●リプレイ本文
遺跡の周辺は物々しい雰囲気に包まれていた。それは、内部にうじゃうじゃとキメラがいると分かっているせいなのかもしれない。
目的地に到着した一行は、三枝 まつり(gz0334)が作製した遺跡の地図を見つめていた。あちらこちらに赤いバツ印がついている。各自で解除出来そうな場所は予め解除方法を共有しておいた。
一通りの説明が終わったところで、一行にカンパネラ学園に残って遺跡の解析を進めていた教員からの連絡が入った。
「大蛇のことが少し分かったぞ。どうやら半年前に遺跡にもぐり混んだやつらしい。遺跡のキメラを捕食して住処にしていたらしいが、どうやら例の柱の罠に引っかかってしまったようだな」
「よく生きていましたね‥‥」
呆れたように言った旭(
ga6764)に教員が続けた。ジャミングの影響なのか、声がどんどん聞き取りづらくなる。
「キメラ達も元は遺跡を占領したやつらだ。うろちょろしている間に罠に嵌って壁の中に閉じこめられたんだろうよ。幸か不幸か、遺跡探索の人間が罠を作動させれば食事には困らないだろうしな」
「‥‥」
「それと現地で計測したわけじゃないが、半年も殴られ続ければ柱の耐久性も落ちてきているだろう。さっさと始末しないと、自力で柱を叩き割って這い出しかねないぞ」
つまり時間もあまりないということだ。
完全に声が聞こえなくなる。無音になった通信機を仕舞い、彼らは遺跡の入口をじっと睨んだ。
善は急げと言わんばかりに遺跡に突入しようとしたまつりを引き留めたジャック・ジェリア(
gc0672)は彼女の頭を掴んだままこちらを向かせた。きょとんとする彼女に、『どんな事態になっても絶対に一人にならない』を皮切りに滔々と注意事項を述べた。
「まつりは、以上をちゃんと守るように」
「‥‥あの、あたし、そこまで子どもじゃないです」
意外そうに目を丸くしたジャックである。
「十分子どもだから問題ないだろ、多分」
そう言って、ぴこ、とピコピコハンマーで彼女の頭を軽く叩く。何だか分かって無さそうだったので、もう二、三発ぴこぴこと叩いた。
「まあまあ、ジャック。それ以上すると、まつりが罠の解除方法を忘れてしまうかもしれませんわ」
笑いを噛み殺しながら言ったロジー・ビィ(
ga1031)である。緊張の張りつめた空間に、ピコピコハンマーの音が酷く和んで聞こえたのだろう。
「まあ‥‥今回は、道案内をしっかりと頼みますよ?」
AU−KVを忘れて戦力にならないのですから、と言わんばかりの笑顔を作った旭に、まつりはしどろもどろになって呟いた。
「何か‥‥あたしの扱い、前より酷くないですか?」
遺跡の第一層は殆ど一直線に進めば階下まで進むことが出来る。ただ、途中で二手に分かれる道があることは前回の救出時に判明していた。右に進めばキメラに出会い、左に進めば罠だらけの迷路だ。
遺跡に入った一行は、分かれ道までの簡単な罠を手分けして解除しながら進んだ。まつりの話では、第一層の通路を二つに分断している壁がキメラの格納庫になっているらしい。つまり、分かれ道まではキメラに遭遇する可能性が少ない。
「遺跡に罠って‥‥つきものでは、あるけど‥‥ね」
飛んできた矢を機械剣で弾き落とした霧島 和哉(
gb1893)は呟いた。少しくらいスリルがあった方が良いのだろうが、ともかく罠やキメラは潰しておくに越したことはない。
「ふいー‥‥危ねぇな。落ちたら即死だな」
ぽっかり空いた落とし穴の下に広がる針の山を見下ろして天原大地(
gb5927)が嫌そうに眉を顰めた。既に何名かの人間の頭蓋骨が刺さっている。
一方で、皇 流叶(
gb6275)は天井から鉄格子のように降ってきた槍を躱して、それを機械刀で切り倒していた。
「やれ、面倒な罠が多いな」
