タイトル:氷上試験!マスター:冬野泉水

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/09/26 00:41

●オープニング本文


●夏休み明けて
 カンパネラ学園はいつもの賑やかさを取り戻していた。夏休みに入り、帰省したり学園の外で過ごした生徒達が帰って来ているのである。海に行ったり山へ行ったり、各々リフレッシュしたようでこんがり焼けた生徒も多い。
 だが、夏休み中も有給休暇をろくに貰えなかったジャック・ゴルディ(gz0333)は職員室の一角に設けられた休憩所でぐったりとしていた。
 休みが貰えなかったのは単に有給休暇を申請しなかった自分の手落ちなわけだが、最初はそれで良いと思っていたのだ。休暇を取ったところで、妻の実家から立ち入り禁止を食らっている以上、自宅でのんびりするしかない。
 自然と仕事しかしなくなるわけだ。給料のため、給料のため、と自分に言い聞かせて夏休み中も出勤していた。
 しかし、夏休みの終盤で遂に疲労はピークに達し、新学期が始まる頃にはしっかり頭痛持ちになっていたのである。仕事の鬼になりきれなかったようだ。
「もう駄目だ‥‥蒸し暑いし、疲れるし、働いた傍から金は消えていくし‥‥!」
 ぎりぎりと仮眠用の布団を握りしめたジャックである。金が消えていく原因の同僚は向かいのソファでしっかりひっくり返っている。枕の一つでも投げつけてやりたいところだ。
 どこか涼しいところに行きたい、のんびりしたい。そんな事を考えながらジャックは起き上がって、コピー機の前に行き、足で床を叩き続けながら授業用の資料を刷っていた。
「あー‥‥先生、ちょっと良いですか?」
 見下ろしたジャックに、ビン底メガネの小柄な男性教員が縮こまる。なまじ背が高い上に眼力も結構あるので、余裕のない状態のジャックは一般人なのに怖い。
「‥‥コピー機、使うのか?」
「い、いえっ! そうではなく‥‥実は先生に、学期始めの試験監督をお願いしようと思いまして‥‥」
「あそこで寝ている奴に頼んでくれ」
「い、いえ‥‥ほら、ヘンリー先生は徹夜明けなので頼みづらいというか‥‥」
 俺も徹夜明けなんだが、と言いかけたジャックだったがそれを言っても始まらない。何だかんだで軍と掛け持ちを続けている同僚とでは仕事量が違いすぎるのだ。
「‥‥試験内容は?」
「引き受けてくれますかっ! 良かった!」
 ぱっと顔を輝かせた教員はジャックに資料の山を渡してはきはきと言った。
「夏休み明けで生徒達もだらけている気がするので、一発ガツンとお願いしますっ!」
 普段あまりやらないことで試験をしよう、というコンセプトの元作成された資料をめくっていたジャックは小さく頷いた。
「氷上のKV戦か‥‥丁度使いたい機体もあるから、引き受けよう」


●グリーンランドの氷床
 グリーンランド某所。
 その一角にある、厚い氷床に埋め尽くされた場所が今回の試験会場である。同僚や部下に無理を言って借りてきたKVと愛機が悠然とした姿を見せている。
 試験――と言っても全員が受ける必要は無く、合格すれば成績に加点される程度のものだが、油断は出来ない。そもそも試験というものは、合格者を出すものではなく、受験者を振り落とすもの、というのがジャックの持論でもある。
 そして、今回の試験会場に運ばれたのは七機のKVだけではない。
「寒いな、流石に‥‥」
 KV内部では問題ないのだろうが、生身だとやはりかなり寒い。ロングコートの襟元を重ね直したジャックの耳に、盛大な爆発音が聞こえてきた。
「ゴルディ先生――っ! 威力、問題ありませんっ!」
 作業していた教員が向こうで手を振っている。その傍らには、高さ一メートル程度のロボットが爆薬を片手に待機していた。
 更に、その教員の少し後ろには、氷床に巨大な亀裂――クレバスが口を開けていた。あのロボットが爆薬で作ったものだろう。
「充分だ。助力、感謝する」
「構いませんよー。生徒達の困った顔を見るの、大好きですんでっ!」
 ビン底メガネの教員は屈託のない笑みを浮かべて溌剌と返した。

