タイトル:【J】災難は続くマスター:冬野泉水

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/09/13 22:38

●オープニング本文


 愛妻の実家を訪ねていたジャック・ゴルディ(gz0333)は何とも表現しがたい顔で、件の愛妻の顔を見つめていた。
「ジャックさん、私達、もうすぐ三十路ですね」
 唐突に始まった会話だったが、ジャックは別段驚くことなく「そうだな」と軽い気持ちで返した。
「なので、そろそろ‥‥欲しいのです」
「ブフッ」
 飲んでいた珈琲を喉に詰まらせたジャックである。この場合の「欲しい」とは何なのか、言うまでもないだろう。むしろ、今まで義両親が催促していなかったのが不思議なくらいだ。
「だが、しかし‥‥俺は単身赴任の身だからな、そういうのはもっとこう‥‥長期的な計画を立ててからでないと、お互い幸せにはならないと‥‥」
「ふふ‥‥冗談ですよ。ジャックさんったら‥‥結婚した時と同じ反応なんですから」
 もしかして、自分は今からかわれたのだろうか。
 僅かに赤くなりながら前髪を乱暴に掻いたジャックは、余計に神妙な顔つきになった。
「フリージア‥‥その、そういうことはだな‥‥そろそろ、洒落にならない歳になっていると思わないか?」
「洒落にならないですね、ふふ‥‥」
 思い出し笑いなのか、袖で口元を隠して笑うフリージアにジャックは返す言葉が見つからない。
 考えていないわけではなかった。だが、ジャックが単身赴任をしているという現状がそれを許してはくれない。加えて、彼に能力者としての適性があるのであれば尚更のことだ。
 命を賭けて戦わなければならない状況下で、守るべきものを増やすのは得策ではない。
 と、いうのはあくまで客観的に分析した結果であり、感情的に考えると全く異なってくる。我慢を強いてばかりの妻の願いを叶えてやりたい、とも思う。
 悶々としているジャックだったが、そこへ軍の士官が飛び込んできたのはある意味幸いだったかもしれない。
 ただし、報告の内容は最悪だった。
「ジャック・ゴルディ中尉! 至急私と一緒に来て下さい!」
「どうした、何事だ?」
 家政婦の静止を降りきって部屋に転がり込んで来た士官は、既に軍服のところどころが赤く染まっていた。血の気の失せたフリージアが何かを言いかけて飲み込む。
「この街に敵が迫っています。一時間足らずで到着するものと思われます!」
「馬鹿な‥‥何故今まで気付かなかった!」
「奴らはヘルメットワームに積んだキメラを降下させましたので‥‥それに、ワームは煙を吐きながら接近していたので、確認が遅れたとのことでした」
 舌打ちしたジャックである。折角人が有給をとって休んでいる時にご苦労なことだ。
 立ち上がった彼は、既に軍人の顔立ちになっていた。
「住民の避難を始める。くれぐれもパニックには気をつけるようにしろ。それから、傭兵の手配を早急に頼む。HWが出ているなら、それなりに必要だろう」
 そこまで一息に言って、ジャックはハッとしたように愛妻を振り返った。
「いってらっしゃい、ジャックさん」
 心得ている妻は微笑を浮かべて夫を見つめる。
 申し訳なさがジャックの胸を突いた。
「‥‥すまない、すぐに戻る。お前は安全な所へ行ってくれ」
 立ち上がったフリージアが何も言わずに彼の指示に従い始める。一言も彼を詰らなかった事に、ジャックは更に胸を痛めた。
 どうしていつも、こうもままならないのだろう‥‥。


