●リプレイ本文
顔を上げたヘラは壁越しに戦闘の振動を感じた。誰かが戦っている。
分かるのは、それはシアではないということだけだ。勿論、捕らえられている白玲であるはずもない。
ならば、誰が自分を助けに来ると言うのだろう。
思い当たるのは、たった一人。
「‥‥先生、なの?」
柔和な笑みで自分達を送り出した教師を思い浮かべて、ヘラはまた抱えた膝に顔を埋めた。
「教師として、を期待しよう」
いきなり背中を叩かれたヘンリーはいつもの表情に一瞬戻り、それから顔を引き締めてUNKNOWN(
ga4276)の黒い帽子を見上げた。
「その言葉に対する返答は、今の所‥‥保留にさせて貰うぜ」
こっちも仕事だからな、と付け加えたヘンリーには敢えて何も返さず、彼は監視機器の位置を、司令室に取り付けられたモニタから大雑把に把握する。流石にヘラ自身には会いに行けないか。だが、モニタから見る限り、彼女が動き出す様子はない。
モニタの向こうには、長い髪を後ろで縛った色白の青年――オルデンブルクが余裕綽々とカメラ越しにこちらを見つめている。早くかかってこい、そう言っているようにも見えた。
「それにしても‥‥」
機体に仲間が乗り込むのを確認した旭(
ga6764)がぽつりと呟いた。
「シアさんがこっちに来なかったのは‥‥なんでだ?」
「さてな‥‥。純粋に危ねぇからってのも考えられなくはねぇが‥‥あっちの獣に何かあるのかもしれねぇ。向こうも油断しない方が良いだろうな」
椅子に深く座ったヘンリーの言葉に旭は頷いた。白と黒、両者に関わる人間として、元よりそのつもりだ。
「優しい心は尊いもの。それだけは守らないといけないね」
ましてやそれを塗り潰して利用など――決してさせるわけにはいかないのである。
「何とか向こうさんが穏便に交渉する気になってくれりゃ良いけどな‥‥見た感じ、いきなりキレたりはしなさそうだが、腹の底が読めねぇ」
曲がりなりにも諜報部のヘンリーをしてこう言うのだ、オルデンブルクはあらゆる意味で今は未知数に満ちている。彼の言葉に傭兵達は深く頷いた。
「‥‥っと、今回は大真面目に行かねぇとな。俺も危ねぇし」
得物の感触を確かめてガル・ゼーガイア(
gc1478)は拳を突き合わせた。生身の彼らは、ある意味SSよりも厄介で、今後の鍵を握るであろうオルデンブルクを相手にしなくてはならないのだ。
「やれやれ、プレッシャーが半端無いな‥‥」
苦笑したのはネオ・グランデ(
gc2626)である。とは言え、負けるわけにはいかないのは、いつどの依頼でも変わらない絶対条件だ。
そういう意味で、かつ好戦的な意味で言うのであれば、オルデンブルクは相手にとって不足はない。
基地内に侵入したオルデンブルクは、視界に機体四機、そして四人の傭兵を確認すると薄く微笑んで見せた。冷たくも暖かくもない、ただ空虚な微笑だ。
「私の目的は、アレの撃破だけ。他は任せます。‥‥では、行きましょう!」
ディアブロを駆る如月・由梨(
ga1805)は、薄ら寒いものをオルデンブルクに感じながらも、いきなり彼とその背後に陣取るSS群に向かってグレネードを放った。アグレッシブ・フォースを起動してから僅か数秒後の鮮やかな手腕である。
「食らえにゃーっ!」
便乗して白虎(
ga9191)もグレネードランチャーを発射した。ただでさえ威力の高い由梨に火力が上乗せされたことになる。
「こいつの砲撃は、他のアンジェリカに負けないぜ?」
続いて綾河 零音(
