●オープニング本文
前回のリプレイを見る もう戻らない。
永遠の半身は、永遠の絆は。
残された半身は、何を成せば良いのだろうか。
もう、共鳴する相手すらいない、空虚な世界で――
The Last Sympathy−4
部屋はしんとしていた。夜にも関わらず明かりを灯さず、ただ月の光だけが床を、テーブルを、食器を照らしていた。
床に座り、壁に盛られて消えた電球を見上げていたヘンリー・ベルナドットは、自分がしばらく眠っていた事に寸瞬遅れて気がついた。視線を落とせば、しがみつくように胸に顔を埋めて微動だにしない、銀色がよく映える少女が見えた。
ヘラを失って数日、シアは毎晩こうしてヘンリーにしがみついて眠るようになった。彼に父性を求めての事でも、愛情を求めての事でもない。
シアは怖がっていた。再び誰か、自分に近しい人が死んでしまうことを恐れていたのである。たとえ、ヘンリーが自分をあやして眠れない夜を重ねている事を知っていても、誰かに寄りかかる事でしか今の彼女は自分を支える事は出来なかった。
傭兵達を、恨もうとは思わなかった。負の感情を、これ以上持ちたくなかった。
恐らく、殺されたのが自分であったとしても、ヘラは同じ事を思うと確信していた。
それだけの時間を、それだけの想いを、傭兵達と重ねて来た。
多分‥‥とシアは思う。多分、恨んでくれた方が傭兵達も気が楽なのかもしれない。それをしないのは、もしかしたら残酷な事なのかもしれない。
けれども、とシアは重ねて思う。
これ以上、誰にどんな感情を向ければ良いのだろう。
●
軍部に顔を出したヘンリーを出迎えたのはウォルター卿だった。オルデンブルクを逃した後、傷を負った彼の追跡を卿に依頼していた事もあり、その報告を聞きにきたのだった。
階級からして、仕事が逆ではないかと思われたが、シアの精神的補助の事もあり、ウォルター卿は何も言わずに引き受けてくれた。とはいえ、実際に動いたのはエーリク大尉だろう。
(後で一杯ご馳走してやらねぇとな‥‥)
ぼんやり考えていたヘンリーに、ウォルター卿は一枚の報告書を寄越してきた。
「オルデンブルクは現在、グリーンランド中央部、丁度ホスピスの北側の森に潜伏していると聞いている。捕えるにはやや戦力が不足しているゆえ、この機を逃さず、仕留めたいところだな」
ヘンリーが視線を落とした報告書には、北方軍が死力を尽くして包囲網を維持している、とあった。最低限の被害状況が報告されていないのは、オルデンブルクの傷が予想よりも深く回復能力も落ちていることと、北方軍だけでは決定打に欠けるという事を示しているのだろう。
「‥‥傭兵の投入ですかね」
「無論。これ以上、のさばらせるわけにもいくまい。ホスピスにまで進行されれば、何をしでかすか分からん故な。中尉、君に現地の指揮を任せる」
「承知しました」
「限界突破をせんとも限らん故に、迅速かつ確実に処理するように」
「はい」
「‥‥前回のような失態は許されないと、一応言っておこうかね」
物凄く棒読みで言った少将にヘンリーは柳眉を歪めた。卿に言われるまでもないことだ。
指示を仰ぎ、大股で少将の執務室を出ようとした時だ。
ああ、そう言えば‥‥。
ふと思い出してヘンリーは足を止めた。
「少将。シアについてですが――」
「ベルナドット中尉」
言葉を遮って振り返ったウォルター卿は、いつも通りの柔らかい笑みを浮かべていた。
それが今は、逆に不安を煽る。
「大尉が聞くと確実に怒る故、二人きりの時に言っておきたいのだが」
「何ですか?」
「いやなに、一つ、提案があるのだよ‥‥」
●リプレイ本文