「まつりちゃん、こっちのは解除しちゃって良いですよね?」
後ろではカンタレラ(
gb9927)がまつりと一緒に罠を解除している。一見変化の無いようだが、遠くの方でガコンという音が鳴った。続いて、激しい振動が一瞬起こる。
恐らくキメラの格納庫の扉が一つ開いたのだろう。周辺の壁を押したり叩いたりして、格納庫の扉を全て開け放つ。前回開けた場所から出たキメラ達は第二層に降りているのだろうが、残党がいるかもしれないのだ。
大体の罠を解除し終えた所で、彼らは分かれ道に差し掛かった。前回迷路を体験している旭、ジャックの居る班は左へ、キメラ戦を経験した霧島とカンタレラの班は右へと分かれることになった。
前回と違うことがあるとすれば、恐らく格納庫の扉を両側に開けたことだろう。負担を分散させるために意図的に罠を解除したのだ。
迷路の中でキメラに襲われるのも良い気がしないが、説明を受けた神棟星嵐(
gc1022)はゆっくりと頷いた。
「分かりました。それと、まつり。材料探しはちゃんとやりますから掃討中は大人しくしてて下さいよ」
戦闘組はロジー、天原を前衛に、御鑑 藍(
gc1485)を中衛、霧島とカンタレラは後衛という陣形で進んだ。
歩き始めて間もなく、少し広めの部屋に出たところで早速キメラを視認した。丁度壁から出てきたところなのだろう、飢えて荒い息の獣が彼らをじろりと見た。刹那、牙を剥いて襲いかかってくる。
「あまり可愛くないですわね」
そっと息を吐いたロジーは地面を蹴った。二刀小太刀『花鳥風月』を抜いてキメラに接近する。やや遅れて天原も駆けだした。ぱっと光の桜が散り、彼の髪と瞳を一気に金色に染める。
「こういう時‥‥大体、背後を取られます‥‥よね」
往々にしてあることだ。御鑑の科白通り、バコン、と壁の一部が外れてキメラの群れが飛び出してきたのである。時間差で開くように設定されていたのだろう、何とも嫌味な遺跡である。
「多い、のは。苦手‥‥だから。手短に‥‥だね」
カンタレラを庇うように立った霧島が群れと対峙した。挟撃の体勢に持ち込まれては困るので、御鑑も彼の援護に回る。
咆哮を上げた獣は束になって二人を襲撃した。躱せば背後のカンタレラに攻撃が向いてしまうので、霧島は氷霧の剣で牙を噛ませた。そのまま装着したバハムートで力任せに蹴り飛ばす。
入れ替わりで飛び込んできた獣を御鑑が氷雨で受け止め、強引に上へ受け流す。そのまま後方転回の要領で靴に取り付けた脚爪で獣の腹を切り裂いた。
「あら。格好良いですね」
微笑んだカンタレラが雷光鞭を振るう。その先では霧島が倒れたキメラを足で蹴り上げた。丁度彼の盾のようになって、雷撃を獣が受け止める。ぎゃ、と鳴いてキメラは地面に崩れ落ちた。
正面では天原がバラキエルを乱射していた。派手な音を轟かせて、キメラの体にいくつもの銃創ができる。そこを狙うように走り込んだロジーが、太刀で一刀両断の元に斬り捨てた。
「随分数が少ないですけど、第二層に行ってしまったのでしょうか?」
「だな。こりゃあ、第二層は面倒くさそう――」
言いかけた天原は突然、愛剣の蛍火を霧島達に向かって投げつけたのである。目を見張る彼らの目の前で、天原の剣は飛び出して来たキメラの脳天に突き刺さった。一撃で獣を制した剣は、キメラの頭を貫いたまま地面に転がった。
手を振った天原はその手で頭を掻いて言った。
「あっちは大丈夫なのか? お荷物が居る分、重労働だろうしな」
天原の科白は当たらずとも遠からずといったところだった。迷路組は道こそ迷わずに進んでいたが、まつりの悪い癖が遠慮無く発揮されていたのである。
ちなみに、大体割を食ったのはお目付役とその周辺である。
「とりあえず後ろは問題なさそう‥‥ってどこ行くんだまつりー! お前これで何回目だっ!」