gb9784)もアンジェリカのミネルヴァをSS群に向けて斉射した。あっという間に爆煙でSSとオルデンブルクの姿が見えなくなる。
「挨拶代わりにコレでも如何ですか♪」
張 天莉(
gc3344)も最後方からグレネードランチャーを放ち、即座に後退してテールアンカーを発動させた。これで迎撃態勢は完璧に整ったわけだ。
初手からSSとオルデンブルクは高威力の砲撃を食らうことになったのである。普通の人間と兵器なら一瞬で消し炭になっていたはずだ。
そう――『普通の』兵器ならば、だ。
熟練の傭兵達が『生徒』たるハーモニウムに苦しめられて来たのに、彼らを導く『教師』が普通であるはずがない。
半壊するほどの――裏を返せば半壊で済む程の防御力を持つSS一機を盾に、オルデンブルクは殆ど無傷で彼らを迎え撃った。次の一手で、四人が突っ込んでくることを正確に読み切って、だ。
「やれやれ‥‥初手で派手に飛ばして、後は突撃というのは、いささか乱暴な戦法ではありますね。それとも‥‥交渉の席は要らないという意思表示でしょうか?」
穏やかに言ったオルデンブルクに瞬天速を重ねて肉薄したUNKNOWNが銃身を振り降ろす。
「交渉か。まあ、私もある」
この砲撃の中、突っ込んでくる彼も相当なものだ。焼けたコートを翻して銃口をオルデンブルクに向ける。覚醒しても何一つ変わらない彼の冷たい眼光がハーモニウムの教師を射抜いた。それでも平然としている教師の腹の内は読めない。
だが、『策』に嵌った事を確認しただけでも充分か。UNKNOWNは取り立てて攻撃することなく、一旦その場から退いた。
「これで倒れてくれれば苦労はないが‥‥むしろUNKNOWNさんは何故に無事なんだか」
溜息をつきながらも、代わって後ろに回り込んだネオは爪で引っ掻くようにオルデンブルクの背を殴りつけた。
だが、僅かに位置をずらした彼に難なく攻撃は回避されてしまう。本当にその動きが一瞬にしか見えなくて、ネオは覚えず戦慄したものだ。
これが、ハーモニウムの『教師』なのだ。
「一撃が大きいのですよ‥‥っと、生徒でもない君に言うのは少々気が引けるのですが」
苦笑したオルデンブルクは袖口から小銃をさっと出して銃口をネオに向け、躊躇わずに引き金を絞った。
「ち‥‥っ」
舌打ちしたネオは身を反転させて銃弾を躱わした。こちらの動きを読んだかのような銃撃に、彼の右足を一発が掠めていく。
続いて彼を追撃しようとオルデンブルクが動いた瞬間だった。
「そうはさせないぞ‥‥っ!」
仲間に練成強化をかけた旭が今度は自身もオルデンブルクに迫ったのだ。クルセイドを装備した右腕を振って、彼の胴を強襲する。
こいつがシアとヘラを動かしている。そう考えれば、問わずには居られなかった。
「ヘラさんのお兄さんは。シアさんはなんで居ないのか、教えてくれるかな?」
掌一つで旭の拳を受け止めたオルデンブルクは笑みを崩さないで答えた。
「さあ‥‥それを、君に言う必要がありますか? 言ったところで‥‥二人の運命が変わるとは思えませんが」
唇を噛みしめた旭の脇腹を、今度はオルデンブルクの足が襲った。全く動きの見えなかった蹴りを食らって、旭は大きく後退る。一瞬だったのに、骨を一本持って行かれたか。
いや、それだけではない。装甲に深い切り傷が刻まれていた。
「刃物‥‥!?」
驚愕した旭の前で、オルデンブルクは短刀を爪先で蹴り上げて手に持ち替えた。器用に手の内で回転させて、身構える四人を見渡してもう一度、仕切り直すように微笑んだ。