空は灰色で、雪がいまにも降りそうだった。
そんな日だった。
●
「もういい加減あいつには御退場願いたい所だねぇ。命が幾つあっても足りゃあしない」
苦笑した綾河 零音(
gb9784)は前回受けた傷跡をそっと指でなぞる。
矜持を酷く傷つけられた借りは、倍返しじゃ足りない。
「ただ殺す。その『作業』以外、何も必要無い」
ハーモニウムに深い思い入れのない不破 霞(
gb8820)は呟いた。
作業――その認識は、普通の傭兵としては至極当然のものだろう。
ただ、無感情のままに敵を屠る。そうすれば、身は傷ついても心は守れるはずだ。
「ヘラが死んだか‥‥無念だったろうな」
麻宮 光(
ga9696)は眉間を寄せて言った。
しばらく顔を見せない間に、知り合いの少女がこの世を去った。悔やむことは沢山胸の内にある。
けれども、仇討ちということを果たしてヘラが望んだかというと、おそらくそうではないだろう。
そんなことを考える時間さえ、彼女には与えられなかったのだから。
だから光は、せめてその無念であったという心だけを共に、今回の戦場へ足を運んだ。
「恨んでいるのであれば、どれだけ楽であったろうに‥‥」
目を伏せたイレイズ・バークライド(
gc4038)は小さく言う。
話を聞けば、ヘラを慈しんだシアは自分達を恨んでいないらしい。逆にそのことが辛くて仕方がない。
彼ら以外にも、シアやヘラを含むハーモニウムに関わった人々は多くいた。確固たる目的を持ち、揺るぎない信念を持って彼らに接した傭兵もいる。
半端な気持ちで接したことはないが、イレイズは成り行きでこの流れに呑み込まれた。
故に悔やまれる。
自身の目の前で、彼らの努力の結果が、脆く崩れ去ったことが――。
「ですが、立ち止まることはできません。償わねばならない罪があるのならば、もう二度と迷いも失敗も許されません」
毅然と言ったアクセル・ランパード(
gc0052)は苦渋に満ちた表情だった。
逝ったヘラの心境は、今となっては分からない。
だが、信頼していた教師に捨てられ、最愛の妹を信用しかけていた傭兵の手で殺されたシアの心の傷は、察するに余りある。
謝罪で許される問題ではない。否、ヘラの死を何かで埋めることなど出来はしない。
だからこそ、せめて、シアの前に立ちはだかる最大の障害だけでも取り除かなくてはならない。
「そうでなければ、彼女に会わす顔がない」
様々な想いを抱きながらも、傭兵達はアクセルの言葉に頷いた。
●
軍の包囲網すら突破できない程のオルデンブルクに脅威を感じるのであれば、限界突破の可能性だけだろう。
その前に殺してしまえば何の問題もないのだが、安々と殺されてくれるかといえば、そうでもない。
ただ、今回は直接的にシアが戦闘に関わらない。気を遣う人間の不在は、今の傭兵達をどこまでも冷酷にさせてくれる。
「殴られたら殴り返す。俺はまだ大人には成れないから」
今は誰かを責める時間ではない。悔やむのさえ、後回しだ。
自分に言い聞かせるように言った石田 陽兵(
gb5628) は前回と同じように火炎瓶をその手に握っている。
「茉静は死なせない。無茶をするのは、分かってるから」
一抹の希望に縋る御沙霧 茉静(
gb4448)の後ろ姿を追いかけるように歩く柿原 錬(
gb1931)は言った。
その錬の前を行く茉静だけが、皆とは違う意識を持っていた。
大事な人を殺した相手だとしても、彼女はその優しさと信念から、オルデンブルクを憎もうとはしていなかった。
「(無駄なのは解っている‥‥でも、私は‥‥)」
今にも消えそうな程の小さな希望でも、望まずにはいられない。
最後の戦いは、酷く淡々と始まった。
