●オープニング本文
前回のリプレイを見る 何かが起こる予感がしていた。
しかし、それが何か理解するには、あまりにも遅すぎた。
●三日前
カンパネラ学園分校。宇宙へ浮上した本校に変わって、地上での訓練は全て分校に移されていた。
宇宙へ行くことをためらっているユリウスは、今でも分校の訓練に参加している。
ためらう理由は、まつりが地上にとどまっているからだ。
「ユリウス、午後から三日間、日本の四国でKV演習の特訓合宿だってよ」
友人からそう言われたユリウスは溜息をついた。彼はKVの操縦が苦手で、こうして普段の成績の悪い生徒と一緒に合宿形式の追試を受けるのである。
「四国‥‥かぁ。三枝さんの地元だったかな」
「ん? 誰?」
「い、いや、聞かなかったことにしてっ」
慌てて手を振ったユリウスは溜息をついた。
彼の想い人、三枝まつりには恋人がいることを彼はとっくに気がついていた。それで引き下がれれば問題ないのだが、そこまで彼はあっさりとした性格でもなかった。
‥‥と、いうよりも、彼は告白するだとか、略奪するだとか、そういうところまで思考が至っていなかった。
ユリウスの目的――それは、まつりに自分の口で自己紹介をする、というものである。
「しばらく‥‥無理かな」
自分の間の悪さに溜息をついて、ユリウスは合宿の準備を始めた。
●一日前
「し‥‥死ぬ‥‥!」
へとへとになりながら追試を終えたユリウスは、四国の街並みをグロッキー状態で堪能していた。この合宿、超基礎から学び直すため、高速艇の使用は禁止されている。
つまり、KVを自力で操縦して分校とここを往復するのだ。移動に一日近く費やすとして、中一日は実地訓練であることを考えると、そろそろ帰ることを考えなくてはならない。文字通り、デスマーチである。
「あ‥‥市場か。何か、三枝さんにおみやげを‥‥」
妙なところで気の利くユリウスは路上に出されていた市場に足を踏み入れた。鮮やかな色の浴衣やかんざしなどがあるところを見ると、和物専用の市場なのだろう。
「あら、あなたは、確か‥‥」
「あ‥‥」
後ろから声をかけられて振り返ったユリウスは目を丸くした。そこに立っていたのは、まつりと瓜二つの女性で、以前彼にまつりへ手紙を預けた女性である。
この時、もしユリウスがまつりや彼女の教師達から事情を聞いていれば、機転を利かすこともできたであろう。
だが、その機会は既に失われていた。
「その簪、綺麗ね。誰に贈るのかしら」
くすり、と微笑んだ女性はそれとなくユリウスの隣に立った。ふんわりと白檀の香りがする。その香りの名をユリウスは知らなかったが、どことなくくすぐったさを覚えていた。
「あの、貴女は、三枝さんのご家族か何か‥‥ですか?」
「あら、やだ‥‥そんなに似ているかしら」
困った、という風に頬に手を添え首を傾げた女性である。所作の一つ一つが柔らかさを帯びていて、思わずユリウスの鼓動が大きくなる。彼女も大人になればこうなるのだろうか‥‥と勝手に想像しては赤くなった。
「ふふ‥‥それよりも、その簪、あの子に?」
「えっ。あ、え‥‥あ、はい‥‥!」
「そう。あの子、貴方にとって大事な人?」
「も、勿論ですっ。あ、いや‥‥俺、フラれるのは、分かってるんですけどね」
小さく笑うユリウスは綺麗にラッピングされた箱をきゅっと強く持つ。
「‥‥そう、『大事な人』‥‥なのね」
「え?」
「あなた‥‥想い、実ると良いわね」
きょとんとしたユリウスに、女性は妖艶に――けれども、どこかに棘を隠したかのような声で言った。
●当日
