●オープニング本文
前回のリプレイを見る 様々な事があった。
最愛の人を失いもした。
生きることを諦めようとした事もあった。
けれども――。
けれども『彼ら』は、諦めるな、生きろと言った。
もう、共鳴する事はないけれど。
私は一人で、この足で、歩いて行けるのだろうか‥‥。
The Last Sympathy−5
時は、オルデンブルクが討伐される以前に戻る。
「大尉が聞くと確実に怒る故、二人きりの時に言っておきたいのだが」
そう切り出したウォルター卿は椅子に座り直し、真っ直ぐにヘンリー・ベルナドットを見た。
腰の後ろで手を組んで直立する赤毛の中尉は、口を真一文字に結んで続きを伺っている。
「提案があるのだよ。シアについての処遇だが、中尉には二つの選択肢を与えよう」
「‥‥」
「一つ。シアの強化手術の巻き戻しを行う許可を出す。ただし、その場合、シアはホスピスに置き、軍属とする。使われるであろう場面は想像できるね?」
「‥‥捨て駒ですか」
「バグアの技術を除いたシアに軍部は価値を見出さない故にな」
だが、巻き戻しを行えば確実にシアの命は延びる。経過次第では、普通の人間と変わらない寿命を得ることも可能だろう。
その命が、軍に拘束されようとも。
「二つ目は、シアを自由に動かす。無論、監視はつけるが‥‥巻き戻しは許可できない」
「寿命を待てということですね」
「うむ。そして、その際には中尉‥‥君には軍服を脱いでもらうことになるだろう」
「‥‥言うと思いましたよ」
間違っても、かつて人類に刃を向けた強化人間を野放しにすることは許されない。シアに敵意がなくとも、軍部はそれを良しとはしない。
自由にするのは、おそらく少将の独断であろう。そして、彼が軍から身を引くのはまだ早すぎる。
だから、今までシアとヘラを監視して保護していたヘンリーが表面上の責任を取ることになる、というものだった。
「どうかね?」
「どの辺でシャルが怒るんですか、どの辺で」
「無論、後者に決まっている」
ハーモニウムを逃したから軍を辞める、と言えば同僚の二人――特に銀髪の方は烈火の如く怒るだろう。そして、ヘンリーはそんなヘマをしないと猛烈に抗議するはずだ。
やれやれと肩を竦めたヘンリーは卿に向き直った。
「俺がどちらを選ぶか分かって言ってません?」
「はて‥‥」
すっとぼけた卿に溜息をついて、ヘンリーは姿勢を正した。
「どのみち、俺一人では決められませんね。シアの処遇は、シアに関わった連中と決めるべきです。俺の進退は正直どっちでも良いですし‥‥あいつが並の幸せを少しでも手にできるなら、軍服の一着や二着、惜しくはないですね」
「‥‥ふ。まるで父親のようだな、中尉」
口の端を上げて言った卿にヘンリーは何とも言えない顔で返した。
●
事の経緯を聞かされたシアは唖然としていた。
「ちょ‥‥ちょっと待て。そんなの認められるかっ。人の道を勝手に決めるな!」
「言いたい気持ちは分かるけどな、お前は一応、軍に捕縛された立場なんだぜ?」
ぐっと詰まったシアは物言いたげにヘンリーを見上げた。
その彼女の頭をわしわしと撫で回した赤毛の教官はニコリと笑った。
「どのみち、引越しはしようと思ってたんだよ。丁度良い機会だから、お前も一緒に引っ越せ」
どこへ、とは言わないし、聞けない。
シアの未来は、ヘラが逝き、オルデンブルクが逝ってなお不安定なものだからだ。
「家を出る前にやりたいこととかねぇか?」
そんな事を聞かれて、シアは無言で顔を上げた。
視線が自然と窓辺にある小瓶――ヘラの遺骨を入れたものだ――に向く。
「故郷‥‥ナルサルスアークに行きたい。そこで、過去を精算して、ヘラの墓を立ててやりたい」
かつて、ナルサルスアークの孤児院で起こった惨劇。
全てが始まったあの事件と、ようやく向きあう時が来たのだ。
そう言ったシアに、ヘンリーは頷いた。
「おし‥‥とりあえずは、荷物をまとめる所からだな」
●リプレイ本文
楽しかった生活は突然終わりを告げた。
