●リプレイ本文
「『ヘラ』‥‥まだ話し足りないからね」
小さく呟いた百地・悠季(
ga8270)は豪雪で狭まる視界の中に銀髪の少女を必死に捜した。
「ヘラさんは今、どの辺なんでしょうか?」
「管制塔からの連絡では近いな。このまま行けば、俺達の方が先に合流できそうだ」
管制塔への連絡を続けていたイレイズ・バークライド(
gc4038)は後ろをついてくる小笠原 恋(
gb4844)に言った。
間もなくして彼らはあの長い銀髪の少女を見つけたのである。
「‥‥目視しました」
イレイズと共に前線を走っていた和泉 恭也(
gc3978)は一息に言うと、声を大にしてヘラの背中に呼びかけた。
裸足で雪の中を藻掻くように走っていた少女が足を止めてこちらを振り返った。
恭也は相手を刺激しないよう、持っていた銃を積もった雪に落とした。
「えーっと、ヘラさんですよね? お時間があるようでしたらお話しませんか?」
警戒心を顕わにしながらヘラはじっと観察していた。隙あらば攻撃してやる、とその赤い瞳が語っている。
「仲間がどうなったか知りたくないですか?」
一定の距離を取って立ち止まった春夏秋冬 立花(
gc3009)は可能な限り柔らかな声音でヘラに尋ねた。
「Agちゃんと約束したんですが‥‥大人しく投降する気はないですよね?」
刺激しないこと、かつ仲間が追いつくまで時間を稼ぐこと、この二点を念頭に置きながら彼女は相手の返事を待った。
間にしてたっぷり三秒、黙っていたヘラが口を開いた。
「Ag‥‥仲間は、死んだの?」
「いいや、死んでは‥‥いない」
立花に代わってイレイズが言った。即答出来なかったのは、先にQの死亡が確認されていたからだ。
「そう‥‥死んで、ないの。他に‥‥言うことは?」
「んー。貴女は‥‥猫好きですか?」
恭也の思いがけない一言に、がくりと立花とイレイズが一瞬妙な表情を作った。それはヘラも同じで、何を言われたのか一瞬分からない様子だった。
「‥‥‥‥嫌いじゃない」
律儀に答えたヘラである。相手が何も言ってこないのを見ると、今度は彼女が先に言った。
「今度呼び止めたら危害を加えるから‥‥他に無いなら、もう行くわ」
ぞっとするような殺気を瞬時に放ち、ヘラはまた背を向けた。
その瞬間である。
「あるわよ。一杯――‥‥ねっ!」
脇から追いついた悠季がヘラの足元に飛び込んだのだ。足を取られた少女は真っ白な雪の上に倒れ込んだ。
「‥‥っ!?」
奇襲と思ったヘラが無言で激高し、悠季の顔を殴りつける。彼女はヘラの拳を手で押さえ、目に向けて突っ込んできた指をもう片方の手で押さえた。掌に突き刺さった爪の感触が生々しく伝わってくる。
相手の動きを封じて、悠季は言った。
「ほら、どうしたの? 寒い雪の中突っ走って、先に何が有るの?」
「お兄様が‥‥シアが迎えに来るわ」
「んー。そうかしら?」
さらっと言った悠季は後ろのイレイズ、立花、そして恭也に目配せをした。小さくではあるが、彼女の位置からはキメラの集団が見え始めていたのである。
「まずは一先ず戻って暖まらないとね。――で‥‥先生の事は初耳なんだけど、その事は聞いて良い?」
「‥‥」
やはり口を噤むか。
今すぐに聞けるとは思っていないけれども、と内心呟いた悠季は、ようやく追いついてきた少女の姿を認めて、唇の端をふっと持ち上げた。
「本当のお迎えが来たわよ、ヘラ」
そう言って、悠季はヘラの髪を飾るコサージュを優しく撫でた。
「そう言えばオルデンブルク様とは交渉するつもりだったのでしょう? 其の辺りについて何か話しましたか?」
『さっぱり分からねぇ‥‥』
二条 更紗(
