タイトル:【CO】Evil Imitatorマスター:藤山なないろ

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/03/28 23:10

●オープニング本文


●愛された記憶
 先日、地球に赤い流星群が降ってきた時。
 俺は家族と繋がってた細い細い最後の糸をブチ切られた。
 落ちてきた星が両親の墓を呑み込み、跡形もなく消し飛ばしたのだ。
 眠ってた両親や多くの人々、そしてそこに眠らせた遺品は全て無に帰した。
 共に弔ってくれた戦友達の言葉だけは胸にしまっておいたけれど、これでいよいよ天涯孤独の身となった訳だ。
 親父と2人で暮らしてきた俺だったが、親子2人の生活は幸せに満ちていた。
「こんなことになるなら、墓にやらねえで俺が持ってりゃよかった」
 彼の形見だった拳銃を思い出す。
 いつもより重めに感じる煙草の煙は、肺に沁みすぎて少し気だるい。
「‥‥ま、言っても遅ぇけどな」
 思わず笑った。多分、笑えたってことは、整理がついたってことなのかもしれない。
 よくわからねえけど、俺がそう思ったんだからそうなんだろう。
 天国があるかなんて知らねぇし、信心もねぇけど、ただ、死んだ連中が死んだ先でも不安で死にそうにならねぇように。
 その程度には、しゃんとしねえとな、とは思った。
 やるべき事は山積みだし、左腕の痛みは消えていない。
 アフリカに関わるようになって以降、鈍痛は俺を蝕み続けてる。だからこそ‥‥
「さて、行くか」
 空を、赤星を見上げた。



 停戦協定破棄によってアフリカ大陸が再び戦火にのまれてから早数ヶ月。
 人類はその間ずっと侵略者との戦いに明け暮れていたのだが、先日キャンシャサ、カヘンバという巨大な都市が人類の手に戻った。

 アフリカ大陸は、バグアの襲撃を受けた当初、人はもちろん築き上げた街や文明すらも大きく破壊された。
 だが、そんな中にあって損傷が少なく残存する都市もある。
 それが、先に挙げたキャンシャサ、カヘンバなどのような大都市だった。
 バグアがこれらの街を残したのには幾つか理由があっただろう。
 その最たるは、これら都市の要塞化(拠点化)だったのかもしれない。
「先の攻略でいよいよアンゴラ内陸へ攻め込む手筈が整ってきたわ」
 オペレーターのバニラ・シルヴェスターはモニターにアフリカ大陸を映し出し、そこからさらに「アンゴラ」という国を中心に地図を拡大した。
「先のKV部隊による海岸線の攻略を皮切りに、以降は川沿いに大陸内の要塞都市を制圧してきたけれど‥‥次なる目標のうち、大きなものはここね」
 指示棒が、すいとスクリーンを滑る。西海岸線、キャンシャサ、カヘンバときて‥‥次いでディロロという要塞都市が指し示された。
「ここもかなりの大都市で、要塞化されてるわ。ただ‥‥カヘンバから攻め入るには少し距離がある上に、ディロロへの攻略ルートの中間辺りに敵の中規模拠点が発見されたのよ」
 ディロロとカヘンバをラインで繋げた後、その中間地点周辺を拡大すると、ある街の名があった。
「サウリモ。ルンダ・スル州の州都で、ダイアモンドが豊富に取れる土地のようね」
 これまで大人しく話を聞いていた傭兵のシグマ・ヴァルツァーは、鋭い目つきのままテーブルに肘をつく。
「今回はこのサウリモを制圧。後に拠点化しディロロ攻略の足がかりにしたいの」
「だから極力の損壊を押さえる為、KVの爆撃ではなく生身で制圧をってことか。ま、善処はするさ」

●愛されなかった記憶
『ごめんな、今日もいい子にしていてくれ』
『パパもママも、仕事が終わったら早く帰るようにするから』
 ‥‥大丈夫。もう、一人でお留守番も出来るから。