 街の入口に出ると、キメラの姿が視認できるほどだった。前線を突破したキメラ群だとすれば、防衛に出た先発隊は壊滅か、全滅の可能性もある。
 舌打ちしたジャックは、隣に立っていた士官に言った。
「軍に合流するのは難しい。直ちに避難を」
「はっ!」
 敬礼した士官が足早に動き出す。街にも駐在の兵士はいるので、彼らもジャックの姿を見るなり四方に散らばって走りだした。
 辺りを見回したジャックは、手近な老婆に避難を促す。よく見知った人だからか、彼女は安堵したような笑みを浮かべた。
「ああ、ゴルディさん。孫が‥‥孫がいないんです。街の外に出たのかしら‥‥」
「分かった。俺が探す。だからおばあさんは今すぐここを離れるんだ」
「大丈夫かしら‥‥」
「傭兵も来る。大丈夫だ、この街は破壊させない」
 老婆の背中を押したジャックは、街の門をくぐって外へ出た。
「中尉! 自分も同行しますっ!」
 若い士官が走り寄ってきた。一般人の上官を一人で外に出すのは危険と判断したのだろう。
 彼から銃を受け取って、ジャックが前を向き直った時だった。
 二人の前に、茂みから小さな少女が飛び出して来たのである。異変に気づいて不安になったのか、殆ど半泣きの体であった。
 少女の頭を撫でたジャックは、彼女に優しく言った。
「良かった、ここにいたか。早くおばあさんの所へ行ってあげるんだ」
「う、うん‥‥」
 頷いた少女が街に向かって走りだす。
 刹那――、

「――中尉!」

 その姿を見つめていたジャックに、部下の悲鳴が突き刺さった。
 振り返って銃を構えたが、目の前に現れたキメラの爪の方が早かった。
 胸に灼熱の痛みが走る。体を支えきれずに、ジャックは地面に倒れる。
 間髪入れずに、キメラが止めを誘うと彼に飛びかかった。
「この‥‥っ!」
 激昂した士官がキメラの足を撃ち抜く。その場に倒れたジャックも、食い殺そうとキメラの開いた口に銃をねじ込んで引き金を絞った。
 内側から破壊されたキメラが血を吐きながらその場に崩れ落ちる。のしかかられるような形になったジャックは、足でそれを横に転がした。
 自分の血なのかキメラの血なのか、彼の服は真っ赤に染まっていた。
「中尉! お怪我は!?」
「大丈夫だ‥‥と、言いたいが‥‥これは、まずい‥‥な」
 深々と引っかかれた胸からは止めどなく血が溢れ続けている。
 真っ青になった士官は、背負っていた通信機に叫んだ。
「誰か応答を! 至急応援を頼む! 中尉が‥‥中尉が負傷! 繰り返す、中尉が胸を負傷した! 至急応援を――」
 そこまで聞こえていたジャックだったが、視界がぼやけると同時に、ゆっくりと瞼を閉じた。



 一方のカンパネラ学園にも職員が負傷したとの知らせが
届いていた。
「ジャックが負傷‥‥って、傷はどうなんだよ!」
 偶然連絡を受けとったヘンリー・ベルナドットは、知らせを持ってきた職員を締め上げる勢いで問い詰めた。
 激しい剣幕に驚いた職員は、声を震わせながら早口で返す。
「分かりません。深いとだけ‥‥そのままゴッドホープに移送するそうです」
「で、街は? あいつの嫁さんは?」
「分かりません‥‥傭兵の派遣要請が来た所ですので」
「――くそっ!」
「先生! どちらへ!」
「ゴッドホープに決まってんだろ! 状況は俺に知らせろ、俺が連絡役になる!」
 コートを掴んだヘンリーは言うなり職員室を飛び出した。

●参加者一覧

最上 憐 (gb0002
10歳・♀・PN
大神 直人(gb1865
18歳・♂・DG
アル・ブレイク(gb8255
15歳・♀・FC
神棟星嵐(gc1022
22歳・♂・HD
ネオ・グランデ(gc2626
24歳・♂・PN
ユウ・ターナー(gc2715
12歳・♀・JG
和泉 恭也(gc3978
16歳・♂・GD
ラーン=テゴス(gc4981
17歳・♀・DG