gb1862)に尋ねられたヘンリーは困惑気味に無線越しに返したものである。
基地内に留まっているオルデンブルクの姿は監視カメラが復旧すると同時にすぐに捉えることが出来た。
何か目的があるのか、オルデンブルクは最初の拘束場所から動いてはいなかった。
「位置については了解。さて、鶏先生の所へ行くか」
呟いたUNKNOWN(
ga4276)はLothmans ROYALS 120S【F】を口に咥えて行動を開始した。
「オルデンブルクのいる部屋への通路を一本残し、残りは封鎖して下さい」
『了解』
元より退路は断つつもりなのか、アクセル・ランパード(
gc0052)の指示が飛ぶ前にヘンリーは彼らが進んでいる通路の向かい側に隔壁を下ろしていた。
「――見つけましたよ」
そのアクセルが緊張に満ちた声で言った。部屋から悠然とオルデンブルクが出てきたのである。
「おっと、そこからは私がお相手しよう。鶏先生」
言うや否や銃を抜いたUNKNOWNがオルデンブルクの両腕を狙って引き金を絞った。簡単に当たるとは思っていないが、やはり難なくこれを避けた彼はUNKNOWNに向けて小刀を投げつけた。
瞬天速で一気に下がった彼は銃身で刀を叩き落とす。
「また君ですか。悪くはないですがね」
「ほう? ‥‥右の隔壁閉鎖」
最後の件は小さく呟いて、UNKNOWNは隔壁が降りると同時にエネルギーキャノンを放った。
壁一枚ぶち抜く砲撃だったが、オルデンブルクはあっさりとした表情で躱して見せた。やれやれ、とUNKNOWNは流石に肩を竦めずには居られなかった。
「UNKNOWN様。一度彼と交渉をっ」
追いついた更紗とアクセルの姿を認めて、UNKNOWNは特に反対することもなく後ろに下がった。
「オルデンブルク様。迎えが来るまで暇つぶしに話でもしませんか?」
AU−KVを傍に置いた更紗は言った。柔和な笑みを浮かべていたオルデンブルクは頷いてみせる。
即座に争うつもりはないと判断した更紗は気になっていたことを尋ねた。
オルデンブルクの豹変はヘンリーが交渉相手と知った時点であり、彼は未だにこの基地に留まっている。逃げられるならばとっくに逃げているのに、だ。
「もしかして交渉相手として誰か目当ての方がいたりしましたか?」
「‥‥さあ、どうでしょうね?」
はぐらかしたオルデンブルクに、今度はアクセルが問いつめた。
「――『何か』を待っていたのですか? いや、『今も待っている』んでしょうかね?」
「待っている‥‥そう、待っていた、ですね」
相手が訝しむのを承知でオルデンブルクは何の補足もしなかった。アクセルもそれ以上この話題を引き摺るつもりはない。
それよりも、もっと聞きたいことが彼にはあるのだ。
「『ヘラさんはシアさんの前で死ぬべきだ』とはどういう事です?」
すっと冷え切った声に変わったアクセルに対しても、オルデンブルクは穏和な笑みを崩したりはしなかった。
「言葉通りの意味ですよ。ヘラは私にとっては、ただの駒。シアを動かすための駒に過ぎないということです。あの子の力を引き出すための存在。それがヘラですから」
「‥‥貴方は、そのシアさんに何をしたんですか?」
核心をずらして話すオルデンブルクに、アクセルは更に冷えた語調で詰問した。隠しきれない殺気が周囲に滲む。
「シアさんの体に組み込まれてる『アレ』は、AU−KVと同等の機構ですね?」
その言葉を聞いたオルデンブルクは、初めてその笑みをうっすらと不気味な微笑に変えたのである。
「何も? シアは『最初から』あの力を使えたのです。私はただ、それを強化したに過ぎない。アレを組み込んだことが罪であるならば、贖うのは君達人類でしょうに」
それはぼかしているが、明確な回答でもあった。