『帰りを待つ間、お前が寂しくないように、今日も新しいのを買っておいたぞ』
『組みたてたらママにも見せてね』
 ‥‥うん、ありがとう。気をつけていってらっしゃい。

 そんなこと言って、一度も見てくれたことがない癖に。
 でも、寂しくないよ。寂しくない。
 部屋を見渡せば数え切れないほど沢山の友達がいてくれるから。

 僕にとっては、無機質に置かれた模型たちが育ての親だった。
 最初はただのパズルから。時に絵を描いたり、簡単な工作もしたけれど、危険だからとハサミやニッパーの類は与えられなかった。
 だが、5歳の誕生日に初めて与えられたロボットのプラモデルが僕の退屈な日々を変えた。
 プラモデルを作ること。それに夢中になった僕を見て、彼らは思ったんだろう。
 これさえ与えておけば、息子は黙って留守番をしていられる、などと。
 7歳を過ぎる頃には大人が手掛けるような高難度高精細のモデルや高価なガレージキットまで、完璧以上に仕上げられないものは無くなって。
 評判が何処から漏れたやら、天才モデルメイカーと勝手に呼ばれた。
 そんな周囲の評価などどうでもいいし、興味も無い。だって、最初こそもてはやされたものの、世間から忘れ去られるのに2年もかからなかった。
 世間にとって僕はどうでもいい存在なのだろうし、それは逆も然りだった。
 それ以外にも、ちょっとした変化はあって。僕も10歳を迎える頃には肉親の存在などどうでもよくなっていた。
 彼・彼女たちの辿った末路は、離婚だった。
 親権は父親に与えられ、母親は週に1度会う為の機会を所望したが、僕が拒絶した。
 これまで一緒に暮らしていて会話する機会など無かったのに、何を今更。
 慰謝料だか養育費を減額する為のつまらない体裁だと一目でわかってしまう。
 父親はそれに随分気を良くしていたが、正直父親の存在だって飾りのようなものだ。
 孤児院に行けば模型を買い与えてもらえないというただ1点が、「父親へついていく」の答えに天秤を傾けただけだから。

 模型とは、つまり「何かを模倣し形にしたもの」であって、それは明白に本物ではないし、本物にもなりえない。
 僕にとって両親は「親の形を模倣した何か」であった。それだけのこと。
(でなければ、僕はなぜこんなにも愛されなかったんだろう)
 一応感謝はしているつもりだ。その証に、僕は彼らに不平不満の一切を零さなかった。
 それがせめて、子供の自分に出来る彼らへの礼で、愛と信頼関係が築けなかったことは仕方がないと思おう。
 一個の命と、沢山の模型。
 他には何もない僕だけど、それらがあれば、こんなくだらない世界で生きていくのも悪くはないと思っていた。

 ◇

「‥‥嫌な夢、見ちゃった」
 話し相手のない部屋の中で、少年は体躯に不釣合いな大人用ベッドから身を起こした。
 寝ぼけ眼を擦りつつ、漸く活動を開始しようとしたその時。
 ───緊急警報、発令。緊急警報、発令。
 室内が、赤く明滅。備え付けのモニターには多数の人間達の姿があり、この事態を理解するまで然程の時間を要しなかった。
 少年は胸を掻き乱しながらも、冷静に深呼吸。
(こんなもん余裕だろ。お前がちょっと前に出て暴れるだけでいい。さっさと終わらせて、続きを遊ばねえ?)
 内なる声に、小さく首肯する。ただ一つ、想定外の要素があるとすれば‥‥
「全く、こんな日に限って」

 お前には俺がいる。そうだろう? 小さな相棒。

●参加者一覧

霧島 和哉(gb1893
14歳・♂・HD
杠葉 凛生(gb6638
50歳・♂・JG
ムーグ・リード(gc0402
21歳・♂・AA
シクル・ハーツ(gc1986
19歳・♀・PN
秦本 新(gc3832
21歳・♂・HD
鳳 勇(gc4096
24歳・♂・GD

●リプレイ本文

●再会
「敵の数は見えるだけでも4体か‥‥」
 金色の双眸に映った黒影は、悠然と構えたまま動く気配も無く。
「戦況がどう転ぶか」
 鳳 勇(gc4096)は独り言ちると、口元に燻らせていた煙草に灯る火を潰す様に消した。

