●リプレイ本文
●Case:黒木 敬介(
gc5024)
「あのさぁ、ジル」
罪を理解してるか、とか。戻すに値するか、とか。自業自得だから、とか。
正直、俺にはそんなのどうでも良かった。
「父の日って、オーストリアだといつなんだっけ?」
「え?」
重苦しい雰囲気も、極論気にする必要ないし。俺は、不思議そうな顔をするジルににっこり笑んでみた。
「俺の母国だとそろそろなんだよね。あれ、オーストリアにはそういうのない?」
「‥‥あるよ。もうすぐなんだけど」
「そっか、丁度いいじゃん」
不安げな少女の様子に気づかない振りをして、空気を読まずに相手の肩を叩いた。思いのほか華奢な、その肩を。
「ずっと同じ場所にいるのは気が滅入るし、何かプレゼントでもしてあげたら? ほら、今はお給金があって、一人前なんだしさ」
一頻りしゃべった後に覗き込んだ顔は、驚いたようでいて、どこか感心した風で。
「敬介って、変な人だよね」
そんな風にもらして、少女は‥‥今この場に来て以来、初めて笑顔を見せてくれた。
「ジルの笑った顔見るの、初めてかもな」
「え? ‥‥えと、なんか、ゴメン」
ばつの悪い顔で頬をかく彼女に、思わず俺も口元が緩む。そうそう、俺の動機は“これ”なんだ。
「別にゴメンじゃないでしょ。困ってる女の子が居るなら助けてあげたくなるじゃない? だから、いいんだって」
本気を見せるのもちょっとかっこ悪いかもしれないし、敢えてへらっと笑ってみせた。
うん。これならもう、大丈夫だろう。できることはしたと思うし、根回しとか俺の仕事じゃないし。
‥‥でも。
「別に、俺が言うまでもないんだけど」
珍しく後ろ髪引かれたのは、きっと俺の家族を思い出したから、かもしれない。
「親がどうあれ、子は親に生きて欲しいと願うもの、でしょ? 俺はさ、ジルが親父さんを助けたいって思う気持ちを応援したいんだよ」
困らせようと思って言ったんじゃない。でも、案の定ジルは申し訳なさそうな顔をしているから、もう少し、想いを伝えたくなった。
「下らない遠慮とかぶっ飛ばすからな。‥‥人を動かすのは人の気持ち。ここで言うならジルの強い気持ちが必要なんだ」
俺の言葉を素直に聞きながら、彼女は自分の胸元に手をあてている。
「センセイだってさ、わざわざ聞いておいて止めとけなんていわないでしょ?」
「‥‥確かにそうだよね」
「なら、言っとこうよ。最後の父の日になんて、したくないだろ」
「うん」
●Case:夢姫(
gb5094)
なぜ、内々にこんなことを尋ねてくるんだろう。
最初に思ったのはそれだった。まるで、自分を説得してほしいみたい、で。
「メイナードさんとお知り合いなんですか」
私から見えるモノクルの奥の瞳には、確実に後悔とかそういった類の色が浮かんでる。
「なぜそう思う」
「さっきの言葉‥‥私情を含んだ感じだったと言うか。ううん、寧ろご自身を責めているようにも感じて」
「そう、か」
ミハイルさんは、そう言ってとても悲しそうに笑う。
だからって訳じゃないけど、私はなんとなく気づいてしまった。
「迷っているんですか?」
私の言葉に、大の大人が可哀想なほどうろたえている。それに僅かな痛みを感じながら、私は続けた。
「巻き戻しにはきっと、善悪の判断だけではなくて、きっと政治的な力とか、色々なものが働くんですよね」