分校に帰還する一行は教師を加えて、全員で十人。きっちり陣形を組んだ翔幻が空を飛んでいる。
『各自、周囲に警戒せよ。この辺りは敵勢力の存在が確認されている』
『はい! ‥‥っだー。なんだってこんな道通るんだよ!』
『仕方ないだろ。近道なんだから。それに、確認されているのは俺達でも撃破可能なものばかりらしいし』
苦笑したユリウスは悪態をつく友人に返した。
その直後である。機内におぞまし程の警報音が鳴り響いたのだ。
『‥‥っ!? 先生!』
『総員、交戦に備えろ! これは演習ではない! 繰り返す、これは――』
教師の声が途中で途切れ、代わりに彼らの目の前で先行していた教師の機体が跡形もなく消し飛んだ。
絶句する者、蒼白になる者、悲鳴を上げる者――ユリウスだけが、爆炎の向こうに見えた機体の名を呼んだ。
「‥‥赤い、タロス」
教師の機体を一撃で沈めた紅のタロスの先端が不気味に点滅していた。
●同日、カンパネラ学園分校
職員室に衝撃が走った。
偶然、レポートを出しに来ていた三枝 まつりにもその声は当然届いていた。
「演習に出たビクトール先生と連絡がとれないとはどういうことだ!」
「分かりません。ただ、最後に救難信号が‥‥」
「まさか‥‥」
「三枝。気にするんじゃねぇ。こっち向け」
ヘンリー・ベルナドットの方に向き直ったまつりは、手渡された書類に目を落とした。その姿は意外にも落ち着いていて、じっと観察していた担当教官は少しだけ安堵の息を吐いた。
彼女に渡したのは、以前ユリウス伝いで受け取った髪の鑑定結果だった。その結果は、彼女の父と断定できるものだった。加えて、過去に見つかった白骨遺体の話も聞かせたが、まつりは静かに頷いただけだった。
まるで、既に覚悟していたかのように。
「ファザコンって聞いていたから、泣き崩れると思ったけどな」
「そんな歳じゃありません。それに‥‥」
やはりどこかで、両親は死んでいるのだと自己完結させようとしている自分がいたのも事実だ。
「先生、これ――」
「救難信号です! 演習に出ていたユリウス・ヴィノクロフからです!」
「――三枝!」
ユリウスの名が叫ばれるや否や、まつりは職員室を飛び出していた。やり場のない苛立ちに机の引き出しを蹴り飛ばしたヘンリーは立ち上がり、騒然とする集団の中に大股で近づいていった。
その肩に手が置かれたのは、彼の苛立ちが頂点に達しようという時だった。
「‥‥少将」
「諸君。学園生九名と教師一名の救助が最優先である。生徒の一人が救難信号を寄越すのは、未だ交戦中か逃亡中なのであろう。至急、傭兵達を現場に送るように。‥‥ベルナドット中尉。君が現場の指揮を、マリアンデールの発進許可は降りている故」
「了解しました」
敬礼したヘンリーは踵を返して職員室を後にした。
格納庫に着いた頃には、まつりの機体は既にあるべき場所になかった。場所も分からないのに大丈夫か、と思いつつも彼も愛機に飛び乗る。
「なーんか‥‥厄年な気がするぜ、ったく‥‥」
頭をがしがしと掻いたヘンリーは、極北の空へ翼を広げた。
遙か遠くの、戦場を目指して――。
●リプレイ本文
違和感がある、と最初に言ったのはネオ・グランデ(
gc2626)だった。
「『ユリウス』をきっかけに『まつり』が『危機』に陥っている。父親の消息がこのタイミングで分かったのも偶然だろうか‥‥?」
「それは俺も気にはなる」
先行する須佐 武流(
ga1461)の声が返ってくる。恋人の一大事だ、その声にいつもの冷静さは見受けられなかった。
