タイトル:捨てられた絶景マスター:冬野泉水

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/04/25 10:24

●オープニング本文


『遅咲き』という言葉に幾ばくかの魅力を感じると思わないか。
 遅めの昼食を取っていると、友人の一人がそんなことを言い出した。弁当を食べる手を止めて、友人を見た俺は首を傾げた。
「もっとはっきり言ったらどうだ?」
「ならばはっきり言おう。花見に行かないか?」
「花見ぃ? いつ?」
「来週」
 来週は学園で演習を受けないといけないんだが、と言うと友人は露骨に絶望感の滲み出る表情になった。
 聞けば、彼を受け持つ教員から親睦会の意味も込めて花見に誘われたのだという。ただ、そう、本当にただで花見をさせてくれるわけではない。
 花見の会場は四国某所の廃墟。そこから夜に見える海岸線に植えられた桜が見事らしい。その教員が徹夜で――なぜ徹夜したのか疑問だが――見頃の日時も調べてくれた。
 だが、同時にその廃墟にキメラが生息していることが分かったのだ。廃墟、というだけあって周辺に住民がいないことと、桜並木が被害を受けていないことが救いである。
 ここまで聞かされれば俺でも分かった。炭酸入りのジュースを飲み干した俺は、極めて冷静に友人に言った。
「つまり、花見をさせてやる代わりにその廃墟の掃除をしろって?」
「そう! そうなんだよ! で、人が足りないから友達を連れて来いって言われたんだ!」
「人手不足って‥‥別にお前の組だけで充分だろう?」
 首を振った友人は話した。
 廃墟の中だけならば話が早いのだが、どうやら半径五百メートル四方にキメラが群生しているのだ。そこで、学園側としてはいくつかに班を分け、学園内外問わず協力者を募り掃討作戦を展開することにしたらしい。
 そうまでして花見をしたいのかとも思ったが、キメラの殲滅自体に疑問は感じなかった。
「で、お前、どこの担当なんだ?」
「廃墟の中。何かでかいやつがいるんだって‥‥もうお前しか頼れるやつがいないんだよ!」
「つっても俺、来週は動けねえし」
 しかし、友人の頼みも断れない。
 しばらく考えていた俺の頭に、いくつかの人影がふと浮かんだ。
 ああ、そうか。あいつらに頼もう。
「おい。俺は行けないけど、代わりに俺の知り合いを寄越すから、それで許せ」
「許すも何も‥‥お前はやっぱり俺の最高の友だ!」
 今にも抱きつきそうな友人を押しのけて、俺は手帳を開いた。そこには知り合いの連絡先がずらりと並んでいる。自分で言うのも何だが、ここまで顔が広い人間はなかなかいないはずだ。
「さて‥‥」
 肩を鳴らした俺は指先で一番上の連絡先をなぞった。左手には携帯電話を持つ。
「いっちょ、連絡していくか」

●参加者一覧

幡多野 克(ga0444
24歳・♂・AA
藤村 瑠亥(ga3862
22歳・♂・PN
クラウド・ストライフ(ga4846
20歳・♂・FT
優(ga8480
23歳・♀・DF
遠倉 雨音(gb0338
24歳・♀・JG
リヒト・ロメリア(gb3852
13歳・♀・CA
ヤナギ・エリューナク(gb5107
24歳・♂・PN
ウェイケル・クスペリア(gb9006
12歳・♀・FT
美沙・レイン(gb9833
23歳・♀・SN
湊 獅子鷹(gc0233
17歳・♂・AA

●リプレイ本文

 春風が頬を撫でる。人の気配が消えた夜の廃墟では、それぞれの緊張が細く、けれども濃密に凝縮された状態で崩れ落ちた壁を貫いていた。
 吹き抜けになった二階部分に残されているのは、途中で足場を無くした階段だけだ。人一人乗れれば充分という不安定さを確認したウェイケル・クスペリア(gb9006)は、隣に立っていたリヒト・ロメリア(gb3852)を見やった。
「あんた、行けそうか?」
 ウェイケルの言葉にリヒトは頷いた。
「あの程度ならボクでも大丈夫そう」
「んじゃ、上は頼んだぜ。足元の事はあたしに任せてくれ」
 にやりと笑ったウェイケルは既に懐から扇嵐を出していた。
 階段までの距離を確認したリヒトは、割れた窓からそっと中に侵入した。即座に隠密潜行を使用して気配を殺す。
 彼女が階段をゆっくりと上り、所定の位置についたのを確認して、彼らは行動を開始した。