 ───開戦。
 全ての傭兵達が大地を蹴り、刻が動き出す。
 竜の翼で駆ける霧島 和哉(gb1893)の後に、ムーグ・リード(gc0402)と勇が続くと、立ちはだかる障害を排除すべく和哉が咆哮。吹き飛ばされた強化人間へ、間断なくムーグが天地撃を叩き込む。
 これで、“邪魔者”は振り切った。
「先に奥へ向かっている。早めに追いついて来てくれよな」
 和哉の作った道を辿りながら、勇がムーグにそう言い残す。だが、長躯の青年はそれに振り向きもせず、ただ銃撃を繰り返すことで応えた。

「‥‥言った、よね。次は無いって」
 最奥に立つ少年を、漸く和哉が捉える。
 発せられる竜の咆哮。しかし、それによりまた和哉と少年の距離が開く。
 再び距離を詰めようと勇は追い縋るが、そこへ光線銃の照準が合わされた。
 銃撃が来る。それを見越して雲外鏡を構えながら、更に前へと駆ける勇。しかし‥‥
「‥‥ッ」
 余りの威力。身を貫く衝撃と同時に焼かれる痛みに意識が遠のきかける。
 まさかこの盾をも突き破るのか、と思わず歯噛みした。
 だが、それでもこのヨリシロに対峙すると決めた以上引くことは出来ないし、銃の射程を前には引く事も意味を為さないだろうと勇自身も理解していた。
「悪いが、これ以上好き勝手させる訳にはいかない」
 いよいよ驟雨の刃が少年を射程に捉える。
 水のように透き通った刃が陽光を受けて輝き、振り抜かれる鋭い一閃。
「‥‥勝手なのはオトナでしょ」
 だが、勇の一撃は、少年の皮膚に傷をつける事ができなかった。
 その間、敵に銃撃が効かないと見た和哉も翼で接近するよう行動をシフトしたのだが、間に合わず。
 攻撃後の隙を突いて、少年の銃口が間近い勇の腹にぴたりと当てられた。
 興味の失せた目。まるで飽いた玩具を捨てる子供の残忍さを彷彿とさせながら、華奢な指が躊躇無く引鉄を引く。
「バイバイ」
 焼け焦げる“何か”の臭いが鼻を突く。そして、勇の体が限界に悲鳴を上げ、その場に倒れ伏した。

●怒り
 開幕と同時に放った銃撃を難なくかわされながらも、秦本 新(gc3832)は想定内と動ぜず、そのまま目標へ向かって竜の翼で一気に距離を詰めた。
「また、サイボーグ‥‥ですか」
 新の目と鼻の先に在る表情の窺えない顔は、虚ろな瞳のまま二振りの小太刀を握りしめていた。
 敵の懐へと狙って突き出した槍も、相手の身のこなしの前では上手くかわされてしまう。
(‥‥やはり正攻法では分が悪い)
 新の想定通り、対する強化人間は素早さに特化したタイプ。まともに取り合っては攻撃を当てること自体難しいだろう。
 だが、こちらは一人ではない。
「なるほど、誘導には応じないようだな」
 後方の杠葉 凛生(gb6638)より、銃声と共に確かめるような呟きが漏れると、強化人間の足に銃弾がぶつかり、強烈な金属音を発して鼓膜を震わせる。その一瞬の隙を突いて、新が再び槍を繰り出した。
「‥‥i、ah‥‥」
 今度こそ感じた手応え。同時に怨嗟の響きを纏う声が耳元に届き、新の表情が険しさを増す。
 重なるのは、先の事件の強化人間達。彼らも意志の欠けた顔のまま、ただの戦闘機械と化していた。
(ジークさんと同じ、と思っていたが、これは‥‥)
 明らかに違う。彼らは心すらも奪われている。故郷や家族を蹂躙されるに留まらず、だ。
 再び突き出した鬼火の穂先が刃で軌道を逸らされると、新のがら空きの胴部へと高速の二連撃が見舞われる。
 一瞬、電撃のような痺れを感じた新。しかし、痛みはない。敵は青年の装甲に傷の一つもつけられなかった。
 素早さを重視し、軽量化された体では新の護りを破る事は出来ない。
 だが、それでも敵はがむしゃらに刀を振りかざす。
 人の形をしているにも関わらず、彼らは命令を受けた機械と違わなかった。
 思考することを、そして人としての尊厳をも奪われ、踏み躙られた姿に憤りを覚える。
「‥‥惨い真似を」
 奥歯をぎりと強く噛み締め、“理不尽”への怒りを押し殺す。
 ならばと、再び槍を構え直した新の瞳からは、相手への躊躇も憐憫も消えていた。
 残った覚悟だけが強く彼の背を押し、凛生の銃撃をかわした直後の強化人間の生身の胴を強烈な一閃が貫く。
「もうこれ以上、奴らに奪わせはしない」
 誰へともなく捧げる誓い。それは、この地での反撃を、止まらせないために。