「面白い‥‥実に興味深いですね。しばらく、遊んで差し上げましょう」
「パイロットの方、いるのでしょう? 名は?」
由梨の問いかけにSSからは何の応答も無い。量産型とは言え、あのSSだ。無人であるわけがない。
「名乗らず、ですか‥‥まあ良いでしょう」
息を吐いた由梨は、まず半壊したSSに接近した。巨大剣を振り、回線一本で繋がっているであろう足を横に一閃で仕留める。機体の名前にもなった『シヴァ』がSSの頑丈な装甲を切り裂いた。
「ハーモニウムのことはよく知りませんが‥‥。年端もいかぬ少年少女が戦闘に駆り出される。戦争の常かもしれませんが、気分の良いものではないですね」
恐らく、パイロットもハーモニウムの子どもなのだろう。後味の悪さを今は押し殺して、由梨は抵抗しようとレーザー砲を向けるSSの腕を切りつけた。
「‥‥っ」
至近距離で砲台を切り裂いたせいか、暴発に巻き込まれて機体内が振動する。暴れる愛機を宥めて、由梨は一度退いた。
入れ替わりに、白虎と零音が崩れたSSを踏み台に残りの二機に迫った。
「しっと団がヘンリー先生を助けに来たぞ!!」
雄叫びを上げて突っ込んだ白虎は建御雷でSSの振り降ろした鎌を受け止めた。量産型とはいえ、未知の要素が多い機体だ。予想以上の衝撃に白虎は一瞬の眩暈を覚える。磨り減った体力では長期戦は難しいか。
「総帥!!」
プロトン砲の発射を認めた零音が白虎機の前に割り込んだ。電磁ナックルで砲台を弾いて後退する。空に向けて一筋の光線が虚しく走った。
「後方からミサイル、来ますよっ!」
天莉の声が機内に響く。
間が空いた瞬間に、最奥のSSがミサイルを放ったのだ。多目標誘導小型ミサイルが正確に零音と白虎の機体と――そして、ヘンリー達の居る司令室を狙いに行く。
「下がってください、ここは私がっ!」
司令室の正面に陣取って唯一護衛していた天莉は、リンクス――『マオ』をスナイパーライフルで撃ち落とした。二機の前で数発のミサイルが爆音を立てて炸裂する。
「大丈夫ですか? 揺れたらすみません」
振り返って司令室の方へ呼びかけた天莉である。操縦席から司令室の中は詳しく見えなかったが、目立つ赤毛の男性が親指を立てているのは確認できた。
「さて‥‥どんどん撃って行きますよー」
リンクス・スナイプを絶えず発動させている天莉は、今度は前線のSSの足元へライフルを放った。足場を揺るがされたSS間に動揺が走る。よろけた機体が何とか踏ん張ろうと藻掻きながら、こちらにプロトン砲を放った。
そこを機盾で砲撃を受け止めた由梨が反撃に出た。
「二機で連携など‥‥とらせはしません」
SSの持つ鎌に巨大剣を当てた由梨は力で腕ごと鎌をもぎ取った。次いで脇から来るプロトン砲を機盾で受け止め、正面のSSへ建御雷を突き立てる。
「僕達も行くにゃー!」
勢いを取り戻した白虎は操縦桿を倒し、レーヴァテインに持ち替えて由梨の攻撃に加勢した。両腕を塞がれているSSの胴へ強烈な一撃を食い込ませる。
「おっと総帥、それ、頂きです♪」
動きを止めた白虎もろとも、天莉がマシンガンを乱射した。機盾で防いでいるとはいえ、おそらく結構ダメージを食らっていそうである。
それでも、SS一機仕留められるのならば構いはしない。肉を斬らせて骨を断つのだ。
「一人だけはずるいよ、総帥? そのまま捕まえててっ!」
そこへ零音の攻撃も加わった。ブースト空戦スタビライザーを発動させ、白雪を薙いでSSの胴に斬り込んだのである。
