タイトル:適者生存ヒエラルキーマスター:藤山なないろ

シナリオ形態: ショート
難易度: 不明
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/04/04 23:22

●オープニング本文


●クラウスの一生
「‥‥そう。死んだの、彼」
 親バグア組織ノイエルライヒの穏健派代表エルザ・ベルヴァルトは、伝えられた報告に対し、さして感情も見せずに眼を伏せた。
 ノイエルライヒ過激派代表を務めていた男、クラウス・アルトマイヤーが、傭兵達が滞在していたオーストリア国内のスラム街にて捕縛されたらしい。
 だが、クラウスを移送中‥‥彼は、LHという敵地への着陸を確認した後、高速艇内で自爆を図ったとのことだった。
 LH到着後の厳しい尋問を忌み嫌ったのではないかと安易なことをいう者も居たが、エルザは内心「人間を憎み嫌った彼らしい最期だ」と思うに留まったのだ。

 ◇

「‥‥っ、ここ、は‥‥」
 戦いの最中に体の自由を奪われた後、少女の子守唄で眠らされていた男は、高速艇の中で目を覚ました。
 頭は未だ朦朧としているが、手足が拘束されている事に気づいて身を捩る。
「クソが‥‥」
 見張りとして男の傍に張り付いていた傭兵達の内、ジルはシートに横たわる男に目線を合わせた。
 忌々しそうに少女を睨みつける男を気にする風も無く、少女は母国語でこう話しかける。
「ノイエルライヒって何?」
 話し掛けられたのが英語ではなかった事に驚いた様子だったが、しかし男は少量の興味と過大な苛立ちを綯い交ぜにして応える。
「もう十分知ってんじゃねえの?」
「知らない事もあるの。貴方が知ってる事、全部話して。LHで辛い目に遭うのはヤでしょ?」

 男は、自らをクラウスと名乗り、親バグア派ノイエルライヒを結成したのが自分であることを語った。
 組織の活動内容は、バグア信仰の普及と、組織戦力の増強。そして時折“彼”の願いを聞く事、らしい。
 先の国境沿いの村を襲った件についても“彼”の願いであったと男は言う。
「俺は、人に迫害され続けた人生だった。
 貧乏人の子だ、目つきが気にくわねぇだ、気持ち悪いから早く死ねだとかな。学校の教室で、同級生から陰湿か否かを問わず様々な暴行を受けては、人と思えん扱いをされた。教師連中はそれを見て見ぬフリだしよ、訴えても無駄な事はよぉく解った。だが、学校へ行けなくなったら今度は親だ。俺の存在なんてなかった事にされた。これは暴行を受けるのと同等の苦痛でな。同じ人間なのに、俺の何がいけなかった? 今でもそれが解らねぇ」
 ジルは、男の独白に押し黙った。それはどろりと黒く重たい波のようで、少女の心を確実に侵食してくる。
「歳くって遅咲きながら何とか大学へ進学しても、高い年齢が原因か、この容貌が原因か‥‥また因縁吹っかけられてな。同級生とは名ばかりの悪魔達に呼び出されたのはある廃工場だった。殺人ギリギリの酷い暴行だったぜ。悔しくて、ムカついて、殺してやりたいと心底思った。そんな時、“彼”は現れた」
 廃工場で暴行を受けていた男のもとに現れた一体のバグア。
 現れた、というよりどうやらこの廃工場にクラウス達より先に入り込んで何かをしていたようだったのだが、それらの醜い暴行は“彼”の琴線に触れたらしい。
「気付けば、俺の目の前で連中は肉塊と化した。生きながらに身を引きちぎられる瞬間の絶叫や飛び散る血肉や体液は、俺の心を慰めた。連中の恐怖する様は余りに心地よく、俺を救済してくれたんだ」
 少女は、男から一度も目を逸らさなかった。問い質すでもなく、見つめ続ける少女をよそに男は更に語る。
「『人間』の中には絶対的なヒエラルキーが存在する。上層による下層の搾取・蹂躙。連中の思想のもとでは、それは当然の事らしい。遠い昔に賢者や聖人連中が唱えた理想など現世には存在しない。そこに来て、この星を長年支配していたヒエラルキーの頂点に、突如としてイントルーダーが現れた。はは‥‥これはもはや天命だったんだ。この星の構造を叩き崩し、新たな世界を創る為の、な。『バグア』とはつまり救世主なんだよ。苦しみ抜いた者達に与えられる救済。腐敗した世を清浄に戻す絶対の力。バグア信仰をこの国に根ざすことは、“彼”の願いにも一致したからこそ、俺は同志を集め始めたんだ」
 世界のコトワリは数学じゃない。「絶対の正答」など存在しえない。
 人が自分の人生を自分で選ぶように、自分の正義は自分が決めるものなのだ。だが‥‥それを容認することとは別である。
「それが貴方の動機、なの」
「‥‥否。これは、俺の正義だ」
「無関係の人を殺してでも成す正義。それはこれまで虐げられてきた貴方の人生が『そうであって然るべきだった』って肯定しちゃう事になるんじゃないの?」
「そうだ、これは俺の人生の肯定に他ならない。時間は巻き戻せねぇ。俺が受けてきた屈辱的な仕打ちが全て不条理であったなど‥‥必然でなかったなど、今更認めさせはしないし、決して認めねぇ」
 歪みの向こうに在る、傷だらけの男が見えた。
 男はきっと解っているのだ。その上でも、衝動を止められなかったんだろう。