ふらりと離れようとするまつりの襟首を引っつかんでジャックは溜息をついた。どうやら彼女、この空間にほんのりと薫るものに興味があるようだ。実は対まつり用の遺跡なんじゃないかと思うくらい彼女はよく引っかかる。
「獣さん、出ないですね」
後方を警戒しているリリナ(
gc2236)が言った。いくつか罠は解除して進んでいたが、この迷路、やたらに落とし穴が多い。開いた穴を飛び越えて、リリナは息を吐いた。
「えっと‥‥みなさん、落ちないようにしてください」
「リリナ殿の方が余程しっかりしているな」
呆れたように皇が言った。まさに、その瞬間である。
「――――!」
不気味な咆吼を上げて、後方からキメラが走って来たのである。落とし穴を飛び越えて、一行の後方を襲撃する。
「――っ!」
かろうじて機械剣で牙を受け止めたリリナだったが、獣は彼女の体を振り回して後方へ投げ飛ばした。宙を舞ったリリナは、上手く体を捻って着地する。まつりを壁際に押しやったジャックが庇うように前に出た。
その脇を、前衛だった旭と神棟が走り抜けた。壁を蹴った神棟は雲隠を構え、飛び降りると同時に『竜の爪』によってスパークの生じた刀で獣を頭から斬りつけた。
「向こうを待たせない様、一気にケリを付ける!」
額を割られたキメラの鮮血が彼のAU−KVを赤く染める。
「前は僕がっ!」
神棟の前に立った旭は盾を構えた。一拍遅れて、続けて飛び掛かってきたキメラを弾き飛ばす。ずん、と鈍い衝撃で彼らの体が後ろに下がった。もう二、三歩で落とし穴である。
そこへ、挟み込むように前方からキメラが数体姿を見せた。
「やれ、これは厄介だな」
機械刀を構えた皇に、唸る獣が突進する。
「流叶さん、援護します‥‥っ」
リリナの声と共に、皇の機械刀が淡く光を放った。感謝する、と目線を配って、皇は飛び掛かってきた獣を斬り捨てた。その後ろのキメラは、ジャックの放った制圧射撃で動きを封じられている。
「援護、感謝するよ」
射撃が止むと同時に皇が走り出した。後方を片付けた旭と神棟も合流する。
三手に分かれた彼らの手で、獣達はあっという間に息絶えていたのである。
銃と超機械を収めたジャックとリリナはほっと息を吐いた。
これで問題はあと一つだ。
「‥‥はーい、お前はこっちな」
素早くピコピコハンマーに持ち替えたジャックは、逆方向に歩き始めたまつりの後頭部を叩いたのだった。
連絡を取り合い状況を確認した彼らは、特に休憩を取ることもなく第二層に入った。ここまではどちらの班も良いペースで来ているということか。
だが、本番はこの第二層だ。降りるなり全員が肌でその悪寒を感じ取った。確実に居る。何か、以前は感じなかったとんでもなく大きなものが。
「うすら寒いですね。キメラの声がここまで聞こえてきます」
武者震いしたカンタレラの言う通り、最奥の広間からは何重にもなった獣の咆哮と、何かを打つ音が聞こえていた。
「まずはキメラを全て出さなければいけませんね」
広間へ通じる廊下の壁が、キメラの封じられた壁を開ける仕掛けになっているのだ。うっかりここで手を触れた探検者は、容赦なくその毒牙にかかるようにできているのだろう。
壁に触れたまつりは、同時に四つのブロックを奥へ押し込んだ。ドン、と一際激しい振動が起き、広間の方で壁が崩れる音がした。更に唸り声が増す。
「毒は‥‥まぁ。姐御さんが‥‥治してくれるから‥‥気にする事、ないよ‥‥ね」
視線を集めたカンタレラはニコリと笑って頷いた。隣に立つリリナもしっかりと頷く。
それぞれの武器に練成強化を施してもらい、彼らは慎重に歩を進めた。広間に近づくにつれ、キメラ達が待ち構えるようにこちらを睨んでいるのが分かる。
「初撃はあたしと旭で敵を四方に固める戦法でよろしいですわね?」