総攻撃に巻き込まれた白虎だったが、残った力で地面を蹴った。結構本気で命の危険を感じたが、そこで挫けない辺りは百戦錬磨の傭兵である。
「必殺、だいなみっくちょーっぷっ!」
まさかKVが至近距離で跳躍するなど思ってもみなかったSSへ、白虎はレーヴァンテインをSSの頭上へ突き立てた。
だが、白虎の機体はこの時点で悲鳴を上げていたのだ。それはパイロットである少年も同じであった。
「うぅ‥‥結構限界にゃー‥‥」
白虎が呻いた時だった。
まともに食らったSSがスパークを発生させたのである。
そして、数瞬後、自爆とも取れる最期の爆発に接触していた白虎と由梨の機体が巻き込まれたのだ。
「流石に‥‥これは食らいたくないにゃー!」
なけなしの体力で愛機を宥めた白虎が盾を構えながら爆煙の中から脱出する。急いで零音と天莉が彼の機体を回収した。
「‥‥ですが、まだ終わりではありません」
爆煙の中から飛び出し、最後のSSへ突撃をかけたのは鉄壁の防御を誇る由梨だった。殆どと言って良いほど損傷を受けていないディアブロは、SSの放ったミサイルをかいくぐると、鎌を構えた敵機へ一気に距離を詰めた。
巨大剣と鎌が再度ぶつかり合って火花を散らせる。力では由梨機の方が圧倒的に上だが、SSは超至近距離からプロトン砲を放ったのである。距離をとる戦法に出たのか、そのまま後退しようと試みるのが手に取るように分かった。
「逃がしません。ここで貴方を止めさせてもらいます」
加速も由梨の方が早い。懐に潜り込んだ彼女は、鎌を持つSSの右腕を機刀で斬り飛ばすと、胴へ刀を突き刺した。動力炉を正確に破壊する一撃に、SSは徐々に動きを止めていく。
完全にSSの機能が停止した所で、由梨は操縦桿からようやく手を離した。コクピットの天井を仰ぎ、静かに目を閉じて呟いた。
「本当に‥‥後味の悪い戦いです」
また一人、敵を殺してしまったというのに、何の感慨も湧いてこない自分が恐ろしくもあり、憎らしくもあったのだ。
相手はたった一人なのに、という思いは誰の中にも少なからずあったはずだ。
それほどまでに、オルデンブルクの身体能力は彼らの予想を上回っていたということだろう。
「さすがに今回は疾風雷花‥‥とはいかないか」
溜息をついたネオは、シュバルツクローでオルデンブルクの剣を受け流した。真正面から受けるのは得策ではない。上手く仲間の攻撃が届く範囲へ、瞬天速で相手を引きつける。
「ハーモニウムの先公! 俺達が相手になるぜ!!」
爆風の中、煽るように言ったガルがオルデンブルクに突っ込み、彼の剣を受け止める。竜の鱗による恩恵があっても、これはなかなか辛い。
「んの‥‥っ、一撃じゃやられねぇんだぜ!」
吼えたガルは機械剣を力一杯振るった。攻撃は虚しく空を切ったが、オルデンブルクが後退った隙に自分も安全圏へと下がる。
一定距離まで下がった段階で、ガルはUNKNOWNの合図を受け取って、地面に置いていた縄を思いっ切り引っ張った。初手のグレネードを撃った際に、オルデンブルクを引っかけようと仕掛けた罠である。
「これでも食らいやがれっ!」
オルデンブルクの剣が閃く。手近な配管が切断され、高圧の水蒸気で彼の姿が掻き消された。
だが、UNKNOWNとガルの手には何かを引き摺る感触が確かにあった。間髪入れずに、黒衣の男性が瞬天速で肉薄する。視界が晴れないままだが、縄の先にあるものにまずは一撃、超機械で電磁波を叩きつける。
「誰が動いていいと言った。黙っていいと言った。喋っていいと言った」