●愉悦
「シグマ!」
 シクル・ハーツ(gc1986)の声に応じて弾丸が奔り、鉛の雨が強化人間を飲み込む。
 同時に掃射後の凪へ滑り込むと、少女は懐から渾身の力で斬り上げた。
 手応えはある。だが、相手は痛みを感じた様子がない。
 それどころか逆に攻撃後のシクルを狙って、巨大な鉄塊の如き刃が途方もない力で振り下ろされた。
 想像を超えんばかりの素早い一撃は、少女のいる空間を両断し、荒野に叩きつけられる。
 地に走る巨大な亀裂と、舞い上がる砂塵‥‥しかし、そこに少女の身体は無い。
 シクルは刃の軌道を見極めると、無駄のない動作で身をかわしていた。
「まずはお前から片付ける!」
 放たれるシグマの銃撃を受けきった機械の両腕。そこに“痛み”はなくとも“傷み”は蓄積するだろう。
 動きの鈍りを逃さず、シクルは再度踏み込んだ。
 少女の瞳が一際青く輝くと、視認する暇すら与えず二度の剣撃が閃く。
 ずぶりと沈む刃の生々しい感触は、人を斬るそれに相違なかった。
 倒れゆく男の身体を苦い面持ちで見守る少女。その意識を現実に引き戻す様に、銃の乾いた音が響く。
「シクル、次が来る!」
 だが、悼んでいる間もなく、次の敵が迫っている。余りの有り様に、シクルは堪え切れずに叫びをあげた。
「お前の作った腕や足は偽物だ!」
 和哉を相手取っていた少年が何事かとシクルを見やれば、二人の視線がぶつかり合う。
「所詮‥‥シグマの腕のような心の通った本物には成り得ない」
 少女は、彼の腕に触れた時、確かに命を感じたのだろう。
 ちらとシグマへ目をやった後、要塞から湧き出す新たな敵へ向かって柄を強く握りしめる。
 少年はその時、初めてシグマという青年を視認した。
「その手‥‥機械なの? へぇ、全然気付かなかった」
「‥‥!」
 残忍な瞳のまま悪魔のように口元を歪めて笑う少年に、シグマが構える。
 だが、ヤツは和哉に任せてある。
 シクルに相対する敵を押さえるべくシグマは銃撃を繰り出すが、少年は和哉を押さえながらも、シグマの一挙手一投足を食い入るように見つめている。舐めるような視線に悪寒すら感じた。
「本当だ! よく出来てるよ、それ。どうなって‥‥」
 しかし、会話を遮るように和哉の剣が少年の顔面目がけて叩き込まれた。