自分とよく似た少女が、両親からの異常な愛を受けていたことを知った時、全てが変わったのだ。
妹か、両親か――。
選択の時間などはなく、反射的に自分は妹を選んでいた。
淡々と、この場で誰が最も悪なのか判断した結果だった。
気づけば、向かい合う妹の体は血に染まり、その足元には血まみれの両親が倒れていた。
「‥‥」
声を失ったように黙ったまましばらく経った。
呆然とする自分の手を最初に握ったのは、助けたはずの妹だった。小さな手が、自分の手からナイフを奪い取る。
「大丈夫。大丈夫だよ‥‥お姉ちゃん」
「ヘラ‥‥?」
自分は泣いているのだろうか。
でも、何に悲しんでいるのだろう。
微笑む妹を目の前にして、大事なはずのことが思い出せない。
ナイフを手にした妹は、小さく頷いて、そして言った。
「この人達は、わたしが、殺した‥‥殺したの」
●
春夏秋冬 立花(
gc3009)は一人、未来研のドアを叩いた。
早速話をしてみた受付嬢は明らかに話が分かっていないようだった。
「あの、ちょっとお話いいですか?」
埒があかないと判断した立花は、そこらを歩いている研究員の一人を無理やり捕まえた。いきなり少女に話しかけられた研究員は眠たそうな目を面倒くさそうに彼女に向ける。
「そろそろ戦争も佳境に入ってきましたよね? そうしたら、エミタを抜く技術が必要になると思いませんか?」
「さぁ。別に私は必要だと思わないし、興味もないですね」
「そう言わずにっ」
そのまま歩いて行こうとする研究員を立花は慌てて止める。
何とかしてこの話を聞いてもらわなくてはならない。
立花は立花なりの希望を繋ぐために、もう少し研究所に留まろうと思った。
●
「あの、悠季さん‥‥」
すれ違った百地・悠季(
ga8270)は、自身を呼びとめようとした柿原 錬(
gb1931)の脇を無言で通り過ぎた。
「‥‥、そうですよね、ボクなんか、そんな立場にないですから」
自嘲気味に言った錬の言葉に、悠季は何も返さない。その態度が、更に彼の胸を抉った。
過去の一件――今回顔を合わせる仲間がヘラを救えなかったことで、悠季は彼らとの間に大きな心の壁を作っていた。
ヘラが死んだこと、それはどうしようもないこと、そんなことは分かっている。
だが、許せるものと許せないものがあるだけだ。
「ヘラ‥‥あたしの手元の『Heralldia』も半壊したから、これで区切りつけるわよ」
そう言った悠季の前には、ぽつんと置かれたヘラの遺骨がある。その容器を指でなぞりながら、言いようのない悲しみで彼女は人目もはばからず涙を流した。
出来ることならば、また生きている姿を見たかった。
叶わない願いが胸を掻き毟る悠季の、声にならない嗚咽が部屋に広がっていく。
「‥‥そんなに泣かないでくれ。ヘラがつられて泣いてしまうから」
声をかけたシアは、話し合いがいまだ続く奥の部屋を見やった。あそこでは今、自分の未来を決めるために傭兵達が意見をぶつけている。その傭兵達は赤の他人ではなく、今まで自分やヘラを支え、救おうとしてきてくれた人々だ。
「‥‥シア、ごめん。結局何も出来なかった」
「誰のせいでもない。仕方なかったんだ」
「でも‥‥」
「‥‥そう、思わせて欲しい」
様々な感情の入り交じるシアの声に、錬は言葉を呑み込んだ。
代わりに、錬は一つの提言を口にした。
「だったら‥‥その、ヘラのお墓は、作らせてもらえるかな。悔やむよりは行動しかないからさ」
「ああ。ヘラも喜んでくれると思う」
穏やかな声の返事にほんの少し安堵して、錬は閉ざされたドアをシアと共に見つめていた。
「絶対嫌! 先生‥‥ヘンリーが責任だか何だかで除隊なんて絶対駄目!」
声を荒らげているのは綾河 零音(
gb9784)だった。丁度部屋に入ってきたシアを見るなり、彼女は掴みかからん勢いで詰り寄った。
「結局あんたは一般人を殺したという過去の所為で一生後ろ指をさされ続ける。それに耐え贖罪をするというのは茨の道、そこを歩くのが望みなの!?」
「‥‥」