「さっき言ってた彼って、国防大臣のユリウスのこと? あと、この人を知らない?」
 見せられたロケットにはジルの家族写真。
 直後食い入るようにそれを見つめた後、男は強い嘲りを含みながら高笑した。
「く‥‥はは、ハハハハハハッ!! 早合点の哀れなガキめ、お前のツラは見物だな! それに写真の男の事はよぉく知ってる。元陸軍出のファイターだった男だろう? ッハハハ! 俺にお前と同じ事を聞いて組織に加入してきたが、なるほど‥‥お前はこの写真のガキか? あいつの娘なのか? ククッ‥‥笑いが止まらねぇ」
 そこへ、笑い声に割って入るように高速艇のアナウンスが着陸の合図を告げる。
 それを受け止めると、クラウスは不敵に口元を歪めた。
「スラムの西にある森を調べてみろ。彼は、そこの廃工場に居る。お前の父親も恐らくそこに居るぜ。今頃“俺達の仲間入り”してる頃だ」
「‥‥そんなの嘘」
「ヒャハハハッ! やめろ、笑い死んじまう。無様に足掻いて、その酷いツラを晒し続けろ。お前は面白ぇから、もう少しだけ生かしておいてやる。人には辿りつけない領域があると、絶望を思い知って死ね!!」
 男の体内の爆弾が、男を破壊する為だけに丁度良い量の炸薬を爆ざし、少女の目の前でそれは肉片と化した。

●同日、同時刻、廃工場にて
「やぁ、初めまして、かな」
「‥‥なぜ貴殿が此処に」
「いやなに、今朝ようやくクラウスから“教えてもらって”辿り着いたんだよ」
「教えてもらって、ですか。何を為されたかは敢えて聞きませんが、平たく言えば“ご所望”ですか?」
「やれやれ。ここでの問答に意味など無いだろう。いいから早く中へ入れてくれないか。今日の私は気が短いんだ」
 ‥‥なんせ、向けたくもない相手に刃を向けたのだから。
 その言葉だけは呑み込んで、男は冷たく鋭い顔のまま、もう一人の男と共に建物の奥へ姿を消していった。

 漸くこの瞬間が訪れた。長い月日を待ち焦がれ過ごしたが‥‥さぁ、始まりの時だ。

●参加者一覧

霧島 和哉(gb1893
14歳・♂・HD
アレックス(gb3735
20歳・♂・HD
夢姫(gb5094
19歳・♀・PN
秦本 新(gc3832
21歳・♂・HD
黒木 敬介(gc5024
20歳・♂・PN
黒羽 風香(gc7712
17歳・♀・JG

