●リプレイ本文
話が纏まらないので、耐寒テストをしている間に実験の方針を決めることになった。
「ちゃんとオイルにも不凍液を入れないといけませんね」
新型AU−KVの紫色のハンドルを撫でた常世・阿頼耶(
gb2835)は念入りにバイクの調整を重ねた上で、好奇心と共にそれを装着してみる。なるほど、女性形とはよく言ったもので、今までのAU−KVより随分スリムに見える。
「これ、名前はまだ無いんですか?」
「ええと、あたしはまだ聞いてないです」
尋ねられたまつりは首を捻りながら答えた。そう言えば名前は何だろうか、とプレハブの方を見たり、データを取るためについてきたカラスを見たりしている。
「ミカエルの兄弟機で女性型だから、差詰めガブリエルとか?」
「さて、どうでしょう」
柔和な笑みを浮かべて返したカラスである。知っていそうで知らなさそうな、そんな語調だった。
「はい。そろそろ始めようか」
自分はしっかり防寒具に身を包んでいるカラスは、遙か伸びる氷床の道を指差した。走れ、ということか。
「稼働限界が来たら無線で連絡すること。良いですか?」
「分かりました。それじゃあ、行きましょう!」
「え、あ‥‥は、はいっ」
元気良く返事をした阿頼耶はまつりを半ば引き摺るようにしてランニングを開始した。
一口に実験と言っても、事前に準備が必要である点は普段の依頼とそう変わらないだろう。
「はい、あったかくて甘くておいしいですよっ?」
ミーティングの始まる前にココアを淹れて差し出した橘川 海(
gb4179)はにっこりと笑いかけた。上位クラスになって初めての開発実験――しかも、長らく話題に上っていた知覚特化型のAU−KVを装着できるとあって、今からやる気は十分である。
「カラス・バラウは参加されないんですね‥‥」
恨めしそうに外にいるカラスを見やった望月 美汐(
gb6693)にヘンリーは苦笑した。
「早く決めねぇと耐寒テストの方が終わっちまうぜ?」
窓の向こうでは、一足先に新型を装着した阿頼耶がまつりを連れてひたすらランニングを繰り返している。どうにもカラスの指示で、必要以上に走らされているようにしか見えないが。
「手を抜きすぎると正確なデータが取れん。俺は本気で行かせてもらう」
黙っていた須佐 武流(
ga1461)が一言放った。実力者で知られる彼の本気が見られるのは良いことなのだろうが、果たして自分達はついて行けるのか、とドラグーン勢の一部は何とも言えない顔になった。
「‥‥ん。なら。私は。回避に徹しつつ。ウサ耳を。揺らしてみる」
「こら、ちょっと待て。後半待て」
きっぱり言った最上 憐 (
gb0002)にヘンリーが呆れたように言った。だが、彼の声を意に介さず、憐はずばっと続けた。
「‥‥ん。決して。実験に。付き合う。フリをしつつ。ウサ耳の。アピールに。来た訳ではない」
ならばその頭につけている可愛いウサ耳は何だ、とヘンリーはすかさず思ったが、彼が何か言う前に別の声が上がったのである。
「無謀だが、それなら俺は須佐さんに挑んでみてえな」
好戦的な笑みを浮かべて言ったのは湊 獅子鷹(
gc0233)である。
「それなら、ボクは突撃する面子の援護をしようかな」
大人しく座っていた御剣 薙(
gc2904)が付け加える。
「格上の相手と戦うのは、良い経験になりますからね」
縦に頷きながら秦本 新(
gc3832)が前向きな意見を述べた。
「む‥‥ならば自分も」
多分滅多に無いことのはずなので、と神棟星嵐(
gc1022)は賛同した後に、ふと思いついてヘンリーの方を見た。
「実験は二度でも良いですか?」