●参加者一覧

歪十(ga5439
22歳・♂・FT
嵐 一人(gb1968
18歳・♂・HD
佐渡川 歩(gb4026
17歳・♂・ER
神棟星嵐(gc1022
22歳・♂・HD
ネオ・グランデ(gc2626
24歳・♂・PN
ユウ・ターナー(gc2715
12歳・♀・JG
Taichiro(gc3464
18歳・♂・DG
巳沢 涼(gc3648
23歳・♂・HD
和泉 恭也(gc3978
16歳・♂・GD
龍乃 陽一(gc4336
22歳・♂・AA

●リプレイ本文

 受験者達が到着する頃、試験会場となる広大なグリーンランドの氷床には、爆破用ロボットとKVが定位置に配置されていた。
「一面の白‥‥だな」
 そう呟いたネオ・グランデ(gc2626)は愛機の蒼獅子――シラヌイの操縦席から爆破用ロボットの位置を確認していた。
(サブアイとスコープの調整はしておいた。後は敵がクレバスを作る前に爆破ロボを見つけるだけだ)
 試験開始を今かと真剣に待ち構えているTaichiro(gc3464)は操縦桿をぐっと握ったまま、前を見据えている。
「グリーンランドという特殊な地形での戦闘を経験する良い機会になりそうですね」
 機体の中で愛機の微調整を終えた神棟星嵐(gc1022)は頷きながら言う。
 地上に残っていた佐渡川 歩(gb4026)は愛機に乗り込む前に、あの瓶底メガネの小さな教員を同じく瓶底メガネの向こうからぎらりと睨み付けた。
「貴方の試験を破って、どちらが眼鏡キャラとして上か思い知らせてあげましょう!」
 何だかよく分からない宣言である。
 同じく地上に残っていた和泉 恭也(gc3978)はジャックにココアを差し出しながら尋ねた。
「そういえばお金がないと嘆いているのを時々見かけますけど、何故それほどに消費するんです? それなりに贅沢をしてもそこまで使わないと思うのですが‥‥」
「‥‥和泉。それが分かれば、俺もきっと、もっと楽に生活出来ているだろうな」
 気づいたら預金残高が減りに減っているのだと言う。所謂、ストレスによる衝動買いのせいだろう。
 それはさておき、全員が機体に搭乗したところでジャックは自分のシュテルンに手を挙げて合図を送った。
「ジャック先生ー! ちゃんと見ててねっ☆」
 明るく言ったユウ・ターナー(gc2715)にジャックは親指を立てて頷いた。だが、他愛もないおしゃべりはここまでだ。
 試験開始の号砲がグリーンランドの青空に木霊した。

 ◆

「それでは参ります‥‥」
 龍宮――フェニックスから正面のヘルヘブンを見つめる龍乃 陽一(gc4336)は、ナギナタを持った愛機を滑るように進めた。機動力で圧倒的に劣るが、その他の性能で敵機に負けるつもりは更々無い。
「みんな、クレバスが出来るかも知れん。注意してくれ!」
 幼馴染みである巳沢 涼(gc3648)の警告がコクピット内に響く。その直後、爆発音が轟き、陽一が敵機と対峙する場所からやや離れた場所に巨大なクレバスが姿を見せた。
「あぅ‥‥涼達は暴れてますね」
 苦笑する陽一は見えてはいないだろうが、そこへヘルヘブンが突っ込んでくる。ナギナタで敵の機剣を受け止めた彼は逆に力で相手の得物を押し返した。
 後ろに大きくよろけたヘルヘブンの脚を狙ってバルカンを乱射した陽一はトドメをささずに後ろに下がる。
 させなかったのではなく、ささなくて良いからだ。

「ヘルヘブンの扱い方、魅せてやるぜ?」

 陽一の脇をすり抜け、敵機の死角から嵐 一人(gb1968)のスタンピード――ヘルヘブン750が突っ込んだのである。大きく「01」のマーキングが施された機体が体勢の立て直せない敵機を強襲する。
「こいつでも食らえっ!」
 ゼロ・ディフェンダーで敵機の胴を横一線に薙ぐ。そのまま一人は遠方から攻撃を仕掛けるシュテルンに向かって、倒れたヘルヘブンを一瞥した後に再度加速した。
「さて、僕は他の人の援護に行きますか‥‥あぅ、お腹空いた‥‥」
 振り返ればディスタンや他のヘルヘブンと交戦中の仲間達が見える。
 陽一はコクピットを降りる敵機のパイロットに一度微笑みかけて、素早く機体を反転させた。