●リプレイ本文

●それぞれの想い
「頼む、俺達に話してくれないか」
 頭を下げるアレックス(gb3735)の隣には、険しい面持ちの霧島 和哉(gb1893)の姿。
「‥‥勿論、強要はしない‥‥けど」
 少年達が求めたのは、ジル・ソーヤの過去だった。
「どんな人だったのか。どんな死に方だったのか。その死に関わった人に心当たりは‥‥」
 そこまで紡ぐと、少年はハッと口を閉ざす。すぐ目の前にいる少女の顔が、明白に曇った。
「‥‥死に方」
 俯く少女を見て、和哉は気が付いた。
 万理は数学ではない。1つの解を求めるにあたり、他にアプローチは幾らもあっただろう。
「本来であれば、人の過去は詮索しないし、拘らない、けど‥‥今回だけは。少なくとも、貴方の両親のことは、知っておくべきだと思った、から」
 ただそれでも、和哉は食らいついた。深く、頭を下げて。自分にはこれ以外ないとばかりに。
「話すべきなのは、理解してる、から。だから‥‥頭は、下げないで」

 ジルはオーストリアの片田舎に生まれた。
 少女の父は陸軍所属の大尉であったが、エミタの適性を得て以降は能力者として活躍しており、名をメイナードと言う。
 そしてその妻ローザリンデは、彼の幼馴染であり、若くして名を馳せるオペラ歌手だった。
「5年前、音楽学校の入学式の日。逃げ遂せなかった沢山の命が蹂躙された。お母さんは学校の特別講師を務めてて、それで‥‥近くの子供を守ろうとして、バグアに殺された」
 少女は別の遠い場所から自分を俯瞰するように、涙一つ零さずに続ける。
「お父さんは、入学式には、一緒に来てた、の?」
「襲撃は父兄が入る前、リハーサル中にあって。それで‥‥」
 和哉の問いに、間にあわなかったとジルは首を横に振った。
「お父さんは、あの日から笑わなくなった。危険な仕事ばかり受けるようになったって本部の人から聞いたの」
 それまで気丈に語っていた少女の手が次第に震え始める。
「そしてある日、危険と注釈のついた依頼書を持って、お父さんはLHを発った」
 それを聞いた夢姫(gb5094)が、依頼していたオペレーターからの報告と照らし合わせながら、難しい表情で切り出す。
「お父様が亡くなったとされる依頼のこと、調べてもらいました。ヨリシロを倒したものの、1名を残して皆死亡した、と」
「でも‥‥死亡したって報告なのに、生きてる人がいるんだし、事実関係、怪しいんじゃない?」
 和哉の懸念は尤もだった。だが夢姫はそれを指摘する事に少しの迷いを含みながら尋ねる。
「生存した方に、お話をきいてみますか? 再起不能で傭兵を引退しているそうですが」
 もしその“最期”が凄惨なものだったとしたら?
 そんな夢姫の心情を察したのか、俯いて感情を押し殺すジルの手に暖かな体温が触れた。
「大丈夫だ‥‥」
 此処に居る傭兵達の中にも、自分以上に辛く苦しい過去を負った者がいる。ならば、仲間の為にも冷静であらねばならない。
 毅然と、あるべきままに。
 なのに、どうしてか、今欲しい言葉を彼は届けてくれる。
「今度こそ、きっと会える。だから、お父さんに話を聞こう」
 強く唇を噛むことで堪えようとした。それでも、感情は溢れてしまう。
 触れられた手の暖かさに、思いがけず涙が零れそうになる。
 少女は必死にそれを抑え、繋いだ青年の手を握りしめ、何度も何度も頷いた。