花鳥風月を持ったロジーに、天原は頷いた。一度覚醒を解いていた彼の髪が、また金色に染まり出す。
「ああ。毒を持つやつは遠距離から畳みかける。それ以外は適当に蹴散らせば良いな」
「はい‥‥いつでも、用意は‥‥できています」
御鑑も刀を構える。さあ、と眼と髪が蒼色に染まっていく。
広間に入って最初に突撃をかけたのはロジーと旭だった。キメラ達が攻撃を仕掛ける前に、同時にソニックブームを放った。二重の衝撃波が団子状態になっていた獣を蹴散らせる。
それを合図に、彼らは一斉に走り出した。
大蛇の眠る第二層広間は激戦区と化していた。ロジーと旭によって数カ所に固められたが、予想を上回る生命力を発揮し、数の上でも有利に立つキメラ達は、徐々にではあるが彼らの体力を奪っていった。
「く‥‥このっ!」
機械剣でキメラの爪を弾き返した霧島は即座に攻勢に転じた。体を捻ってAU−KV全体にスパークを発生させる。竜の咆哮で敵集団を後ろへ追いやって、一気に氷霧の剣で斬りつける。とどめはカンタレラが後方から雷光鞭で電撃を直撃させた。
「いい加減倒れろってんだっ!」
毒を持つキメラを寄せ付けないようにバラキエルを斉射した天原は叫んだ。その背後から、数体のキメラがのしかかりにかかる。キメラの爪が深々と彼の肩に食い込んだ。
「――っ、んの!」
歯を食い縛って痛覚を無理矢理押さえ込んだ天原は蛍火を振るった。離れたキメラは軌道上に居た神棟が雲隠で真っ二つに切り裂く。
「大丈夫ですか?」
銀色の闘気を放つ神棟と背中合わせに立った天原は肩を押さえてニッと笑った。すかさず近くにいたリリナが練成治療を発動させる。肩の傷があっという間に塞がり出血が止んだ。
「助かった、悪いな」
「その‥‥こ、後方支援は任せてくださいです‥っ」
超機械で電磁波を発生させキメラを足止めしたリリナは言った。後ろがカンタレラと彼女ならば、安心して戦える。
一方で、少なからず負傷する仲間も出始めた。何せ数で押してくるキメラだ。無傷でいるのは熟練者でも至難の業に違いない。
「う‥‥っ」
豪力発現を使用してキメラの毒牙を防いだ旭は、思わずバランスを崩して後ろに蹌踉けた。そこへ、別の獣がのしかかろうと口を開いて襲いかかる。
牙は盾で防いだが、鉤状になった尾が彼の腕を掠めた。体内に猛毒が回るのをはっきりと知覚して、旭はキメラを蹴り飛ばして一度戦線を離れる。すぐに足がふらついてその場に崩れ落ちた。
「旭さんっ」
慌ててカンタレラが駆け寄ってくる。練成治療を発動させて彼の傷を治しにかかった。
「すみません‥‥」
「良いんです。それよりも‥‥ね、その毒って、どういう感じですか‥‥?痛い? 苦しい? それとも、何も感じない‥‥?」
「ど‥‥どちらかというと痺れた感じがあります」
「痺れですね‥‥なるほど」
などとやりとりしているところへキメラが飛び掛かろうと突っ込んでくるそれを脇から蹴り飛ばした霧島がカンタレラに言った。
「姐御さん‥‥」
「良いじゃないですか、興味があるんですから。和哉も毒が回ったら来て下さいね」
溜息をついて霧島はバハムートでキメラの死骸を踏み台にして戦場へ戻っていった。
他方では、逆に壁際に追いつめられたジャックが必死の抵抗を試みていた。むしろ彼の場合はまつりを庇う必要があったので、壁際の方が戦いやすかったというのもあるのだが。
「にしても‥‥この数は嫌だな」
制圧射撃で何とか寄せ付けないでいるが、じわりじわりと距離が縮まっているのは火を見るよりも明らかだ。おそらく弾切れになっても装填している時間はない。
残る武器とすれば、例の突っ込み道具くらいか。
「ピコピコハンマーで戦うのは洒落にならないよなぁ‥‥」