●リプレイ本文

 戦いとは無縁のような街は、今や底知れない恐怖と混乱に塗れていた。街に到着した傭兵達は、その騒然さに俄に息を呑む。
 ジャックは既に搬送されているのか、彼の姿はどこにもない。ひとまず安全圏に逃れたことに安堵する一方で、彼と親交のある傭兵達はますます気を引き締めたのである。
 勿論、彼の容態は心配ではある。
 だが――、
「街を守りきらないとジャック先生に合わせる顔もないしな」
 何度か彼の手料理の恩恵を受けたネオ・グランデ(gc2626)は言った。食べ物の恨みと恩は一生ものなのだ。
「今はただ、無事を祈るしか出来ませんか」
 容態に関しては情報待ちの状態だ。和泉 恭也(gc3978) は言い聞かせるようの言って、拳銃を持つ手に力を込める。
「ジャック先生‥‥先生の大事な場所は絶対護るから‥‥」
 金髪をなびかせるユウ・ターナー(gc2715) はゴッドホープの方角を見やり呟いた。
 守るべき場所に、守るべき人が居ない。
 力不足なのは、彼が一番理解しているに違いない。
 だからこそ、彼の代わりにこの場を守ろうと思ったのだ。



「‥‥ん。街の門を。閉じて。危ない」
 門を僅かに開いたまま応戦しているUPC軍に指示した最上 憐 (gb0002)は、そのまま門をくぐった。待っているより、こちらから行った方が早く片付くはずだ。
「教官の容態も心配ですが、まずは目の前の事に集中しないといけませんね」
 先の依頼の傷が癒えていない神棟星嵐(gc1022) は遊撃班の中でも最後方に立ち、銃を真っ直ぐに構えた。
「いっちょ キメラどもをシバキ倒したんで」
 ラーン=テゴス(gc4981)は拳を突き合わせて言うと、AU−KVをその身に纏って覚醒する。すっと見据えた先には、キメラの集団は見え始めていた。
「突破したキメラは任せて下さいっ!」
 月詠を抜いたアル・ブレイク(gb8255) は先を行く遊撃班に言った。事実、傭兵達の視界の先にはHWの影がうっすらと確認できる。キメラの数に余裕があるためか、進みがまだ遅いように思えた。
「さぁ、殲滅戦の始まりだ‥‥近接格闘師、ネオ・グランデ、推して参る」
 敵までまだ距離がある。超機械を構えたネオは、積もった雪を叩き上げるように電磁波を敵集団にぶつける。
 視界を閉ざされた獣達だが、白く吹き上がる煙の中から、赤い目が爛々と光のが見える。戦意は十二分にあるらしい。
「では‥‥さっさと片付けてしまいましょう」
 矢を番えた大神 直人(gb1865) はそう言うと、直進してくるキメラの集団に向かって矢を放った。射抜かれた先頭の獣が雪煙を上げてその場に崩れ落ちる。
「‥‥ん。逃さない」
 銃を向けている憐は、屍を飛び越えてこちらに向かってくる獣の脚を次々と撃ち抜いた。
「これ以上街へ近づかれては困りますので、退場願います」
 可能な限り、街へは近づけさせないと言わんばかりに、星嵐が援護射撃に出る。銃撃から逃れるように動く獣達に、誘導されているという意識があるはずもない。
「まとめて刻んでやらぁ!」
 先に突っ込んだのは、チェーンソードを持つラーンである。高い移動力を持つリンドヴルムにチェーンソードの組み合わせは、キメラからすれば凶悪の一言に尽きるはずだ。
「ウラァァァァァァァ!!」
 裂帛の気合と共に獣を吹き飛ばしたラーンは、後ろから飛びかかってきたキメラを竜の咆哮で後方へ吹き飛ばす。
 集団の中にいるのだ、勿論全ての攻撃を捌くことは難しい。だが、多少の傷は負おうとも、防御力を底上げしている状態では微々たるものだ。
「ユウと遊ぼっ☆」
 広範囲に渡って射撃を続けるユウの後ろを獣が数匹駆け抜ける。どうやら向こうは、こちらに相敵するより街を襲うことに専念しているようでもある。
 ならば尚更見逃せない。
「鬼さん、こちらなのー!」
 獣の無防備な背中に向けて、制圧射撃をかけたユウである。ばら撒かれるように放たれた大量の銃弾が容赦なく獣達を仕留めていく。
 その時だ、後方からキメラを集めていた星嵐が叫んだ。
「大神殿! 今です!」
「皆、気をつけろ!」
 覚醒した直人の声を聞いた傭兵達が、一時的に獣の群れから離れる。
 刹那、直人の放った弾頭矢が集団の中央付近で炸裂したのである。爆音と共にキメラがあちらこちらに吹き飛ばされる。
「‥‥ん。こっちも。仕掛ける。皆。目と耳に。注意して」
 本能的な怒りに唸声を上げるキメラの集団に向かって、今度は憐が動いた。銃をしまい、お馴染みの大鎌を構える。
 そして、更にその手には閃光手榴弾が握られていた。続けて、周囲の傭兵達は目と耳を覆った。
 突撃体勢に入っていた獣達の前で目を焼かんばかりの閃光が弾けた。一時的に目を潰された獣には、自分がいつ仕留められたのか分からなかったに違いない。
「さて‥‥いよいよ本領発揮だな」
 元来、得意分野は接近戦だ。
 地面を蹴ったネオが獣に肉薄する。その爪でもって、獣の背後から一気に引き裂いた。続けて近くで狼狽えていた獣を強襲する。
 吹き飛んだ獣から流れる血が白い雪を染め上げていく。その血を踏み越える獣達に向かって、ユウが死角から銃を放った。
「えーい! 皆、散っちゃえ!!」
 扇状に銃弾がきれるまで引き金を絞る。散開する暇を与えられなかったキメラ達が、その場に次々と倒れていった。
「‥‥ん。来た」
 敵集団の中で大鎌を振るっていた憐が空を仰いだ。
 不穏な灰色の空を裂くように、HWが高度を下げながらこちらへ休息に向かっている。味方の不利を覆そうとしているのだろう、移動しながら煙幕を吐き始めた。
 厄介なものが増える前に片付けねばならない。
 HWが地表近くに降りるのを確認した遊撃班は、すぐさま走りだした。