「『たかだか人間ごときが罪を償おうとなンざ軽く思うな。奪われた人命は生きたまま抱えられる程、贖える程軽く無ェ』、うちの兄貴の言よ覚えとけ馬鹿シア!」
所詮はシアも人間――奪った命とシアの命は釣り合うはずもない。そもそも、それらは全て別個のものだからだ。
荒い息を吐いた零音は、そのままシアにホスピスに入るように言った。
それに石田 陽兵(
gb5628)は頷いて同意を示す。
「俺はシアが、より長く生きられる方を推す。軍属ってのは、牢獄に入れられるようなものだけどな‥‥い」
因縁から始まって、芽生えた友情という感情に溺れていたような気がした。
誰よりもシアの事を分かってやっているつもりだった。
そう――分かって『やっている』‥‥そんなのはエゴだった。
悔みと、もう誤らないと決めた陽兵の言葉に、シアはほんの少し表情を崩した。微笑でも悲しみでもない、ただ単に、力が抜けた‥‥そんな感じだった。
「私も、軍属として生きることを提案したい‥‥」
控えめに発言したのは御沙霧 茉静(
gb4448)だった。彼女もまた、最初期からシアとヘラに関わり、ヘラの死を誰よりも間近で感じた一人であった。
「もし、シアさんが生きる事を選択したのなら、私は軍と交渉したい‥‥」
それはシアを捨て駒にするというものではなく、救護舞台などの前線に出る機会の少ない兵士として登用して欲しい、というものだった。
勿論、この場にヘンリーも同席してこの話を聞いていたが、彼は敢えて何も言わなかった。
自分が介入すれば、それはおそらく、今この場では軍部の意見として受け取られかねないからだ。
あくまで自分をかばおうとする零音の言葉や、シアの命を最優先に考える茉静や陽兵の言葉を聞きながら、ヘンリーは腕を組んで目を閉じた。
想ってくれる人がこんなにいるのは、シアも気づいている事だろう。そこに、今は安堵と幸福を感じて欲しい。
「でも‥‥最後に決めるのはシアさん自身‥‥。皆の意見を聞いて進む道を決めて欲しい‥‥」
そう結んだ茉静に同意を示したのはアクセル・ランパード(
gc0052)とイレイズ・バークライド(
gc4038)だった。
ずっと聞き役に徹していたアクセルがまず口を開く。
「‥‥率直に聞きます。現段階で良いですので、貴女としてはどう考えています?」
「俺は‥‥」
言い淀んだシアにイレイズが話しかける。
「お前の未来だ。お前は何がしたい? ‥‥いや、何が出来る? 与えられた選択肢の中で、考えてみるといい」
「‥‥」
過去に囚われるくらいならば、せめてそれと向き合う方が良い。
そして、シアには自分の意思で、自分の言葉で歩いて欲しい。
本当ならば、そう言えれば良かった。
だが、約束を果たせなかったイレイズは、自身にそんな資格がないことを自覚していた。他ならぬ、イレイズ本人がこれ以上の発言を良しとしない。
「‥‥そうだな。監視がついたとしても自由に動きたいというのであれば、最後くらい、我儘言っても構わないと思うぞ」
「‥‥」
それだけ言って黙ったイレイズの方をじっと見つめていたシアの紅い瞳が戸惑いに揺れているのが分かった。
何かを選択することは勇気が要る。
だが、避けて通るには限界があるのだ。
「(――助けられなかったヘラさんの分まで、幸せになってもらいたい)」
口にできたならばどれほど楽であっただろう、アクセルはシアから視線を僅かに逸らして心の中で零した。
友人――友人になりたいと思う人間として、そう願うことがアクセルなりの贖罪だった。
ヘラを救えなかった事は、アクセルの、否、ほぼ全員の罪悪感を増幅させていた。
これ以上、シア――友人まで、不幸な道に進ませたくない。
「結果、シアがホスピスに行こうと、ヘンリーさんが軍服を脱ごうと‥‥」
「駄目!!」
アクセルの言葉を遮って零音が叫んだ。
「我儘とでも何とでも言いなさい! でも、あたしの先生と友達を巻き込まないで! あたしは‥‥あたしは‥‥っ!」
友達と、好きな人と、ただ離れたくないだけなのに――っ!
