●リプレイ本文
「四国は何度か来たけど、遺跡まであるんだねー。知らなかった」
入口から少し離れた所で様子を窺っている斑鳩・南雲(
gb2816)は感心したように言った。
「それよりも装備を忘れた状態でキメラの巣の中へって‥‥」
呆れた口調で言ったのは旭(
ga6764)である。隣にいたジャック・ジェリア(
gc0672)が同意した。
「好奇心が強いのは悪いことじゃないんだが、装備ぐらいは整えていって欲しいもんだよな」
「あら、良いじゃないですか。私はあんまり迷惑とは思いませんけど‥‥」
苦笑したカンタレラ(
gb9927)は友人の方を見て言った。
「三枝さん‥‥大丈夫、ですか?」
心配そうに後ろの三枝 雄二(
ga9107)に尋ねた御鑑 藍(
gc1485)に、彼は激しく頭を振った。
「三枝‥‥まつり‥‥まさか、兄貴の‥‥いやいやそんな、いやいやまさか、いやいやいやいやいやいや‥‥‥と、とにかく、行きましょう!」
遺跡の中は灯りらしいものが無く、斑鳩はランタンを灯し、神棟星嵐(
gc1022)はエマージェンジーキットから懐中電灯を出して視界を確保した。
不思議な遺跡だと誰もが思った。雑に作られたわけではなさそうなのに、壁が均一ではなく、凸凹している。
一本道の廊下には、いくつかの部屋があった。どう見ても罠にしか見えないのだが、いくつかの扉は開いている状態だった。向かいの壁に矢が刺さっていたりもしている。
壁から矢を抜き取ったラフィール・紫雲(
gc0741)は、矛先が鋭いのを確認して、後ろの仲間達を見た。
「最近刺さったものですね」
「まつりさん‥‥だな」
霧島 和哉(
gb1893)が言った。救出対象である三枝 まつり(gz0334)のことだ、面白そうだからと適当に扉を開けてしまったに違いない。
廊下を進むと、道が二本に分かれていた。しばらく思案して、彼らは班を二つ作り、別行動をすることに決めた。
「では、ボク達は右を行きます」
ロジーナ=シュルツ(
gb3044)がAU−KVを装着して言った。
「じゃあ、俺達は左だな」
ジャックが親指で左の道を指差した。どちらの道も暗く、先が見えづらい。
彼らは下の階層で待ち合わせることを取り決めて、二手に分かれて進み始めた。
右の道へ進んだ三枝と神棟、霧島、ロジーナ、そしてカンタレラは、すぐに少し広めの部屋に出た。
「階段ですね」
三枝は部屋の最奥にある階段を指差した。地下へ続く階段に違いない。
「気をつけて下さいね、三枝さん。こういう時に限って何か‥‥」
言いかけたカンタレラの声を遮るように、部屋に激しい振動が襲ったのである。流石にバランスを崩したりはしなかったが、彼らは一気に警戒を深めた。
振動とともに、壁の一部が外れ、中からキメラがぞくぞくと出てきたのだ。
唖然として言った霧島である。
「これは‥‥よく、まつりさんは切り抜けましたね‥‥」
「その意見には同意するが、こいつらに構っている時間が惜しい‥‥力ずくで通させて貰う」
AU−KVを装着した神棟が殺気を高めて言った。同時に、竜の鱗を発揮し、雲隠を構えてキメラの集団へ突っ込んだ。そのまま二、三体まとめて剣圧で吹き飛ばす。
「俺達も行きましょう!」
二刀の機械剣を握った三枝が吼えた。そのまま、神棟が引き寄せたキメラの胴を二つに切り裂く。
「勇ましいですねえ。――和哉、手伝うよ」
雷光鞭で地面を打ったカンタレラは軽やかに宙を舞った。挟撃されていた霧島の後ろに降り立ち、迫ってきたキメラを蹴り飛ばす。
「助かった、姐御さん」
キメラの牙を双剣で受け止めた霧島は、勢いを利用してキメラを横へ流した。手の空いたカンタレラが雷光鞭でそれを討つ。