ユリウスを起点に、まつりの周りで様々な事が起こっていた。それは、微笑ましい些細な事に始まり、いつしか看過できない有事へと発展していた。
「ただ、敵は教師を含めて十人を襲ってる‥‥相当ヤバイ奴って事だ」
僅かな戦慄を覚えながら巳沢 涼(
gc3648)が呟いた。こうしている間も、ユリウスは勿論他の学園生からのコンタクトは一切ない。
「まつりちゃんも、もうちょっと猪突猛進なところを抑えてくれると、おじさんとしては安心できるっすけどねえ‥‥それにしても、なんだか嫌な予感がするっす‥‥」
三枝 雄二(
ga9107)も表情は浮かなかった。
「まったくです。心配する気持ちは分かるのですが、命令も無しに現場へ向かうのはやはり良くありません。これはまた、説教ですね」
頷いた神棟星嵐(
gc1022)も溜息をついた。だが、その溜息はいつものような気軽さを含んではいない。
誰もが、本能で悟っていたことだろう。
この一連の事件の中心で、『何か』が息を潜めて牙を剥いていることに。
●
その光景を見た傭兵達は絶句――ただひたすらに絶句した。
荒らされた平野、散らばる機体の残骸、その隣に残った力で這い出したのであろう学園生の力尽きた姿もある。
「戦闘空域とはいえ教員が救難信号も打てない状況、ですか‥‥」
状況を見下ろした和泉 恭也(
gc3978)が難しい顔で言った。まともに交戦した気配が無い。
「地上の事は教官とそのサポートに行った仲間に任せるしかない以上、俺達は俺達の仕事を全うしようぜ。地上に降りられる前に片付けないと面倒が増えそうだしな」
敵がこちらに気付こうとする頃に、威龍(
ga3859)が言った。味方を助けて、かつ敵を倒すという余裕はどうやらなさそうだ。
「‥‥勝ちにいくよ。徹底的に、殴り倒す」
口の奥を噛み締めた綾河 零音(
gb9784)がまっすぐに前を見据えた。彼女の視線の先を見た傭兵達は僅かな驚きと、その脅威の存在を知った。
「センサーにエコー、フリップからの予測‥‥HW5、ゴーレム10、タロス1、これは卵の集団には酷な相手っすね」
続いて状況を分析した雄二の緊迫した声が届いた。
タロス――軍部からの情報には無かった機体だ。
血のような紅色の機体は、彼らの目にはっきりと焼き付いた。
戦闘は、唐突に始まった。
傭兵達が戦闘態勢に入るや否や、HWやゴーレムを率いていたタロスが一気に加速したのである。敵将が、真っ先にこちらへ突撃してきたのだ。
「‥‥っ、散れ!」
傭兵全員に武流の怒号が響いた。同時に、仲間に攻撃が向かないように、武流はレーザーキャノンとバルカンでタロスの注意を自分に向ける。
「すーさー!」
敵将の赤い刃が武流のシラヌイに襲いかかった。一撃を凌いだ彼の機体の影から、零音がチェーンガンを放つ。
「エネミータリホー、ドラゴン2、エンゲイジ、効率的にいきましょう」
遅れて行動を始めたHWには雄二が対応に出た。UK−10とスラスターライフルを惜しみなく放ち、その機動性を奪いにかかる。
「余裕はなさそうだが‥‥救出活動や遺体の収容の邪魔をさせる訳にはいかねえし、地上に降りようとする敵は優先的に叩かないとな」
操縦桿を倒した威龍の鼻先をHWのレーザー砲が走り抜ける。強化型ジャミング中和装置を作動させた彼は、全戦域にいる仲間への通信回路をこじ開けた。
「各位、アンチジャミングは任せてくれ。戦域管制は俺の得意分野だしな」
「了解」
ゴーレムを乗せたHWの砲撃を躱したネオは短距離用AAMを放ちながら返した。いつも以上の重さから動きの鈍いHWではあるが、AAMを躱すと一度距離を取った。