言葉にならない叫び声を上げて、零音は机を思いっきり叩いた。
シアだって、零音の大事な友だちの一人だ。どれだけ我儘を吐こうと、正論を並べようと、勝手にどこかへ行ってしまうなんて彼女には到底我慢出来ないことなのだ。
「零音‥‥」
扉の傍で見守っていた錬がそっと彼女の肩に手を添える。
言いたい事は痛いほど分かる。上手く言葉に出来ない錬は、その真っ直ぐな少女の怒声が羨ましくもあった。
しばらく部屋は沈黙に包まれていた。
その中で、進展が無いと判断した陽兵がぽつりと呟いた。
「‥‥ひとまず、ヘラを弔おう。その間に、シアの考えもまとまるかもしれないから」
●
未来研ではちょっとした騒ぎが起こっていた。
「何事だ?」
人々のざわつきに気づいて近づいてきた研究者に、助手はさっと頭を下げた。それなりの地位のようだ。
気づいた立花は、そのまま彼の元に歩いてきた。
「あの、考えたんですけど」
「おう」
「再起不能になった人って、エミタの活動が停止しているのに能力者じゃなくなるだけで何の障害も出ていませんよね? もしかして、エミタの活動が停止していたらエミタを抜けるんじゃないでしょうか?」
「‥‥は?」
思わず口に出してしまった研究者は珈琲を持ったまま一気に言った。
「『エミタが活動していない』ことは『エミタを抜いても死なない』こととイコールではないってことも、十分にあり得る。つまり、能力者はエミタを移植された瞬間に、活動の有無に関わらずそれが心臓となり、脳となるっていうな」
「勿論、この話は構想段階を出ません」
「そうだろうな。俺のも推論だ」
「もし私が再起不能になったら第一の実験台になります。その代わり私からは、抜いたエミタで巻き戻し行ったり、軍に従属しなくて済むように話を――」
「悪いがお嬢ちゃん。俺に分かる言葉でお願いできるか?」
立花の言葉を遮った研究者は続けた。
「ここは未来研だ。あんたらが戦争の最前線でいるっていうなら、俺達は未来と科学の最前線にいる。こんな余裕のない時に意味不明の不確かなことを取引に持ち出されても困る」
「‥‥」
「不眠不休でささくれ立ってる研究者を怒らせるなよ。これ以上のご高説は仕事の邪魔だ」
「ですが」
「やかましい!」
大喝した研究者の持っていたカップから珈琲がこぼれた。
「ここを出禁にされたいのか? 悪いが、今回の事はこっちから軍に苦情を出させて貰う」
「‥‥」
摘み出されるように未来研から放り出された立花が言えたのは、エミタを抜けるかどうか、戦争が終わるまで調べて欲しいということだけだった。
●
「‥‥あー。はい、はい。承知しました。対応します」
ナルサルスアークで傭兵達を見守っていたヘンリーは、孤児院跡の近くに設置された施設から出ると重いため息をついた。
未来研から苦情が入り、調べた結果、自分が引率すべき傭兵であることが分かった。
話を要約すると、実害が無かったため今回は公にしないが、そちらの案件に未来研ならびに一切の公的研究・医療機関は協力しない、という内容だった。
つまり、シアの巻き戻しは出来無いものと思え、ということだ。
さて、伝えるべきか‥‥と悩んでいるヘンリーをよそに、シアは出来上がったヘラの墓の前に跪いていた。
「こんなもんだろっ」