「パターンのあった方が、実験的にはありがたいしな。歓迎するぜ」
「ならば、最初に須佐殿と憐殿とドラグーン。二戦目に戦力を分散させて戦うのはどうでしょう?」
異論は出なかった。というより、現状それが一番良い案にも思える。二戦とも出る人は思いきり疲弊するだろうが、それもまあ良いだろう。
重傷者と死人が出なければ良いか、とぼんやり思ったヘンリーは武流と憐の方を見て言った。
「だ、そうだが、問題ねぇな?」
「勿論。こちらも手加減はしない」
「ウサ耳娘も良いなー?」
「‥‥ん。私は。勝敗は。気にしない」
「よし、決定だ。言った限りは全力でやれよ、お前ら」
そのやりとりを黙って見つめていた海は呆れたように苦笑して肩を竦めた。
「男の子って‥‥」
◆
二、三時間ほど経ち、耐寒テストが終了した頃を見て彼らは外に出た。足場は良くも悪くも堅い。
耐寒テストに出ていた阿頼耶は想像以上に走らされて疲弊した表情で戻っていた。
「長時間の稼働はまだ負担がかかります‥‥」
「まあその辺は、これから調整しましょうか」
一人涼しい顔でいるカラスがさらっと言った。その横を、彼など居ないかのようにさっさと美汐が通り過ぎる。
「まつりさん、お久しぶりです」
「あ‥‥お久しぶりですっ」
御鑑 藍(
gc1485)が頭を下げたのにつられて、まつりも礼をする。耐寒テストでごっそり体力を持って行かれたのか、心なしやつれている気がしないでもない。
「まつりさん、今日は宜しくお願いしますね」
「よろしくお願いしますっ」
疲れていようとも機嫌の良いまつりに新が声をかける。何となく上機嫌の理由は分かったが、敢えて彼は口には出さなかった。
「おーい、お前ら、こっち来て装着しろー」
ずらりと並んだ新型の傍でヘンリーが声を張り上げている。先に敵役は各々の位置に向かい、ドラグーン、ハイドラグーンの面々は新型の元へ向かった。
「これが新型機‥‥すごく綺麗な機体だなぁ」
新型の黒いシートを撫でながら薙は呟いた。試しに装着してみると、抵抗無くすんなりと体に合う。
「胸‥‥はなさそうですね。あれば製作者の感性を疑うところでしたが」
ごそごそと胸部に触れた二条 更紗(
gb1862)は言った。構造上仕方なく出っ張ってはいるが、露骨に胸だと思わせる作りではない。
「青いパーツがアクセントになっていて、デザインは良いと思います。自分は装着出来ませんが」
「そうなんです。この下半身の青い所か、格好良いんですっ」
和泉 恭也(
gc3978)とまつりは新型のフォルムについて延々と語り続けている。紫と青は人を選びそうな配色だが、どのAU−KVよりもスリムなのが魅力的だ。
「スリムとは言うが、何か気恥ずかしい姿な気がするのだが‥‥」
女性型、と最初に言われているゆえの先入観もあって、装着してみた星嵐は苦笑した。やはり女性陣の方がしっくり来ているように見える。すぐに慣れると良いのだが。
装着して手首を動かしたり、足を振ってみたりと動作を確認していた海は、ふと愛機のことを思い出して小さな声で言った。
「バハムートと同じ使い方じゃ、この子の力は引き出してあげられないかもしれないけど‥‥」
配置につけ、という指示が飛んでくる。
遠目に見える二人の敵役を見据えて、海はぎゅっと唇を引き結んだ。
「そのかわり、私たちの連携、見せてあげるねっ」
一戦目は、ペネトレーター二名とドラグーン勢――ただし二戦あるので全員参加というわけでは無いが――である。
「さあ、全力全開。新型の性能‥‥、どれ程のものか?」
機械槍を脇に抱えた新は動き出した二人を見据えて呟いた。
敵側はと言えば、武流はバイク、憐は足の違いはあれど、一直線にこちらに向かってくる。
