タイトル:【恋】三枝まつりの頼みマスター:冬野泉水

シナリオ形態: シリーズ
難易度: やや易
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/08/30 10:53

●オープニング本文


前回のリプレイを見る


●四国の職人さんの頼み事
 職員室に呼び出された三枝 まつり(gz0334)は不機嫌そうに受話器を受け取った。何故か自分への用件がヘンリー宛に超音波通信で来たのである。
「何で先生の所に‥‥」
「そりゃ、カンパネラ学園を連絡先にしたお前が悪い」
 けらけらと笑ったヘンリー・ベルナドット(gz0360)を無視して、まつりは受話器に耳を当てた。相手は学園に入学する前から世話になっている、四国の染色職人である。
「おじさん、お久しぶりです」
『おー、まつりちゃんよ、元気にしとったか? 最近とんと顔を見せねぇからよ』
「四国には行くんですけど‥‥ごめんなさい」
『良いってことよー。で、まつりちゃん。例の染め物、仕上がったんで取りに来なされ』
「分かりました、明日くらいに取りに行きます」
「何を取りに行くんだ?」
 横から顔を覗かせたヘンリーの言葉はしっかり聞き流された。彼に背を向けたまつりは首を傾げる。
「‥‥おじさん、何か元気ないですね」
『お、そうかー? や、付き合いが長いと分かるか。最近さー、おっちゃんの工房の近くでキメラっぽいもんが出るんだわ』
「それは‥‥大変ですね」
『だしょ? だからよ、ちっとパパパッと片付けてくれねぇか?』
「‥‥分かりました。取りに行くついでにやってみます」
 通信を切ったまつりは、改めてヘンリーの方に向き直った。椅子に座った彼は長い脚を組んで「何か?」と言わんばかりに彼女が口を開くのを待っている。
 聞いていたならわざわざ言わせなくても、と思いつつも、仕方がないのでまつりは赤毛の教官に言った。
「先生、明日、四国に行ってキメラ退治兼知り合いに会ってきます」
「一人で行ったら単位没収な」
「行きません。行くわけ無いじゃないですか」
 本当かよ、と内心突っ込んだヘンリーである。正直、四国はまつりにとって鬼門やら、単独行動をさせたら死ぬやら、色々前任の教官から聞かされているので一人行かれると面倒臭いのだ。
 行くなら生徒を何人か連れて行けよと言いかけたヘンリーは、ふと何かが引っかかって口を開いた。
「三枝」
「はい?」
「お前、顔色悪くねぇか? お前が色白とか‥‥何か怖ぇ」
「‥‥ヘンリー先生」
 まつりは物騒な微笑みを浮かべつつ右の拳を握りしめた。
「一発殴って良いですか?」


●ユリウスくんの災難
 自分史上最も強烈な正拳突きをヘンリーに叩き込んできたまつりは、ややすっきりした顔で教室に向かっていた。確かに今日は朝から寒気がするが、クーラーが効きすぎているだけだ。
「うわっ。‥‥って、三枝さんっ!?」
「あ‥‥おはようございます」
 角を曲がったところでユリウスと鉢合わせたまつりは少し俯いた。顔面をぶん殴ったことがあるので、顔を直視できないのである。
 怪我もすっかり治ったユリウスはそんな彼女を見下ろして、戸惑うように言った。
「その‥‥怪我は治った、かな?」
「もう大丈夫です。その節はありがとうございました」
「そっか、良かった。そう言えば、今日の午後は老師の訓練があるよね」
「そう、でしたっけ‥‥?」
「そうだよ! で、良かったら三枝さんも――」
 世間話でもしながら、何とかして二人でいる時間を引き延ばす作戦に出たユリウスをまつりはぼんやりとしながらじっと見ていた。
 まつりとしては何かふらふらするなあ、くらいの意識だったのだが、この様子を正確に把握できるユリウスなら苦労しない。俺をじっと見てる! というか俺見られてる!? と相変わらずの勘違いぶりを遺憾なく発揮していた。
(行ける‥‥今回こそ行けるっ!)
 逆にその確信はどこから来るのか知りたかったが、それはさておき、老師の訓練に誘おうとユリウスが意気込んだ時だった。
「‥‥‥‥気持ち悪い」
 あまりに間の悪い発言である。だが、幸か不幸かまつりの声はユリウスには聞こえなかった。
 したがって、前に立っていたまつりがいきなり倒れたように見えたのである。
 度肝を抜かれたユリウスだったが、数拍置いて我に返って彼女に駆け寄った。
「え、え!? 三枝さんっ!?」
「気持ち‥‥悪い‥‥間接が、痛い‥‥」
「ええええっ!? ど、どうしたら‥‥そ、そうだ、先生呼んでくるから! そこを動いちゃ駄目だよ!?」
 動く気力も無いまつりは小さく頷いて、ぐらぐらと揺れる天井をじっと見つめているうちに意識を失った。