「KVでの戦闘試験か‥‥おもしろ! コイツの初・陸上戦闘といこうじゃないか‥‥」
 愛機ヘパイトス――パラディンの操縦桿を倒した歪十(ga5439)は直近の敵機、ディスタンと相対した。彼に気づいたディスタンが一機、こちらに向かってくる。
「‥‥かかったか」
 突撃してきたディスタンの機刀を盾で受け止めた歪十は、機刀で相手の武器を弾き飛ばした。武器を持ち替えられる前に、盾で敵機の胴を押さえつける。
「こいつは、フェイクだ」
 そう言った歪十はランチャーシールドを敵機の両足に向けて斉射した。
 両足の機動力を削がれたディスタン機が武器を手放して氷床の上に膝を突く。降参のようだ。
「ユウも行くよ! じゃんじゃん倒しちゃうんだから☆」
 ミカエル――ディアブロに搭乗するユウはディスタンに向かって一直線に突っ込んだ。
 ガトリング砲を乱射しつつ接近し、相手が怯んだ所をブレイブソードに持ち替えて敵機の腕を積極に狙いに行く。
 だが、相手は反対に練爪でこちらの腕を持っていこうと機体を急転させた。
「そうはさせないんだからっ!」
 振り上げたミカエルの左腕には盾がある。しっかりと爪を受け止めたユウは、死角から剣で相手の右腕を斬り上げた。
「これでどうだー!」
 逃がしなどしないと言わんばかりに、ユウはアグレッシブ・フォースを発動させ、スラスターライフルで敵機の両足を狙撃した。バランスを崩したディスタンが仰向けに転倒し、降参を示すように、倒れた敵機が空に向けて照明弾を放つ。
 緑色の花火がぱっと空に散った。


 彼らがクレバスの憂き目に遭わないでいるのは、ロボットの処理に向かった面々の功績が大きいだろう。
「目標を発見! 爆発に備えて周辺からの退避をお願いします!」
 叫んだTaichiroは即座にロボットに詰め寄り、ブリッツランスで頭から叩き割った。そのまま盾を構えて直後の大爆発を耐え抜くと、槍を氷床に突き刺して、クレバスに滑り込まないように体勢を立て直す。
 別のロボットに近づいたTaichiroは槍でロボットを突き刺し、そのまま上空へ放り投げた。動力部を貫かれて機能停止したロボットをガトリング砲で撃ち抜く。
 大気を振動させる爆発音と共に、ロボットが砕けて空に散った。
「氷上は初めてだが‥‥重武神騎乗師、ネオ・グランデ、推して参る」
 突っ込んだTaichiroの機体を見送ったネオは直近のロボットにガトリング砲の弾幕を浴びせかけると、直ぐ傍で爆破作業に入ろうとしたロボットに肉薄した。
 持ち替えた機刀でロボットを叩き上げて、ネオは操縦桿を即座に捻る。
「‥‥吹っ飛べ」
 流れるような動作で、ネオはふわりと浮いたロボットの中心部を機刀の峰で力一杯殴りつけた。
 直撃を食らったロボットは真横に飛び、仲間を強襲していたディスタンの足にぶつかって盛大に爆発した。
「はいはい、お邪魔ロボはとっとと退場だ」
 シュテルン付近にいる爆破用ロボットには涼が向かっていた。クレバスを作らせないことが第一なので、ディフェンダーの腹で彼もまたロボットを掬い上げるように放り投げたのである。
「行くぜ、シャークティ!」
 愛機の名を呼んで、涼は機関砲を構えてロボットが頂点で停止する一瞬を狙う。動く砲台と化したゼカリアの集中砲火が、爆薬を大量に積んだロボットを空中で撃ち抜いた。
 誘爆を狙って地面を這うロボットを蹴り飛ばした涼は、直ぐさま仲間に向かって叫んだ。
「デカいのいくぞ! 射線を開けてくれ!」
 仲間を追撃するヘルヘブンに照準を合わせて、涼は徹甲散弾を発動させ、大気を切り裂く大口径滑控砲で敵機の死角から強襲したのである。
 胴体を撃たれたヘルヘブンがバランスを崩して氷床の上に倒れ込んだ。
 親指を立てた仲間を見やった彼は、機体の向きを変えてシュテルンと戦う一人の援護に向かった。