「初手に弾幕を張って足止めをします。各自突っ込んで下さい」
まず動いたのはM−121ガトリング砲を構えた更紗である。凍った地面に向けて引き金を絞る。
弾け飛んだ凍土の欠片が陽光を浴びて一瞬煌めいた。
「普段やらんことをするとストレスが‥‥」
本当は突っ込みたいが、と付け加えた更紗である。こちら側は物理攻撃を制限されているので、相手に当てる訳にはいかないのだ。
暴れるのは次にお預けとして、彼女は一旦引っ込んだ。
銃撃を受けてさっと左右に散開した二人を狙って、各々更にバイクを加速させて接近する。
だが、そうそう簡単に近寄らせなかったのが武流であった。
「弾幕ごときで‥‥っ」
滑り込むようにしてバイクを急停止させた武流は一転、真正面に迫っていた獅子鷹の前輪目がけて電磁波をぶつけた。
「ちっ!」
不意を突かれた攻撃に、彼のバイクが悲鳴を上げて右に大きく傾く。
「湊君、一度退避を!」
射程一杯から銃を構えた薙が叫ぶ。獅子鷹がバイクを反転させて脇に逸れるのを狙って、彼女はエネルギーガンを斉射した。
当たらなくて良い、注意を逸らせれば良いのだ。
停止したバイクである以上、再起動をかけている時間は無い。銃撃を避けた武流は飛び降りるようにしてバイクから離れた。
「よし、行くぜっ!」
体勢を立て直した獅子鷹が再び地面を蹴った。AU−KVにはまだ慣れないが、機動性は問題ない。
「装備や相手がどうだろうとやることは変わらねえ」
相対した獅子鷹は軽く地面を蹴って右に回り込んで胴を狙って右腕を突き出した。受け止められることは承知で、時間差で同じ箇所に左腕で強襲する。
だが、これは難なく躱されてしまった。空振った腕が虚しく宙を抉る。
「ちっ‥‥やっぱ簡単にはいかねえか」
「‥‥終わりか? 今度は俺から行くぞ」
言うや否や、視界の端ぎりぎりの箇所から強烈な蹴りが飛んできた。受け止められたのは脊椎反射のなせる技だが、普通なら一発で沈んでいたはずだ。
「まず――っ」
獅子鷹に回避体勢を取らせる間も無く、武流は同じ箇所に二発目を蹴り込んでくる。図らずも、獅子鷹の初手と同じ戦法だ。
それで体感の衝撃が段違いなのだから、流石であるような悔しいようなである。
「くっそ、痛ってえ‥‥っ!」
大きく後ろに引いた獅子鷹が呻いた。防御に使った右腕が痺れている。
追撃しようと踏み込んだ武流だが、薙の援護射撃が合間に上手く嵌ったために勢いを削がれる形となった。その間に彼女は竜の翼で獅子鷹の前に割り込み、背後からは――、
「お手合わせ願いましょう、須佐殿」
大鎌を真横に振り薙いだ星嵐である。向き直った武流は小さく口角を歪めて見せた。
「またでかい物を持って来たな」
「持ち合わせがこれしか無かったんですよ」
軽口を叩きながらも、星嵐にとっては力一杯の攻撃だったはずだ。だが、後転とびでこれを回避した武流は、一転して星嵐の首に回し蹴りを叩き込んだ。
一瞬でも遅れればどうなっていたか分からない。間一髪で竜の翼を使い距離を取った星嵐である。想像以上に攻撃が怖い。
「まだまだ行くぜっ!」
そうしている内に覇気を取り戻した獅子鷹が背後を強襲する。単独で無理ならば、と星嵐も挟撃体制をとった。
「こいつで決めるぜ!」
「回避されるのならば、回避できない攻撃をするのみ!」
星嵐は下段を袈裟斬りの要領で、獅子鷹は上段にバックブローを叩き込もうとする。そのタイミングが偶然ピッタリと一致した。
躱すのは困難かもしれない。そう判断した武流は迷わず回転舞を発動させた。
「な‥‥っ!?」
思わず星嵐が声を上げた。