「仕留めます」
後ろに流れたキメラを斬りつけたロジーナは、機械剣でトドメを刺した。小さい悲鳴を上げて、キメラが床に落ちる。
一通りのキメラを殲滅した彼らは、息を吐いて呼吸を落ち着けた。
「行こう」
服の砂埃を落として、神棟が背を向けた。そこへ、カンタレラがやんわりと言った。
「待って下さいな、神棟さん」
そう言って、カンタレラは後ろにいた三枝に目線を送った。頷いた彼はそこら辺に転がっているキメラを一体引っつかんで、思いっ切り投げたのである。
吹っ飛んだキメラは階段の手前に落ちた。床に叩きつけられるや否や、天井から無数の矢がキメラの死体に降り注いだのである。
「うわっ‥‥」
思わず霧島が声を上げた。矢を一身に受けたキメラは針山のような有様だったのである。
他に罠がないか慎重に確認して、三枝は最初に階段に足をかけた。彼の後に続いて、四人もゆっくりと移動する。一定の重さで階段が崩れるといけないので、一人が下まで降りきるのを確認してから降りていった。
最後に階段を降りることになったロジーナは、移動する前に無線機を取り出して、別動隊に連絡を入れた。
「今から第二層に行きます」
「ええ、僕達もすぐに向かいます」
通信に出た旭の声が遠くからも聞こえた。
左へ進んだラフィール、ジャック、旭、斑鳩、そして御鑑達は迷っていた。一本道だった先程とは打って変わって、左の道は酷く入り組んだ迷路だったのだ。途中で力尽きたのだろうか、誰かの白骨がそこら中に転がっている。
「嫌な場所‥‥ですね」
御鑑は呟いた。煙草を銜え直したジャックは壁に手をついた。ラフィールが先につけたチョークの白い粉が指につく。
「さっきも通ったな、ここ。どうなってるんだ?」
歩きながら作った地図は殆ど役に立たなくなっていた。同じ所をぐるぐると回っているような感覚に、彼らの神経も磨り減り始めていた。
息を吐いたラフィールが、ブーツの踵で地面を叩いた。
その瞬間である。
「音がするっ!」
斑鳩が叫んだ。そして、その直後、彼らのすぐ横の壁がぱっかりと外れたのである。
全身で危険を察知した五人は、素早くその場から飛び退いた。一拍遅れて、太い槍が壁から突き出たのだ。槍は向かいの壁を遠慮無く深々と突き刺して動きを止める。
「危なかった‥‥ですね、先程はこんな罠があるとは気づかなかったのですが」
冷や汗を拭った旭が言った。初めてのことではなく、似たような罠を彼らはこれまで数回体験していたのである。
どこに何があるのか、どこから何が来るのか、キメラが襲ってくる気配は無いのに、異様な緊張感が五人の中にはあった。
それからも数回角を曲がったり、分かれ道を行ったり来たりしている内に、見慣れない廊下に出たのである。
慎重に歩を進めてた時、先頭を歩いていた御鑑が「あっ」と小さな声を上げた。
「今‥‥何か音が違いました」
長時間歩くことで過敏になった彼女の聴覚で捉えたのは、床の音の違いだった。密度の高い音が続いている中で、ほんの一瞬、軽い音がしたのだと言う。
だとすれば、その下はおそらく空洞だ。
「隠し階段か、落とし穴かだな」
ジャックが紫煙をくゆらせた。
ともあれ、この付近であることに違いはないので、彼らは立ち止まって周囲をよく調べてみることにしたのだった。
壁に手を添えたり、地面をわざと強く叩いてみたり、天井を突いてみたりと試行錯誤を繰り返すうちに、斑鳩が声を上げた。
「この壁、ここだけ色が違う」
「動かせる?」
ラフィールの問いに答えるように、斑鳩は壁のブロックに添えた手に力を込めた。ぐい、といきなりブロックが奥へ引っ込む。
刹那、斑鳩の足元にあったはずの床が崩れたのである。