 一方、遊撃班がHWの対応に出たことで防衛班の負担もわずかに増していた。とはいえ、最初から野に放たれていたキメラの殆どは片付いているので、普段の戦闘よりもかなり楽ではある。
「煙幕が来ます! 距離をとってください!」
 街の入口付近にバリケードを作って防衛していた恭也が叫んだ。視界を灰色に覆う煙が、防衛班と遊撃班を分断する。
 そして、その煙をくぐり抜けて、次々とキメラがこちらに突進してきたのである。
「来ます! まだ気を抜かないで下さい!」
 声を張り上げた恭也は、戦線を後退させるよう指示して、自身は突撃する獣に銃口を向けた。機動力を削ぐように、相手の脚を狙って銃弾を放つ。
「そこまでだよ‥‥此処から先は通さない!」
 走りだしたアルが、獣に一足で接近する。月詠を横に薙ぎ、敵が倒れるのを確認することなく次々と獣を斬り伏せていく。
「まずはこの煙幕を晴らさねば‥‥弾頭矢、行くぞ!」
 後方より弓を引く直人の声が響く。
 瞬間、HWから放たれる煙幕を切り裂いて一本の矢が飛んだ。
 流石に一度で晴れることはないが、防衛班の視界の先に遊撃班の後ろ姿がわずかに見えるようにはなった。
「くそ‥‥っ、邪魔をするな!」
 直刀に持ち替えた直人は、自分に飛び掛ってきた獣を斬り捨てる。
 遊撃班の相手にしているHWは、確かにダメージを受けてはいるが、絶えず射出口からキメラを出し続けてもいるのだ。
 キメラの搬出が終われば再び上空に戻ることを考えれば、出し切られる前に、仕留めるのがベストだろう。
「俺達もできるだけ遊撃班の援護を‥‥ここからは疾さの勝負だ!」
 刀を地面に突き立てた直人は、獣に向かって矢を放った。足元を射ぬかれた獣は勢いを殺しきれずにその場で後ろに大きくよろめく。
 その隙をアルが突いた。
「まだまだ数が多い‥‥けど!!」
 死角に回りこんだアルが月詠を振るう。胴を切り裂かれた獣が吹き飛ぶや否や、方向を変えた彼女は背後に迫っていた獣に刃を突き立てた。
「ボク達には、仲間がいますしね。HWは任せて、ここはボク達が死守します!」
 獣の爪を躱してバリケードまで後退した彼女は銃を向ける。
 危機感を覚え始めている獣達は、銃口を見ただけでも怯むようにはなっていた。だがそれは一瞬のことで、すぐに喉を鳴らして走り出す。
「他人の家に! 土足で上がりこむものではありませんよ!」
 前線に出た恭也が盾を構える。獣の突進を引き受けて、そのまま弾き返した彼は、そのまま獣の脳天を撃ち抜いた。
 その時だ。HWの砲口がわずかに光始めたのである。
「防衛班、プロトン砲が来るぞ!」
 前方から星嵐の声が響く。
 即座に恭也が反応した。
「受け止めます! 衝撃に気をつけて下さい!」
 言うや否や、街に向けて飛んできた砲撃を恭也は盾で受け止めたのである。普通ならば一撃でやられるプロトン砲も、距離が開いている上に常に攻撃を受けている状態では、抑えこむのは不可能ではない威力まで落ちていた。
 それでも恭也の受けた衝撃は決して軽くない。
「‥‥一発、だけならっ!」
 歯を食いしばって砲撃をやり過ごした恭也は、間髪入れずに後ろを向いた。
 無事な街の姿にひとまず安堵して、彼は声を張り上げた。
「街に問題はありませんかっ!? 民間人の避難は?」
 後方に控えて援護射撃をしている軍は、恭也の声に大きく頷いた。
「避難はほぼ完了しています。街も無傷です‥‥この街は自分達の故郷でもあります、死ぬ気で守りますよ!」
 力強い援護を受けながら、防衛班の傭兵達は次々と獣を排除していった。
 獣の数が減れば減るほど、戦線もどんどん前方へと広げていける。
 それは同時に、遊撃班の負担も軽減していくということだ。
 あらかたの掃討を終えた防衛班の傭兵達は、休む間もなくHW撃破の援護を始めたのである。