ちらりと地上の様子を見やったネオは、倒すべき敵に視線を戻した。
迷っている暇はない。
「でなければ生き残れないし、救えない‥‥重武神騎乗師、ネオ・グランデ、推して参る」
G放電装置を作動させて、ゴーレムごとHWの動きを封じ込める。続けてH−044短距離用AAMを発射し、確実に足を止める。
「戦力を孤立化させれば、墜ちない相手じゃないっすよね‥‥!」
ネオに追撃する形で雄二はマイクロミサイルを斉射した。その場に封殺されたHWは格好の的だ、彼はそのままUK−10の照準を合わせて発射する。
「やったっすか?」
「いや、まだだ」
HWは確かに大破した。だが、爆発する前にHWは乗せていたゴーレムを地上に向けて放ったのだ。
「――させねえよっ!」
地上へ降りてくるゴーレムに向けてマルコキアスの弾幕を張ったのは涼である。応戦するゴーレムの砲撃が、彼の機体のすぐ傍を掠めていく。
「ち‥‥っ、そんなもんで怯むかよっ!」
絶え間ない砲撃でどこか食らったのか、コクピットに警報が響く。それを無理矢理切った涼は、降下する一体に向けて420mm大口径滑腔砲を放った。
爆音が轟き、まともに正面から食らったゴーレムの体が二つに砕け飛ぶ。
「一機撃破。この調子で行きましょう」
別方面でHWとゴーレムに対応していた恭也は視界の端で吹き飛ぶ敵機を捉えていた。固まって攻撃されると厄介なので、ストームブーストAを起動させ、一機に狙いを定めてノワール・デヴァステイターで牽制する。
「失いたくないから、躊躇いません。特に、今回だけは‥‥!」
彼の翼をゴーレムの放ったミサイルが強襲する。凄まじい衝撃がコクピットを揺らしたが、恭也は操縦桿を倒してHWの脇にそれた。バーストアグレッシヴファングを起動させ、死角から絶え間なく銃撃する。
その恭也機の影から出てきたのは、星嵐機である。
「ロヴィアタル、K−02‥‥ターゲットロック。ブラックハーツ起動。さて、どれ程の機体が耐えられますか? ‥‥発射!」
1400発ものミサイルを食らったゴーレムがHWごと爆発する。流石にゴーレムを殲滅するには至らなかったが、翼を失った敵機が地上へ墜ちていく。その弾幕はそのまま、武流と零音がいる戦域まで到達した。
「食らいな‥‥!」
タイミングをずらした武流機がショルダーレーザーキャノンを斉射した。紅のタロスはこれを躱したが、その機体を守るようにしていたHWとゴーレムが足を吹き飛ばされる。
「‥‥何か変だ。手応えがなさすぎるぜ」
螺旋弾頭弾でゴーレムの手にある大砲を吹き飛ばした威龍はスナイパーライフルに切り替え、間髪入れずにゴーレムの頭を打ち抜いた。
そう、敵勢力はまるで力を温存しているかのように、これといった攻撃をしてこなかったのだ。
まるで、何かを待つように。
その何かを、威龍は捉えた。武流機、零音機と交戦中のタロスである。
「気をつけろ、まだ何かある‥‥!」
威龍の声が仲間に届くのと、味方の回線にノイズが混じったのは同時だった。
『‥‥つまんなぁい』
聞き慣れない女性の声が唐突に響いた。
「‥‥誰か、乗ってんの?」
怪訝そうに零音が尋ねる。発信元は目の前で赤い機刀を振るうタロスだ。
「まつりちゃん‥‥じゃねえよな?」
聞き覚えのある声に似ていることに気づいた涼の言葉に、嘲笑うような声が一寸返ってくる。
『似ていて当然‥‥娘ですもの。それに、もうすぐ私が屠るわ」
「そんなことは、させません。貴女が誰であれ、”何”であれ友達を傷つけるなら排除します」
口の奥を噛むように重く言った恭也は照準をHWに戻す。何かあれば、すぐにタロスに砲撃できる距離で。
