●リプレイ本文
作戦は八名によって遂行された。
「さってと、じゃあまあ、出発といきますか」
真っ先に腰を上げたのはルクシーレ(
ga2830)だ。それまで八人は作戦をもう一度確認していたので、彼の言葉に全員が頷いた。
「物資を待っている人達のためにも‥‥でも、やっぱり寒いわ」
苦笑した桐生院・桜花(
gb0837)は救援物資を守る役目を負っていた。仲間のことは信頼しているが、万が一の時には盾になってでも物資を守る覚悟でいる。
だがしかし、何と言ってもグリーンランドだ。極寒の地と言っても過言でないほど寒い。事前にレイミア(
gb4209)が気にしていなければもっと寒かったに違いない。それこそ、体力をどんどん削られる程に。一行は何らかの防寒対策をしていたので、最低限の寒さに抑えられていた。これで作戦も遂行しやすいだろう。
「吹雪は収まった様ですね、行きましょう」
セレスタ・レネンティア(
gb1731)が雪のような銀髪を揺らして立ち上がった。続いて他の面々も武器を背負い、物資の詰まったトランクを荷台に乗せた。
「噂以上だな。寒さはしばれるぜぇ」
一行は佐賀繁紀(
gc0126)を先頭に行動を開始した。徒歩十五分という短い距離だが、道は雪に埋もれ、正しい道がどこなのかも分かりづらくなっている。
道中、キメラの出現に備えようと、シルフィミル・RR(
gb9928)が動いた。まだ五分ほどしか歩いていないところだったが、無言だったこのメンバーの空気にやや耐えきれなかった感があった。
緊張を解す意味でも、彼女はにこりと笑って言った。美しい容姿なので、彼女の笑みには華がある。
「皆さん、シルフィが武器を強化しますの」
「オ願イ、シマス」
ムーグ・リード(
gc0402)がガトリングガンに錬成強化を施してもらった瞬間、彼の表情が強ばった。首だけを動かして遙か遠くをじっと見つめる。長身の彼が微動だにしないその姿は、不思議な威圧感に満ちていて、全員が足を止めた。
「‥‥‥キメラ、DEATH」
「確認しました。キメラです。物資を傷つけられないよう注意を!」
殆ど同時に気づいたセレスタは既に走り出している。辺りを警戒するように見回しながらアラン・レッドグレイブ(
gb3158)が荷台の前――キメラの居る方向に立ちはだかった。
程なく全員が気づいた。白い白い雪面の向こうに、ぽつんと一匹のキメラが佇んでいる。白い耳を揺らして、長い舌を惜しげもなく垂らして、赤い眼でこちらを見ている。一見、小さな犬のように見えるが、その佇まいは明らかに異常なものであった。
「キメラの掃討を開始する。オフェンス班は前へ!」
キメラに走り寄るセレスタの声で佐賀、ムーグも走り出した。
荷台を囲むように立つ仲間を残して、まずは先行したセレスタが突っ立っていたキメラをサブマシンガンで撃ち抜いた。子犬のような体が衝撃で吹っ飛ぶ。彼女はそのまま足を止めて、荷台の方へ引き返した。代わりに彼女を追い抜いた佐賀とムーグが前方に立つ。
「…コレ、モ、人ノ、業、デス、カ…?」
雪に沈んだ白のキメラを見やったムーグがぽつりと呟いた。隣に立つ佐賀が彼を見上げる。
「罪悪感か? らしくないで。わしらも命を張ってるんやから」
「エエ。大丈夫、デス」
キメラに同情はしない。ただ、殺戮することはいつになっても僅かな罪悪感が伴う。
溜息をついたムーグだったが、どうやらゆっくりとしていられないようだった。
後ろに居た仲間達が悲鳴を上げた。
バグアがもっと無能なら、楽なんですがね‥‥
アランが任務前に零したように、キメラは決して脳味噌が無いわけではない。一匹がやられた段階で残りのキメラは作戦を変えたのである。体の色を利用して、五匹のキメラが雪の中に隠れていた。