 能力者がHWに生身で挑んで勝てる可能性は、少し前ならゼロに等しかっただろう。
 だが、今は違う。新たな力を多く手に入れた彼らには、互角以上に戦う力が十二分に備わっていたのである。
「ッラアアアァァァッ!! 邪魔すんなぁっ!」
 怒号を響かせて、ラーンが飛びかかってきた獣を蹴り飛ばした。チェーンソードの切れ味は既に落ち始めている。武器に頼ることなく、彼女はその拳で持って、HWの射出口から現れるキメラを薙ぎ倒していた。
「そろそろ息切れかぁっ!?」
 キメラの放出速度が明らかに落ちてきている。好機と見たラーンは、ますます力を込めて獣の骨を砕いた。
「プロトン砲で門を狙われれば被害が拡大するばかり‥‥教官も体を張って街を守ろうとした。その想いを無駄に出来ないのです!」
 傷を背負ってなお戦う星嵐は、HWからのプロトン砲を警戒していた。何かあれば即座に仲間に伝えるつもりで、常にその動向を注視している。
 プロトン砲を放つ気配は先の一発のみで今のところ見られないが、それでもHWからは砲口が見えている状態である。潰してしまうに越したことはないはずだ。
「その砲口、封じさせて貰う!」
 射程を伸ばした拳銃を構えた星嵐は、息を切らしつつも引き金を絞る。微々たる効果に過ぎないだろうが、相手の牽制には十分なったはずだ。
「此の侭‥‥壊れちゃえっ!」
 キメラの格納庫を撃ち続けていたユウが向きを変える。彼女の立ち位置からは、プロトン砲の砲口が余裕で狙えるのだ。
 鉄鞭を構えたユウがそれを振るう。直線上に淡い光と共に強烈な電撃が走り、HWの砲口に直撃した。
「まだまだ! ユウ達の攻撃は終わってないのっ!」
 銃に持ち替えたユウが戦場を駆ける。地上のキメラを巻き込むように、HWに向けてトリガーを引いた。ちょっとした弾幕を形成する勢いで放たれる銃弾の雨に、獣もHWも動きを止めざるを得なかった。
「今か」
 密集した獣に瞬天速で走り寄ったネオが、持てる力を出し切るように爪を突き出した。
「極彩と散れ‥‥疾風雷花・絶招鳳仙花」
 そのまま、目にも留まらぬ速さで獣を切り裂き、集団ごとまとめて後方へ弾き飛ばしたのだ。
 吹き飛んで出来た場所に飛び込んだのは、それまで真正面からHWを斬りつけていた憐である。身の丈に合わない大鎌を抱えたまま、HWの懐へ一気に詰め寄る。
「‥‥ん。これで。仕留める」
 全速力で移動し続けていた憐は息切れも激しいが、それでも力はまだ落ちてはいなかった。HWの砲口近くに取り付き、同じ箇所――既に負傷している箇所を何度も大鎌で掘るように斬りつける。
 まさに力押しの一言に尽きる戦法だが、正攻法で勝てないHWには有効なはずだ。
 やがて、HWもその耐久力の限界を迎えたようだ。一際大きな爆発音を上げると、砲口が黒煙を吐いて瓦解したのだ。崩れ落ちた武器を前に、HWに為す術はない。
 人間を嘲笑うように空に浮かんでいた兵器が破壊されるのに、それからそう時間はかからなかった。