抵抗するように動いたものを膝で突いたUNKNOWNだったが、そこで表情が僅かに動いた。
――人間にしては、あまりに堅すぎる。
違和感に眉を顰めた、その瞬間だった。
「この程度で私を捕らえられると‥‥笑止」
真後ろからオルデンブルクが剣を振り降ろす。反射的に躱したUNKNOWNのコートの端を裂くと、今度は真横から刃が接近した。
「二本、か‥‥」
身を反転させてUNKNOWNは二撃目を超機械で受け止めたが、刹那、殆ど本能的に地面を蹴ってその場から退いた。
一拍後、曇った視界を切り裂くようにUNKNOWNの立っていた場所が大きく抉られたのである。気づかずに立っていれば彼とて無事では済まなかったに違いない。
視界が晴れると、彼はようやく「ああ‥‥」と納得した。
縄に引っかかっていたのは、最初に落とされたSSの腕だったのである。確かにオルデンブルクは罠に嵌っていたように見えたが、流石にのこのこ引っかかったりはしなかったか。
エネルギーキャノンに持ち替えたUNKNOWNは視界に移った長髪の麗人に照準を定めた。
「まあ、暴れるな」
行動の許す限り、UNKNOWNはエネルギーキャノンを連射した。
戦闘の再開を告げる怒号が鳴り響く。再び爆風に巻き込まれたオルデンブルクだったが、今度は自らこちらに突っ込んできた。標的は、接近中だった旭だ。
「――っ、重い‥‥!」
両手に持つ痩身の剣を拳で受け止めた旭は端正な顔を歪めた。圧力に負けて足が後ろに下がる。
それでも、気迫だけは失わずに旭はオルデンブルクに噛みついた。
「あの子は泣いていたぞ! 人を傷つけて、人を殺めて!」
あの時、ヘラが流した涙は洗脳によるものではない。演技でもない。
純然たる、彼女の感情が表出した結果だった。
表情を変えないオルデンブルクの剣を殴って弾いた旭は僅かに電磁波を生じさせて、更に語気を強めて叫んだ。
「それでも連れ帰るつもりか! また洗脳して、優しい心を捻じ曲げるのかっ!」
「‥‥連れて帰らない、という選択肢は今の私にはありませんね」
穏やかに、けれども淡々と返したオルデンブルクは剣を一本手放した。打って変わって、袖口から小銃を掌に滑り落として旭の額を狙って引き金を絞る。
間一髪で躱した旭に肉薄したオルデンブルクは、薄気味悪いくらいまでに穏やかに言ってのけた。
「ですが、シアもヘラも駒でしかない。私が望むのは、あの二人が一緒に果てること‥‥ヘラを助けるのは、まだ死なれては困るのですよ。シアの目の前で、あの子は死ぬべきです」
「‥‥そんなこと‥‥そんなこと、させてたまるかっ!!」
押し寄せる怒りの波を惜しみなくさらけ出した旭は拳を突き出した。オルデンブルクの頬を掠めると、即座に電磁波を放つ。
僅かに瞠目したハーモニウムの教師は旭の胴を蹴り飛ばすと、数歩後ろに下がった。
それを、ネオは逃したりしなかった。
「今だ‥‥頼むっ!」
基地の給水装置の一つを壊した彼は、オルデンブルクの足元に向けて勢い良く放水したのである。
水を被ったくらいでダメージなどあるはずもないが、しかし、ここはグリーンランドである。
常時氷点下の極寒の地で水を浴びればどうなるか、考えるまでもない。
「さぁ、少しは凍りつくか?」
放水を止めたネオの視界の先で、オルデンブルクが立っているのが見える。
「おやおや‥‥これはまた、面倒なことを‥‥」
苦笑したオルデンブルクの足元が間を置かずに凍り付いていく。半ば地面に足を縫いつけられるような体勢になった彼へ、向かうのは当然集中砲火だろう。