「その通りだ」
「でも。ミハイルさんにはその力がある。そうですよね」
「そういうことに、なるな」
「踏み出せませんか」
‥‥黙った。
やっぱりそうだ。この人が、私たちに求めているのは理屈じゃない。
「‥‥ああ」
沈黙の後に吐かれた溜息のような肯定。最初に感じたひっかかりが、するりと解ける。
彼に、そして彼女に必要なことは体面なんか越えた、強い想いなんだ。
「私の答えを、出してもいいですか」
だから、私は断言する。
「答えは、嘆願を出す、です」
ミハイルさんの顔は、まだ懺悔の色に塗れていたけど。
「値するか、ではなく‥‥生きなければいけないです。犠牲になった人や、守ろうとした国や‥‥家族のために」
きっと大丈夫だろうって思えた。小さく返ってきた「そうか」なんて呟きが、思いのほかしっかりしてたから。
「ねぇ、ジルさん」
テーブルの向かいにいた彼女の、机上におかれた握り拳に自分の手を重ねる。
「今、本音を言わないと、一生後悔するよ‥‥きっと」
彼女の喉だけが、小さく動いた。
ああ、なんて甘えることが下手なんだろう。彼女は、余りに父に似すぎている。
「我慢ばかりしなくても‥‥こんな時はワガママを言ってもいいんだよ」
彼女は唇を噛んで、何度も何度も首肯していた。
●Case:黒羽 風香(
gc7712)
LH郊外の収容施設へ向かう車の中、私は彼女の横に腰を下ろしていた。
「ジルさん、本音で答えてほしいことがあります」
真っ直ぐ見つめ返してくる薄茶の瞳は、先日のメイナードさんと同じ色。だからこそ、胸が苦しくなった。
家族を失うのはとても辛い事だって、知ってる。‥‥出来れば、ジルさんには二度も味わって欲しくない。
なのに、どうして今こんな事態になったんだろう。
彼女と出会ってから、短いようで長い時間が流れた。共に過ごす時間の中で気付けたこと、築けたこと、たくさんたくさんあったから。
「今回のこと。ジルさんは‥‥どうしたいですか?」
これは自分勝手な想いで、余計なお世話かもしれない。それでも、今まで頑張ってきた分、彼女には幸せになって欲しいから、私は問う。
「メイナードさんとまた暮らしたいですか? どう思っているのか、聴きたいんです」
「あたしは‥‥お父さんに、ただ、生きてほしくて‥‥」
ぽつりと、零した言葉。少女はそれに罪悪でも感じているかのように眉を顰めて俯いた。
「なぜそんな顔をするんです? 私は、今のジルさんの言葉を、そのままメイナードさんに伝えてほしいと思いますよ」
「‥‥風香」
迷子のような、不安で仕方のない顔。それを、どんな言葉なら拭えるだろうと思いながら、私は微笑んだ。
「伝えられなくなってからでは遅いですよ。ほら、ようやく到着したみたい‥‥準備は、いいですか?」
辿り着いた場所は、中に強化人間を扱っているとあって、重厚なつくりをしている。
案内を受け、座らされた席の前には、あの日の彼がいた。
「まだ死ぬつもりですか」
「‥‥風香くんは随分ストレートだな」
「ええ。自分の都合で見殺しにした、その罪を償うと言うなら。死んだ人の分まで生きて、幸せになるべきだと思いますから」
「はは。本当に、胸のすく真っ直ぐさだよ」
言われて、気づいた。
私はいつからこんなに真っ直ぐな言葉を吐けるようになったんだろう?