 ◇

(役に立ちそうも無い、ね)
 つい先日穿たれた胸の傷は、今もじくじくと心ごと侵食していた。
 それでも、自分は今、生きている。実感すると同時に、和哉には道が明確に標されていた。
 生きて、動けて、思考できる。ならば、それをしないのはただの甘えでしかない。
「‥‥任せた、よ」
 和哉が託すようにしてアレックスへと差し出したのは、彼が日頃共に戦場を駆け抜けている籠手。
 アレックスは黙ってそれを受け取り、首肯。和哉の前で身に付けながら、少年の心はその先を見つめていた。
(ここが分水嶺‥‥しくじるワケにゃ行かねェな)
 彼女の父の目的が、復讐か何かも見えていない。ただ‥‥願うのは。
(ジルを泣かせない為にもなんとかしたい)
 覚悟の現れ、約束の証。突入を断念した和哉の想いと共に戦う事を誓い、アレックスは先陣を切った。

 扉を開け放つと、2人の男が傭兵達を出迎えた。
 すかさず秦本 新(gc3832)がFFを確認‥‥反応あり。バグアの手に落ちている。
 それを認めると風香が飛び出し、制圧射撃。残る1人へと夢姫が切りつけた。
 その間、ヨリシロの対応へと専念する為、この場を任せる決断を下したアレックスは先を求めて猛進し、黒羽 風香(gc7712)も脇を駆ける。
 その風香も、胸の内に湧き上がる疑念を消化しきれずに居た。
(ジルさんのお父様は何を思って動いているんでしょう)
 きっと、それは“こちら側では為せない事”なのだろうと、風香は気付いていた。
 けれど、彼が何を思っていたとしても、許せる事とそうでない事は明瞭である。
 だからもし、彼に出会えたなら。
 彼女を泣かせるような真似はしないで欲しいと、少女はそう伝えたいと願った。

 黒木 敬介(gc5024)は、ジルの横顔を確かめる。
(あの人はなぜ足跡を残す? これが、切れない親子の絆なのか)
 考えを巡らせ、それでも答えに辿り着かず。少女を思うと胸中を苦い想いが満たした。
 同時に、敬介は少女を見ていたからこそ、彼女が欲する支えが何であるかも理解していて。
「‥‥後は任せる」
 敬介の心の内に芽生える願いと、理想。
 それを、新へと朧げに重ねながら、目を眇めるような思いで彼の背を叩き、その場を後にした。

●メイナード・ソーヤ
 真っ白な部屋。
 そこにはベッドと、その脇に立てかけられた一振りの大剣。そして、ベッドで死んだように眠る男が居た。
「お父、さん‥‥?」
 震える指先が、男の顔に触れる。ゆっくり開かれる瞼。
「どうやら‥‥長い夢を見ていたようだ」
 現れた双眸は、ジルのそれに良く似ていた。