●三枝まつりの頼み事
「ほーら見ろ。やっぱ風邪だったじゃねぇか。俺に移っていたらキレるからな」
「病人に対する言葉ですか‥‥それ‥‥」
 職員室に顔面蒼白のユリウスが飛び込んでくるから何事かと思ったが、予想的中である。溜息をついたヘンリーは保健室のベッドにひっくり返ったまつりを見下ろした。
「普段の行いが悪いからだろ。反省しろ」
「先生よりはずっと良い行いをしてます」
「おーおー。そんだけ言えりゃ心配ねぇわ」
 でん、とウサギ型に切った林檎を脇に置いたヘンリーは腕を組んだ。そんな彼に背を向けるように寝返りを打ったまつりは小さな声で呟く。
「明日、用事があるのに‥‥」
「キャンセルしろ。流石に俺も高熱のお前を送り出す気にはならねぇわ。道中ぶっ倒れたらそれこそ死ぬぜ?」
「‥‥でも、おじさんも困ってるし」
「あのなぁ‥‥」
 呆れたヘンリーの脇から付き添っていたユリウスが声を大にして割り込んだ。
「俺が、その三枝さんの用事を引き受けます!」
「‥‥よう、坊ちゃん。ちょっとこっち来い」
 ユリウスの襟を引っ付かんでまつりから引き剥がしたヘンリーは、彼の肩に腕を回してこそっと言った。
「なにお前、三枝に『ほの字』なの?」
「ほ‥‥?」
「あ、良い。通じると思ってねぇから」
 酷いことをさらっと言ったヘンリーは更に声を潜めて言った。中性的な顔立ちの教官に、覚えずユリウスは視線を外した。同性から見ても、(黙っている)ヘンリーの顔立ちは心臓に悪い。
「なぁ、青少年。ここで一発良いところを見せてやったら、三枝みたいな女の子はコロッといくと思うわけよ」
「そ、そうなんですか、先生」
「任せろ。お前の恋路、ちゃんと遊――応援してやっから」
「せ、先生っ!!」
 要らないところで尊敬の念を間違って覚えたユリウスは眠りかけていたまつりの元へ駆け戻った。
「三枝さん! 俺、三枝さんのために頑張るから!」
「はぁ‥‥」
 意味が分かっていないまつりは、とりあえず「ありがとうございます」とこれまた結構間違った返答をした。
「お前‥‥意外と酷い女だな」
 水を得た魚の如く保健室を元気に飛び出していったユリウスを見届けたヘンリーは、ぼそっと呟いた。眉を寄せたまつりは「何でですか」と不機嫌そうに返す。
「いや、もうちっとこう‥‥身持ちを堅くしろよ、お前」
「先生‥‥風邪が治ったら、絶対殴りますから‥‥」
 可哀想なユリウス。でも楽しいから放置しておこう。ヘンリーはそう結論づけた。
 かくして、ユリウス君は四国に向かうことになったのである。

●参加者一覧

ロジー・ビィ(ga1031
24歳・♀・AA
須佐 武流(ga1461
20歳・♂・PN
旭(ga6764
26歳・♂・AA
三枝 雄二(ga9107
25歳・♂・JG
神棟星嵐(gc1022
22歳・♂・HD
ネオ・グランデ(gc2626
24歳・♂・PN
巳沢 涼(gc3648
23歳・♂・HD
秦本 新(gc3832
21歳・♂・HD
和泉 恭也(gc3978
16歳・♂・GD
ネイ・ジュピター(gc4209
17歳・♀・GP