●僕のお気に入り
 和哉に対して10度以上引き金を引いた頃から、回数を数えるのも馬鹿馬鹿しくなった。
 もう何度目かも知れない銃撃の後、少年は唐突に溜息をつく。
 バハムートの装甲にはレーザーの痕があちこちに刻まれ、和哉の傷は決して浅くは無いはずなのだが、彼は今もなお剣を手に立ち向かってくる。
 少年には、和哉の存在が理解できなかった。ここまで自身の銃撃を持ちこたえた人間を見た事が無かったのだ。しかし、内心この事態に嬉々としている面があるのも事実。
 一方の和哉も攻撃の応酬の最中、新たに解った事があった。
 少年の器をしてはいるが“中身”はかなり年季の入ったバケモノであろうこと。
 竜の尾は効いていない。加えて銃撃のみ少年には当たらない。咆哮で吹き飛ばして距離をあけようものなら、こちらは攻撃手段を失い、接近までの被弾が増えるだけである。ならば‥‥斬り続けるしかない。
 ただ、これまで和哉の剣撃は少年に傷らしい傷を刻むことができずにいる。
 そんな中、それは余りに唐突だった。
「‥‥ノエル」
 少年の呟きを気にも留めず、和哉は超速度の刃を繰り出す。しかし、その刃を少年は事も無げに鷲掴みにして、和哉の動きを止めた。
「僕の名前だよ。君は何て言うの?」
「‥‥は?」
 AU−KVの中、和哉は呆気にとられた事だろう。
 だが現実に刃は握られたままであるし、相手に傷の一つも負わせられずに居る現状。
 まるで猫に弄ばれる鼠にでもなったような気分‥‥瞬間、和哉は激昂した。
 握りしめられた光刃は和哉の咄嗟の判断で消失。
 失せた刃に驚く少年の隙をついて、柄の部分、ブレードの出力口を少年の腹に向かって突きつけ‥‥
「‥‥霧島、和哉」
 瞬間、十字型の発光が少年の身を包む。高出力のレーザーが再び刃の形を為し、ヨリシロの腹を穿った。
「出力‥‥上がった?」
 体内に感じた熱。少年は、穿たれた部位から溢れる血に気付いた。
 サザンクロスは所有者が心からの「願い」を持った時、その思いに応えるようにさらなる力を発揮するという剣。
 和哉に生じた純然かつ苛烈な願い、それは‥‥「目の前のヨリシロを殺す事」に他ならない。
「知らないし‥‥どうでもいい」
 渾身の一撃が、漸くヨリシロに傷をつける。だが、和哉はカウンターを免れなかった。
 少年から放たれたレーザーが、和哉の胸を撃ち抜く。
 その一撃が特別強烈な訳ではなかった。ただ‥‥少年は、途中仲間の援護もあったとはいえ“光線銃を撃ち続ける知覚特化のヨリシロをたった一人で抑え込んでいた”のだ。
 朦朧とする意識の中、それでも倒れたくはないと和哉は剣を大地に突き立てるが、刃は意識の薄れと共に消失。乾いた大地に倒れ込んだ。
「ふふ‥‥あはははははっ!!」
 腹から垂れる血をまるで気にもせず、興奮冷めやらぬ様子でノエルは腹の底から笑い声をあげる。
 そして少年の手が今まさに和哉の身体に伸びようとした時、それ以上を許さないとばかりにムーグが動いた。
 たった一人、圧倒的な速度で2体の強化人間を屠り、今まさに3体目の強化人間を相手どっていた青年は、猛撃で眼前の男を打ち倒すと瞬天足。少年へ照準を合わせるが、やはり弾丸は当たらない。それでもムーグは躊躇なく銃を構える。
「‥‥ココデ、果て、ナサイ」
 対する少年もムーグへと引き金を引き続けた。
 光線銃の一撃は、ムーグの装甲をもってしても彼の身体を穿った。その火力の高さには内心辟易していたのだが‥‥
 直後、無線を通じて耳に入ったのは要塞制圧の報せ。
 無線をジャックしていたのか、時を同じくして少年の表情にも陰りが見えた。
 ───だが、その瞬間。少年は“空へ舞い上がった”。
「報告書にあった少年は、まさか‥‥!」
 2体目の強化人間を相手にしていた新が目撃したそれは、いつかの光景を彷彿とさせた。
 少年の背には翼が生えていた。
 片翼は、白亜紀の翼龍を彷彿とさせる形状。‥‥もう片翼は、金属質で光をはじく機械の翼。
 逃走の兆候に気付き、凛生がその場で超長距離狙撃を放つが、“案の定”銃弾は少年に当たらない。無論、凛生はそれを想定していたようにして走り出す。
 凛生は、以前の要塞防衛の際、“少年への銃撃を強力な何かが阻んでいた”ことを思い返していたのだ。
「重力に、歪みが生じているのか‥‥?」
 攻撃の瞬間をよく見れば、弾が少年の身体に近づくと、ある瞬間、ぐぐっと歪みにのまれるように銃撃の軌道が大きく逸らされている。
 強化人間を新に任せ、ヨリシロへ接近する凛生。そんな彼に気付いたのか、少年はふわりと微笑みを浮かべる。
「残念でしたー! 僕にそんな玩具効かないよ」
「‥‥かく言うお前の『玩具』も随分脆いようだな、坊主。ヤワな『玩具』を作るしか能が無いのか?」
「えー、だってまさか、Aランク相当が2体も来るなんて思ってないし」
 少年は不貞腐れた表情でムーグと和哉に目をくれると、押し黙っていたムーグがいよいよ銃撃に見切りをつけ、瞬天足で要塞の壁へと駆けた。青年は、そのまま壁面を驚異的な脚力で駆けあがり、そこから滞空するヨリシロへ向かって飛びあがる。
 ‥‥が、あと一歩届かない。少年のすぐ下を巨体が掠める。銃撃が効かないとなれば、もはや逃走を阻む術もない。
「お兄さん、“この島”の人? スペック高いねぇ。こいつらみたいに弄ってあげよっか?」
 余りの放言だった。だが、断じてそれを許す気など無いとばかりに、ムーグは銃を撃ち続ける。
「オトナは短気でダメだね。‥‥ま、次は僕も“それなりの準備”をしてくるよ」
 ひらひらと手を振りながら、少年は南方へと飛び去っていった。