そのくらい武流の動きは、良く言えばアクロバティックであり、悪く言えば常識外れの行動だったと言って良い。空中に『刺した』グラスホッパーを軸に宙に立ったように見えたのである。文字通り、『立った』としか思えなかった。
「面倒だ、一撃で片づけてやる‥‥」
刹那、武流の足元に蒼の翼が広がる。
ぞっと背筋の凍った星嵐と獅子鷹である。だが、それは離れて援護に徹する薙と海も同じ事だった。
だからこそ、獅子鷹が反撃しようとした時、嫌な予感のした海は叫んだのである。
「攻撃しては駄目っ!」
応えて薙が竜の翼で間に割り込もうとしたが、一拍遅かった。
確かに当てた感触があったはずなのに、獅子鷹の前に立っていた武流の姿が揺らいだ。残像だ。
「しまった‥‥!」
獅子鷹が直感した時には、後ろに回り込んでいた武流の蹴りが問答無用で背中に叩き込まれていたのである。
所変わって、憐の相手には新と美汐が向かっていた。とはいえ、基本的に憐はその場から動こうとせず、ひらりひらりと二人の攻撃を躱していたのだが。
「‥‥ん。ウサ。ウサ。ウサ。遠距離。ウサ耳攻撃。無言の。視線で。相手を。虜にしてみる」
「こ、これはある意味、戦いにくいです‥‥!」
ウサ耳をアピールしつつもしっかり回避している辺りは凄いのだが、何だろうか、この「攻撃したら全力で反撃されるのではないか」と思わせる不安は。しかもウサ耳は可愛い。
「く‥‥何だか躊躇いますが、ここは行かせて貰いましょう!」
機械槍で憐の足元を突いた新である。ぴょんと飛んで回避した憐の後ろから美汐が竜の咆哮をぶつけにかかる。
「‥‥ん。ウサ回避。コレが。ウサ耳の力」
淡く発光した憐の体が突然素早さを増す。何もない所へ撃ち込んだ竜の咆哮の衝撃音に合わせるようにして、憐は再び地面に足をつけた。ふよふよと頭のウサ耳が可愛らしく揺れる。
「‥‥ん。ウサ耳。つければ。分かるよ?」
「あいにく、私は男なので遠慮しますよ‥‥っ」
真面目に返した新が槍を横に薙ぐ。当たるわけにも行かないので、地面を蹴って飛び上がった憐は半歩後ろに引いてこれを躱す。
だが、それが狙いでもあった。相手が回避したのを見計らった新は槍の流れを無理矢理変えるように捻り、ぐんと矛先憐に向けて突き出したのである。
やや驚いた表情になった憐の背後から、美汐が再び竜の咆哮を、今度は確実に当てるように発動した。
「‥‥ん。良い攻撃。でも。避けれるかな」
憐はカジキランスを何もない空間に突き刺した。それを支えにして、逆上がりの要領でひょいと空中に飛び上がったのである。カジキランスに手を置いて、大道芸よろしくその場で倒立して見せる。
驚いたのは新と美汐である。憐の動きにでもあるが、次の瞬間を想像したからだ。
ど真ん中に立っていた憐が居なくなったということは、攻撃の対象はお互いということになるのである。
当然、回避も防御も間に合うわけがない。
「きゃあっ!」
「うわっ!」
二人は同時に悲鳴を上げ、お互いの攻撃を食らって思わずその場に膝を突いた。数拍遅れて着地した憐は、痛がっている二人を見比べて何食わぬ顔でウサ耳を揺らして見せた。
「‥‥ん。ウサ。ウサ。でも。回転舞も。高速機動も。やると疲れる」
正直なところ、それがここ最近上位クラスのスキルを使ってみて思う素直な感想であった。
「あたたた‥‥同士討ちなんて、考えても無かったです」
図らずもそうなってしまったわけだが、起き上がった美汐がAU−KVに傷が無いか見ながら呟いた。
同じく体勢を立て直した新も息を吐いて衝撃波を食らった右腕を動かしてみる。特に異常は感じられない。必要最低限の耐久力はあるということか。
「‥‥ん。そろそろ。かな?」