ましてや、今はSSの援護はあり得ない。
ほんの少しの隙も逃してはならないのだ。
「籤のハズレ品で痺れやがれ!!」
離れた位置に居たガルがダンタリオンから電磁波を生じさせる。動けない今ならば、攻撃の一つや二つ当たるはずだ。
氷の砕ける音と共にオルデンブルクにガルの攻撃が直撃する。それを皮切りに、UNKNOWNが彼に接近した。
「やれやれ‥‥そろそろ、交渉に向かうべきだ」
超至近距離からエネルギーキャノンを放つ。動かない標的など、ただの的でしかない。
だが、ここでも彼らの作戦は綻びを見せた。
「そうですね‥‥まずはこの、茶番劇を終わらせないと先に進めませんね」
身を捻ったUNKNOWNの右腕をオルデンブルクの剣が強襲する。躱しきれなかった彼の黒衣が裂かれ、赤い血が地面に数滴零れ落ちた。
「ほう‥‥」
遅れて来た痛覚は気にせず、UNKNOWNはエネルギーキャノンをその場に落とし、即座に超機械でオルデンブルクの右腕を殴りつけた。その手に持っていた小銃が地面に落ちる。
足を縛る氷を剣であっさりと斬り落としたオルデンブルクはその場から退き、真っ先にガルの方へ向かった。遠距離攻撃を仕掛けられる彼から仕留めようと言うのだろう。
「殺しはしません。ですが、君から眠って貰います」
「しま――っ!」
武器を持ち替える前に、ガルの肩へ剣を食い込ませたオルデンブルクは彼を蹴り飛ばして基地の壁に叩きつけた。
「ぐぁ‥‥っ!」
呻き声を上げてガルが崩れ落ちる。
とどめを刺そうと引き抜いた剣を振り上げたオルデンブルクには、ネオがその爪で背後から奇襲をかけた。
「それ以上はさせるかっ!」
剣を弾き飛ばすと、彼の脇腹を蹴りつける。その場から離れるや否や、駆け寄った旭がすぐにガルへ練成治療をかけた。
受け身の体勢を取って立ち上がったオルデンブルクにはUNKNOWNが向かう。瞬天速で懐に潜り込むと、武器を失った彼の胴に拳を叩き込んだ。利き腕ではないが、威力は充分だろう。
不意を突かれてまともに食らったオルデンブルクは、ようやく顔を微かに歪めたのだ。
「これ以上暴れさせはしないよ!!」
初めてまともなダメージを食らったオルデンブルクの背中に、零音は怒声を投げつけた。SSを片付けた仲間達が合流したのである。
「まともに動ける機体は三機‥‥ですが、人間一人葬るには、充分な数です」
巨大剣の先をオルデンブルクに向けたのは由梨である。SSすら寸断できる武器だ、流石に生身のオルデンブルクには対応し切れまい。
「何ならもう一度足を凍らせてみますか?」
放水機を構えた天莉の声が響く。
正面に三人、背後には三機と、完全に包囲される形になったオルデンブルクは、息を一つ吐いた。
「やれやれ‥‥仕方ありませんね」
言いながら上着を脱いだオルデンブルクである。落ちた外套が地面に食い込む。
それほどの重さを背負いながら、あそこまで身軽に動いていたのか。だとすれば、嘗められたものである。傭兵達の屈辱心を、オルデンブルクは些細な動作一つで増してみせたのだ。
「今回は私の負け、ということにしておきましょう。SSを三機も潰されては、痛手と言わざるを得ませんからね」
敗北宣言にしては、余裕に満ちたオルデンブルクの声が基地内に響いた。
◆
両腕を封じられたオルデンブルクは基地の一部屋に通された。恐らく本気を出せば逃げることなど容易いのだろうが、そうしないということは一応の交渉意思はあるということか。
厳重な監視下に彼を置いた後、傷の少ない傭兵達は応急措置を受けて司令室に集められた。
