の人々が雪崩のように押し寄せてきた。
「何があったんですか?」
 1人の女性を引き留めた風香だが、彼女はその腕を強引に振り払って、必死に逃げ去ってゆく。
「早く逃げないと死ぬわよ!」
 死。その言葉に、風香は表情を険しくした。

 当初、愛梨と過激派の頭の男の1対1の戦いだったのだが、和哉とアレックスが見かねて加勢。
 その瞬間に、均衡は崩れる。
 その場に居た他の開催者側の男達も、一斉に傭兵達へ襲いかかったのだ。
 まともな武装無しの和哉達だが、それでも元が一般人出の強化人間など端から相手にならなかったのかもしれない。
 未強化の苦無たった1本。その短い刃による、ものの2発でアレックスが1人を早々に黙らせてしまった。
 まさかほぼ素手と変わらない状態でワームの砲撃程の火力が叩き込まれるなどとは思いもしないだろう。
 和哉はと言えば、自らが盾となって民間人の逃走を支援していたのだが、民間人の数も、敵の数も1人の手に負える範疇を越えている。
 成るべくして動きの遅い初老の女が捕まった。彼女の頭には光線銃の銃口がぴたりと突き付けられている。
 正直、3人はただ黙っているつもりなどなかったのだが‥‥この時、既に雌雄は決していたのだ。
「愛梨さん達が相当手強かったんでしょう。幸いなことに人質は1名のみ‥‥距離にして約20m、ですね」
 風香は扉の手前で息を殺しながら、2人に向き直る。
「過激派の頭の男がいます。私は彼の足を狙いますから、秦本さんは人質の方、お願いできますか?」
 新は首肯し、ジルに視線をやると確かな応えが返った。

 ◆

 彼らは一般人や犯罪者あがりの強化人間だった。こと戦闘の経験においてそれは傭兵達の比ではない。
 新は龍の翼で人質を取っていた男の背後へ迫り、腕を捻り上げ骨ごと圧し折った。苦悶する男から離れた老人を抱えると、一気に戦線を離脱。
 一方、過激派を束ねる男は少々骨の折れる能力だったのだが、風香の一撃で足を狙われ、体勢を崩した隙に愛梨が隠し持っていた拳銃を抜く。
 少女は男の手に数発の弾丸を叩き込むと肘から先を吹き飛ばし、その間、男に肉薄したジルが呪歌を奏でる。
 抵抗が高かったのか、男への歌は2度目で漸く成功。男の自由はここで完全に奪い去られた。
 残る強化人間は、反撃してもいいと解った途端にアレックスが渾身の一撃で突き倒し、和哉が歌い続けるジルへの攻撃を完全に受けきった。その瞬間の彼らは、まるで水を得た魚のようだった。
 結果、過激派を束ねる男の捕縛に成功。
 傭兵達は相談の後、この男を本部に預ける決断をする。こうして、新たな情報がまた一つ開示されることとなった。