「傭兵の夢姫と言います。お名前を、お聞かせ願えませんか」
 少女の顔を正面に捉えると、男は心中をおくびにも出さずこう答えた。
「私は所謂“強化人間”と言うやつだよ。なにせ今し方生まれたばかりでね、名は無いんだ」
 新は覚醒せず、断りを入れて槍の穂先を男に突きつけるが、現れたのは不動の証。
 フォースフィールドという、紛れもない烙印。
「どうして、こんな‥‥。貴方の事を知った時、彼女がどんな目をしたか‥‥知っていますか?」
 目を伏せ、沈痛な面持ちを隠す様にして新が声を絞り出す。
 誰も幸せにならないと、彼が言った事の意味は今ここにあったのかもしれない。
 滞留する空気を見かねた夢姫が、覚悟を決めて深く息をする。
「‥‥私の父は、ある日突然、行方を眩ませました。生死は今も、わかりません」
 語られた始めた話に、誰もが耳を傾けた。
「何か事情があったのでしょうけれど‥‥出来れば、話してほしかった」
「そうだね。でも、君のお父さんの気持ちは、解らないでもないよ」
「真実は辛いのかもしれない。けど、それは本人が決めることだから‥‥娘を信じて話してほしかった、と。そう思います」
 奥の方から聞こえてくる戦闘音が、異世界の出来事のように思えるほど遠く響いている。
 静寂を破るようにして、男は語り出した。
「男は、時々どうしようもなく不器用で、それが“過ぎる”故に真直ぐだ。ただその分、一つに焦点を定めるとそれ以外がぼやけることが往々にしてある。しかし‥‥娘と言うのは、思いの外強いものだと気付かされたよ。君と‥‥私の娘に、ね」
「“娘”‥‥」
 夢姫の唇が反芻し、男は眉を寄せる。
 彼はベッドから腰を上げ、顧みるように自らの体を見降ろすと苦い顔で笑った。
「“後の事を頼まれる事”と、“死なれる事”は別ですよ」
 しかし、その笑みを重く受け取った新は、今を逃せば“もう無い”事を予感し、こう切り出した。
「‥‥貴方は、ユリウスに疑念を抱いた。だから、それを探る為にノイエルライヒに身を置いたのではないですか」
 年若い青年の口調には責めも怒りも無く、ただ、真実へと手を伸ばそうとする真摯な想いが感じられる。 
「誰も“幸せ”にはならない、と貴方は言いました。少なくともそれは“誰かの幸せ”を祈っている事と解釈していいんですよね?」
「それで?」
「それは、つまり‥‥ジルさんとリアン君の身の安全を確保する為に置き去った、という一連の“起点”に繋がるんじゃないかと。‥‥自身を“死亡した”ことにしてまで」
 新が思い返していたのは、エルザ確保時の動向だった。
 彼女は捕縛された直後、家族の身の保障を交換条件にしていた。
 それはつまり、家族の身が危なかったという事の裏返し。
 ならば“何から守らなければならなかったのか”を考えれば、自然と男が子供を置き去った理由も見えてくる。
「君にも、幸せを願う相手はいるのかな」
 息を吐いて。男は、新に穏やかな眼差しを送る。
「物事の機微を見逃さず、必要な情報とそうでないものを嗅ぎ分けてきちんと結び付けられる良い目と心をしている」
 男は大剣を手に取ると、一歩ずつ新との距離を縮める。
「‥‥幸せかどうかは、彼女自身が決める事です」
「夢姫くんも同じ事を言っていたね」
 真剣に事態を見守る夢姫の強い眼差しに、男ははぐらかす様に頬を掻く。
「彼女から、逃げないで下さい」
 その言葉に背を押されたように、漸く口を開いたジルの声は震えていた。
「お父、さん」
「大きくなったな。ローザによく似てきた」
「‥‥今でもお母さんを愛してる?」
「ああ、勿論だ」
「それでも強化人間になったのは‥‥理由があるから、なんだよね」
「‥‥そうだ」
 男はジルの髪をそっと梳いた。懐かしい匂いに涙する少女をあやす様に。
「お前達を愛しているよ。だから‥‥」
 大きな愛情を湛えた笑顔で、男は娘の鳩尾に拳を叩き込んだ。突然の事に、少女がぐらりと膝から崩れ落ちる。
「だからこそ、父を失う悲しみを、二度も味わわせたくなかったんだ」
 あの日、メイナード・ソーヤという男は、死んでいるんだから。
 そうして、男は改まったように夢姫と新に向かって深く頭を下げた。

●業を愛でる者
「‥‥今回のオーストリアの騒動は、貴方が黒幕ですか?」
 部屋の中、真っ白な肌に銀縁眼鏡をかけた男は、風香へ応えるように怜悧な笑みを浮かべる。
「それを確かめるのが貴女達の仕事でしょう」
 部屋の半分は何らかの装置──恐らく人間を強化人間にする為の機器類──が設置され、埋まっている。
 戦う為のスペースは、10m四方も無い。距離が余りに近すぎる。しかし、そもそも傭兵達は戦いの場についての懸念を払っていなかった。
 アレックスが龍の翼で接近、後方から敬介が、風香が射線を確保して射撃に移ろうとしたその時。
 男を中心とした全方向へ強烈な衝撃波が放たれた。
 射線を確保するということは、つまりヨリシロとの間に遮るものが無いと言う事。
 アレックスだけは範囲攻撃の可能性を懸念していたものの、全員見事に衝撃波へ直撃。
 身体を壁面に叩きつけられたそこへ、更に追撃の衝撃波が浴びせられる。
 気付けば、風香の身体は当人の言う事を聞かなくなっていた。
 それでも、少女は手を床につき、もう片方の手でヴァーミリオンを構える。
 超高圧の衝撃波と壁とで想像を絶する圧をかけられ、背骨に始まり全身の骨がイカレてしまっているのだろう。腕が動くだけ、まだマシだった。
 だが、それでも少女には腹に据えた覚悟があったから、その目に絶望を抱くことも無かった。それは偏に‥‥
「これ以上‥‥好きには、させませ‥‥ん」
 頬を伝うのは汗でも涙でもなく、生温かい血液。それを拭う暇もなく、風香は引き金を引く。
 放たれた銃撃は男の身体を穿ったが、それでも相手が怯む様子は無い。
「それは、承服しかねます」
 追撃。もう一度衝撃波が放たれる。
 風香の手にしていたヴァーミリオンは吹き飛び、彼女の身体も壁へと再び叩きつけられ、今度こそ動かなくなった。