最終手段はまつりの背負っているライフルを拝借することだが、そうする間でもなく援軍は到着した。柱の周りでキメラを片付けていたロジーである。流石に通常状態では対応しきれなかったのか、覚醒して瞳が紫色に変じている。
ロジーは外堀を削るようにキメラの山を切り崩していく。横に逃げるように目線を送って、ジャックがまつりを逃がした瞬間、至近距離でソニックブームを放った。怯んだ敵には流し斬りで空いた場所に斬り捨てながら進んでいく。
「援護するよ」
そう言って手の空いたジャックは別方向から援護射撃を開始した。壁際に羊のように追いつめられたキメラ達は二人の攻撃を躱す術はない。
二人の遙か後方では、神棟と皇、そして御鑑が三方向から挟撃の体勢を取って猛毒を持つキメラの大半を相手にしていた。
「あまり余裕はないからね、少し本気で行かせて貰おう」
猫のように瞳孔が窄まった皇は超機械を構えた。一瞬空いて、怯んだキメラの集団に電磁波をぶつける。
「‥‥荒ぶる神の力、その身に刻め!」
続けざまに皇は一足でキメラまで距離を詰めて機械刀で斬り込んだ。それを合図に、御鑑がまず動く。
「‥‥行きます」
体を地面と平行に回転させて、獣の集団に円閃を直撃させた。堪らず喰らったキメラ達が宙を舞う。
後ろに流れて来たキメラの残党は、構えていた神棟を見るなり再び戦意を昂揚させた。牙を剥いて爪で地面を抉り、彼に飛び掛かろうとする。
「良いでしょう、相手になります」
雲隠を構えた神棟の右手がスパークを起こす。重心を下に、重い一撃をキメラに突きだした。喉を裂かれた獣が血を吐いて地面に転がる。
やがて、長い消耗戦の果てに広間からキメラの唸り声が聞こえなくなってのである。
誰もが消耗していた。深手の人はカンタレラとリリナが二人がかりで治療し、毒を食らった人は救急セットを使い回してまつりが治療することで何とか繋いだ。そうまでしても、疲労による体力の低下はどうしても拭いきることができない。
神棟が用意していた水やスポーツ飲料水もすぐに底を尽きた。
だが、強大なものを封じた遺跡は、そんな彼らに容赦なく最後の一手を下したのである。
最初に変化に気づいたのはリリナだった。足元を打つ音の間隔が短くなっている気がしたのだ。
「えっと‥‥その、何か‥‥音が早くなってませんか?」
「そう言われれば、そうですわね‥‥」
眉を顰めたロジーが地面を靴の踵で叩いた。まるで心臓の鼓動のように振動が返ってくる。
その時だった。ミシッ、と嫌な音が鳴って中央に差し込まれていた柱に大きな亀裂が入ったのである。これには全員が度肝を抜かれた。
「全員、戦闘態勢をっ!」
立ち上がった旭が叫んだ。その声に重なるように亀裂が深さを増し、そして――、
「出た‥‥っ!」
青ざめたまつりの声を掻き消すように柱が砕けて艶やかな緑の大きな頭がぬるりと穴から出てきたのである。徐々に高さを増したそれは、やがて彼らを見下ろす巨大な蛇となったのだ。
彼らを我に返らせたのは、皮肉にも大蛇が体を地面に叩きつけた音だった。一撃で地面のブロックに罅が入って陥没する。まともに人が食らえばどうなるか、誰も説明してもらう間でもなかった。
「二撃目、来るぞっ!」
叫んだジャックの声で彼らは四方に散った。最も襲撃に近かった霧島は機転を利かせて竜の咆哮と竜の翼を併用して威力を相殺しようと試みた。
だが、威力で競り負けた霧島が壁際まで追いやられる。壁に打ち付けられた霧島の体勢が崩れた。
「させませんわっ!」
追撃しようとした大蛇と霧島の間にロジーが立ちはだかった。振り下ろす――いや、むしろ振り『落とす』と言って良いだろう、大蛇の重い一撃を、太刀を交差させて防いだ彼女は、地面を蹴って敵に肉薄した。タイミングを合わせてリリナが背後から大蛇に練成弱体をかける。
「この一撃は、きっついですわよ」