それでも、大事なことを告げたかった。大事な友人の為に。
「もう一度言わせて貰います。貴方を待っている人が居る事を、忘れないで下さい」
●Case:アレックス(
gb3735)
「‥‥罪、か」
独り言のような呟きに、隣の相棒が小さく反応を示した。
「また、思い出してた?」
「まぁな」
それきり和哉は黙り込んだ。きっと同じ光景を思い描いているんだろう。
(死なせてしまった大勢の命を、俺は絶対に忘れないし、忘れる事など出来ない)
そう、あの地でのこと。俺たちの、罪の始まりを。
───独断と偏見。
これは、俺たち傭兵の誰もが共通して抱えている罪だと俺は思う。
傭兵はエミタの適性を得て、人ならざる力を持つ。その選択が、行動が、最初からこの星に影響を及ぼさないはずがなかったんだ。
質量保存則で言えば、宇宙のエネルギーの総量は一定。
ならば俺が力を持った分、誰かがそのワリを食い。誰かを助けようとすれば、必ず別の所にしわ寄せがある。
結局、全てを救う事など出来やしない。それでも‥‥
俺達は自分で選んで行動していくしかない。
開いた扉の向こう、出迎えたメイナードはあの日と同じ目をしていた。
「犯した過ちは、罪は、消える事は無い。それでも‥‥」
男は、その目でただ俺を見ている。
品定めのような視線は心地が悪いが、俺は嘘をついたつもりもなければ、諦めて帰るつもりもない。
「ジルは、家族をもう一度やり直したいんだ。‥‥失われた人や物は戻らないし、何をもって罪を贖えばいいのか分からないけど。アンタには、きっとまだやる事がある」
瞬間、相手の口元が寂しそうに歪んだのに気付いた。
「“やること”というのは少し分類が必要でね。やりたいことと、やるべきこと、ってのは非なるものだ。解るだろう? 君が今その拳で戦っているように、ね」
「ひねくれものの相手は面倒だろう」
部屋を出ると、ミハイルとかいう研究者が居た。
「それなら俺も大してかわらないさ」
返答に「なるほどな」と、小さく笑う男の正面に俺は真っ直ぐ立ちはだかった。
「メイナードの罪は理解している心算だ。結果論的にだが、彼の行動が無ければ、あの国は大変な事になっていたはず。酌量の余地はあるんじゃないか」
「功罪、か。‥‥なぁ、少年」
肯定するように唸った後、ミハイルは俺を呼んだ。予想外の言葉を、後に残して。
「私には、君の方が“贖いたい”顔をしているように見えるんだが」
●Case:霧島 和哉(
gb1893)
男の前の椅子に腰を下ろした僕は、目線の近い彼の様子を確かめた後、安心したように口元を緩めた。
「どうかしたのか」
そう問うメイナードさんの声は優しい。首を傾げる彼を前に、口元を隠しながら少し笑ってこう答える。
「僕はあなたの罪を間違いなく理解できていないなって再確認したんだ」
予想外だったのか、彼は笑い声を上げた。
「‥‥ははは。それで?」
話の先を促されたならば、と。僕は珍しく話をしてみようという気になったんだ。
「適当に聴いてもらえれば、と思うんだけど‥‥今まで僕が、自分の目的の為に、快楽の為に、どれだけの命を踏みにじって来たか。それを思い返すとね、そんな自分が、どうして貴方の行いを業と呼べるんだ、って笑えてきて」
「子供にそんなことを言わせちまう世の中、か」
「戦時だし、ね。ただ‥‥死ぬ覚悟が、あるのと。死にたいのは‥‥別物かなって」
そこで言葉を切る。うん、目が鋭くなった。やっぱりこの人は解っている。
口では『覚悟がある』といったけれど、彼はもう『死にたい』んだ。
「別に、命は自分の物だし。それをどう使おうと、他者は口出す以上のことは許されないと思うよ」
それは僕の本心。嘘偽りない言葉。
「それでも‥‥」
‥‥もう一つ、僕の心には真実がある。
「この国を救って、て。頼まれたんだ」
今にも泣きだしそうな顔で。同じ年頃の少女が、頭を下げたんだ。
「だから。貴方も、ジルさんも。救いたい。その場所を救う為に、その場所に住む人を犠牲にするなんて‥‥」
「もう嫌、か?」