「――っ!?」
焦った斑鳩は咄嗟に床にしがみついた。ぎし、と腕が悲鳴を上げる。
ぶらりと足を伸ばしても、地面に着きそうな様子はない。冷たい汗が彼女の背を流れた。
駆け寄ってきたジャックと御鑑が同時に叫んだ。
「大丈夫か!?」
「今、引き上げます!」
二人とラフィールの力で何とか床に這い登った斑鳩は礼を言って、大きく息を吐いた。
「ありがとう‥‥やっぱり罠だったのかあ‥‥」
苦笑した彼女に、旭は首を横に振って言った。
「いいえ、南雲さん。お手柄です」
斑鳩の落としたランタンが空洞の底で昏々と地面を照らしている。そこをじっと見ていた旭は、ゆっくりと笑みを浮かべた。
「見つけましたよ、地下への階段」
丁度、旭の無線機が音を立てた。別行動をしているロジーナからのものだ。
しばらくして、地下を歩く靴音がいくつか彼らにも聞こえてきた。五人は顔を見合わせて、そこでやっとほっと安堵の息を吐いたのだった。
「今から第二層に行きます」
ロジーナの声に、旭は頷いた。
「ええ、僕達もすぐに行きます。そこで待っていて下さい」
合流して十人になった一行は第二層の調査を始めた。殆ど情報のない第二層だ、まつりを救出して帰ることを考えれば多少の情報は欲しいところだった。
第二層は、第一層にも増してしんと静まり返っていた。ただ、第一層と違うのは、まつりの行動の後がしっかりと残っているということだった。壁に刻まれた目印があちこちに見えた。彼女が集めているという木の枝もあちこちに落ちている。
数分歩き続けると、今までにはなかった大きな広間に出た。真ん中に杭のような柱が打ち込まれている、奇妙な空間だった。そして、奥にはやはり地下へ通じる階段がある。
「キメラの一匹くらい、出てきそうですね」
のんびりとカンタレラが言った、その時だ。
腹に響く音が一度遺跡を震わせた。何かの足音のようにも聞こえるその音は、一度きりでそれから聞こえることはなかった。
「何でしょうか‥‥今の、音は‥‥」
御鑑が不安そうに言ったのと同時に、広間の壁――積み上げられたブロックの一部が崩れ落ちて、小さなキメラが二体出てきたのである。
全員、すぐに武器を構えた。恐らく、大きさから見て、あれが猛毒を持つキメラに違いない。
キメラは彼らを見つめたままじっと動かないでいたが、やがて、どこからそんな声が出るのかという程の大音声で吼えて突進してきたのである。
「下に行かれたら厄介だ、ここで止めるぞ!」
エクラタンと雲隠を構えた神棟が走り出した。竜の瞳を発揮して命中精度を高めたまま、キメラに切り込む。上空へ叩き上げてしまえば毒を食らう心配もない。
だが――、
「――何っ!?」
牙で刃を受け止めたキメラに、神棟は瞠目した。がっちりと剣に噛みついたキメラは、そのまま彼を振り回そうと首を捻る。
「させない‥‥!」
竜の翼で一気に距離を詰めて、霧島がキメラと神棟の間に割り込んだ。これが功を奏してキメラが一瞬怯んだ。
振り返り際に、霧島は双剣でキメラを切りつけて、同時に竜の咆吼を発揮した。直撃したキメラは数メートル吹っ飛ばされる。
その隙を、三枝が強襲した。
「我は神の代理人、神罰の地上代行者、我の使命は、神の赤子に仇なすものを、その最後の一遍までせん滅すること、エイメン!」
覚醒した三枝は地面を蹴って飛び上がった。両手に持つ機械剣を閃かせて、急所を確実に狙う。
急所突きを併用した一撃。しかし、この攻撃はキメラの長く堅い尾に阻まれて体まで届かなかった。
「く‥‥っ」
着地した三枝の背後を別のキメラが狙う。
「おっと、そっちじゃねえよ」
背中を見せたキメラに、ジャックが制圧射撃を叩き込んだ。貫通弾を使用しているのか、いつもより威力が増している。