その恭也の言葉に女性の声の調子ががらりと変わった。
『口を慎め、下劣な人間が‥‥我らに使われる存在であることを誇らぬ者など不要、灰燼と化してくれるわ」
タロスの紅い目がぎらりと輝いた。
わずかに気圧されたものの、操縦桿を強く握った零音が威勢良く吼えた。
「赤VS紅、みたいな‥‥? とにかくあんたの目論見が何であれ、全力で阻止させてもらうよ。ラテン娘なめんな!」
『愚かな‥‥ここからが本番よ』
彼女を蔑むように、タロスは紅い刃を軽々しく構えた。
「ここも駄目にゃー‥‥」
残骸の中に見つけたパイロットの脈を見た白虎(ga9191)の声は沈んでいた。墜ちた翼にクノスペを横付けしたラサ・ジェネシス(gc2273)が、彼と遺体を収容する。
「よ‥‥っと、嫌な仕事ですねー‥‥」
歪んだKVのコクピットの扉をこじ開けて少女を救出した功刀 元(gc2818)はぴくりとも動かない体をキャメロ(gc3337)のクノスペに乗せる。
ある程度の予想はしていたが、ここまで生存者はゼロだ。
「ラサさん、そちらはどうですか?」
「生存者なし、ですネ‥‥」
力のない声が返ってくる。その時だ。
「生存‥‥確認です。応援お願いしますっ!」
最も激戦区域に近い場所を探していたイスネグ・サエレ(gc4810)からの声が救出班に届いた。その後ろからは、ヘンリーがユリウスの名を叫ぶように呼びかけているのが分かる。彼に混じる声は、おそらくまつりのものだ。
その知らせは傭兵達の士気を上げたが、阻む壁となおも堅牢であった。
●
空戦は思った以上に苦戦を強いられ、タロスと交戦している武流と零音は、着実にその翼に傷を負っていた。
「くそ‥‥!」
十式高性能長距離バルカンで距離を取るものの、タロスにはこれといった有効打を与えられずにいた。
それは、武流の腕が悪かったのではない。零音の支援が悪かったのではない。
「卑怯だよ、オバサン!」
『あら‥‥地上の仲間が吹き飛んでも良いのかしら?』
タロスの背負っていた巨大な対空砲の先が、今まさに救助活動中の仲間に向けられる。
そう――タロスは地上班を人質にして、二機の攻撃を精神的に封じ込めていたのである。
「地上に攻撃してみな‥‥刺し違えてもあんたを止めるし、『彼の』仕事は邪魔させない!」
零音機が動いた。彼女の距離にHWとゴーレムは存在しない。ただ、タロスのみだ。
地上を攻撃される前に、零音はタロスに取り付いた。チェーンガンを乱射して、武流機から注意を逸らす。
「もっとこっちに来なよ、オバサン!」
敢えて挑発を繰り返した零音の方へタロスの刃が向けられる。
その角度こそが、死角だった。
タロスの脇から牽制していた武流がブーストをかけて肉薄したのだ。その剣翼が敵機の右腕を持って行こうと斬りかかる。
「お前だけは絶対に逃がさん‥‥その命で償え!」
機先を切り返してもう一度同じ箇所を剣翼で薙ぐ。
「ついでにこいつも食らっときな!」
紅い刃を躱した零音も剣翼でタロスの左腕を斬りつける。間髪入れずに、チェーンガンをその目の前で斉射した。
激しい爆音が響いた。立ち昇る黒煙で敵機の姿は見えない。
「やったか‥‥?」
武流が訝しんだ瞬間だった。
黒煙を切り裂いたレーザー砲が彼の右翼を一瞬で持っていったのである。続いて、その視界を覆うように巨大な固まりがぶつかる――空中で散ったゴーレムの残骸だ。
「――――っ!?」
バランスを崩した武流の目の前に、タロスの紅の瞳が現れる。
「すーさー!!」
零音の援護が間に合わない。