「先手必勝‥‥。狙い撃つ!」
 限界の射程距離から高速で走り回るヘルヘブンに照準を合わせているのは星嵐の機体、ブルーゴッテス――ミカガミである。高性能バルカンとレーザーキャノンを併用して、敵機の足元を撃ち続ける。
 だが、敵ヘルヘブン機はその高速二輪を活かした高機動力を遺憾なく発揮し、あっという間に星嵐の機体に肉薄した。想像以上の速度である。
「く‥‥っ」
 防御が間に合ったから良いものの、うっかり気を抜けば体勢を崩されていたかもしれない。
「高速二輪モードの運動性は高いですが、二輪の特性上直進中は小回りが利かない欠点があります。速度に惑わされなければ予測は難しくありません!」
 二機の間に入った歩が叫ぶ。
「くっくっく。クラスも機体もこちらが上! ならば負ける要素はりません。どちらが瓶底メガネに相応しいか思い知らせてあげましょう!」
 謎の宣言をしつつ射程内で動き回っていたロボットを撃ち抜いた歩である。派手な爆発音と共に、敵機の真後ろに幅一メートル弱のクレバスがばっくりと開いた。近くにいた敵機も爆発の影響を受けて前のめりになる。
「これで瓶底メガネに相応しいのはこの僕ということで――」
「佐渡川! 来るぞ!」
「ぬああああああっ!!?」
 コクピットの中で高笑いをしていた歩は星嵐の声が聞こえるや否や、殆ど反射的に機体を後ろに下げていた。シュテルンのロケット弾ランチャーが強襲したのである。
 隙を見せた二機に、間髪入れずに敵機が再度距離を詰めにかかった。
「援護しますっ!」
 機盾を構えて間に入ったのは恭也である。氷の上を敢えて慣性に任せて、機体を滑り込ませたのだ。
 急ブレーキをかけながらアクセル・コーティングを発動させ、高起動を見せるヘルヘブンの刀をがっちりと受け止めると、彼は盾に隠れるようにして持っていたガトリング砲で弾幕を張った。
「僕も援護します‥‥でも、もう限界です‥‥主に空腹で!」
 恭也の弾幕に合わせるように、陽一もバルカンで敵機を襲撃する。あくまで友軍機を退避させる為なので、足元を集中的に狙いに行った。
 そうしている間に、歩、星嵐両機はヘルヘブンから一度距離を取る。仲間の動きを確認した恭也と陽一も、敵機の攻撃をいなして左右に散開した。
「今度はこいつで動きを止める!」
 高速二輪で突っ込んできたヘルヘブンの試作刀を代わって受け止めた星嵐は、スクラマサクスを振るって相手の武器を叩き落とした。敵機が怯んだのを見て、すかさず機体内蔵『雪村』を発動させる。
「これでトドメだ‥‥っ!」
 隙の出来た敵機の懐に星嵐は愛機を押し込んで、機剣を大きく振るう。狙う先はKVの頭部だが、斬り落としては色々まずいので、ギリギリのところで機剣を止めた。
 コクピットの中のパイロットが手を挙げるのがはっきりと見て取れた。


「この‥‥っ!」
 最奥のシュテルンには一人が向かっていた。既に激しい剣戟戦を展開していたが、勝敗はまだ見えないでいる。
 ヘルヘブンに搭乗する一人はロケット弾ランチャーを斉射する敵機の攻撃を難なく躱すと、ブーストをかけて相手の懐に突撃した。
 良いタイミングでユウが合流したのはそんな時だった。
「一人おにーちゃん、ユウも加勢するよっ!
「頼む!」
 遠距離からはユウがスラスターライフルでシュテルンの動きを牽制する。高機動力を誇るヘルヘブンを捉えきれないシュテルンは、遠距離攻撃を止めて剣に持ち替えた。
「――っ!」
 ゼロ・ディフェンダーとの激しい鍔迫り合いに一人は覚えず舌打ちする。速度を加味しても相当な威力なのに、相手も一歩も譲らない。
 そこへ、歪十の声が響いたのである。