●リプレイ本文

 よくぞまあ、ここまで様々な思いを抱えた者が集まったものだ。
「自分のために出かけた人が傷ついて帰ってきたら、彼女落ち込みますよ? まず落ち着いて、お手伝いしますから」
 微笑んだ和泉 恭也(gc3978)のように、燃えに燃えるユリウス少年を手伝おうとする者も居れば、
「ユリウス少年よ、人の恋路ほど側で見ておって楽しいものはないのだよ」
 と呟くネイ・ジュピター(gc4209) のように、ただ現状が面白そうなのでついていこうとする者も居た。
(あの一途さが報われる事は無いんだろうなぁ‥‥)
 応援してやりたいが、だがしかし。巳沢 涼(gc3648)は一人こめかみに指をやった。
「まつりからの頼みごととなれば保護者としてしっかりとやり遂げないとな」
 それだけでも無いのだが、と付け加えたのは神棟星嵐(gc1022)である。バイクで後方を走りつつ、先頭集団を見やる。
「今回でなくても暇なときにでも読んでおけ」
 ユリウスに分厚い本を手渡したのはネオ・グランデ(gc2626)である。一般人ならともかく、能力者なら戦えなくてはこの先困る。
「まぁ、言うまでもなく重要なのは実践経験だからな。神棟さんから学ぶと良い」
「はい、頑張ります!」
 何を頑張るんだろうか、とネオは首を傾げたが突っ込まないことにした。隣では神棟が渇いた笑いを漏らしている。
「恋は盲目、とは言いますけれど」
 意気込む少年の背中を見つめていたロジー・ビィ(ga1031)はくすくすと笑みを零した。必死なのがちょっと可愛い。
「――あぁ、思い出した」
 出発当時から憮然として歩いていた須佐 武流(ga1461)は、ふと指を鳴らしてユリウスの背中を指差した。
「この前、キメラに囲まれてガタガタ震えてたヤツ‥‥」
「あら、まぁ」
 覚えずその呟きを聞いてしまったロジーは更に口元を緩めた。
 相手がこれでは、勝負にもならないだろう。

 ◆

 四方を覆う葦の長い草に隠れるように、ぽつんと一軒家が建っている。
 あれが、件の染色職人の工房だろう。
 周辺を一瞥してキメラの気配が無いことを確認した三枝 雄二(ga9107)は工房の扉を叩いた。
「ごめんください、三枝まつりの代理で来たものですが」
「‥‥開いてますね」
 横から旭(ga6764)がドアノブを回す。開いた扉の向こうから、染料独特の匂いが漂って来た。
 どうやらこちらの声に気づかなかったのだろう、人影を認めた恰幅の良い初老の男性がこちらに近づいてきた。
「お。あんた達が例の‥‥向こうから連絡は貰ってるぜ」
 言うなり職人は急いで反物を奥から引っ張り出してきた。一体どれだけ頼んだんだ、と言いたくなるような数の反物がごろごろと出てくる。
「待てよ。あっちにもあった気が‥‥」
「これはまた‥‥随分と頼んだのだな」
 思わず苦笑したネイだったが、工房を囲むように遠くから獣の咆哮を聞いて表情を変える。他の傭兵達もだ。
 連日悩まされていたためか、少し疲れた様子の職人は溜息混じりに言った。
「そろそろ来ると思ったが‥‥悪ぃな」
「任せて下さい。我々が来たからには、キメラなんかちょちょいですよ」
 そう言って、槍を持つ手に力を込めた秦本 新(gc3832)は頷いた。


 草は刈ってしまって良いと職人から快諾を得たロジーは表に出た。
「俺も手伝うぜ」
 ビシッとポーズを決めてバハムートを装着した巳沢と手分けして、左右の茂みを刈り取っていく。
 視界が開けたところで、彼らはぐるりと辺りを一望し、それぞれがどこへ向かうべきかを瞬時に判断した。
「工房の西と南はお任せを。北と東は頼みます」
「了解した」
 秦本の言葉を受けて、神棟と和泉はユリウスを伴い工房の裏側へ向かった。単独行動のロジー、須佐は北側へ無言の了解を示して走って行く。
「それじゃあ、僕達は南側へ向かいます」
「俺もそちらに行きましょうか」
 背負っていた大剣を持った旭が南の茂みを指差す。機械剣を手にする雄二を連れて、南側へと散開した。
「さて、やるか。よろしく頼む」
 眼鏡に押し上げたネオが秦本に言う。頷いた彼はネオの少し前に出て槍を構えた。
「防御は私にお任せを、攻撃を頼みます」