傭兵達の姿を認めたオルデンブルクは、なおも余裕の笑みを浮かべていたが、前回のような覇気は見られない。
「また君達ですか‥‥ヘラが死を悼んでいれば良いものを‥‥」
「‥‥言いたいことはそれだけか?」
「随分ですね。ヘラを殺したのは、君達ではありませんか」
「黙りな! 与太話なんざ、してる暇はないんだよ!」
アクセルと零音の言葉に教師は肩を竦めた。刹那、短剣が二人に向けて飛んでくる。楽々と躱せるそれは、様子見程度のものでしかないのだろう。
傭兵達も即座に反撃に出た。望むべきは限界突破前の撃破である。
「血も涙も無い。お前はこの間私にそう言ったけど‥‥お前らバグアを根絶やしにできるなら、私はそれで構わない」
冷淡に言い放った霞は教師の精神攻撃の網をくぐり抜けて肉薄する。頬をナイフが掠ろうとも、教師の懐へ飛び込んだ。
刀と爪の競り合う音が響く。能力者の繰る刀でもっても折れない爪の強度は予想以上だった。刀身を握られる前に、霞は大きく飛び退く。
木の影に隠れていた錬の援護射撃を躱した教師は傭兵達に向けてニタリと笑った。
「もう終わりですか?」
「――それはどうかな」
逆方向からの男の声。
振り返った教師の目前には、光が迫っていた。木の幹を蹴って上段から教師へ鋭利な爪を向ける。
鋼鉄の爪と細い爪がぶつかり合う。相手の爪を圧し折らん勢いで、光は全体重を乗せて手甲を真下に振り下ろした。
バキン、と教師の爪が折れるのが見えた。直後に、脇腹を銃弾が掠る。
「く‥‥っ」
熱い痛みに顔を顰めた光は地面を蹴って距離を置く。その間に、アクセルとイレイズ、更に陽兵と零音が正面から向かっていた。
「これで終わりにしましょう。必ず!」
叫んだアクセルが竜の翼で教師に詰め寄った。戦斧を振り下ろし、その肩を大きく薙ぐ。
だが、教師もそれ以上は許さなかった。
噴き出す鮮血の中からオルデンブルクの白い腕が伸び、ゲヘナを持つアクセルの腕を掴んだ。AU−KVの装甲に僅かな罅が入る。
「――っ!?」
「アクセルッ!!」
二人の間に迅雷で割り込んだイレイズは引き剥がすように盾で教師を弾き飛ばした。間髪入れずに飛んでくる銃弾は盾で抑えこみ、アクセルと共に距離を置く。
「大丈夫か?」
「ええ‥‥骨を、やられましたかね‥‥」
苦い顔のアクセルは折れた腕をかばいながらゲヘナを握り直す。両手で持つものだが、片手でもぎりぎり、振り回すことは出来無いまでも、敵に致命傷を負わせるのは容易だろう。
一方のオルデンブルクには追撃で陽兵と零音が向かっていた。
「遅れは取らない。全力全壊だ」
辺り一面が目を焼く光に包まれる。
閃光手榴弾で教師の目を潰した陽兵は、コートに隠した拳銃を引き抜いて彼の肩を狙って引き金を弾いた。対して、光の中から、いくつもの短剣が飛んでくる。視界が遮られているのか、狙いはでたらめだ。
「沈め! この間みたいな失態はもうさせないよ!」
陽兵の後方から零音が教師の足元に向けてライフルを斉射した。飛んでくる暗器は銃身で叩き落とし、多少の傷には怯みもしない。
「雑な攻撃ですね。その雑さ故に、君達はヘラを殺したというのに」
「るッせぇ黙れこんの死に損ないがー!」
叫んだ零音と挟むように陽兵が教師の脇から肉薄する。壊れた義足ともう一本の足を狙って、番点印で弾幕を張り続ける。
「雑だと、言ったはずですよ」
「‥‥っ! 行かせるかっ!」
更に接近した陽兵を躱すように横へ逃れたオルデンブルクが、弾幕を浴びながらも零音の懐へ突っ込んだ。振り下ろすのは、光の爪と五分に渡り合った鋭いそれだ。
「こ、の‥‥!」