大蛇の体を踏み台にして飛び上がったロジーの目の前で大蛇が大きな口を開けた。まさにそれを狙っていた彼女は、エネルギーガンを構えて迷わず引き金を引いた。
大声を上げた大蛇が反撃に出た。直接ロジーの体を頭突こうとしたのである。
「しま――っ」
空中で防御の体勢を取れなかった彼女は不意打ちを食らい、地面に叩きつけられる。
「――っ!!」
そこを押し潰そうとのしかかって来た大蛇の体を皇が刹那で相殺した。身を起こしたロジーを抱えて迅雷で遠ざかる。
「冗談だろう‥‥くそっ、舐めるなよ蛇野郎‥‥っ!!」
怒気を顕わにした天原が金色の光を纏って大蛇に迫った。二刀に持ち替えた彼は跳躍し、振り回してきた大蛇の尾に刃を食い込ませる。
「こんなモンじゃ俺の命にゃ届かねぇ‥‥!」
両断剣を発動させ、赤い光を纏った二本の刀を思いっ切り振り抜く。堅い尾はこれを防ぎきれなかったのだろうか、ぶつりと斬り落とされて地面に落ちた。
「ならば次は、その卑しい視界を頂こうか」
クロッカスの出力を最大まで溜めていた皇が大蛇の正面に立った。天原を攻撃しようと隙を見せたキメラの目に照準を合わせて、電磁波を一気に放出する。体を捻らせて大蛇があちこちの壁を破壊した。
「く‥‥っ、威力が足りないか‥‥」
舌打ちした皇に御鑑が応えた。
「いえ‥‥大丈夫です」
豪力発現で力を増した旭の組んだ手を踏み台に、御鑑が飛び上がった。目指したのは大蛇の焼かれた血のように赤い目だ。
「これで‥‥っ!」
迅雷を使い、眼前まで一気に距離を詰めた御鑑は、空中で身を捻り円閃を大蛇の目に叩き込んだ。どっと濁った色の血が溢れ出し、蛇の体を赤で汚していく。
同じように頭突こうとしたキメラの顔を蹴って、疾風で回避した御鑑は地面に降りた。代わって神棟が振り落としたキメラの体を竜の咆哮で弾き返す。
視界を奪われてなお、大蛇の攻撃は威力を落とさない。反撃するほどの余力が残らず、神棟は一度退いた。
「高威力のものを同時に叩き込みましょう。こちらも相当消耗していますし、長丁場は避けたいところです」
リリナが練成強化を施し、淡く光るガラティーンを構えた旭が言った。
「そういうことなら、手伝うよ」
貫通弾を装填したジャックがガトリングガンを担いで言った。カンタレラに治療して貰ったロジーも、改めて太刀を構えた。
「僕が‥‥囮をするよ」
霧島がやや離れた位置で言う。事実、大蛇の首は彼の方を向いているのだから、適任だろう。
「リリナ。ちょっとあのじゃじゃ馬を頼むな」
歩く迷惑を押しつけられたリリナは頷いて手に持つ機械剣を軽く上げた。
「大丈夫です。えっと、頑張りますっ」
そう言って、彼女は再度大蛇に練成弱体をかけた。キメラの注意がリリナに向く前に霧島が走り出す。機械剣をふりかざして牽制しながら、弧を描くように注意を彼らから逸らした。
「これで‥‥終わりですわ‥‥」
最初に走り出したのはロジーだった。先の屈辱を雪ぐように、力強く地面を蹴る。
目の見えなくなった大蛇は闇雲に頭を動かしているように見えた。どうにか攻撃を当てようと動かしやすい頭部に意識を向けているせいか、懐は思った以上に隙があった。
そこへ飛び込んだロジーは、炎のようにうねる赤いオーラを身に纏い、紅蓮衝撃を直撃させた。相手が暴れる前に、体勢を変えて流し斬りを叩き込む。
突然感じた腹部の痛みに、大蛇は身を捻って暴れ回った。それだけでも彼らの行動を牽制するには充分なものだったが、これを物陰から狙う人間が居た。
「的が大きいと助かるな」
ガトリングガンを構えたジャックは、照準を注意して体に合わせた。頭を狙うには動きが激しすぎるし、ここは確実に行くと判断したのだ。
貫通弾の装填を再度確認して、ジャックは引き金を引いた。轟音と共に吐き出された銃弾が、大蛇の腹を鋭く抉り取る。