 二つの班に分かれた後、入口から廃墟に突入したのは幡多野 克(ga0444)と藤村 瑠亥(ga3862)だった。彼らの後ろをクラウド・ストライフ(ga4846)、美沙・レイン(gb9833)が続く形となる。まずは屋敷の東側、つまり階段を見上げることができる位置の制圧を試みたのだった。
 しんとした屋敷内に生き物の気配は感じられない。幡多野は懐中電灯を取り出し、一瞬だけ灯した。長い廊下が続くだけで、何も障害物はない。
 部屋と廊下を遮っていた扉は全て壊され、キメラの毒にやられたのか、破片が毒々しい色に変わっていた。それを見つけたクラウドは肩を竦める。
「これでは、どこにキメラがいるか分からないわね」
 ランタンを持って後方を歩く美沙が言った。
「ああ。だが、油断は――」
 言いかけた藤村は足を止めた。微かだが、足音が聞こえたのだ。一同一気に表情を引き締めた。
 ギィ‥‥と床を引っ掻く音が聞こえる。その音は徐々に大きくなり、彼らに近づいてくる。
「‥‥っ、後ろだ!」
 叫んだ幡多野の声は一足遅かった。壁を蹴破って突進してきたキメラは、何の躊躇いもなく、クラウドと美沙に体当たりしたのである。不意をつかれた二人は一室に転がり込んだ。
 前に居た二人が援護に向かおうと背を向けるのと同時に、彼らの背後でもキメラの息遣いが聞こえる。
「‥‥どうやら、囲まれたな」
 月詠を構えた幡多野が呟いた。ややあって、彼の髪が銀色に染まる。
金に色を変えた彼の瞳の向こうには、二体のキメラが立っていた。

 別動隊も危機に面していた。崩れた階段のある大広間らしき部屋に入った優(ga8480)と遠倉 雨音(gb0338)は、後ろに続くヤナギ・エリューナク(gb5107)と湊 獅子鷹(gc0233)に手で動かないように合図を送った。
 既に待機していたウェイケルと合流した優は厳しい表情で言った。
「キメラが四匹‥‥奥にいるのはリーダーでしょうか」
「そうだな。リヒトはいつでもいけるそうだ。どうする?」
 思案する優の肩をヤナギが叩いた。囮は自分がする、と目で訴える。
 頷いた優は控えていた仲間達に合図を送った。全員が慎重に、けれども敵を引きつけるように廃墟に入った。
 人間の匂いをかぎつけたのか、キメラ達が崩れた壁の隙間から姿を見せた。月明かりが部屋をゆっくりと照らし出す。不気味な様相のキメラ達は、侵入者達に牙を剥いて飛び掛かってきた。
「行くぜっ!」
 最初に対応したのは湊とヤナギだった。月下美人を手にキメラの一体に突進した湊は、鋭い一撃をキメラの前足に叩き込んだ。悲鳴を上げたキメラが彼に体当たりしたが、湊はバックステップでこれを躱す。
 代わって、ヤナギが別のキメラに向かっていた。爪に牙を食い込ませて動きを止めてから、その胴体に円閃を直撃させる。
よろけたキメラが見せた隙だらけの体を、優がクルメタルで追撃する。身を撃ち抜かれたキメラが体勢を立て直す前に、最も後ろに立つ遠倉が鋭覚狙撃でトドメをさした。同時に、湊も相手をしていたキメラを切り倒す。
 味方の不利を感じたのか、部屋の奥で静観していた一際大きなキメラがゆっくりと歩き始めた。残り二頭の相手に負われていた四人に、静かに歩み寄る。
 その長く毒を仕込んだ尾が彼らを強襲する、まさにその瞬間だ。
「ボク達を忘れて貰っては困るよ」
「まったくだ、ガキだからといって甘く見ないでもらいたいな」
 大型キメラの足元に無数の銃弾が撃ち込まれた。驚いて飛び退いたキメラの背後を狙って、ウェイケルがソニックブームを打ち込む。剥がれた壁がキメラにのしかかる。
 声を上げて破片を振り払ったキメラに、間髪入れずリヒトのブローンポジションで高めた制圧射撃が襲った。砂塵が巻き起こり、一時的に視界が奪われる。
「やったか‥‥?」
 確実に当てたとリヒトが引き金にかけた指の力を抜いた刹那だった。
「おわ‥‥危ねェっ!」
 迅雷で砂煙から離脱したヤナギの声が響いた。次の瞬間、凄まじい風圧を伴って、キメラの尾が外壁に直撃したのである。
 バランスを失った壁は崩れ去り、同時に、唯一の支えを失った階段がぐらりと揺れる。
「リヒト――!」
 ウェイケルの悲鳴は、尾の立てた音に掻き消される。
 耳を劈かんばかりの大音声で吼えたキメラは、走りながら続けてもう一度尾を振り回した。軌道上に居た優は身を庇いきれずに弾き飛ばされ、刀で尾を受け止めた湊も堪らず身を退いた。
 そのまま尾は無防備のウェイケルを強襲する。思わず目を瞑った彼女を突き飛ばしたのは遠倉で、彼女の腕を尾の先が掠めていった。
「大丈夫かっ!?」
 地面に上手く降りたリヒトと起き上がったウェイケルが遠倉に駆け寄る。出血しているものの、それほどの深手ではない。
 だが、問題は尾に仕込まれた猛毒の方だった。歯を食い縛る遠倉の顔色はみるみる青ざめていった。
「‥‥駄目です、この人数では‥‥」
 呟いた優に、無情にもキメラが襲いかかる。
 もう駄目かもしれない。そんな思いが彼らの胸を過ぎった、次の瞬間だった。
「ギャッ!」
 悲鳴を上げてキメラが優の目の前で崩れ落ちたのだ。続けて頭に長刀が突き刺さったもう一体のキメラも絶命する。異常を感じた大型のキメラが意識を部屋の入口に向けた。
 唖然とする六人の視線の先には、四人の仲間の姿があった。紫煙をくゆらせたクラウドは、傷だらけの右腕をさすって言った。
「助っ人に来た。やはり援軍の登場はこうあるべきだな」