 圧倒的な衝撃に砕ける自身の骨の音を聴きながら、敬介はどこか過去の事を思い返していた。
 敬介も決して何不自由ない“背景”で育った訳ではなかったのだが、これまでそれを特別不幸だとも思わなかったのだ。
 そこへきて“彼女の父親が戦争の終結をもってしても帰る事の出来ない事態になっていたとしたら”?
(良い形で再会させてやりたい。その為には‥‥)
 意識を持ち直す。体力は正直ギリギリのラインだろう。動かす都度に軋む四肢に口元が歪む。
「何が‥‥承服しかねる、だ」
 それでも、立ち上がり刀を構えた。
 思い通りにならない身体を、高速機動でフォローして。ガタつく足へと迅雷で更に負荷をかけ。無理やりにでも言う事をきかせる。
 ───漸く捉えた。
 刀の切っ先が舞う様に自由な軌跡を描く。瞬間、過ったのは遠い家族の面影。
「煉国流刀術・終刃」
 返り血に生温かさを感じながら、何度も斬りつける。
 だが、最後の一刃、振り抜こうとしたそこを待ち構えていたように。
「‥‥私も、仕事ですので」
 身体に複数の何かが埋まっていった。
 流れ出していく血に触れ、妙に身体が冷えるなどと感じながら、敬介はぐらりと転倒した。
 しかし。
「お前の目的はなんだ? 国防大臣の関係者か?」
 男が敬介の身体へ8本のメスを突き刺した直後、アレックスの拳が叩き込まれていた。
「訊けば答えてもらえると思っているんですか?」
 少年は口を引き結び、再び拳を振りかざす。不抜の黒龍、猛火の赤龍。その瞬間に全てを注ぎ込んだ。
「答えてもらう。“俺達”に出来るのは、この拳を止めないことだけだ‥‥!」 
 男も少年の様子に気付き、白衣の中にずらりと並ぶメスを引き抜いてはアレックスへと次々突き立てる‥‥が、少年の勢いは衰えない。
「イグニッション!」
 確かな手応えがあった。鈍い音が耳を突く。少年の拳を覆う業炎が男の手を砕き、腹へと衝撃。
 しかし、男は未だ冷艶な笑みを浮かべ、そのまま零距離にあるアレックスの拳へと迷うことなくメスを突き立てた。
 異常な鋭さを誇るそれは、抵抗も無く装甲を突き破り、痛みを堪えようとアレックスが奥歯を噛み締める。
「明確な証拠も無しに『犯人は貴方ですか』と尋ねて『はい、そうです』と答える“犯人”が何処の世界に居ます? 貴方は甘いといわれませんか? それでは、私は落とせない」
「“私は”? ‥‥お前の他にも、誰かいるのか」
「調べれば解りますよ」
 突如男は光の粒子となり、少年の眼前より消え去った。

●パンドラの箱
 和哉が合流し、夢姫達が向かった場所は管制室だった。
「システム、全部、生き残ってる‥‥ね」
 長い長い戦いの果て。漸く此処までやってきた。夢姫の脳裏にこれまでの出来事が巡り、小さく息を吐く。
 周囲を仰ぐと、少女はコンソールに手を触れる。
「真実を知る覚悟は、いいですか」