「虎でも蛇でもドンと来い、なのですわ!」
 ロジーは前方から走ってくる虎の牙を鞘尻から抜いた小太刀で受け止めた。空いた手に持った太刀で虎の胴を横一線に薙ぐ。悲鳴を上げて虎が後ろに飛ばされた。
 更に、突進してきた別の虎の体当たりを躱して胴を蹴りつけたロジーは太刀を地面に突き立てて、引き倒した獣の口腔内に銃を突きつけた。キメラが何か行動する前に引き金を絞る。
 絶命した虎に目もくれず、ロジーは小太刀を地面に投げつけて太刀を引き抜いた。体を地面に縫いつけられた蛇を横目に、怯んだ獣に肉薄する。
「‥‥行きますわよ」
 覚醒し、蒼い闘気を纏ったロジーは虎の懐に潜り込んだ。紫に変じた瞳を眇めて、流れるようにその胴を切り裂く。
 深々と斬り込まれた虎は、先に息絶えた虎に重なるようにして倒れ込んだのである。
 別方向では、須佐が複数の虎を片っ端から相手にしていた。
「早く帰りてぇのに‥‥ったく」
 悪態をつきながらも、獣の振り下ろした腕を後方転回で難なく躱す。入れ替わるように別の獣が前を遮った。
 舌打ちした須佐は咄嗟に身を屈めて、邪魔な虎を足払いでひっくり返す。倒れた虎の鳩尾を蹴り飛ばし、道を確保するや否や再び走り出した。
 踏み込んだ足元に翼の形をした蒼の覚醒紋章が広がる。
「限界を‥‥超えるぜ!」
 金の闘気を纏い、威嚇を繰り返す虎に瞬即撃を打ち込む。残像すら見えなかった虎はこれを食らい大きく後ろに蹌踉けた。
 だが、防御の姿勢を取るよりも格段に早く、須佐がその胴を連続で蹴りつけた。後方に蹴り飛ばされたキメラを追撃し、スコルによる飛び回し蹴りで頭蓋を砕く。
 反撃の暇すら与えられなかった虎は、頭を垂れるようにして彼の前に倒れ込んだのである。