 時間は少し遡る。
 部屋に転がり込んだ美沙とクラウドはすぐさま身を起こし応戦に出た。もともと戦闘経験の豊富な二人である。美沙は崩れた壁に身を隠してアテナを放ち、クラウドは月詠と蛍火を構えてキメラを威嚇した。
「ふふ‥‥たっぷり仕返ししなくちゃね。この武器に死角なんてないのだから!!」
 アテナとS−01を弾切れになるまで惜しみなく放った美沙の攻撃は、的確にキメラの急所を捉えていた。倒れたキメラを踏みつけて、一気にキメラとの距離を詰めたクラウドも、二本の刀でキメラの体を貫いた。
 一拍置いて、彼らのいる部屋の壁をぶち破るように、一匹のキメラが転がり込んできた。流石に驚いた二人だが、キメラは既に絶命しているようだった。
 二人は顔を見合わせて、廊下の方を見やった。
「大丈夫か?」
 幡多野の声に美沙は首を縦に振った。咄嗟に受け身を取っていたので、思ったよりも負傷せずに済んだのだ。
「悪いが援護を頼む」
 既に一匹片付けている藤村に目立った負傷はない。疾風迅雷を器用に操って、少ない手数でキメラを仕留めていた。
 あらかたのキメラを片付けた時だ。激しい振動と共に大広間の方で大きな音がしたのである。武器を収めようとしていた四人は動きを止めて、緊張を高めた。
「急ごう」
 抜き身のまま月詠を下げた幡多野の言葉に全員が頷いた。
 そして、彼らは傷ついた仲間達と合流し、彼らと挟むようにキメラと対峙したのである。
「動けるか、雨音!」
 藤村が声を張り上げると、遠倉は弱々しく右手を挙げた。だが、その握った拳はまだ力がこもっている。
「これは‥‥さっさと片付けて治療が必要ね」
 アテナを構えた美沙は手始めに一発、キメラに向けて発砲した。その音を皮切りにして、クラウドと藤村がキメラに突進する。
 反対側に居た優とヤナギも同時に動いた。まずはあの、厄介な尾を切断しなくてはならない。
 気が立っているのか、キメラは叫び続けたまま派手に暴れ回っている。その動きに併せて、尾が何度も地面を打った。
「友を傷つけられては、手加減は無いと思え」
 距離を詰めた藤村が瞬即撃でキメラの関節を狙った。左後ろ足を強襲されたキメラは悲鳴を上げて、無理矢理足を上げる。
「行きますっ!」
 一歩下がった藤村に代わって、月詠と凄皇を手にした優がキメラの前足に流し斬りと両断剣を叩き込んだ。
「まだまだ終わりにさせねェぜ!」
激しい出血と痛みで体勢を崩したキメラの左前足に、ヤナギはイアリスで同じ箇所を二度、素早く斬りつけた。これで前足を失ったキメラの巨体が前のめりに地面に崩れた。
だが、まだ闘志は衰えていない。後ろ足で何度も砂を掻き、尾を振り回して暴れるキメラに、幡多野が動いた。
「毒など、当たりさえしなければ‥‥!」
 尾を躱した幡多野は、月詠による流し斬りでキメラの右後ろ足を薙いだ。続けざまに豪破斬撃で威力を高めたまま、キメラの胴を斬りつける。
 一秒も間を置かずに、美沙の影撃ちがキメラの尾に直撃した。動きを封じられたキメラの咆吼に抗うように、立ち上がったウェイケルが扇嵐を構える。
「さっきはよくもやってくれな!」
 両断剣を胴に叩き込んだウェイケルはキメラの体を蹴って元の位置まで下がる。その背後からは、構えたリヒトの銃口が覗いていた。
「倍以上で‥‥返すっ!」
 容赦なく放たれた制圧射撃で尾を封殺されたキメラは、ただ叫ぶことしかできなかった。
「その尻尾、切り落とさせてもらうっ!」
「やったらやり返す。当然だろ?」
 倒れたキメラの死骸から剣を引き抜いたクラウドと、立ち上がった湊は左右からキメラの尾を挟撃した。四本の刀に襲われた尾は、いとも簡単に切り飛ばされた。
「雨音っ!」
 藤村の声に、気力だけで遠倉は銃を構えた。
「これで‥‥終わりだっ!」
 斉射された銃弾を体中に浴びたキメラが一際大きな声で鳴いた。
やがて、その声は徐々に小さくなり、そして、月明かりにその体が晒される頃には、廃墟からキメラの泣き声が一切消えていたのである。