突然雪を吹き飛ばして地表に現れたキメラ五匹は、佐賀とムーグの後方に陣取った。即座に動いて真っ先に物資を積んだ荷台へ駆け寄る。その速さは思った以上だ。
一拍後、前衛の二人の前にもキメラが現れる。こちらは真っ黒な体で碧い目をぎらぎらと煌めかせていた。
一行は、完全にキメラに足止めを食らう羽目になったのである。飢えたキメラ達は赤と碧の目を爛々と輝かせて、それぞれの獲物を狙っている。その数九体。与えられた情報の数とぴったり一致する。
だが、日頃から鍛えられている彼らはこのくらいで動揺するヤワな精神ではなかった。
辺りを冷静に見回していたシルフィミルは声を張り上げた。
「佐賀さん、ムーグさんは前方のキメラを! こちらはシルフィ達が引き留めますの!」
「了解!」
「ルクシーレさん、桐生院さんは二時の方向を、アランさん、レイミアさんは三時、セレスタさんは前衛の援護をお願いしますの!」
シルフィミルの指示で全員が一斉に動き出した。彼女は即座にセレスタの武器に錬成強化をする。
物資に最も近い位置にはキメラが二体唸り声を上げて鋭い刃を剥き出しにして威嚇をしていた。
「せあっ!」
桐生院の放った弾丸をかいくぐって一体のキメラが彼女に飛び掛かった。尚も射撃をおこなうが、その突進を止められない彼女に替わって、ルクシーレがバスタードソードをキメラの歯に噛ませた。鋭い爪が彼の腕に食い込む。顔を顰めた彼は力に任せて剣を振った。
その彼の直ぐ脇を、一匹のキメラが走り抜けた。行く先にはレイミアの背中がある。
「ちっ、敵さん、行ったぞ! レイミアさん!」
舌打ちをしたルクシーレがバスタードソードを薙いだ。飛び掛かってきたキメラを弾き飛ばして、彼は近い位置に立つレイミアを見た。まだ彼女の武器は強化されていないのに、こちらでし損じたキメラ一体が彼女の元に向かっているのだ。
間に合わない。そう判断した彼は司令塔であるシルフィミルに目で合図をした。
「レイミアさん、今、強化をしますの!」
合図を受け取ったシルフィミルが叫んだ。
だが――、
「ご心配なく。こんなことも予測して武器は強化済みですよ」
口元に笑みを湛えたレイミアは、駆け寄ってきた二体のキメラを同時にハングドマンで吹き飛ばした。小さな悲鳴を上げてキメラの小さな空だが雪面に落ちる。
ふう、と息を吐いた彼女はシルフィミルの方を見た。
「次はどうしますか?」
「怖ぇ‥‥」
ぽかんとするルクシーレは思えず呟いた。隣で別のキメラを斬りつけていた桐生院は肩を竦める。
「でも、おかげで助かったわ。あちらは安心よ」
三時の方向ではアランとレイミアが二体のキメラを相手にしていた。こちらはやや物資まで距離があるが、二人はそんなことを気にはしていなかった。
ともかく、物資を守り、キメラを掃討しなければならない。
「すばしこいだけが能の犬コロに、俺が後れをとると思っているのかァ!」
瞳を青く変え、肌の色が小麦色に変わったアランはイアリスの刃をキメラの腹に突きつけた。
「食らいな、犬コロがっ!」
鈍く輝く刀身が凄まじい音を立ててキメラを薙いだ。両断剣を使用したおかげで、強化をする間でもなく彼のイアリスは立派な戦力に数えられるのだ。
息を吐いたアランの足元を突然銃弾が飛び交う。声を上げて飛び退いたアランの足元に、彼の足首に噛みつこうとしていたキメラが横たわっていた。
「大丈夫ですか、アランクン」
「おう。ちょっとビビッたがな」
小銃の銃口を空に向けた桐生院が安堵したように微笑んだ。
前衛の二人に向かってきた黒いキメラは四体だった。三十センチと小型のキメラだが、すばしっこくなかなか動きを捉えられない。