「何気に動物型を相手にするのは初めてなんだよなぁ」
 装着したバハムート越しに獣型キメラを見つめた巳沢は複雑そうに呟いた。動物好きとしては何とも言いがたい気分になる。
「蛇が出たら我に任せて貰おう」
 後方に控えるネイが刀を抜きながら言う。草は刈り取ってしまっているので、視界は良好でどこに何がいるかは遠目にもよく分かる。
「そうだな。それじゃ、蛇は頼むぜ――っと」
 走り込んできた虎の体当たりを盾で受け止めた巳沢は虎の体を左へ流し、腰溜めに構えていた爪で獣の喉を抉った。
 咆哮を上げて身を振り回す獣から一度距離を取った巳沢の脇をネイが走る。土ごと掬い上げるようにして、這っていた蛇を下段から斬り上げた。不意を突かれた蛇の長い胴体が二つに裂かれて地面に落ちる。
「助かったぜ」
「何の。あちらは任せたよ」
 ネイが指差した方向ではキメラが前脚で地面を掘りながら突撃の頃合いを見計らっていた。
 負傷した虎が巳沢に突進する。
「行くぜ、エル‥‥!」
 AU−KVの装甲ごと体当たりを受け止めた巳沢は愛機の名を呟いて、虎の脳天に竜の咆哮をぶつけた。衝撃波をまともに食らった虎が刈られていない茂みの中へと吹き飛ぶ。
「安らかに眠ってくれ‥‥」
 相手が起き上がってこないことを確認して、巳沢はそっと敵に黙祷を捧げた。
 反対側で戦うネイは、凶暴に噛みつく獣の牙を刀で受け止めて月詠の柄で虎の顔面を横から殴りつけた。牙から刀を引き抜いて、即座に死角へと回り込む。
「貴公ごときが、我の速さについてこられるはずもない」
 後ろから迫っていた蛇には一本の刀を突き立てて、右手に持ち直した刀で虎の急所を突く。頭蓋を砕かれた虎の体が地面に沈んだ。
「片付いた、か‥‥?」
「うむ。問題はない」
 巳沢の声に辺りを見回したネイは頷き、刀についた血を振って落とすと静かに鞘に収めた。
 二人から少し離れた位置では、ネオと秦本が連携を組んでキメラの掃討にあたっていた。
 前に出た秦本の動きに気づいた獣が唸り声を上げて距離をじりじり詰めてくる。
「まずは敵の動きを止める!」
 槍の矛先で虎の鼻先を掠めた秦本は、注意深くキメラをネオの攻撃範囲まで誘導する。
 頃合いを見計らうネオは自らの攻撃圏にキメラが入るのを確認すると、爪を装着する手で拳を作った。
「近接格闘師、ネオ・グランデ、推して参る」
 刹那、瞬天速で詰め寄ったネオが虎の胴を突く。引き下がった虎に代わって、横から飛び出した蛇が口を開けて彼に襲いかかった。
「させませんよ‥‥! はっ!!」
 竜の翼で接近した秦本が蛇を槍で貫く。毒を含む血を吐きながら蛇は地面に横たえた。
 だが、その間さえあれば充分と踏んだのか、虎が再度こちらに向かって体当たりを仕掛けたのである。
「行かせません‥‥っ!」
 一歩退いたネオに代わって、秦本は槍とミカエルの装甲で虎の動きを封じた。力では彼に分がある。体勢を低めに取って、しっかりと相手を捕まえた。
 その間に背後へ回り込んだネオは、虎の注意が完全に前方へ向いた瞬間を狙って強く地面を蹴った。
「捉えた‥‥疾風雷花・百日紅」
 下腹部を抉るように爪で殴りつける。急所を突かれた虎が横に傾いて草むらに倒れ込んだ。
「‥‥お見事」
 感嘆と共に口笛を鳴らした秦本は高めに手を掲げた。
「いや‥‥ナイス連携だ。助かった」
 暑さで浮かんだ汗を拭ったネオは秦本のハイタッチに応えた。


 「ドラグーンは機動力を活かしつつ武装によって近・中・遠をこなすのだ。今は近接装備だけではあるがな」
 戦闘が始まる前に神棟の言葉を受けたユリウスは力強く頷いた。
「まず和泉殿が引き付けている間に機動力を活かして貴公は左から。自分は右からと挟撃する形をとる。いいな?」
「はいっ!」
 返事だけは良いのだが。
 前方では早速、和泉が虎を発見して戦闘態勢に入った。盾で獣の動きを止める彼の後ろで神棟は剣を構えるユリウスに言う。
「先ほど説明したとおりだ。それと周りにも注意を向けるんだぞ? 何処から襲ってくるか分からんからな」
「はいっ」
 返事だけを残して、少年は半ば神棟に背中を押されるようにして前線に飛び出した。
 誘導された虎を右から神棟が強襲する。二刀をそれぞれ構え、虎の胴を横に二度、深々と薙いだ。
 悲鳴を上げた虎がユリウスの方へ逃げる。
「行ったぞ!」
「うわわ‥‥っ」
 危なっかしい足取りでキメラに近づいたユリウスは精一杯の力で虎に剣を突き立てた。事前に神棟が相当の傷を負わせていたためか、あっさりと虎は倒れてしまう。
「やりましたね。やれば出来るではありませんか」
 微笑みかけた和泉が足元の蛇を銃で撃ち抜いた。唖然としているユリウスを尻目に、神棟と手早く残りのキメラを片付けにかかる。一旦二人が集中してしまえば、少年はただその背中を見つめているしかない。
 結局、ユリウスを使うより二人で片付けた方が相当早かった。当然と言えば当然だが。
「普通の戦闘より疲れたのは、どうしてだろうな‥‥」
「自分もですが、こればかりは仕方ありませんね」
 ぐったりした神棟を労う和泉は、きょろきょろと辺りを見つめて判断しかねているユリウスの背中を見ながら苦笑したものだった。