「街が無事なら問題なしやな」
 街の被害状況を確認したラーンは、ほっと息を吐いて言った。彼女たちの働きで、街には被害らしい被害はなかったのである。
「本当に。死者が出なくて良かったです」
 アルも胸を撫で下ろした。
 傭兵達の内、ジャックに関わりのある人々は、ひとまずフリージアの家に留まり、ゴッドホープからの連絡を待っていた。
 気持ちを落ち着けるため、と奏でるユウのハーモニカを聞きているうちに、蒼白な顔色だったフリージアも大分落ち着いたようである。
「状況が落ち着けば、先生の所へ行ってあげて下さい。きっと軍が送ってくれるはずでしょうし」
「ええ‥‥そう、そうですね‥‥早く、行かないと」
 恭也の言葉に小刻みに頷いているフリージアは、それでも今にも家から飛び出しそうな様子である。連絡の無い現状に、居ても立ってもいられないのだろう。
「勿論、自分達も先生を信じています」
「そうだよ。ジャック先生は、簡単に死なないんだからっ」
 努めて明るくユウも励ます。
「それじゃあ、俺は先に見舞いに行くか」
 輸血が必要な場合があるなら協力しないと、と付け加えて席を立ったネオが言った。
 その数拍後のことだ。
 一報を頭に叩き込んで来た若い士官が家に転がり込んできたのである。
 士官の顔を見た教官の妻は涙を浮かべ、傭兵達は胸を撫で下ろした。

 ゴッドホープからとんぼ返りしてきた士官の顔は、安堵と喜びに満ちていたのだ。