キメラを吹き飛ばしたジャックの後ろから、斑鳩が飛び出した。ひっくり返ったキメラの腹に足を食い込ませ、一気に空中へ蹴り上げる。
「カンタレラさん! 御鑑さん!」
左右から挟み込むように地面を蹴ったカンタレラと御鑑は、同時に機械剣と蛍火を振るった。首と胴を的確に狙いに行く。
「喰らいなさいっ!」
「行きますっ!」
二方向からの攻撃には耐えきれなかったのか、攻撃を喰らったキメラは血を吐いて地面に叩きつけられた。しばらく細かく痙攣していたが、やがて動かなくなる。
そこへ、体勢を立て直したキメラが飛び上がってきた。鋭い牙がカンタレラを狙う。
「ち‥‥っ!」
咄嗟に機転を利かせて虚実空間を発動した彼女は、噛みついたキメラの腹を蹴って地面に降りた。傷口から鮮血が流れたが、体調の変化はない。猛毒はとりあえず回避したか。
柳眉を歪めながらも、カンタレラは叫んだ。
「ラフィールさん、行きましたよ!」
待機していたラフィールが動いた。隣のロジーナと旭に合図して、瞬速縮地で一気にキメラの至近距離に詰め寄る。
「行きますよ」
獣突を発揮した強烈な一撃を叩き込む。堪らず壁際まで吹っ飛んだキメラに、ロジーナが機械剣で切りつける。
「Destructive Blow」
剣の音声に併せて、最後に駆け寄った旭が流し斬りから豪破斬撃を使用した連続斬りを直撃させた。
高威力の攻撃を喰らったキメラも、やがて呼吸音を失い動かなくなった。
また一本道に戻った第三層を進むと、奥の部屋でまつりが壁にへばりついてこちらの様子をじっと窺っているのが見えた。
「三枝‥‥まつり、ですね?」
おずおずと尋ねた三枝 雄二にまつりは頷いた。顔は強ばっているが、怪我をしている様子はない。
水の入ったボトルと茶を出した神棟もほっと息を吐く。
与えられた飲食物を一通りたいらげて、まつりはようやく人心地ついたようだった。
「えっと‥‥ありがとうございました。それで、申し訳ないんですけど、誰か残りの隅にあるブロックに乗ってもらって良いですか?」
まつりが指差した先には、赤いブロックがあった。近くにいた霧島とカンタレラ、そしてラフィールがそれぞれブロックを踏む。
がこん、と音が鳴って、まつりの隣にある壁が開いた。一直線に階段が伸び、その先には外の光が見える。地上までの直通ルートだ。
「便利な遺跡ですね」
感心したように旭が言った。なるほど、まつりは最初からこの階段を使うつもりだったのだろうが、人数計算を忘れていたのだろう。随分なうっかりさんだ。おまけに、武器もないので上の階に戻ることも出来なかったに違いない。
「言いたいことはいろいろありますが、それはここを出たから言わしてもらいますね」
ラフィールはにこりと笑って言った。その笑みが今はすごく怖い。
「とにもかくにも、すべては地上に出てからです、まつりちゃん、後で神の素晴らしさについて、じっくり教えて差し上げますよ?」
三枝も加勢する。まつりは引きつった笑みを浮かべることしか出来ないでいた。
とりあえず、一行はまつりを連れて遺跡の外へ出ることにした。罠らしい罠はなく、すんなりと地上に出る。
だが、まつりが階段を上りきろうとした時、彼女ははっとして叫んだのである。
「しまった! お香の材料を忘れてきた!」
前を行くジャックの背中が凍り付いた。わなわなと拳を振るわせて、彼女の方を振り返る。
「まさか、取りに行くとか言わないよな?」
「‥‥駄目?」
駄目に決まってるだろうがっ!! と全員の声が重なった。
大目玉を食らって、ごめんなさいっ!! と謝り倒すまつりの背後で、遺跡の中から、あの足音のような音が響いていた。