不抜の黒龍を発動させた零音が目の前に迫ったオルデンブルクを竜の咆哮で弾き飛ばす。直撃できなかったのか、教師は僅かによろけただけだったが、それで十分だ。
意表を突かれてオルデンブルクに突破された前線の味方も、既にこちらに向かっている。
「これでも喰らえ――――ッ!!」
裂帛の気合と共に、零音が斧を振り下ろした。がっちりと爪に阻まれた刃がへし折られる前に、力一杯横へ薙ぐ。
それでも、力では未だ五分だ。弾かれた刃を立て直すより早く、オルデンブルクの爪が零音の脇腹を抉る。
「つ‥‥ぅっ!」
「――零音!」
激痛に顔を歪めた零音の前に、追いついたアクセルとイレイズが割り込む。隠しもしない二人の猛烈な殺気に、オルデンブルクは獰猛な笑みを浮かべた。
「さて‥‥殺してみせて下さい。ヘラを殺した時と、同じように」
●
互いに決定打を欠く戦闘が続いていた。
血の混じる汗を腕で拭った霞は、オルデンブルクよりも少し脇に視線を逸らした。前線では、血を流しながらもアクセルとイレイズが教師に食らいついている。
「もう‥‥少しか」
蓄積された怪我の痛みで自然に霞の眉根が寄る。
その言葉が聞こえなかったのか、よろけながらもオルデンブルクが銃を傭兵達に向けて放った瞬間だった。
「――オルデンブルクッ!!」
それまで身を潜め機会を伺っていた錬が動いたのだ。
殆ど声だけで反応した教師が投げた短剣を樹木に隠れてやり過ごした彼は銃を構えて教師の足元を撃ちぬいた。
刹那、錬の頭を激しい痛みが襲う。幾重もの残虐な光景が脳中に流れ込んできた。
「同じ手は、喰わねぇ‥‥っての」
身を露わにすればするほど、腕に、足に、ナイフが突き刺さる。
痛みに負けそうになりながらも、錬はその瞬間を伺っていた。
そして、叫んだ。
「茉静――ッ!」
木陰から茉静が一気にオルデンブルクに接近する。
彼女の目は、いつもと変わらず――けれどもどこか苦しみを背負っていた。
「オルデンブルクさん‥‥。私は‥‥最後まで諦めない」
「醜い希望に縋ると言うのですか?」
「‥‥それでも!」
懐に飛び込んだ茉静は刀で教師のもう一本の足を斬りつける。肉を断つ感触に顔を歪めながら、彼女は持てる力全てを愛刀に注ぎ込んだ。
「――き、さま‥‥!」
同時に、茉静の胸をオルデンブルクの爪が強襲する。バランスを崩した教師は彼女に縋るようにその爪を体に食い込ませた。
だが、血を吐く茉静は彼の腕を捕まえた。足を斬られ、唯一の武器であった一本の腕も彼女に捕らえられたオルデンブルクは、ここで初めて完全に動きを封じられたのだ。
「今だっ!」
イレイズの声が森に響く。
その声に突き動かされるように、傭兵達は最後の力を振り絞ってオルデンブルクに突撃した。
身動きの取れないオルデンブルクに突っ込んだ光の爪が彼の背中を大きく引っ掻く。まともに食らった教師は呻き声を上げた。
それでもなお何か言いたげな教師には、霞が冷たく言い放つ。
「この期に及んで話すことも無い‥‥死んで」
光に続いて肉薄した霞は、渾身の力を込めてオルデンブルクの体を縦に斬りつけた。大きく後ろに身を逸らした教師の腕が、茉静の体から引き離されていく。
「茉静っ」
傷だらけの錬が体当りをするように意識のない茉静を抱えてその場から離脱する。
無防備になったオルデンブルクには、アクセルが正面から向かった。彼も教師も、おそらくこれで攻撃は打ち止めだろう。
アクセルの腕に持つゲヘナの名は、永久の滅びを示す煉獄。
悪を断つ、滅びの斧。
「今こそ‥‥断罪の時っ!」
竜の覚醒紋章が黄金色に明滅する。