シアは元々、アクセル達と同じであったとオルデンブルクが認めたのである。
二の句が繋げなくなったアクセルに代わって、更紗が尋ねる。
「先の話に戻りますが‥‥もし相手がいるなら、場合によっては面通り出来るかもしれませんよ? どうせなら現状を最大限に利用してはいかがでしょうか、態々芝居じみたことをして現状を作ったんですから」
「そうですね。それも良いかもしれません。ですが残念ながら、時間切れのようです」
彼の言葉を追うように基地内に警報が木霊した。間髪入れず兵士の悲鳴にも似た声が響く。
『SS一機接近! 至急応対願いたい!!』
傭兵達がほんの一瞬、その声に意識を向けた刹那だった。
「君達は実に聡明だ。その聡明さが残酷な真実を暴き、絶望に打ち拉がれるのを楽しみにしていますよ」
更紗とアクセルの直ぐ傍でオルデンブルクの声がした。脊椎反射で間を取ったはずの二人の体が大きく後退する。胴に強烈な衝撃と共に足に力が入らず、二人はその場に膝を突いた。
凄まじい速さで彼らを蹴り飛ばしたオルデンブルクはUNKNOWNの砲撃を避け、隔壁を片手で破壊してそこから逃げ出した。
「やれ‥‥SSの掃除に向かうか」
負傷した更紗とアクセルに練成治療を施し、UNKNOWNはエネルギーキャノンを担ぎ直すと彼の後を追い始めた。
「ヘラさーん! そのままだと霜焼けや凍傷になっちゃいます。まずこの靴を履いて下さい!」
追いついた恋はブーツとマフラーをヘラに渡した。髪にコサージュがついていることを確認すると、安堵したように息を吐く。
「また、貴女なの‥‥? どうして私にそこまで固執するの?」
悠季から解放され、身を起こしたヘラに恋は首を横に振った。
「友達だからですよ。それに‥‥手もこんなに冷えちゃってるじゃないですか。風邪ひいちゃいますから、帰りましょう。シアさんは私達が必ず連れて来ますから、その後は三人で楽しく暮しましょうね」
「‥‥そう言って、あの人もシアと私を連れて行ったわ。連れて行って、シアの首を絞めたわ。貴女もそうするんでしょう?」
淡々と言ったヘラは、濁った赤い瞳に恋を映したまま、彼女の肩を爪で引っ掻いた。抵抗しない恋は痛みを感じる代わりにヘラをきつく抱きしめる。
「やめて‥‥駄目よ、やめて、離してっ! 次は殺すわっ!」
「殺すなんて言っちゃ駄目ですよ。そんなこと、言っちゃ駄目です‥‥!」
「離してっ! 殺すわ! 本当に殺してやるんだからっ!」
ガリガリと背中を掻き続けるヘラを傷つけることなく、恋は目を閉じて痛みに耐えた。
その時である。
「恨み言ならまた後に、聞きたいことがあれば目覚めてからお答え致します」
後ろから近づいた恭也が拳銃の銃身でヘラの頭を殴りつけたのである。不意を突かれた少女はあっさりと意識を手放す。
「行って下さい。キメラはお任せを」
「‥‥あ、ありがとう」
ヘラを抱えてよろりと立ち上がった恋は、直近の虎に向かって発砲した。足元で炸裂した雪に虎が視界を奪われている間に、恋は少女を抱えて管制塔へ走り出したのだった。
「さて、ね。早く片付けないと。やることも沢山だしね」
息を吐いた悠季は恋の後姿が遠ざかるのを見届けて、虎の胴を爪で抉った。引っかかれた足は活性化で癒し、飛び掛かって来た虎には両断剣を乗せた重い一撃を食らわせてやる。
「っと、春夏秋冬!」
視界の端をSSが走り抜けるのを捉えたイレイズは、虎の足の腱を切り裂き喉元を突き潰すと、傍の立花に叫んだ。ヘラの回収が不可能と判断したSSが、真っ直ぐに基地へと向かっているのだ。
「了解です!」