 奇しくも転職してこれが初めての任務となる。
「新しいクラスの力、試してみようか」
『Awaking』
 OCTAVESを起動させた旭は両手に持った大剣の先を見つめた。ずっと持っていた盾が無いのはまだ少し違和感がある。
「早く片付けないといけませんね。姪っ子も心配ですし」
 溜息をついた雄二も、上位クラスになって初めての依頼である。
「さて‥‥我は神の代理人天罰の地上代行者我の使命はただ一つ我等の星に仇なすモノをその最後の一遍までせん滅することAMEN!」
 いつもの文言を並べた雄二の右目にガンレティクルの覚醒紋章が浮かび上がった。
「これから予定が詰まっているのでね手早く終わらせていただこう」
 機械剣を両手に持つ雄二は前方の虎を見据えたまま、続けて前方の旭に言った。
「ノーマークのは私が引き受けますので存分に突っ込んで下さい」
 頷いた旭は地面を蹴って虎の集団のど真ん中に迅雷で飛び込んだ。反撃の遅れた虎の足を大剣で薙ぐ。バランスを崩した虎達を円閃で大きく振り払った。
 そんな彼の背後から奇襲しようと近づく蛇は、雄二が端から斬り飛ばしていた。拳銃でこちらに注意を向かせて、接近してきた蛇の横腹を機械剣で薙ぐ。
 あらかたの虎を片付けた旭は雄二に視線を向けた。意図を察した雄二がそっと敵に気づかれないように距離をとる。
「行くよ、オクターブ」
『Maximum Charge』
 大剣を体ごと振るった旭の一撃が弱った虎の胴を捉えた。
『World Slayer!!』
 放たれた衝撃波が周りのキメラを巻き込んで炸裂する。旭を中心に、放物線上に吹き飛ばされた獣達が仰向けに倒れた。
 旭が大剣を収めるのとほぼ同時に、最後の蛇を仕留めた雄二も覚醒を解いて機械剣を収める。
「さて、こんなものですかね?」
 息を吐いた雄二は工房に戻っていく仲間達を見て呟いた。丁度他の面々も仕事を終えたところのようだ。
 後はあの大量の反物を持ち帰れば良い。

 ◆

 保健室はちょっとした来客を迎えていた。
「まつり、大丈夫でして?」
 ベッドで休んでいたまつりは、ロジーの姿を認めてよろよろと身を起こした。
「まつりさん、頼まれていた反物、持ってきましたよ?」
「あ‥‥ありがとう、ございます‥‥」
 そう言った雄二に彼女は小さく頭を下げた。何も言いはしなかったが、ほっと息を吐いた旭にも彼女は申し訳なさそうにもう一度頭を下げる。
「ったく、風邪だったのか‥‥早く治しちまえ。それと‥‥」
 ベッド脇の椅子を引っ張り出して座った須佐はまつりの額を指で小突いた。ぽてん、と彼女の頭が枕に沈む。
「気づいてやれなくて、悪かった‥‥」
 軽く首を横に振ったまつりは、安心したようにまた目を閉じた。
 一方、ユリウスは保健室のドア越しに立ち往生していたものだ。
――この前お会いしたときより良い顔してますよ。なかなか鍛えられたみたいですね。
 秦本のフォローもあって意気揚々と帰ってきたらこれだ。周りの面々は彼が少し気の毒になった。
――まつりの事が好きになるのは自由だが、乗り越える壁はあの人だからな?
 硬直している少年の脳裏に神棟の言葉が過ぎる。あの人が誰なのかは自明だ。
「落ち着いてから来ましょうか」
 気を利かせた和泉が苦笑しつつユリウスの背を押した。
「‥‥何となく、察してはいたんだけれども」
 ユリウスは顔を上げた。何かを決意したかのような表情に、和泉が意外そうな視線を向けた。
「でも、俺‥‥言わなきゃいけないことがあるから」
 頼りなさげに見えていたユリウスの言葉に、和泉は笑みを浮かべて彼の手を取った。
「何があっても、最後までお手伝いします。友達ですから」
 その一言が、今の少年にとっては何より心強かったに違いない。

―続―