「ヘンリー先生――――っ!!」
「うぉっ!? ‥‥ぐぇ」
司令室に入るなり抱きついてきた零音に倒されたヘンリーは変な声を上げて引っくり返った。見ていた基地の人々はざわざわと何か囁き合っていたが、敢えて何も言わないでいる。いつものことなのか。
「‥‥って、まぁ、それはともかくだ。ナルサルスアークの方も片付いたみてぇだ。やっと交渉に移れるぜ」
零音を横にやって起き上がったヘンリーの言葉に、傭兵達は少なからず安堵の息を吐いた。ナルサルスアークの戦いに勝利――つまり、シアを撤退へ追い込めたということは彼らにとって大きな交渉要素となりえるはずだ。
「で、だ。肝心の交渉をどうするかだが‥‥」
重傷を負った白虎とガルも意識を取り戻し、椅子に座ったまま難しい顔で考え込んでいる。
「待っている人がいるのなら、帰してあげた方がいい気がするのです」
ぽつりと言った白虎である。心情としてはそうだろう。
だが、ヘラの立場がそれを難しくしている。
あくまで彼女はハーモニウムであり、人類の敵なのだ。
気持ちは分かるが、と最初に置いたヘンリーは首を横に振った。
「無条件で手放すわけにはいかねぇな。勿論、これは軍人としての意見だが‥‥敵をそうほいほいと敵陣に返すのは良い策とは言えない」
そう言ったヘンリーにUNKNOWNが静かに返した。
「女の子と猫は、学園に引き取って貰うのはどうかね?」
「学園‥‥カンパネラ、か。ナルサルスアークの方に行った連中も同じ事を言ってきたぜ」
複雑な顔で頷いたヘンリーである。こればかりは、自分一人の権限でどうこう出来る問題ではないのだ。
「何にせよ‥‥あのオルデンブルクとかいう奴とは、話をすべきだろうな。場合によっては拘束もあり得る。またお前達の手を借りることになるだろうが‥‥頼むぜ」
拘束を解かれたヘラはオルデンブルクと向かい合うように座っていた。
「ごめんなさい‥‥先生」
「謝ることはないですよ、ヘラ。よく、無事でしたね」
立ち上がり、彼女の頭を撫でたオルデンブルクだったが、ヘラからは見えないその表情は無表情そのものであった。ヘラの存在は駒としか思っていない彼らしい、実に醜悪な姿でもある。
「ヘラ。君はシアの為に何でも出来ますか?」
「‥‥勿論。お兄さ‥‥シアの為なら‥‥」
言い直したヘラに、オルデンブルクは苦笑して見せた。
「『お兄様』で構わないですよ。シアも、きっとそれを望んでいるはずです。あの子は君のために、兄となることを選んだのでしょう?」
頷いたヘラの頭から手を離して、オルデンブルクは柔和な笑みを浮かべて座り直した。
「この交渉、どのような結果になっても、君はそれに従いなさい。大丈夫、必ず‥‥シアは君を助けようとするでしょう。悪いようにはしませんよ」
驚くほど素直にオルデンブルクの言葉を信用したヘラは椅子に座ったまま膝を抱えた。
そうして、ぽつりと呟いたのである。
「シアに‥‥会いたい‥‥」
彼女の言葉を聞き逃さなかったオルデンブルクは、微妙に悲しそうな顔をして頷いた。
「そうですね‥‥ヘラ。私も、顔を見たい人間がいるのです。君と同じ。だから、君の気持ちは分かりますよ」
安堵したようにヘラが頭を小さく縦に振った。
膝に顔を埋めて黙り込んだヘラに一瞥をくれて、オルデンブルクは口元を手で覆い、窓の外で降り始めた雪を見ながら誰にも聞こえないように小さく呟いた。
「その為に‥‥私の計画の為に、君は駒になってもらいますよ、ヘラ」
彼の計画は、ようやく始まろうとしていた。