頷いた立花は桜乙女を繋いだワイヤーを引っ張った。宙を踊る剣先に足を斬られた虎が雪に沈む。手に刀を握った立花は、近づいて来た虎の鼻先を拳で殴り飛ばすと、踵を返して基地へ戻り始めた。
彼女を追いかける虎には、その足をイレイズがソニックブームで一斉に止める。
「‥‥っと元気が良いですね」
虎に押し倒された恭也は銃口を懐に押し当てて引き金を絞った。既にヘラの姿は彼らの視界から消えているが、それでも発砲音が彼女の耳に届くと困るのだ。
「管制塔に行くよ! 退避!」
こちらに向かうSSに照明銃を撃ち上げた悠季が声を強めた。射程一杯からのSSの砲撃が虎を巻き込み地面を抉る。間一髪で躱したイレイズと恭也も管制塔への撤退を始めた。
「追っては来ないか。ヘラの確保だけが目的だったみたいだな」
砲撃しながら後退っていくSSを見ながらイレイズが呟いた。目的を達成出来ないなら撤退、という指示だったか。
ひとまず、こちらはもう安全だ。
基地に到着したSSに近づくオルデンブルクを発見したUNKNOWNは煙草を噛み切り彼らの傍に投げた。
「タクシーは呼んでいない」
炸裂した閃光に合わせて瞬天速で詰め寄ったUNKNOWNはエネルギーキャノンをSSに向けて連射した。機能停止を狙って関節部を集中的に狙い撃つ。
「逃がしませんっ!」
基地内に飛び込んできた立花が指で「1」の字を作る。視界の端に捉えたUNKNOWNはコートの袖で目を覆った。
瞬間、立花の投げた閃光手榴弾がSSの足元で炸裂した。流石に目を僅かに焼かれたオルデンブルクに、アクセルが追撃をかける。
「オルデンブルクッ!!」
体を引き摺りながらも、アクセルはオルデンブルクに向けて不凍液を投げつけた。躱すのが一拍遅れた彼の右足に液体がかかる。氷点がガクリと下がったその足がどうなるかは、言うまでもないだろう。
「ち‥‥っ」
舌打ちしたオルデンブルクの行動はあっさりしていたが、正しくもあった。動けなくなる前にSSの構えていた剣で自らの右足を斬り落としたのである。
瞠目する彼らを尻目に、オルデンブルクはSSのコクピットに乗り込んだ。代わりにパイロットらしき少年が地面に降り立つ。
「後は計画通りに」
そう言って、オルデンブルクの搭乗したSSは宙に浮いた。損傷を受けたせいで動きが鈍い。
追いつけなくはない、と判断した傭兵達だったが、その前に少年が動いた。
「イカセナイ‥‥先生ニ、手ヲ出スナ」
たどたどしく言った少年の右手に何かが握られていると彼らは瞬間的に気づいたが、それでも自分の身を庇うので精一杯だった。
遠ざかるSSを背に、先まで教師を助けようとそれを繰っていた少年は周囲を巻き込んであっけなく自爆して見せたのだ。
◆
管制塔に移されたヘラの意識はまだ戻らないままだ。
「年が離れた人が多くても不安でしょうし、カンパネラ学園に移送していただきたいのですが」
ヘンリーに言ったのは恭也である。ノイズばかりの画面の向こうで、彼が赤毛を掻いたのが分かった。
『気持ちは分かるんだがな‥‥俺の権限では学園は動かせねぇ。一旦、ゴッドホープに移送だろうな』
ゴッドホープには、同じくUPC軍に投降したハーモニウムのディアナが居る。カンパネラ学園には、フィディエルとノア。どちらに行くにしても、ヘラが孤独感に苛まれることは無いだろう。
「ゴッドホープへの移送はいつになる?」
尋ねたイレイズにヘンリーは首を振った。
『何とも言えねぇな‥‥先にやることが山積みだぜ』
その時はまた頼むわ、と告げたヘンリーに恭也は深く頷いた。
「言葉が通じる、思いが通じる、ならいつか自分たちの想いが届くと思っています。いつか友達になれるって信じたいじゃないですか」
その言葉は、恐らくこの場に居るヘラを助けたい全員の想いに違いなかった。
END.