僕が彼の根底にある想いに気づいたように、彼も僕の深部に蔓延る根に気づいたんだろう。
思わず、見透かされた奥底から気持ちが溢れた。
「‥‥たい、救いたい、救いたい」
口にしようとするだけで伴う嘔吐感。せり上がる拒否感。これまでの自分を捻じ曲げる言葉に喉が掠れた。
「希望を‥‥『守りたい』‥‥」
今の自分はどんな顔をしているんだろう。それすらよくわからない。でも。
「痛みを知る人間ほど、優しくなれるんだと」
彼が酷く穏やかな顔をしていたから。余計に苦しくて、僕は唇を噛む。
「キミはきっと誰より優しい子だよ」
‥‥少し、表現方法が人と違うだけで。
扉を出てすぐ、ミハイルさんの白衣を力の限り握り締めて訴えた。
「僕には暴力しかないから。きっと、できる事なんて無くて」
普段の僕なら絶対やらない、なんて。どこか別の場所から自分を見下ろしながら、それでも引かなかった。
「でも、もし、こんな僕にでもできる事があるなら、なんだってやってみせる」
だから、どうか。
「‥‥助けて」
絞り出した声が、唇が震えていた。それが少し気恥ずかしくて。
最後に残った希望の光が、驚くほど眩しくて。
「ああ、解った」
僕は、思わず瞳を閉じた。
●Case:秦本 新(
gc3832)
「もう十分理性的な部分は理解した。だが‥‥」
嘆願の相談をしていたところ、突然ミハイルさんが話を遮った。
「後一つ、本能的な部分は‥‥後の報告を期待しよう」
言い残し、脇をすり抜けてゆく彼。
後に残ったのは、夕暮れの光に満ちた廊下と、そこに佇む彼女の姿。
未だ申し訳なさそうな顔をしていることに気づいて、無意識に自分から歩み寄った。
「‥‥ジルさんは、どうしたい?」
答えは、分かっている。
それでも、背負い込みがちな彼女の事。言い難いのだろうが‥‥今言わなければ、必ず後悔する。
100%当たる未来を、黙って見逃すことなどできはしない。
「あたし、は‥‥」
一歩未満の距離。頑なな頬に触れれば、弾かれたように顔が上がる。
大きな瞳に夕陽が差し込んで、堪えている気持ちがその奥に透けて見えた。
「胸を張って言えば良い。大丈夫、想いは同じだ。だから‥‥一緒に、行こう」
「‥‥うん」
存外薄くて軽い扉。そのノブに手をかけた瞬間、逆の手に柔らかな手が触れてくる。
触れた場所から繋がる想いがあることを知った。
強がるけれど頼りなくて、頑なだけど脆い手。それをとった今、尚のこと心から願う。
叶うなら。
メイナードさんには、彼女たち姉弟と共に生き、報いて欲しい‥‥と。
「‥‥で、最後はキミか」
ジルさんは、きちんと想いを伝えられた。涙の一つも零さず、胸を張って、笑顔で。
もう言うべきことなど無いと思っていたが‥‥
「私に何か言うことがあったんじゃないのか」
この目は、本当に性質が悪い。口以上に物を言う。それは彼女に、ひどくよく似て。
「‥‥貴方には、生きて守っていきたいものが、本当にもうありませんか?」
途端、研ぎ澄まされた殺気じみた気迫が自分に向けられる。
息を呑む壮絶な気配にしばし押し黙らされたものの、メイナードさんはややあって突然笑い出した。
「はは、すまん。少しからかった」
その豪笑に面食らいながら、それでも彼の瞳に光が戻ったこと位は気がつけた。
「ついさっきまでは“託せる先”を見つけたし、問題ないと思っていたんだが」
机には、黒木さんの案を受けてジルさんから贈られた腕時計。彼はそれを眺めながら、大層嬉しそうに頬を緩める。
「もう少し、生きてみても良いかと思えたんだよ」
長い間修羅の道を歩んだ男が、希望を口にすること。その難しさを知ろうとしなかったわけではない。
「それに、青い言葉を幾重も浴びせられちゃあな。夢姫くんには『甘え下手』だと叱られた」
それでも、未来への言葉が聴けた。その事実が今ここにある。
「まぁ、いつの日か娘の花嫁姿くらい見てから死ねたらいいだろうな」
豪放磊落を地で行く彼に、小さく息を吐きながら。「そう、ですね」と、笑い合った。
それは、夕暮れが本当に綺麗な日のことだった。