「ありがとう、陽兵。陽兵はすごいな」
誰よりも墓を作るのに尽力した陽兵は限界突破まで使って手伝っていた。おかげで、墓はあっという間に立派なものが完成したのだった。
「あたしも、ずっと覚えてるから貴女も、約束よ‥‥」
同じように墓の前に跪き、はらはらと泣く悠季は言った。
ヘラに最も近い人間として、誰よりも多くの『ヘラ』を覚えていて欲しい――悠季はそう言って、菊の造花を墓前に手向けた。
「シア。この孤児院で起こったこと、聞かせてくれないかな‥‥?」
「俺も気にはなる。こんな話ですまんが、聞かせてくれないか?」
錬とイレイズに促されて、シアは頷き、ぽつぽつと話しだした。
ヘラや他の孤児達、両親との生活が楽しかったこと。
両親がヘラに性的虐待を繰り返していたこと、それを見てしまったこと。
反射的に近づいてきた両親を刺殺してしまったこと。
そして――その惨劇でヘラが心を病み、自分が殺したと思い込んだこと。
「洗脳のせいもあったかもしれない。でも、ヘラが壊れたのは、遡れば俺の所為だ」
「‥‥そんな、ことが」
絶句した錬に、慌ててシアは言った。
「でも、それ以外は普通の両親だった。俺にルーシャと名づけて『シア』の愛称をくれた‥‥そんな普通の、両親だったんだ」
「シアさん‥‥」
何も言わずに茉静がシアを抱きしめた。
「‥‥幸せに、なりかっただけなんだ」
ヘラと二人で。
二人だけの世界で、誰もいない世界で、ただヘラだけを慈しんでいたかっただけだった。
けれども。
「こんなに‥‥『ともだち』がいたら、もっと‥‥生きてたい‥‥」
「生きれば良いじゃない。死ぬなんて、許さないから!」
まだ少し怒ったような声の零音がシアの頭をくしゃくしゃに撫でた。
その様子を見つめていたヘンリーに何が言えただろうか。
現状、巻き戻しは出来無い。けれどもシアは生きたいと願った。
この無理を通すのは、大人の、そして、情を移してしまった軍人の仕事だろう。
「(どのみち、軍服は脱ぐことになりそうだな‥‥)」
手持ちのカードはこの軍服しかない。
どこまでやれるかは分からないが、やってみる価値はあるし、現実的な取引だろう。
視線を戻すと、シアの言葉を受け止めた傭兵達が彼女の周りに集まっているのが見えた。
「シアさん‥‥」
柔らかな笑みを浮かべた茉静が、もう一度シアを強く抱きしめた。
「そういうことならば、俺はお前が行くのを見守ろう」
「ええ。それが、俺達の務めです」
シアの選択にイレイズとアクセルは微笑を浮かべて言った。
そして、二人共改めてヘラの墓に向かい合う。他の傭兵達もだ。
「ヘラ‥‥忘れないわ。貴女のことを」
悠季の言葉で、皆が黙祷を捧げる。
――ありがとう‥‥。
そんなヘラの声が、聞こえた気がした。
●
後日、傭兵達には二つの事が知らされた。
一つは、各関係機関に頭を下げ、シアの巻き戻しに関する配慮と引き換えに、ヘンリー・ベルナドット中尉が軍法会議にかけられた後、除隊かつ教官の任を解かれる処分となった、ということ。
もう一つは、シアは巻き戻しを受ける方向で話が進められており、かつ彼女のホスピス入所が決定した、ということだった。
これが、ハーモニウムに関わった傭兵達の得た、新たな未来への一歩であった。
了