「巻き込まれたくなければ、離れていろ」

 耳に入るや否や、一人は機体を屈めて氷床の上に手をついた。そのまま滑るように機体を反転――カズトターン‥‥ではなくストームターン――させると、シュテルンから距離を取ったのである。
 刹那、マントに隠していた機槍「ゲルヒルデ」を構えた歪十機がシュテルンに突撃した。ブースト機能をオーバーロードさせて、限界速度で鋭い突きを敵機にぶつけたのである。
「そこだ‥‥氷刃砕花・竜胆」
 よろけたシュテルンから歪十のパラディンが離れるのを見届けると、ネオはレーザーバルカンで足元を奇襲した。勢いが死ぬ前にブーストで接近し、機刀で敵機の足を薙ぐ。いくつかパーツが吹っ飛んだシュテルンの右足が機能停止に陥った。
「反撃はさせませんよっ!」
「ここで決めさせて貰う!」
 ロケット弾ランチャーに持ち替えようと動いたシュテルンの右腕を歩と星嵐がクロスマシンガン、対戦車砲で銃撃する。機先を削がれた敵機が武器を取り落とした。
「直接火砲支援いくぞ! 当たってくれよぉ!」
 続いて涼の420mm大口径滑控砲が射程ぎりぎりからシュテルンを襲った。直撃こそしなかったが、大きくバランスを崩した敵機に完全な隙が生まれたのである。
「貰った――――っ!!」
 大きく開いたクレバスを飛び越え、一人は再度ブーストで突撃した。
 機体を捻り、敵機の左腕を剣で斬り飛ばすと、彼はその勢いのまま胴に剣を突き立てたのである。
 動きを止めたシュテルンが仰向けに氷床の上に倒れる。続いて、降参を示す照明弾を空に打ち上げた。
 その姿を遠目に見つめていた例の瓶底メガネの教員は、手元のクリップボードにデン、と『合格』の判を捺して呟いたものである。
「修理は自費ですよ、先生」

 ◆

「な‥‥シュテルンの胴を突いた、だと!?」
 手早く料理の準備をしていたジャックは、料理を運ぶ手伝いをしていた歪十から状況を聞かされて愕然とした。
 そのジャックの愛機を仕留めた一人と言えば、素知らぬ顔でジャックに挨拶をしたものである。これは試験であったし、本気でやらないといけなかったので教官も何も言わなかったのだが。
「ジャック教官〜♪」
 にこりと笑って近づいてきた陽一は既に食べる気満々である。山盛りのカレーを受け取って席に着くと、満面の笑みを浮かべながらがつがつと食べ始めた。
「さすが噂に聞くジャック先生の手料理」
 相当煮込んだのであろうカレーの味を堪能しているネオはふと考えてみた。時間にもよるが試験中、おそらく教官はずっとこの料理を作っていたのではないかと。
 つまり、『合格のご褒美』を最初から作っていたわけだ。始めから合格することを、彼は読んでいたのだろう。
「ジャック先生! ユウの活躍、ちゃんと見ててくれた?」
 甘口のカレーを食べながらユウが尋ねる。料理の合間には見ていたぞ、と頭を撫でられて、彼女は更にはしゃぎながらもぐもぐとカレーを食べている。
「家庭も一筋縄ではいかないものなのだな‥‥」
 今月こそ何か妻に買ってやろうと思っていたのに‥‥と嘆いている教官の話を聞きながら、星嵐はぽつりと呟いた。だが、シュテルンを持ってきたのはジャックなので自業自得なのだが。
「さてさてこの経験を大規模作戦に生かせるよう、考えをまとめておきましょう。‥‥誰も死んでほしくはないですからね」
 そんな喧噪を耳にしながら編みかけのマフラーを編む恭也は、遠く離れたボリビアで戦う友を思い浮かべて、窓の外からグリーンランドの空を見上げた。
 快晴の青を呑み込むように、灰色の雲が滲むように広がっていく。
 グリーンランドにも、本格的な冬が到来しようとしていた。

―END―