 その後、残る強化人間は傭兵達の手で迅速に処理され、州都サウリモは漸く人類の手に戻ることを赦された。
「シグマ、あの少年は‥‥」
「‥‥どうだろうな」
 シクルの声に耳を傾けながら、シグマはぼんやりと彼方の空を眺めていた。
「あれが何であっても‥‥シグマは独りじゃない。それを忘れないで」
 覚醒を解いた少女は、刀を鞘に納めるとシグマの目を見てそう告げた。

 時刻は夕暮れ。燃えるような陽に感懐を抱く間もなく、ムーグはホルスターへと銃を仕舞いこむ。
 見渡す限りの荒野。それを蹂躙する闇。目の前には‥‥同じ地に生まれたアフリカの民が、穢され、無残に散った姿がある。
 彼等の無念と恐怖を思うと、体の内から引き裂かれそうになる。
 けれど、過大な怒りに支配されぬよう、青年はただ祈りを捧げた。
「‥‥セメテ、カツテノ、魂デ、還レル、ヨウ‥‥」
 青年の長躯を照らす赤く大きな光が大地に長い長い影をつくる。
 まるでムーグをこの地に縛り付けているかのように、彼の足もとから伸びる濃い暗影を眺め、凛生は殺す様にして息を吐き出した。
 この地に訪れるたびにムーグへと這い寄る、捨てた故郷への罪悪感。それも勿論だが‥‥何より、先程まで同胞をその手にかけていたことを思えば、心中は察して余りある。
 自責の念に駆られてはいないだろうかと、そんなことに心を砕く。“それ”は、責め苦のように己を駆り立てるもので、そして捉われ始めると出口が見えなくなる事を凛生自身がよく理解していたから。
(その痛みを、代われるものなら‥‥)
 ‥‥また少し、ムーグの足元から続く暗影が伸びた。
 瞳を閉じ、祈りを捧げていた青年の瞼が上がる。だが、鳶色の瞳は闇に曇ってなどいなかった。
 そんな事に気付いたのは、彼の瞳が凛生に向けられていたからで。
 ムーグは何も言わず口の端をあげ、不器用な微笑みを浮かべて歩んでくる。
 今辛いのは彼だろうに、渦中にあってまだ凛生を思いやるその姿が尚のこと苦しい。
 掛ける言葉も見つからない。ただ、何もできないと知りながら傍に居ることはできるだろうと思う。
 いや、願っている、のかもしれない。彼と共に在る事を。
「夜明け、マデ、マダ‥‥」
 長そうですね、と。そう呟いて、青年は男の隣で沈む夕陽を眺め続けた。