憐の声を消すように突進した美汐である。新型に機動性が望めることはとうに察しがついていたので、相手が回避行動を取る前に距離をぐんと詰めてしまう。
「行きますっ!」
「今度はさっきのようには行きませんよっ!」
新も槍を振り回して追撃する。回転舞は厄介だが、そうそう連発出来るものでもないはずだ。
挟撃すれば二の舞になるので、僅かに方向をずらした攻撃を憐は美汐側から捌きにかかった。くるりと小さな体を素早く動かしてエネルギー弾を躱すと、今度はカジキランスを地面に突き立てて、豪快にも新の槍を脇に抱え込んだのである。
自分の身長と殆ど変わらない長さの槍を抱えて離さない姿は中々恐ろしいものがある。
その上で、憐はぽつりと言ったのである。
「‥‥ん。三分。経った。降参する」
「え‥‥?」
槍を放すと、憐は唖然とする美汐の方に向き直って頭のウサ耳を指差した。
「‥‥ん。良く。私を。倒した。ウサ。ご褒美に。この。ウサ耳(白)を。かぶる権利を。与える」
「え、ええ‥‥っ?」
そんなことを言われても困る。というか、AU−KVの装着状態でウサ耳はきっと被れない気がする。
新の方も向いた憐は、ゆらゆらとウサ耳を揺らして更に続けた。
「‥‥ん。私を。倒しても。第二。第三の。ウサが。きっと。現れる‥‥第二。第三も。私だけどね」
「なんと‥‥それは、なかなか大変そうです」
こんな回避力を持ったウサ耳集団が居たら、という意味で言った新である。それを察してくれたかはどうかとして、憐はマイペースにウサ耳を揺らして敢えて何も言わなかった。
「もう、どうして男の子って突撃とか好きなのかなっ?」
海が少し怒ったように言った。それはそうだ、連携も無く突っ込んで返り討ちに遭えば戦術も何も無いではないか。
「ちゃんと連携組むよっ。御剣さん、打ち合わせ通りにお願いっ」
「分かった。やられっぱなしはドラグーンのプライドが許さないからね」
援護に徹すると決めた以上、こうなったら海と薙はとことん援護に拘ることにした。
もし、一発でも直撃させるならば、相手の練力減少に伴う動きの鈍化を狙うしかない。
「行くよ‥‥しばらくの間、私に力を貸してねっ」
AU−KVに呼びかけた海の胸部前方に蒼龍の紋章が浮かび上がる。赤い蝶が呼応するようにひらりと舞っては消え、直後に胸の龍が更に青味を増して輝いた。
苦戦している前衛を追いつめようと猛撃する武流の足元に薙がエネルギーガンを撃ち込む。続いて相手が躱した所を狙って、海が周囲を囲むように電磁波を発生させた。足止めくらいにはなるはずだ。
「ボクも行くよ」
機械爪に持ち替えた薙が竜の翼で武流に肉薄する。牽制を振り切った直後の彼に超圧縮レーザーの爪を振り下ろした。
「ちっ‥‥」
回避が間に合わないと判断した武流は舌打ちしてこの攻撃を受け止めた。勿論、大したダメージにならないことはお互い分かっている。
それ以上に、今は動きを封じられる方が痛い。自分のスタミナが減っていることは、武流自身がよく分かっているはずだ。
薙は力で押し負けながらも賢明に凶器となる腕を押さえつけた。
「突撃っ!」
海の声に合わせて獅子鷹と星嵐が再突撃をかけた。あちこちボロボロの二人は、これが攻撃できる最後の機会であることは察しているだろう。
「‥‥っ、二度も食らわねえっ!」
もう一度、残像を殴りつけた獅子鷹はすかさず防御の構えを取った。案の定、右から必殺の一撃が入る。体が悲鳴を上げたが吹っ飛ぶことはなく、彼も即座に反撃の体勢を取った。
その間に、動きを止める薙に加勢するように星嵐が大鎌を振り薙いだ。
「この‥‥っ」
反撃しようとした武流の足元に海が飛ばした電磁波が直撃する。その一撃の為に彼が空けてしまった懐に、ようやく獅子鷹が到達した。