ただただ身に感じる激痛にのたうち回る大蛇の背後には旭が立っていた。すう、と息を吸い込むと、ガラティーンを眼前で斜めに構えた。
『Light Bringer』
彼の刀が声を上げる。大蛇の背に肉薄した旭は、紅蓮衝撃で増幅させた光をソニックブームの衝撃波に乗せて、強烈な一撃でもって大蛇の背後を強襲したのである。
身を反らせて苦しむ大蛇だが、まだ倒れようとはしなかった。それはおそらく、長く柱に封じられてきたゆえの生への執着だったのかもしれない。
しかし、ここで息の根を止めるべき敵だ。
二刀を握った天原は息を吐いた。
「俺で決めるぜ」
進み出た天原は聞こえているかどうかも分からない大蛇に向かって叫んだ。
「勝負だ、蛇野郎!! 俺かてめぇか二つに一つ!! 来やがれ!!」
切り札は最大のピンチと最後に使ってこそ切り札と呼ばれるのだろう。走り出した天原は、迎え撃とうと身をよじって突進してきた大蛇の正面に、赤く光る太刀で渾身の一撃を放ったのである。
『蛍桜』と名付けられた天原の奥義を食らった大蛇は、ぐらりと体を傾けゆっくりと地面に崩れ落ちた。
遺跡に封じられていた大蛇は、ようやく呼吸を止め、最後まで執着した生を手放したのである。
◆
第三層には、まつりが探していたお香の材料が大量に散らばっていた。それはそのはずで、これらは前回、彼女が集めてここまで運んだものだ。勿論、それ以外にも色々と木の枝や蔦から落ちた葉が散らばっている。
「沢山あって良かったですわね」
にこりと笑ったロジーは手に一杯持った木の枝をまつりに渡した。どのみち、外に出ようにも体力が追いついていないので、彼らは第三層で休憩することにしたのだ。幸い、前回開けた地上への階段は開いたままなのだから、焦る必要はない。
「一段落しましたし、ちょっとお説教でもしましょうか」
壁際に座る旭はまつりを呼びつけて穏やかな笑みを浮かべたまま叱っている。
縮こまって正座させられている彼女の背中をちょっと気の毒に思いながら、リリナはヘルメットに葉を入れて集めていた。少し聞いた所によると、お茶の材料になるらしい。上手く作れば甘みのあるお茶になるのだ。
「しばらく続くな、あれ」
こそこそと近づいてきた天原が苦笑して彼女達に言った。まつりを救出した面子は色々と言いたいことが溜まっているのだろう、それぞれの個性をいかんなく発揮して『歩く迷惑』に説教している。
「あれはあれで良い薬になるのかもしれないな」
香木を集めている皇は肩を竦めて言ったものだ。出かける際に見た教員の悲愴そうな表情が今になって胸に沁みる。あの手の説教を毎日やっているのかと思うと、教員が哀れだ。
「あれで直るなら‥‥良いんですけど」
やや不安そうに御鑑が採集に加わった。隣には伸びをしたカンタレラが立っている。
「お二人とも、その‥‥お説教は良いんですか?」
リリナの質問に、二人は顔を見合わせて同時に口元を緩めた。
「口を挟む余地が‥‥意外と皆さん、喋るから‥‥」
と、御鑑は言って横目で背後を見た。
「男連中が頑張ってますからね。大蛇も見れたし、戦えたし、良いと思います」
朗らかにカンタレラは言って、後ろの様子を指差した。
「――ですからね、どうしてそうきみは直感的に動くんですか、動物じゃあるまいし」
「同感です。貴公はとりあえずAU−KVを肌身離さず持つことから始めなさい」
「‥‥まったく、姐御さんにも‥‥世話をかけて‥‥」
「だって――」
反論しかけたまつりの目の前で、ジャックはピコピコハンマーを取り出して見せた。
「それ以上言ったら、ピコッとやるからな」
「止めて下さい! それ結構痛いからっ!」
壁際でぎゃあぎゃあと言い合いを続ける彼らを見て、香木集めをしている面子は殆ど同時に溜息をついたものである。
どうやら、遺跡を出るのはもう少し時間がかかりそうだ。
END.