「寒さしらずな、敵は!」
瞳と肌を赤く燃え上がらせた佐賀は物騒に笑って、アサルトライフルのトリガーを引いた。強弾撃で強化された弾丸をまともに食らったキメラが仰け反って倒れ込んだ。その上を踏みつけて別のキメラが彼に飛び掛かる。
「ちぃっ!」
「佐賀サン、身ヲ屈メテ、下サイ」
背後からの静かな声に佐賀は本能的に身を屈めた。彼の大柄な体を飛び越えたキメラを狙って、ムーグは同じく強弾撃で強化した銃弾を一斉に叩き込んだ。何度か雪面にキメラがバウンドして倒れ、ゆっくりと動かなくなる。
「助かったで、ムーグ」
「無事デ‥‥ナニヨリ、デス」
「お二人とも。まだ二体、残っています」
駆け寄ってきたセレスタはサブマシンガンをその場に置き、両手にハンドガンを構えた。躊躇いなく引き金を引き、二人の前に居たキメラ二体を撃ち抜く。
敵の急所を正確に撃ち抜く彼女は、決して豪快な戦い方ではないが、冷静に二体のキメラをあっという間に沈めてしまった。
辺りがしん、と静まりかえった。気がつけば、最初の一体も含めて、十体全てのキメラが動かなくなっていたのである。
「皆さん、無事ですか?」
荷物の傍に控えていたシルフィミルが言った。彼女も万が一の時に備えて覚醒していたのだろう、背後に鎧武者のような骸骨が彼女と同じように首を傾げ揺らめいている。
「無事、デスネ」
「おう、無事や」
前衛二人の言葉に彼女はほっとしたように笑った。
「アカオニさん‥‥勝ったみたい、ですの」
彼女に付き従う骸骨がゆっくりと頭を垂れた。
目的の街に辿り着くと、街の人々は諸手を挙げて喜んだものである。キメラなどが外をうろついているので、ろくな物資が無いところだったと涙を流しながら喜んだ人も居る。
八人は思い思いの感情を持ちながらも、感謝の言葉を素直に受け取っていた。
「ルクシーレさん」
ゆっくり食事でもどうでしょう、と言うセレスタの誘いを受けて移動している途中、ルクシーレをレイミアが呼び止めた。
「どうしたんだ?」
「腕、怪我していますよ。私、怪我人の治療をするのは得意なのです」
言っている間に彼の傷を塞いでしまう。一人で動いているように見えた彼女だったが、見るべきところはきちんと見ているのだろう。
「ありがとうな」
礼を言ったルクシーレにレイミアはいつものように笑って背中を向けた。少し歩いて行って、一行が入った酒場に姿が消えていく。
「ルクシーレクン! ルクシーレクン!」
振り返ると、彼の後ろにはいつの間にか桐生院とシルフィミル、そしてムーグが立っていた。先にレストランに入ったはずだが。
「どうしたんだ?」
「どうしたじゃないですの!」
真っ青な顔になっているシルフィミルは何故かコップを持っていた。キメラに会った時でさえこんな表情ではなかった。
「ルクシーレクン! 大変、大変!」
桐生院も慌てて口をぱくぱくとさせている。
一体何だ、とルクシーレが聞こうとした時、冷静だったムーグが初めて口を開いた。
「アランサン、ト‥‥佐賀サンガ、飲ミ比ベを始メテ‥‥シマイマシタ」
「は? 飲み比べ?」
ルクシーレは唖然となった。頷いたムーグは続ける。
「佐賀サン、ガ‥‥『この飲み比べに勝つためにわしは戦っている!』ト言ッテイマシタ」
「‥‥他の連中は?」
「止メラレマセン。男手ガ、必要‥‥デス」
「こういう時だけ、男扱いするなよ‥‥」
呑兵衛の仲裁というのも良い経験になるのだろうか。やったことがないから、いまいち勝手がつかめないが。
「しょうがねえな」
見かけに反して温厚なムーグと未成年の少女達に止められるはずもなく、ルクシーレは溜息をついて三人と一緒に酒場に入って行った。