「もらったっ!」
「――‥‥っ!」
獅子鷹の渾身の一撃が武流の胴に入る。一瞬の油断をつかれた彼は二、三歩後ろに下がった。顔に滲む悔しさは恐らく、自分自身の不甲斐なさにだろう。
「‥‥やった」
ぽつりと薙が呟いた。当たると思っていなかった星嵐や獅子鷹も同じような心境のはずだ。
「はい、そこまで。ウサ耳娘の方も決着がついたみてぇだから、お前達の方も終了だ」
遠くからヘンリーの声が思い出したように響いてきた。
そこは戦闘をする者の礼儀だ、彼らは互いに礼をしてよろよろになりながらその場を後にする。
ただ、ドラグーン達の胸には僅かな達成感と、次の課題が明確に見えていた。
いつの間にか、憐が作った立派な雪兎がプレハブの入口前に並んでいる。
「‥‥ん。働いたから。お腹空いた。ヘンリー。何か。この。ウサに。沢山。山程。奢って」
「カレーで良いか? 後でレトルトなら作ってやるぜ」
「‥‥ん。期待した。私が。馬鹿だった。でも。作って」
「うぃうぃ。後でなー」
もこもこの防寒具に身を包んで憐の相手をしているヘンリーは、珍しく真顔で集まったデータを整理していた。
「出来ればドラグーン同士の戦闘データも欲しいですね」
それを見つめていたカラスの一言がきっかけで、予定を変更してドラグーン数名を敵役とする実験が行われることになった。
一戦目は休んでいた面々の大半が敵役に回ることになったが、二戦目は実力が拮抗しているので、特に異論は出ることなく実験が始まった。
「やれやれ‥‥やっと出番ですね、頑張りましょう」
「良いデータが取れるように‥‥頑張ります」
初めてタッグを組む恭也と藍はお互いに挨拶を交わして、対峙する新と星嵐を見据えた。二戦構成はどうかと提案した手前、星嵐は出ざるを得ないわけで、ある程度回復しているが、流石に一戦目ほどの元気はなさそうである。
「ハイドラグーンの橘川ウミですっ、よろしくねっ」
「よろしくお願いしますー」
一方で、海、美汐とまつり、更紗と阿頼耶も礼を交わしていた。青と紫の新型AU−KVが計五機、壮観である。
「さて、行きますか。神棟さんは無理をせずに」
「すまない‥‥前衛は秦本に任せるよ」
苦笑した新は先に恭也と藍に迫った。盾を構えた恭也に狙いを定めて、新は槍を突き出す。
「回避は絶望的、か。なら受けきるのみ!」
宣言通り、盾で受け止めた恭也の脇から迅雷で肉薄した藍がラジエルを振るって新の関節部分を狙う。
「流石に二対一で任せきりはいけないな‥‥」
竜の翼で間に割り込んだ星嵐が藍の剣を鎌の柄で受け止めた。そのまま押し返して大きく横に薙ぐ。疾風を使う藍に攻撃は当たらなかったが、彼女は一度距離を取った。
「御鑑さんには私が行きましょう」
目と髪が青く変じている藍に相対するように立った新が言う。相手が再度迅雷を使う前に、今度は新の方が竜の翼で接近した。AU−KV全身がスパークを発生させたまま、唸りを上げて槍を振り抜く。
「接近戦では装甲が重要‥‥、試させてもらいましょうか」
「お願いします‥‥」
相手の接近を認めて藍も迅雷で相手の懐に飛び込む。
たちまち激しい打ち合いが始まった。
「委細構わず突貫、刺し、穿ち、貫け」
本来、支援ではなく突撃を好む更紗は開始直後から全力で美汐に突っ込んだ。竜の翼で肉薄した彼女のAU−KVの腕部分と頭部が激しくスパークを放つ。エネルギーキャノンを構えていた阿頼耶のAU−KVも呼応するようにスパークが明滅する。
そのタイミングを逃さなかった海が声を上げた。
「望月さん、まつりちゃん、今っ!」
「了解!」