左目からいつにもまして多くの血を流しながら、アクセルはオルデンブルクの心臓部へ、斧を振り下ろした。あれほど余裕を見せていた教師でも受け止めきれない強烈な一撃だ。
教師の目が一際大きく見開かれる。同時に、力を使い果たして覚醒が解けたアクセルはその場に崩れ落ちた。
「‥‥っ、は‥‥こんな、最期、とは‥‥」
仰向けに倒れたオルデンブルクは微かに身を起こして傭兵達を見回す。
何度も刃を交え、幾度も地に叩きつけた存在に、今は自分が屈している。
屈辱よりも先に、オルデンブルクは思った。
最期を、シアに見せてやれなくて残念だ‥‥と。
「‥‥悪いけど、これ以上の慈悲はやれない」
倒れる教師の額に陽兵は銃口を当てた。
冷たい銃の感触に苦笑したオルデンブルクは、灰色の空を見つめながら静かに目を伏せる。
そして、小さく呟いた。
「‥‥シア。私の――」
森に響く、一発の銃声。
傷だらけの傭兵達に囲まれるようにして、ハーモニウムの教師はその命の灯火を遂に掻き消されたのだった。
その相敵する人々に、少しの感動も与えず、大きな虚無感を植えつけたまま――。
●
手当を受けながらベッドに横たわる茉静は涙を零した。
ヘラは死に、オルデンブルクも救えなかった。
彼はついぞ、慈しみの心も命の尊さも理解しなかった。させられなかった。
無力な自分に打ち拉がれながらも、茉静は天井を見上げて呟いた。
「私は、前に進むしか‥‥どんなに辛くても‥‥」
一方、オルデンブルクの亡骸を見たシアは、多くの想いが去来したのか、人目を憚らずに泣いていた。どんなことがあろうとも、一時期は絶対の信頼を置いた存在だ。無感動に居ることのほうが難しい。
彼女に付き添っていた零音はその頭を軽く撫でつつ、何とも言えない表情だった。ハーモニウムにもオルデンブルクにも特別な感情はないが、場の雰囲気と、何より隣に立つ赤毛の教官の表情につられたのだろう。
「シア。この間はこれなくて悪かった。その‥‥ヘラを助けてやれなくて」
「‥‥良いんだ。あれは、仕方がなかった」
謝罪する光に、シアは涙声で言った。
光一人の存在で、あの時ヘラが確実に救えたかどうかは、光自身も分からない。そんな自意識過剰な事は思っていないのだが、ここ一番で友人の力になれなかったことは悔やんでいたのである。
「お前はまだ、諦めないで欲しい」
「‥‥」
何を、とは聞かなかったが、シアは頷いて教師の遺体の方へ歩いていった。
そこには、アクセルとイレイズ、そして陽兵がいた。遺体の処分を今から行うところだったのだ。
ズブロフを浸した火炎瓶を銃で撃った陽兵は、教師の体が炎に包まれていくのを見つめながらシアに話しかけた。
「そんな浮かない顔するなって。皆お前の笑顔が見たいはずだからさ」
「‥‥」
無言のシアの額を、陽兵は何も言わずに弾いた。数度瞬きをして、シアは彼の方を困惑気味に見る。
「お前にやられた腹の傷も仕返して無かったからな。これでおあいこだ」
にひっと笑った陽兵は、視線を炎に戻して真剣な表情に戻った。シアには見えない、聞こえないように小さくつぶやく。
「ごめんな、大事な物を守れなった。辛いよな、俺も分かるぜ‥‥」
炎を眺めるシアは、また自然と泣いていた。
「‥‥終わったんですね。これで‥‥本当に」
「ああ」
シアの背中をさするアクセルが呟いた。
人が焼ける独特の臭いに耐えかね、視線を空へ背けたイレイズが短く答える。
空は灰色で、今にも雪が降りそうだ。
滲んだ視界の先に、燃えようとする教師の顔を見たシアは、唇を噛み締める。
「さよなら‥‥先生」
憎くて大嫌いで、ヘラの敵。
けれども、大好きだった先生――。
その表情は、最初に会った時のように穏やかな微笑を浮かべていた。
了