至近距離から武流機がレーザー砲で撃ち抜かれる。咄嗟に急反転して致命傷は裂けたものの、彼に空を舞う推進力は残されていなかった。
「この――っ!!」
ちぎれかけの右腕を銃撃した零音の視界から、一気にタロスの姿が消える。
はっとした時には遅かった。そのコクピットに大きな衝撃が走る。
「嘘‥‥っ!?」
零音機をタロスが文字通り、蹴り飛ばしたのである。平衡を保つ間もなく今度は上から蹴り落とされる。
悲鳴を上げることもなく、零音の機体は遙か下の平野に叩きつけられた。
仲間の呼びかけに、彼女は応じない。
場が凍りついた。だが、あっという間に二機を撃墜したタロスが彼らを否応なく現実に引き戻す。
「‥‥っ、降下させるな!」
威龍の鋭い声が飛ぶ。
「自分が行きます!」
破壊寸前のHWを高分子レーザー砲で撃ち墜とした星嵐が動いた。降下を始めるゴーレムにフォトニック・クラスターを起動させて接近し、真デアボリングコレダーでその巨体を殴りつける。
だが、間髪入れずに他のゴーレムやタロスが上空から砲撃を始めたのである。
「く‥‥っ!」
「ドラゴン2FOX2。援護するっす!」
仲間の危機に雄二が遠距離から援護射撃をするが、敵の攻勢の方がやや優っていた。両翼をタロスのビーム砲で焼かれた星嵐機が推進力を失い、地上に滑るように墜ちる。
「チッ、俺の仲間はやらせねえぞ!」
地上に降りてしまったゴーレムに涼はマルコキアスを斉射する。
「‥‥っ、どけッ!!」
上空か支援をしようとする恭也機には、残ったHWが取り付いていた。このままではどんどん敵の降下を許してしまう。
「まずい‥‥このままでは‥‥!」
瓦解した味方陣形を目の当たりにしたネオが、苦々しくつぶやく。彼もまた、目の前のゴーレムの降下を阻むだけで精一杯だったのだ。
その涼機も、長期戦ゆえの消耗で、推進力は殆ど底をついていたのだが。
「駄目だ‥‥これ以上はもたねえっ!」
砲撃に曝される涼の機体の、砲身が吹き飛ばされる。大破した彼の機体は動きを失い、格好の的と化した。
味方全員が脅威に面した時だった。
『‥‥退却命令を受信したわ。手持ちの駒も無いし‥‥引き上げ時かしらね』
それに、と空から墜ちた機体を冷徹に見下ろすタロスの操縦者は呟いた。
『もっともっと苦しんで、死んでもらわないと』
陽の沈もうとする空へ、残った敵機が戻っていく。
悠々と退却するその姿を追える者は、この場には存在していなかった。
●
「お疲れ様、よく頑張りましたね」
負傷者を回収し、担架に乗せられているユリウスの意識は戻っていないが、彼を見送った恭也は眠る少年に優しく言った。
「あのタロス‥‥やられっぱなしは性に合わないぜ。いつか、墜とす」
拳を突き合わせた威龍が悔しそうに呻く。タロスの対応に出た武流は頭に、零音は胸に大きな怪我を負っていた。
「まつりちゃん‥‥」
「大丈夫か? 怪我はないようだが‥‥皆、死にはしないさ」
雄二とネオにそう言われたまつりは、愛機の操縦席で膝を抱えていた。その手には、意識を失う前のユリウスから受け取ったのであろう、小さな箱が握られていた。
――俺の名前は、ユリウス・ヴィノクロフです。貴女の事が、ずっと、好きでした。
そう微笑んで、ユリウスは眠ってしまった。まるでもう、会えないかのように。
ユリウスも、自分の大切な人も傷ついてしまった。
大好きな仲間も皆ぼろぼろだった。
「‥‥ぅ、く‥‥っ」
膝を抱えたまま、まつりは必死に声を枯らして泣きじゃくっていた。
それが、新たな戦いの幕開けであることも、まだ知らずに――。
完