反応した美汐とまつりが竜の尾を海に合わせて発動させる。三人から放たれた青白い電磁波に呑み込まれるように、更紗と阿頼耶のスパークが消滅した。
「そうだとしても構いはしません。突撃するのみ」
能力の底上げに失敗しても更紗は止まらず、ユビルスを美汐の盾にぶつけて力任せに横へ振り切った。盾を弾かれて隙の生まれた彼女は咄嗟に竜の翼で距離を取る。
「逃がしません」
同じく竜の翼で猛追した更紗が美汐の超機械を弾き上げた。
「攻撃する余裕がありませんね、手厳しい限りです」
慌てて防御の姿勢を取って呻いた美汐を援護するように海が動いた、その瞬間だった。
「カモーン、カモーン、カモーン‥‥そこぉっ!」
じっと射程一杯からエネルギーキャノンで海を狙っていた阿頼耶が動いたのである。知覚攻撃とはいえ、超重量の一撃に海も援護を諦めてこちらを対応せざるを得なかった。人数から言って、包囲も難しい。
「二発目、行きますよー」
「‥‥やばいっ」
阿頼耶の狙った先は機動力で勝る海ではない。射程外の美汐でもない。
咄嗟に判断した海は竜の翼でまつりと阿頼耶の間に割り込んだ。充分な時間を確保できたおかげで、完全に防御することは出来たが、エネルギーキャノンを真正面から受け止めたのだ。激しい衝撃に彼女は柳眉を寄せた。
「大丈夫っ? 今の内に射程外へっ」
「は、はいっ」
それなりに戦闘経験のあるまつりだが、相手が阿頼耶と更紗では分が悪すぎる。海が防いでいる間に安全圏へと竜の翼で飛び退いた。
「何処まで細やかに動かせるか‥‥それもデータ採取に役立つはずですよね」
「それはそうですが、だからって全部食らう訳にはいきませんっ!」
延々と更紗の攻撃を防いでいた美汐は、相手の連続攻撃が途絶える一瞬に合わせてAU−KVに猛烈なスパークを発生させた。
「一度距離を取らせてもらいますっ!!」
攻撃を盾で押し返した美汐は、更紗に正面から竜の咆哮を叩き込んだ。
「‥‥っ!」
直撃を受けた更紗は大きく後退したが、即座に体勢を立て直して美汐に接近する。
派手な攻防戦が展開する中、海はエネルギーキャノンを連射する阿頼耶を攻めあぐねていた。迂闊に飛び込んでも危険だし、射程も異様に長い。戦力が分断されては連携もままならないだろう。
細かく動いて一撃一撃回避するだけでは、勝敗も決しないのだ。
「うう、どうしようかな‥‥」
ただ、逃げ回っているだけでも阿頼耶のスタミナは自然に減っていってくれることに違いはない。竜の瞳を使って攻撃する阿頼耶もそれは分かっているはずだ。
だからこそ、最後の手段に出て来たのである。
「長い銃身にはこういう使い方も――っ!!」
言うや否や、今まで殆どその場から動かなかった阿頼耶が竜の翼で海に突撃してきたのである。
「嘘っ、まさか‥‥!」
虚を突かれた海である。二メートル強あるエネルギーキャノンを抱えて突撃するなど、予想もしていなかった。
海からやや離れた位置で体重をかけてスライディングの要領で突進した阿頼耶は超至近距離でエネルギーキャノンを構えたのである。
目の前に集束した眩しい光が見える。
「く‥‥っ!」
だが、海も負けていなかった。盾をしっかりと構えると、竜の翼で後ろへ退いたのである。
受け止めきれなかった衝撃に盾が弾き飛ばされると同時に体を捻って、光線の脇へと逃げ込んだ。飛ばされた盾は傍の地面に刺さる。
エネルギーキャノンの光線が収縮するのを見届けて、阿頼耶は得物を地面に置いて両手を上げた。練力切れである。
そして、その近くでは更紗の猛攻に耐えきれなかった美汐も地面に座り込んで片手を上げていた。これ以上は捌ききれないと判断して、持っていた武器をそっと投げ出す。
「あいたた。降参です」