 花見会場は他の生徒達でも賑わっていた。会場には、ヤナギや他の音楽が得意な生徒達が静かに音楽を奏でている。
酒の飲めるメンバーは、それぞれ持ち寄った酒を飲んで大いに盛り上がっていた。美沙の持ってきた日本酒や幡多野の持ってきたお菓子類は、あっという間に無くなっていた。
 覚醒して花弁を静かに散らしていたウェイケルの手には、遠倉から貰った茶がある。すぐに治療を施されたおかげで、彼女は今、花見会場で精力的にお茶を配って歩いていた。
 視線を動かせば、廃墟の壁に登って据わった湊が同じ茶を持って桜並木を眺めているのが見えた。その表情は無愛想なものだったが、心なし喜んでいるようにも思える。
その下では、壁に寄りかかったクラウドが紫煙をくゆらせていた。掃討作戦の後も彼は廃墟内を見回り、キメラの残党がいないかを確認していたのだ。だが、すぐに酔っ払い組に捕まり、彼はそのまま宴会場へ駆り出されていった。
 リヒトと優は二人で川沿いに座ってお茶を飲んでいた。
「‥‥素晴らしい光景ですね」
「うん。ボク、こんなお花見を、ずっとしたかったんだ」
 そう言ったリヒトは照れくさそうに笑って湯飲みを煽っていた。
 微笑した優は坂の上に並んで立つ藤村と遠倉を見やった。何やら話し込んでいるが、彼女には大方の想像がついたのだった。
 桜が風に揺れる。月を桃色の花弁で隠して、夜の桜は一層神秘的に見えた。造花ではない、本物の桜だ。
「あの時は造花の桜でしたが‥‥今回は、れっきとした本物の夜桜ですね」
「ああ。楽しんでいるか?」
「ええ。一緒に見られて、とても楽しいです」
「そうか。それは、良かった」
 微笑した藤村に遠倉が頬を僅かに染める。彼女が何か言う前に、酒瓶を持った美沙と幡多野が二人の間に乱入した。仕舞いにはクラウドや、いつの間にか引っ張ってこられた湊、ウェイケル、ヤナギが加わり、ちょっとした一団を形成してしまった。
 きょとんとした優は、次に苦笑して、察したリヒトも溜息をついた。
「行きましょうか」
「うん」
 二人は立ち上がって坂を上り、一団に加わった。
 まだまだ夜桜鑑賞は終わりそうにない。けれども、それは決して退屈なことではなく、この日の美しい桜と月のことは、夜が明けてもしばらく胸に焼き付いて離れることはなかった。