ヘルメットを脱いで言った美汐に頷き返した更紗も武器を収めて、彼女にゆっくりと手を差し出した。
恭也や藍達もそろそろ終盤だろうか。
「せー、のっ!」
反撃しないのでは面白くない。盾で星嵐の重い一撃を受けきった恭也は死角を狙って銃で足を止めようとしていた。
もっとも、相手が大鎌なので、銃身で受けることはせずに、あくまで盾で受けてから反撃するという戦法を採っていた。
「でも‥‥やはり防ぎきれませんね」
「いや、貴公はよく防いでいる‥‥だが、そろそろ終わらせて貰う」
お互い体力の限界が近い。先に動いたのは星嵐の方だった。
鎌を大きく薙いだ星嵐の一撃を、恭也も渾身の力で受け止める。
「‥‥っ」
だが、力で押し負けた恭也の体が大きく後退った。そこへ、竜の翼で肉薄した星嵐が、至近距離から竜の咆哮をぶつけたのである。盾で守られていたとはいえ、直撃を食らった恭也はバランスを崩して思わず盾を取り落とした。
盾をしっかり持っていたはずの両手がびりびりと痺れて震えている。これでは、もう一度向かうことは出来ないか。
「いや、参りました。降参です」
にこやかに言って両手を挙げた恭也である。
それで安心したのか、それとも限界だったのか、苦笑した星嵐もその場に座り込んで項垂れたのだった。
他方、藍と新の一騎打ちは、藍の攻撃傾向が何となく読めて来た新の方がやや優勢だろうか。
「これで‥‥っ!」
新のAU−KVがスパークを放つ。底を尽きようとする練力を一杯まで使って知覚力を底上げした彼は、槍を反転させて石突きで藍の足を払いにかかった。
「まだ‥‥負けるわけには‥‥っ」
足払いをスコルで受け止めた藍はそのまま槍を弾くように上に蹴り上げた。勢いに負けた新の槍を持つ力が僅かに緩む。
その一瞬を狙って、藍は懐に大きく踏み込んだ。相手が体勢を立て直す前に天剣を新の胸に突きつける。
「これは‥‥やられましたね」
肩を竦めた新は槍を降ろした。それを見届けた藍もゆっくりと剣を降ろして立ち上がった。
そうして、律儀に頭を下げて言ったものである。
「ありがとうございました‥‥お疲れ様、です」
双方、雌雄決したようだ。
タイミングを見計らったかのように終了の合図が実験場に木霊した。
◆
「お疲れ様でした。ココア淹れておきましたのでよろしければ」
一足先に戻っていた恭也が皆にココアを差し出す。AU−KVを脱いでしまうと一気に寒くなった気がして、彼らはそそくさとプレハブに戻って来たのであった。
実験が終わればドラグーン勢は早速模擬戦の反省を始めた。
「機動性は良かったと思います。ただ、物理攻撃と防御面に難があるかもしれません」
新が簡潔に言うと、海が頷いて言った。
「知覚特化だけあって、多分そこを犠牲にしたのかな。でも、知覚と抵抗は十分、通用すると思うっ」
「知覚特化のAU−KVが出来上がればドラグーンの戦略幅は今まで以上に広がる‥‥悪い面はありませんね」
星嵐も海の意見に賛同する。
「後は一刻も早い発売を待つばかりです。出来れば胸はこのままつけないで欲しいですが」
それはそうだと男性陣は更紗の言葉に苦笑した。胸などつけられたらそれこそ女装して戦場に出る羽目になる。
「今から発売が待ち遠しいな‥‥早く出て欲しい」
薙が皆の気持ちを纏めて述べた。それほど手応えはあったということだろう。
「皆の協力は無駄にしないよ。楽しみに待っていてくれるかな?」
穏和な笑みを浮かべて言ったカラスである。耐寒テストもそうだが、模擬戦でも充分なデータは取れた。残りは耐熱テストと名前と微調整のみだ。
思ったより早く、まだ名前の無い『知覚のレディ』はお披露目出来そうだった。
―END―